「たのもうーっ!」
バーン! って感じのダイナミックな効果音が付けられそうな勢いでいきなり店のドアが開かれたかと思えば、道場破り的な掛け声が聞こえてきた。加えて、来客を知らせる鈴が突然の事態にびっくりして悲鳴を上げたかのように、けたたましい音を店内へ鳴り響かせる。
まぁ、アレだ。ここは一応飲食店であって道場じゃないだとか、もし幽香さんに挑戦しようと目論んでここへ来たのならどうか私を巻き込まない場所でやってくださいお願いしますだとか、色々突っ込み処はあるけれども。
「い、いらっしゃいませー」
取り敢えず、如何に変な人であろうとお客さんが来た以上は持て成さなければいけない訳で。と言うか幻想郷には基本変な人しか居ないから順応せざるを得ない訳で。私は引き攣り成分50パーセントを含んだ精一杯の笑顔を、訪れたお客さんへと向けた。
いちいち言及すべきか迷うけれど、私の笑顔が引き攣っているのには理由がある。一つは、何だか波乱が起きそうな登場だったのでレミリアさんの時を思い出し、憂鬱になりかけた事。そしてもう一つは、意外な事に今回のお客さんが妖怪では無く人間だった事だ。
ああ、これは別に人間が怖いって意味じゃない。力は弱いけれど私だって妖怪の端くれだもの。人間を恐れて妖怪なんてやってられるわけが無い。
では、肝心の問題とは何なのか。
「へぇー、射命丸さんの新聞もたまには役に立つんですね~。外の世界と引けを取らない喫茶店が幻想郷にあるなんて知りませんでしたよ!」
「……なんだって猛暑の昼間っから太陽の畑なんかに来なきゃなんないの……暑い……暑すぎて溶けそう。もう神社に帰っていいかしら」
「まぁまぁ、そう言うなって霊夢。今回は早苗の奢りらしいからな、たらふく氷菓子でも食って腹の底から涼めばいいさ」
「私、まだ幽々子様のお世話が残ってるんだけど……」
それは訪れて来た人間が泣く子も黙る異変解決のエキスパートだったり、トラブルメイカーな自称普通の魔法使いだったり、一時期辻斬り紛いの行動で妖怪世間を賑わせた冥界の庭師だったり、初めの頃はまともだったのにどんどん幻想郷の空気へ侵食されてしまった外出身の現人神だったりと、そうそうたるメンバーだったことだ。妖怪をぶっ飛ばしてキラキラお星さまにデビューさせるプロフェッショナルと言う意味においては、これ以上の超豪華キャストはないだろう。
そんな面子を前にした私の気持ちは一言に尽きる。助けてください。
笑顔のまま血反吐を吐きそうな心境の中、夏の日差しの下ではさぞ美しく映えることだろう、新緑色の髪を持つ風祝の少女は、猛暑の熱気を吹き飛ばさんばかりのグッドスマイルを浮かべて言った。
「四名です。ガールズトークしに来ましたっ」
帰ってくれませんか。そう思った私は絶対に悪くない。
「―――よ、四名様ですね、こちらの席へどうぞ~」
けれど、後ろでその笑顔に負けず劣らずなサンシャインスマイルを浮かべている幽香さんの前でお客さんを無下に扱うだなんて命知らずな真似、天地が引っ繰り返ろうとも出来る筈が無いワケで。追い返そうものなら自動的に私の魂が冥府へ送られてしまう訳で。
取り敢えず私は、絶対に何か問題を起こして下さるだろうこの四人を案内しないわけにはいかなかった。
どうでも良い事だけれど、彼女達の数え人数は三名半が正しいのではないだろうか。まぁ件の庭師さんから指摘が無かったので、四人で良しとしようかな。しっかし今日も私の現実逃避スキルは、露の滴る爽快な朝の様に冴え渡ってるなぁ、あっはっはっはっは。
おうちかえりたい。
〇
「ふわぁ、凄い凄い! 皆さんメニュー見てください、美味しそうなデザートがいっぱいありますよ!」
「至極残念だが、お前がメニュー表を独占しちまってるせいで私には『メニュー』しか見えないぜ。それがこの店おすすめの斬新な菓子の名前って事で合ってるか?」
「虫。麦茶」
「あっ私はこのお水で大丈夫です」
「かしこまりました」
……うーん、なんだろうこのカオス空間。早苗さんはメニュー表を一人見て大はしゃぎしては魔理沙に窘められていて、霊夢は相変わらず――いや、暑さのせいで五割増しにぶっきらぼうになっている様に見える。妖夢は……特に何も無いけど、とにかくカオスな光景だ。こんなにお客さんが来た事は無いから余計に騒がしく思える。
でも、その騒がしさが幽香さんにとっては嬉しいものであるらしい。証拠に後ろで鼻歌を歌いながらバウムクーヘンを焼いている。生地を巻いた棒を幽香さんAが火の上で回し、良い具合に焼けたところで幽香さんBが生地を重ね塗りしているのだ。おまけに二人で鼻歌のデュエットを奏でている始末である。無駄に綺麗な二重奏なものだから変な笑いが出て来た。
ところで、何で幽香さんがAとBに分かれているんだと疑問に思える人はまだ正常な精神の持ち主だ。ここで幽香さんマジパネェッすと思い始めたらもれなくゆうかりんワンダーランドの住人である。私はまだ幻想郷側の住人だ。異論は認めない。
「リグルー、虫って言ったの謝るからお願い冷たい麦茶頂戴―」
「あっ、はーい」
いけない、普段目にする事の無い光景を目の当たりにしてボーっとしてた。集中集中。しかし霊夢が妖怪に謝ってくるなんて珍しい事もあるもんだ。それだけ暑さにやられてるって事だろうか。
よく見れば、お冷のコップが空になっているだけでなくセルフサービスにと置いていた冷や水のポットの中までも飲み干してしまったらしい。確かに外の暑さは人間にとって辛いのかもしれないけれど、店内はかなり涼しいから流石にお腹壊しちゃうぞ。
「お待たせしました。はい霊夢」
「ありがとーっ」
子供の様に両手でコップを受け取り、勢いよく飲み干す巫女さん。爽快である。
にしても、異変時には目につく妖怪全てを問答無用で薙ぎ倒す仕事ぶりから妖怪より危険な人間と恐れられるあの霊夢が妖怪にお礼を言うだなんて、これこそ異変じゃなかろうか。もしかして私、サラッと妖怪史上最も珍しい体験をしてしまったのかもしれない。変な話だけど得した気分になった。暑さもたまには役に立つんだなぁ。
そんな事を考えていたら、魔理沙が変にニヤニヤしながらこっちを見てきた。
「お前今、『私ったらあの霊夢にお礼言われちゃった! これって妖怪にはすっごくレアな体験じゃなーい?? いやーんリグル超得しちゃったぁどうしよマジウケるーっ☆』って思っただろ」
内容はだいたい合ってるけどそんな殺意を煽るような思考回路してないぞ私は。
「ふむむ……リグルはもしかして『ぎゃる』という存在なのですか? 幽々子様と紫様がやっていた物真似を見た事があるので知ってます。なんでも大和撫子でありながら独自の言語と文化を発達させた、外の世界特有の強い個性を持った亜人であると」
「常に帯刀してる半人半霊のあなたに個性の強い亜人なんて言われたくないです」
「あれ? 私サラッと毒吐かれました?」
毒も何もそもそも私は妖怪であって亜人じゃないのです。
しかし、妖夢は突っ込みやすくていいなぁ。幽香さんと違って会話にまるで抵抗が無い。何故だろう。
「妖夢さんそれ間違いですよー、彼女たちはちゃんと普通の女の子です。お話すると意外に面白いんですよっ。私の知り合いにバット一つで悪の組織を薙ぎ倒した凄い女の子が居ましてね」
そう言って、揚々と外の世界のお友達について話す早苗さん。話を聞く限り、外の世界は霊夢みたいな人ばっかりらしい。霊夢もお祓い棒片手に異変の根源を退治しに行ってるからよく似ている。
腋ギャル巫女って呼んだら殺されるだろうか。
「おーい、いい匂いだな幽香。お前菓子なんて焼けたのか?」
「料理は好きよ。このお菓子は見た目が切り株みたいだから特にお気に入りなの」
「へぇー、なんか意外だな。折角だから、完成したらそれ注文しても良いか? 焼きたてが食えるときちゃあ是非食べたいぜ」
「もちろん良いわよ」
暇を持て余した魔理沙が、いつの間にか厨房の覗き窓越しにバウムクーヘンの予約をしていた。いいなぁ、私も食べたい。幽香さん料理の腕は抜群なんだよね。と言うか諸々のスキルが半端じゃない。未だこの店の建築に関しては疑問が拭い去れないくらいだ。
「あっ、じゃあ私もそのバウムクーヘンが良いでーす」
「……その、ばーむくーへんって何なの? 美味しい?」
「霊夢に同じく、ばーむくーへんなる食べ物は聞いたことがありません。是非ご教授願いたい」
魔理沙に賛同する早苗さんへ、興味深そうに尋ねる
本当、こうして見ているとみんな普通の女の子である。異変時には百花繚乱の鬼畜弾幕で妖怪を次々と撃ち落とす人間たちとは到底思えない。
「注文も決まった事ですし、早速ガールズトークと行こうじゃないですかっ」
ここでまさかの振出しに戻る。この現人神は本気でトークをする為にここへ来たらしい。やはり外出身と言うだけあって違った感性の持ち主の様だ。
「さぁさぁ、リグルさんも座って座って。共に花びら舞い散る素敵なお話を咲かせましょうっ」
「いや私、仕事中なのですが……」
「でも今はお仕事ないでしょう?」
「えぇ、まぁ」
「ならノープロブレムですよ!」
手をぎゅっと握られて誘われる。何が彼女をここまでガールズトークに引き立てるのだろう。理由は分からないけど、とにかくもの凄い押しと笑顔だった。この強引さとそれに反した素敵なスマイルが彼女の武器なら、守矢神社を参拝する客が最近増えつつあると言う噂は眉唾じゃないっぽいなーと思わされてしまう。
さておき、どうしたものかと幽香さんの居る台所へアイコンタクトを試みてみる事にした。
目を向けて、店長の指揮を煽ぐ。
まさかの隣に立っていた。しかも『私も混ぜて』と言ってくる始末である。
バウムクーヘンはどうしたんだと再度台所を見てみれば、普通に幽香さんが二人がかりで焼いていた。なんてこった、遂に幽香さんCまで出てきてしまったじゃないか。ますます私がこの店で働いている意味が分からなくなってきたぞ。
私の驚愕なんてそっちのけで、幽香さんを快く引き入れた早苗さんたちと大きな円卓テーブルを囲む事となった。このテーブルをこんなにも早く使う機会が来ようとは、一体誰が予想できただろうか。
「なんか今日の早苗は気味が悪いぜ。諏訪子の親戚でも食っておかしくなったのか?」
「いやいや魔理沙さん、私がテンション上がっちゃうのも仕方ないんですって」
「その心は?」
「ほら、よーく考えてみてください。私達って年頃の女子な訳じゃないですか」
「ああそうだな――ん? 年頃の、女子……?」
「あら、なぁに魔理沙?」
「い、いやぁ、何でもない。ここにはお年頃なガールしかいないぜ、うん」
魔理沙が『年頃』の部分で疑問の目を幽香さんに向けた途端、フラワーマスター様が絶対零度の笑みを浮かべた。ツンドラの如き冷感を振りまく笑顔を隣で眺める私は、思わず冬眠してしまいそうな勢いである。
しかしよく考えてみれば、一見頭のネジが数本ぶっ飛んでいると言わざるを得ない幽香さんだけれど、素敵なお店を作ろうと一生懸命になったり、お菓子作りや料理が趣味だったり、お花好きだったり、意外と乙女な一面が多い様な気がする。だからガールズトークに参加したいと意気込んでいるのではないだろうか。
そう思うと不思議な可愛げが顔を覗かせてくるのだけれど、同時に腕力で亜音速飛行する天狗を捕まえる猛者である事実も思い出してしまった。二面性のギャップが激しすぎない?
「だと言うのに、幻想郷では女子トークが少なすぎると思うんですよ! 出会ってもちょこちょこっとお話するか弾幕ごっこする程度ですし、しかも話題と言えば妖怪退治がどうとか、お酒がどうとかばっかり! なんですか、私達は熟練のハンターなんですか? 酒場で憂世に暮れるおっさんなんですか? 違う違う、そうじゃないっ。私達は女子、ガールなのです! こんな寂れた現状があってはならないのですよ!」
「うーん、それは極端すぎるだろ。人里の甘味だとか季節の話だってするぜ私達は」
「と言うか早苗、あんたこの前妖怪退治が楽しいとか自分から言ってなかった?」
「それはそれ、これはこれです! 要するに我々には華が無いんですよ華がっ!」
「お前の頭には季節問わず花が咲いてるみたいだけどな」
「まだ新芽ですよ失礼な!」
おいどんな切り返し方だそれは。
いや、確かに早苗さんの頭頂部は双葉みたいな髪になってるけど、え、まさか本当に咲くのその若葉ヘアー。違うなら早くこっちに気付いて訂正した方が良い。本気にした幽香さんのあなたを見る目が花を愛でるソレになっちゃってるから。このままだと鉢に植えられてしまうぞ。
「とにかくですね、私はこの機会に普通のトークがしたいんです。飢えてるんです。瑞々しいお話を皆としたいんです」
「なんだか楽しそうね」
「風見さんは分かってくださいますか! 信じてましたよ私!」
幽香さんの手を取る現人神。緑髪コンビが謎の絆で結ばれてしまった。そして何故か霊夢や魔理沙が半目でこっちを見てくる。なんですかその眼は。もしかして私も同類と言いたいのか。私の髪も緑だけど違うぞ、私は断じて非常識枠組みじゃないぞ。だからこっちを見ないでお願い。
そんな中、今まで顎に手を当て神妙な顔つきで何かを考えていた妖夢が、徐に口を開いた。
「ふむ、大体把握しました。要は巷のおなごらしい『がーるずとーく』をすれば良いのですね?」
「そうです妖夢さん。流石吞み込みが早いっ」
「ふふん、どんなもんです」
胸を張って誇らしげになる妖夢。ちょろいと思ったが口には出さない。私はまだ刺身にされたくはないのだ。
「では、先陣を切らせて頂こうかな」
妙にキリッとした顔つきで、そう妖夢は宣言した。おおっ、と周囲にどよめきが起こる。
……でもなんだか、嫌な予感がするぞ。私の虫の知らせがビンビンと反応している。具体的には絶対方向性の違う話題が――
「この前手入れした楼観剣の切れ味を確かめるために試し斬りをしてたらですね」
「ちょっストップ、ストーップ!」
案の定である。ものの見事に仲裁が入り、話を遮られた妖夢が怪訝な色を浮かべた。
「なんですか」
「なんですか、じゃないでせう! 妖夢さん、何で女子らしい会話に剣で試し斬りなんて物騒な単語が飛び出してくるんですかーっ!」
「け、剣は女の子らしくないのですか……!?」
がーん、と効果音が着きそうなほどにショックを受ける妖夢。うん違う。それは断言できるぞ。だから隣で呟かれた『そうなの?』だなんて疑問の声は知らないし聞こえない。幻想郷は絶対に修羅の国なんかじゃないのだ。一部の人がおかしいだけなのだ。
「違います違います! もっとこう、どこかの甘味が美味しかったーとか、あの店に売ってる簪のデザインが可愛いーとか、淡い恋の話とか、そういった物をですね!」
「それはあんた、少し夢見過ぎじゃないの? 女がいつも甘ったるい話ばっかしてるわけないでしょ」
「急に現実を突きつけて来ないでくださいよ!? いや分かってます! 分かってるんですけど、こういうのは雰囲気が大切なんですってばぁー」
もー、と早苗さんは膨れっ面で息を吐き、
「大体おかしいんですよ。皆さんこんなにも美人揃いなのに、色恋沙汰の一つも無いだなんて。なんで甘酸っぱい素敵なお話の一つや二つ無いんですっ」
「そう言うあんたはどうなのよ。誰か良い人居たりしないの?」
「居たらこんな風に恋バナに飢えてないと思いません?」
いきなり早苗さんの目が濁った池の様に淀んでしまった。どうやら触れてはいけない部分を撫でてしまったらしい。
完全に地雷を踏み抜かれたのか、私だっていい出会いの一つや二つ欲しいですよでも私のおうちは妖怪の山ですから中々縁が生まれないんですよねーうふふふふふ、と不気味な笑いを浮かべ始める早苗さん。
呆れた様に、魔理沙が魔女風の帽子を正しながら口を開く。
「と言ってもなぁ、はっきり言ってそんな素敵な話題を隠し持ってる奴はこの中には居ないと思うぜ。完全なミスキャストだ。なぁ?」
「だって興味ないもん」
「修行中の身ですから、そんな些末な事に現を抜かすわけにはいきませんし」
「そうねぇ、私はお花が好きだわ」
……当然ながら私も無いなぁ、そんな話。霊夢と同じで別段興味もないし。
しかし、おおう、これは私含めてものの見事な喪女の集まりだ。うーん、なんだか早苗さんの言ってる意味が分かりだしてきたような気がするぞ。確かにここまで女が揃ってその手の話題が一つも無いと言うのは、少しばかり寂しい。かと言って私が振れるネタは無いのだけれど。
「とまぁこんな感じだ。潔く諦めるん――」
「あっ、でも魔理沙には確かあったわよね? そんな話」
――――まるで『今日は良い天気だなぁ』と陽だまりでぼやく様に放たれた霊夢の一言が、この場に劇的な変化をもたらした。
銅像の様に硬直する魔法使い。野獣の如く目を光らせる現人神。意外そうに驚く半人半霊。相変わらずの太陽スマイルだがどこか興味の槍を鋭く尖らせているフラワーマスター。
どうやら博麗の巫女の発言が、ある種の異常気象をこの店に発生させてしまった様である。あな怖ろしや。
「へぇ……ほぉ……? 魔理沙さん、ちょっとそこんところ詳しく」
「お、おい霊夢、何言ってるんだ。私は魔法の研究ばっかりでそんな暇なんざ無いのは知ってるだろ? デタラメもいい加減にしろよ、早苗が誤解しちまったじゃないか」
「ああいや、別に今の事を言ってる訳じゃないのよ? たださ、あんた随分昔に霖の」
「あ、あ―――――っ! なんだか店が焦げ臭くないかぁーっ!? バウムクーヘンが失敗しちゃってる気がするなぁっ! ちょっと様子を見に行こうぜ幽香!!」
「うん? いえ、匂わないわ。大丈夫、分身がバッチリ見張ってるから心配しないで」
「っ! えっと、あっ、ああー何だか超ナイスな魔法理論が頭に浮かんできたぜ! 神様のお告げの様にピーンとな! こりゃあ早く帰って紙面に記さなきゃあ折角のアイデアが台無しだ、とっても心苦しいが今日の所は帰らせてもらうぜ!」
「霊夢さん、一体魔理沙さんの過去に何があったんですか?」
「そうねー、あれはまだ私も魔理沙も小さかった頃――――」
「わああああああああああああ勝手に喋るなよこの馬鹿ァあああああああああああ―――――っ!!?」
パニックを起こして魔理沙は立ち去ろうとするも、まるで意に介さず話を進め始めた二人が火に油を注ぐ結果となったのか、魔法使いは顔を夏のトマトの様に真っ赤にさせながら反射的に魔力弾を二人へ撃ち放った。
……って、ちょっ、ここ店内ィ!?
「きゃっ!」
「っと、何するのよ危ないじゃないの!」
早苗さんは寸前で回避し、霊夢は流石と言うべきか、不意を突く攻撃を揚々と弾いて見せた。弾かれた光弾は無慈悲にも妖夢の腹部を打ち抜き、『みょんッッ!!?』と痛烈で奇天烈な悲鳴と共にノックアウトさせてしまう。なんだか不憫である。
「お、お前が悪いんじゃないかぁっ! 人の秘密を勝手に暴露しようとするからぁ!!」
「あんたねぇ、もう何年も前の話でしょ! 子供の時の戯言みたいなもんなんだからそんなにムキにならなくても」
「うるさいうるさいうるさいうるさぁぁーいっ! 万年干物女の霊夢には分かりっこないんだぜぇぇーっ!!」
羞恥心の限界突破、と言うべきか。顔を真っ赤を通り越したナニカにまで紅潮させながら、魔理沙はここが店の中だと言うことすら忘れて半狂乱となり、やたらめたらに光弾をぶっ放し始めてしまう。最早軽い弾幕ごっこ状態である。
「あらら、なんだか大変ねぇ。でも青春を感じるわ。人間は素敵ね」
「暢気に和んでる場合じゃないですよ幽香さん!? このままだと店が滅茶苦茶になっちゃいますって熱ゥいッ!? い、今お尻に掠った! 超危なかったぁ!!」
「そうね。お店が壊れちゃいけないわよね」
余裕の態度を崩さず、魔力弾の嵐の中を幽香さんは平然と進んでいく。暴れている魔理沙と霊夢の元にあっさり辿り着き、自然な動作で手を伸ばした。
手の形状は、親指が中指をギチギチと押さえている状態だ。
要するに、幽香さんの指は
あっ、これヤバい奴だ。これから起こる未来を前に思わず頬が引き攣った。
我らが店長は、周囲へ花びらが舞う様にふわりとした笑顔を浮かべて、
「二人とも、喧嘩は駄目よ」
無慈悲に一閃した。
パァンッ、と人形の様な細指が額を弾いたモノとは思えない炸裂音が轟く。語るまでも無く、二人は完全にノックアウト。声にならない悲鳴を上げながら床へ蹲ってしまった。すんごく痛そうだ。見てるだけでもおでこがジンジンして来て、私まで摩ってしまう。
異変解決の代表格二人を撃破したデコピン魔王ゆうかりんは、次の標的へと視線を向ける。
「喧嘩両成敗……いえ、喧嘩三頭成敗になるのかしら? まぁ不公平はいけないわよね」
「へっ」
哀れ現人神。どうやら騒ぎの発端となった罪状で、取り敢えず平等に裁いておこうと言うジャッジが下された様である。
判決を伝えられたも同然な彼女は、未だダメージを解消できていない二人を見て、ぞっとしない表情を浮かべた。
それは人間としての本能だったのかもしれない。彼女は『ご、ごめんなさーいっ』と叫びながら脱兎の如くその場から立ち去ろうとして、
ぐわしっ。
非情ながら、幽香さんに肩を掴まれてしまった。私も追い詰められた者の一人だから分かる。大魔王からは逃げられないのだ。
顔を青くしながら、少女は制止の意を込めて手を前へと押し出す。最早私には南無三と念仏を唱えることしか出来ない。
「ご、ごめんなさいごめんなさい本当に悪気は無かったんですいやまさかこんな事になるとは思わなくてあっ勿論お店の補修には私も協力させて頂きますですからどうか一先ずその矛を収めてもらえないで」
パァンッ。
ふぎゃあーっ。
〇
「はい、氷嚢です」
「おお、センキュ……」
「助かるわ……」
「ありがとうございまーす……」
「お、お腹が痛い……」
おでこを真っ赤に腫れ上がらせた少女三名、そして不幸にもお腹を強打した者一名。死屍累々な有様である。なんだか万が一凄腕の強盗が店にやって来ても問題無さそうに思えて来た。むしろ強盗側がお金を置いて逃げてしまうかもしれない。
「ったく、魔理沙のせいで酷い目に遭ったわ」
「なにー? もとはと言えば霊夢のせいだろー」
「やめましょう二人とも。喧嘩したらまたデコピンされちゃいますって」
「おなかいたい」
完全に意気消沈してしまった4人だったが、そこへ転機が訪れた。
ふわりと鼻を擽る、濃厚なバターと卵黄の香り。その中で仄かに見え隠れしているのは、ほんのり焦げた砂糖がもたらす甘美な息吹。
私も含めてその場の全員が、吸い寄せられるように一ヵ所へ視線を集めさせられた。
「お待たせ」
幽香さんの持つ皿に鎮座するそれは、まさしく金塊で出来た切り株だった。そう形容せざるを得ない程に眩しい黄金で彩られた、特大のバウムクーヘンが姿を現したのだ。
存在を知っている私や早苗さんは言わずもがな、バウムクーヘンを初めて目にする霊夢や魔理沙、妖夢さえもが大きく喉の音を立てる。簡単に想像がつくのだ。頬張ればしっとりとした生地が歯を喜ばせ、卵とバターの黄金コンビが舌の上で優雅に踊り、喉の奥へ通り過ぎていくその時まで楽しませてくれるだろうと、一目見ただけで確信を抱けるのだ。
抗い難い魔の魅力が五感を襲う。もう断言せざるを得ないだろう。この無条件で心が痺れる魅惑のお菓子を前にして、『食べたくない』と思わない生き物は絶対に存在しないのだと。今でさえ、私は立場を忘れてお金を払い、頬張りたくなるのを必死に我慢しているのだ。正直これを食べられる四人が心底羨ましい。
「これが、ばーむくーへんなの? とってもいい匂い」
「凄いな……まるで生地そのものが生きている様に見えるぜ。今にも新しい命が生まれそうな、そんな暖かみを感じる」
「凄い凄いっ、こんなの外の世界でもお目にかかれないですよ! 私、お菓子を見て初めて感動しました」
「ゆ、幽々子様にお持ち帰りしなければ叱られてしまう……!」
四者四様、皆口々に感動を漏らしていく。本当、一体全体どうしたらこんなに上手く仕上がるのだろう。私は料理の知識がそこまでないからよく分からないけれど、一言でこの気持ちを表すなら、まさしくこれは魔法以外に他ならない。
「今から切ってあげるわ」
幽香さんが、銀に輝くケーキナイフで静かに切り分けを始める。刃は押し返されること無く、するりとバウムクーヘンを分断していった。
皿に盛られた生地は、僅かな水分がしっとり感を演出しており、潤う肌の様に麗しく光を反射している。これを口にすればどれほどの優しい甘味が舌を包むだろうか、想像しただけで唾液が溢れた。それこそ、はしたないと感じてしまう程に。
先ほどまでの暗い雰囲気など、跡形も無く消えて無くなってしまっていた。そんな空気を残しておく方が失礼だとさえ思えてしまう。
そして訪れる待ちわびた実食の瞬間に、少女達は無邪気な幼子の様に瞳を輝かせた。
幽香さんはそんな彼女たちの様子を満足そうに眺めながら、今日一番に華やかな笑顔を浮かべて、
「さぁ、召し上がれ」
言うまでも無くバウムクーヘンは大好評で、その後テンションの上がった彼女達とともに私と幽香さんもお茶をする事となった。
これが切っ掛けとなったのか、四人の口伝に店の評判が広まって小さな流行が幻想郷に芽吹いたらしい。おかげでほんの少し客足が増える事となり、幽香さんは大喜び。早速新メニューの開発に取り掛かると意気込んでいた。
そんな様子を目にしていたら、なんだか私も料理に興味が出て来てしまった。流石に幽香さんへ教えを乞う勇気は無いから、今度屋台をやっている友人に料理を教えて貰うつもりでいる。
練習を重ねていって、何時の日か店の戦力になれたらいいなぁと思う私だった。