「料理の練習がしたい?」
「そうそう」
真夜中の幻想郷。迷いの竹林外れにある移動式屋台にて。私は屋台から差し出された料理の数々に舌鼓を打っていた。
と言うのも、妖怪でありながら趣味で屋台を営んでいる変わり者の友人、ミスティア・ローレライへ相談に乗ってもらうためである。
最近、私はある大妖怪が経営する喫茶店で強制労働もといバイトとして働いている。暫くそこに勤務して痛感したのが、私は驚くほど戦力になっていないと言う事だ。経営やら物資調達やら料理やら、殆どの仕事は店長である幽香さんが担っており、私がしている事と言えば、稀に訪れるお客さんの接客くらいのものだ。幽香さんが苦手とする分野を担当してはいるものの、仕事の比率的に考えると私が2に対して幽香さんが8と言った割合である。これではあまりに居心地が悪い。
いくらきっかけが強引だったとはいえ、今ではもう大分幽香さんに対する偏見は薄れてきている。そろそろこの頑固な意地を捨てて、前向きに働いていこうと思うんだ。その第一歩が料理の練習なのである。
まぁつまるところ、店でポツンと立ったままな事が多い私の罪悪感を減らして、居心地をよくしようとしてるだけに過ぎない。彼女の下で永遠に働く覚悟を決めたワケじゃないし、別に料理が上手くなって少しでも負担を軽減させられたらなぁなどと気紛れに思い立ったワケでもない。断じて。
私も料理はそこそこ作ることが出来る。けれどまぁ、当然ながらあの反則妖怪の足元にも及ばない。せいぜいただ煮る、焼く、揚げる程度しか出来ないのだ。つまるところ素人でしかない。
そんな私が白羽の矢を立てたのが、知り合いで唯一料理上手であり、商売にも活用している
私の頼みを一部始終耳にした夜雀の女将は、追加分の八目鰻を片手間で焼きながら軽快な笑みを浮かべて言った。
「うん、別にいいよ」
「やった、流石みすちー太っ腹!」
「まぁ、普段暇してる私としても良い暇潰しになるからねー。でも、あんたってそんな酔狂な奴だったっけ。調教されてる相手に奉仕したいから料理教えてくれだなんて、なに? もしかして目覚めたの?」
「おーい何をどう解釈したらそうなるのかな? しかも目覚めたってなんだ。私に被虐趣味なんて無いぞ」
「だって、あの風見幽香の下っ端やってておまけに役に立ちたいだなんて言い出すんだもん。ついこの間水遊びした時のあんたとは、まるで意見が違うからさー。やっぱり洗脳でもされちゃったのかと」
……あー、幽香さんと出会った次の日の事か。あの時はまだ幽香さんに対して凄まじい偏見を抱いてたから、どうしようもなく怖かったんだよね。
でも今では大分勘違いも薄れてきている。あんな楽しそうにお店をやってる人が、真正のサディストとは到底思えない。多分、色んな噂が独り歩きした結果、当初の私みたいな偏見が生まれたんだろう。幽香さん、日常生活からして色々と出鱈目な事に変わりはないから。
私は八目鰻の蒲焼を一口齧りながら、苦笑いを浮かべた。
「いやー。それが思ったより悪い人じゃなかったのよね、幽香さん。色々と加減がよく分かってないだけで、根は良い人だと思うよ、うん」
「ふーん……新しい自分を引き出してくれた女王様じゃあなくて?」
「むぅ、いい加減怒るよ」
「あはは、ごめんごめん。一杯サービスするから許して」
「うむ、許す」
お猪口を差し出すと、ミスティアが徳利を傾けてくれた。熱燗の湯気がふわりと夏の宵闇へ消えていく光景は、どんな季節でも味わい深いものである。
「でさ。リグルは料理出来るの?」
「へ? あー、まぁ切って焼いて煮て……って感じに大雑把なら。でもお店で出せるレベルじゃないよ」
「いやー分かるなら十分十分。包丁の握り方から教えなきゃいけないとかだったら、ちょっと時間かかるなぁって思っただけだからさ。それじゃあ何料理作れるようになりたい?」
「うーん、やっぱり和食かなぁ」
と言うのも、幽香さんが作る品々の殆どは洋食だからだ。なのでウチの店は幻想郷にしては非常に珍しく、洋食系が基本なのである。
そして幽香さんの腕前は、ハッキリ言って次元が違うと言って良い。一体どこで技術を習得したのかまるで謎なのだけれど、文句のつけようもなく美味しいのだ。そんな彼女と肩を並べる程の洋食を作るのは流石に無理がある。ならばジャンルの違う料理、即ち幻想郷に一番馴染んでいる和食を習得するしか打開策は無い。和食なら多少クオリティが劣っていても、馴染みの味と言う事である程度の誤魔化しが効くだろう。
それに私もずっと和食寄りの生活だったから、そっちの方が習得も早そうだとも考えたのだ。
ミスティアは快諾と言わんばかりに胸を叩き、乳白色の歯を爽やかに見せてくれた。
「和食ね、任せて頂戴っ。こう見えて和食は超得意なのよ」
「いや、どっからどう見ても和食専門だよね。逆に苦手だったらびっくりよ」
「その意外性を『ぎゃっぷもえ』と言うのだよナイトバグ君」
「急になに言ってんの?」
「へいおまち、白葱の串焼きでいッ」
「取り敢えず品を出すタイミングが如何に重要なのかよく分かった」
水を得た魚の様に、ボケ所を得たミスティアが突然、雪崩の如く畳みかけて来た。なんという謎テンション。酒を飲んでいるのは私の方なのに、まるでミスティアの方が酔っぱらってる様である。今日は満月だから、夜の雰囲気と相まって気分が高揚しているのだろうか。
ごめんごめんと言いながらも、ミスティアはケラケラ愉快そうに笑う。こいつめ、私をからかって楽しんでるな。やはり虫は鳥に弄ばれる運命なのか。食物連鎖とは残酷だ。
あっ、この白葱美味しい。シャキシャキホクホク。
「じゃあ、明日ここに来てよ。準備して待ってるからさ」
「分かった。相談に乗ってくれてありがとね」
「良いって事よ」
とまぁそんなこんなで、私の料理修業が始まった。
〇
「はいはーい、ミスティア・ローレライのお料理教室、はっじまっるよー!」
「お、おーっ」
「わー」
夜が更けて、その日の昼のこと。私は昨晩の約束通り料理を学びにミスティアの元へ訪れていた。相変わらず謎テンションを続行させているミスティアから促されるまま拍手を送るが、こいつ本当はベロンベロンなんじゃあるまいな?
因みに、三人目の間延びした声の主は宵闇の妖怪ルーミアである。私がここへ来た時には、何故か既に居座っていた。どこにでも現れる印象のある子だけど、まさかここで会うとは驚きだ。神出鬼没とはこの事か。
「さぁさぁリグル、ポジションへついて。手とり足とり教えてあげるわ」
「いや、それは有難いのだけども、まず何でルーミアがいるの?」
至極真っ当な疑問をぶつけてみる。するとルーミアは腰に手を当てて、何故か得意気に胸を張った。
「ふふん、人は私を美食貴婦人るみゃと呼ぶのよ。ご飯ある所に我あり。料理教室があると聞いちゃあ黙ってはいられないわ」
「……要するに、食べ物の気配につられて来たって訳か」
イグザクトリー、と勢いよくサムズアップされた。そんなドヤ顔をされても反応に困る。
一先ず謎の自信に包まれているルーミアは放置して、私は『まさかあなたが伝説の美食貴婦人……!?』と変なノリを展開し始めているミスティアへチョップを一閃。この調子で転がられたらどんどん収拾つかなくなっていくでしょうが。
ミスティアは頭を押さえながらも、コロコロとした笑みを零して言う。
「でも味見係が出来て丁度いいんじゃない? 第三者の意見って大切だしさ」
「まぁ、言われてみれば確かにそうね。それじゃあ味見よろしく、ルーミア」
「おうさっさと腹いっぱい食わせろ」
ここまでふてぶてしい味見係は初めて見たぞ。
「さぁて。先ずは和食代表、味噌汁から行ってみましょうか」
「味噌汁?」
味噌汁って、あの普通のお味噌汁だろうか。いや、それ以外に『みそしる』だなんて物は存在しないと思うけれども。ごく平凡な味噌汁から入るとは、何だか意外な展開だった。
私はもっとこう、秘伝の煮っ転がしとか揚げ物の裏技とか野菜の細かい切り方とか、そう言ったところを教えてくれるのか思っていたから。それに味噌汁くらいなら私でも普通に作れる。
「味噌汁って、あんな簡単な品なら別に私でも作れ」
「味噌汁を舐めるんじゃあないこのバカチンがぁーッ!!」
「ひでぶぁッ!?」
「おーっと、ミスティア選手の強烈なビンタが炸裂だぁーっ。これは痛い」
痛烈な衝撃。次いでルーミアの実況が聞こえたと思ったら、私はいつのまにか地面へ突っ伏していた。
頬を摩りながら上を見れば、どうしてか凄い剣幕で――ついでに夜間ライブをしている時に掛けてるサングラスを装着した状態で、悠然と仁王立つミスティアの姿が。
……この一瞬で何が起こった。特に癇に障る様な事を言った覚えはないのだけれど、どうやら知らない内に地雷を踏んでしまったらしい。
「味噌汁はねぇ、和食の中で一番重要と言っても過言ではない出汁がモノをいう料理なの! たかが味噌汁、されど味噌汁。味噌汁を笑う者は味噌汁に泣き、味噌汁を制する者は和食を制するのよ!」
「み、みすちー?」
「みすちーではなあいッ! ローレライ大将と呼べい!!」
劈くような怒号に耳を塞ぐ。もうなんなのこのノリ。私は料理教室へ来たはずなのに、何で軍隊の訓練所の様な状況へ置かれてしまっているんだ。どこで道を間違えたのか。味噌汁か? 味噌汁が入隊試験だったのか?
苦笑いを浮かべつつ呆然としていたら、ミスティアに手を引っ張られて屋台へ連れていかれてしまった。流されるままに手を洗い、衣服を整え、あっという間に調理モードへと変身させられていく。
ローレライ大将はサングラスを取り外し、手を叩きながら開始の合図を響かせた。外すなら何故サングラスをかけたんだ。
「はい、じゃあまず初めに一番重要なお出汁を作りましょう。先ずはルーミア、説明の間に火起こしお願い」
「えー、何で私が」
「じゃあルーミアにはまかないの茶碗蒸し作ってあげない」
「承知しましたローレライ閣下。この火起こしの魔術師ルーミア、必ずや御身の望まれる火を焚いて見せましょうぞ」
この変わり身である。いつもの事ながらルーミアは食欲に忠実な様だ。まぁミスティアの茶碗蒸しは絶品だからタダでご馳走になる機会を逃したくない気持ちはわかるけどね。
ルーミアがうおおおおおと雄叫びを上げながら火打石を乱舞させる最中、ミスティアは小さな袋を取り出すと、その中身を藤原印の竹ザルへと流してみせた。どうやら、ハゼっぽい小魚の煮干しの様だ。
「季節とかもあるけれど、私は基本、お味噌汁には川魚をベースに出汁を取ってるわ。そしてこれが若いカジカの煮干しよ。この魚は旨みが他の種類と比べてちょっと強いんだけど、今は夏だからさっぱりとしたお味噌が中心になるし、丁度いい塩梅になるの。お店に欲しいなら河童へ頼むと良いわ」
はい、と手渡され、私は言われるがままに受け取った。
う、うむ。どうしたらいいんだろう。
「えと、何をすればいい?」
「そのままだと苦味が出るから、先ず頭とワタを取る。あとは旨みが出やすくなるよう、二つに折るのもいいわね」
成程、魚のエグみを出さない様にする為にはそういう工夫があったのか。だからミスティアの味噌汁には旨みがあっても臭みは全くなかったんだなぁと納得した。やはり身をもって体験する事は大事みたいだ。ちょっと得した気分になる。
指示通り、ミスティアが竹ザルへ出した一掴み分の煮干しをちまちまと処理していく。普段はこんなマメな作業はやらないものだから、何だか新鮮で楽しい。
全て処理し終わる頃には、丁度ルーミアもコンロへ火をくべ終わっていた頃だった。ミスティアは不要になったカジカの頭やワタをルーミアへ差し出すと、次の段階へ取り掛かっていく。
因みにおやつを貰ったルーミアはご満悦らしく、ニパニパと笑顔を浮かべながらスナックの様に頬張っている。
「次は鍋に水を張って、煮干しを入れるの。そして馴染むくらいまで待つ」
「あれ? 直ぐ火には通さないんだね」
「そうね、この方が良い仕上がりになるの。本当は半日くらい置いてた方が良いんだけど、今日は練習だし大体
ほーっ、と感心の声が私とルーミアから漏れ出す。食べるだけでは知り得なかった工程を目の当たりにした事で些細な知識欲を満たしつつ、私は煮干しが馴染む時をのんびりと待ち続けた。
やがて『もうそろそろいいわ』と許可を得られたので、私は鍋を取って火へと掛けた。徐々に水温が増していき、水泡がぷくぷくと浮かんでくる。弾ける気泡が香りを届けてくれるのか、魚の優しい匂いが仄かに鼻腔をくすぐった。ホッとする和やかな香ばしさだ。
すると突然、水面へぶわわっと細かい泡が盛り上がってきた。出汁が沸点を超え、蒸発が勢いを増したと同時に灰汁が表面化してきたのだ。
「沸いたら火から遠ざけて、灰汁を取って頂戴。それから十分前後弱火で煮込んだ後に濾せば、お出汁作りは終わりね」
ミスティアの言う通り、灰汁を取りつつ弱火で煮込んでいく。ジリジリとした火の熱気が夏の暑さと相まって汗が滲むが、美味しく作る為に気合を入れて作業を行った。
出汁を取り終えた吸い殻を竹ザルで濾したところで、額の汗を拭いながら一息つく。夏の気温と火元の熱が相まって、この短時間で既に汗ばんできた。
「よし、出来たかな」
「気を抜くのは早いわよ、これで漸くスタートラインに立った所なんだから。次は具材を入れる番」
今回は下拵えしてあげたから、とミスティアは材料の入った竹籠をまな板へと置いた。一口サイズに切り分けられた大根とナメコである。
私はさっそく竹籠を持ち、一気に鍋の中へ――
「はいストップ! 全部一緒に居れては駄目。先ずは火の通りにくい
「おっとと。へぇ、そうなのかぁ。私いつも考えずに一緒くたに入れて――」
「あーっ! リグルが私のアイデンティティとった!!」
突然の絶叫に、何事かと振り返る。
今度はルーミアの譲れない琴線へ触れてしまったのか、煮干しの残片入り竹ザルを掲げながら『著作権侵害』だの『持ちネタのパクリは絶対許さない』だの喚いていた。一体全体何の事なのかまるで分らないので、集中する為にも取り敢えず無視しておく。
ミスティアに言われた通り、先ずは大根から投入した。そのまま再び沸騰するまで待機し、出汁が湧き上がったところを見計らって火元から遠ざけ、安定させていく。
ここで漸く、メインキャストの味噌を投入した。
少しずつ少しずつ、マドラーを使って出汁の中へ味噌を溶け込ませていく。出汁と味噌の二つの旨みが絡み合い、湯気と共に外へホワンと飛び出して、私の元へ訪れた。
大和育ちの心を否応なしに擽る香りが、食欲のレバーをガコンと下ろす。何だか無性にお腹が空いてきた。
空腹感は無視して、次に私は火の通りやすいナメコを中へと入れた。独特のとろみが汁へ滲んでいく感触がおたまを伝い、これがまたどうしようもなく唾を溢れ出させてくれる。
ああ、私もルーミアの事を食いしん坊だなんて言えないかもしれない。自分で作っておきながら、ここまで食い気を誘われちゃうだなんて。
だらしない笑顔になりそうだったところで、ミスティアが謎の瓶を取り出して来た。
「はい、ここでみすちーの秘密テクニック。料理を飛躍的にパワーアップさせる隠し味の登場よ」
「それは何?」
「調理酒。これをほんの少し入れると、お味噌汁の深みがぐッッと増すのよ。とってもおすすめ」
よほど推薦したいのか、ミスティアは隠し味の良さを強調しながら適量の調理酒を汲むと、サッと味噌汁へ投下した。
調理酒を見て酒が飲みたくなったのだろう、指をくわえて目元を潤めているルーミアをどうどうと宥めつつ、ミスティアは味見をしてと私に囁く。私は少量の味噌汁を掬い取って、口の中に流し込んだ。
「!」
自分で作ったせいもあるかもしれない。いや、むしろその補正が大きいのだと思う。
けれど私は本当に、アツアツの出汁が舌へと絡み付いた途端、旨みの激流から蹂躙されたかと錯覚した。
味噌の持つ馴染み深くて芳しい味わいと、大根やナメコの逞しい山の旨みが、無理やり舌を喜ばせるのだ。しかしそれは決して不快なものでは無い。まるで元気よく黄金色の大地を駆け回っているかのような、活力と爽快感に溢れた味の奔流だった。
その裏側から覗くのは、カジカの持つ清々しくて芯の強い風味である。さながら草原を駆け抜けた先に目にした、穏やかな清流の景色のよう。しかし流れる水はただ穏やかなだけではなくて、調理酒によって生まれる僅かな飛沫が、一層の趣を風景の中へと演出していた。
驚愕が、しっとりと胸の内を満たしていく感覚があった。普段とは違う手間を施せば、これ程までに違う顔を覗かせてくれるのかと。私が今まで飲んでいた代物は、一体全体何だったのかと。
喉を通って体へ染み渡っていくかの様な、この黄金の感覚。それはまさしく美味と呼べるものだった。
「美味しい……! 凄いよミスティア!」
「んふふ、ちょっと工夫しただけで全然違うでしょー」
「私にも飲ませてーっ」
我慢の利かなくなったルーミアが、おたまをとって一口啜る。
直後に、ふへーっ、とほっこりした笑顔を浮かべた。
「みすちーのお店とおんなじ味だ。体の奥からホクホクくる味わいだね」
第三者であるルーミアからも、満足の声を貰う事が出来た。勿論ミスティアと並べただなんて到底思えないけれど、どうやら及第点には達していた様で、達成感もひとしおだ。
パンパンと、ミスティアが景気よく手を叩いた音がした。
「さぁさぁ、時間の許す限り、この調子で頑張っていくわよっ」
この時の彼女の微笑みが、何だかとても頼もしい笑顔に見えて。
思わず私とルーミアは、『ローレライ大将!』と称賛の声を上げていた。
〇
「炊飯で一番重要なのはやっぱり、お米の水加減ね。今は夏場だから、炊く半時前後から洗うと良い感じにふっくらした仕上がりになるわ。勿論炊くときは土鍋でね」
「ほー。お米にも拘りがあるんだねー」
「私、炊き立てご飯のおにぎり好き。特に新鮮な焼きレバー入りは最高ね」
「うーん……一応人間も来るから、そのレバーはウチでは扱えないかなぁ」
「ルーミアは裏メニューを希望しますぞ!」
「巫女にバレると成敗されるので却下です」
「そんなぁ」
「基本的な切り方は分かってるみたいだから、飾り切りを練習するわよ。先ずは初級編、きゅうりの切り違いから入りましょう。私がやるのをよーく見ててね」
「おおう、意外とムズカシイ……」
「こんなの序の口よー。最終的には大根でお花作ったり、カボチャで葉っぱを作れるようになってもらうから」
「ひぃっ」
「煮物は正直、私でも覚えられないくらい沢山の種類があるの。けどそれを一度に覚えろとは言わないから、これからよく使うテクニックをじっくり覚えていく事にしましょう。まずは大まかな分類からね」
「よし、どんとこい!」
「頑張れーリグル―、んぐっ、ファイトだ―リグルー」
「ルーミア、応援してくれるのは嬉しいけど、材料のつまみ食いやめようね?」
「ちぇっ」
「うん、昨日より手際が良くなってきてるわね。飾り切りも崩れが少なくなってるじゃん。リグルは呑み込みが早いわねー」
「へへ、そう言われるとなんか嬉しい」
「リグル、ミスティア、私も勉強して作ってみたよ!」
「……その底の見えない闇を湛えた鍋物はなに?」
「闇鍋!」
「洒落になってない!?」
「よしよし、随分と様になって来たじゃない。じゃあ毎日頑張ってるから特別に、秘密の食材を教えてあげちゃうわ」
「へぇ……それが、シークレットフード?」
「ざっつらーい。あんまり採れない……と言うより目立たないから貴重なのよね。名前は――――」
〇
合間を縫ってはミスティアの店で修行を重ねること、はや数週間。遂に練習の成果を示す時がやって来た。
即ち、我が店の絶対店主ゆうかりんに味を認めてもらう試験である。
正直、これはとんでもない鬼門だと思う。だって幽香さんの料理は半端じゃなく美味しいのだ。美味しいものを作れると言うことは即ち、それだけ味覚が優れているということである。
つまり、黄金調和を生み出すフラワーマスターの舌に適うかどうかが、今までの練習を左右する最後の難関なのだった。
ミスティアから学んだ技術を最大にまで活かした定食セットを前に、花の大妖怪はいつものふわふわとした笑顔を浮かべている。
「へぇ、夜雀さんに料理を教えてもらってたの。凄いじゃない、綺麗な仕上がりだわ」
「そ、そう言って頂けて光栄の至り」
いつもとは違う種類の緊張が、私の背筋を引き伸ばしていた。
どうしよう、超怖い。もし不味いと一蹴されたら――という恐怖が、じわじわと胸の内に広がってくる。
しかしそんな私の心情など、当然お構いなしである。幽香さんの箸をとる動作が、メニュー採用試験の鐘となった。
幽香さんは先ず、メインディッシュへ箸を向けた。ミスティアが教えてくれた秘密の食材を使った、とっておきの唐揚げである。
シークレットの正体は、アユカケと言う魚だ。姿は出汁に使ったカジカ――幻想郷にはないけれど海の魚で言えばカサゴ――に近い姿をしていて、カジカよりもかなり大きい。強面なのでちょっとブサイクな見た目だけれど、これがまたびっくりするほど美味なのだ。
厳つい見た目に反して、身は驚くほど繊細な白身。ふわふわとしつつもしっかりとした食感は歯に飽きをもたらさず、それでいて滑らかな舌触りは、まるで上質なクリームのよう。しかしただ奥ゆかしいだけの味わいではない。秘めたる旨みはドシンと味蕾へ圧し掛かるように重く、そして力強いのだ。アユやヤマメの様な上品さの極致に達したものではないが、ハードな旨みが食事へ臨場感をもたらしてくれる魚である。
荒々しさと精巧さを兼ね備えた脂の演武は、川魚の中で最高峰と謳えるだろう。渓流魚や鰻とはまた違う、素晴らしい味の奏楽を楽しませてくれるアユカケは、ミスティアが秘匿とするのも頷けるものだった。何だか、つい独り占めしてしまいたくなる様な美味しさを持っているのだ。
サクッ、と唐揚げに口を着けた幽香さんは、舌へ意識を集中させるように目を閉じた。十分に噛み締めて飲み込むと目を開き、今度は白米を口にする。
う、うぐう。ツヤツヤとしたお米を頬張る幽香さんの姿がどうにも艶やかで、場違いな劣等感を抱いてしまった。なんで食事をしているだけでこんなに色っぽいのだ。悔しい。
「うん」
唐突に呟かれた言葉に、思わず肩が跳ねてしまう。しかし箸が置かれる事は無く、彼女はそのままきゅうりの酢の物を口にした。
ポリポリ。ご飯の友の歌声が聞こえる。
続いて、再び白米。しっかりと噛み締めた後、最後に味噌汁を手に取った。
ツ――――と、芳醇な出し汁が音もなく唇の間に消えていく。
……ああ、やばい。緊張し過ぎて彼女の一挙一動に釘付け状態だ。ミスティアも初めてのお客に対してはこんな気持ちだったのだろうか。その先にあの技術を習得したのかと考えると、もう以前と同じ目でミスティアを見れそうにない。同じ立場に立って初めて、私はミスティアや
「ごちそうさま」
私が呆けている間にいつの間にか食べ終わっていた様で、店長は箸を揃え、両手を合わせて止まっていた。
食器は全て空だけれど、これで終わりじゃあない。再び、緊張の糸が結ばれていく。
「あの。お味、どうでしたか?」
「……………」
無言。いつもの笑顔は消えていた。
風見幽香はこちらを見ている。
返事はない。視線で射殺されそうだ。
あ、あれ? いやに沈黙が重苦しいぞ。もしや調味料の分量を間違ったりしてしまっただろうか。そう言えば砂糖と塩どっちを使ったっけ。漬物に使った酢も実はみりんとかそんなんじゃあないだろうか。いやいや味見もちゃんとしたんだ、私の舌が狂っていなければ何もおかしい事はない。
しかし相手は常識外れの大妖怪。幾ら彼女に対するイメージが変わってきても、根本的に逸脱している部分を理解できる筈など無いワケで。どこで地雷を踏み抜いてしまうのか、まるで予測不可能な訳で。
つまるところ、今すぐにでも精神的に召されそうだった。
幽香さんの五指がするりと伸びる。薪を裂いていたものとは到底思えない柔肌の手が開かれて、私の前へと差し出された。
今までにない反応に、しまったと確信した。やはり相手は大妖怪、私が何か気紛れにアクションを起こすには、荷が重い相手だったのだろう。私は素直に置物として店で立っていればよかったんだ。
終わった。直後に手のひらからビームが発射されて、私はグリル・ナイトバグにされるのだ。アディオス我が妖怪生。来世は鳥になりたいな。
一周回って妙に達観し始めた私は、ただただぎゅっと目を閉じてその時を待った。
ポンッ。
最期の音にしては、変にポップな音が響く。
恐る恐る目を開けると、彼女の手のひらには、『合格』の文字を描く花びらが。
視線を上げれば、いつもの掴み処の無い微笑みがあった。
「素晴らしい出来だったわ、蛍さん。特にこのお味噌汁がとってもとっても良かった。まだ荒削りな部分はあるけれど、この腕ならメニューに加えても大丈夫ね。」
「……へっ」
「丁度いい機会だし、そうねぇ、朝昼夕とメニューを分けてみるのはどうかしら。あなたのこのお魚定食は、昼頃に載せると良さそうだわ」
コロコロと笑いながら、彼女はメニューの変更を楽しそうに語り始めた。
一瞬何が起こったのか分からなくてフリーズ。やがて彼女からお墨付きを貰えたと実感して、張りつめていた緊張の糸がぷつんと切れたせいか、私はその場に座り込んでしまった。
「よ、良かったぁ~~~~~っ!!」
「あら、どうしたの?」
「い、いやぁ、はは。食べ終わった後の幽香さんが無表情かつ無言だったから、ひょっとしたら失敗しちゃったのかと思っちゃって」
「そんなこと無いわ。ちゃんと美味しかったから安心しなさいな。それにもし失敗していたら、一口で箸を止めてるもの」
「えっ」
「私、お花と料理に関しては結構辛口なのよ」
クスクスと、底の知れない微笑みを浮かべる幽香さん。まさに『ほくそ笑む』という表現がぴったりな笑顔だった。
しかし、幽香さんの辛口批評か……想像するだけで心がバッキリと折れそうだ。会心の出来をこの場で提供する事が出来た私を、今回だけは褒めてあげたい。
さておき、どうやら品の出来栄えは認めて貰えたらしい。これで私も当初の目的通り、少しは貢献できる様に――――いやいや、気持ちよく店で働けるようになっただろうか。なった筈だろう。
だって今の私は、こんなにも清々しい気持ちで満ち溢れているのだから。
幽香さんが筆記具と紙を持って呼んできたので、私は彼女と共にメニューを編成するために、急いで床から立ち上がった。
よく考えてみれば、私と幽香さんが互いに協同して行った作業は、このお品書き作りが初めてだったのかもしれない。
「ねぇ蛍さん。折角だから、調理担当者の写真をおしながきに貼ってみたらどうかなぁって私は思うの。誰が作ってるのか分かる様に」
「はい?」
「と言う訳で、天狗さーん」
「呼ばれて飛び出てあややややっ! 射命丸文でございます!」
「おい今どっから湧いた!」
「蛍さんの可愛い写真、一つお願いできるかしら?」
「お任せください! さぁさぁリグルさん、上目遣いで手をハートの形にして、お客様にたっぷりの愛情を表現するのです! 最高の一枚に仕上げてみせますよ!」
「絶対に嫌ですッッ!!!!」