【完結】気紛れ妖怪のひまわり喫茶   作:河蛸

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第七話「夜は短し、騒げよ乙女」

「おはようございまーす」

「あら蛍さん。おはよう」

「おはようリグル。今日も頑張るぞい!」

 

 

 ……ん?

 なんか、増えてない?

 

 店の裏口を開けて、まず最初に浮かんだ感想がそれだった。

 朧気ながら店を見渡し、違和感の正体を突き止める。私は思わず「は?」と口をだらしなく開いたまま硬直してしまった。

 無理もないと思う。だってここにいる筈のない宵闇妖怪のルーミアが、まるで最初から働いていましたと言わんばかりの制服姿で悠然と居座っていたのだから。

 眉を顰めつつ荷物を仕舞いながら、ニパニパ笑顔でこっちを眺めているルーミアへと尋ねてみた。

 

「どうしたのルーミア。もう夜は更けたでしょ」

「爺さんや、ご飯はさっき食べたでしょみたいなイントネーションで言わないでよね」

 

 どちらかと言うと婆さんでは。いやそんな事はどうでもよくて。

 

「何がどうなってルーミアが制服着るハメになってるのさ?」

「お? 気になる? 私がここに至るまでの笑いあり涙あり波乱万丈サクセスハードボイルドストーリー気になっちゃう? そこまで言うなら聞かせてしんぜよう、心して拝聴せよ!」

「じゃあいいです」

「まつがよい。まつがよいったらまつがよい」

 

 余程聞いて欲しいのか、制服へ着替えようとする私を食い止めつつ物理的に揺らしてくるルーミア。こういう時に無視すると鬱陶しくなるので、着替えた後に清聴してあげることにした。だから脱ぎかけのズボンを引っ掴んでグイグイするのは止めようね。巻き込んで色々見えちゃうからねっておい馬鹿やめろ下着まで脱げる脱げる!!

 

 こほん。

 

 話を聞いた限り、要約するとこうだ。ルーミアはここ数日面倒くさくて食事をとらなかったらしい。すると思いのほかお腹が減ったので、最近噂のひまわり喫茶へ行けば何か食べ物があるんじゃないかと思い至り、忍び込んで食材を拝借しようとしたんだとか。それで店に入った瞬間幽香さんに捕まったと。

 

 何だろう。よく分かんないけど唐突に即落ちニコマとかいう言葉が浮かんできた。フラワーマスターには勝てなかったんだろうな。

 

「なるほど。つまりルーミアは馬鹿なんだね」

「計画は完璧だったんだ。あの女が現れるまでは」

 

 どこぞのナレーション風に語るルーミア。目線の先にはニコニコ顔の幽香さん。後ろで手を組んでいるが、その端からごっついロープがちらりと垂れて顔を覗かせている。それだけで全てを察した。大方、釈放の代わりに従業員として隷属させられたんだろう。

 幽香さんはルーミアへ柔らかく手を向けながら、

 

「お知り合いみたいだけど、紹介するわ。今日だけお店の一員になった宵闇ちゃんよ」

「らっしゃせーからあじゃじゃしたーまで何のその! パーフェクトアルバイターるみゃ、ここに降臨! 有能な後輩の出現に震えて眠れ」

 

 無駄にスタイリッシュなポーズを決めつつ、キラッと小さな星を妖力で放ちながらドヤ顔自己紹介をするルーミア。頼もしさより不安の種が尋常ならざる勢いで芽生えてくるのは自明の理じゃなかろうか。

 アレだ。こいつからは幽香さんと全く別ベクトルで大型爆弾の匂いがする。なんだこれは。店が喫茶から人材火薬庫的な何かに変わってないか?

 

 内心冷や汗を流す私を余所に、いつも通り悠々としながら幽香さんは、

 

「この子にはね、今晩限定で開く夜のお店を手伝ってもらおうと思ってるの」

「宵闇だけにネ!」

「ルーミア、シャラップ。……えっ。夜のお店って何ですの?」

 

 完膚なきまでに初耳である。この店に所属してから初耳じゃ無かった事の方が少ないんだけれどそんな事はどうでもいい。とにかく初耳である。

 と言うか夜の店って、まさかアッチ系のお店じゃないでしょうね!? リグルさんそんなの許しませんよ! ここは全年齢対象の飲食店でしょうが!

 

「具体的にゃ感謝祭みたいなのしたいんだって。七面鳥パーリィだぜ」

 

 私の疑問に答えたのは、お口のチャックが五秒も持たないルーミアだった。

 彼女はどこから取り出したのか、空っぽの洋酒瓶を器用に指先で回転させながら、

 

「ほら、この喫茶店て出来てからそれなりに時間経つじゃん?」

「まぁ、そうね」

「お客さんも結構来てるらしいじゃん?」

「うん。盛況ね」

「ゆうかりん、それが思いのほか嬉しかったんだって。だからパーっとサービスして顧客に還元しよう的な話が立ち上がったの。メインの客層は妖怪だから、妖怪の時間である深夜にパーリナイしちゃえってことね」

「今日は宵闇ちゃんもいて人手もあるし、やるなら今しかないと思ったのよ。別に儲け目的でお店してるわけじゃないから、開催しても良いかなあって」

 

 なるほど、いつもの気紛れに思い立ったら即行動パターンか。幽香さん、流石の行動力である。

 感謝祭という名目だけど、とどのつまり主催者が幽香さんの宴会だろう。良いなぁ楽しそうだ。流石に七面鳥はルーミアの駄洒落なんだろうけれど、この店もかなり著名になってきたし絶対盛り上がるだろうなと思う。何より私自身が妖怪の端くれなので、賑わい沙汰にはとても興味があります。

 

 期待に胸を膨らませていると、幽香さんが人差し指を頬へ添えながら、

 

「それでね。イベントを始めるにあたってまた蛍さんの意見を聞かせて欲しいの。だからあなたをアドバイス係長に任命します」

「なんですと?」

「だって私だけで考えると大丈夫なのか不安だし、蛍さんに任せたら安心できるし……ほら、宵闇ちゃんも結構独特な子だから」

「パッションなラッパー雇ってディスクをチェケチェケさせよう。あ、あとアレもやってみたいな! ちゅーもんいっぱいな料理店? 人間を招待してさ、こう、小麦粉とか卵とかなぁなぁで塗りたくってね、上手いこと誘導して料理するの」

 

 キラキラした瞳で食人(カニバル)謝肉祭(カーニバル)を連想するルーミア。うん、確かにこいつに任せたらとんでもない事になりそうだ。折角のパーティが巫女主催の妖怪退治ショーに早変わりしかねない。

 

 ……しかし、あの幽香さんに独特と評されたうえ苦笑いまで浮かべさせるなんて、思ってた以上にルーミアは凄い奴なのかもしれない。っておいそこ、得意げな顔しつつ鼻の下を擦らない。ちっとも褒めてないんだからな。

 

 ジト目で一瞥していたら、ふと、幽香さんがふわりとした笑顔を浮かべながら

 

「別にね、何となくで頼んでいる訳じゃないのよ。これでも私、蛍さんのこと結構頼りにしてるの。貴女なら安心して任せられるなぁってくらいには」

「え? あ、ありがとうございます……?」

「このお店は貴女が居なきゃ絶対成り立たなかったものね。私一人じゃ、こんなに楽しくて素敵なお店は出来なかったと思う」

「幽香さん?」

 

 な、なんだなんだ? 脈絡もなくいきなり艶がかった声で褒め殺し始めてきたぞ。

 急なハプニングに動揺が生まれる。頭の中の電波的なアレがちょっぴり乱れる感じがして、焦りが表皮に浮き出てきた。

 でも幽香さんは容赦してくれず、むしろ畳み掛けるように、私の手を取って囁いた。

 

「なんだかんだ言いながらも私の我儘に付き合ってくれて、真剣にお店の事を考えてくれてる貴女の事、本当に頼もしく思ってるわ。今までこんな真摯に向き合ってくれた人、あなた以外に居なかったから」

「えっ、いや、あの、私そんな大したことしてな――」

「ね、お願い。手伝って? 貴女が必要なの。本当よ」

 

 ――取り敢えず。稀代の芸術家が思わず筆を放り投げてしまうような、絶世の『お願い』があったとだけ言っておく。

 

 待て。待て。落ち着こう。一旦落ち着こう。幽香さんの有無を言わせない魔性の懇願に踊らされちゃあいけない。だって、ね? 私は本当に大したことなんてしてないのだから。ただ常識的な目で判断して、これはヤバいよねって所だけを指摘しただけ。本当にそれだけだ。雲の上に立つ彼女から無上の信頼を寄せられるほど、私は活躍できてなんか無いんだ。

 

 ああ、でも、ちくしょう。

 何でだ、顔がめっちゃ熱い様な。

 

「……おや? おやおや? りぐるん顔真っ赤ぞよ。真夏の完熟トマトより真っ赤ぞよ」

「うるさいやかましい覗き込むな。ちょっと日差しに当たり過ぎて暑くなっただけだから見るな。見るなって」

「いやー、今日はがっつりクラウディだぜナイトバグちゃん。朝は基本日射でダウナーなこの私が元気ハツラツなのにその言い訳はちと苦しいというか。短刀ぶっ刺す勢いで言うとだね、尊敬してる大妖怪に一目置いて貰えるどころかガッツリ信頼勝ち取れててよかったねリグル! この果報者ぅ、挙式しろ!」

「音速でくたばれ!!」

「おっふ。レバーはあかんて。レバーにブローの食べ放題は死ぬほどあかんて」

 

 こ、こいつ、人の弱み見つけた途端死ぬほど煽って来やがって! 

 だって、だって仕方ないじゃんか。あの風見幽香に頼られたんだぞ? 常識外れの規格外で、優雅で、凛としていて格好いい風見幽香にいやいやいやいや違う違う違う違うなんでフツーに褒めてるんだ私はそうじゃないだろ幽香さんは滅茶苦茶で一般妖怪の次元を超越した大妖怪だって忘れてるぞこの人は物差しで測れない雲の上の人だから畏れてるだけで別にそんなわけじゃないってやめろ顔赤くなるな熱くなるなあああああああああああッ!!

 

「耳まで真っ赤にしながら頭抱えてヘドバンし始めたよ。なにこいつちょー面白い」

「大丈夫? 調子が悪いなら今日は早めに上がってもいいわよ。パーティーはまた今度にすればいいからね」

「大丈夫よ幽香、これリグルの排熱システムだからじきに落ち着くわ。今幽香がちょっかい出してオーバーヒートさせたら爆発するかもしれないし、そっとしておい――いや待てよ、そっちの方が面白いかも。ゆうかりん、ゴー!」

「人で遊ぶなっ!!」

 

 宵闇魔王の頭をシバいて止める。こいつ本当は悪魔かなんかじゃないだろうか。レミリアさんよりよっぽどデビルしてるぞ。

 

「それで、イベントのお話なのだけれど。蛍さんはどうすれば上手くいくと思う?」

 

 振出しに戻ったところで、私はようやく落ち着きを取り戻した。

 けれども、うーん。そもそも私はプランナーでもなんでもないし、今まで宴会の主催者なんてしたことも無いから、凝ったアイデアなぞポンポン湧いて出ないのである。

 

「うーん……頼って貰えるのは、まぁ、その、アレですけド。私は凡百なんですから、あまり期待しないでくださいよ?」

「花火みたいにアクセントの効いたパーティーが良いわね。もちろんスタンダートなのも良いけれど、折角だから独自性を演出したいかなぁ」

「期待しないでって言ってるじゃない!!」

「パッと脳漿を炸裂させてアイディアの花火を咲かせるのだ。夢想封印のように。夢想封印のように!」

 

 おっとみんなのトラウマをほじくり返すのはそこまでだ。

 

 でも事実、本当に案が浮かばない。いや、そんな簡単に浮かばなくて当然なのだけれど、でもせっかく頼って貰えたんだから、少しでも参考材料になるアイディアを浮かべないとなぁって感じだ。

 

 ……あ、こんな時は連想ゲームみたいに考えると良いかもしれない。芋づる式に何か引っ張り出せるかも。そうと決まれば早速――ひまわり喫茶と言えば洋食。洋食と言えば……えっ? 洋風? よ、洋風と言えば紅魔館。紅魔館と言えばメイドさん。メイドさんと言えば――駄目だ一瞬で脱線した。

 だいたい、西の文化なんて殆ど知らない私にゃ連想出来る材料が限られてるんだから出来っこないよね。火のない所に煙は立たぬって感じで、知識無ければ発想は生まれないんだから。

 

 ところで、私の名前洋風じゃねと思った人はいますぐ口を閉じろ。私はあくまで蛍の妖怪。ジパング出身。オーケー?

 

「具体的じゃなくてもいいのよ。全部をあなたに任せようとは思ってないもの。ただ、そう、発想の起爆剤? が欲しいの」

「うーん……華やかな感じがいいんですよね?」

「そうねぇ。穏やかなのもいいけれど、お祝いなら賑わった方が良いじゃない?」

「バイキングがいい。各々が持った食料を奪い合うバトルロイヤル的なやつ」

 

 どうしてルーミアは発想がいちいち物騒なんだ。

 

 しかし、いくら幽香さんの支度速度が超人的とはいえ時間にも限りはある。ちょっとしたワードだけでも絞り出さないと夜までに到底間に合わないだろう。

 ……いや、普通こういう企画って何週間も前から念入りに段階踏んで進めていくのが当たり前なんだろうけれど。ううむ、やはり私も色々と感覚が毒されてしまっているらしい。

 

 っと、また考えが脱線した。えーっと華やかな宴会華やかな宴会……。

 …………ん? 待てよ。

 あるぞ。このパーティを確実に盛り上げる方法が一つある。

 定番のお酒に頼らず、喫茶店の穏やかな雰囲気に反しない方法が。

 

 

「――――奏楽だ」

 

 

 

 そう。幻想郷の妖怪諸氏なら誰しも認める一大娯楽。

 プリズムリバー幻樂団のライブを、ここで開催するのである。

 

 

 

 

「店員さーん! この、川の幸のぱえりゃ? をひとつ!」

「ひまわりコーヒーおかわり良いですかー? クッキーも追加で!」

「バームクーヘン頼むぜ。クリームマシマシでな」

「あっ、あのっ、卵かけごはんください!」

「変装してお忍びしたって無駄ですよ姫様。ささ、帰りましょう。師匠がお家で待ってますよー」

「やだああああああああああああ私もパーティ楽しむんだぁああああああああああああああ!!」

 

 

 普段は穏やかな喫茶店も人が集まればそれなりに喧騒を呼ぶ。今の状況はカフェというより、どちらかと言えば知人友人で集まって開く焼肉大会のそれと近い雰囲気に包まれていた。けれどそれはほんのちょっぴりも不快じゃなくて、なんだか体の芯から弾んでくるような楽しさがあった。

 

 ただそれを差し引いても、ちょっとこれは忙しすぎじゃないかな!?

 

「へいお待ち、川の幸のぱえりゃーだぜ! こっちはコーヒーとセットのクッキーね。……えっ、一枚くれるの!? やったぁありがと大好き―!」

「お待たせしました、バームクーヘンです」

 

 この店はそこそこの領地を持っているものの、座席スペース自体はそこまで広くないので、今は店を締め切り特別に野外エリアを増設している。お陰で結構なお客さんがやってきており、ざっと見積もった限りでも想定の倍はいるんじゃないだろうか。

 幸い厨房関係は全部幽香さんが受け持ってくれているので、私達は接客に専念するだけで良いからキャパシティオーバーで混乱したりだとか、そういった事態は避けられている。でもやっぱり忙しい事に変わりはない。せっせかせっせか、ルーミアと二人三脚で注文を捌くのに無我夢中だ。

 

「もうそろそろだね、リグル」

 

 注文の隙を突き、ルーミアがそっと囁いてきた。その真意は語るまでもなく、プリズムリバー三姉妹の登壇時間が迫ってきているからである。

 時刻は間もなく亥の一刻(約21時頃)に差し掛かる。段取りだとステージに上がる頃合いだ。

 タイミングを見計らって、私は特設ステージの傍へと寄った。河童提供の拡声器(マイク)を手に取り、トントンと表面を叩く。するとどこからともなく反響音が響いてきたので、大丈夫そうだと声を送る。

 

「はーい皆さん、こちらへちゅーもく願いまーす!」

 

 わいわいと楽しんでいた皆の視線がこちらを向く。ちょっと緊張するけど、上手く乗りこなしていきましょうか。

 

「今日はひまわり喫茶の特別宴会に来てくださってありがとうございます。そして皆さんお待ちかね! メインイベントの時間がやって参りましたー!」

 

 ワァッと歓声が巻き起こる。パチパチと歓迎の拍手が響き渡り、景気づけの口笛が空を薙いだ。

 

「ではでは、さっそくステージへ上がって頂きましょうっ。幻想郷の誰もが愛する音楽団! プリズムリバー三姉妹の登っ場っで―すっ!」

 

 喝采が一際強く波打った。盛り上がりの上昇気流は留まるところを知らず、ぐんぐんと巻き上がっていく。

 応じて、ステージの暗幕をすり抜け三人の騒霊が姿を現した。

 どこかの魔法使いとよく似た金髪黒服が特徴的な弦楽器のルナサ。空色の髪と桃の服がイメージポイントの管楽器担当メルラン。少し癖のある亜麻色の髪と夜でも映える赤い服装がどこか活発な印象を与える、鍵盤楽器のリリカである。

 

 マイクを中央のメルランへ渡し、進行担当を交代する。ここから私の出る幕は無い。傍のルーミアと一緒になってサポートしつつ、同じく宴を楽しむのみだ。

 

「こんばんはー! みんな楽しんでますかーっ!」

「「「おおーっ!!」」」

「今日はひまわり喫茶とのコラボイベントに来てくれてありがとう! この盛り上がりに負けないよう早速演奏を――と言いたいところだけど、その前にメンバーを紹介したいと思います! 先ずはヴァイオリン担当、ルナサお姉ちゃん!」

 

 幽香さんが河童に頼んで作ってもらっていたのか、どこからともなく照明が飛んでルナサにスポットライトを寄せた。

 彼女は言葉で答えることなく、ただただ静謐に弦の音色を響かせた。ストラディバリウスも裸足で逃げ出すほどの名器という謳い文句は伊達ではなく、夜の空気を賑わいの中に絡めつつ掬いとるように優しい音は、鼓膜の保養をもたらしてくれる。

 

「続いて、鍵盤のリリカ!」

「今夜はかっとばしてくわよーっ!」

 

 浮遊する鍵盤が手を触れずして次々と刻まれ、独特ながらも爽快感溢れるサウンドが一迅の風となって吹き抜ける。神経を鼓舞する彼女の音は、まるで子供のように無邪気だった。

 

「そして私、管楽器のメルランで最後です! が!」

 

 メルランはトランペットを吹き鳴らす事なく言葉の末尾にアクセントを加えると、後ろからやってくる人へ道を譲るように半身になって、

 

「今夜はなんと、スペシャルゲストがやってきてまーす!!」

 

 …………は?

 

 一瞬、メルランの言葉に私の脳へ空白が生ずる。だってこんなの打ち合わせに無かったんだもの。

 予定ではここでメルランがトランペットを吹いて、盛り上がりが最高潮になったところで演奏、そして閉幕まで持って行くという流れだったのだ。今日はミスティアと響子の『鳥獣伎楽』は来ていないし、一体誰が――――。

 

 

「――――まさか……!?」

 

 

 その時私は、電流を流された様な天啓を獲得した。

 どうして私は気付かなかったんだろう。いつでも気付けるはずだったのに、その可能性を頭の片隅にも置いていなかったんだろう。

 考えてもみて欲しい。この宴会の主催者は幽香さんなのだ。他でもない、あの常識外れのフラワーマスターなのだ。動機は気紛れかもしれないが、お客さんに楽しんで貰いたいとウキウキしながらパーティを突貫工事して見事形にした屈指の大妖怪なのだ。

 

 そんな彼女が。パーティへ来た皆の顔を拝む事もせずに厨房へ引っ込んで、ただただ料理に勤しむだけで満足するだろうか?

 

 

 答えは、どう足掻いても『否』である。

 

 

「では紹介しましょう。今宵限りのウルトラシンガー、風見幽香さんの登場でーすっ!」

「やりやがった! あの人ホントにやりがやった!!」

「流石ゆうかりん息を吐くように予想の先を超えていく! ソー、クールだね!」

 

 どこから持ってきたのか、いつの間にか紅白ハチマキを巻いて無地のウチワを振り回しながらキャーキャーと黄色い悲鳴を上げているルーミア。予想を超えたと言いながら場に対応している彼女は、ひょっとして最初からこうなると分かっていたんじゃないだろうか? 薄々感じてたけど、こいつ絶対只者じゃない。

 

「今夜は急な開催だったのに、皆集まってくれてありがとう」

 

 動揺を隠しきれない群衆に礼を述べる幽香さん。彼女の言葉はしんとその場に染み渡り、どよめきのボリュームを押し下げる。

 

「そして驚かせちゃってごめんなさい。どうしてもやりたくて、プリズムリバー姉妹に無理言って参加させてもらったの」

「ホント、相談だってついさっきだったもんねー。アドリブが求められるライブに慣れてるとはいえ、流石の私達も電撃参戦はビビったよ~」

「その分、今宵はきっちり盛り上げてみせるからね」

 

 ビィン、と幽香さんは手に持つシャープなデザインの弦楽器を景気よく弾いた。雄雄しいビートはさざなみのように浸透して、皆の心へ再び灯火を滾らせていく。

 

「堅苦しい口上は無しにするわ。ただ一言だけ挨拶を。――ここは気紛れに開いたお店だったけど、この数か月、私はとても楽しかった。だからあなたたちも楽しんで」

 

 残響の雄叫びが空を薙ぐ。

 それが呼び声となったように、三姉妹のサウンドが産声を上げる。

 

「それじゃあ早速、派手に参るといたしましょう――――『今昔幻想郷』」

 

 

 

 

 その後、ゲリラライブがどうなったかと聞かれれば。

 ちょっと騒ぎすぎて、巫女さんに怒られてしまうレベルには盛り上がったとだけ言っておこう。

 

 

「ねぇ、リグル」

 

 賑やかな時はあっと言う間に過ぎ去り、やがて片付けタイムがやってくる。

 今回はお酒が無かったので、酔いどれの世話をする事もなくスムーズに終わり、会場の撤収をルーミアと共にせっせとこなしていた時だった。手を休めぬまま、ルーミアが背後から声を投げかけてきた。

 

「なに?」

「リグルはさ、このお店楽しい?」

 

 ……突然なにを聞いてくるんだろう。嘘のように静まり返った夜の空気も相まって、なんだか真剣な雰囲気を感じてしまう。

 楽しい、か。それはまぁ、最初は渋々というか乗り気じゃなかったけど、うん。最近は結構充実しているんじゃないかと思う。少なくとも、毎朝店に行く時の足取りは、始めと比べて随分軽くなったと感じている。

 そこは、素直に認めないとね。

 

「まぁ、フツーに? 楽しいよ」

「素直じゃないなぁ」

「うっさい」

 

 ケラケラと笑い声が聞こえる。凄いニタニタ笑ってそうだから、振り返る事はしなかった。

 笑い声が止み、数拍の間が空いたかと思えば。

 

「ねぇリグル」

「なにさ」

「もし明日、お店が無くなったらどうする?」

 

 

 作業の手が、冗談みたいにピタリと止まった。

 ルーミアの放った何気ない一言が、なんだかヤケに重く圧し掛かってきたように感じる。

 こいつの真意なんて分からない。何か含みがあるようで、けれどひょっとしたら何も考えていないのかもしれない。

 

 ただ、やっぱりその一言は、どうしても強く胸にこびりついてしまったらしい。

 

 考えてみれば確かにそうだ。この店はただの気紛れで成り立っているだけの、いわば蜃気楼のようなものなのだから。

 幽香さんの興味が続く間だけ建つ夢幻の館。それがいつ、どの瞬間で途絶えるかなんて誰にも分からない。数ヶ月先か数年先かもしれないし、ひょっとすると本当に明日か、それこそあと数時間後には終わっているかもしれない。

 

 今はとても実感できる事じゃないけれど、それはいつか必ず訪れる結末だ。

 その時がやってきたら、私はどうするのだろうか。

 ルーミアの一言が波紋を呼んで、なんだか考え込んでしまう。

 

 続けてくれとお願いするのかな。それとも、真夏の陽炎みたいに案外あっさり身を引いちゃうんだろうか。そしてまた、気ままな生活に戻るのだろうか。

 

「それは……」

 

 さっき幽香さんのアイスティーを飲んだばっかりなのに、なぜか喉はカラッとしていて、舌は貼り付いたように全然回ってくれなくて。

 

 私は、答えを返すことが出来なかった。

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