最近、ぽーっとしてる時間が多くなった気がする。
上の空とでも言うべきか。自分で言うのもアレだけど、自覚できちゃうくらい無意識になる瞬間が増えたように思う。
原因は分かってる。間違いなく、ルーミアが残していったあの言葉だ。
「お店が無くなったらどうする……か」
何度繰り返したかも忘れた無意識の反芻。どれだけ咀嚼して呑み込んでも、胸の漠然としたしこりは消えてくれなかった。
不安のようで、焦りのようで。さっさと何処かへ放り投げてしまいたいのに、安易に切り捨てちゃいけないかもって手放せずにいるモヤモヤの塊。不思議で不可思議な
あーもう、なんだろうなぁこれ。自分でもどう処理したらいいのかサッパリ分からないや。妖怪の癖に、自分が何を想っているのかが分からない。
「蛍さん」
ぽすっ、と頭に柔らかな衝撃。髪を優しく抑える程度の感触なのに、私の肩は電極を刺されたカエルのように跳ね上がった。
わたわたと振り返れば、いつもみたいに優雅な微笑みを浮かべた幽香さんが。
「どうしたの? 珍しくボーっとしちゃって」
「ぁ。ははは、すみません」
「もしかして、悩みごと?」
流水のようにサラリと放たれた一言は、ドクンと心臓を跳ねさせた。
ああもう、ほんとにもう。なんでこういう時だけ鋭いんだこの人は。普段は風間を泳ぐ花びらみたいに掴み所の無い人なのに、察して欲しくないときに限って的のど真ん中を射貫いてくる。
悩み事、ありますよ。ええ、あなたとあなたのお店の事で絶賛お悩み中ですよ。
でも解決方法は分かりきってる。だってこれはとても簡単なナヤミだから。幽香さんに一言訊ねて、答えを貰えば済むだけの話なんだから。
そう、ただ一言。ただ一言だけ、『お店はいつまで続けるんですか?』って聞けばいい。それだけで、きっと彼女は私の靄を取っ払ってくれる答えを、いつものように悠々と返してくれるはずなんだ。
……まぁ、思った所で聞けるはずが無いんだけどね。
胸を締め付けるような恐怖心がある。ただそれ以上に、なんだか今は聞いちゃいけないような気もする。まるで運命の女神がド級の渋柿を頬張った顔で通せんぼしてきてるみたいな、そんな感じ。いやどんな感じだ。
とにかく、今はその時ではないと私の第六感が告げている。文字通り虫の知らせという奴だ。
だから私は、作り物の笑顔をふにゃっと咲かせて空の元気を振り上げた。
「ちょっとした考えごと程度なので大丈夫です! さぁさぁ働きますよ! 今日も元気に頑張りましょーっ!」
「トールバニラノンファットア●リストレットショットチョコレートソースエクストラホイップコーヒージェリーアンドクリーミーバ●ラフラペチーノみたいなスペシャルドリンクってある?」
「…………? とりあえずぶっ放せば良いのかしら」
「幽香さん駄目だ! 言ってる意味わかんなくても早まっちゃ駄目だ!!」
珍しく処理能力の限界を超えてしまったらしい幽香さん、光を失くしたブラックホールのような瞳で来客を狙い定めながら、全身から妖力を迸らせるの巻。
私は大慌てで羽交い絞めにし、錯乱する彼女を食い止めたって力強ッ!? 全力で引き
しかし席についてるお客さんが「ひょえええお慈悲お慈悲」と涙目になりながらプルプル震え始めたのを見たせいか、スッと妖気が引っ込んだ。ああよかった、開幕初手でワールドウォー勃発は洒落にならない。
さておき、濡れた子犬のようになってしまった彼女の名は宇佐見菫子。癖のある茶髪と栗色の瞳、赤ぶち眼鏡、裏地に奇妙な文字が刺繍された黒マントが印象的な、お客としては珍しい人間だ。ある異変をきっかけにたびたび幻想郷へ出没するようになった外来人で、超能力という魔法とよく似てるけど違った異能を使えるんだとか。
ただ、風の噂によると妖怪からこっぴどく怖がらせられたことがあったみたいで、若干ながらトラウマになっているらしい。幽香さんの威嚇モドキで震え上がってしまったのはその片鱗なのかもしれない。というかよくこの店に来れたなこの人。
「大丈夫ですよー菫子さん。今のは弾幕ごっこ前の牽制みたいなもんですから。全然本気じゃないですから。そんなに怯えなくても平気ですって」
「ちびるかとおもった」
幼児退行した菫子をあやしているのは、これで二度目になる東風谷早苗だ。同じ外来人同士、きっと馬が合うんだろう。ある意味納得の組み合わせである。
気を取り直して、注文を受け直すことにした。
「すみません、幽香さんあまり接客に慣れてなくて……。もう一度ご注文のほうを確認させてもらっても、」
「ごめんなさいね、怯えさせちゃって。注文はばにらふ●●くだっけ?」
「やめないか!!」
「あー、というかこれ、そもそも『外』の商品だから分かるわけないのよね。始めから写真見せなかった私の方が悪かったわ」
たはは、といった感じに後頭部を掻く菫子。一方早苗は、菫子が口にした長ったらしいネーミングが新鮮だったのか、「へー! 今はそんな面白い名前の飲み物があるんですね!」と目を輝かせていた。相変わらずである。
「写真あるの? あるならぜひ見せてちょうだい。うちの材料で出来るモノだったら作ってあげるから」
「ほんと? じゃあ折角だし作って欲しいかな。ゆめかわなやつ」
「こういう時ケータイって便利ですよねー。現像せずともパパっと写真が出せるんだから。まさしく叡智の結晶です」
いそいそと懐から薄い金属プレートを取り出し、表面を指でなぞり始める菫子。それを目撃した途端、早苗さんは「えっ、そんなケータイ私知らない……」と打って変わって口元に手をあてがいながら劇画みたいな顔で固まってしまった。
これアレだ。多分ジェネレーションギャップとかいうやつだ。つついたら爆発すると聞いたことがあるので、そっとしておくのが吉だろう。
しばらくして、菫子はプレートを幽香さんへと見せつけた。
プレートには鴉天狗の新聞よりも色鮮やかな、見た事も無い派手なドリンクの写真が表示されていた。透明で軽そうな材質のコップにミルクコーヒーがなみなみと注がれていて、中層にはところどころ生クリームらしき白い雲母が煌めいている。最下層に散っているのはコーヒーゼリーだろうか? なんだか柔らかな地層に埋もれた黒曜石の欠片たちみたいでとっても綺麗だ。上には入道雲のようなホイップの塊が盛り沢山に乗っていて、カラフルなビーズが星空みたいにいっぱい飾られていた。
なんだか、童心をくすぐってワクワク感を想起させる一品だ。ちょっと重たそうだけど、見てて楽しいデザートである。
「おおー美味しそう。これが外のコーヒーかぁ、凄いなぁ」
「楽しい飲み物ね。写真撮って保存しちゃう気持ちも分かる気がするわ」
「でしょー? しかもこれだけじゃないのよ。パフェとか、パンケーキとか、他にもカワイイやつがいっぱいあるの!」
次々と画面に現れては消えていく、色とりどりの洋菓子たち。どれもこれも幻想郷じゃ見たこともないものばっかりで、眺めてるだけで気分が立ち昇るようだった。
チラリと横を見る。相変わらず微笑んでる幽香さんが目に入る。
しかし、なんだろう。笑ってはいるんだけど、どこかいつもと違う雰囲気が滲み出ているように感じる。なんというか、熱が凄い。まるで心の内側の炎が表に噴出してきて、その熱気に当てられている気分である。
もしかして、対抗心を燃やしちゃってるんだろうか。外のメニューが奇抜で派手でカワイイから、だったら私も作ってやるーとか思っちゃってるんだろうか。
だとしたらヒジョーにマズい。上手く言い表せないけれど、とてもマズイことになる気配がムンムン漂ってくる。リグル非常事態警報発令した方がいいかこれ。
「……きーめた」
膝を曲げてプレートを覗き込んでいた幽香さんが、幽鬼のようにゆらりと立ち上がった。お顔には不敵な笑みが貼り付いていて、紅色の虹彩が塗り潰されるほどの炎が、メラメラと瞳の中で燃え盛っているように見えた。
それに気づかない人間組は、きょとんと小首を傾げてクエスチョンマークを浮かべながら幽香さんへ声を投げる。
「決めたって、何をですか?」
「うふ。ねぇ超能力者さん、風祝さん。タダでお菓子、食べさせてあげよっか?」
「え――えぇっ!?」
「タ、タダって、マジですか!?」
あーまずいです、まずいですよお客様。タダより高いお買い物はないですよお客様。
しかし悲しいかな。矮小なホタルでしかないわたくしには彼女を止める術など持ち合わせておらなんだ。ごめん南無三。
「うん、店長嘘つかない。今日はぜーんぶ無料で良いわ」
「うわぁ、うわぁー嬉しい! 幽香さんのお菓子ってほんと絶品なんですよ! それをタダで味わえるなんて! なにかのキャンペーンって感じですか?」
「そんなところね」
「いえーい、きっと日頃の行いが良い証拠だわ!」
ハイタッチしながら喜びを共有し合う人間コンビ。絶品料理を前に有頂天って感じである。
経験上、幽香さんが底知れない笑顔を浮かべながら何かを提案してくる時は絶対ロクなことにならないと知っている。出会い然り、お店へのアドバイスの時然り、ついこの間のパーティ然り……前例はとっても多い。
しかも、しかもだ。こんな時は決まって私も巻き込まれちゃったりするのがお約束なのだ。さながらそれが私に定められた運命なのだとでも言わんばかりに、ゆうかりんスマイル=わたし涙目の等式は証明されてしまっているも同然なのだ。
うーん、久しぶりにおうちへ帰りたくなってきたぞ。私これからちょっと寺子屋あるんで早退して良いですか。駄目ですかそうですか。あははーん。
「でも条件があるわ。それを呑んでくれるならオッケーよ」
「もっちろんです!」
「なんでもやるわ! なんでも!」
私の心境がツンドラなら彼女たちは熱帯だろうか。興奮しきってるスイーツ大好きガールズは、胸元で力強く拳を握り決意を表明しながら星のような瞳を輝かせている。
幽香さんは「ありがとう」と微笑んで、
「じゃあ、今から実験体になってちょうだい」
ド真ん中ストレートに爆弾をブチかました。
「もしかしたら体重10キロくらい増えちゃうかもだけど、まぁ、うん。死なないから大丈夫。頑張って」
ここまで耳にして、ようやく自分たちの置かれた状況を理解してきたらしい。
瞳からハイライトを消したって駄目だぞヒューマン。もう私たちに、彼女を止める術はないのだから。
〇
で、しばしの時が経過した頃。
案の定、死屍累々という言葉はこの光景のために生まれたんじゃないかってくらい凄惨たる光景が広がっていた。
「ぐるじい」
「もうたべられませんのめません」
「ぜったいふとる。いやふとった」
「あしたかららんにんぐしなきゃ」
「いっしょにぶーときゃんぷしましょ」
和暦云々年。ひまわり喫茶は糖の地獄に包まれた。
要約するとこうだ。件の写真に対抗意識を燃やして張り切った幽香さんが、沢山試作スイーツを作って、二人はそれを試食して採点し続けた。結果を聞いた幽香さんが再び試行錯誤へ取り掛かって、以下無限ループである。
ある意味、この世で一番幸せな地獄だろう。幽香さん作のスイーツはどれもこれもべらぼうに美味しいのだ。最初の頃は、二人ともキャーキャー言いながら食べ進めていたものである。
が、物事と胃袋には当然限度があるわけで。大体10品目あたりからキラキラ笑顔が土落す前の化石みたいになった。
かくいう私も結構キツい。メインコメンテーターが人間二人に割り当てられてたからそこまで配分は回ってこないけれど、これ以上はヤバい。いくら太らない妖怪でもリグルのお腹は有限なのだ。
「幽香さん、ちょっと休憩しましょうか。流石に三人だともう限界でしょうし、本当に一日で10キロ以上太りますよこれ」
「太ってもしぼればいいのよ。ぎゅっぎゅっぎゅーって」
それ雑巾絞る時のジェスチャーですよね。なに? 人間搾るの? りぐるは混乱した。
「というより、まだ納得できてない感じです?」
「うーん……何となくねぇ。何となくピンと来ないのよねぇ」
味はクリアしてるんだけどねぇ――と、頭上にリング浮かんでそうな二人の意見を纏めたメモを読み返しながら、薄く吐息する幽香さん。前々から凝り性だなぁとは思っていたけれど、どうやら当たってたみたい。
「二人のお陰で方向性は掴めたわ。でもまだ決め手が足りないのよ。もっと、こう、ルナティック感が欲しいの」
「食べるだけでめっちゃ被弾しそう」
「要はパンチね、パンチ。外の世界にも負けないようなのが足りない」
何かないかしら? と首を傾げながらウロウロ行ったり来たりする幽香さん。ここまで悩んでいる幽香さんを見るのは初めて見る気がする。今までの障害は全てパワーで解決してきたからなぁ。
さておき、パンチか。要は満足できるインパクトだね。
幽香さんからメモを借りて、有力候補の一覧を見る。最初に菫子が見せてくれたようなチョコメインのホイップマシマシドリンクと、さっぱりテイストなペパーミントドリンク。ベリーいっぱいの犯罪的なパンケーキに、柑橘ジュレとホワイトクリームで飾られたシャーベットマウンテン。香ばしいチーズに濃厚な卵を贅沢に使った黄金のタルトだ。
私からしてみればどれもこれも十分だとは思うんだけど、幽香さんが目指しているのはそこじゃないらしい。言うなれば、
「うーん、どこかにいないかしら。エキセントリックで無垢な感想をくれる奇抜で素敵な子」
「不可思議が横行する幻想郷でもそんな人材は中々いそうに……」
「なにこのお菓子ちょーおいしー! これ全部食べちゃって良いのー?」
……ん?
今、なにか聞き慣れない声が聞こえたような……?
「はぐはぐ。はぐはぐはぐ。あっまーい! お姉ちゃんこういうの好きかな? 持って帰ろうかな? 独り占めしちゃおっかなどうしよっかなーっ」
「いましたわここに。エキセントリックで無垢な感想くれそうな子いましたわ」
鴉色のハット。黄色を基調とした洋服に深緑色のスカート。浅葱色の髪と蛍光色の瞳。そして胸元に鎮座する、紫色の閉じた瞳。
確か、名前は古明地こいし……だったはず。神出鬼没よりも鬼出電入で有名な、地底に住んでる覚の少女だ。
いつかは来るかもと思っていたけれど、まさかこのタイミングで現れるなんて。むしろこれ以上なくナイスだ。無意識を揺蕩っているらしい彼女の言葉なら、幽香さんの望む感想が聞けるかもしれない。
「ねえ、帽子の覚さん。なにか素敵なアイディアは無いかしら?」
と思ってたら、幽香さん既にインタビューに入っていた。最初から気付いてたのかどうかは分からないけど、こいしがサラッと入店してたことに対してまるでリアクションが無いとは流石不動の大妖怪。網で鴉天狗を捕獲しただけある。
「うーん、そうね。そうね。ちょっと待って今考えるから!」
振り子のように体を揺らすこいし。ちく、たく、ちく、たく、みたいな効果音が聞こえてきそうだ。
「んー、んんんー、分かんないっ」
「あらそう……残念ね」
元気よく白旗宣言を掲げる無意識少女。思わずカクンと肩を落とした。
「でもね、呼んでくることは出来るよっ」
ん? 呼ぶ?
呼ぶってなんのことだろうか。予想だにしなかった答えを前に、私と幽香さんはパチクリと瞼を瞬かせた。人間二人は死んでいた。
「私、お料理のことはよく分かんないの。だから『あいであ』は出せそうにないわ。けど『あいであ』出せそうな人は連れてこれるよ!」
なるほど、助っ人を呼ぶということか。ある意味沢山の意見を欲している今の幽香さんとは、マッチングする答えではあるのかもしれない。
どうやらこの推察は当たっていたらしく、「じゃあ連れて来てくれる? 御礼にお菓子あげるから」とクッキーの入った袋を手渡した。
しかしこうなると、もしかしてこれからこいしが連れてくるお客さんたち皆にお菓子を振舞って色々勉強するつもりなのだろうか。儲けを度外視している幽香さんだからこそ成せる力技である。
「あの、風見さん。さっきから誰とお話されてるんですか?」
「超能力じゃ見えないナニカがあるのかしら……」
休憩を挟んだお陰か、大分回復したらしい二人組の声が聞こえてきた。しかしどうやら二人にはこいしの姿が見えていなかったらしい。証拠に、現在進行形でルンルン鼻唄を歌いながら店を出ていったこいしに視線の一つも向けることは無かった。
……というか、何で私と幽香さんにだけこいしの姿がずっと見えてたんだろう? 別に無意識を看破できるような能力も持ってないはずなのに。
まさか、アレか。最近ずっと幽香さんの近くに居たから、大妖怪のおパワーを浴びすぎてしまって私が幽香さんサイドへ傾きつつあるという兆候なのか?
ち、違うぞ。まだゆうかりんランドの住民票取得には早すぎると思います!
「今ね、無意識の子が来てたの。眼が見えない方の覚さん」
「あ、あーこいしちゃんですか、来てたんですね。全然分からなかった」
「……無意識の覚妖怪って、あのシックな帽子被ってるメリーさん? うひー、あの子ちょっと苦手なのよね。幼児みたいな屈託ない笑顔で容赦なくド鬼畜弾幕展開してくるんだもん」
「あ、ところで超能力者さん。これ、貴女に渡して欲しいってあの子が」
「? なんです……ってこれ私の先代スマホじゃん!? 失くしたと思ったらあの子が持ってたのか!」
「電気が着かなくなったから直して欲しいって言ってたわ」
「しかもちゃっかり持ち主宣言されてる!?」
ひょええええと悲鳴を上げる菫子はさておき、早苗が「彼女と何を話してたんですか?」と問いを投げた。幽香さんはそれを拾い、ニコッと微笑んで、
「助っ人を呼んで貰いに行ったの。あの子は料理のことが分からないらしいから、代わりの人を連れてきてくれるんだって」
「はえー、助っ人を……えっ、呼んでも大丈夫なんですか?」
「? どうして?」
「だって無料でお菓子出しちゃうって……お店大丈夫なんです?」
「あぁ、別にいいのよ。私、お金に興味ないから。楽しければそれでいいわ」
カラコロと笑いながら幽香さんは言った。普通、というかまずお店を作る目的は商売をするためなのだから、損得勘定を一切合切抜きにしている幽香さんの経営スタイルは人間には物珍しいというか、さぞ異様に映ることだろう。
ただ、別に妖怪だから儲けを度外視してるってわけじゃない。河童やミスティアなんかは商売根性たくましいもんね。つまり彼女は例の如く例外なのだ。ある意味、本当の意味で妖怪の喫茶店なのかもしれない。
「それじゃあ、私たちも連れてきて大丈夫ってことですか?」
「ええ。意見は多ければ多いほど良いもの」
それに、あなた達ももうお腹いっぱいでしょう? ――幽香さんの言葉に苦笑する二人組。現実問題、彼女たちの胃袋はもうメーターいっぱいまで溜まっている。これ以上詰め込んだらキラキラが出ちゃうのは目に見えてるので、二人とも「じゃあちょっと呼んできますね!」と店を後にしていった。
……なんとなくだけど、いつも通り普通では終わってくれないような気がする。それどころか波瀾がより一層強くなるような予感がビンビン来てるぞ。
うう、どうなるかなぁ。
〇
最初にやってきたのは、早苗紹介の守矢神社組だった。
つまるところ、八坂神奈子と洩矢諏訪子の幻想郷二大(?)神のご来店である。
「おほーっ、凄い凄い! 噂には聞いてたけど良い感じにおしゃんてぃなスイーツじゃないか! 可愛いね神奈子!」
「外のすたーぼっくす? ってカフェを思い出すねぇ。早苗に買って帰ってもらってた頃が懐かしいわ」
「まさか幻想郷で本格洋菓子が食べられるとは思わなかったなぁ。うまうまうまうま」
「ふふ、ありがとう。ところで、このお菓子や飲み物に何か意見はないかしら? 特に見た目についてあったら教えて欲しいの」
「うーん、そうだねぇ。これだけでも十分
「いーやそれは違うわ諏訪子。やるならヘビだね、ヘビ。ヘビはニョロニョロフォルムがなんか可愛いし、アクセサリーとして合ってる」
「は? どう考えてもカエルでしょ」
「いやヘビでしょ。というかあんた元々ヘビ寄りじゃない。なんでカエルなのよ」
「だってケロケロしてて可愛いじゃんカエル。このお菓子にヘビは無いわ」
「カエルの方が無いわ。センス皆無」
「あ?」
「はァン?」
「ちょ、待って待ってお店壊れますって地鳴りしそうなくらい霊気出させないでください!?」
なんとか二柱にはカエルとへビ両方採用するって話で落ち着いてもらった。
危なかった。いくら幽香さんのハチャメチャ大妖怪パワーがあっても最高位の神格二柱分のビッグバンが起こったらタダじゃ済まない。本当に危なかった。
……一番怖かったのは、それでもなお平然としてた幽香さんなんだけども。この人本当に妖怪の範疇に収まってるんだろうか? もっと別の名状しがたきナニカなのでは?
「へー、変わった飲み物だね一輪。苺ソースとミルクの混ぜ物に雲山みたいなフワフワクリームが乗ってるよ」
「初めて見るわね。今までずっとお茶ばかりだったから、こう、見て面白い飲み物ってのは新鮮だわ」
「昔じゃ考えられないわねぇ」
さておき、次にやってきたのは、こいしが連れてきた命蓮寺の妖怪僧侶の二人組だ。一人は真っ白な船員衣装に身を包んだ舟幽霊の村紗水蜜。そして見越入道の雲山を使い魔のように従えている雲居一輪だ。
「もしよければ、見た目について何か意見を貰えないかしら? 参考にしたいの」
「そうねー、私はこれでも十分良いと思うんだけどなー」
「確かインパクトのあるメニューが作りたいんだっけ。だったら、そうね。食べ物ってわけじゃないけど、そのメニューを頼むと出てくる装飾品なんか作ってみたらどう? 木魚のキーホルダーとか」
「あーそれいいね一輪! 私はアンカーのやつとか欲しい!」
「ふんふん、なるほど。グッズね」
「それにしても美味しいわねこれ。雲山はどう?」
一輪が振り返りながら、背後で控えていた雲の入道へ声を掛けた。彼は一輪たちとは違ってシェイクを飲んでいて、
『ぢゅぅぅぅぅんズゾゾゾゾゾッんヂゅヂゅヂゅウウウウゥゥ』
雲山、初めてのシェイクに今世紀最大の悪戦苦闘。
吸っても吸ってもあまりに出てこなさ過ぎるせいか、いつもの威厳ある親父顔が完全に崩れて窒息寸前のタコみたいになっていた。めっちゃハフハフ言ってる。
「ちょ、雲山なにやってんの!?」
「あっはははっ! う、雲山が両手でシェイク握り締めながら成仏しそうな顔でシェイク飲んでるっははははははっ!」
『んぬヂュウゥウゥウゥウゥウゥ…………ッ!!』
「う、雲山さんこちらをどうぞ、太めのストローです!』
「うーん、アイディア以前に飲みやすいストローを考えなくちゃいけなかったわねえ。ごめんなさい」
『ぢゅぢゅぢゅぢゅうううううううううううううううう』
「雲山さん!? 無理せずこっち使ってください!」
「無駄よリグル。雲山ってば変な所で頑固だから、ああなったら最後まで止めないのよ」
「ひぃひひひひひもうダメ笑い死ぬううううう!!」
シェイク騒動は、雲山さんがなんとか無事に飲み干すことで鎮静化に成功した。
……までは良かったんだけど、途中でこいしが「はぁーいお一人様追加でーすっ!」と手を引っ張って連れてきた聖白蓮の登場により、事態は一気に泥沼化を迎えた。
どうやら三人は修行をサボってここへ来ていたらしく、菩薩のような微笑みなのに阿修羅の如き闘気を纏った聖に有無を言わさず引きずられながら退場するという、コントみたいな形で幕を下ろす羽目になった。
そして、次にやって来た菫子セレクションによる紹介者は、
「ふむ……これがサンデー、西洋から伝わったという『外』のデザートか。菫子から貰った『きらきら☆いまどき女子の必見アイテム~女子力高めのスイーツ特集~』という書物で目にしたことはあったが、実物を拝むのは初めてだね。なるほど、実に煌びやかだ」
いやほんと、なんでこの人がここへ足を運ぼうと思い立ったのかはまるで分かんないんだけれど。
まさかまさかのそのまさか。あの動かない古道具屋として有名な、森近霖之助さんがこの喫茶店へやってきたのだ。こいしが来てても驚かなかった幽香さんも、これには大層驚いたらしい。
「珍しいわね、あなたがこんなところへ来るなんて」
「僕だって来るつもりは無かったとも、まだ香霖堂の営業時間だし。ただ、菫子が『外』の
「……私が言うのもなんだけれど、もうちょっと商売熱心になったほうがいいんじゃないかしら」
「なっているとも。いわばこれは香霖堂の営業なのさ」
ストロベリーサンデーのグラスを手に持ち、舐めまわすように検閲する霖之助さん。どうも店へやってきた主旨が今までの人々と全然違うんだが、そこのところ幽香さんは良いのだろうか。
「ならお仕事よ。このお菓子について意見をちょうだい。出来れば見た目に関してのものが良いわ」
「ふーむ、意見か。中々難しい仕事だね。そもそも僕は甘味をあまり食べないし、見た目にもそう頓着しないから」
そうだ、君たちは知っているかい? ――眼鏡のレンズをきらりと反射させながら、古道具屋の店主は人差し指を掲げた。
「サンデー、つまり西の言葉で唯一神の安息日を表す言葉なんだが、この名前に至った経緯が実に面白くてね」
……………………ん?。
この流れ、まさか……?
「実は、サンデーには前身――というより、サンデーが生まれるきっかけとなったドリンクが存在するんだ。その名をクリームソーダという。このクリームソーダはそれはそれは人気を集めた商品で、求めるものが後を絶たない魔性のデザートだった。しかし西の大国では日曜日――つまり信仰対象の安息日とされている日だけは、クリームソーダを売る事が許されなかったんだ。一説によると、熱心な信仰者が堕落の食べ物と批判したせいだとも言われている」
「ちょ、ちょっと、霖之助さん?」
「そこで、西の甘味屋たちは日曜日でも販売できる甘味を創作した。これがサンデーの始まりであり、同時に名前の由来でもある。もっとも、主の安息日をそのまま冠する氷菓の存在はやはり信仰者たちには受け入れ難かったようで、単語の綴りは改修されたらしいがね」
あかん、このままだと香霖堂名物『店主の薀蓄座談会24時間コース』に進んでしまう! 始まりの内に止めないと、
「霖之助さんあの」
「まぁ聞きなさい。ここからが面白いところなんだ」
察した私は思い切って彼の口を止めようとしたものの、大きな手でもって制されてしまった。
だめだ、この輝く眼鏡と銀髪の青年は止まらない。なにがなんでも喋り尽くすつもりだ!
「堕落の食べ物。主の休息日を冠する恐れ多い食べ物。数々の負の烙印を押され、クリスチャンにとって信仰の仇となったサンデーだが、裏を返せば宗教における悪魔としての側面を付与されたという解釈もでき――」
「ゆ、ゆうかさん助けてください霖之助さんを止められません!」
「はぁい、いらっしゃい。何名様? 空いてる席へどうぞー」
「あの店長逃げやがった畜生!!」
結局、森近霖之助のサンデー講座は、受講生一名(つまり私ひとり)を相手に
なんで霖之助さんがサンデーについてこんなに詳しかったのか、その知識の出所は定かではない。
〇
時は夕暮れ。そろそろ閉店に差し掛かったころ。
ようやく、幽香さんの満足のいく作品は完成した。
「……………………」
「……………………」
私と幽香さん、揃って沈黙。
目前のデザート――の形をした物体Xにかける言葉を、私たちは持ち合わせていなかったのだ。
ベースはチョコのパフェ。アイスクリームやシフォンケーキにチョコソースを盛りつけ、アクセントにスティッククッキーも刺した王道なデザートだ。
が、その上にはヘビとカエル型のチョコがメダカのように群れを成していて、碇や木魚の模型が乱雑にぶっ刺さり、コースターには何故か霖之助さんが置いていったボロボロの聖書が採用されている。
しかもその周辺には人形だったり雅な扇子だったりどこかの小人が乗ってたお椀だったり挙句の果てには正体不明のナニカがふりかけみたいに乗ってたり、統一性という言葉を月まで放り捨てたと言わんばかりのアイテムの数々が備え付けられていた。
なんだこれは。新手のサバトか? 頭スイーツな悪魔が召喚されそうである。
「どうしてこうなったんでしょうか」
「どうしてかしらねぇ」
……えーっと、確か、そう。最初は人間コンビとこいしが連れてきた人達のアドバイスをもらって、そこから発展させていくつもりだったんだけど、途中からどういうわけか来客人数が増えて、普通に営業へ戻ったんだ。なんでもこいしが色んなところで宣伝した結果らしい。多分当初の目的を忘れちゃったんだろう。無意識だしこいし。
するとまぁ、当然二人しかいない店じゃあ中々手が回らなくなってしまってしまうわけで。てんてこ舞いになりながらも意見を取り入れていったら、最終的にこうなった。
「うわぁ、凄いねこれ」
「い、一応お祓いしておきましょうか……? なにか出て来そう」
ぎこちない笑顔を浮かべながら、私たちの背後からモンスターパフェを覗き込む菫子と早苗。その気持ちはよく分かる。
確かにインパクトは手に入った。でもアレだ。幽香さんが欲しかったのは王道なインパクト……例えるなら打ち上げ花火のような輝かしさであって、断じてこんな、蟲毒みたいなおどろおどろしさを求めていたわけじゃないと思う。
だって幽香さんが初めて見る顔してるんだもん。常に生花のような余裕を持った笑顔を崩さないあのレディ・ミステリアスが、明らかに影を孕む引き攣った笑顔を浮かべてるんだもん。
「……食べる?」
「いや、流石にこれはちょっと」
「私もちょっと……人間の手に負えるものじゃないですよこれ。特にこの、よくわからないUFOみたいな物体Xが」
「よねぇ」
NOの意志を示す超能力者と風祝。こうなっては仕方ないと、食材を無駄にしないためにも私と幽香さんできちんと食べた。味自体は普通に美味しかったのが釈然としないけども。
アレだ、今日の出来事をまとめると、過ぎたるは猶及ばざるが如しってやつだ。
つまるところ、なにごとも普通が一番だね。うんうん。