UNo
寒気がする。あの恐ろしい体験をしてからというもの赤いものに過剰に反応してしまう。格闘家の俺には致命的なことだ。
あれほど好きだったトマトも今じゃあ食べることができなくなってしまった。
肉も、オムライスも、野菜生活の赤いやつも、親父の禿げあがった頭の日焼けも。
それのどれもが好きになれない。むしろ嫌悪感を感じる。
そのおかげか、頬はげっそりと痩せ焦げ筋肉の量は低下し微妙に腹にも脂肪がたまってきた。
これは、これは精神病だろうか。赤いもの恐怖症?聞いたこともない。
だけど、恐ろしいのは確かなのだ。
夕焼けも太陽も某洋服メーカーのロゴもラーメン屋の外装も人の舌も――血も。
あ、ああ、ああああああああああ
思い出してしまった。思いだしてしまった。
赤い赤い赤い赤い
視界を覆いつくす赤い何か。
吐き気を催す嫌な臭い。
壁から覗いたポリプ状のぐちゃぐちゃとした怪物。
血に濡れた鋭いかぎ爪。
そして――
あれ、これ以上は何も浮かんでこない。
とりあえずこうしたグロテスクな映像が頭の中を駆け巡った。
あ、出る。耐えきれない。
胃の中身が逆流する。
今朝食べたツナサンドの残骸を道に吐き出す。
「やぁツナサンド久しぶりだな。元気そうじゃないか」
「元気なわけないじゃろ(裏声)」
歩道に手をつき息を整える。
――ああ、迷惑かけちゃったなぁ。
あからさまに人が避けていくのを見ながらゆっくりと立ち上がる。もう気分は晴れ晴れとしていた。
いや、嘘だ。未だ少しグロッキーになっている。
今まで吐いたことなんてなかったのに。なぜだろう。
首を傾げながら歩く。
と、そこに――。
「いらっしゃいませ。」
リンゴを乗せた軽トラを路肩に止めリンゴを道を歩く人々に投げつける青年がいた。
何故だろう。同じ波動を感じる……。
そのまま素通りしようとした、そのとき。
「いらっしゃいませ。」
淡々とした声が耳元で発せられた。驚き周囲を見回したが、遅かった。
目の前に地面に植林している青年がいた。私を指さして笑っている。
とても、機械的な笑みだった。
コンクリートに刺さるはずもない小さな苗木が凛と堂々と立っている。
――あぁ、これはダメだ。殺される。
何となく、本当に何となくそんなことを思った。
勘とかそういうのじゃなく、目の前の青年の持っているものが明らかに明確な殺意を発しているからだろう。
青年はショットガンを抱えていた。
そのままニコニコと笑い少し屈んだ。
すると、ショットガンの重さを感じさせない俊敏な動きで俺の視界から姿を消した。
気が付けば俺の目と鼻の先に青年がいた。
――格闘家の俺が……ついていけていない……?
理由はいくつでも思い浮かんだ。
今思えば様々なことが重なってしまったのだ。
グロッキ―になっていたこと。
青年が林檎をコンクリートで育てるという明らかに異常な行動をしていたこと。
ツナサンドが腹に少し残っていたこと。
それどころか喉に突っかかっていたこと。
青年が林檎を持っていたこと。
その他諸々。エトセトラ。
一瞬、本当に一瞬だった。
こんなにも大量の情報が頭を駆け巡った。
走馬燈か?いや、反省とか後悔とかそういうのだろう。
あれ?でも走馬燈ってそういう意味じゃなかったっけ。
時間が遅く感じられる。
青年の口が開く。
「米子を……米子を粉砕骨折した鹿と恋させたのは……お前だろう。キューピーマヨネーズっ!!」
全て、全て思い出した。
そうだった。俺はあの日、奈良県の公衆トイレに穴を開けた鹿に思いっきり蹴りをくらわしたのだ。
その後の鹿の行方は俺は知らないが、人だかりができていたのは覚えている。
そこに、女がいたことも――。
そして
「何故、俺がキューピーマヨネーズだとわかった。」
そうだ、俺は殺し屋「キューピーマヨネーズ」だ。
名前の由来は知らないが、俺が殺したやつは皆一様にキューピーマヨネーズを頬張っているからだろう。
何故頬張っているかって?茶目っ気だよ畜生。
青年が引き金に手をかける。
周りは驚くほどに静かだ。
あぁ、俺は罪を犯した。いっそのこと、殺してくれ。
抗う気力もなくした俺は膝をつき――
――そこで違和感を感じた。
周りが静か?あり得ない。何故かって、ここは大通りだからだ。
明らかにおかしい。
顔を上げて周りを見渡すと、そこにはもう誰も立っていない。
青年も異常に気付き、リンゴの苗木を植えまくっている。
そして、もう一人。
「神の茶番劇はどうだっただろうか。八王子店、刑事井刑多」
普通の外見をしたサラリーマンのような男が立っていた。
「違う、奴はキューピーマヨネーズだ。そして俺は、冷凍みかんだ。覚えておけ」
「ああ、俺か。俺は一般神だ」
話の筋が見えないが彼らが固い握手を交わしていたのでなんとか和解したのだろう。
「ああ、米子の呪いもキューピーマヨネーズの赤いもの恐怖症も俺の手にかかれば一瞬で治せる」
唐突に一般神が魅力的な話をしてきた。
「本当か。米子のヒステリックな悲鳴の呪いがとけるのか」
そっちなのかよ。
内心でツッコミながら俺は一般神をしっかりと見据え、言った。
「親父のハゲも治りますか」
「それは自然の摂理だ。今更治すことはできない」
「そう、ですか」
予想していた答えが返ってきた。
「あと、神の茶番劇とは一体……」
「君が知るようなことではない、ただ、君たちが巡り合うように感情、歩幅、行動をコントロールしただけだ」
かなり難しいことを言っている、ということは分かった。
どっちにしろ父親のハゲは治らないのだ。
ならもういい。もういっそのこと――
「――なら、俺たちの呪いを解いてくれよ」
目を開く。目の前には青年も一般神もいなかった。
そのかわり親父の禿げあがった頭がただ広がっていた。
――やはり、ハゲは治らなかったな。
そして、自分が赤いものに嫌悪感を抱いていないことに気が付いた。
俺はニヤリと笑いそして――
――父親に刃を突き立てた。
何度も、何度も、何度も
血を体に浴びても、それでも
――親父は俺にこう言ったんだ。
「ハゲを、殺してくれ。ハゲた俺はもう恥だ。殺してくれ」
俺は躊躇せずに父親を殺した。
ただ、そこには「親父」はおらず、中身は誰でもない。
「親父」は俺の後ろに立って「父親」を見下ろしていた。
「親父、今日の飯は」
「オムライスだ」
親父クローン説
親父スタンドアローンコンプレックス説
親父ゴースト移動説
そもそも親父じゃない説
どれも根拠薄いなぁ。
頭も薄いなぁ。
UNo
PS かなりふざけた。反省はしているが後悔はしていない。