問題児たちが異世界から来るそうですよ?―振り回される問題児―   作:gjb

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第九話

耀がグリフォンに駆け寄るが、グリフォンは大きく翼を広げてその場を離れた。

 

戦いの際、白夜叉を巻き込まないようにする為だろう。

 

耀を威嚇するように翼を広げ、巨大な瞳をぎらつかせるグリフォンを、追いかけるように耀は走り寄った。

 

数メートルほどの距離で足を止め、まじまじとグリフォンを観察する。

 

(・・・・・・凄い。本当に上半身が鷲で、下半身が獅子なんだ)

 

鷲と獅子。猛禽類の王と、肉食獣の王。数多の動物と心を交わしてきた耀だが、それはあくまで地球上の生物の話。“世界の果て”で黒ウサギや十六夜が出会ったと言った、ユニコーンや大蛇などの生態系を遥かに逸脱した、幻獣と呼び称されるものと相対するのは、これが初めての経験。

まずは慎重に話しかけた。

 

「え、えーと。初めまして、春日部耀です」

 

「!?」

 

ビクンッ!! とグリフォンの肢体が跳ねた。瞳から警戒心が薄れ、僅かに戸惑いの色が浮かぶ。

 

耀のギフトが幻獣にも有効である証だった。

 

「ほう・・・・・・あの娘、グリフォンと言葉を交わすか」

 

白夜叉は感心したように扇を広げた。

 

耀は大きく息を吸い、一息に述べる。

 

「私を貴方の背に乗せ・・・・・誇りをかけて勝負しませんか?」

 

「・・・・・・グルル!?『・・・・・・何・・・・・・!?』」

 

グリフォンの瞳と声に闘志が宿った。

 

気高い彼らにとって、『誇りを賭けろ』とは、最も効果的な挑発だ。

 

耀は返事を待たず、続ける。

 

「貴方が飛んできたあの山脈。あそこを白夜の地平から時計回りに大きく迂回し、この湖畔を終着点と定めます。貴方は強靭な翼と四肢で空を駆け、湖畔までに私を振るい落とせば勝ち。私が背に乗っていられたら私の勝ち。・・・・・・どうかな?」

 

耀は小首を傾げる。

 

確かに、その条件ならば力と勇気の双方を試すことができる。

 

「グルルル・・・? 『娘よ。お前は私に“誇りを賭けろ”と持ちかけた。お前の述べるとおり、娘一人振るい落とせないならば、私の名誉は失墜するだろう。―――だがな娘。誇りの対価に、お前は何を賭す?』」

 

「命を賭けます」

 

即答だった。あまりに突飛な返答に黒ウサギと飛鳥から驚きが上がった。

 

「だ、駄目です!」

 

「か、春日部さん!? 本気なの!?」

 

「貴方は誇りを賭ける。私は命を賭ける。もし転落して生きていても、私は貴方の晩御飯になります。・・・・・・それじゃ駄目かな?」

 

「・・・・・・『・・・・・・ふむ・・・・・・』」

 

耀の提案にますます慌てる飛鳥と黒ウサギ。

 

それを十六夜と白夜叉が制する

 

「双方、下がらんか。これはあの娘から切り出した試練だぞ」

 

「ああ、無粋な事はやめておけ」

 

「そんな問題ではございません!! 同士にこんな分の悪いゲームをさせるわけには―――」

 

「大丈夫だよ」

 

耀が振り向きながら飛鳥と黒ウサギに頷く。その瞳には何の気負いもなく、むしろ勝算ありと思わせるようなものだった。

 

「そんなこと言われても・・・赤羽さんも何か言ってくださいよ」

 

「なんでだ?」

 

「なんでって」

 

「耀が勝つんだ何の心配もないだろ。」

 

そんな話をしていると

 

「グルル・・・・・・。『乗るがいい、若き勇者よ。鷲獅子の疾走に耐えられるか、その身で試してみよ』」

 

耀は頷き、手綱を握って背に乗りこむ。

 

鞍が無いためやや不安定だが、耀はしっかりと手綱を握り締めて獅子の胴体に跨る。

 

ふと、耀は手袋を片手だけ脱ぎ、鷲獅子の強靭で滑らかな肢体を擦りつつ、満足そうに囁く。

 

「始める前に一言だけ。・・・・・・私、貴方の背中に跨るのが夢の一つだったんだ」

 

「グル。『―――そうか』」

 

グリフォンは苦笑してこそばゆいとばかりに翼を三度羽ばたかせる。

 

前傾姿勢を取るや否や、大地を踏み抜くようにして薄命の空に飛び出した。

 

「うわ!?」

 

「「きゃあ!?」

 

衝撃で吹き付けられた雪を、両腕で顔を庇うことで防ぐ。

 

「いた! ・・・・・けど、あれは?」

 

山脈へ遠ざかっていく姿を発見できたが、グリフォンの翼が大きく広がり固定されていることに驚いた。

 

「鷲獅子って、飛ぶのに翼は必要ないのか?」

 

 

同じことに耀は逸早く気が付き、強烈な圧力に苦しみながらも、感嘆の声を抑えられずに漏らした。

 

「凄い・・・・・・! 貴方は、空を踏みしめて走っている!!!」

 

鷲獅子の巨体を支えるのは翼ではなく、旋風を操るギフト。

 

彼らの翼は彼らの生態系が、通常の進化系統樹から逸脱した種であることの証だった。

 

「―――グルルル。『娘よ。もうすぐ山脈に差し掛かるが・・・・・・本当に良いのか?この速度で山脈に向かえば』」

 

「うん。氷点下の風が更に冷たくなって、体感温度はマイナス数十度ってところかな」

 

森林を越え、山脈を跨ぐ前に、グリフォンは少し速度を緩める。

 

低い気温の中を疾風の如く駆けるグリフォンの背に跨れば、衝撃と温度差の二つの壁が牙を剥き、人間に耐えられるものではない。

 

これはグリフォンの良心から出た最後通牒。

 

耀の真っ直ぐな姿勢に思うところあっての言葉だろう。

 

だが、その心配を耀は微かな笑顔と挑発で返した。

 

「だけど、大丈夫って言ったから。それよりいいの?貴方こそ本気で来ないと。本当に私が勝つよ?」

 

手袋越しに強く手綱を握り締める耀。

 

「グルル、グルァア!『よかろう。後悔するなよ娘!』」

 

グリフォンも挑発に応じる。

 

今度は翼も用いて旋風を操る。

 

遥か彼方にあったはずの山頂が瞬く間に近づき、眼下では羽ばたく衝撃で割れる氷河が見える。

 

衝撃は人間の身体など一瞬で拉げさせてしまうほどだが、耀は歯を食いしばって耐えていた。

 

これだけの圧力、冷気。これらに耐えている耀の耐久力は少女を逸脱している。

 

(なるほど・・・・・・相応の奇跡を身に宿しているという事か・・・・・・!)

 

グリフォンは背中から聞こえる僅かな吐息に、驚嘆とも困惑ともいえる感情が湧き始め、苦笑を洩らす。

 

手心不要と悟るや否や、グリフォンは頭から急降下、さらに旋回を交えて耀を振るいかける。

 

鞍が無い獅子の背中は縋れるような無駄は無く、掴まるものは手綱だけになり、耀の下半身は空中に投げ出されるように泳ぐ。

 

「っ・・・・・・!!」

 

流石にもう軽口は叩けない。

 

耀は必死に手綱を握り、グリフォンは必死に振り落とそうと旋回を繰り返す。

 

「「春日部さん!!」」

 

飛鳥と黒ウサギが耀を応援するため叫ぶ。

 

グリフォンは地平ギリギリまで急降下して大地と水平になるように振り回す。

 

それが最後の山場だったのだろう、山脈からの冷風も途絶え、残るは純粋な距離のみ。

 

勢いもそのままに、湖畔の中心まで疾走したグリフォン。

 

耀の勝利が決定し、飛鳥と黒ウサギが喜んだ瞬間―――春日部耀の手から手綱が外れ、耀の小さな体は慣性のまま打ち上げられた。

 

「!?『何!?』」

 

「春日部さん!?」

 

安堵を漏らす暇も称賛をかける暇もなく、耀の身体が打ち上げられ、グリフォンと飛鳥は息を呑んだ。

 

助けに行こうとした黒ウサギの手を十六夜が掴む。

 

「は、離し―――」

 

「待て!まだ終わって―――」

 

焦る黒ウサギと止めようとする十六夜。

 

すると耀の身体が突然動きを変えた。

 

決着がつき、慣性のまま打ち上げられたとき、耀の脳裏からは、完全に周囲の存在が消えていた。

 

脳裏にあるのは只一つ、先ほどまで空を疾走していた感動だけが残っている。

 

(四肢で・・・・・・風を絡め、大気を踏みしめるように―――!)

 

ふわっと、耀の身体が翻った。

 

慣性を殺すような緩慢な動きはやがて彼女の落下速度を衰えさせ、遂には湖畔に触れることなく飛翔したのだ。

 

「・・・・・・なっ」

 

その場にいた全員が絶句した。

 

先ほどまでそんな素振りを見せなかった耀が、湖畔の上で風を纏って浮いているのだ。

 

ふわふわと泳ぐように不慣れな飛翔を見せる耀に、呆れたように笑う十六夜が近づいた。

 

「やっぱりな。お前のギフトって、他の生き物の特性を手に入れる類だったんだな」

 

軽薄な笑みに、むっとしたような声音で耀が返す。

 

「・・・・・・違う。これは友達になった証。けど、いつから知ってたの?」

 

「ただの推測。お前黒ウサギと出会った時に“風上に立たれたら分かる”とか言ってたろ。そんな芸当は人間にはできない。だから春日部のギフトは他種とコミュニケーションをとるわけじゃなく、他種のギフトを何らかの形で手に入れたんじゃないか・・・・・・と推察したんだが、それだけじゃなさそうだな。あの速度で耐えられる生物は地球上にいないだろうし?」

 

興味津々な十六夜の視線をフイっと避ける。

 

そこに、

 

「やれやれ。まさか飛べるようになるとは思わなかった。あの時黒ウサギを止めたのは確信があったのか?」

 

紫炎が十六夜に聞く

 

「俺だって春日部が飛ぶとは思ってなかったが、どうにかなりそうだったからな」

 

「それは信頼してるってとっていいのか?」

 

すると、耀の傍に三毛猫が駆け寄った。

 

「ニャー!『お嬢!怪我はないか!?』」

 

「うん、大丈夫。服のおかげで凍傷にもならずに済んだ。ありがとう紫炎。」

 

「どういたしまして」

 

耀から服を返してもらうとグリフォンが近寄ってきた

 

「グルルルル。『見事。お前が得たギフトは、私に勝利した証として使って欲しい』」

 

「うん。大事にする」

 

「いやはや大したものだ。このゲームはおんしの勝利だの。・・・・・・ところで、おんしの持つギフトだが。それは先天性か?」

 

「違う。父さんに貰った木彫りのおかげで話せるようになった」

 

「木彫り?」

 

首を傾げる白夜叉に三毛猫が説明する。

 

「にゃにゃにゃ、にゃー。『お嬢の親父さんは彫刻家やっとります。親父さんの作品でワシらとお嬢は話せるんや』」

 

「ほほう・・・・・・彫刻家の父か。よかったらその木彫りというのを見せてくれんか?」

 

頷いた耀は、ペンダントにしていた丸い木彫り細工を取り出し、白夜叉に差し出す。

 

白夜叉は渡された手の平大の木彫りを見つめて、急に顔を顰めた。十六夜、飛鳥、紫炎もその隣から木彫りを覗き込む。

 

「複雑な模様ね。何か意味があるの?」

 

「意味はあるけど知らない。昔教えてもらったけど忘れた」

 

「・・・・・・これは」

 

木彫りは中心の空白を目指して幾何学線が延びるというもの。

 

白夜叉だけでなく、十六夜、黒ウサギも鑑定に参加する。

 

表と裏を何度も見直し、表面にある幾何学線を指でなぞる。

 

黒ウサギは首を傾げて耀に問う。

 

「材質は楠の神木・・・・・・? 神格は残っていないようですが・・・・・・この中心を目指す幾何学線・・・・・・そして中心に円状の空白・・・・・・もしかしてお父様の知り合いには生物学者がおられるのでは?」

 

「うん。私の母さんがそうだった」

 

「生物学者ってことは、やっぱりこの図形は系統樹を表しているのか白夜叉?」

 

「おそらくの・・・・・・ならこの図形はこうで・・・・・・この円形が収束するのは・・・・・・いや、これは・・・・・・これは、凄い! 本当に凄いぞ娘!! 本当に人造ならばおんしの父は神代の大天才だ! まさか人の手で独自の系統樹を完成させ、しかもギフトとして確立させてしまうとは! これは正真正銘“生命の目録”と称して過言ない名品だ!」

 

「系統樹って、生物の発祥と進化の系譜とかを示すアレ? でも母さんが作った系統樹の図は、もっと樹の形をしていたと思うけど」

 

「うむ、それはおんしの父が表現したいモノのセンスが成す業よ。この木彫りをわざわざ円形にしたのは生命の流転、輪廻を表現したもの。再生と滅び、輪廻を繰り返す生命の系譜が進化を遂げて進む円の中心、すなわち世界の中心を目指して進む様を表現している。中心が空白なのは、流転する世界の中心だからか、世界の完成が未だに視えぬからか、それともこの作品そのものが未完成の作品だからか。―――うぬぬ、凄い。凄いぞ。久しく想像力が刺激されとるぞ! 実にアーティスティックだ!おんしさえよければ私が買い取りたいぐらいだの!」

 

「ダメ」

 

熱弁した白夜叉だったが、耀はあっさり断って木彫り細工を取り上げた。

 

白夜叉は、お気に入りの玩具を取り上げられた子供のようにしょんぼりした。

 

「で、これはどんな力を持ったギフトなんだ?」

 

十六夜に問われ、白夜叉は気を取り戻すが、首を捻った。

 

「それは分からん。今分かっとるのは異種族と会話できるのと、友になった種から特有のギフトを貰えるということぐらいだ。これ以上詳しく知りたいのなら店の鑑定士に頼むしかない。それも上層に住む者でなければ鑑定は不可能だろう」

 

「え?白夜叉様でも鑑定できないのですか今日は鑑定をお願いしたかったのですけど」

 

黒ウサギの要求にゲッ、と気まずそうな顔になる白夜叉。

 

「よ、よりにもよってギフト鑑定か。専門外どころか無関係もいいところなのだがの」

 

ゲームの褒章として依頼を無償で引き受けるつもりだったのだろう。

 

白夜叉は困ったように白髪を掻きあげ、着物の裾を引きずりながら四人の顔を両手で包んで見つめる。

 

「どれどれ・・・・・・ふむふむ・・・・・・うむ、四人ともに素養が高いのは分かる。しかしこれではなんとも言えんな。おんしらは自分のギフトをどの程度に把握している?」

 

「企業秘密」

 

「右に同じ」

 

「以下同文」

 

「黙秘権を行使する。」

 

「うおおおおい?いやまあ、仮にも対戦相手だったものにギフトを教えるのが怖いのは分かるが、それじゃ話が進まんだろうに。」

 

「別に鑑定なんていらねえよ。人に値札張られるのは趣味じゃない」

 

ハッキリと拒絶するような声音の十六夜と、同意するように頷く飛鳥と耀、紫炎。

 

困ったように頭を掻く白夜叉は、突如妙案が浮かんだとばかりにニヤリと笑った。

 

「ふむ。何にせよ“主催者”として、星霊のはしくれとして、試練をクリアしたおんしらには“恩恵”を与えねばならん。ちょいと贅沢な代物だが、コミュニティ復興の前祝いとしては丁度良かろう」

 

白夜叉がパンパンと拍手を打つ。

 

すると十六夜・飛鳥・耀・紫炎の四人の眼前に光り輝くカードが現れた。


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