真・恋姫†無双 一刀立身伝(改定版)   作:DICEK
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第012話 とある村での厄介事編⑥









 いつの時代、どこの国であったとしても、軍事組織、あるいは治安維持組織には命令系統というものが存在する。この国において、便宜上その頂点に君臨するのが皇帝陛下だ。彼女(・・)は国中の全ての事柄に口を出す権限を有しているのだが、実際にはそう上手く物事は進まない。

 確かに皇帝は権力の頂点に位置しているが、それを支える重鎮たちの権力も無視することはできない。世が乱れに乱れた現在は特に、皇帝の権威失墜が著しい。盗賊が跋扈し、官軍が弱体化しているのもその一例と言えば一例だ。

 だが、皇帝という権力者が存在しているという事実だけを理解している庶民はその実、皇帝の中身がミジンコであったとしても気にもしないだろう。庶民の頭にあるのは自分たちが庶民であり、この国には皇帝という偉い人がいるという事実のみだ。単純であるが強力なその事実の前に、『勅命』という言葉は得体のしれない強制力を持つ。

 冷静であれば、たかが地方の盗賊の処分に勅命が出るなどあるはずがないと、庶民であっても気づくことができたはずだ。皇帝は偉い人である。だからこそ、庶民の行く末に一々首を突っ込んだりなどしないということを、庶民はこれも、事実として認識している。

 だが頭目があっという間に殺され、その下手人が勅命であると大音声を挙げていた。劣勢に陥り、更に思考力が落ちている盗賊たちは、事実と違うことを『そうかもしれない』と思わされてしまった。

「既にこの丘は包囲されている。刃向かえば斬る! 逃げれば斬る! 命惜しければその場でじっとしているが良い! 我らの目的は首領と、それに連なる者の首! 雑兵の首などいらん!!」

 声は大きく、意図は明確に。誰を殺して誰を殺さないか。こうすることで、自分は殺されないと判断した人間は自然と気と手を抜き、自分は殺されると理解した人間は色めき立つ。

 殺される人間は、殺されない人間に対して圧倒的に少なく、まして幹部は小屋の中に集中している。勿論、幹部の全員が小屋の中にいた訳ではない。小屋の外に出ていた幹部は皆こそこそと隠れようとしたのだが、味方のはずの盗賊たちの視線によって、彼らは炙り出されてしまった。

 誰も『こいつが幹部だ』と声を挙げた訳ではない。しかし悲しいかな、自分は殺される人間ではないと認識した全ての盗賊の視線が、外に出ていた殺されるべき人間へと向いた。視線を集めた人間は三人。それを幹部だと狙い定めた子義は、一刀を守ったまま行動を開始した。

 その手が閃くと、短刀が放たれる。盗賊たちの間をすり抜けたそれは狙い違わず、視線を集めていた人間の一人に命中した。必殺。一撃で殺すために子義は喉を狙ったが、それは僅かにそれて肩に命中した。悲鳴を挙げ、痛みに蹲る幹部の男に、子義は小さく舌打ちをする。一刀を連れながらでも、その動きは止まらない。

 殺されないと判断した盗賊たちに、動きはほとんどなかった。その場を動かなければ殺されないのだ。実際にその通りになるか保証はないものの、言葉の力はまだ生きている。おかしいと思う人間が増えたら、言葉の魔法は消えてしまう。より多くの人間が正気を取り戻し冷静になる前に、全ての行動を終了させなければならない。

 即席の鈍器をぶら下げた徐晃は、全速力で小屋の方へ走った。小屋に他に出口はない。外で何か起こったというくらいは理解できたろうが、まだ誰も小屋の中から出てはいなかった。このままならば徐晃の足の方が早い。外で何が起こったのかを理解するよりも先に、小屋の中にいた幹部は皆殺しにされるだろう。

 やがて、盗賊の中にも動き出す者が出てきた。外にいた幹部が号令をかけ、十人ほどが動いた。幹部に近い人間なのだろう。こいつらを殺せば褒美を出すと、具体的な金額まで口にしているが、その金額は一刀の感性から言っても少なかった。

 窮地において、救援相手に提示するのは自分の命の値段と言っても過言ではない。それは同時に、相手に命の危険の享受を強制するための値段でもある。相手が聞いて心を揺さぶるような値段でなければ、義理で結ばれていない人間は動いてはくれない。

 幹部の発言は既に動いている盗賊以外にも向けられていたが、その金額で動こうとする人間は一人もいなかった。というよりも、すぐに動き出さなかった時点で既に、彼らは幹部に対し角が立っていた。

 腐っても幹部である。仮にこの場で一刀たちが殺された場合、動かなかった面々はその責任を追及される。まさかいきなり殺されはしまいが、相当な冷や飯を食わされることは覚悟しなければならない。元より、義理ではなく利益で結ばれた間柄だ。動かなかった人間にとって、幹部たちは既に、ここで死んでくれた方が都合のよい人間となっていた。

 お頭と、兄貴と仰いでいた人間たちだが、自分の命には代えられない。義理を優先する人間は、既に幹部の号令に従って動いている。残りは全て、義理なく利で動く人間たちである。

 一方、子義に守られながら動く一刀は、動く者と動かない者にはっきりと分かれた盗賊たちを見て、感嘆の溜息を洩らしていた。

 最大二百二十人殺さなければならなかったところが、十分の一近くにまで数が減った。たかが言葉、されど言葉だ。ただの言葉でも効果的に使うことで、自分たちよりも遥かに数で勝る集団の動きを誘導することができ。戦場において何故軍師が重く用いられるのか、頭ではなく心で理解した瞬間だった。

 外に出ていた幹部は三人。それぞれが四、五人を率いて一斉に動き出している。その三組が連携をしている様子はない。とにかく目の前の脅威を排除しようと、全速力で向かってきていた。

「子義、こういう時どうするんだった?」
「まずは……近いところから攻めること!」

 即座に近きを攻めると判断した子義は、一刀を連れたまま最も近い集団へと突っ込んでいく。まさか敵の方から突っ込んでくると思わなかった賊の足が、一瞬だけ鈍った。その一瞬で、子義には十分だった。一息で距離を詰めると、持っていた剣で先頭を走っていた賊の喉を割く。赤々とした血が噴き出す中、子義の動きは止まらない。

 喉を割いた賊の身体を後続に向かって蹴飛ばすと、大きく跳躍。その後ろを走っていた賊の頭上から、渾身の力を込めて剣を振り下ろした。ぐしゃりと目覚めの悪い音がし、賊は頭蓋を割られた。子義はそのまま剣を引き抜こうとしたが、骨にめり込んだ剣は力を込めても動かない。

「こっちだ!」
「ありがと! 団長、愛してる!」

 放られた剣を受け取った勢いそのままに、動きの止まった賊の首に叩きつける。手入れも碌にされていない数打ちだったが、子義の力、技量で振りぬかれたそれが、容易に賊の首を跳ね飛ばした。瞬く間に、三人。ここまでの動きで、ようやく周囲の賊は子義が手練れであることを理解した。

 一人いれば二人目も、と考えてしまうのは人間の心理である。子義の後ろを走っているだけの一刀にも、畏怖の視線が向けられる。実際そんなことは全くないのだが、子義の奮闘が一刀が安全である時間を少しの間ではあったが増やしていた。

 子分を瞬く間に切り殺された幹部は、その僅かな間に剣を抜き放っていた。子義に向かって突き出されたそれを、彼女は事も無げに弾き、返す剣で幹部を切り倒す。剣戟は一合のみ。相手をするのが馬鹿らしくなるくらいの、力量の差だった。

 これを殺さなければならないのか。子義たちを目指して走る賊たちの足も鈍るが、既に拳を振り上げてしまった以上、それを実行しなければ命はない。進むも地獄、戻るも地獄。そして留まっても地獄だ。今さら剣を捨てて命乞いをしても、官軍は賊の命など助けてはくれない。

 ならば少しでも生き残る確率が高い方に。賊たちは雄叫びをあげて、突っ込んでくる。

「いいもの見つけた!」

 子義が持ち出したのは、今しがた斬り殺した幹部が背負っていた矢筒だった。弓は剣を抜いた時に、足元に落ちていた。何故彼が後生大事に弓を持っていたのか。それは一刀にも子義にも知る由もなかったが、弓を手にできたことは、子義にとって好都合だった。剣も槍も自警団の誰より上手く扱う子義だが、彼女が最も得意とするのは弓である。

 子義が狙って放った矢は、一刀が知る限り一度も的を外したことはない。的のど真ん中に刺さった矢の尻に、当たり前のように次矢を直撃させたのを見て、天才というのはいるものだと理解した。

 子義は矢をつがえ、大きく息を吸い込み――吐いた。

 そして一息に弦を一度引くと、後はもう子義の独壇場だった。その独壇場は、子義の手から矢が尽きるまで続く。彼女の矢が届くのは、視界その全てだ。目に見えている限り、的を外すことはない。一矢で、一人。確実に目を射抜いて行く子義は、盗賊には悪魔にでも見えただろうか。

 瞬く間に先頭を走っていた三人が射殺されたのを見て、後続は完全に足を止めた。もはや逃げるより他はない。戦うことを放棄した賊は我先にと駆け出したが、その動きは酷く直線的である。ただ動いているだけの的など、止まっているのと変わらない。まずは幹部、と既に盗賊の輪の外まで逃げつつあった二人の幹部に子義は的確に矢を撃ちこんでいく。

 初めは背中、その次は首。一発でも致命傷。二発あれば即死だ。外にいる殺すべき人間は、もう殺した。残っているのは幹部の号令に従った、賊が二人。彼らはまだ、剣を手放していない。

 だが、矢はその時点で尽きていた。子義はすぐに弓を手放したが、行動が一拍遅れてしまう。攻めるのならば、弱い方だ。一刀の方が組みやすいと判断した盗賊二人は、獰猛な笑みを浮かべて一刀へと駆け出し――唐突に、その片方が吹っ飛ばされた。
 
 血でべったりと赤くなった小袋。金属で一杯になったそれが、砲弾のようにすっ飛んできた。向かって右にいた賊にそれが直撃したのだ。徐晃の力で振り回されたそれは、容易く人間の頭を砕いて見せた。全力で投擲されたそれは、盗賊の身体をくの字にへし折った。遠回しな慣用表現では断じてない。大勢の人間の前で人間が、くの字に曲がったのである。

 即死なのは疑いようがない。その惨劇は事態の行く末を見守っていた人間全ての動きを止めるには十分だった。一刀も子義も含めて、全く動く人間のいなくなったその場を、一人の少女が疾風のように駆ける。

「お兄ちゃんに――」

 助走をつけて大きく踏み切ると、徐晃は空中で器用に身体を捻る。それはまるで、全てを貫く一矢を放つ、引き絞られた強弓の弦のようで、

「――近寄るな!!」

 十分な加速と、十分な捻転。剛力無双の徐晃の、渾身の力を込めた回し蹴りが賊の頭に直撃する。拳一つで岩を割るのだ。その全力の飛び蹴りを食らったら、人間は一体どうなってしまうのか。人の頭が爆ぜる(・・・)のを間近で見た一刀は、頭から真っ赤な何かを被ってしまった。ホラー映画も真っ青、いやさ真っ赤な光景に、むしろ一刀は冷静になった。

 一仕事終えた徐晃は満足そうに頷くと、一刀の元に駆けてくる。小屋の中は粗方片づけたのだろう。返り血で真っ赤に染まった少女は、ここに来る前と変わらない純粋そのものと言った表情を浮かべている。僅かに焦って見えるのは、こちらの身を案じているからだろう。

 今しがた盗賊の頭を粉砕したとは思えない少女は、少しだけ緊張した声音で一刀に問うた。

「お兄ちゃん、怪我はない?」
「自分のあまりの役に立たなさに真っ赤になって恥じ入るばかりだよ」

 それは危機的状況における北郷一刀渾身の冗句だったが、その機微は少女たちには伝わらなかったらしい。額面通りに一刀が落ち込んでいると解釈した少女二人は、そんなことないよ! と全力で励まし始めた。頭から血を被ったことも忘れて、何だか本当に情けなくなってきた一刀である。

 そうこうしている内に、二つに分けた自警団の面々も到着した。戦闘の痕跡は見られるが、一人も脱落者はいない。無事に任務を果たしてきたのだろう。部隊の中ほどから出てきた程立は一刀の姿を見つけると、手で口元を隠してわざとらしい、驚いた表情を見せた。

「おや、お兄さん。少し見ない間に随分と男前になりましたね」
「血も滴る良い男ってことで、笑いの一つも取れれば本望だよ。そっちの首尾はどうだ?」
「風の方は五人程。幹部じゃなかったみたいですが、ともかく自警団の皆さんが頑張ってくださいました」
「私の方は七人ですね。いずれも幹部ではなさそうでしたが、実力で排除しました。私が剣を抜く機会があるかと聊か肝を冷やしていましたが、貴殿の部下の働きで事無きを得ました。よく調練をされていますね」
「俺の働きなんて微々たるもんだよ。戯志才が助かったならそれは、皆がそれだけ頑張った成果さ」

 な? と視線を向けても、自警団の面々は照れて視線を逸らすばかりだった。農村の屈強な男たちは、年下の男に真正面から褒められることに慣れていないのである。

「さて、親睦を深めるのはこれくらいにするとして、事後処理を始めましょうか」

 放っておくといつまでも和んでいそうだった面々を、程立がぴしゃりと元の場所まで引き戻す。周囲には逃げられなかった盗賊が二百人から存在している。集まった自警団たちはそれでもまだ盗賊団の十分の一程の戦力だったが、既にお互いの格付けは済んでいた。数が少ないからといって、一刀たちに逆らおうとする者はいない。

 誰からともなく、剣を放り始める。投降の意思表示に、村の自警団にとって、今宵一晩の大戦の勝敗はここに決したのだった。









戦闘終了。次回、戦後処理編を経て次賞に入ります。