真・恋姫†無双 一刀立身伝(改定版)   作:DICEK

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第017話 流浪の軍団編④

 

 

 

 

 

 

「元直、一つ聞きたいんだけどさ。その帽子、どこで買ったんだ?」

「これは学院を卒業した記念に先生から頂いたものだよ」

「君らの先生が選んだってことか?」

「正確には先生がこういう帽子を作ってくれと仕立て屋に発注したものだ。だからこれに限らず、僕らの帽子は唯一無二って訳だね」

「…………君らの先生ってどういう人だ?」

「上品で優しい人だよ。生徒が解らないことは、解るまで付き合ってくださる。実に根気のある教育をなさるお方だよ」

「服飾については?」

「あまり華美な服装は好まれないね。印象の通りに上品な服装を好まれる。中々趣味の良い方だよ」

「そうか……」

「妙齢なご婦人に鞍替えでもしたのかい? 先生を紹介しろって言うなら、生徒の一人としては全力で抵抗させてもらうけれど」

「そうじゃないよ。そんな人が選んだなら、俺の判断が間違ってんだなって打ちひしがれてたのさ」

「どういうことだい?」

「いや、俺が帽子を贈る立場だったら、諸葛亮と鳳統に贈る帽子は逆にする。諸葛亮の方にとんがり帽子。鳳統の方にベレー帽だな」

「…………一刀。君は時々、本当に凄いね」

「いつも凄い元直にそう言ってもらえると身が引き締まるよ」

「皮肉じゃなくて、完全な褒め言葉だよ。君は本当に人を見ている。これからもそれを忘れないで。ただ、同時に君の問題点もはっきりと見えた。君はもう少し自分に自信を持つと良い。今のうちに沢山失敗をして、郭嘉さんにでも怒られて、そこから色々学ぶんだ。そうすればきっと、君は人の上に立つに相応しい人間になれるよ」

「励ましてくれてありがとう。元直にそう言ってもらえると、本当に励みになるよ」

「僕もそう言ってもらえて嬉しいよ。いつか僕が仕えてみたいと思えるくらいに成長しておくれ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元直たち三人を連れて野営地まで戻ると、団員たちは死屍累々の有様だった。適正を見て隊を分けるという作業をしている最中である。選定は主に程立と梨晏が担当している。この作業はもうまもなく完了するということだった。

 

 隊の振り分けが済めば、兵は幹部各々に振り分けられる。土木作業に強い部隊が欲しいと言っていた程立には元大工など、土木作業の経験者を中心に。弓が得意な部下が欲しいと言っていた梨晏には、元猟師など弓が得意な連中を集めると言った具合だ。

 

 それはそれとして、戦闘訓練も同時に行っている。一周りは上の男たちが姉御と慕える程に、梨晏とシャンの腕は突出していた。今日も梨晏一人で二百人の面倒を見ていた訳だが、死屍累々な二百人に対して梨晏は少し疲れたという程度である。今の傭兵団に梨晏の相手が務まるのは、シャンしかいなかった。

 

「おやおや兄さん。お仕事に行ったと思ってましたが、女性をひっかけてきたんですか?」

 

 軽い書類仕事をしながら訓練を眺めていた程立が、一刀たちに気づいて腰を上げる。歩み寄ってきた程立の小ささに、元直は僅かに驚きの表情を浮かべた。郭嘉とセットの軍師というから、勝手にもう少し大きい女性を想像していたのだ。それが、自分の後輩よりは大きいとは言え、こんなにも小さいのだから驚きもする。

 

 だが、小さくても軍師である。この少女は郭嘉と並び立つ人間なのだと思いだし、元直は笑みを浮かべて程立に手を差し出した。

 

「はじめまして。徐庶。字は元直だ」

「これはご丁寧に。私は程立。字は仲徳と申します。水鏡学院一の才媛と名高い貴女にお会いできて光栄です」

 

 程立は元直の手を握り返し、型通りの挨拶をしている。相変わらず眠そうな顔をしていて、内心を読み取ることはできない。そんな程立を横目に見ながら、一刀はそっと郭嘉に耳打ちした。

 

「元直はそんなに有名なのか?」

「知らないで付き合っていたんですか? 風も私も言った通り、水鏡女学院の歴史の中で一番の才媛と名高い方です。水鏡先生の信頼も厚く、行く行くは学院を継ぐのではとさえ言われています。ただ――」

 

 郭嘉の視線は、元直の後ろに立つ二人の少女に向いた。

 

「あの後輩二人は、それを凌ぐ程の傑物だと言われています。『臥竜』と『鳳雛』とあだ名され、学問全てに精通しているとさえ言われていますが、正確な所は解りません。『臥竜』諸葛亮は内政に、『鳳雛』鳳統は軍略に特に秀でているという話です」

「なるほどな……ちなみに、自分とその周辺の人間を除いて、郭嘉の目から見て、現役で有能な頭の回る人間ってどれくらいいる?」

 

 興味本位の質問であるが、一刀たちが後に天下を取るのであれば避けて通ることはできない問題だ。質問を置き換えるとこういうことになる。自分たちが天下を取るに当たり、最も障害となる頭脳は誰か。郭嘉の返答は早い。自分たち以外でならばと、常日頃から考えていたのだ。

 

「今現在までの実績を加味して名前を挙げろと言われれば、私が挙げるのは四人ですね。孫堅配下の周瑜、豫洲の曹操、袁術配下の張勲に袁紹配下の顔良」

「前半二人は聞いたことあるけど、後半二人は記憶にないな」

「表にはあまり名前の出ない方々ですからね。ですがその筋に有名です。袁紹も袁術も愚物と名高いですが、それにも関わらず北袁も南袁も軍団の体を有し続けているのは、一重にこの二人が軍団を仕切っているからだと専らの評判です。できれば会って話をしてみたいと思っているのですが、無理でしょうね」

「だろうなぁ。元直、その二人に会ったことないか?」

 

 程立と話し込んでいた元直に、話を振ってみる。先生のお使いで国中をうろうろ歩き回った元直だ。意外なところで顔が利いても不思議ではないと思い、それなりに期待しての問いだったのだが、元直の答えは否だった。

 

「僕も郭嘉さんと同じ気持ちだよ。とても会って話をしてみたい。どういう感性をしてたら愚物を頭上に据えてあんな大軍団を維持できるのか。是非コツを聞いてみたいね」

「外に漏れるくらい袁紹と袁術って言うのは不味いのか?」

「袁術は、実のところそれ程悪いものでもないのです。突拍子もないことを多々言うらしいですが、張勲が上手く取りまとめていますし、親戚連中も袁術に追従します。よくも悪くも愛されているのでしょう。袁術の一存で組織全体が動くので、一枚岩と言っても良い。問題なのは袁紹です。本人が突拍子もない上、それに輪をかけて親戚連中が煩く組織が一枚岩ではないのです。貴殿一押しの荀家のご息女も、相当苦労したことでしょう。辞めて当然です」

 

 友人の、かつての就職先を悪く言うのもどうかと思うが、袁紹に対する郭嘉の評判は最悪だった。これだけ評判が悪く、しかも一枚岩でないと外から評価されるような組織では、あの我の強い荀彧ではさぞかし苦労したことだろう。

 

 袁紹の悪い評判は、荀彧ならば知っていたはずである。それでも一度は仕官することを受け入れたのだから、本人なりに色々と思うところはあったのかもしれないが、結局は辞めてしまった。いずれ大軍団同士がぶつかることになる。その時、荀彧が後悔することがないよう、友人としては祈るばかりだ。

 

「それでお仕事の方は?」

「抜かりなく。ついでにいくらか金銭を作ってきました。これで少しはまとまった買い物もできるでしょう。部隊の編制についてはどうです?」

「こっちはまだ少し時間がかかりそうですが、お兄さんの直属兵だけは先に選んでおきました。ここから増えることはあっても減らすことはありませんので、存分に働いてきてください」

 

 風から部隊の名簿が渡される。そこには廖化を始め三十名の名前が記載されていた。彼ら全員が直属の部下である。直属、という単語一つが付くだけで、全てが違う気がした。名前を指でなぞり、一人一人顔を思い出す。ここから自分の道が始まるのだと思うと、身が引き締まる思いだった。

 

「夜が更けるまでにまだ時間はあります。食事が済んだら座学の開始です。お兄さんには覚えてもらわなければならないことが、山ほどありますからね」

「シャンは梨晏と鍛錬をしてくる……」

 

 巻きこまれることを嫌ったシャンは素早い動きで梨晏の所に飛んでいく。一刀がやってきたと知ってこちらに走ってきていた梨晏は、同じくらいの速度で走ってきたシャンに捕まり、奥へと連れ去られていった。

 

 どちらも決して勉学ができない訳ではない。稟や風をして悪くはないという頭の回転は、武将にしてはかなりの高得点を与えられるレベルであるという。

 

 三人で旅をしている時、シャンは稟と風の二人から手ほどきを受けていた。その時の記憶が頭から離れないのだろう。傭兵団を結成して以来、一刀のための講義は定番となっているが、シャンが自分から参加しようとしたことは一度もない。

 

 逆に何でも一刀と一緒が良い梨晏は何度か参加したことがあるが、毎回参加するとシャンが寂しいと思い、たまに彼女に付き合っている。繰り返すがシャンも別に勉強が嫌いな訳ではないし、やらない訳でもない。ただ身体を動かす方が好きなだけなのだ。

 

「一刀に講義をするのかい? それなら後学のために僕も拝聴したいな。朱里、雛里。君たちも一緒に聞くと良い」

「……断っておきますが、水鏡女学院を卒業した方々にするような内容ではありませんよ?」

「洛陽にいた時は散策をするだけだったし、旅をしてる間はただ話をしていただけだったから、一刀がどの程度できるのか個人的に興味があるのさ。後はこっちの二人も含めて、本当に後学のためだよ。これからは人に教えることも沢山あるだろうからね。参考にさせてもらうよ」

「これは手を抜けませんね、稟ちゃん。悪い意味で、お兄さんを寝かせられなくなりそうです」

「…………お手柔らかに頼むよ」

「それはできない相談ですねー」

 

 ふふー、と口元に手を当てて、程立は静かに笑っている。冗談めかした口調だったが、こういう時こそ彼女は本気でこちらを攻撃してくるのだ。今夜は本当に寝られないかもな。一刀はそっと、心中で溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に商店を訪れた翌日、約束の通り細かな日程が調整された。商店が用意する護衛は五十人。三十人前後で護衛の方は調整してもらいたいという要望を受けた一刀は、三十人の直属兵を全員連れていくことにした。

 

 これに軍師役として郭嘉が付き、戦闘補助としてシャン。さらに研修生の二人の内、諸葛亮が同行することが二人には全く相談せずに決められた。自分たちは二人で参加。最悪でも元直が一緒だと思っていた諸葛亮は一人で行って来いという先輩の指示に大慌てしたが、これも研修の一環、という先輩権限で黙らされてしまった。

 

 卒業しようと先輩は先輩である。仕官し、役職を持てば立場も変わるのだろうが、共に遊学している身である以上、物を言うのは年功序列だ。思うところは色々あっても、決して逆らうことはできないのである。

 

 相談すらさせまいと、鳳統は程立が連れ出してしまっている。独立独歩。将来一緒に仕事をしようと約束していても、一人で考えなければならない時は必ず来る。これも訓練、これも修行と言われれば反対の言葉など出てくるはずもないのだが、いきなり放り出されて気持ちの整理など付くはずもない。

 

「折衝などは私が担当します。貴女は補佐ということで、仕事を見ていてください」

「解りました。お気遣い、ありがとうございます」

 

 緊張も何もかも全て飲み込み、諸葛亮は一人で郭嘉と打ち合わせを始めた。気持ちさえ切り替えることができれば、学院史上一番の天才と評される少女である。『神算の士』とあだ名された郭嘉も、舌を巻くほどの明晰さで話を詰めてしまった。

 

 学院でどれだけ成績が良くても、実地はまた別である。そう舐めてかかっていた部分があったことを郭嘉は心中で認めた。この少女は本物である。自分と同等以上の知性に巡り合った郭嘉は、興奮した様子で予定を詰めていった。

 

 その一方で派遣が決まった直属兵たちに、程立の厳しいチェックが入る。人は見た目が九割。傭兵団でございと言っても、見た目が盗賊では何の説得力も何もない。安物でも小綺麗な鎧を見につけ、ヒゲを伸ばしていた者はとりあえずとばかりに綺麗に剃る。急ごしらえに強い違和感が残るが、見ためが盗賊なよりはマシだろう。今は服に着られているような状態だが、いずれ心がついてくるようになる。今は辛抱の時期だ。

 

 そして約束の当日。一刀たちを見た依頼者たちの代表の反応は、実に微妙なものだった。最初に交渉をした責任者ではなく、その部下の男性である。交渉の時にも同席していたのだが、彼はその時よりも女性が増えていることに驚いた。

 

 男が代表で女性が増えている。しかもそれが美少女となれば、良くない感情も掻き立てられるというものだが、戦闘担当として同行していたシャンが大荷物を一人で軽々と動かすのを見て、依頼者も本職の護衛たちも一刀たちの認識を改めた。

 

 一番最初に力を見せつけるのは、交渉を有利に進めるための手段の一つである。命に関わる現場では尚更だ。

 

 馬車は五台。それに十人ずつの護衛が付く。中に三人。周囲に七人。一刀たちが受け持ったのは、前から三番目と四番目。少し余った兵は周囲を適当に歩かされている。馬車に乗っているのは一刀と郭嘉、それに諸葛亮である。

 

 商家が雇った護衛は、周囲の索敵までやっている。一刀たちを含めて都合八十人の大所帯だ。さて、この人数を見ても襲ってくる敵が果たしているものだろうか。郭嘉が元々持っていた情報に、元直が持ってきた情報を加えても、この辺を根城にする大人数の盗賊はいない。

 

 二百人の盗賊が傭兵団に鞍替えすることが昨今あったように、盗賊の事情というものは流動的で、一貫している訳ではない。油断は禁物である。

 

「何もなければそれに越したことはありませんが、これでもなお襲ってくるとしたら、脅威ですね。この数を物ともしない規模か、それだけの手錬がいるか、数の差を理解できない程の大馬鹿か……」

「大馬鹿なら楽勝ってことじゃないのか?」

「戦力差を理解できないということは、定石を無視してくるということでもあります。ある意味、死を覚悟して突撃してくる死兵と同じです。努々、油断をなされぬよう」

「忠告ありがとう。あぁ、俺も気が緩んでるみたいだな」

「気を張られ過ぎても困りますけれどね。貴殿はとりあえず、我々の後ろで堂々としていてください。当面はそれが一番の仕事です」

「仕事が本当に、それ一つだけだと楽ができるんだけどな――」

「お兄ちゃん。いつでも馬車から降りられるようにしてて」

 

 会話に割り込むように、外からシャンの声がする。緊張を孕んだ声音だ。何かある。そう察知した一刀は、同じくらい緊張に満ちた声音で問い返した。

 

「……敵襲があるのか?」

「まだ。でも良くない雰囲気。少なくとも一人、こっちを見てる」

「護衛団の監視の目を抜けてきたのかな?」

「手を繋いで放射状に広がるというのでもなければ、どれだけ監視の目を密にしても穴はできます。突破してきたということそのものは、それ程驚く程のことではありません。突破してきたのは少数でしょう」

 

 穴があるとは言っても、その監視の目をすり抜けるのは大規模では難しい。斥候を担当している護衛はそれなりに訓練されていたようだから、大規模の部隊を素通りさせるということは考え難い。敵部隊が通過するところの斥候だけ殺した、という可能性もないではないが、シャンが感じている視線は一つである。

 

「あちらも斥候、ということはありませんか?」

「戦闘要員。結構強い。シャン程じゃないけど」

 

 その知らせを吉報とするかどうか、判断に迷った。シャンならば勝てると喜ぶべきなのだろうが……それは敵がそれだけしかいない場合の話である。腕の立つ人間は監視の目を抜けて一人、こちらに視線を送っている。それだけで済むはずがない。どこか別の場所にも伏兵がいると考えるのが普通だろう。考えている間もあればこそ、シャンから次の指示が飛んだ。

 

「降りて!」

「全く、中々楽はできないな!」

 

 シャンの号令で、一刀は素早く立ち上がった。その横を郭嘉が『お先に!』と飛び出して行く。その手は既に腰の剣にかけられていた。軍師の割には機敏な動きをしている。逆にどんくさい諸葛亮は、立ち上がることにすら失敗してその場でひっくり返っていた。待っていたら間に合わない。そう判断した一刀は、短いスカートから伸びる真っ白い足を見ないようにしながら、諸葛亮を横抱きにした。

 

 所謂お姫様抱っこである。いきなりの行動に諸葛亮は声にならない悲鳴を上げたが、今は無視だ。諸葛亮を抱えてひらりと馬車を飛び降りると、シャンの手招きで急いで馬車から距離を取った。

 

 シャンが大騒ぎをしたことで、車列全体が止まっている。何故お前が、と本職の警護の人間は嫌そうな顔をしているが、シャンが手錬であることは全員が認めている。それに『敵襲!』と騒がれては、行動しない訳にはいかなかった。何より大事な自分の命がかかっているのだ。周囲の警戒にも力が入るが、シャンだけは更にその先を見ていた。

 

「先頭の馬車! 離れて! 早く!」

 

 シャンの声は切羽詰まっている。いよいよただ事ではないと理解した面々は、我先にと血相を変えて馬車から離れた。周囲に敵影は見えないがその頃になると、シャン以外の面々にも何故彼女が大騒ぎしたのか理解できた。

 

 地に影が見える、一刀が空を見上げると、大きな塊が空を飛んでいた。明らかに重量物である。狙いは先頭の馬車。直撃コース。全員が安全な距離まで離れたところで――直撃。

 

 飛んできたのは、荒縄で縛られた大岩だった。それは馬車の下部に直撃し、車輪を粉砕。馬車としての機能を完全に破壊した。自分が攻撃されたことを理解した馬が暴れだすが、馬車からは御者まで離れてしまっている。それを制御する手段はない。

 

「聞いた話じゃ、始皇帝が同じ狙われ方をしたらしいけど、なるほど、これは生きた心地がしないな」

「堂々としていてほしい、という私の進言を聞き入れていただけたようで何よりです。一応、うちに被害はありません。あちらについては確認中ですが……大丈夫なようですね」

 

 被害なし、と状況を調査しに行っていた団員から報告が入る。物的被害は現状、馬車が一つ。これを諦めるならば中の荷物も諦めなければならないが、その辺りの判断は一刀にはできない。遠距離攻撃で狙われている以上、とにかくこの場を離れることが先決だとは思うが、さてどういう判断が出るのか。

 

 考えている内に、第二射が来た。先頭の馬車を狙った初撃とは異なり、今度は最後尾の馬車を破壊した。道は決して狭い訳ではないが、先頭と最後尾の馬車が破壊されてしまったため、残りの馬車は退路を大きく塞がれてしまう。

 

 シャンは飛んできた方向に視線を向けていた。ただ二回の攻撃。それだけで、シャンはある程度、相手の力量と数を理解していた。

 

「一射目と二射目は同じ奴。狙って当てたみたい。大した腕。距離が離れてるから相手に走って逃げられると多分追いつけない」

「ここでシャンを追撃に出すのは怖いな……」

 

 年端もいかない少女に頼り切りというのも男として恰好悪いが、相手の戦力が全く見えない以上、最大戦力であるシャンを動かすことは躊躇われた。どういう行動をするのかの判断はまだ来ない。一刀は思考を進める。

 

 前後の馬車を破壊された。車列は動かず、護衛達は足止めされている。逃げるとすれば荷物を置いてとなるが、護衛たちにその判断はできない。商人も軽々に荷物を放棄することはできないだろう。指令が遅れたことで、護衛たちの展開も遅れる。攻撃をするとしたら、今だ。

 

「賊の襲撃。ここで戦うことになるだろう。敵の規模の予測と、俺たちの展開方法の指示を頼む……諸葛亮」

 

 郭嘉ではなく、諸葛亮に一刀は話を振った。彼女の実力を知る、良い機会と思ったからだ。何しろ諸葛亮である。さぞかし素晴らしい作戦を瞬時に思いつくのかと期待してみれば、何も反応はない。希代の軍師は一刀の腕の中で、ベレー帽を胸に抱えてぼーっとしている。

 

 そこで初めて、一刀は少女を横抱きにしていたことを思い出した。壊れ物を扱うようにそっと、諸葛亮を地面に下ろす。一刀の視線と問いを受けても、諸葛亮は何も聞こえていないかのようにぼーっとしていた。目の前で手を振っても、視線すら動かさない。流石に心配になった一刀は、少し強めに肩を揺すり、諸葛亮に再度訪ねた。

 

「……もしかしてどこか怪我でもしたか? 諸葛亮、大丈夫か?」

「え? あ、はい! 私ですね!! 失礼しました、大丈夫です!!」

 

 慌てて大声を上げた諸葛亮は、ベレー帽を深く被りなおした。そして、深呼吸を何度もする。気息が整い顔を上げると、少女は既に『臥竜』の顔になっていた。

 

「それなら良かった。状況は把握してるな? 答申を頼む」

「前後の馬車を破壊して足止め。この後伏兵の出現が常道かと。しかし、こちらは斥候を放っておりました。この周囲に密集していては発見される可能性が高い。ならば襲撃の機だけを決め、斥候よりも速く接近し、精鋭にて一気にこちらを叩くのではないかと」

「あっちも馬車か何かってことか?」

「おそらく騎馬。前から二十、後ろから十」

 

 それでもこちらよりは少ないが、護衛団は精神的に風下に立たされている。今奇襲を受けたら大打撃だが、幸か不幸か、今はつい最近まで賊をやっていた面々で構成される傭兵団がいる。こういう奇襲はやっていた側だ。精神的な動揺は少ない。既に有事と判断し、各々周囲を警戒している。

 

「廖化。この奇襲をどう思う?」

「まるでなっちゃいませんな。岩で狙うという戦法ありきで襲撃を決めたとしか思えません。おそらく軍人崩れが主体で経験が浅いんでしょう。騎馬を三十も揃えられるなら、他にやりようはいくらでもあったでしょうに……」

「俺もそう思う。しかし奴らが他のやりようを選ばなかったおかげで、俺たちはタダ働きをしなくても済みそうだ。三十もいるならニ、三頭はお駄賃として俺たちにくれるだろうさ」

「わ、私なら交渉で十頭は確保してご覧にいれますがっ」

 

 はい! と手を挙げて主張する諸葛亮はやる気に満ちていた。出遅れた分を挽回したいという意欲は感じられるが、その発言は先輩軍師の郭嘉には少々弱気と見えた。降って湧いた資源とは言えそれでもゼロから交渉を初めて十頭確保できるならば成果としては十分であるが、やるなら限界まで毟り取るのが郭嘉の流儀である。

 

 眼鏡をくいと持ち上げ、郭嘉は微かな笑みを浮かべる。最も付き合いの長い程立ならば、郭嘉の機嫌の良さを見て取れただろうが、出会って数日の諸葛亮にそれは解らない。小言でも言われるのかと背筋を伸ばした諸葛亮に、郭嘉は彼女なりの励ましのつもりで言った。

 

「私なら三十全て毟り取ります。欲がないのも結構ですが、時と場合によりますよ」

 

 

 

 

 


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