真・恋姫†無双 一刀立身伝(改定版)   作:DICEK
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第025話 二つの軍団編⑧






「まさかそんな事情だったとは……」

 一刀と元直の説明を聞いた関羽は、自分の行動を鑑みて項垂れた。自らの思うところを口にした。単純な疑問であったし、それは希代の軍師からの謎かけにも思えた。果たして自分の実力が彼女らの御眼鏡に適うものであるのか。決して野心的ではない関羽をしても、それは気になることではあった。まさかそれが同盟や合流を模索している相手に直接的な損害を与えることになるとは考えもしなかったが。

 賊たちを討った後、何も夜間に移動することはないと判断した一刀たちは廃砦付近に陣を張ることにした。戦いが一方的なものだったこともあり、賊にも生き残りは相当数いる。それには見張りを割かなければならない。戦が終わり今は戦勝ムードである。酒も出ているし、軽い無礼講の様子だ。

 それに出たくないという人間はいない。まして二つの軍団の一刀以外の幹部は、客将も含めて全員が美女美少女である。飲み屋や食堂で看板娘というのが重宝されることからも解るように、見目麗しい女性というのは飯や酒を美味くし、気持ちを潤わせるものである。

 特に何かする訳でもないが近くで顔を見れるだけでも気分が良いし、もしかしたらお酌くらいはしてくれるかもしれない。そういう期待もあって誰もが捕らえた賊の見張りを嫌がっていた。当然それは、団長であり男である一刀は関羽よりも良く把握していた。

 そこで一刀はこっそりと両方の団員たちを集めた。関羽には適当な理由をつけての召集である。貧乏くじを引かされるのだと理解していた団員たちの態度は芳しいものではなかったが、一刀は彼らにこっそりと臨時ボーナスを出すことを約束した。

 今回の依頼主は大商人の集まりで金持ちだ。当然、街の色々な所に顔が利く。彼らの紹介ならば如何わしいお店の人気の女性の予約も、自分たちよりは簡単に取れるだろう。仮に予約は取れなかったとしても、費用の全ては団が持とう……

 次の瞬間、団員たちの間で殴り合いが始まり、勝ち残ったものが見張り番を受けることになった。貧乏くじを引いたはずの彼らは、戦闘が終わった後だというのに意気軒高。逃げる気配のある賊もいたが『逃げれば首から下を穴に埋めてその周りで火を焚いてやる』と脅してやると、すぐに大人しくなった。

 そんな訳で生き残りを逃がすような心配はなくなった。どういう理由で彼らのやる気を引きだしたのか察した郭嘉には氷の視線で見つめられたりもしたが、一刀は意に介さなかった。熱意を持って仕事に臨めるならこれ以上のことはない。

「しかし私が何も言わなければ、二人ともが一刀殿の所に行っていたかもしれない訳で――」
「可能性の話ですよ。今の俺には縁がなかった。それだけの話です」
「そう言っていただけると私としては助かりますが……」

 今の時勢、軍師というのは喉から手が出るほど欲しいものであるし、軍団の運用を考えれば何人いても十分であるということはない。特に優秀な人間、上を狙う人間であるほどその傾向は強い。関羽もその例には漏れないはずであるが、現状彼女は強い引け目を感じているようで、希代の軍師を引きこむことができたという嬉しさは微塵も感じることはできない。そこに彼女の人の良さを感じる一刀である。

「話がどちらかにまとまるってことはあるかな?」
「ないんじゃないかな。二人とも軍師としてこうあるべきという判断をしたんだ。それを曲げるということはないと思うよ」
「実力はどっちが上ってことはないのか? 一応、諸葛亮の方が主席だったとは聞いてるけど」
「総合的な成績ならね。でも弁論に限って言えば拮抗してると思うよ。学院の関係者であの二人に勝てるとしたら僕か水鏡先生か静里くらいのものさ」

 確かに元直は弁が立ちそうではある。元直にあの二人が勝てる姿というのは思い浮かばないし、あの二人の先生というのなら、水鏡先生という名前が挙がるのも頷けるが、静里というのは聞いたことがない。名前の感じからして誰かの真名で、元直の後輩ということは察せられるがそれだけだった。

「前に話したことがあったかもしれないけど、静里というのは僕の後輩でね。朱里たちから見ると年上だけど学院の後輩でもある。口が悪いだけあって弁は立つよ。少し前の考査で僕を破って先生から贈り物を勝ち取った才媛さ」

 言葉の端々から悔しさがにじみでている。笑顔ではあるが目が笑っていない。諸葛亮たちの前では良い先輩として振る舞っているが、元直とて稀代の軍師として数えられている。自分の頭脳に誇りはあるだろう。それが後輩に負けたのである。心情として面白いはずがない。

「まぁいずれにしても、あの二人の問題はあの二人が解決するべきだと思うし、あの二人なら自分たちで解決できるだろう。その点については心配する必要はないと思うよ」

 他にも色々と問題はあるが、最も懸念があるとすればあの二人の心情である。自分たちが関与したことで二人の間に亀裂が入るようなことになれば寝覚めが悪い。現状でも無傷とは言えないだろうが、ある程度は慰めにはなる。

「もっと強引に行くべきだったと思うか?」

 一刀は傍らでちびちびと杯を傾けている郭嘉に聞いた。ちなみに、梨晏とシャンは既に酔いが回り、仲良く一刀の膝を分けて寝込んでいる。先ほどから一言も発言をしていないのはそのためだ。

「全てをその手にというのであれば、最初からそのように動くべきでした。私たちであれば経過とその後はどうあれ、そうすることもできたでしょう。しかし、貴殿はそれを望みませんでした。我々にとってはそれが全てです」
「前向きに捉えるなら過去は振り返るなということですねー」
「後ろ向きに言うなら?」
「女の子に優しいのはお兄さんの美点の一つですが、行くべき時には行かないといつか大損しますよ」
「肝に銘じておくよ……」
「君は上に立つ人間にしては仲間に物を聞くのに躊躇いがないけど、心情的な所ではもう少し仲間を頼ると良いと思うよ。難しい決断なら尚更さ」

 頼れる仲間がいるのは良いことだよ、と元直は杯を傾ける。一刀にとっては耳の痛い話だ。

「私は一刀殿を引きこむつもりでおりました」

 自分は今後どうするべきなのか。杯を傾けながら考えていた一刀に、関羽の言葉が届く。それなりに酒が進んでいるのだろう。白い頬は朱に染まっている。隣で飲んでいた張飛がその袖をちょいちょいと引っ張っているが、酔っているらしい関羽はそれに気づいていなかった。

「ですが私は、この度のことで力不足を痛感しました。私はまだまだ一刀殿に相応しくないと思うのです」

 この人は一体何を言ってるのだろうと、一刀は心の底から不思議に思った。相手はあの関羽である。後に中華街に飾られるような神様になるような人間さえ相応しくないというのなら、一体どんな人間が相応しいというのだろう。

「ごめんな、お兄ちゃん。愛紗は頭は悪くないし強いけど、見ての通りとっても面倒くさい奴なのだ」

 張飛もしみじみと言っている。妹分にまでこう言われるのだ。自分が言ったことを他人に言われた程度でひっくり返したりはしないだろう。良く言えば芯がしっかりとしている。悪く言えば頑固というのが、一刀の関羽に対する印象だった。現時点で引きこめないのは残念であるが、本人が心に決めたというのなら諦めるより他はない。

「これから関羽殿はどうなさるおつもりで?」
「実は北に行こうと思っています。知人から手を貸してほしいと連絡が来まして」
「差し支えなければご友人の名前を伺っても?」
「公孫賛と申します」
「――異民族との戦いで名を挙げられた、実質的な幽州牧とされる方ですね。白馬のみで構成された騎馬隊を指揮していることから、『白馬義従』とも呼ばれています」

 話だけを聞いた一刀の感想は、かっこいいなという単純なものでしかなかった。ある程度の実力が保証されているからこそ、白馬で統一などという見た目に拘れるのである。郭嘉たちから言わせれば一刀など、見た目に拘るのはまだまだということなのだろうが、いつかはそういう見た目にかっこいい部隊を指揮してみたいと思う。

 だが、関羽がこの近辺から姿を消すというのは、心情は別として一刀たちにとっては都合の良いものだった。何しろ関羽は優秀な商売敵である。取り分が増えるということはより味方の安全を保証できるということでもあった。

 最善はもちろん、関羽たちを仲間に引き込むというものだったが、今回の共同作戦はやっただけの価値はあったと言って良いだろう。関羽が入れ替わりを指摘した時には両方持っていかれてしまうのではないかと冷や冷やしたが、最終的な収支がプラスになったのであれば一刀としては文句はない。懸念があるとすればやはり、鳳統たちのことだ。

「決着がつかないことで、二人の間にしこりが残ったりしないかな?」
「主義主張が違っても、仰ぎ見る旗が違っても友情というのは育めるものだと思うよ。二人はちゃんと親友さ。そこは何も心配はいらないんじゃないかな」

 元直の言葉が終わるのを待っていたように、別の場所で話し合いの場を持っていた二人が戻ってきた。時間にして三時間程である。将来の話をしていたにしては短い時間と言えるだろうが、稀代の軍師である二人にとってそれが長かったのか短かったのか解らない。

 諸葛亮は一刀を一瞥もせずに、関羽の前に跪く。鳳統も同様に一刀の前に跪いた。

「私は鳳統。字は士元。真名は雛里と申します」

 同じような口上を、諸葛亮も関羽に行っている。二人の間で話はついたということなのだろう。かつて望んだ形ではないのだろうが、二人は共に仕えるべき主を見つけた。軍師を渇望していた関羽にすればこの状況は望むべきものであるはずなのだが、諸葛亮を前に困った顔をしている。

 誰の思惑とも外れてしまったのだろうが、二人の軍師の道筋はここに決まった。



















 賊討伐の共同作戦の結果は、収支を見れば大成功と言って良かった。懸念の一つはお宝が目減りしていたことである。やはり途中乱入した謎の人物により持ち出されていたことは間違いないようで、それについては生き残った賊にも確認させた。死体まで改めたが賊の中で奪っていけた人間はおらず――その可能性がある人間は悉くが死体になっていた――元直が締め上げたから間違いはないだろう。

 それを差し引いてかつ村々に大放出したとしても、一刀たちの手元には相当量のお宝が残った。これを懐に入れられるのならば話は楽だったのだが、余った以上そうもいかない。賊が誰かから奪ったものを奪い返したのであれば、元の持ち主に返すのが本来の筋である。

 それについては一刀団の面々がそれなりの難色を示した。お宝は回収した人間のものであり、返す必要はないというのが彼らの理屈だ。現に今までも盗賊を襲ってお宝を回収していた訳だが、これらは持ち主に返したりはしなかった。

 だが今回は元の持ち主がはっきりとした物がほとんどであり、商人たちは目録まで作っている、着服、放出するのが多少であればそれでも目を瞑ってくれるだろうが、それが多量となるとそうもいかない。回収したお宝を返すのは規定事項なのだ。

「安心してください。可能な限りぶんどってきますので」

 戦後の交渉は郭嘉が続けて担当することになった。一刀も顔は出したが、基本突っ立っていただけである。あれをしたこれをする。これからは――と話を畳みかけて、回収したお宝の一部であったり金子であったりと一刀団及び関羽団の収入はかなりのものとなった。

 それこそ団員たち全員で豪遊しても余裕な程である。なお、一刀がこっそり行った約束は商人たちの手によってきっちり守られた。今後良好な関係が築けるのであれば、娼館に便宜を図ることなど彼らにとっては安いものだったからだ。これにより一刀は関羽団の人間からも一目置かれることになったのだが、当然と言えば当然のことながら、そういう配慮をしていたことは郭嘉たちにもしっかりとバレており、決して短くない時間のお説教をされる羽目になった。自業自得ではあるが、後悔はしていない一刀である。

 それからしばらくして、関羽たちは予定の通り北に移動するための準備を進めた。近辺の戦力が薄くなることに商人たちは難色を示したのだが、ここで関羽が強く一刀たちを推したことが効いた。自分たちがいなくても、彼らがいれば大丈夫だと。

 当座に限って言えば、一刀たちにとってはありがたい話である。一刀たちもいつまでこの辺りにいるか解らないが、スポンサーの覚えが良いに越したことないからだ。関羽たちが受け持っていた仕事も自分たちが請け負うというのであれば収入も増えるし、人員の増加も見込める。関羽からの推薦は一刀たちにとっては良いことずくめだ。

 一刀たちが討伐した賊がこの辺りで最大規模かつほぼ最後の戦力だったようで、商隊の危険度は今までよりも大きく下がった。それは一刀たちの実入りが下がることを意味するものだったが、その分今までよりも時間は取れるようになった。

 できた時間は調練に回している。ちょうど雛里が加入して指揮系統を見直そうとしていたところだ。全体の調練は彼女に任せ、残りの幹部は金策と人員の確保に奔走することになった。関羽たちと協力して事に当たったとは言え、大規模な盗賊団を討ったことは近隣の住民には相当に好意的に受け止められているようで、自分も合流したいという若者を相手にすることになった。

 景気の良い所に乗っかろうという食い詰め者もいたが、そういう人間も含めて一刀たちは全て受け入れることにした。この規模の軍団にしては一刀団の調練は厳しい。従軍経験者であるシャンがいることも大きいが、関羽団と一緒に仕事をしている間に、彼女らのノウハウも色々と吸収させてもらったことも一因である。

 今はそれを雛里が実践している最中だ。本格的に合流したのは最近のことでも、半年間のおためし期間の間に団の面々とも打ち解けている。普通は年若い少女に仕切られたら面白くないと思うのかもしれないが、それがとびきりの才能を持つ美少女であれば話は別らしい。郭嘉や程立と同じように、団の面々からは先生と呼ばれ慕われている。いかつい男たちに先生と持ち上げられることに雛里はくすぐったい思いをしているようだが、それもいずれ慣れるだろう。


 そして、関羽たちの出立の日である。


 団の面々は個別の別れを先に済ませてしまったため、一刀団から出ているのは一刀たち幹部のみである。一刀が雛里たちと出会った街の外で、彼らは向かいあっていた。

「関羽殿の武運をお祈りしています」
「私もです。再会する時には、もっとマシな人間になれるよう励みます」

 相変わらず不思議な程に関羽が自分を立ててくれることを不思議に思いながら、一刀は差し出された彼女の手を握り返した。離れている間も連絡を取り合えるようにと、元直が情報網の一部を割いてくれることになった。二つの団どちらも、人員を割いて情報を集めるに足ると判断されたらしい。

 ちなみに彼女は一足先に旅立っている。またも水鏡先生の指示で、今度は并州へと足を運ぶことになった。何でも先生の姉弟子の娘が難しい仕事をしているとかで、その手伝いとか。大戦の気配は元直も感じ取っていたが、おそらく参加はできないだろうと残念がっていた。

「北の地で君たちの活躍を楽しみにしているよ」

 そういって元直は笑っていたが、梨晏やシャンはともかく凡人の域を出ない自分がどれだけ名を上げられるかは微妙なところである。まさか勇猛果敢に名のある武人と一騎打ちという訳にもいかない。自分の腕前は自分が良く解っている。そういう展開に魅力を感じないでもないが、魅力優先で動いていては命がいくらあっても足りない。
まずは生き残ることが一刀の最優先課題である。

「一刀さん。色々とご迷惑をおかけしました」

 諸葛亮が一刀の前で頭を下げる。一刀の方に、彼女からご迷惑をかけられた覚えは全くない。それどころか一刀には親友である雛里と袂を分かつことになった一因を作ったという負い目さえあったから、頭を下げるべきは自分だとさえ思っていた。

 それは関羽との共同作業であったものの、それで負い目が完全に消える訳でもない。諸葛亮を前にして一刀が感じるのは申し訳ない気持ちだったが、諸葛亮の方には含むものはないように感じられた。

 相手は軍師である。それも当代随一の天才と名高い美少女だ。言葉を額面通りに受け取るのは危険ですよと、郭嘉に何度言われたかしれない。解ってはいるつもりだが、一刀はこの少女に限ってそれはないと信じることにした。

「こちらこそ。壮健で」
「私の親友をよろしくお願いします」
「承りました」

 それくらいで、他に交わすような言葉はない。簡単なやりとりで終わるものと思っていた一刀の前で、諸葛亮は一刀にだけ見えるように小さく指を動かした。顔を寄せてくれ、という合図に屈んで顔を寄せると、諸葛亮が耳元に顔を寄せてくる。

「本音を言うと、私は別に貴方でも良かったんです」

 囁くような声音に、一刀は思わず諸葛亮を見返した。赤紫色の瞳が、一刀を見返している。決して豪胆とは言えない少女は軍師らしく、自分の知性に従って行動している時にはその性質は鳴りを潜める。これは諸葛亮の本心なのだろうと一刀は思った。

「私の見た限り、将来性という点で貴方の勢力と愛紗さんの勢力にそこまでの差はありません。貴方の方が先だったということも事実と理解しています。ですが、雛里ちゃんがあんまりにも貴方を推すので、私も引くに引けなくなってしまいました」

 諸葛亮の表情には、後悔も見て取れる。諸葛亮も雛里もあの性格である。少女同士の約束とは言え、本人たちにとっては重いものだったことは察するに余りある。それでも尚、諸葛亮は自分の心情に従って行動することを選択した。

 稀代の軍師としては、らしくない行動である。打算を無視した行動は一重に少女の未熟さが生み出したものと非難する人間もいるかもしれないが、眼前の可憐な少女の姿を見ると諸葛亮の行動にも納得が行く気がした。名前と能力が先に立って現代生まれの一刀さえ誤解しそうになるが、諸葛亮も雛里も見た目通りの年齢をしている。理性的に行動できなかったとしても、不思議ではない。

「ただそれだけ、というには事が大きくなってしまいましたが、私にとってはそれだけのことです。貴方を邪険に思っている訳ではありません。そこは誤解のないようにお願いします」

 言って、諸葛亮は静かに微笑んだ。差がないというのであれば、心情的にはどちらを選んでも構わないということでもある。関羽を選んだのは感情的な理由であったとしても、筋道を立てて雛里を説得しようとしたその内容にまで嘘はあるまい。諸葛亮は本気で関羽を立てて、雛里を説得しようとしたのだ。

「そんなことは一度も思ってませんよ。貴女は貴女の思うままに行動し、雛里もそれに応えた。ただそれだけのことですよ。友達の間になら、よくあることです」
「……私の真名は朱里と申します。また会う日まで壮健で。手を携え、共に戦える日を楽しみにしています」
「こちらこそ。武運を祈ります」

 控えめに差し出された手を握り返すと、朱里はたた、と駆けて関羽に合流した。堂々とした立ち姿である関羽とそれに付き従う朱里。張飛だけがこちらを振り返りながら大きく手を振っている。こちらで手を振り返しているのは主に梨晏だ。表裏のない真っすぐなあの性格が、梨晏には馴染み易かったらしい。

「朱里ちゃんは何て?」

 戻ってきた一刀に雛里が問いかける。昨晩、二人で夜を明かし思う存分語り合った二人は、別れの際はあっさりとしたものだった。離れていても心は一つ。言葉にすれば美しいし一刀もそれを支持する立場であるが、それでも最後に親友が何を言っていたのか気にはなるらしい。気にしてないというポーズを取っているのも実に微笑ましいことである。

「私の親友をよろしくだってさ。朱里も雛里と同じ気持ちだと思うよ」
「…………」
「どうした雛里」
「……………………どうして朱里ちゃんのことを真名で呼んでるんですか?」
「? いや、さっき呼んで良いって言われたからだけど」

 聞かれたから答えた。一刀にとっては軽い気持ちでの返答だったのだが、雛里にとってはそうではなかったらしい。 雛里は帽子のつばで顔を見せないようにしながら、一刀の腹に一心不乱に無言で拳を打ち始める。ぽこぽこぽこ、ぽこぽこ。全く痛くはないし、傍から見れば微笑ましい光景とも言えるだろうが、やられている一刀としては対応に困る状況だ。助けを求めようと周囲に視線をむければ、これだからこいつは……という心の声が聞こえてくるかのようなしらけ切った視線が痛い。

 目の前で揺れる魔女っこ帽子のしっぽを眺めながら、一刀はようやくこれが朱里なりの意趣返しなのだと理解した。脳裏で小さく舌を出した朱里の姿が見えた気がした。




次回から連合軍編になります。






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