真・恋姫†無双 一刀立身伝(改定版)   作:DICEK

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第035話 反菫卓連合軍 汜水関攻略編②

 

 

 

 

 

 

 

 垂らされた縄を登った先。普段であれば百人近い物見がいるその場所にも立っているのは霞一人だった。篝火だけは沢山焚いてあるが見せかけである。堅牢に見える関もその実はそうではない。こうなってしまったことに忸怩たる思いはあるものの、これも戦だと華雄は無理矢理自分を納得させていた。

 

 無心とはまた違った心境であるものの普段の荒っぽさが自分でも嘘に見える程心は凪いでいた。反対に霞は血涙を流さんばかりに悔しさを滲ませている。それは彼女が残る側ではなく撤退する側であるからだ。

 

 帝国の誇る帝都洛陽へ至る最初の大関。汜水関に詰めた兵たちは初戦を前に静かに撤退を始めようとしていた。詰めていた兵の最大数はおよそ十万。撤退するのはその八割を超える人数である。

 

 どういう事情であれ流石にこの人数が一斉に脱出することはできない。動けるものから不自然でない程度に任務を与えられたという体で脱出させはしたが、それでも当日一気に動くのは避けることはできないだろう。

 

 この動きはなるべく連合軍に悟られてはならない。人数はこちらの生命線だ。汜水関に十万の兵がいるからこそあちらは一度なり二度、様子見を選ぶのだ。汜水関の兵の大部分が戦わないどころか撤退するとなれば昼夜を問わず一気呵成に攻めてくるだろう。

 

 この局地戦一つを見た場合、華雄たちが有利なのは汜水関という大陸有数の関に籠っているからだ。数で勝る連合軍を主導するのはここでやらねば後がないという権力者たちの集まりである。末端はともかく上の連中のやる気は高い。

 

 どういう形であれ勝利するかそれとも言い訳できないくらいに大敗するか。明確な結果を出さない限り撤退するということはないだろう。兵站についても十分に練られているはずで、そも汜水関の向こう側は事実上連合軍の勢力下だ。

 

 大戦ではあるが本来は華雄達によっては有利な状況であるはずだった。初戦は汜水関に籠って粘れば良かったのだ。あちらは地元を離れた遠征軍。こちらは帝都周辺の防衛を主とする戦力。兵站の面でも士気の面でも決して負けているはずはない……そのはずだったのだがその戦力図は二週間程前に崩された。

 

 汜水関に詰めた兵たちの間で軽い病が流行った。最初はただの風邪かと思ったがその数は瞬く間に増えていき軽い症状が出ているものだけで四割を超え、中には重篤な症状を訴えるものまで現れた。軽い毒を長期に渡って盛られた結果であると軍医が診断をしたのもつかの間、蓄えてあった兵糧を立て続けに失うことになった。

 

 火をかけられた倉庫もある。汚水などで汚染された倉庫もある。毒が盛られてそれを食べた者から死人が出たこともある。結局、確実に安全とされる倉庫を確保し四六時中監視する体制を整えるまで汜水関の食事情は最低最悪のものと相成った。

 

 その間、駐留部隊も手をこまねいていた訳ではない。虎牢関や洛陽と連絡を密にし食料を輸送する手はずを整えたのだがこの輜重部隊が悉く襲撃を受け必要物資の供給が滞ることになった。

 

 この段階で霞たちは内応する人間が大勢いることに確信を持った。間者の駆り出しと並行してどうにか安全に輸送できないものかと試行錯誤したが、襲撃部隊は全員が騎馬の名手で手練れであるらしく、一時は霞の部隊から人員を割いたもののこれも返り討ちにされている。

 

 物資も全く入ってこない訳ではなかったが、当然、十万もの人間を支えられるような量ではなかった。

 

 その結果として、病人は病人のまま。新たに病人は増え汜水関の駐留部隊は惨憺たる状況に陥っていた。今日明日飢えて死ぬという程ではないが、深刻な食糧不足だ。輜重隊の状況が改善されないようであれば長期的な籠城は不可能であり、攻め手の連合軍よりも先に兵糧が尽きる見込みである。

 

 虎牢関から兵を出し、輜重隊を襲撃している連中の駆り出しを行ったが結果は芳しくなかった。結局食料事情は改善されないまま、決戦の日を向かえることになる。霞たちが決めたのは殿軍を残しての大規模な撤退だった。

 

「その顔は、何か新しいことが掴めたようだな」

「せや。輜重隊を襲っとるスゴ腕の騎馬隊。捕らえた奴も自害しよるし正確な所属は解らん。隊を率いる奴に一矢報いるて考えた奴がそいつに突っかけて顔を見たそうや。夜の闇ん中でも解る長い黒髪。嵐のような青龍偃月刀。美髪公やと、思う」

 

 なるほど手こずる訳だなと華雄も納得した。情報というものにあまり重きを置かない華雄の耳にさえその女傑の名前は入ってくる。元々似た武器を使っていたことから関羽の武名に肖って霞が武器を変えたことも記憶に新しい。ただ彼女は、

 

「確か白馬儀従の客将をしているのではなかったか?」

 

 詠が言っていたので華雄でさえ記憶に残っていた。賊を討つことで名を挙げた関羽は現在公孫賛の所に身を寄せている。大戦だ。腕に覚えのある人間ならば名を売る絶好の機会。調略の一翼を任せられるのだから覚えが良いのだと推察できる。

 

 だが華雄が聞いた関羽の評判は知恵の人という訳ではない。武一辺倒という訳ではないようだが、知略は臥竜とあだ名される諸葛亮が補っているという。公孫賛陣営に知略という印象はなく順当に行けば仕掛けられた調略は諸葛亮の発案と考えられなくもない。

 

「……客将におんぶに抱っことは白馬義従も形無しだな」

「お客さんが頑張ったんやから大将かてご褒美もらえるやろ。自分らだけじゃ始まらんから世話んなっとんのやしな」

 

 持ちつ持たれつということか。それにしては関羽の取り分が多くなるように思える。連合軍に属する者たちの配当は最終的な勝利を手にした時、それまでどれだけ活躍したかに依る。何度戦闘が起こるかは状況次第であるが状況設定をしやすいのは何より初戦だ。

 

 一番槍は武人の誉であるが全ての人間がそう考えるとは限らない。まして汜水関を相手につっかけるのだから大抵の人間は尻込みし、他人を当てにして様子を見ることを考えるだろう。一番槍を手にすることはおそらく連合軍に属する軍団とすればそれほど難しいことではない。

 

 そこに勝てる算段があるのであれば一番槍は非常に美味しいのだ。公孫賛軍は連合軍に中でも騎馬に偏った編成をしており、客軍である関羽の兵団を加えても関を攻めるのにはあまり向いていない。諸将もまさか最初の一当たりで勝ちを拾って来るとは思わないだろう。

 

 このまま勝てば公孫賛と関羽は多大な名誉を手にすることになる。たとえ連合軍が敗退したとしても公孫賛軍は勝ったという風聞を手に入れることになるのだ。この時代風聞というものは無視できない。大英雄とは言いがたい公孫賛であれば猶更だ。

 

 野心があるとして、彼女に最も必要なのは実績と何より自分を大きく見せる良き風聞である。連合軍が最終的に勝つにしろ負けるにしろ。ここで勝つことができれば公孫賛はそれを手にすることになる。

 

 そして初戦で胸のすくような大勝利を収めれば、次は自分がと諸将も腰を上げることになる。最初に危険を負うことである程度の後の安全を買うことになるのだ。結果的に今の汜水関の戦力は薄くなっているのだから、忌々しいことではあるが負った危険に比べて遥かに美味しい見返りを得ることができる。

 

 ただし、それもここで勝つことができればの話だ。

 

「まだ負けた訳ではない。私たちがいる」

「……すまんなぁ」

 

 霞の目には涙が光っている。華雄の言う私たちの中に霞は含まれていない。汜水関で戦うのは華雄とその部下たちのみであり霞は虎牢関に向けて移動する部隊を指揮する手はずとなっていた。

 

 最悪の場合は虎牢関と汜水関の間に布陣することになるが、広い場所での戦闘はむしろ神速の張遼の望むところである。

 

 汜水関はほとんど空になる。関の外、連合軍と向かい合う形で華雄の部隊は布陣しており、関の城壁付近にはどうあってもと汜水関に残ることを選んだ兵たちがいる。それで全軍だ。外の華雄隊が戦闘を放棄すること即ち、汜水関の陥落である。

 

 撤退する仲間の為に殿を務める。結果として華雄が自分から言い出したことであるが、できうる限り時間を稼ぐという目的を考えれば、ここで残って戦うというのは死ぬのと同義だ。苦楽を共にした仲間に死ねと言うのは心苦しくはあったものの華雄はそれをした。

 

 一人でも戦うつもりでいた。最悪自分の首を手土産にあちらに寝返ることも考えられる。そんな卑劣な人間が自分の仲間にいるとは思わなかったが、何しろ命がかかっている状況だ。自分以外に守るべき人間がいる者だっている。

 

 追い詰められれば何でもするのが人間という生き物だ。実質死ねと命令する以上、何をされても文句を言える立場にはない。

 

 だが実際には誰一人として欠けることはなかった。戦える華雄の部下は全て汜水関に残って戦うことを選んだ。仲間を守るために死ぬるならば本望なのだと。バカな連中だと思うが、今はその馬鹿さ加減が頼もしかった。

 

「なに。我が人生、最大のひのき舞台だ。お前とて邪魔はさせん。それよりも、後のことは頼んだぞ。私以上に必ず、奴らに目に物見せてくれ」

「ああ、必ず痛い目見せたる」

「お前がそう言うなら安心だな。私は戻る。連中にも、月さまにもよろしく伝えてくれ」

「……武運を」

 

 騒々しい奴ではあったが気持ちの解る良い女だ。こういう時、素直に悲しいと思える霞を華雄は好ましく思っていた。もっと交流しておけばと今更思うが、それも叶わぬことだ。運よく生き延びることができたら、また考えることにしよう。

 

 自分はおそらく、明日死ぬだろう。残った人間は皆、その覚悟を固めてここにいる。全員で逃げることはできた。事実、詠もねねもそういう作戦を立案した。これで無理なく行ける! とねねなどは豪語していたが、こうした方が遥かに効率が良いことは頭が悪いと自認している華雄の目から見ても明らかだった。

 

 誰かが立って時を稼がなければならない。そうしなければ軍団そのものが瓦解してしまう。それは兵力的な面であり、士気の面でもある。ここで何をせずに負け全員で逃げたとあっては、残った人間が立ち直れなくなってしまう。

 

 ここは抗う場面なのだ。

 

 そして戦うことのできる人間は、華雄とその手勢が最適だった。その結果さえ策を巡らせた人間の差配に因るものだとすれば、舐められたものだと思う。誰よりも与しやすいと思ったのか。私ならば勝てると思ったのか。

 

 良いだろう。ならばその思い上がりごと粉砕するまでだ。力の続く限り、命の燃える限り、戦い、殺す。気持ちの高ぶらなかった戦など今までなかったが、今この時、死戦を前にして華雄の心は燃え立っていた。

 

 それは共に戦う部下たちも一緒なのだろう。汜水関の大門の前。華雄軍の布陣したその場所では皆が思い思いのことをして過ごしている。ささやかではあるが宴も開かれている程だ。

 

「別れは済みましたので?」

「ああ。霞ならば後は上手くやるだろう。後は私たちが思う様、暴れまわるだけだ」

「簡単な話ですな。いや、軍師殿たちの作戦、上手いこと俺たちを動かしてくれちゃあいるんでしょうが、考えて動くというのはどうにも性に合いませんや。目についた人間をかたっぱしからぶっ殺す。戦というのは、そういう単純なもんじゃなきゃあいけません」

「私の部下らしい。結局、座学などは好まなかったな」

「学って字面がいけないんでしょうかね。俺は今も昔も村の暴れもんでさ。それがしてることは変わらんのに兵という肩書がつきゃあロクデナシから真人間に早変わりだ。それで良い思いもしました。家は兄が継いだし散々怒らせた親父にも散々泣かせたお袋にも少ないが孝行もできた。思い残すことはありません。連中に目に物見せてやりましょう」

 

 副官の言葉に他の隊員たちも続く。華雄の部隊ははみ出し者が多い。

 

 現在、洛陽周辺の帝国軍の実権は月が握っている。十常侍と対立したことに加え月が実権を握ることを是としなかった者たちはこの周辺から離れていった。彼らの選択肢は二つ。連合軍に合流し一気に月を叩くか今は雌伏の時と耐え然るべき時に立ち上がるかだ。

 

 帝都を離れた有力者の多くは後者を選んだ。月がこの戦で失脚するかしないとしても大きく力を削がれると見越したのだろう。彼らは今回の更に次の戦を見越して動いている。

 

 華雄たちの目から見てそういう連中についていった者たちは非常に()()()()()()。中流以上の出身者が多く上昇志向の高い連中は華雄隊とは相性が悪かった。がっついているという点では華雄隊も似たようなものだが彼らの心根はもう少し即物的だ。

 

 勇猛果敢ではあるが思慮に欠ける。戦果では勝てないからこそそれ以外の要素をお行儀の良い連中は責めてきたものだが武力衝突をすることはついになかった。戦えば勝てないことは彼らも解っていたし長く洛陽周辺にいた彼らよりも華雄たちの方が月たち涼州閥の面々と波長が合った。

 

 古参であるというだけで彼らは主流派ではなかったのだ。いずれ袂を分かつとは思っていたがいざその時がくると心地良いものだ。戦に私情を挟むべきではないと解っているものの守るべきものの中にいけ好かない連中が交ざっていると思うと聊かではあるが武器を振るう腕も鈍るというものだ。

 

 これで心置きなく戦うことができる。思い残すことは何もない。後は思う存分武器を振るい、そして死ぬだけだ。

 

 とっておきの食糧を華雄は全て振舞うことにした。明日死ぬのだ。せめて飲み食いくらい好きにさせてやるのが人情というものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かおかしい。その情報が連合軍にもたらされたのは攻撃をする朝のことだった。それでも何がおかしいのかまでは知れ渡っていない。それが知られていたら公孫賛主導で攻めるなど承認されなかっただろう。

 

 今がまさに攻め時であると確信を持って行動できているのは、公孫賛とその周囲の人間。後は諸々の事情からそれを察している者たちだけだった。

 

「当日朝になって言うのも何ですが、実は関の中に内応する人間がいて既に策が決まっており、主に戦えるのは外にいる華雄隊だけ。我々が近づけば門まで開く可能性があり関はもぬけの空に近い状態である……そんな情報を俺が持ってきたらどう思いますか?」

「頭が沸いたと思って殴り飛ばすな」

 

 それくらいに現実味のない話であるのだ。一刀も雛里が大丈夫だと言うから全面的に信じているが、他人から聞かされたら半信半疑とさえいかなかっただろう。納得させるだけの証拠がないのに兵を出す決断をしてくれた孫堅にはいくら感謝してもし切れない。

 

「外の兵を率いているのは華雄だ。それは私達が引き受けよう。一騎打ちを挑まれた場合はうちの趙雲に任せることになると思うが、やりたいという人間はいるか?」

 

 当日朝の軍議。一応、という形で公孫賛は意見を募った。集った中にも腕に覚えのある人間はいたが、全体を率いる公孫賛本人がアテがあると言っているのに、では自分がと言える程図々しい人間はいない。やるにしても順番というものがあり仮に思春がやるとなれば公孫賛が選んだ趙雲が負けた後ということになる。

 

 そして、外の一騎打ちで負けたとなれば一度撤退することまで視野に入れなければならない。今回の思春はあくまで主人の代理で来ているのであって、戦の方向性を決定する権利はほとんどない。

 

 一番の貧乏くじを引き、一番身体を張っているのが公孫賛なのだ。やりたいようにさせるのが筋というものだろう。そこは他軍から付き合うことになった面々も同意見のようだった。

 

 公孫賛軍に追随することになったのは結局、孫堅軍を除けば曹操軍と馬超軍の二つ。曹操軍からは楽進という若い女がやってきた。ここ最近曹操軍に加わった武将で頭角を現している最中の女傑である。実績は皆無に近いから大抜擢と言えるだろう。気合の入りっぷりは甘寧の目から見ても凄まじい。

 

 馬超軍からは名代である馬超の従妹である馬岱が来た。こちらは流石に戦慣れしているのか飄々としている。騎馬のみの構成であるからしてどういう状況になっても関の中までは踏み込む意思はないように思える。

 

 最悪の場合、甘寧の指揮する約三千のみで関の制圧に乗り出すことになる訳だ。関の規模を考えると常軌を逸した行動であると言わざるを得ない。その時の立ち位置に依っては楽進も追随しては来るだろうが期待はせずに考えておく。

 

 外の戦力を公孫賛軍をあてにして素通りできたとして、あの大きな門が問題なく開いて汜水関の中に侵入できたとして、中にいる戦力が思春隊だけで何とかできる数でなければその後が続かない。脱出できずに各個撃破などされた日には良い笑い物だ。

 

 他人の言葉に乗っての出陣であるが、それだけに失敗する訳にはいかない。

 

「明命。首尾はどうだ?」

「ようやく入れました……」

 

 気配を感じ取れない人間にはその場にいきなり現れたように思えるだろう。声を挙げて驚く一刀を、他の連中がからかっている。

 

 手隙になった明命が送り込まれたのは一刀が情報をもたらしてすぐのこと。明命の足である。行って戻ってくるだけならば大した距離ではないが今朝この時まで時間がかかっていたのはそれだけ厚い監視の目が敷かれていたからだ。

 

 その監視の目が今朝になっていきなり解かれたのだ。それまでは明命が十人いても中の情報を持って帰ることができないような有様だったのにである。監視する必要がなくなったのだと気づいたのは、関に侵入してからだった。

 

 仮に明命よりも先に情報を持ち帰ることができたとしても、盟主の名前で決定された公孫賛の出陣を覆すことはできず、今から援軍をねじ込むことも難しい。公孫賛が連合軍で最初の栄誉を手にするまで、後は勝つだけと相成った。

 

「反対側からひっそりと残存勢力が移動を開始しています。そちらの指揮はおそらく張遼。後詰は騎馬中心の編成です。傷病者が多いのか進軍の速度は緩やかですが追手がかからないという前提なのでしょう」

 

 仮に今日汜水関を落とせたとしても数万の軍にすぐに追手を判断できるような盟主ではない。他人が大手柄を立てたのだからじゃあ私もと行ったとて、逃げる部隊を追いかけるような迅速な行軍は袁紹軍には無理だ。

 

 あくまで追手を立てるのであれば最低限足の速い部隊で本体が追いつくまで足止めということになるが、騎馬が売りの公孫賛軍と馬超軍は汜水関の攻めに参加し功績を挙げたばかりだ。ここで更に功績を立てられたらと考えるのが袁紹としては普通である。

 

 そしてこれらはこちら側でさらに事情に通じているからこそ判断のできることだ。追手がかからないという前提で行動するのはあちら側の立場からすればかなりの博打だったはずである。正気を疑う将の判断に少なくとも表面上は全ての兵が従っているのだから、関を捨てて撤退しているにも関わらず士気が高いことが伺える。

 

 次にこれを相手にするのは骨が折れるだろう。

 

 ここで楽をするということは次で苦労するということでもある。無傷の軍がそのまま虎牢関に移動するのだから最低でも防衛戦力が五割増し。汜水関から移動する連中の状態によっては倍まで近づくことも考えられるが兵糧などの問題からその内何割かは虎牢関を素通りすることになるだろう。

 

 どれだけ増えるかは解らないにせよ当初の想定よりも戦力が厚くなるのだ。ここで利を得る公孫賛以外は貧乏くじを引くことになる訳だから、初戦で大勝するとしても喜んでばかりもいられない。

 

「汜水関の中は?」

「多く見て千といった所でしょうか。主に城壁の上に集合していますので、最初の制圧目標はそこになるかと思います」

「これが肝心なのだが……扉は開くのか?」

「大岩が数個扉を塞いでいますがあれなら私でも()()()()。汜水関の工作をしていた草は撤退したようですがこちら側の監視をしていた董卓軍の草も消えました。今なら私一人でも大丈夫です」

「その、大岩が塞いでいるんですよね? お一人で大丈夫ですか?」

 

 質問をしたのは一刀であるがそれはその場にいた甘寧以外の全員の疑問だった。甘寧隊に所属している人間なら自分たちの代表が超一流の所謂忍者であることは知っており、眼前のいかにもな忍者ルックの少女も甘寧には劣るものの、同様の技術を持っていることは知っている。

 

 知ってはいるが、それで納得できるかはまた別の話だ。戦場に立つ女性は見た目通りの能力をしていないことが多いが、この忍者少女について知っていることは見た目通りの能力を持っていることのみだ。仮に怪力を持っていたとしても、あの大扉を塞ぐような岩を一人でどうにかできる程とは思えない。

 

 忍者少女は小さく首を傾げて一刀を見た。長い黒髪がさらりと揺れる。視線を向けられる理由が解らなかった一刀は姿勢を正した。忍者少女――周泰は甘寧よりも席次は劣るとは言え将軍の一人に数えられる人間で一刀から見ればまだまだ雲の上の人だ。

 

 いきなり無礼打ちということはなかろうがもしかしたら怒られるかもという反射的な行動だったのだが周泰は単純に荒くれ者の中に随分綺麗な顔をした人間がいるものだと不思議に思っただけだった。首を傾げてそれが噂の北郷一刀であることを思い出した周泰はにっこりと微笑み、

 

「問題ありません。現物を見て仕込みの内容も確認しました。私一人でも崩せます!」

 

 二度目の言葉に一刀はようやく力まかせに動かすのではなく、何らかの方法で排除できるのだということを悟った。将の割に腰の低い少女の輝くような笑顔に一刀だけでなくその場にいた全員が甘寧の顔を見たが、甘寧は特に気にした様子もなく手近にいた副将の男性を殴り飛ばした。いつも通りの光景に古参の甘寧隊の面々から笑い声があがる。

 

「まさに至れり尽くせりの状況だな」

 

 明命の報告であるから事実と大きく異なるということはないだろう。それでも、近くまで行けば見上げる程大きいだろうあの関をここまで簡単に抜ける算段がついているなど信じがたいことではあるが、お膳立てが事実である以上やらないという選択肢は存在しない。

 

 連合軍の布陣は騎馬隊のみの公孫賛隊が約八千。その中核である白馬陣がおよそ二千。これは公孫賛軍の精鋭中の精鋭である。騎馬はこれに馬超軍から出張ってきた馬岱率いる二千がいる。これは遊軍かと思いきや公孫賛の指揮下に入るらしい。

 

 歩兵は張飛が率いるものが五千。これは元々関羽に付き従ってきたものである。関羽がいないためその指揮を張飛が引き継いだ形だ。元々公孫賛軍に属する歩兵は約一万。決して弱兵でも少数でもないのだが騎馬主体であるという印象は軍団を構成する彼らでさえ思っていることらしく、対外的にはいまいち精強とは言いがたい集団である。

 

 同数で戦えば間違いなく孫呉軍が勝つだろうというのが甘寧の見立てだ。公孫賛歩兵を指揮するのは趙雲であるが彼女は一騎打ちを挑まれた時に戦う担当である。ならばその指揮はどうするのかと言えばこれは張飛が引き継ぐらしい。あの小さな身体で一万を超える兵を指揮できるものかというのが甘寧の思う正直な所だ。

 

 しかしできると本人が言っているのだからできるのだろう。見た目で判断するならそもそも一刀が率いる中にさえ少女はいる。戦場では実力が全てだ。見た目はあまり関係がない。

 

 視線を汜水関に戻した甘寧はゆっくりと開戦の時を待った。布陣は既に済んでいる。今日戦う意思があることは汜水関の守備隊も理解している。どちらかが奇襲をしかけるのでもなければ、開戦は示し合わせて行われる。無駄な慣習だと思うものの守らなければ角も立つ。

 

 そしてこの手の仕切りは集団の代表が行うため、援軍である甘寧隊はまさにすることがなかった。待つことも仕事だとぼんやり待っていると、汜水関の手前。布陣する歩兵たちの中から一人の武人が歩み出てきた。翻っている旗は『華』である。情報の通り汜水関を守る将の一人――現在は最後の一人である華雄だ。

 

「誰か! この華雄の死に戦に華を添えるものはあるか!」

 

 これで開戦かと甘寧は静かに指示を飛ばす。一騎打ちは受ける手はずであるから、その段取りがついてからになるが、開戦の時そのものは近い。指示が浸透するのを感じつつ、視線を中央の軍に飛ばす。元々戦闘に立っていた趙雲がゆっくりと歩み出て行った。

 

「ならば、華雄よ。この私が相手をしよう」

 

 当初の取り決めの通り、集団の中から趙雲が歩み出た。白い装束に赤拵えの大槍。暗色の多い戦場の中趙雲の装いは非常に目立った。暗色で揃えた華雄とは対照的である。

 

「名は?」

「趙雲。字は子龍」

「ああ、『常山の昇り龍』か。相手にとって不足はないな……どうした、何をにやけている」

「いやいや、相手に呼ばれたのは初めてだったものでな。少しだけ感動していた」

 

 あまりに凄まじい活躍をした個人、あるいは集団に送られるのが二つ名というものである。基本的には本人たち以外の誰かが適当に呼び出し通りの良い物が定着して残るという形である。あまりに強烈な一つが残ることもあれば複数の二つ名が残ることもある。関羽の美髪公などは前者の例だ。

 

 そんな中、趙雲の常山の昇り龍は美髪公に比べると通りが悪く知る人ぞ知るという段階に留まっている。まだ趙雲という本名の方が通りが良い位だ。それだと二つ名の意味がないと機会があれば自分で名乗っている位の伊達女が、最も呼ばれて欲しい名前で呼ばれたのだ。どれだけ嬉しかったかは推して知るべしである。

 

「てっきり力不足と言われると思っていた。お前の目当ては美髪公であろう?」

「そりゃあ戦いたくないと言えば嘘になろう。だが私の前に現れたのはお前で美髪公ではない。天が私にお前と戦えと言っているのだ。お前こそが私の天命。これを打ち破らねば生まれてきた意味もないというものだ」

「……そこまで思われていたとは女名利に尽きるというもの。ならば問答は不要! 天も地も人も! 我らの戦いを汚すこと能わず! 我らのどちらか、その息の根が止まるまで」

「ああ、存分に殺しあおう。お前たち! 後は好きに戦え! 邪魔したら呪ってやるからな!」

 

 その言葉を聞いて華雄の部下たちは安心した。芝居がかった口調のやり取りははっきり言って噴飯ものだった。死戦の前の口上なのだから邪魔しては悪い。ここで笑ってしまえば連合軍よりも先に華雄本人と戦わなければならなくなるとと全員我慢していたがそれもそろそろ限界だったのである。

 

 好きに戦えと言われた兵たちはどっしり腰を落ち着けた。華雄たちの一騎打ちに邪魔を入れないのであれば戦場はなるべく関に近い方が良いだろうという配慮である。それは騎馬を繰る側である公孫賛にたちにとっては微妙に良くない判断だった。

 

 速度と重量が売りの騎馬にとって、己よりも動きが遅く軽く何より動いている敵が最もカモにしやすい敵だ。華雄隊の噂は聞いている。固まって動くにしても、こちらに向かってくると思っていたのだが。

 

 最初からの予想に反する動きに公孫賛の動きも一瞬鈍る。良くない兆候を感じ取っていた。そも、いつもの自分の立場からすれば、この状況こそが出来過ぎているのだ。ここまでお膳だてしてもらったことを考えれば、今更多少の不利を被った所で大したことではない。

 

 一人ではただの貧乏くじを引かされていただろう自分に、愛紗たちは策を授けてくれた。自分も派手に戦いたかっただろうに、愛紗に至っては自分から日陰の役を引き受けてくれた。本来であれば自分が受ける筋である一騎打ちも、星が引き受けてくれている。更に曹操と孫堅と馬超は、自身の思惑もあるだろうが兵まで貸してくれた。

 

 負けられない。決死の思いで戦いに望んでいるのは華雄隊も一緒だろうが、それは公孫賛とて同じことだった。剣を抜き放ち檄を飛ばす。

 

「張飛隊は予定の通り前進。華雄隊を正面から迎え撃て。楽進、甘寧隊は張飛隊を側面から支援。状況によっては関を目指せ――つまりは予定通りだと伝えてこい。騎馬は好きに動け」

「よろしいのですか?」

「蒲公英なら上手くやるさ。私達は連中を削り殺して歩兵の援護だ。幽州の騎兵が精強であることを世に示すぞ。出撃!」

 

 一騎打ちの邪魔はしないように。そうした配慮を両軍がする形で始まった戦いは総合すると一進一退の様子となった。守備隊兵士の士気は高く一人でも多くの敵を道連れにすべしと意気込んではいたが、兵の練度は同等でも指揮官の差がここで出る形となった。

 

 中央の歩兵隊を指揮していたのは張飛である。まだ年若く関羽の妹として知られる彼女だが兵の運用については天才的な感性を持っていた。長期的な視点については欠落している事が多く、義姉の関羽に小言を言われることもしばしばだが、短期的な運用については関羽も目を見張るほどだ。

 

 中でも単純な押し引きについて張飛の運用は他の追随を許さない。彼女が出す指示は突撃と撤退の二つ。撤退する時は全員で撤退するため、事実上、戦場で彼女から聞く指示は突撃の一つだけだ。具体的にどうしろと張飛は言わない。張飛が突撃と言う時、そこには既に突撃する場所が用意されている。

 

 兵たちはそこに向かって力の限り突撃し別命あるまでその場を維持する。張飛の仕事は兵たちが突撃する場を作ることでありここに武人としての才能が発揮されている。全体の弱っている場所が感覚的に解る張飛はそこに向かってまず突っ込み兵を誘導するのだ。

 

 突撃、粉砕、勝利。張飛隊の運用は三語に集約される。関羽の運用を鉈の一撃とするなら、張飛の運用は槌の一撃。ただしその槌には千人二千人の兵の集合体である。兵団を縦横無尽に振り回す様は無邪気な容姿も相まって、戦場で相対する敵には悪い夢のように思える。欠点があるとすれば比較的兵の損耗が激しいことだがそれを誤差と思わせる程に敵兵を蹴散らす。

 

 事実彼女の蛇矛は、兵の槌は思う様に守備隊を蹂躙していたが守備隊の士気の高さもさるものだ。ここが死に場所と踏みとどまる彼らは、当代随一の運用を以てしても蹴散らすことはできずに持ち堪えた。

 

 ここにいるのが歩兵だけであればすさまじいまでの消耗戦になったことだろう。張飛隊も守備隊も加速度的に兵を失っているが、その速度は明らかに守備隊の方が早かった。公孫賛率いる騎馬隊の存在である。

 

 守備隊にも存在していた騎馬隊は瞬く間に蹴散らされる。

 

 また中央の兵たちが持ちこたえている間に、白馬陣を始め騎兵の軍団が守備隊の数を的確に削っていた。兵数に余裕があるのであればもっと騎馬に備えを残した守備隊も、張飛率いる歩兵の前ではそうもいかない。歩兵の力は拮抗していても、騎馬に依る攻撃によって守備隊の兵の損耗は連合軍よりも激しいものとなった。

 

 そのままではじり貧であることは解っていたがここで戦い意地を示す以外の道は守備隊にはない。少なくとも華雄が戦っている内は。一人でも多く。一時でも長く。末端の一兵に至るまで死に物狂いで戦う守備隊に相対した連合軍にも僅かに綻びが出始めたのは、戦いが始まっておよそ一時間してからのことだった。

 

「楽進の兵が押し込まれているようだな……」

 

 全て歩兵である甘寧隊と楽進隊は張飛率いる公孫賛隊を挟む形で展開している。守備隊も連合軍も最初は関と並行になるようにほぼ一直線に展開していたが、一進一退の攻防を続ける中央の張飛達を他所に関に向かって右側に展開した楽進軍はじわじわと押し込まれ始めていた。

 

 逆に甘寧隊は押し込んでいる形であり、総合すれば状況は拮抗していると言えるだろう。そも歩兵の兵数に違いはなくとも、こちらには向こうにはない騎馬隊がいる。それを指揮しているのは公孫賛。あちらの頼みの綱である華雄が一騎打ちで出払っている以上、中央で張飛を相手にできる猛者は向こうにはいないはずだ。

 

 騎馬の攻撃を防ぐ有効な手段もない。時間さえかけることができれば勝ちは動くことはない。確かに守備隊は精強であるが、それ以上に公孫賛の騎馬隊の動きが凄まじく、勝利は時間の問題に甘寧には思えた。

 

 後は一騎討ちの勝敗が決するのを待つのみ。趙雲が負けるとは考え難いことではあったが、仮に負けたとすれば孫呉軍の名前の売り時だ。背後で戦う二人の武人に気を配りつつ、もしもの時は指揮を部下に任せて一騎打ちに行くつもりで敵を打ち取っていた甘寧は張飛たちを挟んで反対側で展開する部隊の劣勢を感じ取っていた。

 

 戦いの前に見た限りでは良く訓練された兵に見えた。少なくとも練度の面に於いて汜水関の守備隊と比べてもそう見劣りするものではないはずだが、指揮する楽進は将としてはまだ経験が浅いようだった。

 

 その経験の浅さが悪い方向に出始めているのだろう。相手の士気の高さは目を見張るものがある。いくら才気溢れ将来を嘱望される将軍であっても相性の悪い敵やらめぐり合わせの悪い時はあるものだ。

 

「曹操に恩を売る良い機会だな。北郷。お前の団全員を連れて救援に行ってこい」

「その後はどうすれば?」

「楽進隊が総崩れになるようなら見捨てて構わないが、そうでないなら戦闘が終わるまで戻ってくるな」

「了解。ご武運を」

 

 言うが早いか一刀は兵を率いて駆け出した。目的の戦場までひとっとび! であれば良かったのだが万単位の人間が入り乱れる戦場は現代人の一刀の感覚では物凄く広い。戦場の端からでも楽進隊の劣勢を感じ取った甘寧であるが、救援の兵が到着する頃には全滅していてもかけた時間的にはおかしくはない。

 

 面識のない兵、面識のない将であるが同じ戦場で同じ陣営に立って戦った仲間だ。できることなら死んでほしくないものだがと心中で祈っていると、その祈りが通じたのか、楽の旗はまだ倒れていなかった。

 

 甘寧隊と状況設定が変わらないのであれば相対する守備隊の数はおよそ同数か、連合軍よりも少なかったはずだが楽進隊は大きく数を減らし守備隊側に半包囲されている状態だった。楽進隊の先頭で戦っているのが将である楽進なのだろう。乱戦の最中にも少女の雄叫びが聞こえ、その度に轟音と共に兵が文字通り宙に舞っている。

 

 個人の戦闘力は離れて見ていてもかなりのものだったが、劣勢の味方を援護するために立ちまわっている故か思い切って動けていない。このまま助けなければ甘寧の言った通り本当に総崩れになるだろう。

 

 一刀の顔に苦笑が漏れた。まさに恩の売り時である。

 

「梨晏。百を連れて敵背面から攻撃。射線が通るようなら指揮者を射殺してくれ。俺とシャンは残りを率いて側面からだ。一当りしたら梨晏は俺たちと合流。まずは半包囲を解いて楽進隊を救い出す」

「了解! シャン、団長をよろしく!」

 

 宣言の通りシャンと共に突撃をかける。見えてはいたのだろうが予定外の戦力の外からの攻撃に集団の対応は僅かに遅れた。それでも一刀たちは少数だ。僅かの動揺で立て直した守備隊は一刀にも牙を向ける。流石にこの流れで汜水関に残るだけあって当りが強い。荊州で戦った兵隊崩れの盗賊とは訳が違うが、一刀たちとてそれを乗り越えてきた。相手が強いというだけで負ける訳にはいかないのである。

 

 相手に押された風を装って守勢に回り敵の勢いを受け止めていると、突然、守備隊の後方に大きな動揺が走った。梨晏の狙撃が成功したのだ。何を聞くでもなくそれを悟った一刀は一転攻勢に切り替え押しに押し込んでいく。

 

 歴戦の猛者も流石に指揮官がやられたのは効いたと見えて、大きく距離を取って後退し陣形を整え始める。追撃はないと見ての大胆な行動だが事実その通りだ。数の上で対抗しうる楽進隊はあちら以上にがたがたで、一刀たちは守備隊を殲滅しきるほどの戦力ではない。あれを撃破するには最低でも楽進隊と合流する必要があった。

 

「孫堅軍、甘寧将軍配下、北郷一刀です。窮地と聞いて救援に参りました」

「曹操軍、楽進です。救援に感謝致します」

 

 初めて見る楽進は見るも無残な有様だった。全身は頭から血を被ったように真っ赤である。大怪我でもと思ったが全て返り血のようだった。見た所怪我をしている様子はない。最前線に立って味方を鼓舞しながら戦っていたのだろう。彼女の周辺だけ温度が高いように錯覚する。荒い息、白い煙。血と混じって流れる赤い汗に思わぬ艶めかしさを感じていると両側から拳が見舞われる。

 

 呻かずに耐えられるギリギリの威力で突っ込みを入れて来た梨晏とシャンに視線を送らないようにしながら、一刀は姿勢を正した。今は戦場。甘寧の指示を完遂するところだ。

 

「……差し支えなければ、このままここで戦わせて頂きたいのですが」

「お気遣い感謝します」

 

 戦場に立った経験は自分と大差ないはずだ。それが大軍を任されたのに多くの兵がやられてしまった。普通の人間であれば気落ちする場面のはずなのに楽進の目からまだ闘志は消えていなかった。戦場での失点は戦場で取り返すという強い意思が感じられる。将としてのアドバイスなど一刀にできるはずもないがやる気を失っていないのは共に戦う人間からすれば良いことだ。

 

 白い旋風が駆け抜けた。組み合っていたのならばまだしも離れて陣形を組み直していた守備隊は良い的だったのだろう。横からけしかけた白馬陣が眼前の守備隊をなぎ倒していく。先頭を走る公孫賛がすれ違いざま剣で兵の首を跳ね飛ばすのが見えた。去っていく白馬義従は倒した兵たちに見向きもしない。これくらいは当然だという武将の背中に一刀は将の強さを見た。

 

 そして同じものをその背中に感じたのは一刀一人ではなかった。楽進は頬を叩いて自分に活を入れると自分と仲間たちを鼓舞した。

 

「ここで死した仲間たちにはまず敵を打ち滅ぼして弔いとする! 奮い立て曹魏の兵よ! その武勇を世に示すのだ!」

 

 


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