真・恋姫†無双 一刀立身伝(改定版)   作:DICEK

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第005話 洛陽滞在編①

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 洛陽。帝国の首都にして、文化流通の中心地の一つである。今は乱世。治安の悪さ、文化の遅れなど現代と違うところは色々とあるが、行きかう人々の活気だけは現代以上のものがあった。私は、洛陽にいる。そんな人々の気概が見えるようである。

 

 こんな時代だ。大都会にいるということは、それだけでステータスであったのだろう。人々の熱に自分も浮かされながら道を行く一刀には、喧噪さえも心地よかった。

 

 荀家から商隊に連れられて、洛陽に到着した。彼らと別れ、目指す目的地は所謂高級住宅街である。それにも種類があるらしく、場所によって職業とランクが分かれているという。一刀が目指す先は高級官僚の屋敷が密集しているエリアで、一般市民はまず近寄らない場所である。

 

 尋ね人の名前は、荀攸という。荀昆の孫であり、荀彧から見ると年上の姪。『さる高貴なお方』の教師をしている荀家の出世頭だ。その内私が抜くけどね! とは荀彧の弁である。

 

 その屋敷は、高級住宅街の中にあっては地味な装いだった。荀家は華美な装飾を排し、質実剛健を追求することで他との違いを際立たせていたが、この屋敷もそれに近い。屋敷を囲む長い塀に、大きな正門の横には詰所が置かれている。常駐の警備がいるのだろう。今もどこの馬の骨とも知らない男を、彼らは強い視線でもって警戒している。

 

 知らない人間が屋敷の前でぼーっとしてたら、警戒もするだろう。この辺りの屋敷の住人は、重要人物ばかりだ。何かあってからでは遅いという危機感をこの時代に当てはめれば、問答無用で剣を抜かれるということも考えられないではない。

 

「お初にお目にかかります。私は北郷一刀と申すもので、荀昆殿の紹介で参りました。こちらが紹介状でございます。よろしければ、荀攸様にお取次ぎ願えませんでしょうか」

 

 最大限に腰を低くし、最初から紹介状を差し出す。主人の祖母の名前は効果覿面だったらしく、疑いの目を向けていた警備はすぐさま居住まいを正し、屋敷の中に使いを走らせた。それが戻ってくるまでしばらく待ちか、と一刀が休めの姿勢を取っていると、使いを出した警備の人間が申し訳なさそうに言った。

 

「申し訳ないのですが、主人は今留守にしております」

「…………今の使いの人は、何をしに屋敷へ?」

「北郷様が本日いらっしゃることは、先ぶれが来ましたので存じ上げておりました。ですが、主人は本日宮廷でどうしても外せない用事がありまして、そのために留守にしております」

「それなら出直してきますが」

「いえ、屋敷にご案内するようにと申しつけられております。夕刻までに戻るとのことですが、主人が戻るまではお客人(・・・)が北郷様の対応をすることになっております」

「…………お客人?」

「はい。先日から屋敷に滞在を。主人の友人です。北郷様のことをお聞きになり、それならば自分がと仰られました。主人も彼女ならばと任せたという次第でして」

 

 セレブのすることは解らない。一刀としては夕方出直してくるのでも構わなかったが、相手のあることな以上相手の都合も考えなければならない。紹介状があるとは言え、どの道一刀は頼る側なのだ。ならば相手の都合に合わせるのが筋というものだろう。

 

 一刀が方針を考えている間に、中まで走っていった警備が、女中さんを連れて戻ってくる。

 

「それでは、お入りください。中へはこの者が案内致します」

 

 残っていた警備が示したのは、連れてこられた女中さんだった。その女中さんに連れられて、一刀は屋敷の中に入る。どういう必要があると、ここまで広大な屋敷を建てようという気になるのだろうと不思議に思った。荀家でも客間を中心に普段使っていない部屋は沢山あったし、そのメンテナンスにかかる時間も費用も人手もバカにならないだろう。親戚を集めたって部屋は全部埋まらないと思うのだが……その辺りには、庶民には解らない金持ちならではの事情というものがあるのだろう。

 

「こちらになります」

 

 女中さんはとある扉の前で止まった。応接室だろう。ここに来るまでに見た他の扉よりも装飾が多い。

 

「北郷様が到着されました」

「入ってもらって」

 

 それでは、と女中さんが扉を開ける。女中さんは中に入らない。入れ、と視線で促された一刀は、一人で応接室の中に入った。背後で扉がぱたりと閉まる。

 

「やぁ、はじめまして」

 

 応接室で待っていたのは、この世界らしくない装いの女だった。この世界では初めてみるパンツルックである。肌の露出はほとんどなく、上は白いワイシャツ。思わず視線を向けずにはいられない大きな胸がなければ、女顔の男性でも十分通用しただろう。目元の黒子が色っぽく『男性の想像する女にモテそうな女』のイメージを体現したような女性だった。

 

「僕は単福……と普段なら名乗るんだけどね。こちらの家主に敬意を表して本名を名乗ることにするよ。徐庶。字は元直だ」

「北郷一刀です。姓が北郷で名前が一刀。字と真名はありません」

「二文字の姓に二文字の名前とは珍しいね。しかも字も真名もないのかい?」

「ええ。そういう土地に生まれまして」

「興味深いね。この国の出身ではないのかな?」

「はい。東の島国の出身です」

 

 位置情報について嘘は言っていない。ここが中国と同じ場所にある国であるなら、日本が東にある島国であるのは間違いないが、世界を飛び越えるような摩訶不思議に出会った後である。この世界に日本が存在していなかったとしても、何ら不思議はない。

 

 ともあれ、出身地についてはこれからはそれで押し通すことにした。現代ほど地図の精度が高くないことは荀家で散々確認した。東の海に島国があるかないか、それをきちんと把握している人間はそういないだろうから、この世界に日本がなかったとしても全く困ることはない。特に金持ち及びその関係者ならば、知らない土地=とんでもない田舎として解釈してくれるだろう。

 

「島国出身にしては白いし軟な気がするけどね……育ちも良さそうだ。僕には成金商人の二男か三男って雰囲気に思える」

「あちらでもそう言われました。甘っちょろい内面が、にじみ出ているようでお恥ずかしいです」

 

 徐庶の眉が僅かに動く。謙遜とかユーモアというのは、ある程度文化が成熟していないと生まれないものだ。世の平均を遥かに上回る博識を誇る徐庶をして見当がつきにくい東の島国となれば相当な田舎である。それっぽくはないというのが、徐庶が一刀を見た率直な感想だった。

 

 少なくとも庶民の生まれではないだろう。身体つきも肌の白さも肉体労働をしている雰囲気ではない。この時点で島国生まれというのも怪しいのだが、本人がそう言っていることを無理に掘り下げることもない。人には聞かれたくないことの一つや二つはあるものだ。

 

 それに、徐庶が一刀に聞きたいことはそんなことではない。

 

「荀攸殿の話では、君は最近まで荀家にいたんだろう? 功淑は元気かな。相変わらず美人かい?」

「ええ。俺の世話をしてくれました。お知り合いですか?」

「同じ先生の元で学んだ仲だよ。と言っても、僕の方が先に卒業してしまったしいくらか年上だけどね」

「……初めて聞きました」

「そうなのかい? まぁ、女には秘密が多いからね。功淑みたいな美人なら猶更さ」

 

 お互いの過去を全て知り合う程に、親しかった訳ではない。一刀にだって功淑に話していないことは沢山ある。あちらが話していないことがあっても不思議ではないしそうだろうという認識でいたのだが、先ごろまで一緒にいた知人の近しい時期の事情を全く知らなかったという事実は、一刀にもいくらか衝撃を与えていた。

 

「驚いてるようだね。彼女、結構優秀だったんだよ」

「書生の中では位が低いと言っていたんですが……」

「ご当主様に直接お仕えするって聞いてるよ。扱いが本当に書生で、しかも位が低いって言うなら僕は荀家の評価を大分改めないといけないね」

 

 はぁ、と一刀は溜息を吐いた。女は秘密がいっぱいというが本当である。徐庶と向かい合うようにして応接椅子に座ると、女中さんがお茶の用意をしてくれる。案内してくれた人とは別に、応接室には2人の女中さんが影のように控えていた。お茶を淹れてくれた彼女も、配膳が終わると部屋の隅で影に戻る。

 

「……同じ先生と仰いましたが、どういう学校だったんですか?」

「水鏡女学院って言ってね。その道では結構有名なんだよ? 水鏡先生って名高い司馬徽先生が学長でね、講師も生徒も警備の人も皆女性さ。何しろ女学院だからね」

「年が離れてらっしゃるようですが、学年が違ったんですか?」

「何歳からなら入学できると決まっている訳ではないからね。入学するに値すると判断されれば入学できるし、卒業するに値すると判断されれば卒業できる。だから同じ卒業生でも、在学年数が違うんだよ。ちなみに僕は三年で卒業した。功淑は四年だね。五年くらいかかるのが普通らしいから、これで功淑がどれだけ優秀か良く解ってくれただろう」

 

 さりげなく自分の方が主張しているが、話のオチには功淑を持ってきている。功淑に親しみを感じているのは事実なのだろう。ともすれば男性にも見える顔に、今は人懐っこい笑みが浮かんでいる。

 

「でも上には上がいるよ。入学した時から超が付くほど優秀だった二人の娘が、二年かからずに卒業するって話でね。僕も先輩として鼻が高いよ。あの娘たちの名前はその内、世に轟くだろうね」

「俺の地元では、一定の年齢になったら皆同じところで同じ内容を勉強して、同じ時間をかけて卒業してたので少し新鮮に感じます」

「…………ちょっと待って。たったそれだけなのに聞きたいことがいくつもできた。君の地元では例えば10歳になったっていう、ただそれだけの理由で勉学のために子供を集めるのかい? それに皆って言ったね。農家の子でも商人の子でも職人の子でも分け隔てなく?」

「そういう理由で分けられたって話は聞いたことないですね」

「経済的な理由もあるだろう。富裕層でない家の子はどうやって学費を捻出するんだい?」

「いえ、学費はかかりません。七歳になる年から十五歳になる年までの九年間。学費については国が負担して子供に学ばせます」

「例えばどんな勉強を?」

「読み書きと計算と国の歴史と地理と――」

 

 小学校中学校で学んだことを簡単に列挙していく一刀の言葉を聞いて、徐庶は額を押さえて頭痛を堪えるような仕草をした。聡明な彼女でも理解が追いついていない風である。そんなにおかしなことかと首を傾げる一刀に、徐庶は頭の中で言葉を整理しながら、質問を続けた。

 

「君の地元は子供を皆高級官僚にでもするつもりなのかな」

「公務員になるのは少数だと思いますよ。農業にしろ職人にしろ、家業がある家は子供の誰かが稼業を継ぐのが普通な感じです」

「こういう言い方をすると申し訳ないけど、例えば石工が仕事をするのに国の歴史は必要ないと思わない?」

「それは俺もそう思います。これは大人に聞いた話ですが、九年の勉強はなりたいものになるための下準備のためにするんだと。石工の子が公務員になったり、農家の子が商人になったり、後で自由に職業を選ぶために幅広い知識を満遍なく吸収するんだそうです」

「…………現実にそれで国が回るとは思えないけど、それで本当に国を回しているんだとしたらその構造を作った人間とは是非とも話をしてみたいね。身分も経済力も関係なく、国家が学費を負担してまで全ての子供に恒常的に知恵をつけさせるなんて、正気の沙汰とは思えない」

「底辺のレベル――あー、知識の度合が底上げされていた方が、国民全体としての総合力が上がるような気がしませんか?」

「一長一短だね。このまま文明が進歩していったとして、最終的にはおそらくそんな所に落ち着くんだろうとは思うけど、今すぐこの国で実行するのは難しいかな。上の人たちのほとんどは、庶民が知恵をつけることを歓迎しないと思うよ」

「そんなもんですか……」

「それに九年も同じ内容で授業を受けさせるのは時間の無駄だと思うよ。デキの良い生徒と悪い生徒が同じ授業を受けるってことだろう? どうして習熟度で教室を分けないんだい?」

「それは何とも」

 

 頭の良い人というのは、次から次へと疑問が出てくるものなのだろうか。比較的人当りの良さそうな徐庶でこれなのだから、荀彧相手にこの話をしなくて良かったと思う。

 

「どうやら君の地元は相当に面白い所のようだ。君さえ良ければ色々と話を聞かせてもらいたいな。洛陽にはしばらく滞在するのかい?」

「滞在期間は決めてませんが、もう少ししたら南に向けて旅をしてみようと思ってます」

「それなら僕が同道してあげるよ。僕もちょうど荊州にある学院まで戻らないと行けないんだ。学院は男子禁制だから途中までってことになるけど、それでも良ければだね。これでもそれなりに腕は立つから、道中の護衛くらいならしてあげられるよ」

「本当ですか!?」

「うん、本当だ。その代わり洛陽にいる間、僕が同道している間は僕の問答に付き合ってくれるかな。それさえ認めてくれるなら、護衛料とかケチ臭いものは要求したりしないよ」

 

 それなら是非! と声を挙げようとしたところで、部屋の扉がノックされた。応接室に入ってきたのは、入り口から屋敷まで走った警備の人間である。彼が告げたのは、主人である荀攸が戻ってきたということだった。本来であれば女中さんから一刀と徐庶に伝えられるべきことだったのだろうが、警備の声が大きく、女中さんが振り返った時にはそれは既に伝わっていた。

 

「夕刻に戻るはずでは?」

「夕刻までに(・・・)は戻るはずって聞いてるよ。予定が早まったんだろう。良くあることさ。何しろお相手は『さる高貴なお方』だからね」

「生徒ですよね?」

「時には教師よりも偉い生徒もいるものさ」

「徐庶様、北郷様、主人のことなんですが……」

「戻ってきたんだろう? 大丈夫、後は僕たちで――」

「いえ、それがお一人ではなくお連れがいるようなのですが、お連れの方がその――」

「わかった。みなまで言わなくて良いよ」

 

 にこやかに微笑んでいた徐庶が微笑みを引っ込めると、急に居住まいを正して立ち上がった。彼女は一刀にも立ち上がるように促すと、服装の点検を始める。慌てた様子の徐庶に、一刀は問うた。

 

「そこまで慌てるような人なんですか?」

「『さる高貴なお方』だよ? 慌てもするさ」

「誰なんです? 荀攸さんの生徒ってのは」

「知らないで使ってたのかい? ならちょうど良い。知らないままの方がきっと幸せだ。ただし、間違っても粗相のないようにね。これは脅しじゃないぞ。君の首のために言ってるんだ」

 

 ご到着です、という女中さんの言葉に、一刀は徐庶と一緒に背筋を伸ばした。礼儀作法については一通り教わったつもりだが、実践の機会はこれが初めてである。ここでしくじったらどうなるのだろう。緊張しながら待っていると、扉は静かに開かれた。

 

 扉を開いて現れたのは、黒髪黒目の少女だった。目鼻立ちのはっきりとした、ちょっとやそっとではお目にかかれない程の美少女である。小学生の中頃、きっと十歳にも届いていないだろう。可愛さよりも幼さが目立つような年齢なのに、ただこちらに歩いてくる、それだけの所作が恐ろしく様になっている。

 

 歩き方一つについても、高い教育を受けた後が伺えた。素人に解る程度なのだ。おそらくこの美少女が『さる高貴なお方』なのだろう。

 

 美少女は最敬礼をしている徐庶に軽い挨拶をすると、どうして良いのか解らずただ立っていた一刀を下から覗き込んだ。上目遣いの見本のような仕草に、思わずどきりとするが、真っ黒なその瞳に一刀は何か底知れないものを感じた。

 

「貴方が先生の親戚を助けた人ね。お名前は?」

「北郷一刀。姓が北郷で名前が一刀。字と真名はありません」

「珍しいお名前ね。でも、何だかかっこいいわ。似合ってる」

「ありがとう――ございます」

 

 ありがとう、で区切ろうとした瞬間、横から蹴りが飛んできた。痛みに思わずございます、と付け加えた一刀を見て、美少女はくすくすと小さくほほ笑んだ。

 

「私はリュウキ――うん、劉姫よ。貴方のことは一刀くんって呼ぶわ。よろしくね、一刀くん」

 

 




水鏡女学院についてはこちらで設定をしました。
原作、アニメなどで既に設定があるかもしれませんが、調べて見つからなかったので自分設定の採用となります。

カリキュラムを理解できる頭があると判断されると入学でき、カリキュラムを全て終えると卒業できます。ドロップアウトする生徒もいるので、卒業してるだけでかなり優秀です。帽子は卒業生に贈られるもので先生が選びます。

他、細々した設定は作中にて。次回、荀攸さん登場。洛陽回は二回か三回で終了です。

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