一刀団には移動の際に大雑把なルールに従う。誰を先頭にするか、その上で順番をどうするか。状況によって変わるものもあれば、基本的には変わらないものもある。
隊伍を組んで移動するというのは、変わらないものの一つだ。おおよそ五百人のメンバーの内、団に合流するまでの人生で職業軍人であったのは数える程。荒くれ者出身の初期メンバーこそ戦闘行為やら違法行為にも通じていたが、後から加入した団員たちは武器さえ持ったこともないという人間も多くいた。
そういう面々を含め団体行動を学ばせるということでほぼ最初期に導入したのが『移動の際は隊伍を組んで行進』である。シャンの発案で行われたそれは最初こそ不格好であったものの今では洛陽の大路を行進させても恥ずかしくないくらいの整列っぷりで、むしろ一刀が一番下手まであった。
並んで歩こうとすると稟から遠まわしに下手くそという趣旨の小言を受けるので最近はもっぱら列の中ほどで馬車に乗るか列の先頭――厳密には護衛役のシャンたちの少し後ろを馬で行くことにしている。
行進してかっこつけられないなら他のことで、と長距離移動の合間に一刀は思い切り声を張り上げて歌うことにしている。一刀が歌い出すのが開始の合図だ。これは取り決めがある訳ではないが、暗黙の了解である。曲目も一刀が決めるがパート分けが必要な曲の場合、例えば独唱パートなどがある場合は、団の中で誰が歌うのかが決められている。歌が上手い奴と大多数に認知されているということでもあるので、独唱パートの担当はひっそりと憧れの的なのだ。
今日の曲は『流浪の民』。一刀がこちらの世界に持ち込んだ曲の中ではとびきり団の面々には受けの良い曲だ。それにしても五百人からの集団の大合唱。遠くからでも聞こえるほどの大音声であるが、現代日本と異なり苦情を入れてくるような者もいない。
街から街へと切れ目のなかった現代と異なり、首都洛陽の近郊と言っても道というのはただの道だ。道の周辺には特筆するようなことがないもない。道、とにかく道である。すれ違う人間がいても向けてくるのは笑顔ばかり。中には拍手までくれるとこちらも笑顔になるというものだ。
理由は単純である。旅というのは現代にいたるまではとにかく危険なもので、田舎で生まれた者は生まれた村から一生出ないということもザラにある。獣に襲われるかもしれない人間に襲われるかもしれないそんな旅の中、武装した真っ当な集団がこれみよがしにここにいますよと周囲に宣伝しながら行進しているのである。
普通の神経をしている悪党ならば進行予定のルートにさえ近づかない。一刀たちの声が聞こえている即ち、その間は安全という証明でもあるのだ。火の用心の昼間版だな、と歌いながらぼんやり考えていた一刀の視界に入る姿があった。
街道の脇。往来の邪魔にならない位置に女性が二人立っている。一刀の記憶にはない顔だったが恋から聞いていた風貌と特徴が一致していた。
もっとも、一刀の記憶にはなくてもあちらの記憶にはあったらしい。二人の女性のうち背の低い方が一刀の顔を見て目を見開き、隣の背の高い女性に耳打ちする。
ほぉと息を漏らした背の高い方の女性は一刀を視界に収めると人好きのする笑みを浮かべて歩み寄ってくる。待ち合わせの場所と指定された場所で待っていた二人に、集団を抜けた一刀は恋と稟を伴って歩いていく。
「北郷一刀です。姓が北郷で名前が一刀。字と真名はありません。お待たせしてしまったようで申し訳ありません」
「えーてえーて。ウチは張遼。字は文遠。恋が世話なった――や、これからも世話になるようやけども」
「俺などお世話をしてもらっている側で。恋が来てくれてとても助かっています」
一刀の隣で恋が首を傾げる。家族の食事を手伝ってくれたりセキトの散歩をしてくれたりと世話をしてもらった記憶はあるがした記憶はなかった。それを何と言葉にしようか迷っている様子の恋を見て、小さい方の少女が苦笑を浮かべる。それだけで恋が上手くやっていけていると悟った少女は、片膝をついて拳礼をした。
「高順。字は申玲と申します。よろしければ、私も閣下の幕下に加えていただければと思います」
「俺としては願ってもないことですが、お立場はよろしいので?」
「董卓殿には既に了解を得ています。これによって閣下のお立場が悪くなることもありませんでしょう」
ふむ、と一刀は小さく息を吐いて考える。高順はそう言うし事実そのようなやり取りは董卓との間にあったのだろうが、本当にそう思って行動してくれる人間ばかりとは限らない。董卓本人がそう思っていないことも十分に考えられるし、本人がそう思っていたとしても周囲が同様とは限らない。
都落ちしたとは言え、董卓軍はまだまだ帝国において一大勢力である。頭数の上では一刀団とは比べ物にならない。協力関係は維持したいが口を出され過ぎるのも困る。筆頭軍師である稟に言わせれば、そういう集団は孫呉だけでお腹一杯なのだ。
恩は売っても売られたくはない。恋の件もある。これ以上精神的な借りを作りたくないというのが一刀の本音でもあるのだが、優秀な人間は喉から手が出るほどほしいし、恋からお願いされてもいる。
何かあっても稟たちが何とかしてくれるだろう。後からお説教はされるだろうが、それで団の人材が潤うのであれば安いものだ。
「それならば是非もありません。董卓殿とは比べるべくもない非才の身でありますが、是非お力添えをいただきたい」
「ありがとうございます。並びに、澪の真名をお預けいたします」
定番のやり取りを経た高順改め澪は、張遼に小さく頭を下げると恋の隣に移動する。
風貌としては一刀の知人の中では梨晏が近いが、受ける印象は真逆である。兵装をしていれば少年に見えた梨晏とは異なり、澪の場合は男物の服を着ていれば男装した美少女と思われるだろう。
最近切ったばかりと思われる短い黒髪。簡素な平服を着ているが、それだけに割とある胸元が目立つ。年の頃は現代で言うならば女子高生と言ったところか。少し前まで中学生でしたという風に見えるから、十五六であると当たりを付けてみる。
早速足元にやってきたセキトを構っている義妹の変わり身の早さに、早速独りになってしまった張遼も苦笑を浮かべた。
「ウチも一応義姉やって思うんやけどな」
「先例があった方が小姉さんもやりやすいでしょう。義妹の心遣いと思ってください」
「デキる義妹もってウチも幸せやんなー」
からからと笑う張遼は大軍を指揮していただけあって切り替えも早いようだった。森の奥へと続く小道を指し、癖なのだろう。一刀相手に見栄を切った。
「ほな、月っちのとこまで案内するわ」
効果音が鳴り響き、後光まで差して見えた。普通にかっこいいってかっこいいんだなと思い知った一刀は、のしのし歩く張遼の後にしょげた様子で続いた。
会談をしたいと指定してきたのは董卓軍の方からだった。洛陽から徒歩で1日。大街道を外れたところにある小さな森の中。そこに彼女らの隠れ家があった。
屋敷というには小さく小屋というには大きい。一刀の感覚では一軒家というくらいの大きさで、少し前まで相国まで務めた人間が滞在するには小さな場所だなと思った。
団の面々は外で待たせ、幹部だけを伴って隠れ家に入る。案内された応接室は隠れ家の大きさを見ると広いように思う。おそらくここで話し合いをするための施設なのだろうと当たりをつけ、努めて他所行の笑顔を浮かべた一刀は、銀髪の少女の勧めに従って少女の向かいに腰を降ろした。
「董卓。字を仲穎と申します。ご足労いただきありがとうございます」
「北郷一刀です。姓が北郷、名が一刀。字と真名はありません。こちらこそお招きいただきありがとうございます」
恋から『優しくてかわいい』と聞いていたから最初から儚げなイメージを持っていたが、実際に見た董卓は一刀の想像以上に儚げな美少女だった。線が細く肌も白い。風とはまた違ったタイプのお人形さんのような雰囲気で、世間の風聞にある董卓のイメージとは似ても似つかない。
ちらと董卓の後ろに立つ少女に目を向ける。眼鏡で三つ編みのデキる雰囲気の美少女。立ち位置から恋が『賢くてかっこいい』と表現した賈駆なのだろうと思うが、稟のようなタイプを想像していたので、董卓同様小柄なのは意外である。
「恋さんの件ではご迷惑をおかけいたしました」
「事情は恋から聞いています。勅令があったとなれば、致し方ありませんでしょう」
恋の話では袁紹が洛陽に入るのと同時に、董卓たちと一緒に北門から脱出という手はずになっていたが、家族を連れて移動している最中に袁紹が南門で問題を起こして大火が発生。それに激怒した皇帝が『洛陽封鎖』という勅令を出したため、脱出できなくなったのだという。
董卓と恋の軍師である陳宮は自分も残ると最後までゴネたそうだが、事態を察した賈駆と張遼に引きずられる形で洛陽を脱出。馬超軍に紛れて涼州に戻る手はずもご破算となり、現在に至るという訳だ。
この話を聞いて政治的な判断をして恋を見捨てたと少なからず思っていた一刀は董卓の評価を上方修正した。集団の代表としてはどうかと思わないでもないが、そういう人間に小言を言うのは稟などに任せることにしている。
仲間を最後まで見捨てないという心持は好感が持てるし、たとえ他の勢力に鞍替えしたのだと知っても、一度合流するという判断を最後まで曲げなかったことには尊敬の念さえ覚える。
まぁ、尊敬できる美少女だからと言って恋を返そうなどとは思わないのだが。それとこれとは話が別なのだ。
「これから恋さんは貴方がたと共に并州まで向かわれるということで良いのでしょうか」
「先ほど澪がこちらに合流するという話でまとまりまして、恋と澪が、ということになります」
一刀の言葉を聞いて、董卓は苦笑を浮かべ賈駆は深々とため息を吐いた。有能な人間が相次いで抜けるというのだから頭の痛い問題だろう。小言の二つ三つ言われることは覚悟もしていた一刀だが、董卓たちからそういった感情は向けられていなかった。
闘志が萎えているとまでは言わないが、諦念にも似た空気がある。一度は相国となり帝国の半分までを手中に収めたのだ。能力は確かにあり、野心もそれなりにはあったはずだ。一度敗れはしたものの、涼州に帰った兵は万を優に超えている。
再起は十分に可能。今は英気を養う時――という雰囲気を想像していただけに聊か拍子抜けである。孫堅軍では痛いほどに肌に感じた、のし上がってやるぜという雰囲気がまるで伝わってこない。
まさか本当に諦めたのではあるまいな。一刀の内心を読み取ったのか賈駆が一歩前に出る。
「今は雌伏の時。そう考えてもらって結構よ。僕たちからもお前たちに提案があるの。聞いてもらえる?」
そう来なくては、と一刀は居住まいを正した。相手から踏み込んでくるのを明らかに期待している様子に、うちの大将はまだまだだなと稟は心中でため息を漏らした。
度胸があって頭も回るが度胸が必要な相手以外にはどうにも空回りしている節がある。普通は難物である孫堅のようなタイプとは相性が良く、逆に控え目な――少なくとも一刀にはそう見えるらしい董卓のようなタイプとは相性が悪い。
確かに董卓は控え目な性格なのだろう。穏やかで優しい。恋の評価に違わない人物であることは疑いがないが、自分がそうであるということを自覚した上でそれを交渉に使う程度の強かさは持ち合わせているようで、腹心中の腹心である賈駆とのコンビネーションも上手く機能している。性格的に不向きなはずであるのに、相国にまでなったのだ。男の目にどう映ったにせよ、傑物には違いない。
女は見た目通りではないことを肌で感じているはずなのだが、北郷一刀という人間はどうにも、儚く愛らしく見える女は事実その通りなのだと思う傾向が強い。平素であれば見た目は董卓のような美少女に騙されるかどこぞの猫耳のような女に尻に敷かれて振り回されるタイプである。
「まずこれは当たり前のことではあるんだけど明言しておくわ。僕たちは恋たちがお前の所に行くことに関して何一つ注文を付けたりはしない」
「ありがたいことです」
一刀は小さく頭を下げる。勢力の大きさで言えば董卓軍の方が大分大きいのだから、経緯がどうあれ額面通りに受け取る訳にもいかない。一刀の立場で言えば恋たちがこちらに来たことは董卓たちへの少なくない借りなのだ。貸し借りなしと本人たちから言われたとは言え、ではお言葉に甘えてという訳にはいかない。
貸し借りがあったと決めるのは本人たちの認識だけでは済まない。勢力の大きさというものは世の名声によって支えられているのだ。不義理な奴だと思われたらそれだけで足を掬われかねない。最低限、義理は果たしたと言い張れる程度の『何か』は董卓たちにする必要があるだろう。
「それから僕たちの今後のことだけど、僕と月は涼州には戻らない。こっちで機を待ち、袁紹を討つわ」
「それは俺たちが聞いても良い話なので?」
なし崩し的に巻き込むのはやめてくれと言外に言う一刀に、賈駆は大きく頷いた。
「もちろんよ。お前たちと僕たちの今後に関わってくる話だもの」
「私たちは貴方の赴任先で身分を隠して商売を始めることにしました。ここにはいないねねさんが先だって準備をしてくれています。商うものは生活物資から軍需品まで何でも」
「商家を隠れ蓑にこちらで準備を進めるということですね」
「支店、従業員という形で拠点と兵を少しずつこちらに集めていきます。大勢という訳にはいきませんが、別動隊ということであればこれで十分であると考えています」
「俺たちはその目こぼしをすれば良いということでしょうか?」
自分の膝元に別勢力の兵が集まるというのは良い気はしないが、敵対的でない勢力ならば目を瞑る必要はあるだろう。まして董卓軍には借りがあるのだ。これくらいで目くじらを立てられる立場にないと自覚している一刀はそう口にしたが、賈駆は首を横に振った。その口の端は小さく上がっている。自分の策がはまった時、軍師が良くやる顔だと一刀は知っていた。
「お前は出資者ということにしてほしいの。月と僕はお前の縁戚。明言はしなくて良いわ。周囲がそう思ってくれたら、それで十分だから」
賈駆の言葉に一刀は考えた。赴任してきた年若い男の『縁戚』の美少女二人が、男の支援の下に手広く商売を始めようとしている。それを明言はせずに周知させ、事実そのように振舞うとすると。
「お二方、だけではありませんね。お付の方々まで俺の愛人と思われかねませんが、それは問題ありませんか?」
「私は少し前まで『魔王』でした」
「僕は魔王の家来だったわ」
少女二人の軽口に、侍女たちからも笑い声が漏れる。風聞を気にするタマではないようだ。自分を悪者にして国の半分が武力を持って攻めこんできたことに比べれば、誰それの愛人であるという実態のない風聞など毛ほどの価値もないのだろう。
「後はお互いの距離感というところでしょうか。俺としては董卓殿たちの行動を制限する意思はありません。最低限の文のやり取りでもしていただければお好きなようにしていただいて結構です」
「私は今回のことを後の同盟の布石と考えています。これはこちらの方はまだ誰も知らない情報かと思いますが、馬騰様が全快されました」
董卓の言葉に、一刀たちから小さな驚きのため息が漏れる。
軍を率いていた馬超の母であり、孫堅に依れば面差しは彼女とよく似ており、若かりし頃から孫堅としのぎを削ったライバルであるという。江東の狂虎と称される孫堅と比して涼州の暴れ馬と呼ばれ、喧嘩と戦が大好きという孫堅の涼州版とも言うべき人間らしい。
そんな彼女も病を得て久しく、今でこそ娘馬超が名代を務めているが正式に家督を継ぐ日も近いだろうと噂されていた。回復の見込みは薄いというのが世間の見方であったのだがその予想が脆くも崩れ去ったということである。
孫堅などは予定が狂っただろうな、と考えてみるが一刀くらいの規模の勢力になると遠隔地の代表が誰であろうと現段階では特に気にするようなことでもない。手ごわい相手が凄く手ごわい相手になった所で誤差でしかないのだ。
「今は獣肉を食らってはお酒を浴びるように飲み、兵士たちを千切っては投げ拳が飛び槍を振り回し夜は――失礼しました。とにかく全盛期を取り戻さんとする勢いとのこと。乗り遅れた戦には率先して参加すると息巻いているそうで、軍団の再編と兵の調練にも熱心に取り組んでいると」
「同郷の董卓殿としては頼もしいことでしょうとも」
「……事実上、涼州の勢力は私たちと馬家で二分していました。私たちが中央で敗北したことで今は馬家の発言権が大きい状態です。その馬騰様が袁紹討伐には非常に乗り気ですので、涼州勢としては今後そのように動くことになります」
「風下に立たれているようで、ご苦労お察しします」
「お気になさらず。そして私たちの行動には馬騰様の意向も含まれています。袁紹討伐という行動は具体性のある計画であるとお考えください」
「立ち上がるまでにどれくらいの時間がかかるとお考えですか?」
「二年をめどに、というのが馬家からの通達です」
ふむ、と一刀は小さく息を漏らした。遅いなというのが正直な感想であるが、何しろ大軍団である。共同歩調にあるとは言え敗走してきた董卓軍と遠征から帰ってきたばかりの馬家軍をあわせ、地元に残した軍も更に動員するとなれば十万に迫る軍勢となるだろう。
当然、そのための費用はばかにならず、事前の準備も相当に必要だ。今調練をしているとなれば現状の規模よりも更に大きくという考えが見て取れる。ただの攻勢ではなく大攻勢だ。孫堅の涼州版となればなるほど、先の大戦に参加できなかったのがよほど悔しかったと見える。寝台から蘇る訳だなと笑みを漏らした一刀は、差し当たって現実的な問題に向き合うことにした。
「ご助言感謝いたします。我々も二年後には馬騰殿や貴女に認めていただけるような軍勢を率いてお迎えします」
本隊は二年後に動き出すと明言した上での同盟の誘い。翻ってこれは、その時までにまとまった軍勢を手にしていないようであれば、軍団として風下に立たせるということである。一度勢力に組み込まれてしまえば動きも制限され、頭を押さえつけられることになるだろう。覇を競うというレースにおいて、それは脱落を意味する。
今の一刀たちの規模を考えれば二年後までにというのは無理難題に近いものだ。馬家の風下に立たされているとは言え、董卓軍も大勢力には違いない。二年もあれば力関係も拮抗するかもしれないし、逆転の目だってある。
そうなれば勢力を離れた恋たちも、間接的にではあるが思いのままだ。勢力を移った人間をこれまでと変わらないように使えるのであれば、誰を戴いているかなど気にすることでもないのだ。
穏やかな物言いであるが大軍団としての矜持と傲りが見てとれた。
だが、一刀は悔しいとも思わなかったし怒りも感じなかった。二年もあるのだ。裸一貫でここまで来たよりも長い時間があると考えればこの世にできないことはないように思える。
一刀の声音が至極穏やかなことに、賈駆が僅かに眉根を寄せた。相当大上段から物を言ったつもりだったが、反応が渋い。話の裏を理解していないのかと思えば返ってきた言葉からそうでないと察せられる。
途中で軍師が話に割り込んでくることもなかった。つまりは彼女らにとってはこれは想定の範囲内のことなのだ。それほどこの男を信頼しているのか、乱世の波に乗ることに快楽を見出す狂人なのか。
どちらであっても賈駆は構いはしなかった。誰が上に立つかなどその時決めれば良いこと。そして最後に頂点に立っていればその過程などはどうでも良いのだ。手を組む相手は強ければ強いほど良く、人間性など二の次だというのが賈駆の考えであるが、人を見たいというのが親友の意向でもある。
その点、この男は問題ないように思えた。周囲に女ばかりの優男。強面の涼州男の中で育った月からすると相当に好みの線を行っており、その上中身も好感が持てるとなればその内ほだされてしまっても不思議ではない。間違っても月の近くにはおいておきたくない人間だが、恋が懐いたのだから良い人物ではあるのだろう。
彼女は物に拘りがないように見えて仕える人間には酷く煩い。月と同程度かそれに準ずるくらいの器と見たならば、少しくらいは信用しても良いだろう。いざという時は自分の身を盾にする覚悟を固めた賈駆は月の判断を優先することにした。
「では、良い関係でいましょうということで」
話はそれで終わりだと察した一刀は立ち上がり、董卓に向けて手を差し出した。董卓も同様に立ち上がり、一刀の手を握り返す。
「この後のご予定は? 私たちは今日はもうしばらく進む予定なのですが」
「こちらに留まっていたのは北郷殿との会談のため。同道させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「是非に。私たちはいつでも出立できますので、用意が済みましたらお声がけください」
一礼すると許可を得て、一刀は部屋を出ていく。ぞろぞろと続いてくる稟たちごしに振り返ると、董卓たちはまだ部屋に留まっていた。
「商売、俺たちも噛ませてもらえないかな?」
「私たちは私たちで何かした方が効率は良いでしょう。相手方の伸長を待つだけというのはよろしくありません」
「商いなら商いの中で解ることがあるってことかな」
「その通りです。恋。陳宮殿はこちらに合流するということで間違いないのですか?」
「ない。あと、霞も来ると思う」
「私と義姉さんたちはこの辺りが地元なので董卓様よりは顔が利きます。それに赤騎兵は皆并州に来たので、彼らの力も借りることができますよ」
「赤騎兵?」
「大姉さんの直属の騎馬隊で董卓様ではなく大姉さんに義理立てする連中です。兵としても伝令としても如何様にでもお使いください」
「人が増えたらそれを養っていく基盤も作らないとな」
「そのためには早急に県を掌握しなければ。やらなければいけないことは山積みですよ?」
「つまりいつも通りってことだな。頼りにしてるぞ、皆」