真・恋姫†無双 一刀立身伝(改定版)   作:DICEK

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第053話 并州動乱編①

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石に曹操殿の足は速かったな……」

 

 州都執務室で兵からの報告を受け取った愛紗は報告書を執務机に放り投げて、部屋にいる仲間たちを見やった。義妹の鈴々、軍師の朱里と静里。実務を担う人間が他にいるが意思決定は主にこの四人で行う。州の仲間というよりも愛紗個人の仲間である。

 

「お互い洛陽を出てから半年だからな。連合に兵を出す前から準備してたんだろう」

「何よりも速さが肝心という訳だな。身に染みる話だ」

「で、これからどうするのだ?」

「当初の予定の通りだ。この州は放棄する」

 

 袁紹が相手であれば死に物狂いで戦おうが、曹操ならば民にも兵たちにも無体なことはしないだろう。兵たちには戦うなと指示を厳しくすると同時に、曹操軍の侵攻を遅延させるための策を授けてある。

 

 先の報告は曹操軍が州境を越えて侵攻開始、という知らせを持ってきたものだ。如何に精強な曹操軍と言っても彼我の距離と間の兵は無視できない。それが戦闘を放棄して最初から遅延行為に徹しているのであれば猶更だ。

 

 退路は既に確保してあるし荷物も取りまとめてある。逃げる時間は十分にあると言って良い。

 

「鈴々が聞いてるのはその先の話なのだ。逃げて、どこに行くつもりだ?」

「私は一部の兵と共に北に向かい公孫賛殿を助ける。お前たちは西に向かい、北郷殿に合流しろ」

「現状のままでは敗北を先延ばしにしているだけで、公孫賛軍に勝つ見込みはありません。それは愛紗さんが合流しても同じです。軍師としては私たち全員で可能な限り兵を連れて北に向かうか、私たちだけで西に向かうか。そのどちらかを提案します」

 

 この地に留まって曹操と連携という案は既に却下されている。曹操軍に組み込まれてしまったら離脱は難しいし、立地的にまずは青洲の黄巾に当たるのが急務である。更に北の袁紹軍と戦うその更に北の公孫賛軍に兵を出す余力はない。

 

「州の外に逃げるのにこの州の兵は連れていけないし、白蓮殿も北郷殿も必要としているのは一緒だ。どちらも義理を欠くことはできないのだから、過酷な方には私が行く」

「戦って死ぬつもりなら鈴々も行くのだ」

「死ぬつもりはない。適当な所で切り上げて白蓮殿も星も星と戦った某も回収してお前の所に落ち延びよう。お前は先に行って席を温めておいてくれ」

 

 静かな笑みを浮かべた愛紗を鈴々はじっと見上げる。面倒くさい性格をしているこの義姉は仲間のためにやると決めたことを仲間の言で翻すことはない。引き留めるための感情的な言葉がいくつも湧いてきたが、それらは鈴々の口から出る前に霧散して消えた。

 

 顔を上げた鈴々は努めて朗らかな笑みを浮かべた。明らかな嘘を言っている義姉を笑顔で見送るためだ。

 

「皆によろしくなのだ」

「ああ。いずれ北郷殿の元で会おう。彼にはよろしく伝えておいてくれ」

 

 軽く言葉を交わした鈴々は、朱里と静里を連れて州を脱出した。馬を駆り一路西へ。愛紗はそれに遅れること半日。かつて関羽団と呼ばれていた面々のうち騎馬のみ二百と共に北の公孫賛の元へと向かった。

 

 一方の曹操である。彼女は南下の兆しを見せた青洲黄巾と戦う前に愛紗たちを欲して兵を起こした。戦闘となれば必ず勝てるくらいの勝算を持って始めた戦いではあったが、関羽が正面切って戦うことを選ばないことは薄々察していた。

 

 それでも既に一刀に傾いている美髪公を我が物とするにはここしかないと電撃戦で州都までを制圧するべく兵を進めたのであるが、道中に展開していた見た目だけは豪勢な兵たちは平原で無駄なにらみ合いを続けた後にあっさりと降伏したり、徹底した籠城の構えを見せていた都市は降伏勧告に対して意見をまとめると言って二日も待たせてみたり、道中の村々はどこからそんなに物が出てきたと言わんばかりに豪勢なもてなしで軍を長々と引き留めたりした。

 

 三つに分けて侵攻していた部隊全てが何らかの遅延行為を受けていると侵攻三日目には曹操の元に情報が集まっていた。やはりな、という思いのもと迅速な軍事行動を常とする曹操軍にしては実に想定の三倍もの時間をかけて州都に到着した。してやられたなと思いつつ州牧の執務室で曹操が見たものは、関羽により書かれた州牧の委任状と印璽。それから個人的に曹操に充てた手紙だった。

 

「美髪公は何と?」

「義理により白蓮殿に助太刀に向かう由。我と我が恩人をお救いくださるのであれば、身命を賭して貴女様にお仕えする所存にござる。あの関羽の身体と心を私の物にできるとなれば、心惹かれるわね」

「惹かれるだけにしてください」

「解ってるわよ」

 

 秋蘭の言葉に、曹操は僅かに口を尖らせる。関羽の性格を考えるのであれば縁がなかったというより他にない。自軍は精強であると自負している華琳であるが大半は雑兵であっても尋常ではない頭数を誇る青洲黄巾を相手にしながら、他の勢力と矛を交えることはできない。

 

 関羽の望みが白蓮の救援であるというのであれば、立地と時勢的に華琳には無理な相談だった。連合や洛陽での少ない会話から関羽の人となりを把握していた華琳は、逐電の前に確保する他ないと兵を挙げたのであるが、前線に出て戦闘に応じてくれるのであればともかく最初から時間稼ぎに徹し逃げの一手を打たれては厳しい。乱世の覇王と言えども、彼我の距離と人の壁を飛び越えられる訳ではないのだ。

 

 窮地を助けてくれたならばと言質が取れただけ御の字であるのだが、公孫賛軍の敗北は曹操軍においても半ば確定されたことである。関羽とその手勢の精強さは華琳も知る所であるがそれらが加わった所で劣勢を覆すことはできないだろう。

 

 敗北までの時間が延びた間に救援に駆け付けられるかの勝負であるが、先の述べたように華琳は位置取りが良くない。関羽の委任を受け――帝室からの苦情の処理を考えると今から頭が痛いが――合計三州となった支配地域は南下の兆しを見せる黄巾の青洲に隣接している。関羽の望みを叶えるためには軍勢をここから北に押し上げなければならないのであるが、華琳の支配地域と青洲、向かう先である袁紹の支配する冀州の間には河水が横たわっている。公孫賛を助けるためには大軍でもってこの河水を越えるか迂回せねばならない。

 

 青洲を平らげ安定させ河水を渡る準備も同時に進めていたとしても、河水を渡って袁紹軍と対決するまでにはどんなに少なく見ても二年はかかるだろうと見越しているが、公孫賛軍は関羽たちが加わってもそこまで持たないというのが華琳を含めた曹操軍幹部全員の見解である。

 

(位置取りというなら……)

 

 脳裏に浮かべた地図に、赤い点を記す。冀州の州境にある并州の県。その県令として赴任した男がいる。あの男が赴任して半年。またぞろ周囲を動かして勢力を拡張していると聞いているが、この男が并州を手中に収めその野心を東に向けるのであれば、あるいは関羽を救うことができるかもしれない。

 

 さて、天はあの男に味方するのか。

 

 天に愛されたような快進撃がこのまま続くのであれば、それもあり得ないことではない。そんな人間が自分の前に立ちふさがるのを想像すると快感で身が焼けそうだ。

 

 蒼天は既に死んだ。ならばあの男の戴く天はどのような色なのか。

 

 平らげて見せる。執務室の窓から天を見上げた華琳の顔には、獰猛な笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな訳でよろしくなのだ!」

 

 底抜けに明るい赤毛少女の声音に一刀は逆に頭を抱えた。関羽団の事情はそんな訳で片付けるには聊か無理がある。下手をすれば今生の別れになりかねないのだが、義妹である所の張飛にそれを気にするような素振りは見えない。

 

 そういう気風とでも言うべきか。現代とは大きく価値観が違うと思うことがある。死生観もその一つだ。誰かが死んで悲しむのは一緒でも死ぬことそのものは普通のことと考えている節がある。現代よりも遥かに死が身近にあるのだ。治安が悪い。医療が遅れている。衛生観念が現代とは比べ物にならないし、食も充実してはいない。現代とはあらゆる点で異なるのだから死生観も違うというのは当然のことではあるのだが、二年以上こちらで暮らしてもどうにもこれだけは慣れることができない。年端もいかない少女が義姉の死を半ば受け入れているというのは、一刀にとってはとても悲しいことなのだった。

 

 曹操軍に徐州が落とされたと一報が入ってから一週間ほど。強行軍でこちらに来たらしい張飛たち三人に、県の代表として一人で面会している訳だが、仲間一人と別行動になったにしては張飛は元より朱里も静里も一刀の基準では平然としている。いつまでも引きずるよりは精神的には良いのだろうが……言うか。言わざるべきか。少し悩んだ末に、一刀は言っておくことにした。

 

「張飛殿」

「あ、鈴々で良いのだ。これからお仕えする訳だし静里にするみたいにもっと気楽でお願いするのだ!」

「解った。さて……鈴々の良い所はそのお屋敷の庭に降り注ぐ初夏の日差しのように暖かで優しく人の元気にする不思議な力を持った魅力的な――どうした?」

 

 本題を切り出す前の段階で鈴々は居心地悪そうにくねくねしだした。頬を押さえて悶えていて顔も赤い。まさか褒められて照れているのだろうか。北郷一刀くらいの立場でさえ仲間から周囲の人から身の丈に合わないお世辞を言われることなど日常茶飯事だ。

 

 鈴々くらいの立場になればこれくらいの賛辞など飽きる程浴びていると思っていたのだが。

どうにか落ち着きくねくねするのを止めた鈴々は一刀の顔にそう書いてるのに気づいてまだまだ照れくささの残る声音で答える。

 

「今まで言われたことのない言葉ばっかりだったのでちょっと……ううん、凄くどきどきしたのだ」

「そうか。次はもっとどきどきさせられるような言葉を考えておくよ」

「朱里。お兄ちゃんが想像してたのよりも大分意地悪なのだ」

「褒められてるんだから良いじゃありませんか」

 

 顔の赤い鈴々に対して朱里は何だかご機嫌斜めである。拗ねた顔のまま朱里が一刀の、より正確には一刀の近くにぴたりと張り付いている雛里を捉える。朱里の視線に気づいた雛里は無意味に一刀に半歩近づいた。私たちの距離はこんなに近いんですよとアピールをする親友にいらっときた朱里は、隣に立つ静里の袖を引っ張ると、自分のお腹を摩って首を傾げた。

 

『そろそろお腹も大きくなってるかもって言ってたけど、そんなことなさそうだね?』

 

 二つの動作に込められた親友の煽りを正確に看破した雛里はやはりいらっと来たが、それを声に出すことはしなかった。かつて寒風吹きすさぶ学び舎で共に勉学に励み、隙間風の吹き込む学生寮で抱き合って眠り寒さを共に耐え忍んだ仲である。

 

 真剣に高みを目指す以上、学園にいる際にはその立ち位置の差から嫉妬が生まれそこから陰湿ないじめが生まれたりもするが、勉学の環境としては最高であっても夏は凄く暑く冬場は凄く寒いあの環境で学んだという事実は、学園を出た後の連帯感に繋がり、水鏡学閥の鋼の結束へと繋がっていく。

 

 親友なのだ。仲間なのだ。まして紆余曲折あったがかつての念願叶って同じご主人様にお仕えすることになったのだ。ここで醜い競争心を持ち出して不和を演出し、鋼の結束に疑いを持たれるようなことはしたくない。小さな身体にも名門としての見栄があるのだ。

 

 だから見えない所で決着をつけよう。具体的には今日の夜にでも。視線でお互いの意思を確認しあう小さな先輩たちに静里は堂々と相好を崩した。良い。実に良い。かつて寮の部屋に忍び込み薄闇の中抱き合って眠る二人を見た時にはあまりの神々しさに失神しかけたものだが、小さな身体を怒らせてばちばちと視線を交差させる様もこれはこれで悪くない。

 

 それもこれも最終的には落ち着くべきところに落ち着くという信頼感あってのものであるがそれ故に安心安全の外野は楽しむことができる。そもそも二人は仲良しであったので対立することなどめったになかったからこういう機会は貴重なのだ。最優等生の二人の争いには灯里と静里以外は誰も関わろうとしなかったので特等席で見物できる。交流のある後輩としての特権だろう。これからはあまり見ることのできなかった最高にかわいい先輩たちの姿を見ることができると思うと、ここに来て良かったと静里は心の底から思うのだった。

 

「うん。ようやく落ち着いたのだ。お兄ちゃん何なのだ?」

「関羽殿のことについてだ。必ず助けるとは約束できないけど手は尽くす。だから鈴々も諦めないでいてくれると嬉しい」

「……うん。お兄ちゃんの所にきて良かったのだ。愛紗もきっと喜ぶのだ」

「一緒に出掛ける約束もまだ果たせてないしな。ともあれよろしく。早速だけど皆に紹介しよう。もう隣で待たせてあるんだ」

「何か、面白いことやってるんだって?」

「流石に耳が早いな」

 

 領地の距離があったとは言え、幹部の一人である静里は情報担当。洛陽で別れてからおよそ半年の時間があったのだから、当然こちらの内情も伝わってはいる。見れば鈴々や朱里とも情報を共有しているようであるが、紹介にサプライズがどうしても必要な訳でもない。

 

 聊か残念な気持ちを抑えながら三人を先導し県令執務室の隣――幹部用の会議室に入る。

 

「やっと来たですね一刀」

「おまたせねね。皆も」

 

 元々は中央に大きな卓がありそこに県令用の大きな椅子と幹部用の椅子がぐるりと並んでいたのであるが、今その卓は隅に寄せられていて椅子が思い思いの場所に並んでいる。壁際には大きめの黒板が何枚も置かれていて、書き物をして発表する時にはそれを使う仕組みである。

 

 一刀の席はその黒板の近くに置かれており、そこが一応上座となっている。少人数の来客の時には隣の執務室を応接に使い、大人数の時には隅の卓を引っ張り出して対応する段取りだ。

 

 一番入口に近い位置に椅子を置いていたねねが立ち上がる。并州に来てからの合流組であるがその中では彼女が一番働いていると言っても良いだろう。軍団の中でなくてはならない存在になりつつある少女を紹介しようと振り返った一刀は、雷に打たれたように硬直している静里の姿を見た。

 

「どうした?」

「いや、何でもない」

 

 挙動不審な静里は鈴々と朱里に席を用意して自分はその後ろに立つ。そんな友人の姿に首を傾げながらも、一刀は自分の席に雛里を伴って歩いていく。新たにやってきた鈴々たち、元からの一刀団、元董卓軍の面々も、こちらに合流している恋たちとそうではない董卓たちで席が若干離れている。ねねも椅子をずりずり引きずって恋の隣に落ち着いた。

 

 綺麗に区分けされたものだと思う。いつもはそれこそ思い思いの場所に座っているのだが、鈴々たちへの配慮だろうと一刀は解釈した。

 

「さっきのあれは静里ちゃんの性癖です」

 

 椅子に座ろうとする一刀にだけ聞こえるように、近くに立つ雛里が呟く。

 

「灯里先輩の話では静里ちゃんは小さくてかわいくて賢い女の子に踏んでもらうのが夢だそうでねねさんがそれをしてくれそうな人だと感じ取ったのではないかと」

「難儀な性癖を持ったもんだ。まぁ雛里は小さくてかわいくて賢いけども」

「……ありがとうございます」

「始めてもよろしいですか?」

 

 司会進行役の稟が眼鏡を持ち上げ鋭い視線を向けてくる。雛里は帽子のつばを押さえて自分の席にすっ飛んでいき、一刀は自分の椅子に背を預けた。全員が聞く態勢になったのを確認した委員長気質の筆頭軍師様は、居並んだ全員をぐるりと見まわして口を開く。

 

「さて。合同会議の前に紹介を。あちらが張飛殿、諸葛亮殿、法正殿。徐州は関羽殿の元で働いていましたが此度我らの一党に加わることとなりました」

「よろしくなのだ!」

 

 よろしゅうなーと鈴々を直接見たことはなくても姿形を伝え聞いていた霞などは気安いものであるが、赤毛で小柄くらいの情報しか聞いていなかった董卓と賈駆は鈴々の小ささに目を丸くしている。

 

「役職についてはこの後決めることとなりますが、三人とも幹部待遇となりますのでお見知りおきください」

「ご丁寧にありがとうございます、郭嘉さん。張飛さん、お二方はじめまして。私は董卓と申します。こちらが軍師の賈駆。今は董白、賈怜という名で商いをしております」

 

 気を取り直した董卓が自分たちの立ち位置を軽く説明する。

 

 商家を隠れ蓑として人を集め、この地で再起を図ろうとしていること。事実上一刀たちとは同盟関係にあり共同歩調を取るということ。月に何度か会議に参加し進捗を確認しあっていること。

 

 分かったのだ! と軽く言う鈴々に董卓は少しだけ不安そうな表情を浮かべる。本当に解っているのか不安になったのだろう。一刀も先の連合軍の時には不安に思ったものであるが、一軍を率いていただけあって理解力は高いし指示も的確だ。

 

 元から素養が高かったのもあるだろうが、義姉である関羽の教育が良かったのだろうと考えている。一緒に戦うだけでも心強かった美少女が今や身内だ。頼りになることこの上ない。

 

「で、ウチらは董卓軍から抜けて一刀のとこに移籍した組や。ウチが張遼、騎馬隊の調練と指揮担当。そっちの赤いのが呂布、今は一刀の護衛。そこのちんまいのが高順。ウチの補佐兼遊軍担当。さっきのちんまいのが陳宮。こいつが財務の担当や」

「財務と商務の担当なのですよ、霞」

「せやったな。とにかく銭勘定の担当や」

 

 ねねはむっとした表情を浮かべたが文句が口から出てくることはなかった。役割としては事実その通りだからである。今の役職に不満はあるが軍師を標榜している以上仰ぎ見ている人間からの大抜擢には応えなければならない。

 

 最低限の仕事をしたら後は恋の補佐をするつもりでいたねねを、今いる者たちの中では一番金と数字に強いと見るや一刀はそれら全ての仕事を任せてきた。詠などは一刀の正気を疑っていたが、適材適所が我が団の掟と彼は決定を曲げなかった。

 

 今の所より向いている者が現れたら恋の副官にするという言質を取っているが、しばらくそれは叶わないだろうとねねは思っている。不満はあるが今の環境も悪くはない。董卓軍に比べれば規模は数段劣るはずなのに、今の方が腕の振るいがいがあると感じているのだ。

 

「紹介ありがとう、皆。細かな立ち位置については、鈴々たちの役職も含めて後で詰めるとして、早急にすり合わせておきたいことがある。稟」

「はい。諸々問題もありまして延期に延期を重ねていた黄忠殿の州牧就任式が二週間後と決定しました。これに合わせて一刀殿が州都まで足を運ぶ予定です」

「なんだよ、もう未亡人を誑し込んだのか?」

「美人と聞いてるくらいで会ったこともないよ。元直から知らせが来てね。これを機に勢力同士の交流を深めてくれとさ」

「灯里先輩はこれが終わったらこちらに合流、ということですか?」

「そうしたいというのが本人の意向で、あちらさんとは既に話がついてるとのことだ。一緒に紹介したい人がいるけど、それは会ってからのお楽しみだそうだ」

「灯里先輩らしいですね……」

「失礼」

「なんだねね」

「その某先輩というのは徐庶かと思いますがちがいねーですか?」

「そうだよ。水鏡先生の指示だとかで、今は黄忠殿の所で働いている」

「水鏡女学院の徐庶。デキる奴だとねねの耳にも届いてます。まったく……貴様の所には才女ばかりが集まりやがるですね!」

 

 自分もその一人であるという自信に満ちた発言に、一刀は苦笑を浮かべた。

 

「その才女のもと、後は地盤を整えないとな。ねね」

「なのです。商会の売り上げは順調に右肩上がり。そこなちんこがならず者たちを抱き込んだおかげで并州東部での商売がやりやすくなりました。冀州の袁紹攻めを念頭に戦費の捻出を始め必要物資の収集を続けています」

「その商会ってのはどこの商会のことなのだ?」

「并桜商会って知ってやがりますか?」

「この州で一番大きい商会なのだ」

「ねねの商会なのです」

 

 これには張飛も大いに驚く。隣の朱里も似たような表情であるが、静里だけが神妙な面持ちである。ねねの一挙手一投足を見逃すまいとする様は流石軍師と周囲の人間を唸らせるものであるが、性癖の話を聞いた今となってはとてもそうは思えない。真面目な仮面の下に邪な願望が渦巻いているのだと思うとエリートにも色々あるのだなとしみじみと思う。

 

「ねねの話を補足しよう。抱き込んだならず者はおおよそ二百人。これは元々県や郡、州の軍には属していなかった民間の人間だ」

「話にゃ聞いてたが本当だったんだな。大将の赴任を子分になりたいって人間が待ち構えてたってのは」

「『歓迎 北郷一刀ご一行様』の横断幕を見た時には目が点になったよ」

 

 一刀の口から乾いた笑いが漏れる。自分の認識が甘かったが故の結果である。洛陽のみの流行と思われた例の講談は一刀が洛陽にいる間に帝国中に広がったそうで、恋の地元で元々彼女の人気が高かった并州では爆発的に広まったそうである。

 

 元より飛将軍が落ち延びてくるなら并州しかなく挙兵するのであれば今度こそ俺たちもついていくと思っていた潜在的な呂布軍が、ほとんど全て一刀の赴任に合わせて移動した。

 

 恋についていこうという人間だから腕っぷしも強く従軍経験もそれなりにあった。とりあえず使い物にするために、歩兵調練の責任者となったシャンに鍛えられている最中である。

 

 ならず者が二百人。それでも十分心にダメージを負った一刀だったが、それで話は終わらなかった。彼らの音頭を取ったのは一刀以外の同郡の県令と、郡の太守だった。ずらりとならんだ男たちを見て一刀ははっきりと嫌な予感を覚えたのだが、果たしてそれは的中した。

 

 彼らは皆一様に、一刀の傘下に入りたいと申し出てきたのである。理由はならず者たちと一緒である。并州というのは上も下もこんなものだと澪がフォローしてくれたが、毎晩寝台の上で羞恥に悶える生活とはこれでおさらばと思っていた身としては落胆が強い。

 

 だが集まった人間を前に無体なことはできない。講談の主人公のような人間として振舞うだけで人が使えるなら、これほど安上がりなことはない。どの道乗りかかった船である。一度かいた恥ならば大したものではないと無理やり思い込むことにして、大人物ロールに徹した結果并州東部は概ね一刀の事実上の支配下となった。世の中バカばかりである。

 

 その甲斐あって動員できる人間も資金も自由にできる土地も、当初の予定の数十倍に膨れ上がっている。これにねねの商会も含めて先の戦に備えて準備をしている訳だが、まだまだ不足は否めない。

 

「現状ではどの程度の準備ができてる?」

「一万の兵を二年てところですね。二年の間に支援を問題なく継続できるという前提でですが。冀州の北袁を相手にするには人の不足が目立ちます。商務財務の担当としては、貴様が未亡人を誑し込んで州全体を思うように差配できるようになることに期待するのです」

 

 元々負けた時の保険のために商会を作り拡大していたねねの尽力を含め当初の想定を遥かに上回る規模になったと言っても、支配地域はまだ州の二割を少し超えた程度である。徐州を含めて州を三つ取った曹操や、一つの巨大な州を支配下に置く袁紹や孫堅とは比べるべくもない。

 

 目下の目標は事実上の支配地域を広げること。支配地域をより強化すること。

 

 ねねや静里の言う通り、未亡人を誑し込むというのも十分に選択肢に入る話であるが、未亡人という単語で出てくる度に仲間たちからの視線が刺さるのを感じていた。

 

 いずれ所帯を持つことの必要性は常々説かれているのだが、その反面、女遊びにはとても厳しいのである。講談のイメージと幹部皆女性という事実から北郷一刀というのは性豪であると思われているようであるが、少なくとも幹部相手にそんな事実はない。

 

「その辺も州都で詰めるよ。州都には俺、ねね、恋と兵二十人ほどで行く予定だけど、何か意見はあるか?」

「灯里先輩と合流するなら私たちの誰かがいた方が良いように思います。州都にも卒業生が何人かいたはずですから、灯里先輩の紹介だけでなく繋ぎを作っておいた方が良いかと」

 

 朱里が身を乗り出して主張してくる。言外に私を連れて行ってくださいと力強く主張しているが、交渉事なら静里の方が適任に思える。正面の朱里と横にいる雛里。二人の熱視線を避けるように静里に目を向けると、ねねの観察を終え満足そうな笑みを浮かべていた彼女は首を横に振った。

 

「并州の卒業生とはどうにも波長が合わん。私なら行かない方が良いだろうな」

「静里なら誰を推す?」

「灯里先輩があっちにいるならこっちから人を出す必要はないように思うが、それでも誰かって言うなら二人とも連れていけと言う」

「力技だなおい……」

「当然だろう。私は二人のかわいい後輩なんだ」

「一人で済むところを二人連れていかれるのは困るんですがね……」

「私が二人分働けば問題ねえだろ? そんな訳で先輩たちを頼むぞ大将」

「ああ。大船に乗ったつもりでいてくれ」

 

 船の名前は北郷ではなく呂布であるが。何だかんだで二人で一緒にいられるのは嬉しいらしく抱き合ってぴょんぴょんしている軍師たちを横目に見ながら、一刀は一先ず目の前で親友同士が争わなくて済んだことに安堵のため息を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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