偽りのない心 ―ネメシア― 作:とある団長殿
――私は呪われているの……?
≪世界花≫よりクロユリという花の名を冠された少女は、己が持つ花言葉の意味を知り、そんな疑問を抱いた。
クロユリにとって幸いだったのは、彼女の両親はそんな≪呪い≫の花言葉を持つクロユリを自分たちの子供としてちゃんと受け入れ、目一杯の愛情を注いでくれたことだった。
しかしクロユリの故郷は害虫が原因による紛争に巻き込まれ壊滅。紛争を避けるために避難するその道中には自分に愛情を注いでくれた両親も害虫に殺されてしまった。唯一生き延びたのはクロユリだけだった。
頼りにできる宛もいなかったクロユリはリリィウッドの騎士学校に引き取られた。世界花より花の名を冠された少女は皆、各国家に存在する全寮制の騎士学校に通わせるのが習わしだったため、たとえクロユリの故郷が無事だったとしてもどの道彼女は騎士学校に通う運命だったのだが。
騎士学校に入学したクロユリは周囲から孤立していた。悲しいことだがこの甘い花の香りに包まれた
そしてそんな周囲の対応を見ていれば嫌でも理解できてしまう。自分はやはり≪クロユリ≫なのだと。呪われている存在なのだと。
だからクロユリは騎士学校に入学してからこれまで、自分から誰かに近づいていくということをしなかった。
自分は呪われているから。
自分の存在が他人を不幸にしてしまうから。
自分の中にある寂しさを押し込めて。
ずっとずっと一人で。
剣を振るってきた。
ネメシアは騎士学校に入学してきた当初から目立ってきた少女だった。
いい意味でも悪い意味でも表裏のないその性格。誰に対してでも物怖じしないその性格。
自分の理念を曲げることが大嫌いで、
「……」
そんな自分と対極の存在であるネメシアと自分が今、ベンチに並んで腰掛けている。その光景がクロユリにはどうにも現実離れした光景に見えて、思わず言葉を失ってしまう。
ネメシアに声をかけられ、なし崩し的にヤグルマギクから与えられた彼女の罰を手伝うことになってしまったクロユリ。あれからおよそ二時間あまりが経過し、夕日が地平線の向こうに沈みかかったその頃、草むしりを終えたクロユリはネメシアに連れられ、騎士学校を出た。道中にあるリリィウッドの人気洋菓子店である≪ミツバチ屋≫にて名物である蜂蜜ケーキを二つ買い、今に至るという訳だ。
そんなクロユリをよそに紙袋から≪ミツバチ屋≫の蜂蜜ケーキを取り出したネメシアは、とろーりと蜂蜜クリームがたっぷりかかったケーキをクロユリに差し出す。
「はい、これ」
「え……?」
「約束したじゃん、草むしり手伝ってくれたらケーキ奢るって」
「で……でも……」
こんな風に誰かと話すこと自体、久々だったクロユリは差し出されたケーキとネメシアをしどろもどろに交互に見つめる。
そんなクロユリを見たネメシアはムッ、と目を細めると次の瞬間強引にクロユリの口にケーキを突っ込む。
「むぐっ!?」
途端、口の中に広がる蜂蜜と生クリームの甘ったるい風味。突然のネメシアの行動に目を見開きながらもクロユリは反射的にモグモグと咀嚼してしまう。
何をする! そんな視線を向けるとそこにはにっこりと無邪気な笑顔を浮かべたネメシアの顔があった。
「美味しい?」
「う……うん」
「そう、よかった」
もう一度微笑んだネメシアは、自分もまた買っていた蜂蜜ケーキを大口開けて、かぶりつく。
「うーん、美味しい! やっぱミツバチ屋の蜂蜜ケーキは定期的に食べないとダメだよねーっていうか、食べないと人生の半分は損してるよ」
「……」
幸せそうにケーキを頬張る彼女を見て、お腹を刺激されたクロユリは、手の中に残ったケーキをもう一口かじってみる。そんなクロユリを見て、ネメシアは嬉しそうに微笑む。
「そうそう、それでいいんだよ。クロユリのお陰で随分助かっちゃったんだから。お礼を受け取ってくれないとね。……じゃないとこっちの立場がなくなっちゃうっていうかなんというか……」
「……」
なんの偽りもない、なんの悪意もない笑顔を向けられたのはいったい何時ぶりのことだろう。
向こうはただ草むしりのお礼をしているだけかもしれない。それでもクロユリはこんなにも純粋な笑顔を向けられたことがなかった。
そう、害虫に両親を殺されたあの時からは――。
「……ねぇ、アレ」
「……クロユリさんとネメシアさん? どうしてあの二人が一緒に?」
「……ネメシアさんも物好きよねー。
風に乗ってどこからともなく聞こえてきたその言葉にクロユリは目を見開く。はっ、と声のした方を見るとそこには見覚えのある騎士学校の制服に身を包んだ三人組の生徒たちの姿があった。
「……あっ、ヤバ! 目があった!」
「……は、はやく行こ!」
クロユリと目が合った途端、何事もなかったかのように――けれどもどこか慌ただしくその場を逃げるように立ち去っていく彼女たちを尻目にクロユリは項垂れる。
同時に自分と同じ場所にいることでこの隣に座る少女にも迷惑をかけてしまうのではないか? ――そんな思考が脳裏を過ぎったその瞬間、クロユリは半ば反射的にベンチから立ち上がっていた。
「ん? ほうふぃふぁほ?」
ケーキを頬張ったままきょとんとこちらを見てくるネメシアに申し訳なくて、クロユリは思わず視線を外してしまう。
「……ケーキありがとう。だけど、もう私には近寄らないほうがいいよ」
どうにかそれだけを言って、クロユリはネメシアの反応を見ることなく駆け出す。
そう……自分の名は≪クロユリ≫。≪呪い≫の花言葉を持つ花騎士見習い。
どこまで行っても自分は……周りを不幸にすることしかできないのだ。
その事実が悲しくて――寂しくて。
「ウグッ……」
嗚咽が漏れそうになるのを堪えながら、茜色に染まるリリィウッドの街並を、逃げるようにクロユリはいつまでも駆け続けるのだった。