今日は屋上で専用機持ちが多数集まっての、昼食の最中である。
シャルル以外の人達3人は皆弁当を持参。そしてその3人より一夏に弁当をあげていた。
景斗は購買で買ってきた惣菜パン3つを手にして、その光景を眺める。手に持っているパンが急にみすぼらしく感じられたのは錯覚ではない。
「はぁ。羨ましい。一夏のヤツはいいねぇ」
「凄いね彼女達。皆いつもあんな感じなの?」
「うん」
その輪から心理的な距離を多少とった所に、景斗とシャルルが位置している。
「転校してきて知り合いも何もいないから大変だよな。それに周りは女子ばっかだし」
彼の地元からこの学園に入学できた生徒は一人もいない。女子でも顔見知りがいれば、心理的な負担は大間違いなのだろうが。
幼馴染と学校で再開できる一夏には、二重の意味で羨ましいと感じる景斗。彼は彼女など作ったことはない。
「景斗と席が隣で良かったよ」
転校生ということで必然的に座席は後ろになる。一夏は最前列より動いてはいないので、授業中は蚊帳の外だ。
「ありがと」
パンを口に放り込みつつ、そう答えた。
「でも、同じ男子なのに僕だけ部屋が別なんだよね。どっちかがルームメイトになってくれればいいのに」
「奇数だから仕方ないよな。2人部屋だもの」
男子は特例で、特例に大衆が合わせることはそうそう無い。故に3人しか存在しない男性操縦者のために部屋を改造することは無い。たった数年しか在校しないのだから尚更であった。
「でも退屈はしないよ。見知らぬ女子は遊びに来るし」
シャルルは転校直後の彼のように個室が与えられた。知らず知らずううちに山田先生は部屋割りの問題を解決しているのだ。
「やっぱり引っ越しの挨拶ってしたほうがいいのかな? 日本人はそういうの大事にするって聞いたけど」
「うーん……挨拶しに行って日本人じゃありませんでしたなんでザラだろうしなぁ」
最も、彼自身が挨拶を行っていなかったことに対する言い訳でもある。
「それはあるね。僕と同じフランスから来た子もいるみたいだし」
「あったら挨拶する程度でなんとかなってた……と思いたい」
「景斗、シャルル。なに2人でずーっと話してんだよ」
ずいと顔を近づけ、一夏が割り込む。あちら側の会話は滞りなく進んでいる――わけでは無いらしい。
「場違いな俺を無理やり連れてきたのはオメーじゃねぇか」
「場違い? 食堂でも集まる面子じゃないか」
「食堂で食う飯とは意味合いが違うだろ!」
彼女らの手作り料理に一夏は価値を見出していないらしい。頭の上に疑問符を浮かべている一夏に、景斗は呆れずにはいられなかった。
「すみません景斗さん。折角ここまで場面を整えてもらいましたのに」
「謝らなくてもいいのよセシリア。こいつだって断れずにノコノコついてきたんだから」
鈴の放つ言葉は少しばかり、彼の気にさわるものだった。だから、景斗は一夏の肩に手を回し、彼女に見せ付けるために言うことにした。
「なあ一夏。気が変わったから今日の放課後しようぜ。模擬戦」
「いいぜ。久し振りだな、3週間ぐらいか?」
「ちょっと景斗! 今日は私が一夏と特訓する予定なのよ!」
気が付けば一夏も腕を回し、お互いに肩を組み合っている。景斗側から一夏に仕掛けるのはとても珍しい出来事だ。
「一夏もなに勝手に許可してんのよ!」
「でも、景斗が珍しく誘ってくれたんだし……」
「一夏はこう言ってっぞ。そのへんどうなんだ鈴」
「黙ってなさい、そこのモジャモジャは!」
負けん気をむき出しにして彼女は吼える。強気な姿勢を一切崩そうとしない姿には、彼女の意志の強さが伺える。噛み付かれそうだ、と景斗は薄っすら感じた。
「はいはいおちょくってすみませんでした鈴さん。放課後の特訓に合流できるのは1週間後ぐらいだから」
「謝り方に誠意が足りないわ」
「じゃ土下座しよう。俺の土下座は安いぞ」
言いつつも姿勢を崩そうともせず、彼はパンを口に運ぶ。
「景斗と鈴はずいぶんと中がいいのだな」
「まあ、しょっちゅう男部屋には遊びに言ってるしね」
「鈴も中学の頃と変わってないしな。弾に言ったらニヤニヤして、こう――」
身内話が盛り上がる。話すネタがない景斗は紙パックの紅茶を開け、ストローをさした。ふと、周りを見渡すと、シャルルと目が合った。
「ん? どうした、シャルル」
「みんな仲がいいんだなぁって」
「あああ、ごめん。なんだかこっちだけで盛り上がっちゃって」
男性として扱うと一度心に決めてしまえば、このように接することは、彼には容易なことである。一夏ほど積極的には付き合わず、一線を引いていることを悟られない付き合い方――普段どおりクラスメートの1人として付き合っていけばいい。
まだ転校してから幾日もたってはいないのだが、一夏が執拗に着替えを迫ったりする片鱗は見られない。同性に対する欲求はほぼ解消されているのだろう。
(3人で仲良く風呂に入ろうなんて言い出しかねないけどな)
シャルルが嫌がったのなら、一夏を説得する方法もないわけではない。説得の際には2対1になるのは確定なので、ゴリ押してしまう魂胆だ。
結論としては――このままシャルルはスパイとして泳がせておこう。
注意すべきは首から下がるこのドッグタグのみ。机に備えられた端末は、学園備え付けのものなので機密情報は一切詰まってはいない。見られて困るのはインターネットの履歴のみ。
(気が付いたら……なんてことは避けたいな)
何をどうやって情報を盗み取るかなんて、想像が困難なレベルで彼にはわからない。四六時中ピリピリ警戒するよりも、予防線を一本張ったほうが、精神的にも肉体的にも負荷は少ない。
スバイとしてシャルルが動くのは何時の話になるのだろうと彼は考える。信頼させ、懐に潜り込んでからだろうか。男性としての気構えが全然できていない所を鑑みるのなら、短期に動く可能性も無いわけではない。
周囲の会話を耳に入れつつ、甘い紅茶をチビチビと飲む。もう少しばかり思いめぐらせよう――とする動きは、隣から聞こえる声によって霧散させられてしまう。
「ねえ、景斗、一夏」
「なんだ、シャルル?」
「ん?」
景斗はストローを加えたまま、シャルルの声に応じる。一瞬だが心臓の鼓動が高まったことを、彼は自覚した。深く考えすぎだ、と自分をで自分に言いきかす。自己暗示の類である。
「迷惑じゃなかったら僕、部屋に遊びに行っていいかな?」
「ああ、いつでも来ていいぜ。大丈夫だよな、景斗」
「大丈夫大丈夫。いつでもうぇるかむ」
懸念している問題なら1週間ほどほっといても構わないだろう、との考えより生まれた言葉であった。
「ありがとう。何時頃なら空いてるの?」
「放課後は訓練だから、夕飯食べ終わった後に集合な」
「異議なーし」
____
そして日は暮れる。
「ただいまー」
「ただいまー」
「おじゃましまーす」
夕食を終え、男部屋に集まる3人。一夏と景斗は各々の椅子に座り、シャルルは窓側のベッドに座り込んだ。
「ふぅ。今日も騒がしかったね。もしかしてIS学園っていつもこうなの?」
「ははは、単にシャルルが来て浮き足立ってるだけだよ」
「その通り。一過性の熱だから、きっと慣れるから安……心してね。うん」
自分の発言ほ省みて、女子だらけの環境にすっかり慣れてしまっている自分がいるのに気が付いてしまった彼。思い返せばIS学園にそれほど悪い印象を抱いていないことにも気が付く。
(IS学園の特徴全部取り去って考えれば、かなり住み心地はいいんだがな)
設備への金の掛かり具合や一切年季を感じさせない近代的な校舎など、長所を抜き出せばいくらでも評価できるのだ。
彼は思う。男友達やなじみの知り合いがいなくて、一夏を除いた周囲には女子しかいない点と、旧セシリアの様な女尊男卑主義を掲げているの存在と、自分が世界を変えてしまうかもしれないことを考えなければ、いい場所だな、と。
学園の目玉ともいえる項目を抜き出した残りカスに、彼は掛け値なしの賞賛を送る。
「それにしても、やっと男3人だけになれたな。教室とかだとチャンスがない」
「お前は男子校に入ったらいいと思う。飢えすぎだ」
どこにいってもその手の女子はいるもので、食堂でも彼はそれらに心底うんざりさせらているのも確かだ。共感できない感情ではなかった。
「それでさ、さっきの話で聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」
「放課後にやってる訓練の話だよな」
夕食中には3人で雑談を楽しむ予定だったが、例の如く女子が集まる集まる。予定調和とも括れるこの事象を忘却していたのは、彼の気が抜けている証拠であろう。
「僕も専用機持ちだから、その訓練に加わってもいいかな。きっと役に立てると思うよ」
「そうか、それは助かる。なあ景斗」
「良かったな一夏。その専用機ってたぶんリヴァイブだよな?」
「そうだよ。結構カスタムしてるけどね」
学園にある訓練機を思い出す。一度しか動かしたことしかないが、批判できる点は今でも見つからない。誰でもそれなりに戦える機体だと、彼は覚えている。
「代表候補生が使う汎用機だぜ。ボコされるがいい、一夏よ」
「えーっと、そんなに期待しないでね。それほど強いと思ってないし……」
「景斗と一緒に訓練すればいいんじゃないか? 同じ汎用機だ」
一夏は景斗を気づかい、景斗は一夏にシャルルをぶつける気でいた。どちらもシャルルを押し付けあっているように見えるが、本人らにその気は全くない。お互い、シャルルの手を借りる気はなかった。
「ごめん、ちょっといいかな。お昼から言ってたけど、2人は一緒に訓練してないんだ?」
「うん」
「理由を聞いてもいいかな? 喧嘩してるわけでもないんでしょ?」
「打倒一夏のため。いつの間にか逆転されちゃった」
シャルルとラウラが転校してくる少し前に、景斗は一夏に敗れ去った。
何度も再戦を試みても力関係は翻ることはせず、そのたびに敗北の味を思い知らされ、唇を噛んできた。
現在、景斗は専用機持ちのなかで、最弱と化している。もともと、男2人でドベの押し付け合いのような有様だったが、状況はそう甘くはない。それだけでは今の景斗は努力を始めるようなことはしなかっただろう。
一夏は回避や間の詰め方、攻撃に移るタイミングに、短期的な決着の付け方を身につけ、学園内でもそれなりに通用する腕前を身に着けていたことが、彼を動かす大きな要因になっている。
接近戦主体の箒は激しい剣戟のすえにねじ伏せられ、射撃主体のセシリアは、彼の初陣を再現するように切り伏せ、鈴が撃ち出す不可視の砲弾をものともせず、長所である燃費の良さをあざ笑うかのように10分程度でケリをつけた。
「それは今まで俺が味わってた気分だっつーの。やっと勝てたんだ、次も勝ってやるさ」
もちろん、これはワンオフアビリティーである零落白夜に頼った戦い方であり、多少の技術を身に付けた程度の素人の戦い方でもある。だが、その圧倒的な超火力は、学園で行われる模擬戦でも十分に通用し、代表候補生すら凌ぐ。
「なら、景斗は別の場所で訓練してるの?」
「別のアリーナで1人、自主錬してる。基本動作とか。泣けるぜ」
もっとも、1人でのトレーニングをしている生徒は他にもいて、彼はそれほど大きな疎外感は感じてはいない。だから、自虐的な響きは大して伴ってはいないのだが、それは
「なら、僕と一緒に練習しようよ。一通りのことはできるつもりだから」
ぐいと顔を近づけられ、2人での訓練を持ち掛けられた。景斗はこの手の直球に対して耐性を持っていない。彼は思考回路が回らなくなってくるのをじわりと味わい、自分の体温が上昇したのを自覚した。
彼がたった1人で練習している理由については、無様な練習風景を恥として捉え、知り合いを避けていること。
箒、セシリア、鈴に一夏との交流を邪魔しないように取り計らっていること。最も、自分自身がいなくとも関係は大して進まず、平行線を辿っていることも事実で、そんな取り計らいなど不要ではないかとも自問している。はた迷惑なお節介にしかならない、自己満足の行為ではあるが、彼自身、一夏が主人公の物語において『自分は異物である』と自覚しており、どこかで時たま彼の行動にブレーキをかけていた。
最後に、1人だけの環境がそれほど苦痛と感じてないこと。一夏との同室前にいた個室を聖域と称していたことや、ドアの向こうの空間に長時間入り浸っていることを鑑みれば、なんらおかしいことではない。
「え、ええと。ど、どうしようか?」
目が泳ぐ。誰がこの誘いを断れようか。彼には断るという選択肢は選ぶことはできない、意外と根は優しいのだ。
そして、曖昧に返した返答は、否定と解釈された。
「……ごめん。いきなりは迷惑だよね?」
「教えてもらえばいいじゃないか。何が駄目なんだ?」
「えーっと、ちょっと一夏は黙れ。いいんだけど、それで構わないんだけど――」
一夏に全て放り投げたくなる気持ちを抑え、突き放す。
「わざわざ俺に付き合って貴重な
よくよく嘘がすんなりと浮かぶな、と彼は思う。一夏を頑張って振り切ってからのボッチ生活をここ数週間、彼は続けているのだが、たった今感じているのは空虚さだけであった。
「僕はそれでも大丈夫だよ」
「むむむ……」
メンタルは強いようで、すんなりとは行かない。彼女もフランスでの生活を手放し、ここにいるのだ。覚悟の度合いが違う。
だから、断らずに、中間的選択肢を彼は提示する。
「やっぱり皆で一緒に訓練しようか。いつものメンバーにシャルルを加えた6人で」
「え?」
疑問を声に出したのは一夏だ。
「景斗。昼に1週間後って言ってたけど、いいのか?」
「もういいわあんなもの。今ちょっと寂しいわ」
1人勝手に言い出し、1人で勝手に収束させた。このプチ家出未満の拒絶反応に関わった人物は意外と多い。
「そんでもって、行っても構わないよな。一夏。シャルルも」
「いいぜ」
「うん、僕もいいよ」
聞こえた返答は肯定。
「なら明日の放課後に」
セカイドシフトは悩むぜどうしよう