授業と授業の境目に存在する休み時間、開始早々2人の男子は廊下に躍り出た。次の授業に遅れていい理屈はない。
この学園には男子生徒用のトイレという設備は存在していない。男が使うことができるトイレは限られた場所にしか存在はしていなくて、教室からはそれなりの距離がある。そのため、休み時間を捨てなければ、トイレの利用は難しい。
2人はトイレに向かっていた、所謂連れションである。
「そんでさ、この前の日曜日。久し振りに弾っつー友達の家に行ったんだ」
「へぇ。なら、ここから近いんだ」
男2人で談笑をしながら仲良く廊下を進む。このときばかりはコバンザメの如く随伴する女子も寄り付かない。
「なにやっていたの?」
「IS/VSの対戦」
一夏は久々に外出をしたようで、嬉しそうに体験談を語る。ミグラント所属の景斗はたびたび外出をしているので、心底同情した。
「中学の頃はほぼ互角で、勝ったり負けたり。でも、久し振りに対戦したらさぁ」
「勝ちまくったんだろ?」
「もうそんなんじゃない、一回も負けなかった」
一夏は声のトーンを下げ、真顔で言う。対戦相手はほぼサンドバック状態だったのだろうと、景斗は想像する。
「リアルファイト手前だろそんなん」
「景斗には全然勝てないのに、腕はかなり上がってて。2人で驚いてた」
「それ驚きの種類が違うって」
片や自分の上達具合に驚き、片や手も足も出ない状況に驚く。なんとも悲惨な状態だったのだろう。
「じゃ、今日の寝る前に対戦するか」
「他のがいい」
「えー。ボコさせろ。ISの恨みをそれで解消するんだ」
「大体景斗は練習し過ぎだっての。どんだけやってたんだ」
「アケ勢だもの。しゃーない」
もちろんIS/VSにアーケード版は存在しない、彼は他の格闘ゲームのアーケード勢である。引き篭もり体質のゲーセン通いだ。そうそう彼に勝てる人間は存在しない。
部屋で遊ぶ際に、IS/VSの対戦を持ちかけたのは一夏だ。景斗はIS/VSには触れたことはなかったが、戦闘システム自体はは他のゲームとほぼ同じなので、コマンドを覚えたばかりの景斗に、一夏が惨敗したことは言うまでもない。
その後、度々対戦を繰り返すが、対戦の体をなしていないほどに実力差が開いていた。学園内の人間の悉くは格ゲー未経験者、満足するような対戦などできやしなかった。なので景斗がテクニックを教え、一夏も学習し腕を上げる。景斗はライバルとなり得る存在を自分の手で育てるというラスボス的思考にたどり着いた。
その結果、弾はサンドバックに。一夏はたどり着くところまでたどり着いた。でも景斗には未だに勝てない。最近はもっぱらオンラインで対人戦か、他のゲームに移行している。楽しければ何でもいいのだろう。
「新しいソフト買ったきたから。今度鈴来たときにやろうぜ」
「どんなの?」
「ホラー。ちょっと俺にはヤバイレベルのやつ」
「怖いの苦手なんだろ? 何で買ったんだ」
「めっちゃ怖いって聞いたから好奇心でついつい……」
彼は幽霊や不気味なモンスター、過度のグロテスク表現などの恐怖演出がてんで駄目である。自分自身か魔法近いという非科学的な存在のくせして心霊スポットにもまともに行けない。お化け屋敷も、その場の空気を壊してまで逃げたがるほどのビビリ。
ちなみに購入したソフトはモンスターに対して全く攻撃手段を持たず、逃げたりやり過ごしてその場を凌ぐタイプのゲーム。彼は一夏の背中に隠れ、ビクビクしながら見る予定である。
「俺たちがやってるのを見るのか? 自分で操作してれば結構怖くないぞ」
「人のプレイ見てるのって結構好きなんだよ俺」
彼は一部のジャンルに属するゲームをとある事情でまともにプレイできない。そのため他人のプレイを見て楽しむ方向にやむを得ずシフトする形になってしまった。
話は弾む。呆れるほどの倍率を潜り抜けてきた才女、留学生の多いこの学園では、おいそれとインドアな趣味の会話はできない。似たような趣味を持つ子もいるにはいるが、何処か話がズレてしまい、性別の壁はやはり大きいと実感する景斗であった。
そうこうしてトイレまで後数十メートルと来たところ、一夏はなんの起伏もない、真っ平らの地面で突然つまずいた。
「わぁっ!」
一夏は重心を崩す。反射的に地面に手をつこうとしたわけではない。ヒトの反射に抵抗してまでとっさに手を伸ばした先にあったものは、壁でもない。
隣に歩く景斗だ。裾出している彼の制服をめくり、腰のベルトに手をかける。
「うぐっ!」
ズボンと共にシャツも引かれ景斗の首が絞まり、奇声を上げた。
「あっぶねーー。焦った」
「さっさと離せ、俺の首が絞まってるから」
幸いベルトはずれない程度には閉められていたので、ズボンが落ちるようなことにはならなかった。しかも、男専用のトイレ前なので他の人影は無し。どうあがいても騒ぎにはならない。
景斗であったからこその終着点である。
「悪い悪い。なんで転んだんだ、俺?」
「どうでもいいが、転ぶなら人に……俺に迷惑をかけるな」
「何故言い直した!?」
この後2人で仲良くトイレに入った。授業には遅れた。
____
今日のアリーナの一角の男女比は1:1。そのうち専用機持ちが5人という豪華な面子で、唯一量産型ISを操る少女はISの発明者の妹である。部活も休みで、珍しく全員が集合していた。
「僕も今日から訓練に参加させてもらうことになったから、よろしくね」
「1週間前倒しでこちらの訓練に戻ってきました。ごめんなさい」
笑顔でシャルルは挨拶をした。景斗は神妙な面持ちで謝罪をした。お辞儀の角度は75度、まるで謝罪会見だ。
「どの面下げて戻ってきたのよ」
「いやもうホント、ナマ言ってサーセンした!」
そして、鈴が露骨に嫌な顔をされた。前日にからかったツケだと彼は反省する。弁解できる隙など微塵も見当たらなかったので、頭をひたすら下げまくる景斗である。
「それで、腕はどのくらい上達しましたか?」
「大して上がっておりません! だったら皆でワイワイやってたほうが楽しいかなと思ったのです!」
彼は声を張り上げた。完全に体育系のノリになっているが、本人はいたって真面目である。だがそれも一過性のもの、しかも短期的な。
頭を下げる最中、1秒にも満たない時間だが沈黙がその場を支配した。ふと彼はハイパーセンサーを使い周囲を見渡す。その行為は主観視点から客観視点に移行するきっかけになり――
(俺。何やってるんだろ)
自分の姿を省みたとき、今までの行動の全てが間抜けに感じ、誠意が霧散した。一言で纏めると冷めた。
「情っけないわねぇ。よく堂々とそんなことが言えるね」
「こんなテンションじゃないとやってけねー。結構精神的に楽なのよこれ」
「急に口調変えてんじゃないわよ」
「べー」
舌を出す。こうして普段通りの馴れ合いに終結した。
隣で箒があきれている。対象は学生特有の空気ではなく、もっと根本的なものに対してのそれである。
「嘘をつくな景斗。良い動きをするようになったと聞いているぞ」
「えっ」
声を発したのは一夏である。同室の彼も景斗の自主練の成果を聞かされてはいない。
一夏に対抗するための訓練であり、一夏の目と鼻の先で成果を発表することを避けている。だが、学園内に話した人物はおらず、外部に数人存在するだけであった。
彼による悪意すら感じられるほどの謙遜振りは、学園にいる誰に対しても発揮され、身近にいる一番心を打ち明けているメンバーにもこの有様だ。信頼度は中学時代の友人らには程遠い。
「箒、それって本当か?」
「ああ。私も人づてに聞いた話なのだが」
女性の噂話は男性の3倍のスピードで伝わるというのは本当らしく、一夏をスルーして箒に伝わった。女子の誰かが景斗に気を使ったのだろう。
「景斗」
「さぁシャルル。俺たちは訓練してようか。時間は有限なんだから」
「えっ、この空気のなか抜け出すの?」
背を向けて輪の中から抜け出そうとするが、一夏に肩をつかまれた。しかし、ISのパワーアシスト任せに足を進めた。
「えーっとね。念のため聞いておくけど稼働時間ってどのくらい?」
「シャルルもそこで続けるの?」
ここぞとばかりに景斗の攻略を進めるシャルル。
「昨日でやっと60時間です。ちなみに一夏はどんぐらい?」
「80ぐらいだけど……無視ですか」
やはり学園にいると四六時中ISに触れられるので、稼働時間の伸びしろは大きい。専用機を持っているならなおさらに。
「射撃の腕を見てみたいから、ターゲットを出してみるね」
宙にハニカム構造じみたターゲットが十数個展開される。配置はランダムで、数も多い。難易度は高めのようだ。打ち抜くために選択した武装はオックスアイとランポード。定番中の定番を構え、引き金に指をかけた。
一発、二発、三発と、両手に持つ二丁の銃が火を噴く。狙い定めた初弾はターゲットの中央に空白を作り、続けざまに出鱈目に配置された標的の中心を、ごく当たり前のように打ち抜いていく。連射速度の違う2つの銃で効率よく射抜く姿は、彼がいよいよ慣れてきた証であった。
急ぐように腕を運ぶ。徐々に着弾点が中心よりズレ始め、ついに中心を外してしまった。だが、休んでる暇はない。腕の動きに気を留め、最後の1つになるまで、彼は引き金を引き続けた。
「これだけできれば十分。射撃は得意なんだ」
「惜しい。一個ずれちゃったな」
シャルルと一夏より評価が下る。彼は的当て程度なら高いスコアを出すことができる。観察されるように視線を向けられたためか手元が狂ったのだが、周囲に上達していることを理解させるには十分すぎる結果だ。
「それ貸してくれないか。再チャレンジしたくなってきた」
以前一夏にランポードを貸し、撃たせたことがあった。結果は散々足るもので、それ以降銃を撃ちたいなどという事はなくなった。
なんせ銃床が存在していないので、発砲時の跳ね上がりを抑え込むことができない。片手で運用することが前提となって作られているので、立ち撃ちの姿勢も作ることもできない。それは白式があつかう武装ではないのだ。
「白式を脱ぎ捨てるほうが先だ」
「浮気はできない」
「雪片弐型はいいのか」
浮気という単語に反応する3人。一瞬空気が凍りついたが、シャルルは気がつかなかったようで、訓練を続行した。
「機動は?」
「成長過程なんです。得意分野が見当たらないのが最近の悩みなんです」
特化する項目が存在しない機体なのだから、彼の着眼点は間違っている。それにはまだ気がついてはいないようだ。
「とりあえず動いて見せて」
「うん」
徐々にブースターの出力を上げる。その始動は何処か頼りない動きで、綱渡りを見るような危なっかしさを周囲の人間に抱かせた。まるで初心者のようだと。
そんな危なっかしい動きはすぐに収まり、安定した機動に移行する。そして、授業で使うような基本的動作を一通り試した後、5人の元に降り立った。
「なんか気がついても言わないでください」
「ちょっと動きが速くなったとか?」
「言うなって言ってんだろ一夏。しかもちげーし」
代表候補生の彼女らは気がついたようだった。セシリアが口を開く。
「もしかして、ここ最近は全てその訓練だけに時間を裂いてきたのですか?」
「うん、まだまだ荒削りだけど」
「あの短期間なら十分すぎますわ」
「動きだけだよ。戦闘に還元できるかは別だって」
一夏に分からない程度にはぐらかした。
「やっぱり俺にはスパルタ訓練が似合う。塾通いしないとダメなんだわ」
彼は自身のスペックを把握してはいるのだが、天才であると自惚れたことは一度たりともない。いくら努力しても追いつけない人種がいることは分かっている。けれどもそれは、自分を高める努力を怠けてもよい理由にはならない。
「鈴さん。私たちは模擬戦でもしてましょうか」
「オッケー」
以上でお披露目は終了となる。各々は自分の訓練や、模擬戦を開始し始めた。
「箒、今日も頼むぜ」
「零落白夜は全て防ぎきってやる。覚悟しろ」
「次はどうする。シャルル」
「一度手合わせしてみようか」
訓練後、自分が一番周囲を振り回していることに気がついて、彼は大きなため息をつく。立つ鳥跡を濁さずと言うが、彼ほど壮大に水を濁し、飛び立った後にも厄介ごとを作るヤツは希少だ。悪気がない所など、さらに始末が悪い。