土日で行う学園外の訓練は泊り込みで行われている。
休日にも関わらず当たり前のように仕事を行っている社員らを見れば、労働時間が週40時間を超ええていることが容易に分かった。実際、終電帰宅に泊まりや徹夜仕事も多く、プライベートを捨て、半ばここに住んでいるような人間も少なくはないという。若い人材も多く、その若さゆえか研究室の床で寝ている人もいる。
我を忘れて仕事をすすめていくので必然的に残業時間が増えていく人間が非常に多く、また、社風も実力主義であり、完全に仕事人間じゃないとやってられないような会社であった。入社した人間がほとんどはISに強いあこがれを抱いており、このような社風の会社にしてはさほど離職率は高くないのだとか。
ただ、プライベートな時間を取ることは非常に難しく、膨大な量の残業代が加算された給料の使い道に皆困っている。家庭を持つ人間はまだしも、独身の場合は手に負えない。
部署同士の風通しは非常に悪く、全体的な仕事量に偏りが生じており、暇を持て余している人間が存在していることも確かである。
企業の内部を動きまれば様々な発見があった。落ち着いた外観の社内食堂やスポーツジムにスイミングプール、リラックスや昼寝をするための休憩スペースも用意されていて、誰かが持ち込んだであろう据え置きゲーム機も設置されてある。
訓練開始直後は遠慮して近くの安ホテルやネットカフェで一晩を過ごそうかと考えていた彼だが、今では堂々と休憩室に設置されているベッドを使用している。ヘタに遠慮するよりも図々しく居座ろうと開き直った結果であった。
仕事もきつく、ISという人の生死に関わる兵器を扱っているが、給料は良く福利厚生もしっかりしてる企業というのが彼の抱いたイメージで、とどのつまり、ここは紛れも無くブラック企業であった。
学園で煩わしい外泊許可を、いちいち取って毎週足を運ぶほどに心地良いと感じていた。周囲の人間のほぼ全てが女性という環境は、当たり前だが彼にとっての最大のストレッサーである。
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日曜日の夜。日は完全に沈み夕食を済まし終えた頃合に彼は学園に戻ってきた。寮の廊下ですれ違う少女らと軽く挨拶を交わし、自室へ向かいのんびりと歩く。
お土産にとテストパイロットとしての仕事も持たされた。自分が仕事の発生源となっていることに、最近ようやく気が付いた彼。これも日常と化しているので思うところはあまり無かった。何時、何処かで自分が仕事を増やしてようがそれに何かできるわけでも無く、深く考えないようにしていた。
つまり彼はぼーっとしていたのである。気を向けていなくても入ってくるような会話も今の彼には入ってこない。
そして部屋にたどり着き、扉に手をかけた……が、開かない。鍵がかかっていた。
ガチャガチャと音をたて、扉を開けようと試みる。中にいるであろう一夏に講義する意味合いが強い。ノックも織り交ぜ、さらに騒ぎたてる。ここまでの執着を見せるのはもう一人の部屋の主しかいないと思わせるために。
不在かと思い、織村先生にマスターキーを開けてもらおうかと思い始めた頃合になって、ようやく察したのか扉が開いた。ただし、不完全に。
「おい馬鹿、一夏。チェーンも開けろや」
「帰ってきたばかりだけど、ごめん景斗。もう少しどこかで時間潰してくれ」
再び一夏は扉を閉めようとする。だが扉は閉じられることは無かった。
「ちょ、足挟むな」
「入っちゃいけない理由って何?」
「ごめん、言えない」
確実に訳有りであった。
「なんか俺の私物壊したのか」
「違うって」
「じゃなんだって、なんで言えないのよ」
「これは俺だけの問題じゃないから、ホントにごめん」
今の一夏の発言は間違いなく失言であった。景斗はそれに気が付いた。
「……誰か中にいるな?」
「えーっと。誰もいないって」
もうこうなっては一夏の発言に信憑性は無い、何もかもが嘘に聞こえる。そして実際、一夏は嘘をついている。
「ちょくちょく扉に力入れるのやめて。足痛い」
「じゃ、足をどかせばいい」
「それは無理だ」
我侭と我侭のぶつかり合いだ。譲り合うにのは情報が足らず、一夏は情報を出せない立場にあった。
そしてなによりも、今の景斗は大人気なかった。
「一夏、白式を展開してくれ」
一夏の手首にあるガントレットを確認して言った。
「レーザーライフルなら反動が無いから、部分展開したままでも撃てるんだってさ」
「え?」
「お前が死んだら国際問題でしょうが。ほら速く」
もちろん彼に撃つ気は無い。ただの脅しである。
一夏が確認できるようにISを展開し、カラサワを取り出す。チャージしたら暴発の可能性が上がるのでしない、というかそもそもトリガー自体に指をかけていなかった。
「待て待て、正気か景斗」
「5秒数えるうちに展開しな。5、4」
慌てて一夏は扉を開けた。扉を壊されては敵わないし、周囲への被害も避けるにはこの判断が手っ取り早かった。それに、一夏は景斗を信用していることもあっての開放である。
「3」
「ほら開けたから銃を締まってくれ」
「2、1」
「ちょっと、開いてるって。カウントやめて」
「分かった」
「えぇー」
ここで冗談だったとネタばらし。
「銃突きつけて何言ってやがる」
「まぁ、そうだよな」
中を確認する方法なんて、人に聞くだの魔法を使うだのあるはずなのに、強行手段に出たことを彼は後悔する。
「景斗なら言っても大丈夫だ。……きっと」
「え?」
そう聞いたときには、すでに遅かった。進むことをためらうほどの時間はあまりにも短く、足を止めたときには既に戻れない場面に出くわした。
IS学園にいる人間のほとんどが女子だということが、すっかり頭から抜け落ちていた。密室で女子と2人きりであったということは、下手をしたら事後ということすらありえた。一夏にかぎって……とも思えるが、いつそうなってもおかしくは無い。
そこにいたのはシャルル・デュノアではなく、ジャージのファスナーを下げ、女性の特徴をあらわにしたシャルロット・デュノアであった。
「ええっと。はじめまして、でいいのかな……シャルロット・デュノアです」
「……マジかよ」
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「おい景斗、ちゃんと話聞いてんのか?」
「ちょっと待ってくれ、頭の中を一旦落ち着けたい」
一夏とシャルロットが事の顛末を説明しているが、景斗の頭の中にはほぼ入ってこなかった。動揺が彼の脳を支配している。
早い、いくらなんでも早すぎる。転校から2週間もたたないうちに男装がばれてしまうなんて。彼の存在により接触する時間は少ないはずなのだが、なぜこのような状況が生まれたのだろうか。
「いきなりこんな話をされても飲み込める訳無いよね……ごめんね、騙すようなことしてて」
「いやもう騙す騙されたとかはどうでもいいから。そんなことよりもっと大切なことがあるでしょ」
驚いたことに、まだこの段階では解決策が出ていない。一夏が言う予定であった特記事項も出ていなくて、出ている案も現実味を帯びていないものばかりであった。
こうした背景は、確実に景斗の存在が影響しているのは言うまでも無い。一夏をもっとも乱しているのは彼であるから。
「シャルロットは学園にいたいんだよな?」
「う、うん」
頬の赤が心なしか強くなったかのように思えた。少し照れているのだろうか。
「応急的なものしか浮かばん。根本的な解決は俺には厳しすぎる」
「応急的なものってなんだよ」
「スパイ活動を続けること」
つまりは見かけだけの現状維持に近い。目的が完了した時のことを考えていない短絡的な提案であった。
「お前のISのか?」
「バカ言え、白式のに決まってるだろ。俺のビジネスパートナー裏切れるか」
ここで彼は、シャルロットは思いついていたが切り出せなかった案をあっさりと口にする。他人事なので口は軽かった。
「これ全部のデータ送っちゃったらどうなるんだろうな」
「たぶん、もう僕に利用価値はないって本国に戻されると思う……」
「じゃ小分けにしてちょっとづつ送ろうかね。これなら仕事してるって騙せる」
彼はシャルロットが年単位で学園に滞在できるように、と考えていた。
「監視されてたりしないよね? 学園の生徒に会社の息がかかっていたり」
「急に決まった話だからそうする時間は無いはずだよ」
「そうか。少し疑心暗鬼ぎみかな」
ここで一夏が声を上げた。
「ちょっと待ってくれ。俺の立場はどうなるんだよ」
「どこの国にも属してない宙ぶらりんの状態でどいつに迷惑がかかるんだ、数えてみろ。どうでもいい奴らが大半だろうに」
「倉持技研の人たちに迷惑がかかるってば」
「気付かれないようにやるから安心しておけ」
「そういう問題じゃない」
「じゃあ大々的にやっちまえ」
もちろん実行するのは彼ではない。シャルロットである。
「これぐらいかな言えることは。あとはお前達と大体同じだけと、学園が不透明すぎてなんとも言えない」
彼の提案はひとまず終わった。学園に泣きついてみる案も思いついたが上記の理由につき却下であった。彼にできることはゼロに等しい。
「家庭のゴタゴタとか企業の抗争とか現実感ないよ……いや男でIS動かしてるファンタジーな俺が言えたことじゃないけど」
彼の家族は現在も生前も含め良好な関係であった、一夏やシャルロットのような家庭環境は無縁である。気楽に生きてきた彼にはこの環境は少々厳しい。
「男装ってきつい?」
「結構無理してる感じかなぁ」
「いつまで続けるのも問題ですよねー」
(魔法で解決してやれたらいいけど、どうにもねぇ)
画面の奥の彼女のことは知っているが、実際に会い話したのはたった2週間ほどにしか過ぎない。彼が抱いている感情は一方的なものであり、それを自覚しているがために行動に一線を引いている。ただし、今回に限っては極端すぎる例で、大きな問題もあるので実行に移すなど論外であった。
「最後にもう一つ。これは受け売りだけど、たぶん安泰」
一目ちらりと一夏を見た、彼の行動の模倣であるからだ。
ただ、彼はこれの煮え切らない部分がどうしても頭にこびりついて離れなかった。
治外法権として建前は安全だが、実際はどこの国からも介入を許している節が彼の頭の中にはあった。今回の転校にも色々な思惑が絡み合っているのだろう。おそらく自分自身もどこかで関わっているとの予感もある。
そして、この百文字にも満たない1文で、彼女の3年を保障できるかという点である。この効力はどこの誰が保障しているのだろうか、見当もつかなかった。自分勝手な都合でISを展開して一夏を危険にさらしても何も行動を起こさない学園への不信感も強い。男性操縦者の死体でも欲しがっているのかと思わせるほどであった。
最後に、彼女の家庭問題が気にかかった。彼女の気持ちなど分からないと思いつつも、どうにか解決できないものかと心を曇らせながら、特記事項について話し始めた。
最初から最後まで彼の気が晴れることは無かった。