簪の手伝いをしてどれだけの時間が経っただろうか。
それを確認するためにディスプレイの隅に小さく表示されている時計を見る。そこには昼休み終了まであと五分の時間が表示されていた。
ふむ、わずか数十分だけど結構集中していたみたいだ。しかも、こういう作業はめんどいはずなのにそんなこともなく、むしろもっとやりたいと思いながらやっていた。
やはりこれは簪が関わっているからだろうか。それとも前世が関係しているからだろうか。どちらにせよ、簪のためになっているのだからどうでもいいだろう。
それよりも作業に集中している簪を止めなければ。このままでは授業に遅れてしまう。
「簪! もう時間だよ!」
声だけでは絶対に気づかないので、肩も叩いて気づかせる。
「……ん」
狙い通り簪は手を止めて、片づけを始めた。
ほとんど片付けるものはないのですぐに終わる。その間に私も片付けた。
「あっ、そういえばこっちのはほとんど終わったよ!」
「もう?」
「うん! 結構簡単だったよ」
「…………本当?」
「本当だって! ほら!」
私は簪にタブレットを渡した。
簪はそれを受け取ると映し出されたディスプレイをスクロールさせて私が書き込んだのを確認した。
「本当に……できたんだ」
わずかに目を見開いて驚き、そう言った。
「だから言ったでしょう? 私はできるって」
「ごめん。疑ってた」
まあ、それは仕方ないと言える。何せ私たちはまだ会って数日でまだ互いを完全に知りえているわけではないのだ。疑って仕方ない。
「別にいいよ。それよりもこれからは私も手伝わせて。自分の技術には結構自身があるし、きっと簪の役に立つよ! ダメ?」
「……分かった。でも、これは……私の力で作りたい、から、詩織は私の補助……だけ。それでいいなら」
「いいよ! それでいいよ!」
もちろん全部とかほとんどとかやろうとは思っていない。これは簪が作ろうとしているISだ。だから私は補助程度で十分満足できる。なぜなら私の目的はあくまでも簪を手に入れることで、ISを作ることではないのだ。つまり、この手伝いさえも簪を手に入れるための手段とも言える。だが、決してそれだけではないのは事実だ。純粋にただ手伝いたいという気持ちだってある。
「ありがとう」
「お礼はISが無事に完成してからだよ。まだ言わなくていい」
「ご、ごめん」
「謝らなくていいよ。簪は別に悪いことをしたわけじゃないんだから」
「……うん、完成したときに……言うね」
完成したときが楽しみになったな。でも、そのときに私がいるだろうか?
そう思うのは私が簪を欲しているからだ。なぜそれが? となるのだが、それは簪のISの完成がまだ先で、その間には私は簪にきっと想いを告げているからだ。だから、そう思うのだ。
もし振られたら私はきっとISの完成時にはいなくて、受け入れてくれればその関係になればいる。
私のこれからの道はこの二通りしかない。
ハッピーかバッドか。
「それじゃ改めてよろしくね」
「こっち……こそ、よろしく」
そんな思いを浮かべて簪と手を交わした。
そして、こうして私は簪とのIS開発の協力関係を築いた。
それから時間はさらに経ち、夜になる。
私と簪は一緒に夕飯を食べて、一緒に風呂に入り洗い合いをしたあとは自由な時間となった。なので、さっそく私もISの開発の手伝いをし始めた。
この部屋には二つのキーボードの音が響くだけだ。
「そういえば……」
作業中には声をかけられても気づかない簪が自ら声をかけてきた。ただし、顔だけはディスプレイに向いたままだが。
しかし珍しいこともあるものだ。明日は雨かな?
「なに?」
「ISで戦うって……本当?」
「そうだけど……どこで聞いたの?」
「みんな、噂してた」
どうやら一週間後の闘いは噂になっているようだ。
知らなかった……。
きっと噂になった一つの原因は世界で唯一ISを動かせる男、一夏も関係しているのだろう。だから明日には学園中には知れ渡っているのではないだろうか。
きっとそうだ。だって一夏が戦うんだもん。興味がない者なんていないはずがない。まあ、私は興味はないんだけどね!
とにかく世界で唯一ISを動かせる男の戦い。それは世界的にも興味がある見せ物だ。
「それも……その一人は代表候補生……なんでしょう? 勝てる、の?」
「さあ? 分かんないよ。だってISなんて乗ったことはちょっとしかないもん」
私のIS稼働時間は入試時のわずかな時間のみ。正直言って勝てる可能性は低い。
なぜ身体能力と戦闘技術が高いとはいえ勝つ可能性が低いのかだが、それはISが人型でありながら地上だけではなく、空中でも戦えるからである。地上での戦闘技術しか習得していない私では、空中での戦闘の熟練相手に勝てる可能性は低いのだ。
まあ、もちろん地上戦ならば逆にこちらが勝つ可能性が高いが。
「それなのに……挑んだの?」
「うん」
簪はなんだか呆れたような顔をしていた。
「詩織は……代表候補生を舐めすぎ。本当に……勝つ気あるの? ない、でしょう?」
「あるよ」
そんな適当だが、ちゃんと勝ちたいとは思っている。だってセシリアになんでもお願いできるって約束したんだもん! 負けるわけにはいかない!
確かに可能性は低いが、気合いだけはセシリアに勝っているはずだ。そこで勝負だ。
私の祖父だって言っていた。最後に必要なのは気合いとか気合いとか気合いだって。
「勝つ気はある。ただ技術が足りないだけだもん」
「それを舐めているって……言うの!」
「ひうっ」
簪がバンッと机を叩いた。
それに私は驚き、変な声を上げた。
簪のその顔には誰がどう見ても怒っていた。
怒られた私は簪のあまりにも豹変にやや驚き、そして怒られて落ち込むのではなく、逆に私はうれしくなった。
それは簪に出会ってからずっとあまり感情を表に出さなかったからだ。それは簪にとっていつものことなのかもしれないが、簪と会ったばかりの私には分からなくて、まだ警戒されているのではないのかと思っていた。だから簪が感情的になって見るからに怒っているというのが分かってうれしかったのだ。
簪は怒りによる興奮のせいで肩で息をしていた。
簪は私を睨む。
そこにある感情はとても本気のもので、ISに何やら思いがあるように見えた。だから、私のISを軽く見ているような言葉にこのような怒りを見せたのだろう。
別にそういう意味で言ったわけではないのだが、私じゃないものが聞けばそうとも聞こえる発言だ。簪が怒っても仕方ない。
「……ごめん」
呟くように謝った。
「ダメ。許さない」
簪の怒りはとても高いようだ。一筋縄では許してもらえそうにない。
「詩織は……ISを本気でしている人たちを……バカにしている」
「……」
その言葉に私は何も返せない。
きっと簪もISを本気でしている人の一人なのだろう。それは今やっているISの製作からしてもそうだ。ISなんてものを一人で作ろうとするほどだから。
「ISは素人が簡単に……扱えるものじゃ……ない! そして、そのISを……数少ないISを、長い時間扱ってきた……選ばれた……代表候補生と素人が、戦って勝つことができるのが……どんなに無理なのか! 理解、してない!」
簪の怒りは凄まじい。
さっきまではうれしいという感情が占めていたが、今はその怒りにしゅんとなってしまっていた。
「……ごめんなさい」
私は心の中ではやっぱり自分はISのことを舐めていたのだろうと思った。
先ほどまでは祖父から教わった武術と身体能力さえあれば、多少ISを使う程度では、まあ、なんとか勝てるだろうなんて思っていた。それはやはりISを舐めているのだろう。
簪はぷいっと顔を私から背けた。そして、一言。
「もう……手伝わなくて、いい。私一人で……やる」
「!?」
て、手伝わなくていい? それってどういうこと? いらないってこと? 簪にとって私はいらないってこと? いらない? いらない。私は簪に必要ない。簪は私のことが嫌い。
その言葉は私の頭の中を狂わせ真っ白にし、体をふらつかせるには十分だった。
ベッドの上で作業していた私は、体のふらつきによりベッドから落ちた。
落ちたときは特に痛みは感じなかった。ただ変わりに猛烈な吐き気と悲しみでいっぱいになった。
「し、詩織!?」
私の異常に気が付いた簪が近寄る。
「どうしたの!?」
簪は私の傍まで来ると私の頭を抱える。
私の心の中は絶望が占めていて頬には温かい何かが濡らした。それが涙とは今の私には分からなかった。
「なんで……泣いているの?」
気づいたのは簪に言われてからだ。
ぼーっとした中で自分の頬に触れる。確かにそれは涙だ。私が流した涙だ。
そっか。私、泣いているんだ。
その理由は簪にいらないと言われたからだ。その言葉は、とくに大好きな相手である簪のその言葉は私に精神的なダメージを与えるには十分だったのだ。
それを自覚したとき、さらに涙が流れ、幼い子どものように声を上げ泣いた。
そこには中学時代のみんなに慕われる生徒会長の姿はなく、精神だけが子どもの少女の姿しかなかった。
私を知っている者が見れば、みんな失望するだろう。だが、これが私の本当の姿だ。みんなが知っている私は私が私の夢のための手段によって作り出されたもの。そして、その姿を見せた相手は私の家族以外だ。つまりその姿は気を許していない相手のみしか見られないということだ。
いうなれば現在、気を許している相手は家族と簪のみなのだ。だから私はこうして声を上げて泣き、本当の自分を晒すことができている。
「だって! だって!」
声を上げて泣いてしばらくして、簪の問いに答えた。
「だって簪が! 簪が私のこといらないって言ったから!! ぐすっ」
「言ってない! 手伝わなくていいって……言っただけ!!」
「うわああああん! それってやっぱりいらないってことじゃん!!」
「違う!」
「違わないよ!! 確かに私が悪かったけど……。でも、でも! でも、だからってそんなのないよ!!」
私は再び声を上げて泣く。
いつもの私ならばもっと冷静に何か言えただろう。だが、いつもの私ではない私には無理だった。
「それに、それに!! 別にISのためにこの学園に来たんじゃないもん! 私の学力ならどこだって行けたもん! ISを本気とか知らないもん!」
私は泣きながら簪の胸元へ顔を突っ込み、そう喚き散らした。
簪は優しく背中や頭を撫でてくれた。
「……わ、私も言い過ぎた。ごめん。だから、泣き止んで」
簪は先ほどとは違い、大人のように冷静にそう言った。まるで子どもに言い聞かせる母親のように。
そのせいだろうか。私の涙も自然と止まり、潤んだ目で簪を見上げる形となった。
「もう、いらないって言わない?」
「言わない」
「私が必要?」
「必要」
もう一度、簪は私の頭を優しく撫でてくれた。
「ほら、作業、しよ?」
「うん」
私は簪に抱き起こされて立ち上がり、私たちは同じベッドに腰掛けた。
私は自分のパジャマの袖で目元の涙を拭う。
それから再び作業に戻る。
私は見た目はすでに泣き終わって、いつも通りにしているように見えるが、実は内心では焦っていた。
ま、まさか、私があんな風に泣いちゃうなんて思わなかったよ。し、失望されてないよね? ないよね?
それが不安で仕方ない状態だった。
「ねえ」
そんな中でいきなり声が。
「な、何?」
なんとか返事をすることができた。
「さっきの……」
簪は顔をこちらに向けずにディスプレイを見たままだ。
「あれも本当の詩織? それとも……」
「ううん。あれも本当の私だよ。あっ、でもあんなに泣くのは滅多にないからね!」
ちゃんとそう言っておかなければ、私がちょっと嫌なことがあったらすぐに泣く、泣き虫になってしまう。でも、そうではないんだもん。ただ簪にああ言われるのはとても心が痛んだからこうなっただけだ。
「……こういう私だけど幻滅した?」
私はもてるために思ってみんなの前ではあの完璧な生徒会長を演じてきた。
故に私は自分の素を晒すことを恐れていた。それはやはり今まで親しかった者が幻滅して離れることを、だ。
私はじっと真剣に簪を見つめた。
しばらく室内には簪のキーボードの叩く音のみが響き渡っていたが、それは唐突に終わる。簪が手を止めたのだ。
手を止めた簪は視線をディスプレイから私へと移した。そして、私に向かってにこりと微笑んだ。
「そんなこと……ない。可愛かった」
「なっ!?」
自分の顔が羞恥によって熱くなるのを感じた。
自分で自分のこの体を褒めることは慣れているが、やはり他人に言われるとその羞恥はとても激しい。
だが、ただ羞恥だけではない。それとともにうれしいと感じていた。やはり好きな人から言われるのは最高のものらしい。
もしハーレムを作ることに成功して、そのみんなから可愛いとか好きとか言われたらどうなるのだろうか。考えただけでも興奮してしまう。
私はまだ見ぬハーレムを思い浮かべた。
「……何か変なこと……考えてる?」
「か、考えてないよ! そ、それよりも……えっと、ありがとう」
「?」
私が言った礼の意味が通じていないのか、簪は首を傾げた。