「その箒に剣道を鍛えてもらっているんだよ」
「剣道? ああ、そういえば箒は全国大会で優勝したんだったわね」
「知っているのか?」
「ええ、まあ……」
一夏と箒との会話を聞いていたからね。いや、盗み聞きかな?
「でも、一夏は初心者でしょ? 体力を付けることとかが目的ならもっと別の鍛え方があると思うのだけど」
祖父から武術を習ってきた私だから分かる。
確かに一週間あれば基礎の基礎は習得はできるだろうが、結局は中途半端に習ったばかりに動きが悪くなることもあるのだ。つまり、強くなるための技が自分の実力を引っ張るのだ。だからそう言った。
「いや、俺も小さい頃は剣道を箒と一緒にやっていたんだ。だから、一から鍛えるわけじゃないし、結構昔のだけど勘を取り戻せると思うんだよ」
「まあ、それなら箒に鍛えなおされたほうがいいわね。ちゃんとやっておきなさいよ。ただでさえ私たちが勝つ可能性なんて低いんだから」
「分かってる」
私の言葉に一夏はうんうんと肯定する。
「もしやっていなかったらやばかったな。絶対に勝つ可能性なんてなかったと思うよ」
「まあ、やっていても勝つ可能性は低いけどね」
「うぐっ、それ、言っちゃうか?」
「事実だもの。嘘を言っても意味はないでしょ?」
「だからと言ってな……。それじゃ気持ち的に落ちるだろう」
「私は落ちないわ」
祖父から鍛えられたのは技術だけではない。心も鍛えられたのだ。
……まあ、心を鍛えられたけど、それはこういう生徒会長モードにしか意味がなさないのが残念だが。これで素の私のときでも強靭な心があればいいのだが。うん、本当に残念な心だ。
「マジか」
「マジよ。体を鍛えるのもいいけど、ちゃんと心も鍛えなさいよ。それが『武』なんだからね」
「……な、なんだか結構説得力があるな。もしかして月山さんは何か武道をやっていたのか?」
私の言葉から何かを感じた一夏はそう聞いてきた。
「ふふっ、それを確かめるために今日の放課後にでも私と戦ってみる?」
それに対して私は挑発するようにそう言った。
きっと今の私の顔は美しいながらも鋭い笑みをしているであろう。そしてそれを見た者たちは恐ろしいなどの負の感情よりも美しい、きれいなどの感情を抱くだろう。
私はそう断言できる。
これは別に自惚れではなく、事実だ。だって、この体って自分でも惚れるほどのものなんだもん。いつ見てもそうだった。
その挑発に対して一夏は、
「いや、戦わない」
そう言って断った。
「あら、どうして? 私が女だからかしら?」
だとしたら心外だ。
この数日間、学校の人たちを見てきたが、私に勝てるような相手はほとんどいなかった。そして一夏は一瞬で倒すことができる。
「……はっきり違う、とは言わない。けどここで戦わなくても、もうすぐで戦うんだ。そこで見せてもらうさ」
その一夏の言葉に呆気に取られる。
まさかそう来るか。思わずちょっと見直してしまった。
や、やばいな。一夏に惚れたりしないよね?
この私が一夏に対して見直す、などと正の感情を抱いたのだ。それは私がほかの女子と同じように男に対して恋愛感情とはいかないまでも、一夏に対して何か想っているということだからだ。それは最終的には私の心が一夏に奪われるということを意味する。
これは緊急事態だ。早くハーレムを作らなければ!
「ふふ、それもそうね。急いでも意味がないしね」
そう思いながらもやはり表面上ではこのままだった。
やはり生徒会長モードはそう簡単には崩れないようだ。
「あなたとの対戦、楽しみにしているわ。そのときまでにお互いがんばりましょう」
そう言った瞬間、一瞬だけ誰かが私に負の感情を向けたのが分かった。
殺気ではないのですばやく顔を向けることはなく、チラッと一瞥する程度で見てみた。見たところ、私をそういう感情で見る者は見受けられなかった。
あれ? 気のせい? それとも隠れた?
おそらくは隠れたのだろう。それに間違いないはずだ。これでも祖父に鍛えられた身だ。気のせいなわけがない。
まあ、どちらにせよ危険はないし、気にすることは止めた。
「だから無理をしない程度にがんばりなさいよ。勝つためにがんばって無理をした結果、戦わずに不戦勝なんてうれしくないもの」
「ははっ、そんなことにはならない。なにせ中学時代は三年間皆勤賞だからな」
「なるほど。そこそこ丈夫な体のようね。ならその心配はないわね。まあ、楽しみしているわ」
「俺もだ。じゃあ、俺はこれで」
「ええ」
一夏が私に背を向けて自分の席へ向かった。
私はぼーっとその姿を見つめ続けた。
その次の休み時間になる。
またその時間にセシリアのことで悩んでいるとまた誰かがやって来て、声をかけてきた。
「え、えっと、月山さんだったか?」
その人物は篠ノ之 箒だった。
「なにかしら、箒」
「ほ、箒?
箒はなぜか一人でぶつぶつと言う。内容は聞き取れなかった。
う~ん、何を言っているんだろうか。気になるが別に大したことではないということで気にしないようにした。
「ごほん! いや、その、なんだ。先ほどの休み時間に一夏と話をしていたようだったから、何を話していたのかが気になったんだ」
まあ、それは気になって当たり前だね。何せ箒にとって一夏は好きな人なのだ。
その一夏が知らない女、つまり美人で可愛い女の子である私と話していたら、一夏もしくは私が相手に何か想いを持っているのではと思うだろう。
私だってそうだ。簪やセシリアが私以外の者を楽しそうに笑っていたら気になって気になってしょうがなくて、その話相手に何を話していたのか聞き出すだろう。そして、内容によっては……。
ごほん! とにかく、箒の気持ちはよく分かるということだ。
でも、
「ふふっ、一夏と何を話していたか気になる?」
「!?
また箒がぶつぶつと呟きだした。
本当に何を呟いているのだろうか。気になる。
「んんっ! そうだ。気になったんだ」
箒は咳払いをして先ほどの呟きがなかったかのように続きを言った。
「私は一夏の幼馴染だからな。幼馴染として一夏が今度の対決相手と何を話したのか気になったんだ。幼馴染だから心配なんだ」
「そ、そう」
幼馴染という言葉の強調に私は思わず苦笑いが出る。
きっと一夏に対して色々と素直になれない性格ではないだろうか。なんとなく幼馴染ということを口実にし、こうして話しかけたり、雰囲気からしてもそれはありえないことではない。
まあ、なんだかこの子の恋を応援しようと思って正解だったかもしれないな。だって、この子、一夏のことは好きだけど素直になれないタイプだから、そのせいで相手に嫌われていると勘違いされるやつだから。うん、そうだ。だから私からちゃんと言ってあげないとダメだ。そして、一夏と成功してもらわなければ。
「で、何を話していたかだったわよね?」
「そうだ」
「一夏と私が話していたのは今度の月曜の話よ」
「ああ、なるほど。それか」
「ええ。一夏も私もISの初心者だからね。色々と分からないことがあったからそれを」
「なるほど。確かにあまり動かしたことがない私たちには難しいな」
「でしょう。だからあなたが思っているような会話はしていないわ」
そう言って、にこりと笑みを向けた。
箒は目を見開いて驚き、視線を泳がす。
「わ、私が思っているような、だと? な、何のことだ?」
「ふふっ、隠しても無駄よ」
私はすっと箒の耳元に顔を寄せた。
そのときの箒の顔は私のきれいな顔が近づき、羞恥に頬を染める…………のではなく、なぜか驚いて、まるで私と簪が毎日見ているアニメのキャラクターのように、しまった、隙をつかれたという顔をしていた。
はてはて、なぜ? 気にしても分からなかったのでそのまま続けることにした。
「あなた、一夏のこと好きでしょう?」
ストレートで言った。
「!! な、ななな、何を言うんだ! そ、そそそ、そんなわけがないだろう!! 私は一夏の幼馴染だぞ!? そ、そんな感情はない!」
……そんなに動揺していたらバレバレだよ。ねえ、本当に隠す気があるの? もうそれ。私は一夏のことが大好きです! って言っているもんじゃん。
そう思わずにはいられない。
でも、そんな風に箒はとても可愛い! う~やっぱり手に入れたかった! そして、私のことを好きになってもらって、その箒の好意に気付かないふりをして、恥ずかしがる箒を見たかった!
そう一瞬の間に妄想をしているともう一つの感情が浮き上がる。それはやはり一夏へ巨大な負の感情だった。
あ~うん、やばい。本当にやばい。このままじゃいつか、一夏のことを殺してしまうかもしれない。一夏のことは大嫌いだけどそこまでしたいとは思わない。
私はその負の感情を簪のことを思い浮かべることで消した。
「ちょっとは表情を隠しなさいよ。どう見ても一夏が好きだって分かるわよ」
「ち、違う!」
「ちゃんと素直になりなさいよ。私は別にあなたの一夏への想いをどうこうするつもりはないわ。それに今は周りには私たちしかいないから聞かれることなんてないしね。でも、さすがに時間切れかしら」
「そ、そうだな」
もう次の授業までは一分ほどしかなかった。これでは詳しく話を聞くことなどできない。ちゃんとじっくりと聞きたい私は昼休みにでも話し合いたいと思った。
「この話は昼休みにしましょうか」
実は今日の昼休み簪は私と別々で食べることになっている。これは別に不思議なことではない。簪にだって他人との付き合いがあるのだ。まだそういう関係でないのだから止める権利などない。
まあ、だからちょうどよかったかも。
「なっ! ま、まだするのか!?」
「もちろん。あなたとは一度、じっくりと話をしたいと思っていたしちょうどいいって思ったからね」
「じ、じっくりと?」
「ええ、じっくりとね」
「ひ、昼休み中?」
「内容次第ね」
「そ、それは放課後もありえると?」
「そういうことになるわ」
箒は引き攣った笑みを浮かべる。
「さあ、席に戻りなさい」
「あ、ああ、分かった」
箒はその顔のまま背を向けて自分の席へと向かおうとする。
その前に。
「あっ、屋上で食べるつもりだから食堂でパンを買いましょう」
「……分かった」
箒はしぶしぶといった感じでそう言った。
私は箒が席に戻るまでその背を見届けた。
そして、午前の授業は終わり、昼休みになる。
私は授業が終わると同時に箒に話しかけ、一緒に食堂へ行った。
食堂の入り口に来ると厨房で作られている数々の料理が混じったニオイがしてくる。だが、その混じったニオイは食堂に入る者たちに吐き気や不快は与えず、むしろ逆に腹を空かせた生徒たちにさらなる食欲を湧かせる。私もこのニオイによってさらに食欲が湧いた一人だ。
や、やばい! おかげでお腹が鳴りそう!
そうなってしまうまでにこのニオイは食欲を湧かせるのだ。
私はのどをごくりと鳴らして箒と一緒に食堂の奥へと入った。
食堂はまだ授業が終わったばかりということもあって、空席ばかりだった。こんな光景は滅多に見ない。いつもは絶対に半分は埋まっている。
私たちは食堂のおばちゃんの前に立って、売られているパンや弁当を見る。
「ねえ、箒は何を食べるの? パン? それとも弁当?」
「そう、だな。いつも和食なんだが、これもいい機会だ。私はパンにする」
「そうなの。なら私もパンにしようかしら」
そう言って私はパンをたくさん手に取る。いつものことながらその数は多い。一般男性でも一度には食べきれないほどの数だ。きっとちょっと太っている人しか無理だろう。まあ、私は太っているどころか、スタイルはとてもいいんだけど。
手に取ったのは様々なパンで、クリームパン、焼きそばパン、カツサンド、カレーパン、コッペパンなどと人気のものから売れ残るパンまで。本当に種類が豊富で、私の手の中にあるパンに同じパンは一つもない。なのに、たくさんあるのだからここのパンの種類の多さが伺えられる。それにメニューも豊富というのだから、本当にIS学園はすごい。しかも安いのから高いのまで色々。
うん、この学園に入学してよかった。本当にここって色々あるから私の夢も叶えることや好きなこともできるもん。
「つ、月山さんはそんなにたくさん食べるのか? というか食べられるのか?」
「もちろん! いつもこのくらい食べているわ。むしろこのくらい食べないとエネルギーが持たないのよね」
「よ、よく太らないな。確か月山さんは何もしていないのだろう?」
「ええ、でもエネルギーの消費量が激しいから」
本当に燃費の悪い体だ。大して動いているわけではないのにいつもこうなのだ。燃費が悪いにもほどがある。まあ、どれだけ激しく動いても食べる量は同じというところを考えるとその点では燃費がいいということなのかな?