私は困惑してしまう。
「やってくれないの?」
簪はそう言う。
あ、あれ? どういうこと? なんでやってほしいみたいになっているの?
私は理解できずに一瞬思考が停止した。
「え、えっとなんで?」
「? それは……こっちの台詞。私はうれしいって……言った。なのになんで?」
「だ、だって私は簪が好きなんだよ!?」
「知ってる」
「結婚したい意味でだよ!!」
「それも……知ってる」
「ならなんで!!」
わけが分からなくなった私は怒鳴るように簪に言う。
本当に簪は理解できているの? 私の好意の意味が分かっているの? 結婚したいって意味の好きだよ? それは性的な意味を持っているということなんだよ。そういう目で見ているということなんだよ。
普通そういう目で見られるのは不快なことである。互いにそういう意味で好きならまだしも、そうではない相手、あるいは同性からという世間から受け入れられない性癖を持っている相手から見られるのは不快である。正直近づきたくもないだろう。それが一般である。
であるのに簪はそんな私に接触したいと言っているのだ。
だから余計にわけが分からなくなるのだ。
「私は……同性愛者だからって……差別はしない」
「ならなんで離れたりしたの!」
もし差別しないのならば今朝からの行動は何だったのだろうか。差別しないのであればいつもどおりにしていたはずだ。
なのに簪が取った行動はなんだった?
それは私から距離を取ることだ。あきらかに矛盾した行いである。
「!!」
簪はそれを思い出したようだ。
ほら、やっぱり差別していたんだ。
だから追い込むように言う。
「ねえ、なんで? 差別しないならなんで近づけさせてくれなかったの?」
「ち、違う!」
簪はなぜか真っ赤な顔で否定した。
私はそれを図星だからと判断した。
「違わないよ。本当に差別していないならそうしないもん。ねえ、お願い。正直に言ってよ」
私のことを思っての行動だろうが、その行動は逆に私をイラつかせて嫌な気分にさせる。だからもういっそのこと正直に言ってほしいのだ。『ただのルームメイトでいようね』と。
「違う。それは違う! それは……詩織のせい」
なのに簪はあろうことか私のせいにしてきた。
私の心は怒りがさらに生じ、同時に悲しみもあふれた。
それは簪が好きだったからこそのものだった。
「どこが? 私、何もしてないよ」
「し、した……というよりも、言った」
そうは言うがやはり身に覚えがない。
「何を言ったの?」
「し、詩織が私のこと……好きって、言った」
「? 私は言ってないよ?」
「寝言!」
「寝言?」
「そう、寝言! 私が夜中に起きて……詩織を見ていたら……し、詩織が私のこと……好きって言った」
どうやら簪が知っていたのは私が自分から言ったからみたいだ。
「そ、そして、私が好きって返したら……結婚しようって。同性同士だからって言ったら……男よりも女の子のほうが良いって……言った。だ、だから、恥ずかしくて……近づけなかったの!」
簪が顔を真っ赤にしてそう大きな声で言った。
私の中にあった怒りと悲しみは急速に消えていく。
「え? じゃあ、今朝から避けてたのは、た、ただ恥ずかしかったから? 差別とか嫌いとかじゃなく?」
「そう! だから差別とか……嫌いとかじゃない」
「そう、だったんだ」
私は簪のことを勝手に誤解していたことを申し訳なく思った。
それによくよく思い返してみれば簪に差別とか嫌いとかいう感情がなかったということを知っているのは私だ。そう感じていたはずだ。なのにいつの間にかあった勝手な思いで簪を疑ってしまった。
好きな子に対して勘違いで疑ってしまうなんて……。
でも、とりあえず簪が差別も嫌いでもないと分かって安心した。
あ~でも、まだ一つ問題がある。
それは私が簪に好意を抱いているということがばれたということだ。もうこれをなかったことにはできない。過去には戻れない。
これ、どうしよう。
そう困ってしまうのだが、もう知ってしまったわけだ。このまま告白してしまったほうがいいのではないだろうか。例え断られると分かっていても、関係をはっきりしないままというのは無理がある。
くうう~本当はもっと先に言うつもりだったのに~!
だが、知られた今、もうできない。
「ねえ、簪」
「なに?」
「もう雰囲気とかないけど、言っちゃうね」
「!! ま、待って! そ、それって……」
簪は私が今から言おうとしていることに気づいたようだ。
待てと言われたが、残念だが待たない。
私は簪に好意を伝えるために私との間にある隙間を一気に埋める。そして、簪の両肩を掴んだ。
「い、言う、の?」
「言うよ。だってもう知っているんでしょ。知られた以上、言わないとダメじゃん。もうこのままなんて嫌だよ。ずっとずっと我慢していたんだから」
「で、でも、わ、私は受け入れるとは……限らないよ?」
「分かってる。もちろんね、受け入れなくていいよ。これはただ関係をはっきりさせるためのものだもの。そう、恋人かルームメイトか、のね。だからそうやってここで不安にさせて先延ばしにさせようなんてしても、意味ないよ」
それはずっと昔、女の子たちに囲まれたいという願いを持ったときから決めていたことだ。今更告白目の前で不安程度で先延ばしにできるほど、脆い決意ではない。
それに受け入れられないことがあるなんて知っている。前世ですでに体験している。
「あっ、でもね、その前に言わないといけないことがあるの」
「……なに?」
至近距離の簪は真っ赤ではないが、ほんのりと頬を染めて私を見つめる。
ああ、やっぱり可愛いよ。絶対に欲しい。だから断らないでほしい。受け入れて。
そう願うのだが、心の中にはこんな短い時間だもん、人の心はそう簡単には変わらない、やっぱり受け入れてもらうなんて絶対に無理だよ、というものがあった。
先ほど思ったように受け入れられないというのはすでに知っているのだ。
「私ね、ただ女の子が好きってわけじゃないの。複数の女の子に囲まれたいの。それが夢」
「……ハーレム?」
「そう、ハーレム」
「なんで……言ったの?」
「だって、私の恋人になるにしろならないにしろ、こういうことはちゃんと言っておかないとダメでしょ? だから言ったの。つまりね、今から告白するけど、それで簪が私の恋人になっても、簪にほかにも恋人を作っちゃうってこと。それを知っていて」
私はハーレムを作って幸せに暮らしたいという夢があるが、それは私だけである。たとえ相手が私のことを好きでいてくれたとしても、ハーレムという複数人を愛するということを許さない子だっているはずだ。
なにせそれは見方を変えれば浮気である。ただ堂々とほかの子と浮気しています! と言っているだけである。
つまりハーレムを浮気と変えてもいい。
だから私は伝えたのだ。
伝えなければならないことを全て伝えた私は想いを伝えるために簪をそのままベッドへ押し倒した。
簪は押し倒された理由が分からずに案の定困惑していた。
「な、なんで押し倒した、の?」
「う~ん、だってほら、私があなたのこと好きって知っているでしょ? だから普通にするとなんか嫌だからさ、ちょっと普通じゃない方法で告白しようと」
「べ、別に普通で……いい」
「無理。私が無理。だって、初めての告白だもん! こうなった以上は普通は認めない!」
「……普通で……いいのに」
私の下にいる簪が小さく呟く。
う~それにしてもなんだか興奮する! いや、だって好きな子が私のすぐ近くにいるんだよ? しかも、身動きできないように両肩を押さえつけられたままで私のしたいようにできる。ひどいことをしたり、エッチなことをしたり、それはもう色々と。これは興奮せざるを得ないだろう。
あ~可愛い! そんなほんのりと染めて潤んだ瞳で見ないで! 告白する前に襲っちゃうよ!
興奮のせいで私の体は熱く火照り、私の息は荒くなる。
と、とりあえずは興奮を抑えよう。
これじゃただの変態だ。
「ふう……じゃあ、簪」
ある程度興奮を抑えた私は簪に声をかけた。
「今からね、告白するよ」
「う、うん。で、でも、な、なんだか……変な感じ」
「そう?」
「だって……告白するよって……言うから」
まあ、普通の告白ではないのは確かだ。
でも、まあ、私は普通じゃないしね。そんな私にはちょうどいいのではないだろうか。
「そうかもね」
私はクスクスと笑う。
「そ、それよりも……告白」
「ん、分かってる」
私の心は今から告白するというのに簪に受け入れてくれないかもなどという不安な気持ちはなかった。ただドキドキと鼓動がなるだけだった。
「キス、するよ」
「えっ」
私がする告白はキスである。
キスはただの友人ではできない行為だ。故にキスを告白とすることで恋人になることを意味するのだ。
「もし、私のことをハーレムを作ることまで受け入れてくれて恋人になってくれるなら、抵抗しないで。でも、受け入れてくれないなら言葉でも行動でも何でもいいから思いっきり抵抗してね。思いっきりじゃないと受け入れてるって思っちゃうから」
キスをしたら恋人になり、しなかったらただのルームメイトになる。
やり方は違うが恋人になるかならないかで言えばこれも告白と言えるだろう。
「分かった?」
「……うん。受け入れるなら……抵抗しない。受け入れないなら……抵抗する、でいいんだよ、ね?」
「じゃあ、するよ」
簪がちゃんと理解したということを確認して私は目を瞑り、ゆっくりと顔を近づけた。
やはり不安はない。
私の唇はそのまま簪の唇へと向かった。
だが、それで疑問に思った。それと同時に先ほどまでなかったはずの不安まで湧き出た。
あ、あれ? て、抵抗しないの? なんで? このままじゃキスしちゃうよ! したら問答無用で恋人なんだよ!
私は簪とそういう関係になりたい、受け入れてほしいと思っているはずなのに心の内ではこんな私を受け入れていいのという矛盾を持っていた。
私はそんな思いを持ったまま、近づいてく。
そして、ついに私の唇は簪の唇に重なった。
「……ちゅ」
私の唇に伝わる簪のやわらかな唇の感触。それとともにくるのは胸の奥から湧き上がる幸せという感情だった。
これが……キス。そういえばそうだった。
私は今のキスで前世のキスを思い出した。あの時は男だったがそのときにしたキスと変わりなかった。うん、幸せなのだ。
しばらく私はそのまま唇を合わせたままだった。
そして、しばらくしてその唇を離した。しばらくは頬の染まった互いの顔を見つめあった。
「なんで……抵抗しなかったの?」
「詩織が言った……でしょ? 抵抗しなかったら……それは、そういう意味……だって。つまり、もう……私は詩織の恋人」
「!! ま、待って! そ、それって分かっているの!?」
「うん、分かってる」
「い、言っておくけど私のためと思ってならうれしくないからね!」
「違う。これも私の……意志。私も……詩織が、好き。だから……受け入れ、た」
私は耳を疑う。
う、嘘。か、簪が私のこと好き? な、なんで? だってまだ会ってから一ヶ月も経っていないんだよ。いきなり告白した私が言うのもなんだけど普通の子が私と同じになるなんてありえない!
うれしいはずなのにやっぱりそう思ってしまう。
「本当に私のことがそういう意味で好きなの?」
「好き。本気で好き」
赤みのある頬で、しかし、その目にはその想いが本気であると浮かんでいた。
私はその目と言葉に体が熱くなるのを感じた。
うう~本当に私のこと好きなんて~!
うれしいはずだが、複雑な気持ちになる。
「で、でも簪のほかにまだ好きな女の子いるんだよ? それでも好きなの?」
だからこうやって何度も確かめる。
「別にいい」
くっ、受け入れられた!
「もういい? とにかく……私たちはもう、恋人。これは決定」
「で、でも」
「それに……わ、私のファーストキス……奪った。せ、責任取って」
「えっ! は、初めてだったの?」
「あ、当たり前!」
「簪も初めてだったんだ……」
「詩織も?」
「う、うん」
つまり互いに初めてだったということだ。
わ、私はともかくとして簪の初めてを奪ってしまった……。簪の言うとおり責任を取る必要がある。
「そ、そっか。詩織も……初めて」
なぜか簪はうれしそうだった。
「……と、とりあえず詩織はもう私の恋人。いい?」
「うん」
もう私は受け入れるしかない。
それにこれは私が一番望んでいたことだ。避ける必要はない。
「でも、条件と約束がある」
「条件と約束?」
「そう」
「何?」
条件と約束? なんだろうか。
「まず条件から。それは私を愛する……こと。それは複数人好きになっても……ということ。平等に愛して。そしたら、何も言わない」
「それが条件?」
「そう。次は……約束。明日、織斑 一夏をボコボコにして」
「えっ? なんで一夏?」
簪って一夏と知り合いだったの?
私の心の奥から嫉妬と殺意が生じる。それと同時に今までにないうれしさが湧き上がった。
ぐぬぬ~まさか簪まで! やはり許さない! だけど、ふふふっ、もう簪は私のものとなったのだ! ちゃんと気を付ければいいだろう。それに一夏をボコボコにしろなんて言ってきたのだ。簪の一夏への好感度は低いと考える! 奪われる可能性はないだろう。