それを言わせた私は勝ったと確信した。
「ほら、見て、ここ」
私は制服を脱いで下着のみとなる。そして、首元や胸辺りを指差す。そこには痣があった。それは今日の試合でできたものではない。ついさっきできたものだ。その痣は簪によって付けられたものだ。それはキスマークと呼ばれるものだった。
それを見た簪は顔を伏せる。
「簪が付けたものだよ」
胸元はともかく首元のはどうやっても隠せないところにあった。これに気づいたのは風呂から出て鏡を見たときだ。
これ、ばれないかな? 見られてばれたらどうしよう。
「ほら、こっち見て」
簪はそっと顔を上げる。その顔はやはり真っ赤だった。
「ねえ、このキスマークって……どういう意味なの?」
こういう行動をしたからには何か理由があるはずだ。だからそれを聞いた。
「……い、言わないと……ダメ?」
「うん、言ってほしい」
「それは……もちろん、わ、私の物だって、印」
簪は恥ずかしそうに言った。
それに対して私も恥ずかしくなる。
一応、簪がこれを付けた理由なんて分かっていた。そして、実際に合っていた。でも、分かっていたからと言ってそれに対して冷静に受け入れることができるというわけではない。
で、その結果が私も顔を真っ赤にしてしまうという状態だ。
自分から言ってと言ったはずなのに私も沈黙していまい、互いに顔を伏せてしまう状態が続いた。
「し、詩織……な、何か……言って?」
「え、えっと、うれしいよ?」
「……なぜ疑問系」
「じゃなくて、とてもうれしいよ」
私はぎゅっと抱きしめてその気持ちを表す。
だけど私はその前に言わなければならないことがある。
「でもね、私は簪だけのものじゃないってことは忘れないでね」
「っ! わ、分かってる」
簪の表情からはその事実を受け入れたくはないというが見えた。やはりあのときは受け入れると言ったが改めてとなると受け入れがたいのだろう。
私の恋人が増えればそれだけ私との時間が少なくなるからだ。その思いが増加させるのは今のような二人きりの時間であると言える。私の恋人が増えることによってその思いを楽しめるのは僅かな時間となり、その僅かな時間だけでは満足できなくなるからだ。
だって人間は一度いい思いを覚えれば、そのいい思いを何度も求めるからだ。わずかなもので満足できるはずがない。
「あとね、あの、言いにくいんだけど、もうもう一人恋人ができた」
「……」
「か、簪?」
ちょっといきなりだったが、このタイミングで言った。
そのいきなりの私の発言に簪は無言だ。
と、簪の様子を抱きしめながら窺っていると突然私の両の二の腕に鋭い痛みが走った。そこは確か簪が掴んでいた部分だ。
「いたっ!」
「…………」
「い、痛いって!」
「…………」
「か、簪!」
私は痛いと簪に必死に伝えるのだが、どういうわけか簪の耳には私の必死の声が聞こえていないようで、黙って私の腕を強く握るだけだ。
私の体がいくら頑丈でも、それは傷が付きにくいというだけで痛覚に関しては常人と同じレベルだ。
私は何度も訴えるのだが、やはり無視された。
本当にあの簪が掴んでいるのかと思うほどの力の強さだった。
私はこおの痛さに耐えられなくて涙目になる。
「ぐすっ、痛い……」
溜まった涙が頬を伝う。
「あっ」
そうなってようやく簪が気づいてくれた。
簪は手を緩めて私を放し、離れた。
「ご、ごめん」
「気づくのが……遅いよ! うぐっ」
「本当に……ごめんなさい」
簪が手の跡が付いた私の腕を見て謝る。
その腕には簪の手形がくっきりと付いていた。
「ぐすっ、一体どうしたの?」
目元を擦りながら簪に問いかける。
「それは……分からないの?」
「……嫉妬?」
「………………そう」
「やっぱりそうなんだ。私と恋人になって簪は私がほかの子を恋人にするのは嫌になった?」
「……」
簪は無言で言いにくそうにしていた。その様子からも変わってしまったということが分かる。
私はそれを咎めようとは思わない。
だって恋人だもん。どんなに受け入れるという発言をしても、いざとなるとそれは変わってしまうものだ。だから咎めない。
「無言じゃ分からないよ。ちゃんと答えて」
分かっていながらも私は簪からの言葉を求める。
「……うん、嫉妬。詩織の約束……破るけど、ごめん、私には……無理、みたい」
簪は何も誤魔化しはせずにそう言ってくれた。
簪のその顔は約束を破ったことへの申し訳なさが見られる。
「ううん、いいよ。それでいい。そうなってもいいよ。それは当たり前のことなんだから。でも、ごめん。私は簪だけじゃなくてほかの女の子とも恋人になりたいの。だから簪が許さないって言ってもそれは無理なの」
私はセシリアにも言ったことを告げる。
「……詩織の夢は……知っている。でも、私一人だけじゃ……満足、できない? 私だけに……愛をくれない? 私は詩織のことを……愛してる。おそらく、詩織以外愛すること……できない、くらい」
その目には私だけを選んでくれという思いが込められていた。
「……ごめん。できない。でも、これは簪に不満があるとかじゃないの。満足できないというわけじゃないの。そんなことを関係なしに私はほかの子たちも共にほしいの」
この夢は私の人生を費やしたものだ。たとえ愛する簪からの言葉であっても決して揺るぐことはない決意ともいえるものだ。
「……そう、なんだ」
簪は自分だけが愛されるということができなかったことに落胆を見せる。
「嫌でも受け入れて」
「……分かってる。付き合うときに……私は受け入れるって……言った、から」
簪はセシリアの時のようには執拗には求めずに受け入れてくれた。
それは以前に受け入れると発言したためであろう。
「ありがとう」
「それで、その女は誰?」
簪が知らぬセシリアのことを女と呼ぶのは決して嫉妬からくるものではないと思いたい。
私は簪に名前と今日戦った相手だと伝えた。
「あの、女――じゃなくて、セシリア・オルコットが?」
「うん」
「……そう、なんだ」
「えっと、もしかして何かあった?」
簪の表情があまりにも嫌そうだったのでそう聞いた。
「何も、ない。私もオルコットも、面識は、ない、し……互いに全く知らない」
「へえ、そうなんだ。同じ代表候補生だから知っているかと思った」
「そうでもない。代表候補生は所詮……候補生。戦わずなんて事は……よくある。けど、もちろん試合があったときは……事前に調べる、けど。だから私は……知らない」
「ふうん。そういうものなんだ」
「そういうもの。だから知らない」
なら簪がセシリアについてあまり良さそうに思ってはいないのはなぜだろうか。それが疑問に残る。恐らくだが、セシリアが代表候補生ではなければここまで嫌そうな顔はしなかっただろう。
ならばやはりISが関係しているのだが、話を聞いた限りどうも互いにISで戦ったことがなければ面識さえもないという有様。ならばどうして。
「じゃあ、なんでそんなに嫌そうなの?」
分からないので聞いてみる。
「……答えないと……ダメ?」
「うん、知りたい。私は簪とセシリアの恋人だよ。何度も顔を合わせなきゃいけないんだもん。二人が睨み合っているのに恋人の私がその原因を知らないなんてダメじゃない。だからね、教えて」
「……分かった。私が嫌なのは……オルコットが……私よりも……圧倒的だから」
圧倒的、か。
私はその言葉を考えながらセシリアとの試合を思い出す。
確かにセシリアはの射撃は精確だった。確実に私を捉えていた。避けても避けてもすぐに射撃されるという避けるのをミスすれば致命傷になる攻撃の嵐だった。セシリアのあの射撃でも脅威だというのにセシリアはファンネルという機動性に優れた敵を包囲するように攻撃できる武装だってあった。スターライトで距離の離れた相手を、ファンネルで近づいてくる相手を。まさに遠距離中距離に対応したISだ。
正直羨ましく思うほどだ。だって私が使えるのはこの拳と刀だけだもん。私だってあんなふうに格好良く撃ちたい。近距離という危険のある距離じゃなくて、安全な距離で戦いたい。
そうは思うが私は候補生ではないので、何度もISに乗るわけではない。今日のような試合などこれからの人生であるかないかくらいだろう。だからそのように願っても意味がないかな。
「あんな風になるのは……私、には……無理」
「う~ん、そう? まだ簪だって若いから努力すればセシリアと同じくらいになると思うけどな」
簪の実力は知らない。だが、候補生というからにはそれなりに実力があるのは確かである。ならば方向性は違うが、成長の余地がまだまだある簪ならば勝敗は分からないが、同じくらいの力を手に入れることができるはずだ。
それに単に簪の技術のみではなく、私たちが今作っているISのことを含めるとその力はさらに上がる、もしくは技術はなくとも同じ力を手に入れることはできるはずだ。
なにせ簪専用のISを作っているのだ。しかも、作っているのは搭乗者本人。普通の専用機とは違うのだ。
「無理に……決まって、る。私は……努力した。けど、効果は、でなか……った。言っておく、けど、それはつい最近、じゃない。小さい頃から努力、して……でなかった」
「……」
どんなに努力をしてもやはり人間には限界がある。限界が来てしまうとそれ以上成長することは難しい。だが、少なくとも簪にはまだまだ限界は来ていないはずだ。私はそれを大きな声で言える。
「詩織。私には……姉がいる」
「お姉さんが?」
「うん。私の……一つ上」
「ここにいるの?」
「うん。たぶん……詩織も、見たことある」
私は思い返してみるが、簪に似た子に思い当たることはなかった。
まあ、それは仕方ないだろう。だって私が学園に入ってから見てきたのは年上の先輩ではなく、同級生たちだけだもん。おかげで入学式では話など全く頭にも入らなかった。
「お姉ちゃ――姉さんも……圧倒的。羨ましい、くらい。同じ血が……流れているのか……疑う、くらい」
「そう、なんだ。でも、それでもお姉さんだって努力していると思うよ」
「私より、も?」
「う~ん、それはなんとも言えないかな。そういうのは人それぞれだもん。十の努力がそのまま十の結果が出る人もいれば、十の努力で一とか五の結果しか出ない人だっているしね。でも、だからといってあきらめたらそこまでだけどね」
「つまり、努力が……足りない?」
「ううん、ちょっと違う。というか、努力に足りる足りないは関係ないよ。続けられるかどうかだよ」
だってさっき言ったように努力の数イコール結果の数じゃないもん。だから足りる足りないの問題ではない。
「ありがとう。私も……まだ成長、できる」
「別にいいよ。私もね、おじいちゃんに負け続けて落ち込んだりしたからね」
「え? 詩織は……何の話をしてるの?」
「え? 何ってISの話でしょ?」
「え?」
「え?」
……どうやらあ私たちは奇跡的に話が噛み合っていただけだったようだ。
「え、えっと簪は何の話をしていたの?」
「……身体の……スタイルの、話」
そう言われて話を私が思っていた話ではなく、スタイルとして話していたとして思い返してみるとこれもまたうまく噛み合っていた。
ということは圧倒的というのは胸のことか!
私は目の前にいる簪の胸を見る。簪の服は肌蹴ているので簪が気にしている小振りの胸が覗いていた。
確かにセシリアと比べたらちっちゃい。
「……詩織? どこを見てる?」
チラッと見ただけなのに気づかれた。
その目はなんだか怖い。きっと、いや、絶対に私が胸を見ていたってこと分かって言っているのだろう。つまり、どこを見ていたのかは分かっている、その上で正直に答えろということだろう。
「か、簪の、か、可愛い胸?」
私がそう答えると簪の顔は真っ赤になる――のではなく、目を細めて私を見てきた。
「……私、フォローは求めて……ない。あと、いくら女の子が……好きだからって、見すぎ。わ、私は……別に嫌じゃないけど……」
「……自重します」
さすがにちょっとは抑えないとね。今日だって一歩間違えれば十八禁的展開になっていただろう。
「えっと、それでさっきまでの話はスタイルの話だったんだね。私てっきりISのことかと……」
「言っておくけど……私はISの操作技術は……結構なレベル。だから、そこまでどうも思わない」
「そ、そうなんだ」
「ただ……詩織には負ける、けど」
「……」
私は何も言えなくなる。
「くしゅん!」
しばらく沈黙が続いていると簪がくしゃみをした。
「えっと、夕食を食べる前に風呂入る?」
「……うん」
簪は汗やら何やらで濡れていたので、それが体を冷やしたらしい。
簪は脱ぎ捨てられた部屋着の下を持って、風呂場へ向かった。
私は大人しく簪を待った。