でも、お姉ちゃんの時と同じなのかとなればそれは違う。そういう身内を見る目でもないのだ。
二つのどちらでもない視線。それの意味するところは何なのだろうか。
まだ決めかねているという意味ならばまだいいのだが。
「え、えっと、確か詩織、だったよね?」
「……っ! は、はいっ!」
束さんが私の名前を覚えていてくれたことに驚いた。てっきり聞き流していたのかと思ったから。
これは身内とか関係なくなのかな? それとも私はゴミや虫と身内の間だからなのだろうか? 私には分からないが、後者であってほしいと思う。
「私から自己紹介していなかったね。まあ、私を呼び出したから知っていると思うけど私は篠ノ之 束。ISの生みの親だよ」
先ほどの動揺はなく、お姉ちゃんと話しているときと同じように話した。
「では、改めまして月山 詩織です。IS学園の生徒です」
私は頭を下げる。
一方の束さんは私を見ていた。その目は観察するようなものではあったが、不快なものではない。それは虫などを見るようなときのものではなく、どんな人物かを見分けるためのようなものだったからだ。
束さんは私をもうゴミように見ていないのは確実かな。
でも、その評価が再びゴミや虫へ変わるということがないという確証はない。今はただ私のことが分からないからこのような対応を取っているのだ。
ちょっと認められたようでうれしいが、ちゃんとそういうところは理解しておかなければ。これで調子に乗って束さんにとって私が虫と同じなんて嫌だもん。
「そっかそっか」
「あの、それで告白の……」
「っ!! そ、そうだね」
告白という言葉を出した途端、再び動揺が見られた。
やはり初めて告白されたということのせいだろう。
束さんは私に背を向けてしばらくブツブツと呟く。
私は何も言わずにただじっと待った。
束さんは告白のことを考えているのか。
私と束さんは全くの初対面。ただ私が一方的に知っているというだけの関係。束さんの中で私の扱いが先ほどよりも良くなったとはいえ、恋愛感情の伴う答えを簡単になんか出せるわけがない。誰だって恋人なんて関係になるには相手のことを知っておかないと無理だ。もちろんのことそれは分かっている。
私の答えはYESかNOの二択かと思われるが、実はそんなことはない。確かにYESを求めてはいる。
だが、先ほど述べたように相手を好きになるためには、一目惚れを除いて、相手をよく知る必要がある。明日のセシリアとのデートはそうだ。デートをしつつ、セシリアに私のことを知ってもらって好きになってもらいたいという意図があった。
だから実はNOとさえ言われなければ私の告白は成功したと思っている。
例えばお友達からとかそういう答えは成功だ。逆に、当たり前だが、もう関わらないでと言われれば失敗になる。
しばらくその背を眺めて待っているとやや顔を赤くした束さんがこちらへ振り返る。
「え、えっと、その、もう一回告白してくれないかな?」
「えっ?」
「いや、ほら、さっきは何か色々とあったじゃん。君だってあんなうやむやになった告白は嫌じゃない? だからもう一回してちゃんとやろうって思って。どうかな?」
束さんは私に微笑んだ。
それに私はドキッとしてしまう。
なぜならばその微笑みは私という個人の存在に向けられた、私だけの束さんの微笑みだからだ。大勢に見せるものではない。お姉ちゃんに見せるものではない。作り笑顔でもない、私ためのものだ。その微笑みは私をさらに篠ノ之 束の虜にするのには十分なものだった。
私の中の束さんの思いは大きくなり続ける。
本当に束さんへの告白は成功するのだろうか。私へ向けた微笑みがありはしたが、それがどういう意味を持っているのかは分からない。
愛情を持ったような笑みでもその心の中は殺意なんてことは世の中にはいくらでもあるのだから。
「じゃ、じゃあ、もう一回します」
私としてもあのような告白はちょっと不満がある。もう一度できるというのならもう一度やろう。
もうしたということでなくなったはずの緊張が再び戻ってくる。
何度もしてもやはり緊張はなくならない。告白する前と同じくらい緊張している。
もし好きという言葉を言う相手が簪であれば、ここまで緊張はしなかった。
この違いは相手が私の恋人か、そうではないかの違いだ。
簪たちに言うのは告白ではなく、私はあなたを愛しているよという恋人になってからの目に見えぬ心を伝えるもので、
決して私はあなたのことが好きなんです、だから恋人になってという告白ではない。
私は一度大きく深呼吸をし、真っ直ぐ束さんを見た。
二度目ということと束さんの中で私への扱いが変わったということで、その表情には一度目の告白前のような、虫を見るようなものはない。
やはり好きな人からはそういう目で見られたくはないというのが正直なところだ。
そういうところももう一度告白する機会があってよかったと思うところだ。
「私はあなたのことが好きです! 私には他に恋人がいます。私のハーレムの一人になってください! 私の恋人になってください!」
「!!」
告白の内容はほとんど変わってはいない。
本当に変な告白だ。
好きな人に他にも好きな人いますって言いながら告白するんだもん。何度思い返してもそう思う。
でも、ハーレムを作る身としてはこの告白でいいと思う。ただ順序というのがあるとはずっと思っていたが。
しばらく待つがやはり返答はない。
見れば先ほどのように背を向けてブツブツは言っていないが、顔を真っ赤にしてできるだけ顔を見られないようにと俯いていた。
うん、可愛い。例え振られたとしてもその代わりの価値はある。
いや、振られたくはないんだけど。
「わ、私のこと本当に、好きなの?」
しばらく黙っていた束さんが私に質問する。
「好きです。小さい頃からずっと好きでした」
「それは本当に、恋愛感情?」
「はい。恋愛感情です」
「絶対の絶対に?」
「絶対の絶対にです! 束さんへの想いは異性に抱くものと同じだって言えます!」
「そう、なんだ」
束さんは顔を真っ赤にする。
「じゃ、じゃあ、もしだよ、もし。もし、私が君に本気になって、その、家族、つまり結婚してって言ったら結婚するの?」
「しますよ」
私は即答した。
元から私はハーレムの子たちとずっと一緒にいたいと思っている。もちろんその意味は家族になるという意味でだ。決して私は、この学園を出たからもう一緒にいられなくなったね、じゃあ、恋人関係は終わりね、で終わらせようなんて思っていない。
私は、この学園を出たね、じゃあ、私とみんなで家族になって一緒に暮らそう、なのだ。私の夢はもうただ単にハーレムを作るだけではない。その先の未来までだ。
「っ!! そんなに、本気なんだね」
「はい、本気ですよ」
束さんは一度大きく深呼吸をする。
それは告白の答えをついに貰えるということを意味していた。今はそのための準備だ。
告白し終わったがその答えを受け取るのも緊張する。
簪たちのときはしなかった。
そのどちらも束さんにした告白と比べれば、全く告白というものになっていない。
まず簪へのものは私の寝言で私の好意がばれた。その後も告白はしたが、束さんにした告白と比べると告白ではないもののように思える。そのせいか緊張などはほとんどしなかった。ただ感情をぶちまけたようなものだったから。
そしてセシリアだが、こっちは緊張はしなかった。
だってセシリアにしたのは告白なんてものじゃなくて、ただ私の恋人になれという相手の思いを無視した、命令と言っていいものだったから。そこに緊張が入りこむ余地はない。あったのは相手の意思を無視したにも関わらず、セシリアを自分のものにしたということへの満足感のみであった。
故に束さんのときのような緊張はなかった。
「わ、私は、そ、その、き、君の事……」
準備を終えた束さんが口を開いた。
ついに、ついに、求めていた答えが貰えるのだ。
ただ、私が望むのは恋人になる、または友達など、とにかく今は恋人にはならないが、知り合い程度にはなることだ。
もちろんのこと初対面の私を好きになって恋人にしてくれることが最高なのだが。
「君の、こと……」
私はただ待つ。急かしたりはしない。
それに束さんのこの時間の長さに私は振られないのではと思えた。
もし束さんがそのつもりが全くないのならば、私に全く興味がないのならば、もうすでにさっさと答えを出して、お姉ちゃんのもとへ行っていただろう。それは会ったばかりの束さんを知っていれば分かることだ。
でも、今の束さんはどうだ。
振るどころか、今のようにはっきりと告白できずにいる。
これをどうして今から振られると不安にならなければならないだろうか。むしろ、振られないのだと確信してしまう。いや、もう確信とまで行ってしまった。
もしこれでまさかの振られたらどうしようか。そのときは羞恥とか色々で泣いちゃいそう。
「私、君のこと……」
私は待つ。
「……や」
『や』? 『や』から始まるのはなに?
いや、いきなりロシア語にするなんて意味が分からない。別のものだとしたら何だろうか。
分からない。
私は再び待つ。
「……やっぱり無理!!」
「っ!?」
その意味はどう聞いても私を振ったことを意味していた。
まさかの私の予想のはずれに私はショックを受ける。いや、それ以上に振られたということが一番のショックだ。しかも、振られるとは思っていなかったので、余計にショックがひどかった。
束さんが初恋の人だけにショックは大きく、目の前が揺れる。正確には私の体がふらついていた。
私の人間を超える身体能力を持つ体は、私の心には耐え切れずに束さんのほうへ倒れた。
束さんと私の距離は近いが、一メートルほどある。このままでは束さんのお腹辺りに顔をぶつけ、最後には地に激突することになる。
多分、束さんは避けちゃうだろうな。そうなると地面に顔から突っ込むことになる。ちょっと痛いかもしれない。
そんなことを倒れながら思っていた。
だが、束さんは避けずに、むしろ自分からさらに距離を詰めて、倒れそうになる前に抱きとめてくれた。
私の体中に束さんのやわらかさと温かさを感じた。
「うわああああっ!! だ、抱きしめちゃった!! えっ? 何この感触!? やわらかっ! それに温かい!! しかも、いいニオイするし!!」
束さんが抱きしめたまま何かを言っていたが、振られたというショックで何を言っているのかよく分からなかった。
私は涙を流す。
「ええっ!? な、なんで泣いているの!? ど、どこか痛かった!? というか、そもそも倒れたんだからどこか異常があるに決まっているじゃん!! ど、どうしよう!!」
束さんが何かを言っている間、私は涙を流し続ける。
「そ、そうだ! ち、ちーちゃん!! ちーちゃん!! 早く! 早く来て!!」
「どうした!」
ショックの中で誰かがこちらへ向かっているが分かる。
「おい、束。なぜ詩織が泣いている? 何をした?」
「な、何もしていないよ! ただ告白の答えを出そうと思ったけど、やっぱり心の準備ができいなくて、無理って言ったんだけど、そしたら倒れてきちゃって……」
「無理だとしか言っていないのか? 他に何かは? ひどいことを言ったりとかは?」
「い、言ってないよ!! 本当の本当に無理だって言っただけだもん! 本当にそれしか言っていない! 他は本当になにも言っていないもん!!」
「ふむ、本当にお前がそれだけしか言っていないのならば、考えるに詩織はその無理を告白の答えとして受けとったんじゃないのか? つまり、振られたと」
「そ、そんな……。そういうわけじゃないのに……。でも、だとしてもこんなになるの? この子、振られたにしてはふらふらして倒れてきたし」
「詩織は本気でお前のことを好いているからな。本気だからショックで倒れたんだ。そういうのもあるが、一番は詩織の初恋がお前だからじゃないか?」
「わ、私が初恋?」
「ああ。そう言っていたぞ」
「へ、へえ~そうなんだ」
「……何を頬を赤くしているんだ? ん? まさかとは思うが初対面の詩織に惚れたのか? 思えば詩織に告白されてから様子がおかしいぞ」
「は、はあ~? な、何を言うのかな。この子と私は今日会ったばかりだよ? なのに惚れた? それ意味わかんないよ」
「ほう、お前はそう言うのか。だが、隠そうとしても無駄だぞ」
「証拠でも?」
「気づいていないのかしらんが、詩織のことを『この子』と呼んでいるぞ。確か私が聞いたのは『これ』と物扱いだったはずだが?」
「っ!? た、ただこの天才束さんを分かってくれたからちょっと特別扱いしただけだから!!」
「にしては私を呼んだときの慌てようはすごかったな。私の知る篠ノ之 束は例え目の前で倒れても無視、だったんだがな。覚えているか? 私たちが学生の頃に実際にお前に向かって倒れてきた同級生を避けたんだぞ? しかも、冷たい視線でな」
「そんな有象無象のことなんて覚えてないよ! そ、そんなことよりもどうにかして!」
「……逸らしたな」
「うっさい」
「ふふっ、分かった」
私の体が束さんからお姉ちゃんのほうへと移された。
二人は何かを話していたようだが、ただ泣くだけの私は耳には入らなかった。
今の私は本当にみっともない姿だ。勝手に振られないって思って、そのせいで振られたときの傷を大きくしたものだ。そして、その傷の大きさで泣いている。みっともないの他ではない。
「詩織」
「ぐすっ、お姉ちゃん?」
「そうだ」
「私……私、振られちゃいました。私、束さんに恋人になってほしかったです。なって束さんと過ごしたかったです」
私は涙を流しながらそうお姉ちゃんに言った。