そして、鈴が両腕を広げた私へ飛び込んでくる。
「んぐっ」
「ひゃっ」
私の呻き声と鈴の悲鳴。
私はなんとか鈴を抱きとめた。
やっぱり体の凹凸があまりないとはいえ、さわり心地は女の子だった。まだ未発達だが、鈴の胸が当たっている部分からは、若干硬いが、やわらかい感触が。鈴の肩を掴んでいる両手からも筋肉と脂肪の鍛えられたやわらかさ。そして、鈴そのものから漂うのは甘い女の子のにおい。
ああ、やっぱり女の子って最高だ。男じゃ絶対にないものばかり。
「だ、誰!?」
鈴が私の顔を確認する。
そのとき鈴が離れてしまった。
ああ、もうちょっと触りたかったのに……。
「詩織……」
「そうよ」
鈴は私を確認するとすぐにまた俯く。
そんな鈴の額にでこピンをした。
「いたっ。何すんのよ!」
両手で額を押さえながら鈴が怒る。
まあ、いきなりでこピンだからね。それは怒るよね。
でも、私だって何の理由もなく暴力を振るったわけではない。
「こら! 人にぶつかったのだから何か言うことがあるでしょう?」
「あっ、ごめん」
私は鈴がこちらへ向かってきていたということを分かっていながら、受け止めたという事実があるのだが、謝るように言ったことには間違っていないと思っている。
「何があったのか知らないけど、私じゃなかったら鈴も相手も怪我をしていたのかもしれないわよ。ちゃんと前方を確認しなさい」
「ごめん」
再度鈴が申し訳なさそうに謝った。
やっぱり鈴って優しい子だな。
さて、鈴もちゃんと謝ったし、本題に入ろう。
もちろんのこと鈴を抱きとめたのは鈴に触れたかったからだけではない。ちゃんと他に理由がある。
「それで何があったの? もしよければ私に話してくれない?」
そう、鈴が不機嫌な理由を聞くということだ。
鈴がどのようなことで不機嫌なのかを聞き、私がそれを解決することで鈴の好感度が上げられるかもしれない。そのために鈴を抱きとめたのだ。
まあ、好感度がうんぬんがなくても、女の子の悩みは解決したい。
「でも……」
「もちろんこのことは誰にも話さないわ。まあ、昨日会ったばかりだから不安はあるわよね。別に今日じゃなくていいわ。話したかったらいつでも来て」
ここで無理やり聞き出すなんてことはしない。
そんなことをすれば最低なやつだ。絶対に鈴からの信頼はなくなる。そして、信頼を取り戻すのも余計に難しくなる。
それに無理やり何てあまり好きじゃないんだよね。
「今度でいいかしら?」
「……ううん、今聞いて。その、悩みというか愚痴になるけど……」
「別にいいわ。話してみて。ただ、ここじゃあね。私の部屋でいい?」
「ルームメイトは?」
「大丈夫よ。ルームメイトはしばらく帰らないから」
今は八時半を過ぎているのだが、先ほどセシリアも交えて夕食を取ったところ、セシリアが簪と話したいことがあると言ったので、先に帰ることにしたのだ。
女の子が二人きりで話したいと言ったので、思わず『浮気?』と思わず呟いたが、二人で同時に『それはない』と言われた。
二人とも本気の目だったので、本当だと思う。
でも、不安だ。だって二人とも私と同じ同性愛者になったし。
「なら、そこで」
私は鈴を先導するように先を歩く。鈴も私の後に続いた。
部屋の鍵を開けて、中に入る。
「椅子がそこにあるからそれに座りなさい。私は飲み物を取ってくるわ。一応何種類かあるのだけど、何か希望はある? まあ、売店から買ってきたものだから限られているのだけどね」
「あたし、まだ売店には行っていないから分かんないわよ」
「えっと、確かリンゴとオレンジとキャルピス、クォーラ。もちろんお茶もあるわよ」
「じゃあ、リンゴで」
私は備え付けてある冷蔵庫の中からリンゴジュースの入った紙パックを取り出し、コップに注ぐ。
それを鈴の前にあるテーブルに置いた。
私はベッドに腰掛ける。
「どうぞ。リンゴ百パーセントのジュースよ」
「ありがと」
鈴はそれを両手で持って、飲み始める。
鈴が小柄ということもあって、その姿は可愛さがさらに増す。
「話していい?」
「ええ、あなたのタイミングで」
鈴はポツリポツリと語りだした。
内容は今日の先ほどあった出来事だった。
一夏が知らない女の子と親しかったこと。
一夏がその子と一緒の部屋だったこと。
一夏が自分がいなくてさびしそうではなかったこと。
一夏が大切な約束を覚えていなかったこと。
とにかく一夏のことだった。
これを聞いていた私が歯をギリギリと言わせても仕方がないと思いたい。
「あたし、一夏のことが好き。でも、一夏は気づいてくれない。それに今日会ってみて思ったんだけど、あの女とのほうが仲がいいみたいに感じたわ」
あの女とはもちろん箒だ。
一夏と箒の仲がいいと聞いて、どうやら箒は上手くやっているようだ。多分一夏自信も理解していないうちに好意を抱いていると思われる。それが無意識に言動に表れているのだろう。
でも、鈴というライバルが出てきたからなあ。
箒、がんばれ!
「ねえ、詩織。あたし負けたくない。あたしの恋を手伝ってくんない?」
誰かの力を借りてでも好きな人を手に入れたいというのは嫌いではない。他人を貶めることでなければ嫌いではない。
でも、
「ごめんね。それは無理なのよ」
「な、なんで?」
鈴はちょっとショックを受けたようだ。
鈴との仲を考えると言いたくはないが、ここは事実を言ったほうがいい。箒の名前は……どうしようか。伏せておくか言うか……。
「実は言いにくいのだけど、ある女の子を応援しているのよ。その子も応援しているのにあなたも応援するというのはできないわ」
結局伏せておくことにした。
「っ! そ、そうなんだ……。その人じゃなくて、あたしを応援するのは……」
「無理よ。私も約束を破るような外道ではないわ」
これは好きとか嫌いとかの問題ではない。先に約束したかそうではないかの問題だ。残念ながら鈴がどんなに特別になろうともそれは無理だ。特別扱いはしないよ。
そういうところは私はちゃんとする。
「名前を……教えて……もらって、いい?」
「あなたを信用しないとは言いたくはないけど、その子の名前を教えるわけには行かないのよ」
鈴は私の言葉を聞いたせいなのか分からないが、顔を伏せたまま立ち上がるとそのまま何も言わずに出て行こうとしていた。
うん、ここで帰らせたら絶対にダメだ。きっと明日からは私を避けるような気がする。その理由は今回の手伝いを断ったからというものであるかもしれない。
そうであっても私は嫌いにならないけどね。
とにかく行かせないためにすばやくその手を掴む。
「へっ?」
そんな声が聞こえたが無視して、ベッドの上へ鈴を引っ張った。
引っ張られた鈴はぽすんとベッドの上に投げ出される。
ただこれでは逃げられるため、そういう意味ではないが、鈴に覆いかぶさった。
いきなりのことで鈴は混乱していた。
「っ、し、詩織! な、何のつもり!?」
私が性的に襲うと思ったのか、両手を自分の胸元へ置いていた。
襲いたいけど、今はそんなことはしないよ。
「鈴、私はあなたのこと大切に思っているわ」
「な、何を言って……。あたしとあんたは昨日知り合ったばかりでしょ」
「そうね。少ない時間だわ。でもね、それでも私はあなたのことを大切に思っているのよ」
もちろんこんなことを言うのは鈴に嫌われたくはないため。私は鈴に好き嫌いで手伝ったりしないとはっきりさせたい。
鈴と私は知り合ったばかりだからそう思われている可能性がある。
「嘘よ! 嫌われたくないからそんなことを……!」
そう言われるとは予測できていた。
だってそんなことを言われても会ったばかりの人の言葉なんて、好きな人以外、信じられないもん。
「嘘じゃないわ。あなたのことを大切に思っているから嫌われたくないのよ。あなたが大切な存在だから言うけど、もしあなたが大切じゃなかったら私はあなたをこうして引き止めなかったわ」
私だって人間だ。引き止める人間と引き止めない人間を区別している。
私は体を支えていた両腕の力を抜き、鈴と体を密着させた。
「ひゃっ」
こういうときにこんなふうなことはしたくはなかった。もうちょっと別のときに鈴に触れたかったな。
「本当に大切だからあなたに嫌われたくはない。だから知って。あなたの恋を応援できなかったのは嫌いとかじゃない」
それを示すかのように鈴を抱きしめた。
本当にやわらかくてちょっとでも力を入れれば壊れてしまいそうだ。
こんな状況だが、鈴を襲いたくなる。
「その、応援はできないけど、話を聞くことはできるわ。それであなたを支えさせて」
「……本当にあたしのこと、大切なの?」
「ええ、大切よ」
「……ならこれからあたしの話を聞いてよ。そして、今みたいにさ、抱きしめてくれるといいんだけど」
「いいわよ」
もちろんのことこちらとしてもうれしいことだ。
これで鈴と話す口実もできたし、触れる口実もできた。
「嫌というわけではないけど、どうしてこうされたいの?」
普通は出会って間もない人にこうされるのは抵抗があるはずだ。友達になっても抵抗感はあるはず。
なのに鈴はしてほしいと言う。聞いてもいいことならば聞いてみたい。
私の下にいる鈴は恥ずかしそうにする。
可愛い。
「詩織にこうされるとなんだか心地よくて……」
「ふふ、うれしいことを言ってくれるわね」
「気持ち悪くない?」
「なんで?」
「だって同じ女なのに……」
あははー鈴の目の前の可愛い女の子は女の子が大好きな人だから、むしろ気持ちいいって思うくらいなんだけどね。
「そんなことは思わないわ」
私は体を起こすと鈴の体も起こし、向き合う形になるように私の膝の上に座らせた。
鈴はさすがにこの体勢に顔を真っ赤にした。
だが、嫌がる様子はない。ただ私から顔を隠すように顔を伏せるだけだ。
「私も鈴と触れ合うのは心地いいわ。私もあなたと同じくこうすることを望んでいるの。それにこんなことをするのは二人きりのときだけよ。だから二人きりのときはそんなこと忘れなさい」
「うん」
鈴はこのようなスキンシップを受け入れたが、私のような恋愛の対象としてではない。やはりまだ友人やそのあたりから抜け出せていない。
まあ、仲良くなれただけ良しとしよう。まだ時間はあるのだから。
「ねえ、話は今はもう終わったんだけど、もうちょっとこうさせて」
鈴は私に寄りかかる。
「もちろん。もうしばらくだけいいわ」
そろそろだけど簪が帰ってくると思う。
簪には新しい気になる人がいると言ったから、突然入ってきても鈴がその気になる人だと理解すると思う。ただこうやってくっついていることには何か思われるかも。
「ねえ、あたしって一夏の恋人になれるかな?」
しばらくしていきなり鈴がそんなことを言う。
おや? 見ていて悔しいほど、一夏LOVEだった鈴がそんなことを言うとは。正直驚いた。
「どうしたの? 応援という意味じゃないけど、そんな弱気じゃ恋人になれないわよ」
感情が全てと言うわけではないが、やはり感情というのは行動するための原動力である。それが弱いとなると行動は制限されるのだ。
例えば不安な状態でスポーツの試合に行くのと、自信満々で行くのとではやはり動きが違う。
「そうだけどさ、今日の一夏の反応を見て、あまり特別にうれしそうには見えないみたいだから。そんなあたしがなれるのか不安になったのよ」
恋する者としては久しぶりの再開に誰よりも喜んで欲しい。こちらからの片思いだとしてもそう思う。
だってそうだとしたら少なくとも相手は自分のことを意識しているってことだもんね。
「……あまり応援しているようなことは言いたくはないのだけど、恐らく一夏に異性を感じさせることは至難の業よ。反応がなくても不思議ではないわ。だから一夏にそういう反応を期待するだけ無駄よ」
「……やっぱりそっか。あたしにはって思っていたんだけどなあ」
誰だってそう思いたい。
でも、そうではないのが大半だ。
「にしても詩織って一夏のこと、好きなの? なんか詳しいけど」
そう言われて怒り的なものが湧き上がるが、恋人が三人もいる私は何とか耐えることができた。
「違うわ。ただどうしても一夏の情報が必要なときがあったからね。それでよ」
そう言うと鈴が、膝の上に乗ったままだが、警戒の色を見せて離れる。
「あんた、まさか一夏のデータを?」
なるほど。確かに情報が必要なんて言ったらそういう結論になってしまう。
普通の学校だったら恋に関する情報だと思ったはずなのになあ。
「違うわよ。言ったでしょ? 応援している子がいるって」
うん、嘘は言っていない。ただ順序が違うだけ。
「アドバイスをしようにも相手のことを知らないとできないでしょ?」
「その通りね。ごめん、疑ったわ」
「気にしてないわ」
一夏を大切に思っていると言ってもいい反応だ。
本当に妬けるよ。