「いつから気付いていたんだい、セタンタ?」
部屋に一歩踏み入れ扉を閉めると、シャルル兄がそう言った。
……アレ? シャルル兄ってこんなに威圧感あったっけ?
俺の知ってる(覚えている)シャルル兄のプロフィールといえば、
①タバサ=シャルロットの父親で
②最年少でスクウェアメイジになった天才で
③チェスで唯一ジョゼフと渡り合える天才でもあって
④ジョゼフに王位が渡った時も笑顔でジョゼフを祝福して見せるほどのお人好しで
⑤というのは実は演技で、本当は王になれなかったことをすごく悔しがっていた
ってところなんだけど……
……アレ? ヤバくね? 特に③と⑤
頭脳だけでアルビオンを落として見せたジョゼフと同じくらい頭がよくて、しかも念願であった王位を得られなかった時でさえ、兄弟であるジョゼフにも心情を悟らせることなく良き弟を演じ続け、そのうえ王位を渇望してる。
ジョゼフの大粛清にビビリ過ぎてたせいで見逃してたよ。特大の死亡フラグじゃん、シャルル兄って。俺が「コミュ力」チートならシャルル兄は「演技力」チートじゃん。しかも王位を狙ってるってことは、「他の継承権を持つ兄弟は全て邪魔」という考えに至る可能性もあるってことだ。それらが組み合わさったら笑顔で兄弟に杖を向けられる天才暗殺者の出来上がりじゃねえか!
絶望した! 絡んでも安全だと思っていた相手まで危険なキャラに変わるハルケギニアに絶望した!!
ジョゼフ兄も初めてシャルル兄から感じる異様な威圧感に驚いているが、
「風のメイジとして気付かれていない自信はあったんだけどね。まぁいいや。とりあえず結果的にではあるけれど、盗み聞きをしてしまう形になったことを謝罪するよ」
コエェェェェェ!! 目が笑ってないんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
俺としちゃ軽い気持ちだったんだけど。
実はシャルル兄もジョゼフ兄を認めていて、でも王様になりたいからシャルル兄は魔法の修行を一杯したんだよ。クーもシャルル兄もジョゼフ兄がすごいのを知っていて、父上はやっぱりジョゼフ兄を王様指名するんじゃないかなぁとか思ってるんだよ。でも王様になりたいシャルル兄はジョゼフ兄が王様になったらきっとすごい悔しがっちゃうんだよ。てきな? シャルル兄が本心を晒して王様になりたいと言えば、ジョゼフ兄なら笑って譲ってくれちゃうかもよ? てきなてきな? そんなことを会話で伝えとけばシャルル兄の暗殺やシャルル派大粛清を無しに出来るんじゃないかと思っただけで。
なのにコレ。魔王を説得に来たら大魔王が隠れてましたってか?
この人なら「今のはカッター・トルネードではない。ウインドだ」が素で出来そうなんですけど。
やべぇよ。勘弁してくれよ。
「興味深い話だったね。私も参加していいかい、セタンタ?」
ええい、覚悟を決めろ、俺! 予想外の場所から死亡フラグが現れるなんて生まれた時から経験し続けてる事じゃないか!
「俺としてはシャルル兄の意見も聞きたいし、むしろ参加してほしいくらいだけどさ。ここはジョゼフ兄の私室なわけで」
「ふむ。俺としても文句のあるはずもない」
「ありがとうございます、兄上。セタンタも」
チェスボードを挟んで向かい合って座っている俺たちの横、ちょうどチェスボードを横から覗きこむような位置にシャルル兄も座る。
と、ほぼ同時にシャルル兄が杖を抜いた。
――ッ!
思わず身構えるべきか迷ったね。手元には槍はおろか武器になりそうなものなど何もない。杖を抜いた所で俺には何も出来ないし、ならば無手でどうにかできるかと聞かれれば自信は無いと答えるしかない。
うん。襲撃を予想してたんですわ。いや、この場で一番怖いのはシャルル兄が「手段を選ばない人間」なのではという予想が当たってしまうことだったんだ。
だからかな。シャルル兄がサイレントを部屋にかけた時は、安堵からか笑みを浮かべてしまったよ。
「王族ならば周囲の眼や耳には常に気を配るべきですよ。どこで誰が聞いているのかも分かりませんし」
シャルル兄も笑みを浮かべる。ニコニコとした見る者に安心を与える笑顔。今では「支持を受けるために創り上げた笑顔」にしか見えないけどね。
「立ち聞きしていた王族の言うことは説得力があるな。いや、責めているわけではない。それにサイレントなど、俺もセタンタも使えないのだから、まぁ許せ」
ジョゼフ兄も嗤う。初めて見るシャルル兄の「人に見せない面」をどう思っているのか。まぁ不快に思っているわけではないみたいだけど。
「そもそも聞かれて困る話をしていたつもりもなかったしね。俺とジョゼフ兄がサイレントをかけた部屋に籠っている、なんてほうが変な勘繰りを受けてたよ」
俺もワラう。「コミュ力」は最初っから全開だ。「説得力」「交渉力」「洞察力」etc.全て使って俺の言葉を「無視することの出来ない言葉」にまで昇華する。「
目の前に座るは王位継承権第一位、ジョゼフ・ド・ガリア。手元に寄せるは黒のキング。神算鬼謀を操りて、臣下すら謀る「無能王」。
隣を見やれば王位継承権第二位、シャルル・ド・ガリア。その姿はさしずめ白のキング。誰にも剥げない白き衣の内側に、一体何を納めていることやら。
なんてカッコつけモノローグをしてるのはこの俺、王位継承権第三位、クー・セタンタ・ド・ガリア。えーと黒も白もキングは無いし、……気分的には青のナイト?
ようやく舞台は整って、台本ナシの
ジョゼフは本物の「シャルル」を見極めるため。その姿を目から離さず
シャルルは己こそが王に相応しいことを兄にすら認めさせるために
クーは全てを操って、祖国に血の雨が降ることを止めさせるために
どう転ぼうと誰かしらを敵に回しそうな、口先での戦いを始めよう。
覚悟はいいか?
……俺はあんまり出来てない
なんか幕間みたいな感じになっちゃいました
実際どうストーリーを運んでいいか迷った末、お茶を濁しただけなんですけど
無駄にハードル上がってるだけの様な気がします
暗めの話なんて、「え? おわり?」って位のアッサリ加減が理想だったんですけど
今回はシャルル兄の危険度をクーがやっと認識した回です
クーとしたらジョゼフの印象が強すぎて、今までシャルルは全く警戒していませんでした
というか作者がシャルルのやってた裏工作の話を完全に忘れていたせいなんですが。Wiki見ても裏金だの根回しだののくだりを思い出せず、まだ読んでない続刊にバッソ辺りの回想として登場するのかと思ってたくらいですし