ちょりっす。クーです。
オッサンらとの会談から数日、リュティスに向けて報告を飛ばしたり、一応の責任者として園遊会の準備を見て回ったりして過ごしていたんですが。
また来ましたよ。モンモランシ伯爵とヴァリエール公爵。
今度はマザリーニ枢機卿はおらず、かわりに娘さんを連れてはいますが。
……つか何故来たし?
モンモランシ伯爵は水の精霊とモンモンとを会わせるためですかね? いや、モンモランシ領側のラグドリアン湖畔でやれよ。
ヴァリエール公爵も。モンモランシ家によってトリステイン内で水の精霊と接触することが出来るようになるんですから、そっちでカトレアさんを治療しなさいよ。
わざわざこっちまで来る意味は? 他のトリステイン貴族にガリアとの内通を疑われかねないんじゃないの?
なんて色々疑問にも思ったわけですが、来ちまった以上無下には出来ませんよねぇ。
というわけで湖畔のティータイムスペースへと案内させたんですが。
「は、ははははじめまして! わたくし、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシと申します! お会いできて光栄です!」
てかガッチガチですな。モンモンちゃん。
一方でふわふわしてるのが、
「お初にお目にかかります。わたくし、カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌと申します。以後お見知りおきを」
カトレアさんは余裕そうだね。というか美人さんだねぇ。
いや、俺はそのことに対して何かあるわけじゃないんだよ。
ただね。周囲を固めてる花壇騎士どもがね。
チラチラ視線向けとるんですわ。
……仕事しろ。モテナイブラザーズどもが。
「ああ。私はクー・セタンタ・ド・ガリア。ご丁寧な挨拶痛みいる。が、公式な会談と言うわけでもないのだし、あまり畏まらず楽にしてくれ」
そう言って椅子をすすめる。ついでに紅茶を人数分+1用意させる。
俺の前に二つのカップが用意されたことにモンモンとカトレアには不思議そうな顔をされたが、まぁ精霊サマ用だと分かるはずもないのだし仕方がないだろう。というかこうしておかないと俺の分が無くなるんだよ。
「数日ぶりですか、ヴァリエール公爵、モンモランシ伯爵。本日はやはり先日の件で?」
「はっ。殿下の貴重なお時間をお借りすることに心苦しくは思いますが、先日の水の精霊の言に従い、参上した次第でございます」
先日の?
えーっと。確か精霊サマは……
『――を治そう。ここへ連れてくるがよい』
…………あちゃあ。ここに来いって言っちゃってるよ。
なるほど。それでわざわざガリア領まで来たわけね。
「そうでしたね。では、精霊サマ?」
「なんだ? クーよ」
うにょーんと紅茶が盛り上がり、精霊サマが現れる。モンモランシーは「わぁ」と、カトレアは「まぁ」と感嘆の声を上げるが。
何故俺のカップから出てきやがる。お前のはその隣だ。
……まぁいいけどさ。
「先日したお願い、覚えていますか?」
「ああ。単なる者と盟約を結び、単なる者の病を治すのだろう?」
……個体識別出来てんの? 同じ人じゃないよ?
「ええ。では待ちかねておられるようですし、そうですね、先にカトレア嬢の治療から」
そう言ってカップごと精霊サマをカトレアさんの前に押し出す。
順序的にはモンモンに先に盟約を結んで貰い、カトレアさんの治療は交渉役になったモンモンに全て丸投げしようと思っていたんだけど、公爵家より伯爵家を優先すると面倒なことになりそうだしね。
だから、今か今かと鼻息荒くしている公爵が怖かったわけじゃないんだからね。勘違いしないでよね。
「ふむ。この単なる者を治療すればよいのか?」
「ええ。お願いします」
「お願いします。精霊様」
「あいわかった。クーよ。我に感謝するがよい」
「ええ。感謝し、そして忘れませんよ。これで私はヴァリエール家に大きな貸しが作れるのですから」
ヴァリエール公爵に向けて釘をさす。
しつこい? アホか。娘が回復した感動で忘れられた(ことにされた)らどうすんだよ。
行く時はガッツリいかなきゃね。ウケケ
「では単なる者よ、我を飲むがいい」
「精霊様をですか?」
カトレアさんは不安げにヴァリエール公爵と、そして俺に視線を向けるが、神妙な顔を作って頷いておく。
カトレアさんは意を決したように、精霊サマがぽちゃんと沈んだカップを手に取ると、そのまま口を付けた。
……どうでもいいんだけどさ、何故俺の時は鼻から入って行ったんだ? 何故カトレアさんの時は普通に飲ませたんだ? 何これ差別? イジメ? 泣いていいっすか?
「ど、どうだ? カトレア?」
「ん。不思議な感じです、お父様。お腹の中がジンワリ温かくなるような」
俺の時はしばらく鼻水が止まらなかったけどな! HAHAHA!
……やめよ。切なくなるし。
俺は給仕に新たに紅茶を注ぐよう言い、現在カトレアさんのウチで治療中の精霊サマに進捗を尋ねることに。分裂できるって便利だよね。
「どうでしょう、精霊サマ。カトレア嬢がどこを病んでいるのか分かりますか?」
「いや、わからん」
あれ? 意外な言葉。ヴァリエール公爵なんか顔面蒼白になっているし。
「分からないのですか?」
「ああ。そもそも我は単なる者の体の事など知らぬ。何が正常なのか分からぬゆえ、何をもって健康とするのかが分からぬ」
あー。なるほど。
要するに基準を知らないということか。
どういう構造ならば健康体と呼べるのかが分からない以上、たとえ内臓の数が人より少なかったとしても精霊サマには異常だと分からないのだろう。俺だって何をもって人を健康と判断するのかなんて分からないしね。
でも、ならば何故、
「治そうと言ってくれたではないですか? あの時からこうなることは予想できたのでは?」
「クーよ。聞き方が悪いぞ」
それは先日俺が思った言葉と同じ。表情があればニヤリと笑っていたんじゃなかろうか。
「我は確かに単なる者がどこを病んでいるかなど分からぬ。我に分かるのは、単なる者とクーとでは、体内の水の流れが異なっているということのみ」
水の流れ。それはハルケギニア流の不調を示す言葉だったはず。
確かに俺は健康体だ。『コミュ力』や『名前』に隠れ気味だけど、病気などで死なないように『丈夫な体』も神さんから貰っている。その俺と比べればカトレアさんの『水の流れ』は淀んでいるのだろう。
「ゆえに我が行うのは単なる者の病を取り去ることではない。我が行うのは単なる者の水の流れをクーと同じくすることのみ。異論はあるか、単なる者よ」
「いいえ、あろう筈もございません」
カトレアさんがにっこりほほ笑んだ。
見る者を虜にするかのような柔らかい笑みにどきりとする。
うん。女っ気のない人生だったもんだから心臓バックンバックン言ってたよ。
背後の花壇騎士がため息をついてるのも感じたけど、まぁ許そう。
あれを目の前にすりゃ、男なんて骨抜きにされて当然だものな。
だから俺も気付けなかったんだろうね。
そう結局俺は気付けなかった。精霊サマがカトレアさんの完治を告げた時も、それを聞いたヴァリエール公爵がカトレアさんを抱きしめながら喜んでいた時も、結局気付くことが出来なかったんだ。
精霊サマは言っていた。俺と同じにすると。
神さんから人並み以上の肉体を貰い、『名前』の加護によって
そのことを俺が知るのはまだまだ先の話。
ヴァリエール公爵がモンモランシ伯爵に「うちの次女と妻との喧嘩で、屋敷の半分が吹き飛んだんだが」と零すのもまた、まだまだ先のお話。
なんだか後書きのせいで本編への印象が薄くなってしまってる様なので修正
後書きはノリだけで書いてるのであまり真に受けないでくださいませ