水の精霊サマより齎された一報。すなわち俺がモード大公邸の調査を頼んでいた水の精霊サマの分身が捕えられたという情報は、俺の心中に焦りを生んでいた。
まったくの予想外の場所から現れたイレギュラー。
覚悟のない状態で受ける、文字通り正真正銘の不意打ちはまさに痛恨の効果抜群といった感じで。
……スー、ハァー。うん、落ち着こう。
落ち着いてもう一度状況を整理して。
うん。マズイ。
なるほど、こいつは非常にマズイ。
向こうにエルフがいたからといって油断したわけではなかった。なかったんだが、
「捕えられたということだけど、現状はどうなっている?」
「瓶のようなものに詰められているな。内部からの破壊は不可能だろう」
隠密性を高めるために水滴程度の大きさで屋敷を探っていて貰ったことが仇になったか。
水の精霊サマが扱う技は、精霊サマを形作る水の量によって左右される。
湖ほどの大質量を用いれば攻城・殲滅戦すら可能な精霊サマも、さすがに水滴程度の大きさでは無茶は出来ない。
「とはいえ今さら脱出して貰っても状況は好転しない、か」
肝心なのは水の精霊
今さら証拠を消したとて、大公側の疑念は消えないだろう。
「意識だけを離れさせることもできるが?」
「いや、とりあえず精霊サマの分身体にはそのまま意識を乗せておいてくれ。エルフ側から対話を求められたら応じるように。ただ、俺の事までは今は言わないでくれ」
「うむ。了解した」
そう言ってちゃぷんと精霊サマは紅茶に沈む。
サイレントをかけさせていた騎士に合図を送り、警戒レベルを下げさせてため息を一つ。
はぁ、まいった。
水の精霊サマが俺の身内だということはそう簡単には掴めないだろうが……。
しかし疑われることは確実だ。なにせ水の精霊といえばラグドリアン湖に住まうモノだ。オルレアン領の領主である俺が無関係であるとも思わないだろう。
となれば主導権は俺から無くなる。
当然こちらの予期とは違う先手を打たれる可能性もあるわけで。
ホント、マズイことになったねぇ。
といってもグズグズしているわけにもいかないだろう。
おそらくモード大公は、俺がエルフの情報を聞きつけ探りに来たのではないかと疑うはず。というかここまできて疑わない様な『いい人』ならば、逆に策や搦め手なんて通用しないことだろうし。
さて、ここで疑念を持ったモード大公の取り得る動きは……。
大別して二つ、といったところか。
一つ目は、俺をどうにかする、という動きだ。
水の精霊を動かせる可能性のある唯一の存在、それが俺である以上、エルフを嗅ぎまわっていたとされる容疑者もまた俺しかいない。
ならばエルフを匿っているという情報を流させないためには、俺を抑えてしまえばいい。
とはいえ『口封じ』はありえない。そこまで短絡的に動かれるのならば、逆にやりやすくはあるが、仮にも相手は貴族社会で揉まれてきた人間であり、アルビオンの大公だ。むしろ俺がアルビオン内で怪我でも負って、ガリアの調査が自分にまで及ぶことを恐れるだろう。
ならば『交渉』か? しかしモード大公側も水の精霊を使役していたのが俺だという確信を持っているわけではない。たとえそうだと仮定したとしても、俺がエルフの事まで掴んでいるかどうかまでは分からないはず。俺に「エルフのことは黙っていてくれ」と言った挙句、「エルフ? なにそれ?」と藪をつついて蛇を出す結果になりかねない様な行動は控えるはず。
さて、こうなると俺への『干渉』によって状況を打開することは難しいだろう。
そうなるならば、モード大公は二つ目の選択肢を選ぶ可能性が高い。
二つ目。それはエルフをどうにかする、ということだ。
つまり、一時的にエルフの居場所を変える。
サウスゴータ家のような信頼できる部下に、一時エルフを預け、モード大公邸からエルフを痕跡を消す。その後に水の精霊が侵入した地下を、宝物庫とでも言って俺に見せればいい。マジックアイテムは泥棒などの侵入者対策であり、俺に宝物庫を見せる理由はコレクションの自慢、もしくはガリアとの親交を深めるために自身の宝の内の俺の気に入った物を贈呈しようとしているとでも言えば、それでいいだろう。
おそらく穴のない計画。俺が何を嗅ぎまわっているにせよ、モード大公邸には目的のモノがないのだと示せるし、不自然な点は見受けられない。
原作で『エルフの引き渡しの拒否』という『素直』な行動をとったモード大公ならば、こちらを選択する可能性が高いが……。
今まで隠すだけでよかったエルフを、街中を移動させるということの危険性をきちんと理解できているだろうか。
変装させ馬車にて移動。それだけで十分、そう思われているとしたら、かなり危険だ。
モード大公にとっても、エルフにとっても、そして手引きをする家臣にとっても初めて渡る危ない橋。
十分な対策なしに警戒心ばかりを強めての行動。ミスが発生しないと思う方がおかしいだろうね。
むーん。最早一刻を争うと考えるべきか。
まったく。イレギュラーは勘弁してくれよ。
「相席させていただいてもよろしいかしら?」
「はい?」
ふいにかけられた声でハッと顔を上げた。どうやら随分考え込んでいたらしい。
にしても相席? ハルケギニアの貴族にそんな習慣なんかあったか? 平民ならマントをつけた貴族に声をかけることすら遠慮するだろうし。
つか護衛は? ああ、そうか。敵意を見せているわけでも杖を抜いているわけでもない相手に無茶な真似は出来んものね。一応他国だし。
と、声の主を見上げれば、
「初めまして。オルレアン公爵殿」
……おいおい。嫌な予感がびんびん来る容姿をしてらっしゃいますね?
頼む。予感よ外れてくれ!
…………まぁ俺の神頼みなんて届くわけもなく、
「私はカリーヌ・デジレ・ド・マイヤール。ラ・ヴァリエールの妻にして、公爵殿に治療していただいたカトレアの母にございます」
とんでもないイレギュラーが来やがった。
いや、もうそろそろお腹いっぱいなんで、勘弁してはもらえませんかね?
最近話の雰囲気が少し暗くなってる気がする
お軽い感じに戻したいんだが・・・どんな作風だったっけか
読者様に楽しんでいただけているのか心配でもあったり
むーん
執筆中だろうとテンションが上がってしまうような音楽とかあれば教えてください