転生?チート?勘弁してくれ……   作:2Pカラー

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42.烈風

 

 カリーヌ・デジレ・ド・マイヤール。その名が出た瞬間、護衛についていた騎士たちの顔色が変わった。

 それは警戒の色。当然だろう。相手はあの(・・)『烈風』だ。

 トリステインでは『烈風』カリンはほとんど伝説的な、逆にいえば現実味のない存在となっているらしい。しかしガリアでは事情が異なる。敵となり得る隣国で名を馳せる使い手。その情報は正確かつ確実に入手されている。彼女の実力も、容姿も、そして当然、彼女がヴァリエールに嫁いでいることも。

 トリステインとの国境を任せられたオルレアンの騎士ならば、『烈風』の名を聞いただけで色めき立つのも当然。俺が護衛に選んだ腕利き達でさえ緊張と共に視線を向けているわけで。

 ……だからさぁ、そちらさんももうちょっと緊張してくれてもええんじゃよ?

 当のご本人様は、周囲の騎士から向けられる視線などどこ吹く風と言った風に、

 

「ご一緒しても?」

 

「……ええ。どうぞ、ヴァリエール公爵夫人」

 

 はぁ。涼しい顔をしてはります。こっちは内心ガクブルだってのに。

 

「ありがとうございます。それと、私の事はカリーヌとお呼びください」

 

「では、お言葉に甘えさせて貰いましょうか。ああ、申し遅れました。私はクー・セタンタ・ド・オルレアン。よろしくお願いいたします、カリーヌ殿」

 

「はい。叶うことなら末永く」

 

 ……ス、スルーしようぜ!

 うん。よし。よしっ。気を取り直してっと。

 

「それにしてもヴァリエール公爵の御夫人とアルビオンにてお会いするとは思いませんでしたよ」

 

「ええ、そうでしょうとも。私自身、アルビオンに来ることになるとは思っていませんでしたもの」

 

「ということはアルビオン行きは急に決まったことだと? ああ、詮索つもりは無いんですが」

 

「いえ、気を使っていただかなくても結構ですよ。オルレアン公の仰ったように、アルビオン行きという予定はありませんでした。とある事情で急に決まった事です」

 

「へぇ……」

 

 はぁー。紅茶がおいしい。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………は? 事情を聞けと? 何故来たのか理由を聞けと仰る?

 いやいやいや。なんとなく分かるでしょ? 藪蛇だってば!

 だって俺のいるとこをピンポイントで狙って来てるんだぜ? お互いニコニコしてるけど、カリーヌさんの目、笑ってないんだぜ?

 

「たとえば……、あくまでたとえばの話ですが」

 

「はい?」

 

 いきなりどうした?

 

「たとえば、生まれた時から病弱で、なかなかベッドから出ることも出来ない少女がいたとしましょう」

 

 な、何故に語りが始まってらっしゃるのでせうか?

 事情とやらを聞かなかったからといって、いきなり話し始めるのはどうかと思うんですが。

 もう少し段階を踏んだほうが。段階を踏めなかった時は諦めていただくという方向で一つ。

 ……はぁ。ええ。無理でしょうともよ。聞く以外の選択肢は無いんでしょうね。

 

「その病弱な少女は裕福な家に生まれたため、何不自由なく生きることが出来ていたとしましょう。

 厳格な父と、聡明で美しく気品にあふれ気高く優雅でありつつも強く美しい母がいたとしましょう」

 

 美しいって二度言ったよね? いや、ツッコミたくないけどさ。

 

「幾つもの治療法を試し、それでも快復に至らなかった少女がいたとしましょう。

 そんな少女の前に一人の救い手が現れ、誰もが諦めた少女の病を癒してくれたとしましょう。

 その少女は、突然現れた救い主に、一体どのような感情を抱くと思いますか?」

 

 なんとなく話の方向は見えたけどさ。正直勘弁してもらいたい。

 まぁガリアの公爵相手だし、さすがの『烈風』も無茶はしないだろうけど。

 

「健康になった少女はとても喜んだのです。

 太陽の下を歩ける事を喜び、草むらの中を走れることを喜び、遅くまで月を眺めていられることを喜んだのです。

 それらは当たり前のことでした。しかし、少女にとってはその『当たり前』こそが、憧れてやまないものだったのです。

 少女は友人を作れることを喜び、パーティーに出れることを喜び、ダンスを踊れることを喜んだのです。

 それらは少女の生まれならば当然のことでした。少女は今まで、姉妹の踊る姿を羨望と共に眺めることしか出来なかったのです。

 そして少女は正しく理解しています。その幸せが、一人の異国の王子がくれたものだと」

 

「……たとえ話ですよね?」

 

「はい。あくまでたとえばの話です」

 

 だったらもう少しボカしてくれると嬉しいんですが。

 なんか感情込めて語ってくれるおかげで、護衛連中の中に聞き言ってる奴が出て来てるし。

 普通にしてても演劇っぽくなるのはトリステインの伝統なんでしょうかね?

 

「自分の幸福が全て異国の王子から与えられたものだと理解している少女は、やがてその王子に淡い恋心を抱くようになりました。

 自分に救いを与えてくれた王子に。自身に幸福を与えてくれた少年に」

 

 少年いうなし。

 

「もしこの少女が、その異国の王子が婚約者に相応しい相手を探すため異国に旅立ったと聞いたら、どうなると思いますか?

 裏を疑うことも、当然政治に関しても何も知らない純粋な少女が、初恋の相手が恋人を探しているなどと知ったら、どういう行動に出るでしょうね?」

 

「えっと。後先考えなくなったり……とか?」

 

 そこでカリーヌさんがハァと一息。

 随分疲れてらっしゃるようですけど、あれ? カトレアさんの相手候補(オレ)を捕まえに来たってわけじゃなさそうなんだが。

 

「……母親が代わりに王子に事情を聞いて来るという条件で、なんとか少女を引きとめることが出来たのです」

 

「それは、なんというか……お疲れ様です」

 

「……無礼を承知で一言だけ言わせて下さい。あの子を刺激するような行動は、どうか勘弁して下さい」

 

 わぁお。しおらしい『烈風』とか想像だにしてなかったね。

 というか、カトレアさんにそこまで思われていたとは。

 だけど応えるわけにはいかんよなぁ。

 俺としてはもうマチルダさんとのトゥルーエンドに向けて突っ走りたいし。

 ま、カトレアさんは常識人の部類だし、なんとかなるか。

 

「ホント、大変だったんですから。あの子、素手で壁とか普通に壊しますし」

 

 …………え゛!?

 




ヴァリエール家が半壊しました そんな42話 幕間気味

作者としてはようやくアルビオン編のオチが見えてきました
なんとか突っ走りたいものです
さんざばらまいたフラグたち。あまさず拾えりゃ御喝采


拾いきれんくても怒らんといてな?

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