ヴァリエール公爵がモード大公家へ。
青天の霹靂ってレベルじゃねーぞ! そう叫びたいくらいだったね。
モード大公邸は水の精霊サマを捕まえたせいで大混乱に陥ってるものだと、俺は読んでいた。
それだけに第三者にはちょっかい掛けて貰いたくは無かった。
これ以上状況を読みにくくされてたまるか、という思いも確かにあるが、同時に巻き込みたくは無いという思いもあるわけで。
ま、結論を言ってしまえば、希望的観測なんてものを許すほど世界は優しく出来ていなかったんだがね。
「? 使用人の姿も見えないとはどういうことでしょうね?」
カリーヌさんを連れだって大公邸まで戻って来たわけだが、邸の外には人の気配がなかった。
人払い、か。やはりモード大公はエルフを他所へ移すつもりだったか。
可能な限り人目につかないよう配慮した結果、平民からなる使用人たちは屋敷から離れさせたのだろう。
まさに拙速。まぁ第三者の介入を予測しろといっても、無理だったろうけどね。俺でさえまるで予想できなかったイレギュラーだったんだから。
「行きましょう、カリーヌ殿。それと」
一応釘をさしておこうか。
カリーヌさんにも。そして俺自身の心にも。
「
『コミュ力』を使って言葉を冷たく。
冷徹に、冷淡に、冷酷に響かせる。
護衛の騎士たちですら初めて見る俺の表情に息を飲んでいるが、こんなところで止まれるか。
こっから先はお巫山戯は無しだ。
やってやろうじゃねえかよ。
「オ、オルレアン公!?」
屋敷に入ってすぐに出迎えたのは予想に反して見知った顔だった。
「……マチルダ」
予測していなかったわけじゃない。
モード大公がティファニア親子を匿わせるという手段に出るならば、頼る貴族の第一候補は原作でもエルフを匿ったサウスゴータ家だろう。
以前の会話の様子からも、マチルダさんが既にティファニアを知っているらしいことには気付いていたし、この状況で彼女と顔を合わせることも十分予測できたこと。
とはいえ、望んでいたかといわれれば、正面から否定させて貰うがね。
「オルレアン公。今日はサウスゴータを見て回るはずだったのでは?」
「すまないね。状況が変わった。『例の親子』はこの先か?」
「――ッ!」
マチルダさんが杖を引き抜く。
呼応するように護衛達も。反射的にカリーヌさんまでもが杖を構え、
「止めろ」
俺の言葉で全員がビクリと肩を震わせた。
まったく。マチルダさん相手に『命令』する羽目になるとはね。
「あ、貴方は初めからあの方たちの事を知っていて……」
「ああ。そうだ」
……チッ。何から何まで計算外だ。さすがにムカついて来る。
折角出会えた心から欲しいと思えた相手にこんな目で見られることになるなんてな。
初めて惚れた相手に杖を向けられることになるなんてね。
俺のものにしたいと願った相手に、俺の身内が杖を向ける状況になるなんてさ。
まったく。自分の不甲斐なさに腹が立つ。
ったく。自分で自分の心臓をぶち抜いてやりたい気分だぜ。
「……私の事も利用するつもりで?」
違う。そう言えれば楽だったんだろうけどな。
「通せ。マチルダ・オブ・サウスゴータ」
とはいえ言い訳している暇もない。
彼女がサウスゴータのために生きたいと言っていた姿に俺は惹かれたんだ。
ならば俺もガリアのために進まなくちゃならないだろうよ。
膝から崩れ落ちたマチルダさんに目もくれずに、俺は一歩を踏み出した。
聡明な彼女の事だ。他国の貴族、それも重鎮と呼ばれる相手にエルフの事がバレれば、どうなるか予想もついてしまうのだろう。
心優しい彼女の事だ。妹のように思って来た少女のこれからを思えば、自然と涙がこみ上げてしまうのだろう。
護衛にその場に残るよう言い残し、彼女の嗚咽を振り切って、
扉を開け放ち、視線を向ければ、
「オルレアン公……」
イレギュラーの最たるヴァリエール公爵。
「……」
無言を貫くモード大公。
そして、
「お初にお目にかかる。私はクー・セタンタ・ド・オルレアン。我が盟友たる水の精霊がお世話になったのは、そちらの御婦人かな?」
どこか諦めたような表情でこちらを見ているエルフと、怯えたように視線を彷徨わせている幼き少女の姿があった。
上等上等
一人残らず救ってやろうじゃねえか
覚悟はいいか?
俺は出来てる!
クー初のブチギレモード 対象は自分自身
シリアスは難しい