ドカリと乱暴に腰を下ろした先は、相対するモード大公、ヴァリエール公爵らを横から睨む位置。ま、三竦みってやつだ。
この位置取りも少し懐かしかったり。ジョゼフ兄とシャルル兄の本心を聞いた時も、こんな状況だったっけね。
とはいえ、あの頃とは背負っているモノも覚悟の強さも別物だけど。
「やはり、水の精霊を招き入れたのは貴方でしたか」
最初に口を開いたのは意外なことにモード大公の愛妾であるエルフだった。
目を泳がせながら打開策を探しているらしきモード大公や、ヴァリエール公爵、エルフを目にした途端ヴァリエール公爵の隣へと駆け寄ったカリーヌさんらは口にするべき言葉が見つからないのか、沈黙を貫いているというのに。
どう考えても絶体絶命の状況いるエルフが一番落ち着いているってのはどうなのかね。
「ああ。捕えられてしまったそうだが、それは貴女が?」
「はい。申し遅れました。シャジャルと申します」
「そして、そちらのお嬢さんがモード大公との間に出来たハーフエルフというわけか」
「な!?」
驚きの声は未だ現状を認識しきれていなかったカリーヌさんのもの。
一方大公は俺がそれを知っていたということを知り、苦虫を噛み潰したような表情を見せていた。
「ハーフエルフ!? いやそれよりも、どういうことですか、モード大公!?」
「落ち着け、カリーヌ」
「あなた! これが落ち着いていられ「少し黙れ、『烈風』」」
俺の言葉にギロリとカリーヌさんの視線が向く。
まったく。さっきまでにこやかに会話で来てたっていうのにね。さすがはエルフのネームバリュー。あの『烈風』をここまで焦らせるとはな。
ま、退くつもりはサラサラないが。
「殺気を向けないでいただきたいね。
「ぐっ……」
そうそう。立場ってやつを理解して大人しくしていてくれ。
足りない脳みそフル回転で話をどう持って行くか考えてるんだから。
これ以上イレギュラーに掻き回されたくないんだよ。
「オルレアン公。君は初めから知っていたのか?」
「何をですか? モード大公」
「……シャジャルとティファニアのことだ。初めから全て知っていて、それでアルビオンに来たというのか?」
ふん。今さらな質問だ。
俺が元々エルフの事を知っていたかどうかなんてのは、今尋ねるような事でもないだろうに。今必要なのは、現状をどうするかという問いに対する答えなんだから。
ま、答えてはやるけどさ。
「名前までは掴めていませんでしたよ。モード大公がエルフを匿っているらしきこと。そのエルフとの間に子供がいるであろうこと。その辺りまでは確信していましたがね」
「一体どうやって……」
「我がガリアの情報収集力の結果、とでも言っておきましょう」
さすがに『前世』だの原作知識だのとは言えないしね。
「……それで、アルビオンに来たわけか。私を断罪し、アルビオンの国力を削ぐために」
「断罪? エルフを匿うことが罪だとでも?」
ああ、そうか。俺はまだ立場を明確にしていなかったな。
「言い忘れましたが、私はモード大公を責めるつもりでアルビオンに来たわけではありません。むしろ貴方がたにとっては味方になるでしょうね」
「「「なっ!?」」」
エルフ親子以外の三者の声が重なる。
まぁ当然の反応なのかもな。
エルフといえばハルケギニアじゃ恐怖の対象だ。始祖信仰によって成り立つこの世界じゃ、聖地とやらを奪ったエルフは、存在するだけで異端視される。
他国の人間がエルフの事を嗅ぎつけて自国へと来たと聞けば、敵も同然だと考えるのは当然だろう。
「
「オルレアン公は本当に状況を理解しているのか!? 始祖に連なるアルビオンの大公家がエルフとの間に子供を成していたんだぞ!! しかもそれに味方すると!?」
「落ち着いて貰おう、ヴァリエール公爵。それと、状況を正しく認識できていないのは貴方の方だ」
「なんだと!?」
ふん。エルフの存在に危機感を抱くのは理解してやるが、視野狭窄を起こすのは勘弁して貰いたいね。
ヴァリエール公爵なら現状のマズさを正しく認識できるだろうに。
「既にハーフエルフ、ティファニア嬢でしたか、は生まれており、ここにこうして存在しています」
「それがどう「始祖の血を引く大公家の血を、彼女は引いて生まれているのですよ」」
「始祖の血はハルケギニアにとって最も尊いものでしょう。それを引いているティファニア嬢を、果たして誰が処断など出来ましょうか」
処断のところでティファニアが一層強くシャジャルさんの服を掴んだ。
まぁ怯えられるのも当然だとは分かるが、あまり泣きそうな目で見つめないでくれ。
「かのロマリアだとて、アルビオンの大公家の血を否定など出来ないでしょう。となれば、この情報、モード大公がエルフを愛人とし、子を成していたという情報が他所に知られればどうなるか」
「……兄上ならば、ジェームズ陛下ならば秘密裏に……」
「そうでしょうね、モード大公。ジェームズ陛下ならば血の繋がりの情よりも王家の責務、上に立つ者の義務を優先なさるでしょう」
しかし、と一言挟み、
「それをモード大公は認められないでしょう? エルフである。ただそれだけで恐れられ疎まれるはずの存在との間に子供まで成したのなら」
そこでやっと状況の危険さに気付いたのか、ヴァリエール公爵の顔が青ざめた。
当然だろう。現在アルビオンと最も深く関わっているのは、前王がアルビオンの王弟でもあったトリステインだ。アルビオンが荒れれば、どんな希望的観測に頼ろうともトリステインが無関係でいられるなどとは思えないだろう。
「アルビオンが……二つに割れるというのか?」
「……私は祖国に杖を向けるつもりはないよ、ヴァリエール公爵」
「同じ事ですよ、モード大公。もしシャジャル殿とティファニア嬢を引き渡せと言われたらどうしますか?」
「そんなこと、認められるはずが……」
「となればジェームズ陛下はモード大公も罰するでしょうね。肉親だからという理由で恩赦を与えているようでは王族は務まりません。しかし表には大公を罰する理由は明かせない。それも当然。エルフを匿い、子供まで成していたなどと、スキャンダルどころの話ではありませんし」
「理由も明かさず、モード大公を罰するとなれば……」
「ええ。モード大公は人望もおありですし。多くの貴族が王家に不信を抱くでしょう。いえ、不信で済むはずもないでしょうね」
そうなれば最早モード大公の意思など関係なくなる。モード大公はお飾りの御輿となり、新たな勢力図を作るため、貴族共が主役の内戦が始まることだろう。
モード大公に対して与えられるのを処断ではなく罰と言ったのは、逆にそのほうが内乱の可能性をヴァリエール夫妻に強く認識させることが出来るから。彼らにも『同じ危機に立ち向かう仲間』になって貰った方が都合がいい。
「ガリアはそれを容認しません。友好国アルビオンの崩壊も、そこから連鎖的に始まる未曽有の戦後災害も、我々は傍観するつもりなどありません。そのためだというのなら、私、クー・セタンタ・ド・オルレアンは、エルフ秘匿にも協力を惜しまないでしょう。状況が状況ですし、当然ヴァリエール公爵夫妻にも協力して貰うことにはなりますが」
「しかし、我々としては……」
「ああ、勘違いしないでもらおうか、ヴァリエール」
そう。間違っても勘違いはしないでくれ。
俺はアンタ等を引きこむつもりではあるが、勧誘しているわけじゃない。
「これは『交渉』でも『説得』でもない」
そう。こいつは『お願い』じゃぁないんだよ。
「『通達』であり、『脅迫』だ」
ガチモード2
次回でケリを付けられるかな