「きょ、脅迫だと? トリステインに宣戦布告でもするというのか、オルレアン公!」
ヴァリエール公爵が立ち上がり、口角泡を飛ばす。が、そんなつもりなんてないさ。
俺の欲するモノはあくまで平穏だ。アルビオンの内戦を食い止めるためトリステイン相手と戦争なんて、本末転倒どころじゃないだろう。
「静粛に願いたいですね、ヴァリエール公。戦争になどなるはずがないでしょう」
とはいえ、わざわざ安心させてやる必要もないがね。
「ガリアとの戦争など、今のトリステインが応じるとでも? トリステイン貴族の内情を最もよく知るヴァリエール公爵が、それを可能性として考えられるとは思えないですが」
王の不在。賄賂の横行。汚職の氾濫。トリステインの内情は見るも無残なものとなっている。
この状況でヴァリエール公爵がガリア王弟、オルレアン公爵の不興を買ったなどと広まれば。その結果、絶望的な国力差のあるガリアに侵攻されるとなれば。
まず間違いなくヴァリエールはトリステインから切られる。戦争などするまでもなく、ヴァリエール一族は蹂躙される。
その『イメージ』を上手く受け取ってくれよ。『コミュ力』を使って声なき声を伝える。自分で
「なにも祖国を裏切れというわけではないのですよ。エルフの存在を吹聴しないという、ただそれだけのこと。トリステインの国益を損なうわけでも、ヴァリエール家を窮地に陥らせるわけでもない」
「……しかし」
ったく。頭が固い。
結論などすでに出ているだろうに。
ヴァリエール家が俺に盾突いても得など無い。エルフだから弾劾すべしなんて下らない始祖への忠誠心を持っているわけでもないだろう。
だがゴネられても面倒だ。『脅迫』とは言ったが、ヴァリエール公爵に協力して貰うのは既に決定事項ではある以上、離反されるわけにもいかない。
仕方がない。先日手に入れたばかりのカードを切るか。
「そう言えば、カトレア嬢は健勝なようですね。なによりです」
「なっ!? オルレアン公!! まさかカトレアを脅しに使おうというのか!?」
ん? ああ、そういえばそっちでも脅せたか。
水の精霊を使って治療したんだものな。水の精霊を使役出来る俺ならば、病気を再発させることも可能だとか思っているのだろう。
ハァ。そこまではしないっての。
「そんなつもりはないですよ。あくまでヴァリエール公爵にはモード大公の『味方』になっていただくのですから。敵意を抱かれるのは御免です」
そう。敵対されては困るのだ。
だからこれは、鞭ばかりではなく飴をくれてやろうって話なんだよ。
「先日ロンディニウムを訪れた際、ウェールズ殿下とお話しする機会があったのです。その際、他国との関係を強化するにはどうすればいいか、なんて話が持ち上がりましてね」
ウェールズがアンリエッタを欲しがっているが故の議題だったとは言わない。
王族の醜聞なんて、握っている奴は俺だけでいいのだから。
「ウェールズ殿下が好感を持った策は、どうやら国家の重鎮同士の婚姻によって結びつきを強める策だったらしいのです。まぁ前トリステイン国王はアルビオンの出ですし、馴染みの深いものだったのでしょうが」
「……カトレアをアルビオン王家にとでも? オルレアン公が推薦するとでも言うのか? その名誉で手を打てとでも?」
「違います。私が推薦することは違いませんが、カトレア嬢には迎える側になってもらいましょう。ヴァリエール家には男子がいないそうですし、婿を取ることは決定事項。トリステインで家を継げない次男三男の中から後継者を探すよりも、アルビオンの有力貴族を相手にするほうが文句は無いでしょう?」
チラリとカリーヌさんに目を向ける。敵意はもっていないようだが、一体何を考えていることやら。
「ヴァリエール家は優秀な後継者を得、アルビオンとの国交のため尽力することでトリステインでの影響力を強められる。対価として必要なのは、エルフに関することを黙っているという、ただそれだけ。悪い話ではないはず」
それと、と繋げ、
「譲歩はここまでだ。これが最後通牒。受け入れられないというのなら、ガリアはヴァリエールの敵となるだろう」
「ぐ、ぬぬ……」
なにがぐぬぬだ。
ここまで俺が譲歩してやってるんだ。諸手を上げて喜んで貰いたいくらいだっての。
決断の邪魔をするのはブリミル教徒としての葛藤か、それともトリステイン貴族としての矜持か。
ま、それはそれとして、終わりが見えてきたことでやっと頭が冷えて来た。
ヴァリエール公爵の返事も少しくらい待ってやろう、と思っていたが、意外なことにこちらをずっと睨んでいたカリーヌさんが、
「わかりました」
「カ、カリーヌ!?」
「元よりこれは『脅迫』なのでしょう? ならば非力な我々に選択肢など無いですし」
へぇ。
「ああ。その通りだ。なにせモード大公の側にはエルフがいる。非力な人間ならエルフと出会ったという記憶を消されていても不思議ではないね」
「ええ。ですが努々お忘れなき様に。この一件でヴァリエールが不利に立たされるような事があれば、『烈風』の名に賭けて、必ず後悔させて見せましょう」
怖いねぇ。威圧感バリバリでさ。
だが、『その程度』で試しているつもりかよ。
「そちらも忘れるな。俺は舐めてかかって良いような雑魚ではないってな」
視界の端でティファニアが震えまくっているね。
笑みを浮かべているつもりなんだが。カリーヌさんも、そして俺も。
まぁ、いいけどさ。
さて、モード大公。
危機が去って安心しているようだが、アンタはこれからが本番だぜ?
エルフの匿い方から万一露見した場合の対処法まで、王族にあるまじき邪道な陰謀術を叩きこまれるんだからな。
手は抜くつもりは全くないぜ?
「ああそれと、オルレアン公。ヴァリエール家がアルビオンから婿を取るという話、反対ではありませんが、カトレアの相手ではなく長女エレオノールのお相手とさせていただきたいのです」
「ふむ。ではそのように取り計らいましょう」
「感謝します」
ま、次女より長女を優先するという考えも分からないわけじゃないしね。
「これでヴァリエールは安泰。カトレアも嫁に出せますね」
…………え゛?
これで一応はオチがついたかな?
なんかアッサリしすぎかなぁとも思いますが
モード大公がクーに庇われるという状況ゆえ、三竦みには出来ませんしね
物足りなかったかもですが、どうかご容赦を
さて、次回はアルビオン編エピローグ・・・かな?
はたしてマチルダさんはどうなるのか
テファは、カトレアさんは、一体どうなるんでしょうかね
……というか、どうしましょうかねw