転生?チート?勘弁してくれ……   作:2Pカラー

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59.幕間③ カトレアの退屈

 

 さて、一躍時の人となったモンモランシーが一人ラグドリアン湖の向こう側を思い溜息をついていたころ、カトレアもまた東の空を眺めていた。

 カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。今でこそラ・ヴァリエールを名乗っているが、かつてはあらゆる治療を受け付けぬ奇病にその身を苛まれ、それを哀れに思った父よりラ・フォンティーヌ領当主の座を与えられた女性である。

 とはいえそれは既に過去のこと。現在のカトレアを、ヴァリエール家を取り巻く日々は、一部を除いてという注釈はつくかも知れないが、しかし非常に良好といえるだろう。

 切っ掛けは当然カトレアの健康状態である。数年前に隣国の王子と、彼が契約した水の精霊によってなされた治療は完璧と言って差し支えないものだったようで、わずかながら懸念としてあった病の再発も起こらず、現在もカトレアは健康そのものである。

 それは家族の一人の病気が快癒しただけだとは口が裂けても言えないほどの影響をヴァリエール家に齎した。

 

 第一にヴァリエール家の当主。周知の事実だったようにそれまでヴァリエール家当主はカトレアの治療法を探し続けていた。トリステイン一の大貴族としての財を惜しむこともなく、時間と労力を割き続けてきた。

 そしてその必要が無くなった。カトレアの治療法を探すために時間を割く必要が無くなればどうなるか。大貴族の常として政治へと時間をかけるようになっていったのだ。

 もっとも、彼がそれまで中央での政治活動に時間を割かなかったのはカトレアのことがあったからというだけでもないのだろう。賄賂や汚職のはびこる宮廷貴族たちの醜悪さ、王の不在という民の不安を理解せずに喪に服し続ける太后、成長し続けるゲルマニアに対し金儲けしか能のない野蛮人たちの国と負け惜しみのような悪態をつくしかできない貴族たち、それらに失望し、結果ヴァリエール領に引きこもり自領の発展のみに注力していたのかもしれない。

 しかしカトレアは快癒し憂いはなくなった。また、宮廷に大きな影響力を持つマザリーニ枢機卿や、近年目に見えて発展しているモンモランシ伯爵家との繋がりも出来ている。

 結果、彼は立ち上がった。ヴァリエール領のみならず、国家に働きかけ始めた。

 それまで沈黙していたトリステインの雄、中央から距離をとり続けてきたヴァリエールの巨人が動き始めたのである。

 多くの貴族は襟を正すことを強いられた。ヴァリエールには逆らうな、それはクルデンホルフ大公国ですら順守する貴族たちの掟なのだから。

 しかもヴァリエール家の長女・エレオノールがアルビオンのモード大公家から婿を迎えてすらいる。アンリエッタ姫とプリンス・オブ・ウェールズの関係を察している宮廷貴族にとってみれば、エレオノールの婚姻がどのような布石になっているかも想像がつくだろう。なれば余計にヴァリエールには逆らえないというものだ。

 故にトリステインは変わっていくことになる。それまで堂々と行われてすらいた汚職は目に見えて減り、徐々に、本当に徐々にではあるが、トリステインは生まれ変わりつつあった。

 きっかけとなったヴァリエールの影響力を、より一層強めるとともに。

 

 第二に先述したヴァリエール家の長女・エレオノールである。本名をエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。

 彼女にとってもカトレアの存在は大きかった。それこそ王立魔法研究所に自ら籍を置くほどに。

 エレオノール自身は土のメイジだった。カトレアの治療に直接関われるわけではない。

 しかし、いやだからこそと言うべきか、彼女は王立魔法研究所へと進路を進めた。トリステイン最高のメイジたちによる研究機関、そこならばカトレアを治療できるだけの水メイジも見つかるやもと考えて。

 エレオノールにとってそれは苦痛ですらあった。彼女は極めて公爵令嬢らしい公爵令嬢だ。身分の差というものに厳格で、平民はもちろん下級貴族に対しても蔑視を持っていた。ともすれば侯爵や伯爵であっても同列に見られるのを嫌うほどに己の身分を理解していた。

 そんな彼女だ。スクウェアやトライアングルのメイジであっても爵位が低いのならば相手にすら出来ないと考える彼女なのだ。

 爵位の格よりもメイジの格を重視する魔法研究所に籍を置くことはいかような苦痛であったか。身分の低い、しかしカトレアの治療の力になるかもしれない水メイジとの付き合いを続けることがどれほどの苦労であったか。

 常に苛立ち目付きも鋭くなるというものか。

 しかし彼女は解放されることになる。カトレアの快癒によって。

 加えて気が付けば婚約が結ばれトントン拍子に結婚まで。相手もそこらの貴族なんか目じゃないほどの大物。アルビオンの重鎮、モード大公家の者だ。

 なにもかもがエレオノールの追い風になっている気がした。始祖の祝福をうけたかと思うほどにエレオノールを取り巻く環境はプラスへと動いていった。

 結果、彼女もまた変わることとなる。それまでは常に身の内に会った焦燥感は鳴りを潜め、顔立ちまで柔らかくなったと思えるほど。

 どこか刺々しかったヴァリエール家の空気は、確実に優しい色を持ち始めていた。

 

 第三にカトレアを最愛の姉と慕うヴァリエール家三女・ルイズ・フランソワーズ。

 とはいえ彼女のことについてはまたいずれ言及することもあるだろう。ここで詳細まで語るのは野暮と言うものか。

 もっとも彼女もまたカトレアの快癒によって大きく影響された一人であること、そのこと自体は変えようのない事実であるが。……それが母・カリーヌ・デジレ・ド・マイヤールの胃を痛めるような変化ではあったとしても。

 

 

 

 さて、以上の様に大きな変化の齎されたヴァリエール家ではあるが、その中心たるカトレアにも変化はあった。

 それもまた当然だろう。屋敷から出ることもままならず、治る見込みのない病に日々怯えて過ごしていたのだ。病の快癒は彼女にとって解放されたも同じことなのだ。

 病床で苦しんでいたころには夢でしかなかった『学生』にもなった。社交界に出席しダンスを踊る『令嬢』にもなれた。モンモランシーといった友人たちとお茶とおしゃべりを楽しむ『女の子』を経験すら出来たのだ。

 カトレアはやがて新たな夢を抱くようになる。自分が助けられたように誰かを助けたいと。苦痛から解放され、世界がこんなにも美しいものだと知ることが出来たように、今も病床で苦しむ誰かを今度は自分が救いたいと。

 幸いなことにカトレアは水のメイジ。加えて水の精霊の御業をその身で経験したからだろうか、本人はトライアングルであるにもかかわらず治療と言う点においてはスクウェアに匹敵する腕となっていた。

 全てが順風満帆に思えた。カトレアの、誰かを助け癒したいという『新たな夢』にはなんの障害もないように見えた。

 

 しかしそれは順風満帆に思えただけ、障害などない様に見えただけだった。

 トリステインにおいて、いやハルケギニアにおいて貴族の医者とは主に往診医のことを指す。当然だろう。街などで売られる水の秘薬では回復できない様な重病の貴族が必要とするのがメイジの医者なのだ(平民の場合はそもそもメイジに治療を頼むほどの金がない)。

 ガリアやゲルマニアと比べれば小国と言われても仕方のないトリステインではあるが、しかしそれでも領土は広大だ。そして秘薬を用いても効果の出ないほどの重病の患者が、はたして馬車で何時間も、場合によっては何日もかけて移動できるのか。

 結果、医者を生業とする水のメイジたちは往診を繰り返すこととなる。患者は自領の屋敷で待ち、そこにメイジが訪れるようになるのである。どれほど腕のいいメイジが医者をしていたとしても、診察してもらうために患者側が動くなどということはまずない。

 ではカトレアの場合はどうか。今さら言うまでもなく彼女はトリステイン一の大貴族、ヴァリエールの令嬢。果たしてそんな彼女に患者の治療を頼める貴族がいるだろうか。病床に伏せる患者のため自領まで呼びつける(・・・・・)ような貴族が果たしているだろうか。

 結論を言わせてもらえれば、そんな貴族はいなかった。たとえカトレア自身がスクウェアクラスの治療の腕を持っていたとしても、たとえ他のあらゆる水メイジが匙を投げた患者がいたとしても、ヴァリエールを呼び出せるような貴族は存在しなかった。

 

 カトレアの夢は破れたのだろう。今も水の秘薬作りは続けてはいるが、それでも退屈を感じてしまう。自分が救いたいと思った病床に今もいる者達のことを思えば、病から解放された自分が日々を退屈に思ってしまうなど許されないとは思うのだが。

 

 

 

 しかしそんなカトレアに転機が訪れた。

 日課であるペットたちのブラッシングを済ませ、さて今日は何をしようか、水の秘薬も余り気味ではあるしと考えていたころだ。母・カリーヌに呼び出されたのは。(余談だがカトレア作の秘薬はあまり売れない。質は非常にいいのだが、なにせヴァリエールの次女作ということでブランド価値が出てしまうのだ。故に売れない。高すぎて)

 

 メイドがハーブティーを用意し、母娘が揃って一口それを飲んだところでカリーヌがおもむろに切り出した。

 

「カトレア。魔法学院に行くつもりはありませんか?」

 

「え? お母様、わたくしは学院なら卒業しましたが。まさかお忘れになったので?」

 

「もちろん忘れてなどいません。学生としてではなく、教師として学院に行くつもりはないかという意味で聞いたのです」

 

「教師として、ですか?」

 

「ええ。オールドオスマンが水の授業を受け持てるメイジを探しているらしいのです。前任者が結婚を機に領地へと戻ることになったとか。それで学院から宮廷に打診があったようで」

 

「それをお父様が聞いた、と」

 

「ええ。貴女ならば十分にこなせるでしょう。ヴァリエール家の者として恥ずかしくない働きも出来るはずです」

 

 それに、とカリーヌは続け、

 

「最近部屋にこもって秘薬作りばかりでしょう? 気が滅入りませんか?」

 

「わたくしは、そんな……」

 

 思わずカトレアは口ごもる。自覚はあった。あの頃(・・・)から外へ出る機会が減っていることは。社交界への出席回数も、友人との付き合いも目に見えて減っていることには。

 

「それにルイズのこともあります。あの子は未だに魔法が使えないまま。なのにあの人はあの子を学院に入れることを決め、変えようとしません。私もあの子が貴族の子女に相応しい振る舞いを身に付けるためにはそれも必要とは思いますが」

 

 自然とカリーヌの視線は窓の外を向いていた。今日もルイズが訓練に励んでいるだろう中庭の方を。

 

 ルイズのことを心配しているのかもしれない。だから自分に付いて行かせようとしているのかも。カトレアはそう思った。

 なにせ魔法の使えない者というのはトリステインにおいては差別の対象だ。というのも貴族と平民を分ける壁が魔法の有無なのだ。魔法を苦手とする下級貴族が平民扱いされるイジメを実際にカトレアは学生時代に見たこともあるほど。さすがにヴァリエールを馬鹿にするような命知らずな貴族はいないだろうと思いはするが……。

 だが、もしも魔法が使えないということからルイズがいじめられたとしても、

 

「ルイズなら心配いらないのでは? 今のあの子を魔法が使えないということで馬鹿にしようものなら、むしろ……」

 

「……はぁ。相手の方が心配、ですか? ええ、そうかもしれませんね。一体誰に似たのやら」

 

 少なくともお父様ではないと思いますが。そんなカトレアの思考が読めたのか、溜息をついたカリーヌは鋭い視線をカトレアに向けた。

 

「私だってあの子ほど破天荒じゃなかったわよ」

 

 微妙に口調が崩れているのは疲労ゆえか。(ちなみにこれも余談だが、カトレア作の秘薬を一番使うのがルイズで、二番目がカリーヌ、三番目がマザリーニ枢機卿だったりする。カリーヌとマザリーニ枢機卿はカトレア印の胃薬のお得意様だ)

 

「まぁあの子のことはそれほど心配してはいないのです。いえ、ある意味心配ではあるんですが」

 

 ですが、とカリーヌはいったん言葉を区切り、数秒の逡巡を見せた。

 しかし結局は話すことに決めたのだろう、カトレアに正面から向き直り、

 

「ですがやはり、貴女のことも心配なのですよ、カトレア」

 

「わたくしは別に心配していただくようなことは……。今もいたって健康ですし」

 

「そうですね。貴女は健康そのもの。ですが、そんな健康な貴女はこれからどうするのですか?」

 

「わたくしは……」

 

「今の様に秘薬作りを続けますか? 折角病が回復し、ベッドに縛り付けられる生活から解放されたというのに部屋にこもり続けるのですか?」

 

 それとも

 

「エレオノールのように身を固めますか? 貴女がそれを望むというのなら――」

 

「わたくしはっ……!」

 

 ひどくつらそうに、しかし言葉に出来ないカトレアを見てカリーヌはため息をついた。

 視線は再び窓の外へ。しかし思うのはルイズの居る中庭ではなくもっと向こう。

 

 娘が未だに彼を思っていることをカリーヌは知っていた。かつてはその思いを応援したくも思っていた。エレオノールの婚姻が決まって、カトレアをヴァリエールに縛り付ける必要が無くなってからは尚更に。

 今も鮮明に思い出せる。かつて、夫と共にアルビオンに渡りモード大公の秘密を知ってしまったあの日、あの少年が遥かに年上の大貴族を前にしても尚泰然自若としていた姿を。魔法騎士団の精鋭であったとしても身を竦ませる『烈風』の殺気を受けて、『その程度か』とでも言うかのように笑う彼の姿を。エルフという禁忌を飲み込んででも国家を、平和を守ろうとしたあの姿を。

 彼ならば任せられる。そう確信できるだけの何かを彼は持っていた。彼に嫁ぐのならば、たとえそれが祖国を離れ一人異国に行くことなのだとしてもカトレアは幸せになれる、と。

 しかし……

 

「まだ、諦められませんか」

 

 もうあの頃とは違うのだ。違ってしまっているのだ。

 

「……」

 

「私はエレオノールの婚約の儀の折りにあの方の婚約者とも会いましたが、実に仲睦まじい様子でした。これ以上あの方を思い続けていても貴女が傷つくだけですよ、カトレア」

 

「わかっては……いるのです……。もう……忘れるべきなんだと……」

 

「……ならば部屋にこもるのはおやめなさい。外に目を向けなさい。いつまでも自分の殻にこもっていては、思い出に浸ることを止めることなど出来ないのです」

 

「……はい、お母様」

 

「魔法学院の教職の話、受けるかどうかは貴女に任せます。ですが私は、貴女が思い出よりも未来を見てくれることを願っていますよ。きっとそれは、あの方も同じでしょう」

 

「…………はい。ありがとうございます、お母様」

 

 

 

 数日の後、カトレアは学院の教師に就くことを決心する。

 可愛い妹のルイズのために。自分を心配してくれる母のために。

 そして、かつて胸に抱いた思いを忘れるために。

 新たな環境が、新たに出会う人々との生活が、きっと自分を変えてくれると信じて。思い出よりも未来を見れるようになれると願って。

 

 





まぁ思い出を振り払うどころか再会しちゃう羽目になるんですけど
娘を思う親心が完全に裏目っちゃってカリーヌちゃん涙目ですな

というかなんかシリアス(笑)が続いてるような気が
次回こそはギャグにしたい。『前話との落差がww』とか言われるくらいヒドイ話にしたい

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