何度も言いますが、この作品の前提として、過去作品である『幽霊の笑顔』を読んでおくと、すんなり話の内容が理解できるので、読んでおくことをおすすめします。
一応読んでない方も楽しめるように書いたつもりですので、強制はしません。
それでは、どうぞ
平塚教諭が去ってからの部室は、とても静かだ。今回奉仕部に入部することとなった織斑一夏は、早速長机に参考書を広げ、勉強を始めていた。その様子をさりげなく見ていた雪ノ下雪乃は、その適応力に内心舌を巻きながらも、そんな彼のことについて思考を巡らす。
――織斑一夏。雪乃が所属している国際教養科にも彼の名は届いている。授業態度良好、学力テストの成績も普通科一位。国際教養科の順位も合わせれば、そちらの学科一位である雪乃を抜く成績を維持
そんな彼が、今自分の目の前で、のんびりと参考書を開いて勉強をしている。そんな珍妙な光景が、今雪ノ下雪乃の目の前で展開されているのだ。いや、勉強を始めること自体は気にすることではない。そんなことよりも、何故自分に話しかけることもなく、勉強を始めているのかという事の方が余程問題であるように感じた。
そう感じたからこそ、彼女の方から彼に声をかける羽目になってしまった。
「ねえ、織斑君」
恐る恐るといったような雪乃の声に反応し、一夏は参考書から目を離し、彼女の方へと顔を向ける。その時、何故自分が呼ばれたのかわからないのか、きょとんとした表情を浮かべていた。
「なんですか?
きょとんとした表情のまま言われたその言葉に、雪乃は眉をひそめた。
「――色々と言いたいことがあるのだけれど、なぜ私のことを部長と呼んだのかしら?」
その言葉には、少し刺があった。しかし、一夏は彼女の言葉の刺がわかっていながらも、表情を変えずに言葉を紡ぐ。
「いえ、部長は部長でしょう? それ以外何があるのでしょうか」
悪意など微塵も感じさせないその言葉を聞き、雪乃の頭に先ほどの平塚教諭とのやり取りを思い出した。
――雪ノ下、今回連れてきたのは新入部員だ。
依頼者ではなくですか? それに、彼はもしかして……
ああ、
……彼が、あの織斑一夏ですか。
ああ、そうだ。まあ、仲良くしてやってくれ。
……先生が言うのであれば、そうしますが。
そうしてくれると助かる。ああ、後――
まだ何か?
彼と付き合っていく上で、一つだけお願いがあるんだ。
お願い、ですか?
――もしも彼が感情を吐き出したときは、何も言わずに受け入れてやって欲しい。
何故、平塚教諭がそのことを言ったのか、その時の彼女は上手く理解できなかった。だが、少しの会話から感じ取れた彼の口調や表情から、何故あのようなことを平塚教諭が言ったのかを理解した、否、理解してしまった。
彼――織斑一夏の心は凍りついている。彼の現在の精神の状態は達観しているというレベルではない、おそらく何を言われても心に全く届いていない。しかし、彼はクラスメイトとの会話をしている時には表情をコロコロと変えていることは分かっている。
では何故心が凍りついているのにそのようなことができるのか? 答えは簡単だ。何故かは分からないが、彼には
そうしたことから、そのマニュアルを使えば、彼にとっての対人コミュニケーションは完璧なのだ。そして、そうであるならば、他者と関わるたびに毎回四苦八苦しなくてもいいのだ。そうなってしまえば、
――早い話が、織斑一夏は病気なのだ。それも、心だけではない。精神も、思考も、コミュニケーションに関係し、人間関係を築いていくのに必要なありとあらゆる部位が、病を患っているのだ。そんな重病に、特効薬などあるわけない。治す方法はただ一つ、自然治癒するまで誰かが根気よく介護していかなければならないのだ。
そこまで考えて、雪乃は大声で平塚教諭を罵倒したくなった。なんてものを押し付けてくれたのだ! 確かに、自分は自他ともに認める才媛である。だが、このような存在と渡り合えるほどの能力はない。あの教師は、自分の能力を買い被りすぎている!
しかし、雪乃は大声で喚くこともしなければ、その苛立ちをなにか行動で示すということもしなかった。それが女としてのプライドであるのか、ただの羞恥心からくるものであるのかは判別出来なかった。ただひとつ言えることは、自身がその無理難題に挑もうとしていることだけだった。なぜそう考えたのか、理由は何故か頭に思い浮かばなかった。否、理由など、常に一つだ。それは
そう、彼女は挑むのだ。織斑一夏という一体の怪物に、徒手空拳で戦いを。しかも、それは打倒するためではない。彼を救済するために挑むのだ。
俄然、やる気が出てきた雪乃は、その思いを胸に一夏に言葉を投げかけようとして――
――下校時刻のチャイムを、その耳で聞いた。
◇◇◇◇◇
――どうして自分は、今日入ったばかりである部活動の部長と帰り道を共にしているのだろう。それが、雪ノ下雪乃のとなりを歩く一夏が考えたことだった。
あの時、下校時刻のチャイムが鳴った時、彼はすぐに参考書を片付けて帰る準備を整えていた。そして後はカバンを担いでこの教室を出るというところで、雪乃から声がかかった。どうやら彼女は一緒に帰りたいらしい。念のため家の場所を聞いたら、一夏の帰り道の途中に住んでいるマンションがあるらしい。しかし、それだけで女子生徒と一緒に帰るほど気楽な性格はしていない一夏は、なぜ一緒に帰る必要があるのかと聞いてみた。しかし、その問いに意味があるとするならば、それは彼女が何を思って自分と一緒に帰ろうと考えたのかを知るくらいの意味しかないものだった。
しかし、彼女が言うには、今日が初めての部活であったが、全く話せてはいないので、帰り道が同じであるのなら、話しながら帰ればいいのではないかと考え、一夏に申し出たのだ。その理由を聞き、一夏は特に誘いを無碍にするほどの何かがあるわけではない上に、そうした言葉の裏側にある感情が、何か悪意を持ったものではないことも感じ取れたので、一夏も彼女の申し出を了承することにした。
その結果、今こうして雪乃と一夏は隣り合って歩いているのだ。他の生徒からしたら、片方は国際教養科の才媛、そしてもう片方は普通科の完璧超人という組み合わせであり、他の人間から見れば容姿が整っているという評価がもらえるだろう。もしも見る人が見ていたら、たちまちのうちにお似合いのカップルとして、翌日学校の噂の対象になっていただろう。ただ、二人が学校から出た時間は既に部活動も終わり始めの時間であったものの、まだ人の目を気にするような時間であったことと、一般の生徒が校内に殆どいなかったことから、二人は誰にも見られることもなく学校の敷地内から出ることができた。
そんな二人は、現在進行形で帰り道を歩いているが、会話がなかった。雪乃も一夏も、こうした場合どのような話題を投げ掛ければいいのかわからないため、下手に変な話題を振って話し相手を嫌な気持ちにさせることだけは避けたいと考えているためか、どちらも相手の様子を見ているという状況になってしまったのだ。そのため、せっかく話すために一緒に帰ろうとなけなしの勇気を振り絞って言った雪乃であったが、そう言い出した自分自身が、話題がないから何も話すことができないというのは、まったくもって無様であると考えていた。
そんな時間も、雪乃が住んでいる高級マンションの前まできたことで終わった。
「私、ここだから」
そんな事務的な言葉が、雪乃と一夏の初めての会話、その第一声だった。彼女の言葉を聞き、一夏は表情を変えずに、口を開く。
「そうですか。では、また明日」
そう言ってゆっくりと歩き出そうとする一夏を、雪乃はちょっと待って、と呼び止めた。
「一つだけ、質問してもいいかしら?」
「――内容によりますが、いいですよ」
そう言って、一夏は雪乃の方に体を向ける。それを確認した雪乃は、一度深呼吸をしてから、その問いを彼に投げかけた。
「あなたは、人との関わりについてどう考えているのかしら」
こちらに背を向けて歩いていく一夏の姿を見ながら、雪乃は先ほどの問いの答えについて考えていた。先ほど彼女が投げかけた問いは、ただ彼女が最も知りたいことを簡潔に表現しただけのものであり、なるべくそれ以外の意味には聞こえないはずのものである。そして、一夏もその問いの意味を汲んだのか、一瞬だけきょとんとした表情になったが、すぐに表情を戻し、問いの答えを口にした。
しかし、その答えは、雪乃が望んでいたもの、ならびに予想していたものとは全くかけ離れていたものであった。
――俺は、人との関わりは
たったそれだけの言葉に、一体どのような感情が込められていたのかまではわからない。ただ、その言葉を言った時の彼の瞳に一瞬だけ映った影のようなものを、雪乃は見逃さなかった。普通の人間であれば、自身がした問いの答えに対して大切だとか煩わしいだとか答えるはずである。それは即ち、そうした人との関わりに何かしらの感情が大きく介在しているからに他ならないと考えているからだ。しかし、織斑一夏という人間の場合は、それに介在する感情が極端に少ないのだ。そして、介在する感情も決していいものではないことが瞳に映った影の存在から明らかだ。
そうであっても、彼の答えは明らかに非人間的すぎる。おそらく、他の事象についても同じく自身に必要か否かで分けているのだろう。しかし、そういった分け方をする人間は少なからずいることは知っている。雪乃自身はそうした分け方はあまり好みではないのだが、処世術としてそうした区別をしていることは認めよう。
そう、処世術。必要か否かという区別の方法は、あくまで選択肢のうちの一つなのだ。しかし、彼の場合は違う。何故なら、彼は
そこまで考えて、雪乃は疲れた表情を浮かべてため息をついた。本当に、どうしようもない。だが、平塚先生から依頼を受けてしまったので、やるしかない。
そう思いながら、雪乃は自身を奮い立たせ、もう見えなくなってしまった一夏の背中を睨むかのように、暫しの間その場で佇んでいた。
彼女が一夏の連絡先を聞いていないことに気がつくのは、マンションの自室に戻ってからのことであった。
帰宅した一夏は、母親への挨拶もそこそこに、自室に入り、勉強机の上にカバンを置いた後、ベッドに寝転がって天井を見上げた。そうしながら、一夏はつい先ほど雪ノ下雪乃に問いかけられたことを思い出していた。
正直に言ってしまえば、彼女の問いかけを聞いたときは、まさか自分のことに感づいたのではないかと思い、肝が冷えた。そのことを表に出さずに済んだのは、ひとえに前世での経験のおかげであった。
そう、前世。それこそが今生の織斑一夏の秘密であった。といっても、記憶だけがかれの中に存在し、よくある創作物の設定のように前世で使っていた能力や道具が使用できるわけではない。そして持っている記憶も、いきなり思い出したわけではなく、年齢を重ねるごとに少しづつ思い出していき、高校一年の秋に全て思い出したといった形なのだ。しかしそうして思い出していく過程は、一夏にとっては常に
ちなみに学力の方は前世の境遇が境遇であったため、実は一般的な大学生くらいにはある。しかも、それをなるべく落とさないために、暇さえあれば
運動の方も同じような理由で、どうにか研鑽したかったが、自分の身体にかかる負担も考えなければならなかったので、学力の方とは違い、ゆっくりと前世の水準に近づけていくという方針をとっており、今では普通の高校生よりかは動ける自信があるが、それでも前世と比べると雲泥の差であった。また、料理の腕は、前世と違い両親に恵まれたこともあり、普通の料理がこなせる位のレベルまで落ち込んでしまった。ただ、それでも一般的な男子高校生と比べれば、十分に料理ができるというレベルである。
そうしたこともあり、一夏は今生と前世の自分を比べている節がある。彼自身はそれを十分に自覚しており、前世の方が能力的に優れていることから、どうにか前世の自分に戻ろうと必死なのだ。何故、彼が前世の自分に戻りたいのかと聞かれれば、彼は前世のことを忘れたくないからだと答えるだろう。前世にこだわらず、今生を生きることはとても簡単なのだ。しかし、一夏は前世の時に知り合った人々の中で、絶対に忘れたくない人物がいるからだ。それは即ち――
『一夏、何かあったら相談しろよ?』
厳しくも優しかった、しかし今生では
『遠慮なく、俺を頼ってくれ』
今の関係を壊す危険を冒してまでも、自分の心を救ってくれた親友。
『私も、あなたを愛しているわ』
最後の瞬間、ようやく思いを告げることができた愛する人。
忘れたくない、前世でのかけがえのない人たち。その人たちに会えるかどうかなど、今の自分にはわからない。だが――
「……なーに考えてんだか」
そう呟いて、一夏はため息をついた。こうして過去のことをうじうじと考えていること自体、自分らしくないと考えることがある。しかし、彼にはそれが
今まで築き上げてきた有能ぶりも、そうしたものの一環だ。最初から異常な才能を持つものとして認識されていれば、そしてその才能の出処が、全て先天的な才能プラス絶え間なき努力によるものであると
自分を偽って生きる。それはとても苦しいものであるが、そうすることでこれからの人生を平穏に送ることができるのであれば、それでいいと考えているのだ。何故なら、もうこの世界には、自分の運命を決める
――全ては自分自身の意思のままに生きるため。
そう考えながら、一夏はベッドから体を起こし、母親の手伝いをする為に動き出した。
なぜかゆきのんがヒロインレースに参加表明をする。と言っても、本人は無自覚です。まだ恋心とかもないし。
そして一夏も殆ど前世と変わらない状態になっている。前世と比べてマシといえばマシですけど、はっきり言って前世の記憶のせいでさらに臆病になっているイメージ。
あと先に言っておきますが、この作品にはISのキャラが出ますが、IS自体は出すつもりはありません。
キャラの方は一人は確定しています。多分すぐに分かると思いますが……
多分次の話からヒッキーが出せると思います。ガハマさんは次の次まで待っていてください。ちなみに葉山はギリ次の話でちょっと出せるかな? くらいですけど。
最後になりましたが、ここまで読んで下さり、どうもありがとうございます。
次回も楽しみに待っていてくれれば幸いです。
これからもどうぞよろしくお願いします。