女騎士の定義ってなんだろう   作:闇谷 紅

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第三話「クッションは鳴いた『ありがとうございます』と」

「……えっと」

 

 カエルが潰されたような声とはこういうものなのかと和人は思った。だが、お尻の下に敷いたものがカエルでないこともわかっていた。

 

「ありがとうございます」

 

 と、人語を口にしたからだ。

 

「や、まだ人語か話せるカエル人間って可能性もあるよね……」

 

「あっ、んッ……」

 

 左手で掴んだ覆いきれない柔らかな何かを和人はカエルの膨らんだお腹だと思いたかったのかもしれない。下から漏れたつやっぽい声をスルーして見上げる空は青く澄み切っていて、ギュキュキュキュキュキュと鳴きながら青を切り裂いてゆく見慣れぬ鳥の姿が、個々が異世界かどうかは別として、日本ではないということだけを嫌でも和人に理解させた。

 

「中途半端な説明だったな……そもそも、ここってどこなんだろ? とりあえず、随分と自然豊かな場所みたいだけど」

 

「は、んんッ……当、然だよ。人が、と、突然現れたら……んぅ、騒ぎに……はぁはぁ、騒ぎになる、だろ?」

 

「あ、けどあそこ、轍が続いてるや。そっか、馬車が通りかかる道の側なんだ。じゃあ、どっちかに進めば人のいる場所には就くとか?」

 

「はぁはぁはぁ、その徹底的なスルー……嫌いじゃないよ」

 

 きっと、下から聞こえるどことなく嬉しそうな荒い呼吸交じりの声こそが上に乗った和人をスルーの限界に挑戦させているのだと思うが、声の主は知ってか知らずか。

 

「……冗談はこのぐらいにして、オリジナルがし損ねた説明をしてもいいかい? 君はそのまま私の上に乗ったままでいいから。流石に見知らぬ世界だというのに知識なしで居るのはまずいだろう」

 

「あ、うん。って言うかさ……まともにしてくれればボクだって邪見にする気はないんだけど」

 

「本当か? では、出産を前提に妊娠さ」

 

「よいしょっ」

 

 最後まで言わせることなく腰を浮かせ、足の力を抜いて意図的に尻もちをついた和人は、正義だった。

 

「ぐげべっ」

 

「まともって言ったよね?」

 

 鈴を転がしたなんて言うと月並みな気もするかわいらしい声に似つかわしくない汚い悲鳴があがり、ジト目を作りつつもやっぱり下は見ずにもう一度腰を浮かす。

 

「……そう、だね。君を送り出したもののコピーとして、私は君がこの世界で不自由なくやっていけるだけの情報を与える義務がある。それが説明だとしても、君と言葉のやり取りができるのは嬉しい。では、何から説明しよう? まず、この世界は君のイメージしやすい言葉で表現すると、剣と魔法のファンタジーってところだ」

 

「あ、うん。女騎士にされた時点でそういうのもあるかなぁなんて思ってたけど……それはそれとして、説明するならこんな状態じゃやりづらいでしょ? 退くからさ、起きたら?」

 

「あー、いや、お気に……なさらず? このままでも説明は可能だからわざわざ退いてもらうのもなぁ」

 

 和人からすれば、まともな対応を見せてくれた礼であり、現実逃避風味に考えないようにしていた声の主をお尻の下に敷いている状況を解消したいという狙いもあっての申し出だったが、返ってきたのは歯切れの悪い遠慮の言葉であり。

 

「いいよいいよ、そもそも剣と魔法のファンタジーな世界だって言うなら、モンスターとかが跋扈してても不思議はないし、座り込んでて後れを取ったなんてことにはなりたくないもん」

 

「っ、そうか……一理あるな。うん? だけど、この状況なら下からパン……え、あ、ちょ、何、これ?」

 

「何って、マントだけど? そういう変態的な反応、オリジナルがあんなだったし、十分予測できたからね。下から覗こうなんてベタ過ぎること考えた上に口に出すなんてさすがにないと思ってたけど……と言うか、わざとポロっとこぼしてボクに突っ込まれようと思ってるんじゃないかとまで思えてきたからさ。暴力はなしで変態被害だけ防いでみたんだけど?」

 

「なるほど、……人はこうして成長してゆくんだな」

 

「こんな せいちょう、したくなかったんですけど?」

 

「はっはっはっはっは」

 

 マントで上半身を隠されたからこそ、今度は和人も非難の目を声の主にやったが、マントをかぶっても尚自己主張を忘れない巨大な膨らみを揺らしながら痴女は笑った。

 

「この先、君は幾度となく困難とぶつかることだろう。だからこそ、こんなところでくじけてはいけない」

 

「必要ない困難を作り出した奴の言えることかぁぁぁぁぁ!」

 

 激情を拳に込めて繰り出したいところを和人が絶叫するだけにとどめたのは、やはり中身はどうあれ外見が女の子だったからだろう。

 

「ああ、ちなみにこの胸だが、君の好みが結局わからなかったので、貧乳、巨乳、普乳の中間をとって爆乳にしてみた」

 

「どの辺りが中間? どっちかっていうと全部合計した感じだよね?」

 

「否定はしない、ついでに言うとオリジナルの趣味でもある。あ、だが、胸の大きさなんて関係なく私の一番は君だからな?」

 

 ツッコミをさらりとスルーしつつ唐突な告白に続けたマント包みの痴女を前に、和人こめかみが引きつるが、それは無理もないことだろう。

 

「だああああっ! そんなのどうでもいいって! それより、説明、説明ッ!」

 

「そ、そんなこと……?」

 

「見知らぬ世界に放り出されて、こっちは情報が欲しいの! だいたい『この世界で不自由なくやっていけるだけの情報を与える義務がある』ってさっき言ってたじゃん!」

 

「うぐっ、わ、わかった。……まず、この世界には人間以外に知的種族が複数いる。エルフ、ドワーフ、獣人、羽根妖精族、巨人族、小人族、鬼人族、魔族とだいたいこんなところだ。そしてこれとは別に、めったに人前に姿を現さない天使と悪魔が存在し、ある程度の知能は持つものの害獣と言うかモンスター扱いされているものにゴブリンやオーガーなんかが居る。モンスター扱いでくくられるのは、この他に死して尚活動する不死者、アンデッドモンスターなんかが居るな」

 

「へぇ、なんていうか、本当にファンタジーっぽいね」

 

「まぁな」

 

 相変わらずマントにくるまれたままの痴女は和人と自分は普通の人間に分類されると補足し。

 

「ただ、人間以外の種族は自主族だけでコミュニティを作ってそこから出てこないものがほとんどだから、目にすること自体まずないんだけどな。例外は一部のアンデッドモンスター。例えば吸血鬼みたいな輩は食料を確保するため、人間の町に正体を隠して潜伏してることも多い」

 

「じゃあ、警戒すべきはモンスターと吸血鬼?」

 

「プラスして、この世界を侵略しようとしてるキチガイの皆さんだ。まず、この連中だがこちらの世界ではどんな姿をしてるかがわからない」

 

「は?」

 

 いきなり出てきた衝撃発言に和人が目をむくも、痴女は理由があるんだ、続きを聞いてくれと話を続ける。

 

「奴らはこっちの世界へ来るとき、魂だけで来たんだ。そして生き物の胎内へ入り、肉体を得る。俗に言う転生ってやつだ。まぁ、それも理由はあるんだけれど、後で説明するとして……神様転生がわかるなら転生もだいたいわかるね?」

 

「あ、うん。だけどさ、それってかなり大事なんじゃ?」

 

 この世界の人間に混じった表向き一般人の侵略者の存在なんて厄介ってレベルじゃない。

 

「言いたいことは解かる。だたね、力の強すぎるこの世界の神様の話はオリジナルから聞いただろ? その神様がこの世界では種族に関係なく崇められていて、幼い子は神様から祝福を受けるって習わしがある。洗礼みたいなものなのかな? 宗教にはそんな詳しくないからわかんないんだけど、実はこの祝福に転生したキチガイの魂だけを消し飛ばしちゃう力があってね、大半はこの祝福の時点で消滅してしまうんだ」

 

「うわぁ」

 

「もっとも、完ぺきとは言えないんだけどね? 本来祝福される時期に病気をしたとか、赤ん坊を祝福するはずの聖職者が村に居なくて祝福を受けられなかったなんて『漏れ』もたまに出るし、大部分が力ある神様を崇めてるとはいえ、そうじゃない別の神を信仰してる人もいるから。極端な例を言うと邪心崇拝者とか。それにモンスター扱いされてる種族も件の力ある神は崇めてない。実際、キチガイがゴブリンの村に生まれたせいで、ゴブリンの王国が爆誕し、膨大な被害が出たなんて記録もある」

 

 逆に言うと突然変異の様なモンスターは侵略者の転生体の可能性が高いということでもあるのだろう。

 

「そういうわけだから、君に求められるのは魔物退治がメインで、次点が何らかの理由で人に転生したキチガイの捕縛ってことになる。ある程度成長していようとも祝福で侵略者の魂は消せるからね。一応、この世界では人に転生してるケースを『悪魔憑き』って呼んでる。まぁ、侵略目論見てロクなことをしないからね」

 

「それって、本物の悪魔からしたらいい迷惑なんじゃ?」

 

「うん、風評被害もいいところだろうね。っと、話が長くなったね。使命の大まかな話はこれぐらいで、とりあえず、この轍をあっち側にたどろう。村があるはずだから、この世界の人の常識とかをレクチャーしつつ、今日はその村で一泊ということで。あ、もちろん同じ部屋で構わないから安心してくれ」

 

「安心できる要素が一個もないんだけど?」

 

「料金のことだが? 部屋を二つ借りたら高くつくだろう?」

 

「あ、ごめん」

 

 常識的な答えを返され、和人は謝罪しつつ内心で自分を責めた。

 

「ちなみに宿泊費くらいなら私が持っている。その点もぬかりないぞ?」

 

「ありがとう」

 

 いくらぶっちぎりの変態でも、義務と役目はきちんと理解しているのだろう。だから、感謝の気持ちを口に出し。

 

「お礼は、夜、ベッドの上でな?」

 

 すぐさま、感謝したことを後悔するのだった。

 




カクヨム側が進んだので。
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