My Fate In Ramayana   作:てんぞー

3 / 3
Chapter 2

 ラーマとシータの結婚を祝う宴は大きなものだった―――ここでそれを表現できるだけの言葉に乏しい己を恨みたくもなるが、あえて表現するのであればそれは盛大であり、そして絶対に忘れられない、そういう類の結婚式であった。特にインドの結婚式は盛大に、大きくやる事が特徴的であり、それが王族のレベルとなると国を巻き込んでの大騒ぎであった。見たこともない料理が並べられ、酒を片手に花婿と花嫁の姿を眺め、記憶に褪せない時を過ごした。

 

 ―――それが終われば徐々にだが嫌な予感が胸を苦しめ始める。

 

 嫁を、妻を迎えたラーマはシータを連れ、コサラへと帰還の道をたどり始める。無論、残る意味なんてなく、私も共にコサラへの帰還について行く。シータが増えたことにより帰り道は前よりも騒がしく―――途中、武神パラシュラーマがラーマに難癖をつけに来たが、そこはラーマの論破で何とかなったりで、道中は平和だった。ラーマもシータも幸福を味わうかのようにお互いからつかず離れず、ラクシュマナはラーマに対して呆れの視線さえ向けていた。

 

 しかし、その時、私は見逃さなかった―――ラーマの父である王、ダシャラタ王の妃であるカイケイの表情が曇っていた事に。そのそばには侍女の姿があり、何かを呟くようにカイケイと話し合っているのが見えた。おかしな話であった。カイケイはラーマとシータの結婚式の中、ラーマの即位が決まったことにわがことの様に喜んで祝福していたのだ。だが彼女の表情はまるで喜んでいるようには見えなかった。

 

 私がここで真剣に物語を思い出そうとすれば―――その理由に思い至っただろう。

 

 マンターラ。彼女がカイケイの耳に、心へとラーマに対する不信感という毒を注ぎ込んでいたのだ。カイケイを盲目的に信ずる彼女はラーマが即位すればほかの王子は不要になるとして、カイケイの子、バラタを殺すか追放すると盲信していた。事実、そんなことはありえなく、ラーマは後世に理想君主として名を残す最高の王の一人となる―――だがそれを盲信で信じられない、理解する事も出来ないマンターラは必死に、そして誰に悟られることもなくカイケイを説得していたのだ。

 

 ―――これは、私が目をそらしていたツケなのだ。

 

 コサラのアヨディヤへと戻ってきた私はしばし離れていた都に対して懐かしさと安心を覚えていた―――何とも単純な事だ、ラーマに引きずり回されている間に私はいつの間にかこの都に愛執を覚えていたのだ。人間とは何とも単純な生き物だ。私はそんなことを考え、改めてラーマたちとの出会いを感謝しながら再び庭の小屋へと戻った。

 

 たった数週間離れているだけでも寂しさを感じてしまった私は完全に手つかずだった私の鞄へと視線を向け、その中におさめられているラーマヤーナへと手を伸ばそうとし―――ばかばかしいと否定して、目をそらした。それに手を伸ばせば或いは、何かが出来たかもしれないが、

 

 三度、私はその機会を馬鹿なことに見送ってしまった。

 

 さあ、眠ろう。あと数日すればラーマが即位するだろう。彼はまだ若くも、王としての威厳とカリスマ性をすでに兼ね備えていた。彼が即位すればこの国はさらに輝くだろう。いつの間にか前よりも前向きになれていることに小さく苦笑しつつ私はその夜、眠りについた。

 

 ―――そして次の朝、物語が加速する。

 

 この話を進めるにはまずかつて、現在の王であるダシャラタ王がインドを助けるために戦ったことを説明しなくてはならない。彼はその戦い、戦場に妃であるカイケイをお供として連れて行った。ダシャラタが率いる戦車に乗って共をしたカイケイは敵の攻撃によって矢が王を貫き、戦車を破壊した時、即座に治療し、戦車を修復したことによって二つだけ、なんでも願いを叶える約束をしたのだ。その時カイケイはそこで答えず、時が来たら求めると答えた。

 

 そしてその特権をマンターラによって毒されたカイケイは振るったのだ。

 

 一つ―――ラーマを14年間追放する事。

 

 二つ―――子であるバラタの即位。

 

 二つの特権を以ってカイケイはこれをダシャラタへと要求した。むろん、それに対してダシャラタは盛大に反対した。ありえない事だった。何よりラーマは賢く、優しく、そして()()の男であると誰もが理解していたからだ。もはやラーマの即位は完全に決まっていることで、彼個人でそれをひっくり返すような事は不可能に近かったのだ。しかしカイケイは二つの特権を持っており、それにダシャラタは逆らう事が出来なかった。それはダシャラタが命を救われた恩として与えられた約束であり、それを裏切る事は不可能だった。

 

 怒声が長い時間響いた。庭にラクシュマナやラーマと共にいた私にもそれは聞こえてきた。

 

 何事か、そう思いながら首を傾げれば、やがて侍女がラーマを呼びにやってきた。

 

 不安を覚えた私達は、シータと私とラクシュマナはラーマを追いかけるようにダシャラタ王のもとへと向かい、そしてそこでひどく焦燥し、そして泣きそうな表情を浮かべたダシャラタの姿を見たのだ。まるで一気に十年老けたような、そんな気配を見せる王の姿の横で、またカイケイもどこか疲れたような気配を見せていた。どこまでも不毛であり、そして意味のないやり取りだったのが理解できた。

 

 ダシャラタが口を開いた―――お前を追放する、と。

 

 ラーマはそれに黙って頷いた。理由を求めず、言い訳も愚痴もせず、無言で頷き、そしてそれが運命であると、或いは天命であるのだと受け入れていた。

 

 その場に来ていた誰もが驚き、反対し、そしてバラタでさえ反対した。彼は元々ラーマと仲が良く、そしてラーマが即位したらその臣下として国政に関わって行く事を決めていたからだ。だからこれはバラタの意志さえ無視していた。だが言葉をダシャラタは撤回できず、そしてラーマは否定しなかった。全ての家臣が、臣下達が止めようとするも、それはラーマは聞かず、その日の内に出るという事を決めたのだ。

 

 ダンダカの森へ―――物語の運命の場所へと。

 

 国を出ようとするラーマは多くの存在によって惜しまれた。初めにダシャラタ王であり、彼は追放してしまったラーマを憂い財を、軍隊をつけようとした。それによって国が傾くことを恐れたカイケイはそれを止め、ダシャラタの心労がさらにひどいものとなった。出て行くラーマを多くの者が止めようとし―――そしてバラタも止めようとした。しかしラーマを止められる者はいなかった。

 

 故にラーマは国を出て、追放先であるダンダカの森へと向かった。

 

 ―――そのお供として弟であるラクシュマナ、妻のシータ、そしてごくつぶしの私を加えて。

 

 ラーマ一人の追放であり、ラーマはついてくるように、と誰にも頼んでいなかった。だがそんなことを無視して私達三人はラーマについて行くことにしたのだ―――或いは必然的に、そういう運命の流れだったのだろう。ラーマが出て行く、そういわれ、聞いて、そして行動に移した時、必然的に私が感じたのは焦燥感と恐怖だった。正確に言えば()()()()()()()という感覚だった。その感覚に従って私は少しだが愛着を感じ始めていた小屋を捨てて、ラーマと共に出て行く道を選んだのだ。

 

 そうやって私達はダンダカの森へと到着した。

 

 ダンダカの森へと到着した私達をまず最初に迎えたのは長い鉤爪を持った巨大な禿鷹―――鳥王ジャターユの存在だった。齢6000を超える鳥王はダンダカの森へとやってきたラーマの、その背後にある神性の存在を一瞬で察したのか、好意的に受け入れ、そして友好を結んだ。ここへと追放された私達はとりあえず、生活の為に狩猟やら何やらを始めなくてはならない。シータでさえ弓で戦場に立つことが出来るというのに、四人の中で圧倒的に無能な自分を私は恥じていた。そんな事を多少からかわれつつもジャターユと別れ、食料の調達の為に狩猟をラーマとラクシュマナが始めようとする。

 

 その時、私達の視界に黄金の鹿の姿が目に映る。反射的に射殺すために放たれたラーマの矢を避けると、黄金の鹿は森の奥へと向かって走って行く。避けられたことに自尊心を傷つけられたのか、ラーマは多少不機嫌な表情を浮かべたが、シータはそれをくすりと笑い、あの黄金の鹿を狩ってきて欲しい、と頼んでくる。

 

 シータに頼まれやる気に満ちたラーマの表情を見て、私とラクシュマナを顔を合わせて終わったな、と苦笑しながら確信していた。

 

 ―――そして、ラーマは黄金の鹿を求めて森の奥へと進んで行った。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――森の奥から声が響いた。

 

「助けてくれ! シータ!」

 

 森に響いた声はラーマの物であった。ラーマからもっとも縁遠い懇願とも呼べる、助けを呼ぶ声に驚きはするも、それは自分が理解しているラーマという少年からもっともかけ離れている言葉だった。ラーマに限ってありえないだろう。私はそう確信し、シータの方へと視線を向ければ、

 

「……あ、その、あの、そ、その―――」

 

 物凄いそわそわと、焦るような、落ち着きのない、そんなシータの姿があった。なまじラーマとその容姿が似通っているだけに、どこかラーマが落ち着きなく動いてるようにも見え、少しだけおかしな光景だった。私はそこから横のラクシュマナへと視線を向けたが、ラクシュマナも私と同じようにラーマに対して絶対的な自信を抱いているようで、欠片も不安を覚えるような表情を見せる事はなかった。しかし、

 

「あの、ラーマ様はご無事でしょうか……?」

 

「大丈夫ですよ、シータ様。ラーマ様は誰にも負けません」

 

「ですが―――」

 

 安心させようと言葉を送っても、シータは不安を隠せそうになく、ラーマの消えた方向へと視線を向けていた。それに溜息を吐いたラクシュマナは安心させるようにシータを説得した―――自分がラーマの様子を探ってくる、と。ありえない事だが、それでも自分が行くことで安心するのであればそれが一番良いだろう。そういってラクシュマナは短刀を取り出し、それで線を大地に刻んだ。

 

「これは貴方達を守る線です。私がいない間、貴方達二人を守ってくれるはずです」

 

「超えると」

 

「邪悪だった場合、魂まで焼き滅ぼす炎に焼かれます」

 

 インドの秘術とは何でこうも物騒なのだろうか、そう思いながらもラクシュマナが残した線は結界の様なものであり、安全を与えてくれ、安心させてくれた。今もまだ不安そうなシータが一緒にいたが、私は今までのラーマの話を持ち出し、それを話題にすることで彼女を落ち着ける事にした。しかし、そうやって私はシータと話しながらも、焦りや吐き気を静かにだが感じていた。

 

 状況が、

 

 物語が、出来上がりつつあった。

 

 そして、

 

 ―――何時から私はこんなに流暢に会話が出来るようになったのだろうか。

 

 その考えが完全に脳内で回りきる前に、ダンダカの森、正面に新たな人影が見えていた。下半身だけを布で覆う人の姿だけではどの階級の人間かはわからなかったが、少なくともバラモンやクシャトリヤにある神聖さや力強さは感じれない、そんな男であり、男はこちらを見かけると手を出してくる。

 

 男は乞食だった。金でも食べ物でもいいから恵んでほしい。そういって手を伸ばしてくる。

 

 普通、そういうのに対応する必要は一切ないのだが―――ここはシータ、ラクシュミの化身である彼女は非常に心が優しく、その求めに応えようとして、前へと踏み出す。

 

 ―――私はその時、直感的に彼女の腕を引いた。

 

「あの……?」

 

 私の行動に当たり前だがシータは不思議そうな表情を浮かべ、首をひねっていた。だがシータの反応と変わって乞食の方の反応は打って変わって面白そうなおもちゃを見つけたような表情であり、シータから私へと視線を向け、そして再びシータへと視線を戻した。

 

「―――なるほど、小細工に頼ること自体が間違いだったか」

 

 乞食はそう言って、

 

 前へと進んだ。

 

 ラクシュマナが刻んだ結界、それを散歩するかのように()()()()()()()()乞食は超えてきた。一種で十メートルほどの高さまで吹き上がった炎の中を歩くように乗り越えながら、乞食だった男の姿は変わって行く。みすぼらしい乞食の服装は消え去って、もっと上質な布に変わり、

 

 頭には獰猛な牙を生やした10の頭が、

 

 体には10対、合計20の腕が。

 

 それを一言で説明するなら異形、という言葉に尽きた。人間の形をしていながら人間の形をしていない。そんな幻想の塊を前に私は今度こそ完全に現実を突きつけられ、言葉を失いながら、その存在の名を口にした。

 

「―――羅刹魔王ラーヴァナ」

 

 その言葉に、羅刹の表情が獰猛な笑みへと変わった。

 

 こうやって、

 

 ラーマヤーナの物語は幕を開ける。




 羅刹王、魔王ラーヴァナ登場。このお話は分かりやすくラーマヤーナという物語を楽しめるように大分簡略化しています。なに、もっと詳しく知りたい? そこに密林があるじゃろ?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。