ビスコッティ共和国興亡記・HA Edition 作:中西 矢塚
本日よりHAMELN様にお世話になります、中西矢塚です。
某所や某所でお前を見かけたぞ、と言う方も大勢いらっしゃいますでしょうが、今後ともどうぞ、よろしくお願いいたします。
というわけで、どうぞ。
内容は基本的に追加のみ、ということで……すまない、見過ごしたままの誤字脱字も、当たり前のように残っているかもしれない。
幼少編・1
◆◇◆ ビスコッティ共和国興亡記 ◆◇◆
始まりがあれば、終わりもある。
何事にも区切りと言うものは、必ず訪れる。
ギ、と。僅かな音をさせながら扉を開く。
角にある、窓はひとつの、小さな部屋。狭くはないが、こじんまりとした部屋だ。
棚と机と箪笥と、そして、―――小さなベッドが一つ。
今の、十四歳のシガレットが横になろうとしたら、足がはみ出る事が確実な、小さなベッドだ。
幼少期を、ここで過ごした。
そして今日、一つの区切りとして、シガレットはこの部屋を引き払う。
「始めるとしますか」
郷愁に耽りそうになる思考を振り払い、宣言する。
先ずは窓を開けて、換気を。
その後で、置きっ放しの―――シガレット本人ですら、とっくの昔に捨てられていたと思っていた、幼い頃に使った私物の、片づけを。
◆◆◇◇◆◆
・◎月×日
念願の日記帳を手に入れたので今日から日記をつけてみる事にする。
いや、日記帳と言うか、要するに私が自由に何かを書き込める……面倒くさい表現はよそう。
親父殿、母上様たちの理解からすれば、ようするにこのノートはあれだ。
『良い子の落書き帳』
雨の日とかで子供が家で遊ぶ時に退屈しないように、クレヨンと色鉛筆と一緒に渡してくれた。
生憎私には絵画的な才能などは皆無なので、母上様達には悪いがこちらの世界の文字の練習もかねて日記帳として利用させてもらっている、と言うだけのこと。
掛け線の無い白紙に滔々と文章を重ねていくのは中々難しいのだが、いたし方が無い。
たかだかノートの一冊なれども、これも一つのプライベートスペース。
若干四歳の子供が漸く手に入れた、両親の目が届かない―――ああ、今生の両親は子供に与えたものは子供に管理させると言う大方針らしいので、玩具箱の中に押し込んでおけば、わざわざその中身を見るような真似はしないのだ。
出来れば早めに個室を用意して欲しいところなのだが―――いやいや、まだ私は生まれてから四年。
自主自立を促すには早すぎると言う話だろう。
そう、生まれてから四年。四年である。
三十年近く生きた筈の人生を、ゼロからやり直し初めて、漸く四年。
漸く、文字を書いてもそれほど驚かれないだろうと―――思い込める程度の年数は、重ねられた筈。
この四年間、赤子の身体と大人の精神が入り混じって、なんだか色々と思い出すには検閲事項な状況に疲弊し続けていたのだが、それも漸く落ち着いてきたのだから―――ああ、本当に辛かったなぁ。
記憶を有したままの輪廻転生なんてものは、体験してみれば解るが中々気苦労が耐えぬもので、ましてや生まれ変わった後の世界が自分の知っている世界とそこかしこどころか色々と違うとあらば―――もう、落ち着けと言うのも無理な話。
『お前はよく泣く子だったねぇ』などと、まだ四歳の子供にしみじみと懐かしんだ風に親が語って聞かせてしまうような、まぁ、これ以上思い出すのは精神的に辛いから、よそう。
ええと、つまり何て言うか。
私、どうやら異世界に転生したようです。
・ν月ι日
昨日の日記を読み返したら普通に日本語で書いていた件。
今日からちゃんとフロニャル語で記述しようと思う。
漢字使ってる日本人には、このフロニャル語ってひたすら文章をひらがな表記しているような気分になってやりづらいのですが、うむ、郷に入りては郷に従え。
そういえば私って何語で思考しているんだろうと振り返ると、当たり前のように日本語で思考している気分なのだが、母上様や親父殿(我が家内ヒエラルキー的に、母上様を前にすることに決めた)とはフロニャル語で自然な会話が実現できている。
これも所謂、フロニャ力(『りょく』ではない。『ちから』。多分、オーガニック的な何かと同じだと思われる)の賜物なのだろうか。
流石はファンタジー世界。
伊達に獣耳の生えた人間に獣耳の生えた獣が牧畜されている世の中ではない。
ああ、うん。
何か私にも生えてます。
犬耳と、犬尻尾。
・τ月μ日
めっちゃビビった。
ベッドの下を覗いたら蛙っぽい半透明な何かと、団子っぽい半透明な何かがいた。
チョコボがいる世界だ―――と言うか、親父殿がチョコボ厩舎の職員なんだけど―――から、今更こういう半透明っぽい何かを見かけたところで驚く必要も無い気がするんだけど、遊びに行って帰ってきたらワサワサこんなのがいたら、普通にビビるわ。
さてどうしたものかと、目? らしき部分と見詰め合ったまま―――うん、何か蛙っぽい何かも、僕の出現に驚いていたらしい。
因みに団子っぽい何かは折り重なって蛙っぽい何かの背後に隠れていた。
薄暗いところをこのんでいるっぽいと頃から考えて、般若信教とか唱えたら効くだろうかと思って荒ぶる念仏の構えっぽいのを取ってみたのだが、何時までも昼食の席につかない息子を不審に思った母上様が、寝室に来てしまったっぽい。
で、頭を叩きつつ教えてくれたのだが、どうやら『土地神様』と言う生物―――生物? らしい。
ははぁ、神様でございましたかこれはまた、雑霊っぽいものと勘違いして失礼仕りましたって頭を下げてみたら、神様っぽい人たちは声っぽい何かをはやし立てた後で、窓の向こうへ飛び出していった。
どうやら、『なぁに、ボウズ。人間には誰でも間違いはあるぜ』って許してくれたっぽい。
因みに後で聞いたところによると、あのくらい小さい土地神様だとそこいらの犬猫と変わらない程度の知性しかないらしい。
戯れるのが好きらしいので、実害が無いから放っておくか一緒に遊ぶ―――苛めてはいけません―――と良い、とのこと。
元日本人的な解釈をすると、八百万の神様って処でしょうか。
ε月γ日
基本、やっつけ中世っぽい世界観のフロニャルドでは、遊ぶと言えば外に広がる大平原で身体を動かすことを指す。
なにしろ大地に満ちるフロニャ力の加護のお陰で、よっぽど徳の低い行い―――まぁ、所謂誰が見ても犯罪的な行為を指すのだろう―――をしない限り、どれだけ派手にヤンチャに遊びまわろうが、致命的な怪我だけは負うことが無いのだから、子供の遊びに限度などあるはずが無い。
十メートルオーバーの木から木を飛び回り、激流を川下り、ついでにチャンバラごっこは岩を割る勢いだ。
まぁ、無茶をしすぎると一頭身の犬たまになってしまうので、その辺大人の精神レベルを有する私としては、あの恥ずかしい格好は何とか避けたいと思う所存。
手加減知らずに木刀叩きつけてくる幼馴染達と遊んでいるうちに、気付けば反射神経と回避能力ばかり高くなってしまったような気がする。
あ、ところでこのフロニャルドって大地のフロニャ力の恩恵のお陰で、我々知性ある二足歩行のヒト型生物であっても飢えとかと無縁で入られるんだってさ。
常に最低限の生活保障だけはされている―――の割りに、ヒトがヒトらしく文化的に生活している以上経済活動は行われている訳だから、基本、この世界に存在する国家って黒字運営だ。
その辺経済的な余裕があるせいなのか、我がビスコッティ共和国ではエセ中世っぽい世界の割りに実に近代的な福利厚生が成立している。
こんな大草原の小さな家―――いや、チョコボ牧場の家族寮なんですが―――にだって電気(らしきもの)ガス(っぽい火を起こす触媒)水道(これは普通)も完備。勿論、上下水道の区分けもばっちりだ。
と言うか、普通にテレビとかある。無線通信技術とか、むしろ二十一世紀の地球を上回ってるかもしれない。
何気に立体映像を実現してる辺り、異世界ではなく歴史が一周した超未来だったりするのだろうか。
ああ、するとこの、昼間でも星が瞬いて見える空とか、紫色の明るい夜空とか、殖民した他の惑星とか考えるとしっくり来るかなぁ。
フロニャ力とかも、実はナノマシンがどーたらで……あ、つまり私たち犬耳は、フロニャルド星人ってことだな。それとも遺伝子改造か。
まぁ、現実に平和だから、何でも良いけど。
最低限生活保障が生まれた時から完備されてるせいか、フロニャルド人って皆、精神的に成熟してるっつーか、おおらかで優しいしね。
うん、良い世界です。
でもちょっと気になるから確認してみようかなー。
ねぇねぇ母上様。地球って知ってる?
あ、知ってるんだ。やっぱり未来かな。
へぇ、……へぇ、勇者が居るところ。
なるほど、勇者かぁ。
―――――――――勇者?
・◇月∵日
勇者様なる生物が、今生には存在しているらしい。
らしい、と言うのはどうやら母上様もじかに見たことがある訳ではなく―――なんか、領主様が召喚しなくちゃいけないんだって。
召喚ってまた、ファンタジーな―――ああ、そうそう。
ウチの国、ビスコッティ『共和国』って名前の割りには、地方毎に王様っつーか領主様がいらっしゃるんですよ。
因みにこのビスコッティ国フィアンノン領にはフィアンノン領主様。
ビスコッティ国そのものの代表領主でもある超偉い人です。
生憎田舎の牧場育ちの人間である私はテレビでしか見たことないけど、優しそうな犬耳紳士でした。
領主様は茶系統の髪なのに、私と同い年っぽい領主様の娘さんの髪の色はどピンクなんだよねぇ。
娘さん―――お姫様かな、ポジション的に。うん、お姫様の傍に一緒に居た子供も、緑色の髪だったりしたし、この世界たまに自然の摂理とか平気で無視しまくるところがあるから、まだまだ侮れない。
―――いや、まぁ私の髪の色も、良く考えたら母上様とも親父殿とも色が違うよね。
なんつーか、青い。
これ哺乳類の毛の色じゃねーだろって、赤子の時分に気づいた時は酷く取り乱しましたけど、うん、もう慣れた。
髪とか尻尾の色がおかしいだけで、産毛の色は普通なのがまた、色々と気になりもするんだけど。
フロニャ力フロニャ力。
大地の恵みに感謝すれば、無茶は通る。
あ、で領主様ですが。
共和制議会の上に居る名目統治者じゃなくて、普通に現実政治における最高権力者、即ち統治者です。
共和制なのに世襲の統治者が居る。
王様、それっておかしくない?
―――とかユベリズムな疑問が湧き上がっても来るんですが、何か、領主(因みに終身である)になる時に国民から信任投票を受けたりするみたいです。
一応、形としては国民から信任されて政治を委任してもらってるって形になってるから、共和国で良いんだってさー。
そもそもこの国の人たちって民度高いし、前に書いたけど最低生活保障だけはされてるから、好んで政治やろうって人もそんなに居ないんだろうから、状況に即したシステムなのかもしれない。
あれ? でも領主様の信任投票の時に別の対立候補とか出てきたらどうなるんだろう。
選挙やって新領主とかになれるのかな?
え、何でしょうか母上様。
―――ああ、そう。
領主様になりたいなら、お姫様のお婿さん狙った方が早いって?
なるほどねー……って、いや別に、国家運営とか興味無いですから。
自分、こうやってチョコボの餌やりとかの仕事してるのが、身にあってるっぽいんで。
・λ月Ψ日
この間の日記で領主様ご一家―――後で確認したら、普通に由緒正しい王家様らしい―――の話を書いたら、肝心の勇者関連の事を書き忘れていたことに今更気付く。
いやね、幼馴染のヤンチャなヤツが俺は勇者だーとか言って切りかかってくるんですよ。
しかも何か、何処から拾ってきたのかホンマ物の鉄の剣で。
流石に死ぬかと思ったけど、まぁ、斬られても犬たまになるだけで済むってのは本当に大地の恵みには感謝感謝―――出来るかボケェ!
ガキのヤンチャで殺されかかって(日本人主観)ワンワン鳴きながらスライムっぽいジャンプしてられる訳無いわ!
そんな訳なんで幼馴染には最近どんどんレベルアップしていく回避スキルに物を言わせて刹那の見切りとかを発動しつつ踏み台にして跳躍⇒三回転半捻りのコンボを決めて背中に回りこんで蹴りをくれてやった。
うん、何か最近、自分の動きが大分獣染みてきたような気がする。
そういえば、ダッシュで走り回るチョコボに併走して波乗りスタイルで飛び乗れるのが普通になってきたからなぁ……。
あ、そういえば最近運動中に髪の毛が視界の中でチラチラ光っててうざい。
切ろうかなぁ。
この青い髪の毛、無茶苦茶太陽の光を反射するっぽいんだよなぁ。
ううむ、母上様の趣味でいつの間にかポニーテールっぽくなっちゃってるけど、世話してるチョコボもじゃれて咥えてきたりするから厄介だし、何とか陳情してみるか。
―――ムリだろうけど。
ウチは母上様が絶対君主として君臨しているので、母上様のお言葉には私も親父殿も爺様も逆らうことは出来ないのです。
本当は女の子が欲しかったんだってさー。
うん、親父殿と励んでくれ。私は早めに筋肉つけて、男らしくなる予定だから。
・л月и日
―――また勇者のこと書き忘れてるじゃん!
私、鉛筆を手にすると書きたいことから書いちゃうひとらしくて。
『お前は犬たまみたいな性格だなぁ』とか、この前脳筋の親父様にも言われてしまいました。
ぴょんぴょん飛び跳ねる一頭身と、右へ左へ思考が飛ぶ僕と掛けて上手いこと言ったつもりらしいです。
最近妹が出来たから上機嫌だしなぁ、あの親父。
生まれる前に性別解るって、やっぱ微妙に超科学だよな、フロニャルド。
ああ、うん。
気付けばこの日記書き始めてから一年以上の月日が経ってました。
毎日外で遊んで体力使い果たしてそのまま寝るってケースが多いから、日記殆ど書いてないんですけど。
これ、日記って言わなくない? なんだろう、月記?
まぁ良いや。
ええと、勇者のことですよ、勇者。
何か、簡単に説明すると『国家の危機が訪れる時、国王が地球から召喚す人物』を指してフロニャルドでは『勇者』と言うらしいです。
うん、国家の危機なの。世界じゃなくて、一国家。
我がビスコッティとか、お隣のガレットとか。国家単位で勇者呼べるらしいです。
じゃぁ、世界中を巻き込む危機とかが発生したら各国えり好みのスーパー勇者大戦とか始めちゃうんだろうか。
と言うか、この超平和なフロニャルドで国家の危機的状況ってどんなやねんと実に疑問。
実は平和になる前は魔王みたいなのが居たのかなーとか思って何時もどおり母上様に尋ねてみたんだけど……。
え? 何? 戦争?
はぁ~~~戦争。勿論国対国の、アレだよね。争い。うん、あってる?
……こんな平和で豊かな世界なのに、戦争なんて起きるんだねぇ。
明日からこの近くで戦争する? ははは、またまたご冗談を……嘘じゃないの?
え、何? 何で親父殿は倉庫から皮鎧引っ張り出してきてるのさ。
ついでにその鉄の剣、ウチのだったんだ。
―――え? 僕も参加? 何に……ああ、うん。戦争にか。
◆◆◇◇◆◆
閉じた。
勢いは無く、なんていうか、力なくページを閉じた。
「これ……捨てた方が良いのかなぁ」
乾ききった苦笑いと共に、呟く。
目の前には、色あせたノート。
部屋の片付けの途中、机の棚に置いてあったものを見つけてしまったのだ。
『良い子の落書き帳』などと、見慣れた手書きの字が記されている。
中身をもう一度開く。
最初の方のページは、日本語―――もう、大分書き方を忘れている、生まれる前の故郷の言葉で書かれていた。 内容は見れたものではない。
これから始まる長い夫婦生活に置いて、素直になるのが必ずしも美徳とは限らないという、良い教訓にはなりそうだったが。
「ここで燃やすか?」
証拠隠滅的な意味で。
幼少期を過ごした懐かしい小部屋の中で、シガレットは物騒な言葉を口走った。
◆◆◇◇◆◆