ビスコッティ共和国興亡記・HA Edition   作:中西 矢塚

10 / 42
召喚編・2

 

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・シガレット』

 

「おぉ~すっげぇ! マジで勇者だ!」

「あら可愛らしい男の子」

「……裸の耳だ」

 

 ……いやいやいや、素直に感心してる場合じゃねーだろ三馬鹿どもよ。

 

 おかしい、どう考えてもおかしいだろコレ。

 テレビの故障とか、特撮とかの間違いじゃねーの?

 何であそこに映ってる彼、あんなにノリノリでポーズ決めてるの?

 日本人? ねぇ、キミ本当に二十一世紀の日本人なの?

 

「……って、金髪じゃねーか」

 

 自称勇者君―――いや、事前にミル姫からの予告があったからマジものの勇者様なんだろうけど、金髪碧眼の、どう考えても日本人ではない容姿をしていた。

 金色の髪、白いマント、赤い服。アクセントに黒を引いて、身の丈もある飾り棒を華麗に振り回す姿は、なんていうか、何処までも絵に描いたような、和製RPGとかに良くある、国籍不明の異世界の『勇者』様にしか見えなかった。

 会社勤め時代に取引のあった外資に勤めていたマジモノの外人さんとも雰囲気が違う、オリエンタルな感じも混ざっているから、ハーフかクォーターか何かだろうか。

 メリケンとかだと無駄にノリが良かったりするからなぁ、結構フロニャルドのノリに馴染んでくれるかも知らんけど。

 

「いや、あの裁判大国の人間が勇者契約なんてする筈ねーわ」

「アニキはさっきから何をブツブツ言ってるの?」

 受け入れがたい現実に懊悩していると、ジョーヌが不思議そうな顔をしていた。

 と言うか、周りの皆様全員が私の方を見ている。

「……何でも、無いよ」

「なんでもないって顔じゃない」

「お兄様的には、勇者召喚の件は御気に召さないのかしら?」

「いや、お気にと言うか何ていうか……」

 ベールの問いに曖昧に言葉を濁す。

 

 良く来たな、と言うか、むしろ良く呼んだなと言うか。

 

 あのミル姫が遂に、一人の人間の人生を奪ってまで一つの事成す決意をするまでに成長したのかと思うと、感慨と共に虚脱感のようなものも沸いてくるのだ。

 同時に、レオ様がミル姫に、そこまでの物を背負わせてしまった事実も、色々と複雑で。 

 

「まぁ、俺らがふがいないからって話にもなるからね、この場合」

 エクレ嬢は内心穏やかとは言えないだろうなと―――バトルフィールドで勇者と合流した二人の姿をテレビ越しに眺めながら、苦笑した。

「あ~」

「何か、あたし達の方こそ、申し訳ないっつーか……?」

「いや、戦争なんだから弱い俺らが悪いから、キミ等が気にする話じゃないんだけどね」

 曖昧な顔で頭を掻くジョーヌに、軽く返す。

 実際問題、現在進行形で進んでいる防衛戦に私も参加できていれば勇者を呼ぶ必要も無かったかもしれないのだ。

 尤も、その場合は此処でテレビを見てる三馬鹿と、ついでに今はポポロ小砦に居るらしいガウ、更には解説として実況席に座っているバナードさんまで参戦してくるのだから、それはそれで勇者でも呼ばないとやってられない無理ゲー状態だったと思うが。

 

 ……それにしても、あの勇者凄いな。

 ポンポン景気良く跳ね回りながらアスレチックを駆け抜けるわ、エクレ嬢に勝るとも劣らない強烈な紋章砲をぶっ放すわ、余りにも凄まじい適応力過ぎて、どう考えても現代日本で暮らしている人間とも思えない。

 現代の若者ってのはもっと内向的で外で運動とかも殆どしないような、世の中を斜に構えてみちゃったりするような感じじゃないのか?

 外見的に『リアル中二世代』っぽい年齢に見えるから、ある意味本懐を遂げたとばかりのはっちゃけ状態なのかもしれないけど。

 

 いやでも、なんつーか、やっぱり自分の常識が崩壊しそうな活躍っぷりな勇者様だこと。

 幾らフロニャの加護で斬っても撃っても『けものだま』になるしかないって言っても、あそこまで豪快に棒振り回したりビーム撃ったりとか……まぁでも、私も良く考えたら、傍から見ればあんな感じなのかなー。

 現代人も案外、思っているよりも適応力が高いってだけかもしれない……と言うか、そう言う事にしておこう、自分のために。

 

 私は何も、おかしくは無い!

 

「ま~たアニキが何かおかしな事考えて一人で納得してるよ……」

「いつもの事なんだから、邪魔しちゃ駄目よジョー」

「シガレットはおかしいから、仕方ない」

「……煩いわ三馬鹿」

 

 長い付き合いだと相手の思考がある程度読めちゃうから嫌だよね。

 何か、ルージュさん達メイド部隊まで笑ってるし、うん、気にしないことにしてテレビに集中しよう。

 折角の勇者の初陣何ていうレアな場面を目撃しているのだ、コレを見ない手は……。

「って、うわ、スゲー爆発」

 バトルフィールドのエクレ嬢と勇者少年を映していたテレビ画面いっぱいに、粉塵が満ちる。

「今の紋章砲、誰?」

「さぁ? 第二陣に参加してる誰か……」

「若い子たちに、あんな強力な砲は撃てないわよ」

「ってことは、ゴドウィンのおっちゃんが来たんじゃ」

「色が違う、あの色は……」

 あーだこうだと今のガレット側からの攻撃について会話を交わす三馬鹿。

 最後のおちびさんの言葉と同タイミングで、映像が別のモノに切り替わった。

 それは、青空をバックにバトルフィールドに近い高台を映した……。

「……って、おい」

 

 黒いセルクルに跨った、大戦斧を肩に担いでマントと銀も鮮やかな毛並みを靡かせる、その姿は。

 

『閣下と呼ばんか、無礼者がっ!』

 

 言葉と共にバックにドーンと意味も無くデ・ロワ家の紋章が光る。

 実に華やかな演出である。

 

 ……。

 …………。

 ……………………。

 

 あの、何をそんなノリノリで、高いところから登場してらっしゃるんですか、レオ様。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・ベール』

 

 触らぬ神に祟りなし。

 君子危うきに近寄らず。

 

 他にも色々表現はあるだろうけど、現状は概ねそんな感じ。

 大興奮の中集結した戦争の余韻も通り過ぎて、そろそろ西日が窓から差し込んできそうな、そんな、弛緩した空気が蔓延しそうな時間帯。

 私たちは未だ、ビスコッティ共和国の防衛拠点のひとつ、ミオン砦を占拠していた。

 

 ビスコッティ共和国首都フィアンノン直下で行われていた戦争は、我がガレット代表領主たるレオンミシェリ閣下の敗北―――大将撃墜ボーナスの発生によって、ビスコッティ側の勝利と言う結果に終わった。

 現在は戦場後の復旧などの時間に当てられており、占領地の返還交渉などは未だ行われていない。

 此度の戦は本格的な領土紛争の類ではなく、戦争自体を『魅せる』事を主目的とするまさしく『戦争興行』といえる類のものだったから、煩わしい書面のやり取りなどはなあなあのまま先送りにして、その前に戦勝イベントへと突入してしまうことだろう。

 

 ―――よってこのミオン砦は、ましてや主とフィアンノン近辺に陣を敷いたガレット軍数万も含めて、堂々とその場を占領し続けている。

 

「お歌、聴きたかったな……」

 砦の一角、普段は維持管理を目的とする文官たちが職務を遂行する事務室となっているであろう場所。

 カリカリと書類に数字を刻み込んでいく音ばかりが響いていたその部屋に、ノワがぽつりと声を漏らした。

「だよな、だよなぁ~! ノワの言うとおりだよ! 折角ミルヒオーレ姫様のコンサートがあるのに! 戦争参加者特権で優待席が取れるのに!」

 ノワの一声に引きずられるように、ただでさえ書類仕事が嫌いなジョーが遂にはじけた。

 自分の机の上に散らばっていた羊皮紙を撒き散らしながら、うが~~っと、喚く。

 そしてその勢いのまま、ジョーは無謀にも、

 

「なぁアニキぃ、書類仕事なんて後でいいじゃん! 皆でコンサート行こうよぉ!」

 

 繰り返すが、『君子危うきに近寄らず』である。

 そして、私たちはガレット獅子団領国領主家男子たるガウ様を守る親衛隊ジェノワーズなのだ。

 君子を危うさから守る立場の私たちだから、だから、ジョー。

 その貴女が、自ら危険に突っ込んでいくのはどうなの?

 

「黙って手を動かせ」

 

 普段―――といっても二年前なのだけど―――のように怒鳴りつけてこない分、その声は逆に空恐ろしかった。

 事務室の上座に当たる、恐らくは室長格の人間が使用するであろう大きめの机を陣取り、顔も上げずに黙々と羊皮紙の塔を積み上げていく少年の姿が、そこには有った。

 誰かと問う必要も無い、我らガウ様親衛隊の隊長のシガレット君だ。本人は違うって否定するけど。

 

「いや、でもさ、アニキ……」

「全部纏め終わったら解放してやる。大体、こんな杜撰な物品管理でよく今日まで戦争やってこれたな」

 

 流石に今の彼にはヤバイ空気を感じたのか、ジョーは口調を少しばかり戸惑うものに変えた。

 しかし、シガレット君は淡々と、勤めて冷めた口調で切り捨てる。

 越境から今日に至るまでのガレット軍の進軍内容、その全軍の維持に掛かった費用や資材、食料等の書類を纏めて精査し、抜けや計算間違えを発見しては次々に訂正印を押していく。

「……訂正印、見かけないと思ったら」

 シガレット君がビスコッティに『行っている』間、書類審査を主に担当していたノワが、気付いて呟く。

 紛失したと思って新しく作り直したとか、そういえば言っていたっけ。

 当然のように私物扱いでシガレット君が持ち出していたらしい。まぁ、そもそも訂正印なんて彼が使うためにあるものだから、当然の結果とも言えるけど。

 

「アニキ……何か、怒ってる?」

 

「……ジョー」

 私は思わず呻いてしまった。

 寄らば斬る、といった空気を撒き散らしている人間に、そんな尋ね方は厳禁だろうに。

 その辺りの機微が読めないのが、いかにもジョーらしいといえばそうだけど―――って、ノワが机の下に隠れてる。この娘も空気読むのが上手いなぁ。

 さて私はどうしようかと、ほんの少しだけ椅子から腰を浮かせながら事態を伺ってみると、シガレット君は丁度、漸く書類から視線を外して顔を上げたところだった。

 

「怒ってる? 俺が? ―――なんで?」

「なんでって……」

「ああ、相変わらず余白に落書きしてる馬鹿虎が居ることについてか? その事なら諦めたから安心しろ。ついでに諦めたからって訂正はちゃんと本人にやらせるから、そのことについても安心しろ。つーか、この書類書いた馬鹿虎は二年間何してたんだ? 前に夜通し直させたヤツと同じ間違いをしてるじゃないか」

 淡々と、言葉と空気だけでジョーを追い詰めるように、シガレット君は一息で言い切った。

「ノ、ノワ……って、居ない!?」

 ジョーは怯んで助けを求めるように辺りを見回し、向かいの席に座っていた筈のノワの姿が無い事に気付き、悲鳴を上げた。

 続いて、―――あ、こっち見るなバカ。

「ベールぅ~~~、アニキが苛めるよぉ」

 涙目で縋りつかれちゃうと、突き放す訳にも行かないんのよねぇ。

 仕方ないなぁとジョーの頭を撫でながら、私はシガレット君の方を向く。

「何?」

 シガレット君は憮然とした顔で私に問う。

 

 普段は年齢に見合わぬ―――たまに私よりも年上に見えるような大人びた顔をしているのに、ふとした拍子に歳相応の少年らしさが見えるのが、アシガレ・ココットの個性と言えた。

 ガウ様や私たちと居る時は、ヴァンネットの王城ではどちらかと言えば年長者のような立ち振る舞いを心がけていたらしく、余りこういう部分は見せてくれない。

 個人的には、こういう素直に感情を見せてくれる状態の方が、可愛らしいと思うんだけど。

 男の子の意地、と言うヤツなのかな。

 

「ん~ん。お兄様は怒ってるんじゃなくて、機嫌が悪いだけだものね」

 苦笑を一つ浮かべた後で、私は言う。

「誰が」

 一瞬だけぎょっと目を見開いた後、直ぐにシガレット君は渋面を浮かべる。

 図星を突くことには成功したらしい。

「そんなにレオ様が衆目の前で脱がされたのが気に触ったの?」

 

 ―――パキッ。

 

 彼が握り締めていた万年筆が真っ二つに折れた。

 零れたインクで手を黒に染めたまましばらく無言で居たシガレット君は、やがて、ふと思い出したように何処を見ているんだか解らないような目をしたまま、口を開く。

「……別に、鎧を剥がされただけじゃないか」

「そっか。そうだね~」

 うんうん、と私は否定せずに頷く。

 

 戦争の最終段階に差し掛かった時のことだ。

 ビスコッティが召喚した勇者に興味を惹かれたらしいレオ様が前線に突出。

 周囲の雑兵を―――何時もの如く味方ごと―――吹っ飛ばして、勇者の少年とミルヒオーレ姫の親衛隊長と勤める騎士エクレールの二名を相手どって大一番を演じてみせた。

 結果、勇者の少年と騎士エクレールの息の合ったコンビネーションアタックにより、レオ様は装備を欠損し自らの敗北を認め、撤退をした。

 

 因みにレオ様は肌色面積が実に多い服装の上から、私の目で見れば重たそうな鎧で必要部位を防御している形だ。

 腕、腰、脚。そして呪布で設えたマントを羽織って領主の戦装束としており―――ようするに、鎧を着ても普通に肌色率は高い訳で。

 そこから更に鎧をはがされてしまえば、夏場の寝巻きかと言うレベルの大胆な格好がお茶の間にご披露されちゃうのだ。

 とはいえ、レオ様は大雑……もとい、おおらかでノリの良い性格の人だから、下品に落ちない程度であれば多少の色気のある部分にも乗ってくれたりする。

 

 今回も、鎧が脱げた後は無意味にセクシーポーズをとって周囲を沸かせていた。

 

「―――レオ様が機嫌良さそうだったのが気に入らないんでしょ」

「っ……」

 

 続けた私の言葉に、シガレット君は今度こそ隠しようも無いレベルで頬を引きつらせた。

 また、メイド達が喜びそうな態度を簡単に取ってくれるなぁ、この子も。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・ルージュ』

 

「別に良いんですよ。戦争大好きな国の戦争大好きな領主様なんですから。戦争で一暴れした勢いで機嫌よく周りを盛り上げてみるのも、当然じゃないですか」

「そうですねぇ」

「そりゃ、領主の仕事も忙しいでしょうし? 捕虜と面会もする暇なんて無いでしょうし、敵に対しては問答無用で隕石落とすのも当然です。だから、最近俺があの人が笑ってるのを見た記憶が無いのだって当たり前で……」

「ええ、そうですとも」

「だから、ストレスがたまったのを戦争に参加して発散したくなるのは必要悪みたいなもので、だから、別に良いんですよ。戦争大好きな国の戦争大好きな領主様……」

 

 繰り返し、繰り返し。

 

 セルクルが引く『馬車』の座席に腰掛けて、不貞腐れた態度で態度悪く顎を手の甲に乗せたまま、シガレット様はブツブツと同じ内容の言葉を繰り返し続けていた。

 私はお世話役として彼の傍に控えながら、苦笑混じりに相槌を打ち続けている。

 

 実に微笑ましい気分で。

 

 これだ、この空気がやはりヴァンネットには必要なのだ。

 それなりに忙しい領主の傍つきメイドとして、一つは近くに浮いた話でも無いと、盛り上がらないのだ。

 特に最近は、戦続きでどうしても思考が乱暴な方向に行きがちになるし―――豪華なディナーも、取り過ぎれば毒だ。

 たまには瑞々しい、甘い香り漂うデザートが欲しくなるのも当然と言えた。

 

 二人の真面目な少年少女の間に芽生えた、ほのかな恋。

 

 王宮勤めのメイド達全てがご執心の、平日昼間にやっているメロドラマなんか目ではない初々しい人間模様。

 二年前までは、毎日のように新たな進展があったのだが―――しかし二年前、ビスコッティで起こった一つの不幸によって、その関係は閉ざされてしまった。

 一時的に、二人は何の未練も無いかのように、綺麗さっぱり関係を解消したのだ。

 

 なんてこと、早く対策を―――。

 

 慌てるメイド達の中で、しかし一人の利け者が言った。

 

 『離れた時間が、更に関係を深め強いものにするのです』

 

 その言葉が正しかったのだと、今の彼の姿を見ていれば確信できた。

 毎日顔をあわせていれば―――豪勢なディナーも、毎日続けばそれは印象が薄れてしまうから、そう、たまにたまにと、緩急をつけていくこともまた大切だったのである。

 二人とも少しづつ大人へと近づいて行っている事もあって、子供の間にのみ存在する『純粋な意味』での『仲良し』の関係から、情と愛が絡む、大人の有する感情へと昇華しようとしているのだ。

 

 実に見逃せない、燃える展開。

 録画は既にばっちりだ。後で他の仕事仲間たちと盛り上がろう。

 

 ―――でも、その前に。

 セルクルが歩を進めるのを止め、馬車が停まる。

 御者が振り返り私に向かって一つ頷いたので、私はシガレット様に声を掛けた。

「到着しましたよ、アシガレ卿」

「……? もう? ポポロの砦ってそんなに近かったっけ?」

 シガレット様は不思議そうな顔で首を捻る。

 どうせだからポポロ砦で陣を張っているガウル様とお会いしないかと馬車に押し込んだのだ。

 ミオン砦とポポロ砦との間の距離は、セルクルの足で四半時程度掛かる距離があったから、彼の疑問は尤もである。

 

 だが私はそれに答えず、馬車の扉を開けて先に外に下りて、彼の下車を促す。

 

「ルージュさん? ……また、何かたくらんでるのか……な、って、おいおい」

 馬車から降りて、目の前にあるものを確認したシガレット様は、それが何かを認識して、言葉に詰まる。

 

 そこは平原に築かれた軍の駐屯地の隅。

 仕切りで覆われた中央に位置する、巨大な天幕。

 天幕の入り口には、巨大な紋章が刺繍として刻まれていた。

 

「お待ちしていました、シガレット様」

「……ビオレさんが待っててくれるのは、凄くとても嬉しいは嬉しいんだけど……」

 天幕から出てきて頭を下げるビオレお姉さまの姿に、シガレット様は何ともいえないと言う顔で唸る。

 普段なら、喜び勇んでお姉さまの美しさを褒める場面だったから、その感情の複雑さは想像を補って余りあった。

 

 ―――つまりは、そう。

 彼はそこまでひとつのことに意識を縛られているのだ。

 

 戦には楽しそうに興じていたと言うのに、自分に対しては、ろくに言葉もかけてこない、一人の事を。

 

「では、どうぞ中へ」

「……居るんだよね、勿論」

「お待ちしてますよ、勿論」

「それは嘘でしょ、勿論」

「勿論それは、ご自身でお確かめくださいませ」

 

 シガレット様はビオレお姉さまと幾度かのやり取りをした後、漸く諦めたとばかりに息を吐いて天幕の奥へと進んでいく。

「お姉さま、録画の方は?」

「勿論ばっちりよ。報道部の子にチェックしてもらったから」

 ぐっ、と二人で親指を突き立てあって頷いた後で、私たちも天幕を潜る。

 

 さぁ、お楽しみはこれからだ。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・シガレット』

 

 何故此処に居るかって?

 ははは、ヤダなぁ姐さん。

 紫の人にご招待されたからに決まってるじゃないかぁ。

 それ以外の理由なんて有りませんって、だから、ね、ホラ。

 

 ……ゴメン、私も少し空気呼んでないなとは感じてるには感じてるから、少し落ち着け。

 

 ホラ、ちゃんとお土産も持ってきたから。

 最近某国が戦争を仕掛けてきてる影響で若干値上がりし始めている葡萄桃酒。

 リオネの899年モノ。

 

 ―――え? あ、コレ姐さんの秘蔵だったんだ。

 いやいやいや、うん、ゴメン。実はさっき入り口で紫の人に手渡されたから。

 ははは、騙されて連れてこられた人間が、土産なんて自分で用意してる暇なんてないっちゅーの。

 そもそも現状の私、まだ両国間の捕虜交換が終わってないから、立場が捕虜だしな!

 

 うん、何で捕虜が領主の天幕に悠々と遊びに来てるんだって話には当然なるよねー。

 え? ならない?

 ちょ、そこでお前なら仕方ないみたいな顔で梯子外すのやめようぜー。

 姐さんと私は、この脳筋の国では数少ない常識人コンビじゃないか!

 

 ……ちょっと、周りのメイドさんたちは何を苦笑してるのかなー?

 あんたらも、相変わらず上司の傍で上司を指差してヒソヒソお嬢さんトークとか、失礼極まりない人たちだよね。

 そのうち姐さんも堪忍袋の尾が切れるんじゃね?

 その時に真っ先に被害が飛んでくるのって私辺りだと思うから、是非控えて欲しいんだけど。

 

 おっと姐さん、落ち着け。先ずその振り上げた拳を下ろせ、そして腰を下ろせ。

 こう言う時は深く考えたら負けだ。

 適当に状況を受け入れて流されるくらいの勢いで良いから―――え? どう言う時かって。

 

 まぁ、そうね。

 私と居る時くらい―――なんちゃってね、ハハ。

 

 ホレホレ、折角一つの戦が終わった後なんだから、そんな面倒くさい書類なんかほっぽって、一杯やりましょうよ。

 つーか呑み出す前から赤くなってんじゃねーっての。

 言った私の方が恥ずかしくなってくるわ。

 

 という訳で、ええと、ホレ。テンション上げて行こうじゃないか。

 

 かんぱ~い。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・シガレット』

 

 「おぬしはこんなところで油を売っておらんで、とっとと犬姫のところへ戻れば良いのじゃ」

 

 居心地悪げにグラスを揺すりながら、レオ様はそんな風に私に言うのだった。

 『犬姫』。

 蔑称とすら受け取れるだろう、その内側に情愛を探すのも難しい呼び方で、ミル姫の事を呼ぶレオ様。

「無いな」

 思わず呟かずには居られない、そういう気分にさせた。

 

 ミル姫とレオ様はとてもとても仲が良い。

 幼少の頃からの幼馴染であるし、まぁ、がさつな弟が居るレオ様としては、穏やかおしとやかを絵に描いたようなミル姫はたいそう愛らしいものに見えたのだろう。

 ミル姫もまた、レオ様の姉御肌に絆されて、実の姉のように慕っていた―――いや、今も変わらず、慕っている。

 

 今も変わらず、だ。

 

 レオ様だって、そのはず。

 何も変わっていない筈なのだ―――何の前触れも無く、唐突に、愛する少女を嫌ってみせるとか、或いは苛めてみせるとか―――、そういうの、嫌いな筈の人だから。

 実直な人だから、無闇に他人を貶めることなんて出来ない。そういう性格なのだ、彼女は。

 

「まだ続ける気なんですか、この戦争」

「答えるまでもあるまい。ワシは貴様らの守るフィアンノンを攻め落として、あの犬姫の泣き顔をテレビに曝してやるまで鉾を収めたりはせぬ」

「―――似合いませんよ、そういう露悪的な台詞。どっちかと言えば、俺の領分でしょう」

「……フン」

 余りにもわざとらしい物言いにため息を吐くと、レオ様は不機嫌そうに鼻を鳴らせた。

「気に入らないのであれば、とっととワシの前から失せよ」

 元より今は、敵同士なのだから。

「ミルヒの元へ、戻るが良い」

「ミル姫の傍、ねぇ。あっち、出戻りの俺の居場所ってイマイチ無くてさぁ。しかも今、何か勇者も居るみたいだし」

 そういえばあの勇者、勝利者インタビューにも出てこなかったけどどうしたんだろうか。

 輝力の使いすぎで倒れたりしたのかね?

「勇者、か」

 レオ様が、ふと何かを思い返すような目で呟く。

 そしてグラスを一息で空にした後、ギロっと私をねめつけてきた。

「お主もしや、勇者一人が戦線に加わった程度で我がガレットに対する逆撃の目が立ったとなどと思ってやいまいな?」

「……はぁ」

 何が言いたいんだか良く解らんと間抜けな声で応じると、レオ様は益々視線をきつくした。

「おぬし程度の騎士でも、このちっぽけな国の姫にとっては貴重じゃろうて」

「……いや、えっと」

 

 ―――つまり、何か?

 何が何でもこの人は、だ。

 

 不意に、首筋を撫でる銀の鎖に意識が寄った。

 詰襟の騎士服の内側で見ることは叶わないけど、鎖骨の上辺りを擦る金属の感触も確かに。

 それから、薄暗い天幕の中の、テーブルの上に置いた小さなランプの明かりで照らされるレオ様の顔が、気に掛かった。

 戦で随分埃をかぶっても居るだろうに、相変わらず白く美しい肌―――しかし、白いと言うよりはいっそ、青白く不健康な具合に見て取れた。

 化粧で誤魔化しているのかもしれないが、うっすらと隈が出来ているとも。

 

「レオ様、少し痩せましたか?」

「いきなり何を聞いているんじゃおのれは!」

 

 不躾な質問に、当然の激昂。

 だが一瞬だけ、恐れるように瞳が戦慄いた事に私は気付いてしまった。

 不健康に青白んだ肌と、目の下の隈。余裕の無い詰問口調と、痩せ気味の頬のライン。

「馬鹿ガウが……何時ものことか。そもそも」

「シガレット?」

 昨日今日で現れるような憔悴の度合いではないだろう。

 レオ様の疑問の声も気にせずに、考える。

 彼女の慢性的な疲労の意味を。

 

「……まだ戦争を止める気は、無いんですよね?」

 

 再度の確認。

 レオ様は問われて一瞬だけ躊躇いがちに視線をそらせた後で、ゆっくりと頷く。

「無論」

 それは肯定を意味していた。

 ガレットはビスコッティへの侵略の手を緩める気は無く、恐らくは、王都を攻め落とした後も追激戦ルールでミル姫を辺境地域まで追い詰めるつもりだろう。

 

 それはつまり、現状ではビスコッティからガレットの軍団を撤兵させるつもりがないと言うことを意味している―――筈だ。

 

「だからお主も」

「ミル姫の傍に早く戻れ、でしょ?」

「……そうじゃ」

 

 間違いなく、そう意味していた。

 そして私を、なんとしてもミル姫の傍に置いておきたいということも当然理解できた。

 

「つまり貴女は……」

「なんじゃ、その目は」

 零れた微笑ましい気分が、顔に出てしまったらしい。レオ様は口を尖らせる。

「なんでもないですよ。―――まぁ、捕虜交換が終わったらちゃんと戻りますから、ご心配なく。……心配しなくて、本当に平気です」

「……シガレット?」

 言われてる意味を図っているレオ様に、私は労わりの気分を持って微笑む。

 ちゃんと解っている、少なくとも私だけはと、伝えるべく。

 

「―――まぁ、頼りにならないって思われてるって事なのかもなぁって思うと、複雑ですけど」

「違う、シガレット! そんなことは―――っ!」

 

 冗談めかして言った言葉に、急いたような否定の言葉。

 その必死さに、いっそ嬉しい気分にもなった。

 ちゃんと伝わっている。気持ちは、同じ方向を向いているのだと理解できたから。

 

「大丈夫、ですよ」

「……すまぬ。本当に、すまぬ」

 

 主語の混じらぬ会話を成立させ、そこでレオ様は力を使い果たしたとでも言うべき勢いで、椅子に大きく身体を預ける形となった。

 だらしなく背もたれに寄りかかり、顔を伏せるような仕草で天井を見上げる。

 煽った角度で見えず楽なった唇が、『ありがとう』と動いてくれたような気がして、幸せな気分になれた。

「ま、お酒の席でくらい楽な気分で、……あれ?」

 肩を竦めて空いたグラスに果実酒を注ぎ足してあげようかと思ったら、いつの間にかレオ様は寝息を立てていた。

 

「お休みなられましたか、レオ様は」

 

 そして、図ったようなタイミングでビオレさんが間仕切りの向こうから歩み寄ってきた。

 常と変わらぬ美しいその顔は、今は自愛に満ちた表情を形作っている。

 情愛の視線を、レオ様に向けている―――なんとなく、私は気づいた。

「何時か入れてもらった、夜明けのコーヒーの味を、思い出す場面ですね」

「あらあら」

 コロコロと笑って私の言葉を流しながら、ビオレさんは腕に抱えていた毛布をそっとレオ様に掛ける。

「ベッドに運んじゃった方が良いんじゃないですか?」

「お手伝い願えますか? シガレット様」

「……難易度が高い話をするなぁ、また」

 ビオレさんの百万ドルの笑顔を浮かべられれば頷いてしまいたい気分にもなるが、しかしそれを行うと何か人生的な意味で墓場が見えてくる気もするのだ。

「まぁ、テーブルの上の片付け位は手伝いますよ」

 答えながら、自分のグラスに果実酒を注ぐ。

 ビオレさんはまさに従者の鏡とも言うべき流れるような態度で一礼をくれた。

「ごゆっくりお楽しみください」

「そうします」

 レオ様の寝顔でも肴に、美味しいお酒を堪能させてもらおう。

 そんな気分でグラスを傾けようとして―――。

 

「御寛ぎの所申し訳ありません、アシガレ卿」

 

 慌てた調子で間仕切りを乗り越えてきたルージュさんに、止められた。

 何事かとビオレさんと顔を見合わせていると、ルージュさんはそっと、イヤホンマイクのついた携帯型の小型テレビ―――開発総指揮:リコッタ・エルマール―――を差し出してくる。

 受信状態の悪いノイズ交じりの映像だったが、どうやら生中継の―――これは、フィアンノンの城壁?

 煽りの構図で城壁の上、そこに居るらしい誰かを映し出すテレビに、妙に嫌な予感を覚えて慌ててイヤホンをつける。

 音声はノイズ交じりであったが聞き取れないレベルではなかった。

 

『ビスコッティの勇者殿、貴女の大事な姫様は我々が攫わせていただきました』

「は? 攫う? 姫ってお前、ちょ、これちびっこの声……」

『うち等は、ミオン砦で待ってるからな~!』

『姫様がコンサートで歌われる時間まで、後一刻半。無事助けに来られますか?』

「それが、その。ミオン砦の方から至急と連絡が入りまして……、ガウ様が、その」

 私の呟きにルージュさんが額に汗を浮かべながら言う。

 躊躇いがちに、引きつった苦笑を浮かべて―――その間にも、生中継の特番は進む。

『つまり大陸協定に基づいて、要人誘拐奪還戦を開催させていただきたく思います』

 棒読みの口調で、ちびっ子が宣言する。

 そして映像が切り替わり、そこは私が囚われていたミオン砦で、昼間の戦争に参加できなかった者たちが、整然と列を成して高いところを―――そこに居る、誰かを。

『こちらの兵力は二百。ガウル様直下の精鋭部隊』

『そして、ガウル様は勇者様との一騎打ちをご所望です』

「あの馬鹿っ……!!」

「あの、アシガレ卿、グラスが……」

 青いマントの小柄な後姿に、頬が引きつってしまうのが自分でも気付く。

 手元の辺りでガラスが割れるような音がしたけど、とにかく今はどうでも良い。

『勇者様が断ったら、姫様がどうなるか』

 わざとらしいジョーヌの声に併せるように映像は再び切り替わり、今度は赤い服を着た誰かの俯瞰の構図。

 

 金髪と、裸耳の少年。尻尾は確認できない―――いや、元から存在しない。

 見間違いようも無いその姿は。

 

『受けて経つに決まってる!』

 

 俯く顔を上げる、決然とした声。

 青い瞳の、凛々しい少年の顔がテレビ越しでもはっきりと解った。

 

『僕は姫様に呼んでもらった、ビスコッティの勇者シンクだ!』

 

 大仰に構え、拳を握り締め、払い。

 

『どこの誰とだって、戦ってやる!』 

 

 ちびっ子の言葉に、勇者はまさしく勇気ある態度で応じて見せた。

 

 ……。

 …………。

 ………………………。

 ……………………………………いや、応じて見せた、じゃなくてだ。

 

「ねぇルージュさん、これってさぁ」

「……その、明らかに宣戦受理と……その」

「城からミオン砦に? 往復一時間半で? 二百人と?」

 余りにも条件が一方的に偏りすぎているだろう。

 ビスコッティ側の参戦メンバー固定されていないとはいえ、幾らなんでも常識的に考えて受け入れがたい話だ。

 ―――いや、昨晩無茶な奇襲戦を仕掛けた人間が言えた話でもないかもしれないけど。

「……ですが、承諾してしまった以上、この場合は」

「全国ネットで流してしまったようですので、最早実行しない場合は両国の信用問題に関わってしまいます」

 いつの間にか情報収集したらしいビオレさんが、手元の書類をまくりながら困ったように言う。

 その書類を私も借りてざっと目を通してみれば、確かに大陸法に則った戦争計画書が完成されていた。

「普段の書類はさっぱり手をつけないくせに、あいつら……」

 丸みを帯びた字は、あのお調子者のベールの手によるものに違いない。

「ハハッ……」

「あ、アシガレ卿?」

 思わず漏れてしまった笑いに、ルージュさんが恐れおののくような声を上げた。

 それに構わず、向かいの椅子で寝息を立てているレオ様の顔を眺める。

 

 疲れ気味の、明らかに心労が重なっている、その小さな姿。

 

 立ち上がる。音を立てないように―――掌の上のガラス片を払い落としながら、ビオレさんに振り返る。

 ビオレさんは、その傍のルージュさんと共に、礼節に満ちた態度で私の言葉を待っていた。

 だから私は、はっきりと彼女に意を告げる。

 

「ドーマを貸してもらえる?」

 

 それは、レオ様の騎乗する俊足で知られた黒いセルクルの名前だった。

 領主閣下の相棒を、普通なら請われても貸してくれる筈がないのだが―――しかし、敵は然る者というべきか。

 ビオレさんは私の言葉にニッコリと微笑んで、背後、間仕切りの傍に控えるメイドさんの一人に合図を送った。

 そのメイドさんは一礼して間仕切りの向こうに下がり、そして、荷車に載せた何かを引いて、戻ってくる。

 

 それは、人間大の大きさの―――。

 

「ビオレさん」

 自分で言い出しておいて、流石に失笑気味の声が出てしまった。

 幾らなんでもないだろうというか、予想を斜め上だなと言う気分でビオレさんを見ると、彼女は笑顔のままで優雅な一礼を見せる。

 

「宜しければ、こちらのお召し物にお着替えください」

 

 言われて、断れるタイミングでもないなぁと、私は苦笑を浮かべた。

 

「まぁ、ヤンチャなガキどもにお仕置きするには、丁度良いかもですよね」

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・事後報告書より抜粋』

 

 ミオン砦の戦闘は一つの山場を迎えていた―――と言うか、始まった段階から山場以外は存在しなかった。

 

 セルクルに跨り二騎突貫を仕掛けてくるビスコッティの領主奪還部隊。

 召喚されたばかりの勇者と、親衛隊の隊長。

 昼間の戦闘でレオンミシェリ閣下に一敗地に附けた事からも解るとおり、どちらも騎士として優秀な力を有している。

 迎え撃つは、ガウル殿下自らに率いられるゴドウィン将軍配下の精鋭部隊。

 加えてジェノワーズ等親衛隊も参加し―――ただし、親衛隊長のアシガレ卿は不在のようだ―――迎撃の準備は万端。

 

 戦端は、予想外の伏兵の一撃によって開かれた。

 敵騎士による紋章砲を警戒して薄く広く配置されたガレット部隊に対して、砦に面した森林地帯に展開していたビスコッティ側砲撃手より曲射砲による支援砲撃が開始。

 砲門数十以上による、輝力弾による絶え間ない制圧爆撃。

 抽出部隊による砲撃阻止に寄って判明した事実によれば、砲撃を行っていたのは一名の砲手のみによるというのだから、ビスコッティ侮りがたしと言うべきだろう。

 迎撃可能な位置からの砲撃だったからこそ阻止行動を行えたが、当初予定していたフィアンノン城攻略作戦の折に、王都へ続く大階段制圧行動時に、王都を取り巻く無数の浮島から一方的に砲撃を浴びていたらと思うと、一体どれほどの犠牲が発生していたか知れたものではない。

 

 ※ この件に関しては、後日別記に報告書をまとめ、関係部署に提出を予定。

 

 戦闘は、砲撃により壊乱した防衛部隊を振り切ったビスコッティ軍の城壁の突破を緩し―――否、予め定められていた作戦通り、要塞内部へと敵騎士を招きいれた。

 その後閉門を行い後続を遮断し、敵騎士二名に対して六個部隊百二十名による包囲陣を形成。

 紋章術による攻撃を可能な限り阻害するように常に絶え間なく攻撃を浴びせ続け、消耗を促す方法を取る。

 勝敗のみを気にする状況であればそのまま包囲を続けるべきだったのだろうが、だが今回の興行の宣伝項目の一つには、『ビスコッティの勇者とガウル殿下の一騎打ち』と言う要綱が存在している。

 包囲陣の先端に躍り出たゴドウィン将軍の提言により、勇者のみをガウル殿下の下へと進ませるとされたのだが―――ビスコッティ側内部の意見調整が不調のまま物別れに終わる。

 

 結果、ゴドウィン将軍によるビスコッティ軍二名に対する攻撃が開始されたのだが、此処でビスコッティ軍の後続が到着した。

 

 大陸最強と名高い騎士、ブリオッシュ・ダルキアン卿である。

 そして、彼女の直営部隊に所属する騎士一名、及び彼女等に奪還された砲術師一名。

 大陸最強、一騎当千と言う言葉が正しく真実であることが―――『僅か百二十名』しか居なかった我が軍勢がその後数刻と掛からずに蹴散らされてしまった事実を明記しておけば、証明できることだろう。

 ブリオッシュ卿はゴドウィン将軍の全力を受けていたと言うのに、片手間で我等を壊滅させて見せた。

 大陸を放浪していたと噂される彼女が、もし此処一ヶ月以上も続くビスコッティ侵攻作戦の何処かに参戦していたなら、恐らく我等は卿の昼間、否、昨日か、フィアンノン天空都市の美しき威容を仰ぎ見ることは叶わなかったに違いない。

 

 その幸運に感謝し、同時に、容易く切り伏せられた我が未熟を恥ながら、戦闘報告の仕舞いとさせて頂く。

 

 ※ 尚、その後の戦闘詳細については、けものだまにならずに戦闘終了まで立ち続けていた方々にご期待ください。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・殿下傍つきメイド隊・特別報道部のレポート』

 

 砦内回廊に於けるガウル殿下とビスコッティの勇者シンクの戦闘は白熱していた。

 セルクルに騎乗したままのつばぜり合いから、互いの紋章をかざし合っての紋章術の披露合戦。

 壁を、柱を、天井を、全てを足場に使う、カメラが追いつけない速度で展開される華やか戦い。

 双方共に熱く信念を持って言葉を交わし―――て、居ればいいのだけれど。

 恐らくまだ、このフロニャルドの戦のルールを把握し切れていないであろう勇者くんの必死な顔はさておいて、ガウル殿下はひたすら楽しそうだ。

 主家の御方が楽しそうで、お仕えする者としては実に満足―――ばかりも、していられないんだろうなぁ。

 

 砦の裏庭で繰り広げられている戦闘に目を移す。

 殿下の親衛隊のお三方が、ミルヒオーレ姫殿下の親衛隊長たる騎士マルティノッジと激闘を繰り広げていた。

 三対一でありながら、騎士マルティノッジの奮闘振りは喝采されて然るべきだろう。

 こちらの戦闘も、女性四名が華やかに輝力光を散らしあいながら、星月夜の中で演舞を繰り広げているかのようだった。

 

 きっとノーカットでそのまま放映しても、結構な視聴率が取れる。

 昼間に行われた大軍同士の激突の激しい映像とはまた違う魅力が、そこには有った。

 

 ……なんて、そろそろ呑気にカメラを抱えていられる時間でもない気がする。

 本隊の大天幕にいらっしゃるルージュ隊長から『連絡』が届いて既に十数分。

 僅か十数分―――されど、である。

 

 誰よりも早く、誰よりも自由に空を舞う、『天空』の異名を取るあの方にとって見れば、秒数にして七百と七十四秒もの時間が存在していれば。

 

 そうして、遂に。

 ミオン砦の上空に、夜の闇を昼の青に戻さんと言うほどの、青い輝力光が輝いた。

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・ガウル殿下の証言による当時の状況の再現』

 

 三馬鹿が三馬鹿なのは当たり前のことで、ここにいたってようやく状況を認識したガウル・ガレット・デ・ロワはどうしようもないほどに拙いと言う気分で胸を一杯にしていた。

 

 ビスコッティの戦勝祝いのミルヒオーレ・F・ビスコッティによるコンサートライブ。

 その開始時刻が、最早一刻も無いまでに迫っていると言う事実を、ガウルは勇者と輝力を滾らせた刃を鍔競り併せながら、漸く理解してしまったのだ。

 

 拙い。

 あらゆる意味で拙い。

 自身の性格的なものから出るポリシーからしても、国家間のマナー的な意味でも、ついでに―――ついでに。

 

 今すぐに鉾を収め、謝罪してミルヒオーレをフィアンノン王城に送り戻せば―――間に合う筈が無いと、当たり前のように理解できる。

 そもそも、事はもう公に曝しながら進行中なのである。

 当然、『あの人たち』はガウルが仕出かした真似をとっくの昔に理解しているだろう。

 そして『あの人たち』は、ミルヒオーレに特に甘く……いや、ミルヒオーレに甘いのは片方だけだが、もう片方は『もう片方』に甘いのだ。

 一戦が終わって間もないその晩に、新たに事を起こす。

 ただそれだけで小言くらいは貰うだろうと―――それぐらいは、ガウルも甘んじて受けるつもりだった。

 だが、少しは自重しろ程度の言葉で済むだろうという甘い見通しをしていたのだ。

 小言が多いのはいつものことだし、ならば、一々そんなことを気にしていないで、自分の興味を優先する方が良い。

 

 勇者。

 その存在と―――そして幾つか、確かめたいこと。

 

 小言と引き換えに、最近胸をざわつかせるもやもやとした思考が解消されるなら、安いものだとガウルは判断していたのだ。

 判断していたのだけど―――どうやら、これはもう、完璧に。

 

「小言じゃ、すまねぇだろコレ……ジェノワーズめ、適当な仕事しやがって!」

 勇者の一撃を飛んで避けて、窓際の位置まで後退しながら、毒づく。

 

 その時。

 一瞬だけ窓の向こうが青く輝いた後。

 

 砦が、揺れた。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・ゴドウィン将軍の証言による当時の状況の再現』

 

 配下の兵を全てけものだまへと変えられて、しかし尚もゴドウィンの戦意は挫ける筈も無かった。

 目の前の騎士は大陸最強。

 ならば、挑んで討ち果たしてこそ男の誉れ、騎士の本懐に他ならないと―――戦は楽しむものだと、敬愛する主に殉じる気分でゴドウィンは笑った。

 彼に向かい立ち、大剣を肩に担いで悠々とした構えを見せるブリオッシュ・ダルキアンもまた、そんなゴドウィンの覇気を由として、笑う。

 元より彼女は、無類の戦狂い。

 大切なお役目ゆえに戦場に馳せ参ぜず裏に回ることが多くなってしまったが、本来であれば常に一番槍として突撃をかけたいと常より考えているような女だった。

 狭義を嘯いて若者達の背中を守ってみるのも楽しくはあるが、やはり戦とは、自ら切り込んでこそ。

 目の前の男は、久しぶりに斬り応えのありそうで、そう、実に血が滾る。

 彼女自身の業によって轟々と周囲には炎が逆巻き、その熱に浮かされるようにブリオッシュは、そしてゴドウィンまでもがそれぞれの得物を振り被り―――。

 

「親方様、敵しゅ……―――っ!?」

 

 城壁の上でいち早くそれを察知したユキカゼ・バーネットの言葉が最後まで発せられる事は、無かった。

 閃光が、轟音が。

 そして振動が、屋外に居る彼女達を襲った。

 

 揺れて、沈んで、撓み弾ける。

 それは砦の中庭を敷き詰めた床石を軽々と粉砕し空に巻き上げ、また発生した衝撃波が嵌められた窓の悉くを砕きつくす。

 ついでに、そこら中に転がっていた元はガレットの精鋭だった筈のけものだまたちも、景気良く吹き飛んでいった。にゃーにゃーと、和む。

 

 凄まじい土煙に両腕で顔を覆い、しかし戦闘中だった二人は、そこに何が有るのかを目撃した。

 否、もう一度、遅れるように発生した第二の衝撃―――初撃に比べて随分と優しいもの―――によって、土煙のカーテンは全て払われて、その中央、穿たれた巨大なクレーターの中で身を屈めていた青い存在を、はっきりと理解した。

 それは、先ず身を起こして、陥没した自らの足を引き抜いた後、傍に立っていた黒いセルクルを労わるように撫でる。

 

「まさか、閣下……いや、そのお姿、先代様!?」

 

 驚愕に発せられるゴドウィンの声。

 それもそのはず。

 纏うマントは濃紺。夜闇の色。

 黒い鎧と、そして青地に白のラインをあしらった装束は、紛れも無くガレット獅子団領国領主の戦装束に他ならなかった。

 

 だがしかし、それを纏う存在は、何故か領主家特有の白い鬣を有しては居なかった。

 いやむしろ、ガレット人にはあるべき猫の耳と尾すら存在せず、まるでビスコッティの人間が如き犬の耳―――そして、青い髪。

 

 おお、と。

 納得するようにブリオッシュは一つ頷いた。

 

「久しぶりでござるな、シガレット。―――いや、最早アッシュ・ガレット殿下とお呼びした方が良いでござるか?」

 

 ブリオッシュに背を向ける姿勢で立っていた件の人物は、ゆっくりとした態度でマントを翻して振り向いて―――それから、大きくため息を吐いた。

 

「ガキどもだけならまだしも、アンタまで混じって何やってるんですか、ダルキアン卿。ゴドウィン先生まで、全くドイツもコイツも……オイ三馬鹿! 何処行った! ガウル! とっとと出て来い!」

 

 怒りよりも、最早呆れ。

 アシガレ・ココットが、その異名に相応しく天空からの登場をしてみせたのだ。

 

 

・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・勇者シンクの覚え書きより抜粋』

 

「な、ん、で、お前は何時も何時も何も考えずに動いた後で考え出すんだよこの馬鹿! 何かする前に少しは空気読めよ馬鹿!」

「さっきから馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿うるせぇよこの馬鹿アニキ! つーか何で姉上じゃなくてお前が来るんだよ! そこ、お前こそ空気読む場面だろ!?」

「アホか馬鹿! レオ様が来れないなら俺が来るしかないだろうが! てか、レオ様に余計な負担かけてるんじゃねぇよこの馬鹿王子!」

 

 会話の応酬は、周囲の唖然とした顔をほったらかして延々と続いていた。

 回廊から砦内の居住エリアへと歩む道すがら、ガラス片の散らばる床を大またで踏みつけながら、ガウル王子と、もう一人の―――何ていうか上から下まで実に青い格好をした人物は進んでいく。

 再び合流したエクレールと共にその後に続くシンクは、次々とめまぐるしく変わる状況、そして記憶容量がパンクしそうになるほど入れ替わり立ち代り目の前に現れていく『濃い』人物達の登場に、いよいよ混乱してしまいそうだった。

 

 何しろシンク・イズミは、このフロニャルドに勇者として召喚されてから、まだ一日どころか半日すら経過していないのだから。

 昼間から先ほどまで、深く考える時間が無いほどに目一杯身体を動かしていられる間は―――その、勢い任せに不安など思わずに先に進めるのだが、ひとたび落ち着いてしまえば、色々と不安も首をもたげてくる。

 訳の解らない世界でも、自分の特技を行かせる楽しい環境だった。これは良い。

 出会った人たちも皆、気持ちの良い性格で好きになれそうな人ばかりだった。これも良い。 

 唯一不安事項だった元の世界への帰還も―――まぁ、一先ずは連絡だけはつけられることが判明したため、落ち着いてじっくり取り組めば目が無い訳ではないという安心感もある。

 

 ―――つまりは、知った顔、知った常識の存在しない異郷の地で、これまでシンクは、望外の幸運に恵まれ続けていた。

 

 だが、そんな幸運が沿う何度も続くとは限らなくて。

「ねぇ、エクレール」

 そっと、前で言い争いを続ける二人に聞こえないような小さな声で、隣を歩く信頼の置ける人物に尋ねた。

「なんだ?」

 エクレールは、やはりシンクと同様に、前方で行われるやり取りを見ていたが―――その視線は戸惑う彼のものとは違い、何処までもあきれ果てたかのような態度に満ちていた。

 ついでに、まだ名前を聞いていないエクレールと戦っていた筈の、今はシンクの後ろを歩いている三人の女性たちも、苦笑気味の空気を纏っていた。

 

 いつものこと。

 気にするだけ無駄だと―――確かに、『仲良く喧嘩している』と言う言葉が良く似合いそうな光景だけど。

 

「……結局、あの人は、誰?」

 シンクの疑問は、そこだった。

 ガウルと戦っていた回廊を囲う壁をぶち抜いて登場した、青い少年。

 その登場に顔を引きつらせるガウル。

 青い少年は、まさか敵の増援かと混乱するシンクの脇をすり抜けて、一直線にガウルの方へ歩み寄り―――そして、素晴らし流れるような動作で天頂の位置に持ち上げた踵をガウルの脳天に振り下ろした。

 尚、少年の脚は鋼鉄製の脚甲で腿から爪先までくまなく覆われていたことを明記しておく。

 服装からして、ガレット―――つまり、ミルヒオーレ姫様を攫った敵勢―――の人間に見えたのだが、登場してから攻撃対象は何故か、敵軍の大将と目される王子。

 挙句、壁にあいた穴から回廊の様子を覗きこんでいたジェノワーズなる敵勢は、『あ~あ、やっぱり』と、主が頭を踏みつけられている姿を見て苦笑いを浮かべていたのである。

 

 ―――率直に言って、訳がわからない。

 

 シンクの疑問も尤もだろう。

 だから問われたエクレールは、そういえば知らなかったなと前置きしてから、青い少年を顎で示して言う。

 

「シガレット……アシガレ・ココット。見ての通りの馬鹿だ」

 

 ……。

 実に、簡潔な説明だった。

「それだけ?」

「それ以外に言い用が無いからな……いや、私や姫様、あとガウル殿下とレオ閣下と幼馴染だとか、ビスコッティの副騎士団長だとか、何故か会計監査業務では右に出るものが居ないとか、色々とあるにはあるのだが……やはり、ただの馬鹿としか」

 言えん、とはっきりきっぱりとエクレールは言い切った。

 そうもはっきりと相手を貶せてしまうということは、相応に親しい関係なんだろうなとシンクは納得した。

 幼馴染とも言っているし、自分にとってのベッキーやナナミのような存在なのだろうか。

「……って、え? 服騎士団長って、あの人、ビスコッティの人なの?」

「ああ。紛れも無くアレはビスコッティに所属する正騎士だ」

「でも……あの服装って、レオ閣下の服とおんなじヤツじゃ」

 青と黒を基調としたその格好は、隣を歩くガレットの王子ガウルの装いにも似て、二人並んでいればどちらも同組織に属するものとしか思えなかった。

「じゃあなんで、あの人あんな格好してるの?」

「馬鹿だからだ」

「……え~っと」

「お前も見ただろう。容赦躊躇いも無くガウル殿下の頭を踏みつけて怒鳴りつけるヤツだぞ? シガレットに常識を期待するのは間違っている」

「そうそう、アニキはアニキだから、仕方ないって」

「気にしない気にしない」

「自然現象みたいなものよ。人には制御しきれないの」

 エクレールの言葉に同調するように、背後の三人からも似たような言葉が次々と出てくる。

 

 シンクは此処に来て初めて、ついていけない異世界の現実に直面した。

 

 

・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・ミルヒオーレ姫様のお世話役を仕ったメイドの証言から再現』

 

「この度は本当に、ウチの馬鹿どもがご迷惑を……ホレ、お前等ももう一度頭下げろ」

「だから一々、何か言うたびに人のケツを蹴るんじゃねぇよ! ―――まぁ、いやほんと、すまなかったな姫さん」

「いえ、余りお気になさらず……その、シガレット? もうそのくらいで……」

 自国の騎士―――と言うか自分の部下に頭を押さえつけられているガウルを見かねて、ミルヒオーレは取り成しの言葉を口にする。

「いやいや、この程度の謝罪で簡単に納得しちゃ駄目だってミル姫。だいたいコイツは馬鹿だから、もっとはっきり言ってやらないと、また同じことするぞ?」

「しねぇよ! つーか当たり前のように人を馬鹿馬鹿決め付けんな!」

「あははは……」

 謝罪の現場と言うよりは、二人揃えば基本的には二人のやり取りに帰結してしまうのが、シガレットとガウルの関係を長年見続けてきたミルヒオーレの感想だった。

 何処へ行っても何時もどおりだなぁと、最早乾いた笑いしか浮かばない。

「というかアニキ、ウチのって言い切っちゃって良いの?」

「しっ! 黙ってなさいジョー。カメラ回ってるんだから!」

「真綿で首を絞めるように既成事実……披露宴のお楽しみ映像として流す……」

 彼等の会話を遠巻きに見ているジェノワーズたちも、微妙に飽き気味の空気だった。

 そしてシンクは一人で壁に寄りかかり、遂に自身がエクレールに蹴飛ばされる結果となったシガレットの姿を見るとは無しに見ていた。

 

 何処か弛緩した空気が室内には満ちていた。

 弛緩せざるを得ないと言うべきか―――どれだけ騒いでも最早どうにもならないと、諦観に満ちているとも言うべきか。

 

「……あと、三十分程度?」

「もぅ、まにあわねぇよなぁ? ほんっとゴメンな、姫さん!」

 戦勝祝いのコンサートへミルヒオーレが出演するべき時間まで、後幾許の猶予も無い状況なのだ。

 ミオン砦から王都のコンサートホールまで、流石に距離がある。

 二十分ではとても、どれだけ急いでも普通のやり方では間に合ったりはしない。

「アニキが担いで走れば良いんじゃない?」

「それだ! 前に姉上を運んだ時みたい―――っだぁ!? 何で蹴るんだよ!?」

 指を鳴らしてジョーヌの意見を肯定したガウルを、シガレットはおもいきり横から蹴り飛ばした。

「あのなぁ馬鹿王子。ガレット本陣の天幕から此処まで、ドーマに全力で輝力送り込んでぶっ飛ばしてきた俺が、更に王都までミル姫抱えて、輝力が持つ訳ねーだろ?」

 昨夜の疲れも抜けてないんだからと、シガレットは忌々しいとはき捨てる。

「あれ? でも前の時は、ヴァンネットからフィアンノンまで雨の中を走りきったわよね?」

「ああ。お陰で半月近く輝力が練れなかったけどな。―――まだ戦争が続くってのに、此処で俺がぶっ倒れて抜けるる訳にはいかねーっての」

 

「戦争……」

 

 シガレットの言葉に、ミルヒオーレが肩を震わせた。

「あの、シガレット。レオ姫様と、お会いしていたのですよね?」

「うん、久しぶりに一杯ね」

 くい、とワイングラスを傾ける仕草を交えながら、シガレットは肯定を示す。

「げ、アニキお酒引っ掛けていくさ場に乗り込んできたのかよ」

「お酒、キライ……」

「呑まなきゃやってられないことも有るの、大人には。例えば部下が馬鹿やったとか部下が馬鹿やったとか部下が馬鹿を止めなかったとか……」

「やった、私は馬鹿じゃない~♪」

「踊る阿呆に見る阿呆って言葉知ってるか、そこのアホウサギ」

 歌うような口調のベールを、シガレットは一撃で黙らせる。

 空気を和ませようとして言い出したことを理解しているというのに、シガレットの言葉は若干本音交じりで容赦の欠片も無かった。

 

「シガレット、レオ姫様は、何故……」

 

 しかしミルヒオーレの気分が変わるはずも無く、彼女は此処ではない場所に居る誰かの思惑を図りかねて、苦悩していた。

「何故、ね」

 シガレットは揺れるミルヒオーレの眼に見つめられながらも、しかし言葉を濁すだけでそれ以上の発言を避けた。

 優先順位と言う言葉が、当然彼の中にも存在するからだ。

「ほんとはよぉ、この場には姉上が来る予定だったんだけど……」

 ガリガリと頭を掻きながら、ガウルが恨めしげにシガレットを見やる。

 シガレットは鼻を鳴らせてその視線を払いのけた。

「馬鹿が余計に気を回したって、余計に状況が悪くなるだけだっての。大体その手の仕事に向いてる人間がお前の下にはいねーんだから。ゴドウィン先生に鉄球を振り回す以外の事を期待するのはアレだし、三馬鹿はお前と同じでその場の状況しか考慮しねーし」

 だからこんな拙い事になるとあきれた口調のシガレットに、ガウルは決まり悪げに怒鳴った。

「うっせ。馬鹿アニキ来るにしても、せめて姉上も一緒にいらっしゃると思ってたんだよ! ってか普通に考えればそう思うだろ!? それがどうして爺様の格好をした馬鹿アニキがドーマに乗って飛んで来るんだよ!」

 どう考えたっておかしいだろうと、がーっとガウルは持論を喚く。

 それで漸く思い出したとばかりに、ベールは疑問符を浮かべた。

「そういえばお兄様、その格好よくお似合いですけれど、何処から持ってきたのかしら?」

「あん? ビオレさんが用意してくれた服なら、例え地雷原の真ん中に置かれた墓碑に自分の名前が刻まれてても、普通着るだろ?」

「相変わらず空気を読まずに常に一貫して通常運行だな、キサマは……」

 何故か幼い頃から一貫して変わらずに、レオンミシェリのお側役を務めているビオレに熱を上げ続けているシガレットの堂々とした態度に、エクレールは深いため息を吐いた。

 シガレットは最早言われなれているわと呵呵と笑って―――その後、少しだけ真面目な顔を作った。

 

「白熱しかかってる戦争を強引に中断して、その挙句に有耶無耶のまま終わらせちゃおうって言うんだからね。結末を楽しみにしていた一般の民の皆様に、ちょっとしたサプライズでも用意してやら無いと申し訳ないでしょう」

 

 自身の『あからさまに過ぎる』格好を示してみせながら、シガレットは言い切る。

 捨て身だねぇと、ジョーヌの野次が飛んだが、黙殺した。

「ま、そういう訳で……」

「きゃっ」

 気分を切り替えるようにポンとミルヒオーレの頭の上に手を置き笑う。

「レオ様のことは色々と思うところはあるだろうけど、今は先ず、ね」

「……はい、今は」

 シガレットの言葉に、ミルヒオーレは漸く弱い笑みを見せた。それに、シガレットは満足そうに頷き言葉を続ける。

「とにかくどうにかして、このどじっ子姫がアメルダさんにちゃんと叱られる状況を考えましょうか」

「はぅ!」

「つっても、アニキが走れない以上もうどう頑張ったって間に合わないんじゃないの?」

 ミルヒオーレの引きつった声を軽く流しながらジョーヌがあっさりと現実を口にしてしまう。

 シガレットもそれに否定せずに腕を組んで頷く。

「そーねー。でもホラ、コンサート会場には既に人が入り始めてるって言うし、まぁ、多少遅れるにせよ、いっそ後日に延期するにせよ早めに声明出すなり行動移すなりしないと、久しぶりに戦勝祝いに沸いてる弱小国家に申し訳ないじゃない」

「お前、その弱小国家の一員の筈だろ……当たり前のようにガレット人の立ち居地で喋っているが」

「あ、今の俺は本当にレオ様の代理って扱いなんで。ちゃんと公文書で記された役職だから」

「……うわ、マジだ! 爺様の署名じゃねーか!」

「先代様も、アレで結構ノリが良いよねー」

 シガレットが懐から取り出した羊皮紙に刻まれた署名に、ガレット人たちが騒ぐ。

「はいはい、領主代理としての権威は後でお前等に思いっきり振りかざしてやるから、今はミル姫の事情をだな……とりあえず俺としては、こっちに向かっているフラン兄さんの中継車に乗せてもらって、ミル姫には生中継で歌いながら会場入りしてもらうとかって手を……」

 ガウルたちを適当にあしらいながら、シガレットは他に意見は無いかといった風に周りを見回す。

「会場に大スクリーンを設置すれば、それなりに間を持たせられるか?」

「それなら、もうこちらから出て街道上でフランボワーズと合流するようにした方が良いんじゃないかしら?」

 不本意だがと前置きして、渋々と同意を示すエクレール。

 そして、上がった案を補う意見を述べるベール。

 

 どうやら、このやり方で状況は進むことになりそうだと室内がまとまりかかった時。

 

「はい!」

 

 壁に背を預けて話の輪に入ろうとしていなかった勇者が、元気な声で手を上げた。

 

 

・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・ガウル親衛隊緊急会合議事録より抜粋』

 

 窓の向こうに飛び出して、陥没した中庭を更に踏み荒らし、そのままの勢いで盛大な土煙を吹き上げて街道の向こうへと消えていく赤い閃光。

「た~まや~」

「いやノワ、明らかに言うタイミング遅いで」

「まぁ、明らかに発射角度を間違えて高く飛びすぎた感じだったものねぇ」

 ジェノワーズ三名が、遠くフィアンノンに続く街道の向こうに視線をやりながら、どうでもよさそうに会話を交わす。

「間に、あうか?」

「一応、フィアンノンの方に連絡して早馬を出してもらうか? 途中で乗っけてってもらえるように」

「てか、ドーマなりウィルマなり貸してやればよかったんじゃねーか?」

「いや、それもどうだ? ナマモノに輝力を篭めるのってコツが要るからなぁ……ああでも、あの勇者なら何かやれそうな気もするけど」

 ビスコッティ行きの『勇者特急』の発車を無事に見届けたガウルとシガレットも、何とも言いがたい表情で言葉を重ねている。

 

 因みに、ウィルマとはドーマと姉弟関係にあるガウルのセルクルである。

 フロニャルドに於いて騎乗用の生き物として二足歩行鳥のセルクルが活用される最大の理由は、人間の発する輝力を吸収し、自らの力に変換する事が可能と言う特性を秘めているからだった。

 その特性を利用して、能動的に人間側から輝力を送り込んでやれば、任意のタイミングでセルクルの脚力、或いは飛翔能力を強化することが可能となり、それはあらゆる場面で有用に働く。

 

「まぁ、世の中にセルクル以上のスピードで走れるやつが俺とユッキー以外にも居た事実に、先ずは感動しておくべきなのかもなぁ」

「意外と早かったでござるな、勇者特急。ユキカゼがついていけなかったそうでござるよ」

「……いらしたんですか、ダルキアン卿」

 やれやれと独り言を呟いてみれば、いつの間にかソファに腰掛て緑茶を啜っていたブリオッシュ・ダルキアンの反応があった。

「なんでもパラティオンを空飛ぶお船に変形させたそうでありますよ。流石勇者様なのです」

「パラティ……って、ああ、神剣か。……神剣が、変形?」

 そういえば砦に居たのだから、ブリオッシュがここにいるんだから居ておかしくないだろうと、いつの間にかリコッタ・エルマールまでこの場にいる事については突っ込まない。

 それ以上にリコッタの発言は突っ込みどころが満載だったからだ。

「シガレットはパラティオンを見たことが無いでありますか?」

「無いでありますよ。……ああいや、戴冠の儀の時に祭壇に飾られていたんだっけ? いや、跪いてたから見えなかったけど」

「ビスコッティの勇者の剣パラティオンは、その姿を自在に変えることが出来るのであります。普段は指輪の形をしているのでありますよ」

 輝力を篭めて変形する金属と言うものは少ないながらもフロニャルドには一般的に存在していたから、神剣が形状を一定しないこと事態は特に驚きは無かった。

 むしろ『神剣』等と謳われるくらいなのだから、それくらいの希少性が有った方が有り難味がありそうだ。

「因みに、昼間にお使いになっていた棒も、パラティオンであります」

「……で、今度は船でありますか。そのうちモビルスーツでも作りそうだね、そりゃ」

 想像力逞しい中学生だしなぁと、およそ十数年ぶりに目撃した日本の若者の姿を思い出して、シガレットは苦笑する。

 輝力によって動く巨大な人型ロボット。

 実はシガレット自身がかつて作ってみようかと考えたことのある一ネタだということは彼だけの秘密だった。

 やってやれないことは無いと結論付けられてしまったから、秘密にするより無かったとも言える。

 産業革命とか、別に望んでいないのだ。

 

「ところでビスコッティのお歴々は、フィアンノンに帰らなくて良いの?」

「……それをキサマが言うのか」

 部屋の脇に備えられていた通信機でフィアンノンへの現状報告を終えて戻ってきたエクレールが、彼の頭を小突く。

「戦もひと段落したのだから、その懈怠な衣装を脱いだらどうだ?」

「まぁ、もう中継も終わっちゃったからねー……でも残念、他に服が無いんだよ」

 元々着ていた服はガレットの本陣の大天幕に置いて来たしと、シガレットは笑う。

 その背後で、皆にお茶を振舞っていたメイド達が肩を揺らしていたことにはシガレット以外の全員が気付いていた。

 当たり前の話だが元々着ていた服だってガレットの側で用意したものなのだ。

 一言用立てれば当然のようにスペアが出てくるに違いないだろう。

「地雷原地雷原……」

「ああいうのは、歩く火薬庫って言わない?」

「何ごちゃごちゃ言ってるんだ三馬鹿。つーか、この服脱いでないってことは、俺はテメーらの失態をブチブチなじる権利をまだ保持したままってことなんだぞ」

「うげ、薮蛇が来た!」

 ヒソヒソ話をしていたベールたちに、シガレットはジロりと目を向ける。

 悲鳴を上げるジョーヌに大きくため息を吐いたあとで、しかし先ずはと、何故かお茶会を開始しているエクレール以外のビスコッティの面子に顔を向ける。

 因みに、ユキカゼもいつの間にかリコッタの隣に座っていた。

 

「ダルキアン卿に凸凹コンビ、ついでにエクレ嬢までいるなら丁度良いわ。少し反省会しようぜ」 

 

「凸凹って……相変わらずだね、シガレット」

 苦笑しながらなんと話の仕草で胸元に手を置くユキカゼの横で、リコッタがぷんすかと手を振り回す。

「リコッタはまだ成長途上なだけでありますよ!」

「はっはっは、リコたん。残念だがエクレ嬢の例を見る限り、年齢一桁でまな板だったヤツがそのあと……痛っ! ちょ、落ち着け! 悪かった、俺が悪かった!!」

「確かに、キサマとは、一度、しっかりと、反省会をしないといけないようだな……っ!」

 エクレールがどす黒いオーラを放ちながら、シガレットの胸倉をつかみ上げていた。

 

「……俺等、外した方が良いのか?」

「逃げたらきっと、説教倍になりますって絶対」

 乾いた笑いをうかべるガウルに、ジョーヌが悟ったような顔で言った。

 

 

・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・ガウル親衛隊緊急会合議事録より抜粋』

 

「じゃ、秘密会議……暗黒生徒会とか……いや、誰もネタが解らないか。内緒話を始めます」

 一先ず混乱しかかった場を収束させた後、ワイングラスを揺らしながらシガレットは言った。

「内緒話とは、中々面白そうでござるな」

「面白い話だと良いんですけど、どうなんですかねぇ?」

 一人だけ聞くに徹する態度を取っているブリオッシュの笑みに、シガレットは乾いた笑みを返す。

 

 期せずして、ミオン砦にはビスコッティ、ガレットの中枢に『近い』メンバーが揃っていた。

 中枢に近い、と言うことは逆に言えば中枢ではないと言うことで、それは真ん中に居なければ解らない事が解らない変わりに、真ん中に居る人のことは近くで見ることが出来る、そういう意味を持っていた。

 

「レオ様ご乱心。勇者来た。ついでにブリオッシュ卿帰国。……これ、何も起こらずに済んだら逆に脅威でしょうよ」

 

 ああ嫌だと、シガレット吐き捨てた。

「ご乱心ってお前……」

「あんなガリガリやつれさせて、目の下に隈作って。ほうっておいたらそのうち倒れるぞ。お前今まで何やってたんだよ」

 引きつった声を上げるガウルに、シガレットは内に怒りを込めた声で応じる。

 その言葉に、今度は逆にガウルの額に青筋が浮かんだ。

「そりゃこっちの台詞だよ、馬鹿アニキが。テメェ、ちゃんと姉上のことお止めしてきたんだろうな?」

「―――これ以上ビスコッティに戦争を仕掛けるのはやめてください、ってか?」

「ああ。幾らなんでも無理な戦が過ぎるぜ最近。これ以上は楽しめる状況を超えちまう」

「ガウル殿下、それは……」

 ガレットの王子の本音の言葉に、ビスコッティの親衛隊長は戸惑う。

「国家間の対立もないのにこれほど大規模な侵略戦争を仕掛けるとはまた豪快な事をと思っていたでござるが……そうでござるか。これは、レオンミシェリ姫の御一存で行われていた戦なのでござるな」

「元々国家間の宣戦布告は領主のみに与えられた権利だからな。―――とはいえ、下に根回しをせずに勝手にやって良いって話でもないだろ? だってのに姉上は強引に……その辺どうなんだよ、馬鹿アニキ」

 ブリオッシュの言葉に頷き返しながら、ガウルはシガレットを睨む。

 ちゃんと聞いてきたんだろうな、と。シガレットは先ほど一番近い時間までレオンミシェリと一緒に居たのだから。

「さて、ね」

 シガレットはしかし、天井を見上げ何かを思い出す風な顔で、そう呟くのみだった。

「何もわかんなかったって話じゃねーだろうな、使えね~」

「黙れ馬鹿王子。迂闊に人に話せないってこともあるんだよ。―――言ったら、現実になっちまうかもしれないだろ?」

「フム……シガレットは運命論者であったか」

「いえ、割合リアリストのつもりですけど。だからこそって話も有るじゃないですか。何しろホラ、件のお人は領主家の方ですし」

「領主家ってお前……」

「国家の代表領主となるべき強い輝力を持った人は、主語のフロニャ力の加護に基づいて、民を導くために星辰を詠んで……」

「まぁ、言えない事は誰にだってあるから、周りに要る皆がしっかりフォローしましょうねって話を、俺は言いたいの」

 リコッタの言葉を途中で遮って、シガレットは強引にまとめの言葉を口にする。

「そこまで解っていて、何もしないのか?」

 エクレールが上辺だけで処理されかかっていた会話に眉根を寄せた。

 頑張ろうとかそういう適当な感じで流して良い話とは到底思えなかったのだ。

 尤もな言葉であるとシガレットも苦笑を浮かべながらも、しかし、と首を横に振る。

「意識しなくても、意識しすぎても駄目って話な感じがしてさ。何もしなければ、そのまま『そこ』にたどり着いて、でも『そのために』何かをしようとしてしまえば、逆に『そこ』が引き寄ってくる、そういう感じがしてどうも、ね。どうしたものなのか……」

「なぁ、馬鹿アニキ。話を聞く限り、姉上のやっていることって……」

「それ以上口にしたらしばくぞ馬鹿王子」

 嫌な予感を覚えたと顔を青くするガウルに、シガレットは鋭い口調で咎める。

「頑張ってる人には精一杯頑張ってもらって、まぁだから、ホントに何かあったら周りでフォローしてやれってさっきから言ってるだろ」

「甘やかすタイプでありますね、シガレット」

「真面目な子には甘いよ~俺は。だってリコたんをいじめたことは無いでありますだろ?」

 茶化す言葉をまぜっかえして、笑う。

 

 そんなシガレットの様子を、ブリオッシュは興味深げに見ていた。

「……どうしました、親方様」

「なんでもないでござるよ、ユキカゼ。ただ、血の因果と言うものは中々侮れないと思っただけでござる」

「血の……?」

 首を捻るユキカゼに、ブリオッシュは笑みを浮かべるだけで言葉は口にしなかった。

 

 アッシュ・ガレット―――ガレット。

 正しく、加護の力と強く結びついた領主家の血と力を、本人のあずかり知らぬところで発揮してしまっていると見て相違なかった。

 何しろ彼の発言は全て、『鋭い』というにはあまりにも『予言』染みていたから。

 情報分析力や直観力に優れるなどと言って終えられるレベルではない。

 確定的な未来に対して警告を送っている様ですらあるのだ。

 それが領主家の血と力でなくて、なんだと言うのか。

「我等の帰還すら……それに、勇者」

 シガレットは、その事実にも何かを感じていた。

 誓ってブリオッシュは、ビスコッティに於いて何かがあるからと帰途に着いたわけではない。

 幾つかの申し付かっていた事を終えての、本当にただの帰郷に過ぎないのだ。

 だというのに、何故。いや待て、そろそろ帰るべきと先に言ったのは、果たして。

 

 各々思考に沈み、会話の途切れた室内。

 唐突に、歌が聞こえた。

 それは、壁際に置かれていたテレビモニター、そこに映し出された―――。

 

「姫様」

「うわ、本当に間に合ったんだ、勇者特急」

 驚く皆の視線の先で、真紅のドレスに着飾ったミルヒオーレが、その歌声を響かせていた。

「綺麗……」

「素敵ですねぇ~」

 女性陣は、その美声に聞き惚れて恍惚とした呟きを漏らす。

 沈んだ空気を吹き飛ばす、それは、人に希望を与える力を秘めていた。

 

「何も意識せずに居れば、悪い結末にたどり着いてしまうと―――そればかりではなく、無意識だからこそ選び取れる正しい道と言うものも、あるのではござらぬか?」

「そうなん、ですかね? いや、だからこそ勇者を……真紅のドレスに包まれて……勇者の真紅に、守られて……」

 労わるようなダルキアンの声しらも糧にして、シガレットは自らの思考に沈んでいく。

 

 何も見えていないけど、何かがあるに違いないと。

 勇者。姫。姫。騎士。自分も含めて、漠然とした何かが見えそうな気がするのに、それが何かわからない。

 

「レオ様は……」

 

 何かに抗おうとしているあの人は。

 きっと今のシガレット自身と同様に、見えない答えを求めて心を疲弊させていた。

 

 漸く、一歩。

 一日目の終わり。

 シガレットは漸く、一人で抱えることの辛さを、レオンミシェリと共有した。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

「―――というわけで、ごめんなさい、です」

「謝られると逆に惨めな気分になるんだけどなぁ、この場合」

 

 ぺこり、と頭を下げてきた妹分に、シガレットは居心地悪そうに応じた。

 

「でも、もっと私が色々気付けていれば、シガレットも―――レオ様も」

「ん~~~……いや、うん。否定できないといえば否定できないんだけど。でも、どっちかといえばキミにそんな風に思わせちゃってる段階で、オレとレオンミシェリの過失だしね、この場合」

「そんなこと……! 二人とも、私のために、みんなのために一生懸命だったのに!」

「結果が実らない努力だったからね。意地になって俺らだけでやりきろうとしなければ、きっともっと、良い解決策があったはずなんだよ」

 

 だから、この場合はオレのほうこそ、と。

 シガレットは一つ、頭を下げた。

 

 その後で、どちらともなく照れ笑いを浮かべた。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。