ビスコッティ共和国興亡記・HA Edition   作:中西 矢塚

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策謀編・2

 

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『四日目・騎士団日報』

 

「皆してなにしてるの?」

 

 シリアスの空気の充満する会議室を後にしたシガレットは、気分を切り替えるためにと日当たりの良い中庭へと足を運んだ。

 中庭の一角。

 回廊へと続く辺りで、何故だか騎士団員達と、そしてシンクやユキカゼ、リコッタたちが人垣を形成していた。

「あ、シガレット」

「副団長」

「や、お疲れ泉君。―――で、エミリオ君。どんな騒ぎ? 新人いびりか何か?」

「いえ、副団長ではありませんのでそう言う事はありませんけど……」

「―――素で返してるよね、キミ」

 生真面目な百人長の言葉に若干額に青筋を走らせながらも、シガレットは人垣の中を覗き込む。

 彼の存在に気付いたリコッタが声を掛けてきた。

「シガレット、会議はもう終わったでありますか?」

「いんや、まだやってるんじゃね?」

「まだやってるんだったら、何でシガレットは此処に居るの?」

「サボり」

「うわ~」

 言い切ったよこの人、と白けた顔をするユキカゼにも取り合わず、シガレットは尻餅をついているその人物を視界に納める。

 

「あ、アニキ! 助かったぁ~」

 

 涙目で、ほっとしたような顔をして。

 ビスコッティ騎士団の標準規格の鎧姿の少女は、シガレットに言葉をかけてきた。

 群集の視線が、シガレットに集まる。

 フム、とシガレットは顎に手を当てて一つ頷いた。

 

「明らかに密偵だな。ふん縛って三角木馬にでも乗せて無知で叩いて、じっくりたっぷり拷問しながら情報を吐かせることにしよう」

 

「三角!?」

「ちょ、あ、アニキ?」

 アレな言動に目を丸くするシンクと件の少女だったが、しかしシガレットは全く取り合わなかった。

「何しろ浴場から領主閣下を誘拐したこともある前科持ちだからな。二度も王宮に忍び込むとはいい度胸じゃないか。その根性に答えるためにも、念入りに調きょ……じゃなかった、拷問にかけてやる他あるまい」

「調教! 今調教って言ったよね!?」

 今朝方領主にフリスビー遊びを仕込んでいた勇者が、全力で突っ込みを入れる。

「と言うか、女の子がいる前でそういう発言慎もうよ……」

「いや、うん。意味を理解できてるユッキーも何気にどうかと思うけど、流石ニンジャ」

「そういえばユッキーってニンジャっぽいよね。―――いや、何でニンジャだと流石なの!?」

「あれ、伝わらないかぁ」

 精神年齢三十歳と見たままの十代男子のカルチャーギャップかもしれない。

「……後でひどいからね、シガレット」

「と言うかシガレット、三角木馬って何でありますか?」

「後でアメリタ女史に聞いて」

 頬を引きつらせているユキカゼの言葉は流し、純真な少女に対しては全力でスルーする。

 

 何処からどう見ても何時もどおりのシガレットであり、このはっちゃけた態度から会議室での様子を連想することは不可能だろう。

 事実、周囲の騎士達は、『もうやだこの上司』とか全力で思っていた。

 親衛隊長が全力で登場してくれないかなとか、願って止まないくらいである。

 

「あの、副団長そろそろ……」

「そーね。冗談はこのくらいにしておこうか」

 真面目な後輩ですら苦笑する状況に、シガレットは漸く頷いた。気分転換は済んだらしい。

「嘘だ! 絶対本気だったよねアニキ!」

「いやいや、冗談だって。未だに同い歳の主人と全力でプロレスごっこをして遊べるガキンチョを拷問にかけてもギャグにもならねーし。つか、それ系のネタはエロウサギの担当だしなぁ」

「……あ、あれ? 助かったのに何か負けた気分……?」

 お前じゃ役不足だと言われて、少女は得体の知れない敗北感を感じずに入られなかった。

「ガレットの人たちって……」

四馬鹿(・・・)さんたちは、ホントに相変わらずであります」

「シンクも気にしちゃ駄目だよ~」

 唐突に始まったコントに眉間を押さえるシンクの肩を、ビスコッティの少女達は揃って肩を叩いて慰めるのだった。

 

「で、あの馬鹿は何処にいるんだ、アホ虎」

「せめて、用件くらいウチに言わせてよぉ……。此処まで忍び込むの、結構大変だったのに……ぅぅ」

 

 漸く本題に入ったと思ったら、あっさりと終わった。

 だったら早く進めろよと、騎士達は揃ってため息を吐くのだった。

   

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『四日目・勇者シンクの覚え書きより抜粋』

 

「よ」

「おう」

 

 白けた顔と、憮然とした顔。

 

 傍で見ていたシンクは、実は仲が悪いのだろうかと誤解してしまいそうだった。

 隣を並んでセルクルを走らせていたジョーヌも、乾いた笑いを浮かべている。

 王都のある浮き島を下り、程近い森のあぜ道を進んだ先の、ちょっとした広場となっている場所。

 フィアンノン城に忍び込んできたジョーヌの案内によって辿りついた先で待っていたのは、シンク達には見知った顔だった。

 黒いセルクルに跨るのは、ガレット獅子団領国王子ガウル。

 数日振りの再会である。

 

「で、何の用な訳?」

「言わなきゃわかんねーのかよ」

「逆にその言葉、そっくり返してやろうか?」

 シガレットとガウル。

 長い付き合いで気心の知れた両者であったが、その言葉尻は何処か刺々しさに満ちていた。

 互いに対して思うところがある―――と言うよりは、単純にどちらも些か気が立っているせいかもしれない。

 そのまま、暫らくのにらみ合いの後、ガウルは大きく息を吐いて頭を掻いた。

「わかんねーよ俺には」

 溜まっていたものを吐き出すような口調で、言うのだった。

「解りやすいと思うんだけどな、俺は」

 シガレットの態度はガウルとは真逆。

 概ね誰が何を思っているのかにも理解が行き届いており、そうであれば、苦笑する余裕があった。

 ガウルは益々不貞腐れた顔をする。

「マジで何を考えてるんだよ、姉上は……」

「んなもん、一目瞭然じゃねーか」

「あれでこうで人目で理解できるのは、馬鹿兄貴くらいじゃねーか! 姉上と一部の側近を除いて、城中大混乱だぞ!?」

「側近だけ、ね。つーことは、やっぱ状況作ったのはあのロンゲか。戦場であったら丸刈りにしてやろうかな、あのヤロウ……」

 喚くガウルの横で、シガレットは全く関係のない部分で怒気を放つ。

 状況の理解が追いついていても、いや、だからこそ思うところは色々あるらしかった。 

 

「レオ様の側近って言ってるのに、普通にビオレ姉さまの事は除外してるのがアニキだよなー」

「いや、僕に同意を求められても……」

 ジョーヌに話を振られて、シンクは言葉に詰まってしまう。

 『シガレットがいなかったらシンクを』と言う伝言によって呼び出された立場だったが、シンクは自分が呼び出された事情をよく理解していない。

 恐らくは今回の戦争に関しての話なのだろうなーとは思うのだが、それを取り巻く諸々の深刻になりそうな事情に関しては、表面的なことしか解っていなかった。

 あと、ガレット陣営の会話は毎度毎度、独特すぎてついていけない感じもちょっとだけ、いや結構あったりする。 

「えっと……宝剣を賭けるって言うのは、大変なことなんだよね?」

 自分が話を進めないといけないのかと言う使命感を覚えて、シンクは誰にともなく尋ねた。

「ま、そう言う事。フツーはこんな事後承諾的なやり方でやっちゃいけない部類の話なんだよ。下手すりゃ―――下手しなくてもリアルタイムで外交問題さ」

「姉上には、宝剣の扱いについてはっきりさせるように何度も具申したんだけど、取り合ってもらえなくてな。どうしちまったんだか、訳わからねぇよ」

「バナードさんだろうな、入れ知恵したのは。あの人だけで考えてたなら、多分今頃、おっとり刀でフィアンノンに駆けつけて、ミル姫に一騎打ちでも挑んでいる場面だ」

「一騎打ち? そこまでして、姉上はビスコッティの宝剣を必要としてるってのか?」 

 やれやれ、と苛立たしげに言うシガレットに、ガウルは目を丸くする。

 まさか本気でレオンミシェリがビスコッティを侵略しているとは考え難く、そうであるならば国権の象徴たる宝剣の必要性が見えてこないのだ。

 眉根を寄せるガウルを、シガレットは鼻で笑った。

「宝剣の必要性とか、考え方が間違ってんだよ。あの人が普段から何を考えてるのか理解してれば、大体状況の意味くらい解るだろ」

「姉上が普段考えていること……?」

「アニキのことじゃないのー?」

「黙れアホ虎。アイアンメイデンにぶち込むぞ」

「それ本当の拷問じゃん!」

 恐れおののくジョーヌを放ったまま、シガレットは面倒くさそうに続ける。

「なんであれ、お前が知る必要がある問題じゃねーってことだろ。つか、ワザと蚊帳の外に置かれてる姉心ってのを理解してやれよ」

「そーいうの、『余計なお世話』とか『ありがた迷惑』とか言うって、知ってるか?」

「知ってても止められないのが、如何にもあの人らしいじゃないか」

 シガレットは苦笑した。

「あの人はあの人で好きに動いてるんだから、お前もお前で好きに動けば良いだろ? ガキじゃないんだから、自分で考えて動けって。―――ああ、なんなら、クーデターでも起こしてみると良いかもな。状況が気に入らないって言うんなら……お前が動くなら、大義もあるだろ」

 人もついてくるだろうし、と簡単に恐ろしい事を口にするシガレットに、ガウルは戸惑いを覚える。

「クーデ……そんなこと、出来るわけ」

「出来ないってなら」

 言葉を失うガウルに、シガレットは目を細めた。

「お前には止められないよ、ガウル。あの人はもう、私的な理由で立場を振り回す覚悟を決めているんだ。止めたいのであれば同等の立場になる必要がある。―――ああ、だからって無理に動こうとするなよ。決心つかないまま動いちゃったら、ついてくる連中が可哀想な目にあう」

「……出来るかよ、そもそも」

 苦い顔のガウルに衒いのない笑みを返して、シガレットは言った。

「お前、変なところで良い子ちゃんだからなぁ。ま、あの人を止められるとしたら、同レベルの我侭お嬢さんだけなんだろ」

 

「同レベルの……」

「我侭な」

 

 お嬢さん。

 

 シンクとジョーヌは顔を見合わせて首を捻り、ガウルは面白く無さそうな顔でため息を吐いた。

「なんつーか、偉そうな事言ってるけどアンタもアンタで、脇に取り残されて無いか?」

「ははは、まーねぇ。うん、いやだからこそバナードさんが許せない感じなんだけどさ」

「はぁ?」

 何でそこでバナードの名前が出て来るんだとガウルは眉を八の字にする。

 シガレットは肩を竦めて言った。

 

「そりゃお前、姉妹喧嘩《・・・・》に男の出る幕なんて無いっての」

 

 勝手にやってくれれば良いんだとのたまうシガレット。

 その言葉の妙な説得力に、聴いていた三人は揃ってなるほどと思ってしまった。

 

 ―――ミルヒオーレによる宣戦布告文章受諾の演説が行われたのは、その直ぐ後のことだった。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『四日目・マルティノッジ家私文書より再現』

 

『こ~んに~ちわ~』

 

「……こんにちわ」

 毎度の事ながら、何処のアイドルコンサートのノリなんだろうねと、遠くから伝播してくるミルヒオーレの声に返事をしながら、シガレットは苦笑を浮かべる。

 官庁内にある自身の執務室で一人寂しく書類仕事をしている彼の耳にも、領主の声に熱狂的な合いの手を入れる市民達の声は届いてくる。

 

『さてみなさん、今朝のニュースは御覧になりましたよね』

 

 そして、領主の穏やかでありながら、確りとした声音も。

 威風堂々とは言いがたいものなのだろうが、嫌いにはなれず、放っても置けない。

 一緒に頑張ってみようと、そういう気分にさせてくれる優しい響き。

 

『レオ閣下からのいきなりの宣戦布告。急な話だったので、私たちもびっくりしちゃいました』

 

「ホントだよ」

 ぺら、と資料をめくりながら、シガレットは何の気なしに相槌を打ってしまう。

 せめて一言くらい欲しい物だと、毎度の事ながら彼は思うのだった。

 周りの―――取り分け『かの女性』が考えるほどに、シガレットは鋼鉄の意志など持っていないのだから。

 丸二年も碌に連絡もないまま捨て置かれてしまえば、諸々不安な想像も覚えてしまう。

 そのたび、首につるしたエクスマキナを眺めて自分を慰めているのだと、もしそれが知れてしまえば―――。

 

「……以外だな」

 

 襟首から出して掌に載せたエクスマキナから、視線を少し上に。

 半開きになった扉、声がした方には見知った顔の少女の姿が在った。

「何が?」

「―――てっきり、全て聞いているのだと思っていたが」

「だったら良いんだろうけどね」

 何も教えてくれないんだと、投げやりな気分でシガレットは応じる。

「何も言わなくても伝わりあう関係……と。言うヤツか?」

「それこそ、だったら良いねって話だよ。―――それより、良いの? 親衛隊長が、領主の演説の最中にこんなところで油売ってても」

 書類で埋もれて足場の無い部屋に踏み入ってくるビスコッティ騎士団親衛隊隊長エクレール・マルティノッジに、シガレットは尋ねる。

 エクレールは、古馴染みの男の言葉を鼻で笑い飛ばした。

「今は、ダルキアン卿がいらっしゃる。―――それに、油を売っているのはお前も一緒だろう、副騎士団長」

「ああ、エミリオ君に代理頼んでおいたから」

「……せめて、千人長にしろよ」

「俺等以外居ないじゃん、千人長」

 因みに、若手のホープと称される騎士エミリオは、現在百人長の地位にある。

 騎士団ナンバーツーの人間の代理をやらせるには、立場的に微妙な感じだった。

 尤も、ビスコッティ騎士団は小さい騎士団なので、実はそれで、騎士団内では上から三番目位の地位だったりもするのだが。

 

『―――でもですね、だからこそこの半年、これ以上負けないように確りと準備を整えてきました』

 

 職務放棄の言い訳にならない言い訳を述べ合う二人の間を流れる微妙な空気を他所に、ミルヒオーレの演説は続いていく。

 敗戦を重ね続けたことへの反省と侘びの言葉。

 しかし、それを乗り越えて前へ進もうとする決意表明。

 そして、

 

『―――ですから、ビスコッティはガレットよりの宣戦布告を、喜んでお受けします!』

 

「……決まり、か」

 領主の宣言の背後で、花火の音が遠雷のように鳴り響く。

 地鳴りのように届く群集の歓声の間を縫うように、両国間の勝利懸賞として宝剣を賭けると言う宣戦項目への承諾もまた、告げられた。

「解り切っていた事を、何を以外そうな風に。―――大体、解っていたからこそそうやって戦略立案に勤しんでいるんじゃないのか?」

「いやいや、ただの手慰みだよ」

 主戦場と目される両国間国境―――チャパル湖沼地帯の最新の情報をメモに書き記しながら、シガレットは嘯く。

 そこは、最大で万単位の兵力の動員が可能な広大な戦場地帯だった。

「野砲の準備とかも、必要かな」

「むしろ、対砲撃戦術の立案こそが肝心だろう」

 ここ数年で新たに登場した兵器である『砲』を用いる戦に関しては、ガレットのほうが一日の長があったから、エクレールの言葉も尤もだった。

「誰が使っても固定ダメージってのは確かに役に立つけど、今はまだ紋章弓の方が恐ろしいと思うよ」

 数が無いからね、とガレット軍の全容を知り尽くしている男の言葉は、非常に現実的である。

 フロニャルドにおける『砲』という物は、火薬の替わりに輝力を篭めた弾丸を発射する、単発式のライフルや迫撃砲等が主である。

 某天才幼女が基礎理論を発明したその兵器は、誕生して間もないこともあって、戦術的な運用方法の確立などは未だ道半ばと言えた。

「ジェノワーズのアホウサギの率いる部隊か」

「アレで何気に、弓持たせるとおっかないからなぁ、あのエロウサギ」

 そんな実験的な武装よりも、鍛え上げられた弓騎士団の波状攻撃の方が恐ろしいと言うシガレットの意見は、確かに正鵠を得ている。

「ウチで弓が得意なのってエミリオ君くらいだっけ?」

「アレも別に、専門でやっている訳ではないぞ」

「人手不足ってやだね」

 お前の方が良く知っているだろうと言う言葉に、シガレットは苦笑して頷く。

 

 確かに今回の戦は、此処二ヶ月の敗戦続きの時とは違い、動員可能な兵力は増えるだろう。

 装備類の増産も完了していたし、何より、特産果実の収穫期が既に終了していることが大きい。

 働き手の若者達が、戦に参加しやすい状況が作られているのだ。

 ―――だが、『兵』が増えたからと言って、それを率いる『騎士』たちの数がいきなり増えるわけも無い。

 ビスコッティの常備全戦力は、ガレットの一個師団程度にしかならないのだから、最早笑うしかないだろう。

 頭がいないのに手足が増えれば、少ない頭はそれに比例して忙しくなるのが当然で―――だからこそ、今から先手を打ってシガレットが軍師の真似事まで始めていたりもするのだった。

 

『この戦に勝利しましょう! 勝って、楽しい明日を掴みましょう!』

 

 歓声は今や、王都全体を覆いつくさんばかりに鳴り響く。

 薄暗い官庁の一角のこの部屋ですら、煩いと思えるほどの、群集のうねり。

「賽は投げられたって感じかな」

「―――我々が勝つさ」

「……そう」

 気の無い返事にエクレールが何か言おうとするより早く、シガレットが顔を上げる。

「そういえば、エクレ嬢は結局なんでお仕事をサボってたりする訳?」

「……む。いや……」

 問われて、エクレールは言いづらそうに口ごもった。

 眉根を寄せて頬の辺りに手をやろうとして、それでどうやら、片手に何かを持っていたことを思い出したらしい。

「ウチにお前宛の手紙が届いていてな」

「マルティノッジのお屋敷にってこと? 何でまた……」

 公文書用の書類入れ程度の大きさの封筒を手渡されて、シガレットは首を捻る。

 エクレールは、ため息を吐いた。

「お前、今は風月庵で暮らしているって伝え忘れていただろう。―――マーガレット小母様からだ」

「母上からか。そういえば、ここ二年近く連絡取ってなかったっけ」

「おいおい……」

「ウチはエクレ嬢も知っての通り、完全な放任主義だからねー。にしても、そっか。前に頼んでいたやつかな」

 封筒を開けて便箋の束を取り出しながら、シガレットは納得したように頷いた。

「お前が小母様に頼みごとをするなんて、珍しいな」

 だからこそ、わざわざ封筒を持ってきたのだがと言うエクレールに、シガレットは視線は便箋に向けたまま首を横に振る。

「ああいや、母上じゃなくて妹達になんだけど」

「妹……ライムやシアンにか」

「うん、アズールやコーラルにね。……って、うわぁ」

「どうした」

 シガレットは便箋の中の一枚の内容に、顔を引きつらせているらしかった。

 乾いた声で、告げる。

 

「……遂に、二桁の大台だってさ」

「……そう、か」

 

 双子が二組、その間に三つ子まで居る。

 マーガレット・ココットは実に若々しい容姿をした、実に多産な女性だった。

 幼い頃は定期的に彼女の居る牧場に遊びに行っていた幼馴染達だったが、対面するたびにお腹を膨らませるか引き連れている赤子の数が増えていると言う光景の妙は、深く記憶に残っている。

 

 ちょっと微妙な気分になった思春期の少女は、慌てて話題を変えるように言う。

「……え、ええとだシガレット。それで結局、シルク達に何を頼んでいたんだ?」

「ん? いや大したことではないよ。当たるも八卦、当たらぬも八卦って言う程度のことだから」

「なんだそれは」

「天気予報みたいなものだよ」

 意味が解らないと眉根を寄せてみるも、しかしシガレットははぐらかして応じなかった。

 読み終えたらしい便箋を封筒に戻して、机の引き出しに仕舞う。

 

「それより、俺としてはそろそろエクレ嬢がミル姫の護衛をサボった理由が知りたいんだけど。―――手紙を渡しに来たってだけじゃ、勿論ないだろ?」

 

「……む」

 長い付き合いの二人だったから、お互いの行動パターンくらいは読めていた。 

 エクレールが優先するのは一にミルヒオーレ、二にミルヒオーレ。三と四もミルヒオーレだったから、五以降を考えるのは馬鹿らしい話だ。

 だからつまり、よほどの事がない限りエクレールがミルヒオーレを置いて私事を優先させることなど考えられないことだった。

「何か、言い辛いこと?」

「―――いや」

 尋ねるシガレットに、エクレールは曖昧な言葉で応じる。

 踏ん切りがつかないといった感じだった。

「今回の戦争に関係ある話、なのかな?」

「……一面では、そうだな」

「ミル姫には?」

「―――解らない」

 だから直接尋ねに来たのかもしれないと、エクレールは迷子の子供のような呟きを漏らした。

 そして、観念したかのようにゆっくりと話し始める。

 

「……さきほど、姫様に聞いた」

 

「なるほど」

 それで概ね、シガレットは事情を悟った。

 エクスマキナを再び襟から出して、リングの内側をなんとなく覗き込む。

 エクレールの姿が見えた。

「お前とレオ閣下の御約束に関しては―――その、なんだ。盗み聞きもしていたから、そう、知ってはいたが。だから、それは良いのだ。知っていた。知っていたが……」

 

 今まで、考えないようにしていたことが、一つあって。

 

「此処二ヶ月に渡るガレットとの戦。そして此度の大戦(おおいくさ)も。何かとても大きなきっかけにでもなりそうな―――そんな気がして、ならない」

「きっかけ、か」

 纏まりきっていない言葉に、しかしシガレットは穏やかな態度で頷くに留めた。

 先を促す態度で、じっくりとエクレールが話すのを待つ。

 

 長い付き合いである、彼等は。

 シガレットも、エクレールも。ミルヒオーレも、レオンミシェリも。

 

「姫様はご立派な領主に成長なされたと、兄上も仰っていた」

 シガレットが途中退席した会議が終わった後で、ロランはエクレールにそんな風に言ったのだとか。

 お前はどう思うと言う視線を受けて、シガレットは迷わず頷く。

「そうだね。―――いや、あの娘は初めから立派だった気がするけど」

「相変わらず無駄に態度がデカいな、お前も……まぁ良い。それで、だ」

「うん、俺がこの戦が終わったらビスコッティを抜けるかもって話し?」

「そう、おまえが……って、おい!」

 深刻そうな顔で尋ねようとしていたことを先に本人に言われてしまい、エクレールは思わず声を荒げる。

 逆にシガレットは楽しそうに笑っていた。

「いやいやまさか、心配していてくれたとはねー」

「心配など、誰がっ! ―――た、ただお前の……いや、此処最近の姫様の周囲の空気と言うか」

「ああ~」

 なるほど、とシガレットは頷く。

 自分でも良く解っていない焦燥感にかられて動いてしまったと、そう言う事なのだろう。

「確かに、今回の戦はそういう意味ではちょっとしたきっかけにはなるのかもねぇ」

「此処最近は特に、まるで、予め決められていた段取りの通りに進んでいるような居心地の悪さを、感じるぞ」

 挙句、この大戦の始まりである。

 その裏側の事情の中心に居るらしいのが、どうやら自身の昔馴染み達であるなら、なるほど、エクレールであっても不安の一つくらいは覚えるだろう。

「……まぁ、しかしそれにしても、アレだね。いよいよ鈍感なことで有名なマルティノッジ家のエクレさんでも不安を覚えるような嫌な空気になってきたかぁ」

「誰が鈍感だ、誰が! ―――いや、何? 嫌な空気、だと? やはり何か……起きる、のか?」

「さぁ?」

 流石に不安げな態度を隠せなくなったエクレールに、しかしシガレットは気楽な態度で応じる。

「さぁって、お前」

「いや、ホントに。それぞれが思い描く未来は千差万別ってヤツだし。特に、見たくないものを好んで引き寄せちゃうような人たちが言う未来なんて、信じすぎるのも、ね」

 トン、と引き出しの戸を叩きながら、シガレットは続ける。

 

 ―――そういう意味では。

 

 意味が解らないと尋ねようとしたエクレールよりも一瞬早く、シガレットは言った。

 

「ホント、きっかけにはなるよ。セルクルは自力で柵を飛び越えられて初めて一人前って言うし、この戦を、宣言したとおり勝って幸せな明日を迎えられたなら……うん。あの人の築いた安全な柵の内側から、飛び出せたなら」

 

 お役御免の日も、近いかもしれない。

 

 感慨深げな言葉に、エクレールはそれ以上何も聞けなかった。

 ただ、コイツは近いうちにまた居なくなるのだなと、それだけは正しく理解していた。

 そう理解した後で、結局自分は、それを止めたかったのか、それとも他に何か言いたかったのか、聞きたかったのか。

 それを理解していないことに、今更気付くのだった。

 彼女の疑問に応じる言葉はきっと無い。

 無いけど―――それが解るときは、もう直ぐ訪れるということだけは、唯一確かなことだった。

 

 大戦(おおいくさ)の開始まで、後一週間。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『八日目・アシガレ・ココットの手記より抜粋』

 

 え~、中管理職の悲哀ってヤツを噛み締めてます。

 いやもう本当に、仕事が多くて多くてやってもやっても終わらんわコレ。

 コレはあれか、戦争前に主力メンバーを軒並み過労で戦争不能に追い込もうとか言う脳筋どもの策略か。

 

 いや、脳筋どもがそんな優れた謀略を仕掛けられるわけがねーって解っちゃ居るんだけども。

 

 宣戦布告受諾が四日前で、両国間で戦争実行委員会が立ち上がったのが三日前。

 今回の戦は近年まれに見る超大規模な会戦になる予定なので、そこに必要なヒト・モノ・カネの量といったらもう、空恐ろしい話。

 軍部、政庁、商工会を巻き込んで、連日上へ下へのてんやわんやの大騒動です。

 あれが足りないあれが欲しい、此処をどうにかしろいやいやこっちに譲れ。

 特に今回は、こんなに大規模な戦の割りに興行の利権の八割方をビスコッティが押し付けられ―――もとい、譲ってもらっている状況なので、単純に地力の足りないビスコッティは、前準備の段階で人手不足が深刻な事態です。

 そう言う時に苦労するのが、やっぱり我々中管理職な訳ですよ。

 下に指示を出さないといけないし上の判断を遂行しなきゃいけないし、やっぱり現場に出る必要もあるという、忙しい立場。

 お前それ、ガレットでやってたから慣れてるだろーとか人は言う訳ですけど、生憎私がガレットでやってたのは管理職(・・・)ですから!

 中くらいの位置じゃなくて、上だから、紛う事なき!

 指示するだけで皆動いてくれるから楽ちんなのよ、管理職は。

 いや、書類審査とかそれはそれで面倒だけど、一箇所から動く必要ないからまだ今の状況よりはマシね。

 

 つーかホント、人も時間も足りなすぎるよねぇ、コレ。

 両軍総勢五万弱の動員を見込んでいるような大会戦なら、そもそも準備に半年は欲しいわ。

 それを一週間とか、アホかと。

 オマケにビスコッティは、二ヶ月近く国土を蹂躙され続けていた連戦が漸く終了したばかりだっつーの。

 戦が終わったぜヒャッホゥとか喜び勇んで戦時体制を解消したばっかりなのに、もう次の戦とか、ホントに、ね……。

 戦の連続で滞っていた治水事業とか街道整備計画とか、折角実行に移そうと人を動かし始めていたのにコレでまたおじゃんだよ!

 この損失何処で取り戻せばいいんじゃい!

 滅多に使わない城砦の整備なんかに無駄に金取られて……前から思ってたけど、戦争興行ってあんまり儲からないような……。

 いや、所謂経済振興策っつーか公共事業みたいな物だってのは解ってるんだけど、こうね。

 毎日目減りしていく国庫の状況を見ているとね……。

 ガレットは平気なのかねー。

 いや、あっちは海運で常に儲けてるから余裕あるんだけど。

 そもそもあっちは平時に常に戦興行が組み込まれてるような大国だから、こっちみたいな戦のたびに総力戦で挑まなくっちゃいけない小国と一緒にするのが間違ってるか。

 

 あーもう、ホント嫌になってくるわ。

 やっぱり戦場で出会ったらハンサムのロンゲをぶった切ってやるしかねーなー。

 河童にして朝刊の一面を飾らしてくれるわ……って、おやリコたん。

 どうしたね? 何、ひょっとしてこの死屍累々のデスマーチに参加してくれるでありますか?

 

 あ、違う。

 うん、そうね。

 そっちはそっちで忙しいでしょうしね。

 あのさー、ずっと控えてたけど、やっぱり今度電卓作ってくれない?

 いい加減ソロバン弾くの辛いわー。

 うん、大丈夫。リコたんなら真空管からトランジスタまで一気に行けると思うから。

 今度試しに勇者殿の携帯をバラしてみると良いでありますよ―――って、え?

 ああそう、もう頼んだけど断られた。

 そりゃ私でも普通に断るわ。勝手に中弄ると保障効かなくなるしなー。

 

 で、ところでお手伝いじゃなければ何のよう? サボりとか?

 ははは、私じゃないんだからって、言うようになったねリコたん。

 生憎今の私はサボり禁止のために一番奥の席に押し込まれている状況さ。チクショウ、背後に窓すら無ぇ……。

 

 兎も角。

 ―――ああ、頼んでおいた資料、見つかったんだ。

 いやいやいや、助かるわ。

 にしても、こんな古い資料よく直ぐに出せたね……ああ、勇者殿の、ね。

 そっか。勇者殿の帰還のために過去の資料漁ってるとか言ってたっけね。

 

 あ、エミリオく~ん。

 この資料四つコピーとって置いて。

 で、イケメンと流浪人に一つずつ渡して、残りはガレットの大使……あ、いいや。

 そっちは私が直接渡しに行きます―――って、え? 違うよ、それを理由にサボるとかしないから。

 必要な話があるの!

 少しは上司を信用しようぜ君達~。

 

 ところでどう? 勇者殿は無事お帰り願えそうかね?

 個人的には新学期の一ヶ月くらいはサボっても中学生なら若いの一言で済みそうな気もするけど……親が泣くか。

 と言うか現代なら普通に失踪事件だもんなぁ。

 携帯繋がって良かったよね……と言うか、携帯が繋がるだけで問題が無い中学一年生ってのも、中々って感じもするけど。

 しかも、電話相手が親じゃなくて幼馴染の女の子らしいぜ。

 凄いよね、一人暮らしで毎朝起こしに来てくれる幼馴染とか、漫画の中の人かと思っちゃったよ。

 いや、マジモンの勇者やってるんだから、今更って気もするけど。

 うん? ははは、こっちの話。

 詳しくは勇者殿に聞きなさい。

 いや、あの子、外で遊んでばかりで全然漫画とかゲームとか詳しく無さそうだけど。

 あ、でもその割りには学問の徒であるリコたんとは仲良いよね。二人とも子犬属性があるからか?

 いやでも、ヤツは領主閣下すら調教して見せる天才ブリーダーだしな……。

 最近は何時緑の人をしつけ始めるのか、皆でわくわくしながら見守ってますとも。

 

 ―――ごめん、話が逸れたね。

 何だっけ……ああそう、地球への帰り道。

 ああ、やっぱり難航気味ですか。王宮書庫には資料が無い。

 召喚された勇者に関しての情報は……ああ、そういえばコレにも載ってるんだっけ。

 や、兎も角。

 確かあと一週間かそこら以内に帰れないと拙いとか言う話じゃなかったっけ。

 どうするの……って、へぇ、巨乳がそんなこと。

 あいつ等色んなところ行ったり来たりしてるから……や、でもやっぱり遠くの国になるとやってることも違うんだねぇ。

 外国なんてガレットとそのお隣くらいしか行ったこと無いから、中原の国々の方はさっぱりだわ。

 へぇ~。

 へぇ、そっちだと勇者はやることやったら帰るのがお約束なんだ。

 それはそれで、なんだか便利使いしてるみたいでどうなんだろうねぇ?

 まぁ、必要が無いとそもそも呼ばない生き物だから、そういう扱いのが正しいのかな。

 じゃ、今は請求した資料が届くのを待ちって状況なんだ。

 そりゃ何より。

 やっぱ子供の時分には親元にいた方が良いもんね。

 フロニャルドの子供は子供の頃から自活して働きすぎだよ、全く。

 ははは、お互いにね。

 うん、いやでも、忙しいところ悪かったね。コレ、助かったよ。

 新型砲の実用化のほうも引き続き頑張って―――え? あ、もう出来た。

 はぇ~。流石リコたん。脅威の技術力だね!

 仰角九十度にまで対応可能とか、私そこまでは頼んでないよ! いやマジ、スゲースゲー。

 じゃ、工房の方に伝えておくから、量産の方も急ピッチでね。

 やー、よしよし。コレで一つ勝ちの目が出てきたぞ。

 

 ……って、何?

 どしたのリコたん。そんなに不安げな顔して。

 

 ああ、この資料ね。

 ―――いやいや気にしないで……って訳にも行かないよねぇ。

 うぅ~~~~ん。時間が無いからって一番向いてる人に探すの頼んだのが失敗だったかぁ。

 はは、まぁねぇ。あんな大砲の準備任せちゃってる段階で、リコたんも薄々って感じですか。

 なのにしょんぼりさんに伝えないで置いてくれてる辺り、リコたんも大人になってきちゃったねぇ。

 いやいや、親しい人にすら秘密を抱えるような―――違うか、抱えたまま普通に接することが出来るような人間は、大人だよ大人。

 

 あ~、うん。ゴメン。

 

 秘密作らせちゃってる私が言うことじゃないね。

 いやね、でもあんまりこっちのことでわずらわせたくないのよ、しょんぼりさんを。

 解るでしょ? ほら、今のあの娘は姐さんとの対決に集中して欲しいから。

 うん、そう。

 瑣末ごとは全部下で片付ける勢いで。

 平気平気。

 脳筋どもはこういうイベント大好きだし、天才幼女の協力も得られるなら、なんとかなるって!

 

 勝って笑顔で明日を迎えましょう、だよ。

 こんなつまらない事はとっとと終わらせて、戦勝イベントで楽しもうよ。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 ああ、もしもし、シガレットですけど。

 ええ。はい。 

 いやいや、こっちも特に……うん、ミル姫はもう―――ははは、平気だって。

 大体もう直ぐ、イズミ君たちも戻って……ああ、そうだ。イズミ君たちといえばさ。

 ん? ああ、そう。なんであのアホに。

 

 ―――そりゃ、不安だよ。不安しかないってば。

 

 いやむしろ、貴女に不安が全く見えないことも不安なんだけど。

 大体、実績作りのつもりなら椅子に縛り付けて判子だけ押させとけば良いじゃない。

 アイツにはそれが―――いや、嫌味じゃなくて、マジで。

 ガウルはそういうタイプの王様だから。エラソーにふんぞり返ってれば……はぁ。

 ……本人たっての希望、ねぇ。

 まぁ、友達の歓迎会だし、ついでに俺らも忙しいのは事実だし……いやでも……。

 

 ―――あのさぁ。

 

 なんか、またオレに、隠しごととかしてないですか? レオンミシェリ。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 

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