ビスコッティ共和国興亡記・HA Edition   作:中西 矢塚

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策謀編・4

 

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・ミルヒオーレ・F・ビスコッティの日記より抜粋』

 

 

「これ、は……」

 

 目を疑う光景だった。

 血の海に倒れ付すレオンミシェリ。

 その傍で、青いマントをたなびかせる、シガレット。

 

 『主がお待ちです』。

 

 最上階へと続くエレベーターのドアのまで佇むルージュの言葉に頷いて、ミルヒオーレは鎧を纏い、この屋上へと辿りついた。

 成すべき事を成すために。

 自らの手で、成すべき事を成すために。

 自らの行動で―――だから、心配するシンクやエクレール達を、下の大広間に残して、一人でこの屋上まで来たのだ。

 

 レオンミシェリと対面するために。

 彼女の真意を問うために、ビスコッティの二つの宝剣を携えて。

 ミルヒオーレは、この場所へと辿りついた。レオンミシェリの元へと。

 

「やぁ、随分早かったね」

 

 だが、この光景は、なんだ。

 振り返り、立ち尽くすミルヒオーレに語りかけてくるシガレットは、その手にガレットの領主の証たるグランヴェールを握っていた。

 巨大な戦斧を、軽々と肩に担ぎ上げる。

 握り締めた指に嵌められているのは、エクスマキナに相違無く。

 

「どういう、ことなのですかこれは……? シガレット? レオ様は、何故……っ?」

 

 凶器を手に、笑うシガレット。

 その足元で、朱に染まる床に崩れ落ちたままのレオンミシェリ。

 曇天に移ろい行く空の不穏さすら生温い、空恐ろしい情景。

 耳に届く言葉は、更に常軌を逸していた。

 

「どうもこうも、見ての通り(・・・・・)だ。今やグランヴェールとエクスマキナは私の手の中に存在しており―――そして、丁度直ぐそこにエクセリードとパラディオンも……ハハ、わざわざ一人で持ってきてくれるとはね」

 

 手間が省けた。

 平衡感覚を失わせるような響きを伴う声と共に、シガレットが一歩踏み出してくる。

 ミルヒオーレに向かって。

 笑顔で。

 しかしその笑顔が向いた先は、視線の先には。

 

 指に嵌められた二つの指輪。

 ビスコッティの秘宝。

 

 ―――拙い。

 

 理解は拒み、混乱したまま。

 それでも拙いと言う意味だけは何故かはっきりと理解できて―――故にミルヒオーレはシガレットから距離をとろうとして―――、

 

「―――っ!?」

 

 刹那、背後に人の気配を覚えた。

 振り返る。

 振り返ろうとしてしかし、その暇すら与えられず。

 

「っ、ぁ」

 

 瞬時、身体が宙を舞い、腹から床に叩き落された。

 足を払われ、手首を締められたのだと気付いたのは、鈍痛から来る理解だった。

 背に重石をかけられ、両腕を極められてしまえば碌にもがくことすら出来ず、ミルヒオーレに出来たことは首を無理な姿勢のまま背後に傾けることが、精々。

 

「あな、たは……ノワー、ル?」

 

 小柄な、表情に色を乗せない。黒い少女だった。

 完全な不意打ち。背後からの急襲。

 そう、一人で待っているとは誰も言って居なかったのだから、供回りを置いて来たミルヒオーレこそが愚か。

 使い慣れぬ両刃の騎士剣など、当の昔に蹴り飛ばされて二度とつかめる筈も無い。

 最早シガレットすら、直ぐ傍まで歩み寄ってきていた。

 

 絶対の絶命であり、状況は依然として理解不能。

 だが、身に降りかかっている危機だけは確かに理解できてしまっており―――かくなる上は。

 極められ、筋に鈍痛の走る腕の先、指に嵌った頼もしい感触に、力を、祈りを込める。

「エクセ、リー……」

「解っている筈だ、エクセリード。パラディオンも」

 だがミルヒオーレが声を届かせるよりも一瞬早く、遂に眼前に歩み寄ってきたシガレットの言葉が下る。

 赤く煌めこうとしていたエクセリードが、その輝きを失う。

「私たちの考えは伝わっている筈だ。お前たちにも」

 ガン、と肩に担いだグランヴェールを床に打ちつけながら、シガレットは言葉を続ける。

 

「解っている筈だ」

 

「シガ、レット……?」

 彼は何を言っているのか。

 彼は何処へ語りかけているのか。

 唯一つ確かなことは、エクセリードの優しい()が、今はもう聞こえなくなってしまったということだけ。

 領主の証たる宝剣が、ミルヒオーレに応じるのを止めたという事実だけ。

 

 しかし、驚愕する暇すら与えられず。

 

「ごめんね」

 

 肩膝をついたシガレットが首筋めがけて振り下ろす手刀によって、ミルヒオーレは意識を奪われた。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・ノワールの日記より抜粋』

 

「じゃ、姫様方の事はよろしく。最下層の防護区画でごゆっくりお休みいただこう……あ、中途半端に目を覚まされてもアレだから、夢贈りの紋章術でも施して確り寝かしつけて於くように」

 

 なんなら、手でも繋がせておけ。

 いずことも無く参上した(レオンミシェリの)傍仕えたちにシガレットは命ずる。

 彼の手の上には、ミルヒオーレの指から抜き取られたパラディオンが存在していた。

「おちびさんも、悪かったね面倒な仕事任せちゃって」

「……ガウル様やノワだと、手加減が効かないだろうから仕方ない」

 ぐりぐりと頭を撫でてくるシガレットをくすぐったそうに見上げながら、ノワールは言う。

「隠れて不意を撃つ、とかも苦手だからなぁあの脳筋ども。腹芸とかも全然出来ないし」

 シガレットもやれやれと頷く。

 一国の王子が未だに最前線で戦働き以外に脳が無い、と言うこの状況は良いのだろうかと毎度の疑問だった。

「……そういうの、シガレットに任せるって」

「ォイ」

「多分、レオ様も同じ気持ち」

「……お~い」

「シガレットも、絶対同じ気持ち」

「―――何のことやら」

 気まずくなって視線を逸らす。

 車椅子に乗せてミルヒオーレたちを運んでいく傍仕えたちの微笑ましげな表情が、また悔しかった。

「そういうの、せめて明日以降に話してくれ……ああそこ、ルージュさん、ボイスレコーダー止めて!」

 ため息を吐きながらも、笑顔のまま後方にスライド移動していくメイドに突っ込むことは忘れない。

 地雷原に向けて一直線に歩いているなと言う実感は勿論あったが、意地とかその辺の物も無くは無かった。

「自分から好き好んで外堀埋めてくから……」

「子供に冷静に突っ込まれると辛いなぁ」

「……私、シガレットと同い年」

 リコッタと併せて幼女トリオなどと常から言われていたりするが、実際はシガレットと同じ十四歳の少女である。頬を膨らますのも当然だろう。

「色を知る年頃ってやつか……いや違うか。ま、それは兎も角」

 宥めるようにノワールの頭を優しくなでつけながら、シガレットは空を見上げた。

 

 曇天。

 空は、さながら雷雲の如き黒雲に覆い尽くされていた。

 

「今は目の前の事を片付けることに集中しないと、オチオチからかわれてばかりも居られないよ」

「……うん、頑張る」

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・甲種害獣駆除計画最終報告書より抜粋』

 

 

「やぁ皆、お待た……」

「死ねぇっ!!」

「そぉわっとぉ!?」

 

 条件反射的に伏せると、何かとても緑色をした物体が頭上を通り過ぎていったことに気付く。

 下階に到着したエレベーターの扉が開いた瞬間のことである。

 とてつもない殺気とともに、何かが顔面めがけて突っ込んできて―――どうやら、危機はまだ続行中だった。

「こんんっ、のぉ!!」

「だぁっ、こんな狭い場所で剣を抜くな! ちびっ子だって居る―――いねぇ!」

 生贄羊を用意して危機を回避しようとしたシガレットだったが、賢い黒猫はいつの間にか大広間の方へと逃亡を果たしていた。

 扉を閉じられて狭い箱の中に閉じ込められてはたまらない。

 シガレットも慌てて高い天井を持つ整然と並べられた石柱で支えられた大広間へとはいずり出る。

「逃げるな!」

「逃げるってば! てか、ホント落ち着こうぜエクレ嬢! 死ぬから、俺が!」

「万死に値する! 甘んじて受けろ!」

「ちょ、説明聞いたんじゃねぇのかよ!?」

 怒りに顔を真っ赤に染めたエクレールの連続攻撃を、取り回しの悪いグランヴェールで何とか防ぎながら尋ねる。

「百聞は一見にしかずという言葉を知っているだろう!」

 答えは、イマイチ理解に苦しむ―――否、割りと解りやすかった。

 多目的な使用を想定されているこの大広間だったが、現在は、恐らくレオンミシェリが何かに活用するつもりがあったのだろう、巨大な映像投影板が中央に設置されていて―――底に映っている映像はまさに。

「誰だぁ! カメラ仕掛けといたヤツはぁ!」

「余所見をしているとは余裕だな! 姫様のお心を害した落とし前を、たっぷりとつけさせてやる!」

「だから、説明聞いてる筈でしょエクレ嬢! 演技! アレ演技だから!」

「煩い! 下手をすればトラウマ物だぞ、あんな過剰演出!」

 グラナ浮遊砦に到着してから、ミルヒオーレと別れ、そして屋上での一件が片付いてから、漸く。

 それなりの時間があったから、当然シガレットが言うとおりエクレールはある程度の事情は聞いている。

 ―――だからといって、敬愛する主が傷つけられて激情が収まるはずも無かった。

 

 因みに、端々に控えていたメイド達は、礼儀正しく主の危機を見ないフリをしている。

 彼女達もエクレールたちと共に映像投影板に表示された屋上での出来事をリアルタイムで見守っていたようだから、多分、シガレットの自業自得だと思っているのだろう。

 

「シガレットの周りがやかましいのは、相変わらずでござるな」

「痩せても枯れてもシガレットですからねー」

「……と言うか、止めなくて良いのかな?」

 泰然とした隠密部隊の二名と対照的に、状況の把握が仕切れて居ない勇者は冷や汗を流していた。

「ほっとけって。どーせ後はやること決まってるんだし」

「そーそー。エクレとシガレットの追いかけっこなんて、年中行事なんやから」

「自業自得……」

 ガウル以下ガレット陣営など、テーブルを出して軽食をつまんでいる様な余裕っぷりである。

 当然、ガウルの傍にはいつの間にかノワールの姿まで在った。

「良いのか、なぁ……?」

 姫様のことも心配だしと、シンクとしてはイマイチ空気に乗り切れて居ない。

 この辺り、生まれた時から()というものが身近にあった者達との、立場の差などと言うものなのだろう。

 

「あ、泉君~、コレ!」

「へ? ……これって、え?」

 漸くグランヴェールの振り回し方にも慣れてきたらしい。

 避けに専念すればエクレールとて攻撃を当てるのが至難の業と成る程の回避能力を誇るシガレットが、隙を見てシンクに向かって何かを放り投げてきた。

 シンクは慌てて両手でそれを受け取る。

 

 小さな赤い光。

 

「って、これパラディオン?」

 見間違えようも無い、フロニャルドへ着てからの相棒だった。

 レオンミシェリと一対一の対面を行うために、と言うことで預けておいた筈のものが手元へと戻ってきたのだ。

 確かに、映像投影板に映っていた光景で、気を失ったミルヒオーレからシガレットが取り上げていたようだったから、此処にあるのも不思議ではない。

「あ、後ついでに、これも!」

 とりあえずの仕草で指にパラディオンを嵌めなおしているシンクの元へ、再びシガレットが何かを放る。

「は?」

 弧を描き飛んでくるそれをキャッチしたシンクは、それが何かを理解して、目を丸める。

「これ……僕のコールドスプレー!」

 地球から一緒に持ってくることになったカバンに詰めてあった筈のものだ。

 元々シンクは、コーンウォールに住まう祖父母の元へ向かう予定だったので、そちらで目一杯身体を動かすために必要そうなものを片っ端からカバンに詰め込んでいた。

 打ち身、擦り傷、捻挫などのことに備えて、簡単な治療用品も。

 患部を瞬間的に冷やすために使うコールドスプレーもまた、その中の一つだ。

「しかも何か、凄い軽くなってる……ビニール剥がしてない新品だった筈なのに!」

「はっはっはっはっは、ごめん、お陰で助かったわ! 後でちゃんと弁償するから! 日本円じゃないけど!」

 グランヴェールの重量を利用した遠心力を交えてエクレールの攻撃を避けながら、シガレットは実に適当な言葉で謝意を伝えてくる。

「助かったって……何に使ったんだろ、こんなスプレー」

 シューっと、掌にスプレーを吹き付けて霜を発生させながら(・・・・・・・・・)、シンクは首をかしげる。

 そもそも何故彼が『コールドスプレー』の存在を理解しているのかが疑問だった。あと、日本円とか。

「考えても無駄であります」

「シガレットですからねぇ」

「リコ? リコも居るの?」

「お待たせでありますよ、勇者様!」

 シンクが眉根を寄せている間に、ユキカゼの隣にリコッタが到着していた。

 そのことに気付き、改めてシンクは周囲を見回す。

 

 ガウルを始めとしたガレットの面子。

 ブリオッシュやエクレール、リコッタなどの、ビスコッティの主要メンバー。

 

「戦争中に、結局、何を……」

「戦争は、中断だよ」

 シンクの疑問の言葉に、直ぐ傍までバック転宙返りで後退してきたシガレットが簡潔に応じる。

「中止?」

「そ、中止―――っと、御免エクレ嬢。これ以上は後でで頼む」

「わざと剣線上にリコッタたちを置いたな……ええい、貸しにしておくぞ」

「助かるよ。―――てか、方々に借りを作りっぱなしで、返済が大変そうだなぁ」

「今さらだろう、そんなもの。日頃の行いを少しは鑑みろ」

「そりゃ、ご尤も」

 漸く剣を納めたエクレールに、シガレットは苦笑気味に頷いた。

 それから、グランヴェールを肩に担ぎなおして辺りに居る面子に振り返る。

「主要な連中は皆揃ったのかな、これで。―――つーか、会議室で待ってろって言ってなかったか、そこの馬鹿」

「一々馬鹿ってつけたすんじゃねぇよ馬鹿! 別に良いじゃねぇか此処で。どうせ直ぐ上に登るんだろ?」

「立ったまま説明会する面倒さを考えろっての、馬鹿。……ま、良いか。ルージュさん、人数分の……早い」

「主のご要望には、常に先回りして最適な用意を整えておくのが傍仕えというものです」

 得意げに語るルージュの背後には、いつの間にか会議机が搬入されていた。

 広々とした大広間の隅っこに、会議机。ある意味シュールな光景である。

「とは言え、時間も無いことだし文句ばっか言ってられないか。―――ってな訳で皆様、ご着席くださいな」

「着席って……あの、シガレット? 結局その、これはどんな……?」

「私も全く状況は解っていないぞ」

「うん、キミ等二人、ミル姫に近すぎたから何も伝えてないしね」

 眉根を寄せていたシンクとエクレールに、シガレットはあっさりとした態度で応じる。

 エクレールの眉が跳ね上がった。

「……と言うことは、ダルキアン卿やリコッタは、何もかもご存知だったと……?」

「うう、内緒にするように頼まれていたでありますよ」

「某等も同様に。ロラン殿ともども、予め簡単な流れだけは説明を受けていたでござる」

「兄上まで!? 一体何時……」

 この場に居ない実の兄の名前まで飛び出してくれば、エクレールも目を剥くしかない。

「戦争準備の合間合間に平行して、一週間くらいね。中管理職って色んなところに顔を出しても不審がられない立場だったから、まぁ、初めてこの忙しい立ち居地に感謝ってところだね」

「この三日ほど、随分大人しいと思ったら……姫様に内緒で、どんな悪巧みをしていたんだ貴様は」

「ははは、残念。実は三日前からビスコッティに居たアシガレ・ココットは紋章術で変装させたエミリオ君だったのです」

「なんだと!?」

「因みに本物の俺は、最終合意文章の取り交わし式典に紛れて、ガレットの一団に忍び込んでこっちに来ていたから」

 益々目を見開くエクレールに、ネタバラシとばかりに晴れやかな笑顔でシガレットは語る。

 

 当然だが屋上でレオンミシェリに告げた、『雲の上を飛んできた』なんて言葉は嘘っぱちだ。

 そもそも、会議室のレオンミシェリの元にシガレットが現れた時はまだ、空は雲ひとつ無い(・・・・・・)青空《・・》である。

 

「心労が溜まってたんだろうね、本当に。じゃなきゃあんな嘘、普通は直ぐに嘘だって気付くもんな」

「目の下の隈、最近凄かったもんねーレオ様」

「頼みますからお休み下さいって言っても聞いてくれないかったからな、姉上は。―――何度、自堕落に寝転がってる馬鹿アニキを投げつけてやろうと思ったことか」

「シガレット、全然働かないから……」

「いや、俺は俺で結構疲れてたんだけどな……兎も角」

 ガレット勢のヤジをぶった切るように、シガレットは会議机をバンと叩く。

 全員の視線を、自分に向けさせた。

 気分を切り替えるように、勤めて真面目な顔を作る。

「そういう心労がかさむ様な日々は今日でおしまいにします。さて皆さん、楽しい楽しい戦争のお時間です……って、その前に会議なんだけどさ」

「……戦争? あれでも、さっき中止って」

 シガレット自身が言っていたじゃないか。

 シンクの言葉に、シガレットは鷹揚な態度で頷く。

「うん、人間同士の戦争は、もう中断。このまま終了だね。……だから、これから俺達が戦う相手は―――」

 

 魔獣(・・)

 

 言葉の不穏さを象徴するが如く、雷鳴が轟き、稲光が奔った―――。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・甲種害獣駆除計画作戦会議議事録より抜粋』

 

 

「さて皆様、お忙しい中こうしてお集まりいただいたこと、先ずは感謝の言葉を述べさせていただきます。今回皆様にお集まりいただいたのは、先日より準備を進めてまいりました『緊急性を要する甲種害獣に対する迎撃計画』、その実行前最終段階の打ち合わせを行いたいという事からにございます。尚、当計画の立案並びに責任者としての任を賜りましたのは私、アシガレ・ココットことアッシュ・ガレット・コ・コアが一時的にガレットの王籍に復帰して当たります。更にビスコッティ側からスーパーバイザーとして、魔物退治の専門家でいらっしゃる……」

「ブリオッシュ・ダルキアンにござる」

「ユキカゼ・パネトーネです」

「以上二名をお招きしております……え~と、早い話が最悪の場合はこいつ等二人が何時もどおり後始末つけますので、皆様そういう状況に陥らないように死力を尽くしてまいりましょう」

 

 最後の最後で思いっきり地が出ている。

 各々、大きなため息を吐いた。

 

「……それっぽくやるなら、最後までそれっぽくやれば良かったのに……」

「と言うか、緊急性を要する件という割りに、余裕たっぷりに長口上をぶつというのもどうなんだ?」

「い~んじゃねぇの? どうせ出てきた魔物を全員でボコるんだろ?」

 シンク、エクレール、そしてガウルの順である。

 上二人は本当に状況を理解していないため、どうしようもなく居心地が悪そうだった。

 対して他の人間達は、予め密議を行い策を弄していた共犯者たちだったため、『また始まったよこの馬鹿』と言う半ば諦め染みた気分が蔓延している。

 シガレット自身も悪ふざけをしている自覚はあったのだろう、微妙に苦笑気味だった。

「しゃぁないじゃない、私もプレゼンとか十五年ぶりくらいだからさ、張った空気が続かないんだよ。―――まぁ兎も角、隠密のお二方は独自判断で動く場合があるってのと、他の連中は黙って私に従ってもらうからってのだけ覚えておいて頂戴」

「おい、ちょっと待て」

「残念、待てないのですよエクレ嬢」

 聞き捨てなら無い言葉に腰を浮かそうとするエクレールを、さらりと受け流す。

 冗談染みた態度で、目線だけは本気だったりするから性質が悪い男である。

「今回のことは全部私の独断(・・・・)。上手く行けばそれはそれでよし。失敗して貴重な戦力磨り潰した挙句ダルキアン卿達に面倒をかけるような無様になった場合は、まぁ、私一人がご先祖様と同じ事をすればそれで済む、みたいな形にしてみたいかなーと」

「ご先祖様?」

「どっか田舎にでも引きこもって、セルクルでも育てるってこと」

 所謂、失脚とか引責辞任とか言うものであろう。

 言ってることはかなり危険な線を踏み越えている感があったが、シガレットの態度はあまりにも気楽過ぎた。

「それ、アニキが隠居して楽したいからって言ってない?」

「つーか、姉上のことはどうすんだよ」

「お前が明日から領主になれば良いだけじゃないか」

「……凄い大胆な台詞を、凄いあっさり口にしたでありますよ」

「え? え? どういうこと?」

 ガウルの言葉にあっさりと応じたシガレットの言葉に、リコッタは頬を赤らめる。

 その横で、シンクが意味が解らないと瞬きしていた。

「兎も角」

 そのままろくでもない方向へ話が進みそうな空気になりかかったが、それを遮るようにシガレットは口を開く。

 

「俺の我侭に皆をつき合わせるから、そのつもりで。最善とか最良とか、正直そんなもんやってみないと解らんし解ってもこれ以外の方法を取るつもりも無い。俺がガレットの領主として魔物退治を行う。爺様に許可も取ったし、グランヴェールも今は俺が持っている。だから今は、俺がガレットの領主。レオ様には一切関わらせない。先ずこれが要点だから、皆、頭に叩き込んでおけ」

 

 酷い物言いだった。

 傍若無人すぎて、誰も言葉が無い。

「人に動くなって言っておいて、自分はこれかよ……」

 ガウルが疲れた態度で言う。シガレットは笑った。

簒奪覚悟なら(・・・・・・)動いても良いって、ちゃんと言ったろ? 遠慮してるから悪いんだよ、馬鹿」

「あんたの方がよっぽど馬鹿じゃねーか」

「馬鹿正直ってヤツだね」

「まぁ、シガレットでござるしな」

「お褒めに預かり恐悦至極ですよ、ダルキアン卿。―――まぁ、本当に俺ですから。見守るとか背中を押すとか、そーいうの、やっぱ向いてないみたいで」

「おや、そうでござろうか? 今さっきの発言、どう考えてもお主は……」

「そこから先は良いでしょう、後で。いい加減エクレ嬢もキレそうですし」

「―――先ず、人を出汁に逃げようとするお前の態度に切れそうだよ、私の堪忍袋は……」

 目が恐かった。色々な意味で。

「えっと……僕はそろそろ、どういう状況なのか聞きたいんだけど……」

「良い質問だね、泉君」

 空気を読まないシンクのほうへ身体ごと視線をずらして、シガレットは大げさに言う。

 良い質問も何も、当然の疑問でしかないが。

 

「要約すると、空から魔物が降ってきます。現在上空に発生している暗雲は全て、大地から溢れ出した瘴気が集合した物であり、稲光は解放されかかっている魔物のエネルギーが漏れ出した物です。無論、此処で言う魔物と言うのは、我々が目にする機会があるようなぽっと出(・・・・)の憑き物なんて生易しい物ではなく、なんと恐ろしいことに二百年前の聖剣の所有者たちが退治しきれなくて地の底に封印しました、と言うレベルの空恐ろしいバケモノです。―――魔物の概略に関しては、以上こんな感じ。もっと詳しく知りたい方は、リコたんに探してもらった二百年前当時のビスコッティの資料を確認してくださいな」

 

「御山に届く身の丈の、岩の身体、灼熱の息を放つ四足五尾の大狐だそうで、ありますよ……」 

 集まった視線に頷きながら、リコッタは資料に記されていた内容を諳んじる。

「神すらも喰らう獣、と伝えられておるもので、ござろうな」

「神を……ですか?」

 唐突に変転する場の空気に追いつけない戸惑いをみせながら、エクレールがブリオッシュの言葉を反芻する。

 

 神を喰らう。

 視界に入った空を流れる黒雲が、殊更不吉な物に見えてきた。

 

「なんでも、土地神を喰らって自らの眷属に変えて使役するとか。当時の聖剣エクセリードの主に封印されるまでは、なんでも相当な数の土地神を喰らっいまくったらしい。一体どれほどの力を溜め込んでいるのやら……いやむしろ、そんなバケモノ良く封印できたね、というべきか。―――その辺の無茶が、なんだかとてもミル姫のご先祖っぽい感じもするけど」

「当時の勇者や、隣国ガレットの方々、そして多くの騎士達の協力があったが故でござろうよ。……今のように」

「勇者……」

 ブリオッシュの言葉に、シンクは重い物を飲み込むような口調で呟く。

 

 それはそうだ。

 シンクにとってみれば唐突に重たすぎる話に違いない。

 平和で穏やかな世界に突然放り込まれて、どうにかこうにか馴染んできたかと思ったら、唐突にこんなシリアスな展開だ。

 しかもどう考えても確実に命がけと言うような内容の。

 二週間前までは普通の中学一年生に過ぎなかったシンクからしてみれば、中々現実感の沸かない状況だろう。

 

 ―――尤も、シガレットは半ば意図的にシンクをそういう状況に置いていたのだが。

 彼の主観に於ける『現代の平凡な中学一年生』はバケモノと命のやり取りを出来るような心構えが普段から存在する筈も無く、また、経験などもっての外だ。

 事前に、『来週、バケモノ退治するから』などと伝えてしまえば、見えない想像に押しつぶされてしまう危険すら考慮された。

 シンクは、勇者としてフロニャルドに呼ばれるような、誰の目にも明らかな逸材である。

 緊張と重圧でそれが十全と働けなくなる危険性は、排除しておきたかった。

 ならばどうするか。

 シンクの性格を踏まえれば、彼は『状況に流されやすい』ということが容易に見て取れる。

 動いてしまった状況に放り込めば、それにあわせて先ず『考える前に身体を動かす』ことを始めてしまう少年だ。

 混乱していても、とりあえず目の前で何かが起こっていればその対処を行う。

 むしろ考えさせずに動かしてしまった方がよっぽど良い動きをしてくれるようにすら思えた。

 

 ―――なら、話は早い。

 

 外道な判断といえるだろう。シガレットにも当然その自覚はある。

 だが、彼は既に優先順位(・・・・)を定めており、その最優先の一つを維持するためならどんな手でも使う心算だった。

 それは例えば、『ろくな説明もせずに勇者の役割を背負った少年をバケモノと戦わせる』事は当然として、『主を人質にとってその親衛隊長を無理やり協力させる』事すら含まれている。

 説得、と言う判断を除外してしまえば幾らでも外道働きが出来てしまう。

 痛むのは精々自分の心であり、何れは報いを受けるのも当然だった。

 だが、それで構わないと思っている。必要なことが果たせれば。

 

 その辺り、シガレットと何処かの誰か(・・・・・・)の考え方は実に似ていた。

 

「シガレット?」

「ほっとけって。此処最近の姉上の顔とそっくりだから、どうせ暗い思考に嵌ってるだけだぜ」

「喧嘩売ってんのか、コラ」

 容赦ない身内の言葉に、シガレットの額に青筋が浮かんだ。

 尤も、周りの人間はガウルの言葉に大いに納得しているらしかったが。

器用に不器用な(・・・・・・・)ところは、確かにレオ閣下に似ていらっしゃいますよね」

「どっちも馬鹿正直だからな」

「こっちの馬鹿は、可愛げが無いのが致命的であります」

「レオ様みたいに、一人で全部片付けようとしなかっただけ、懸命とも言えますが……」

「いやでも、そこにきて結局『責任は全部俺が!』やで? アカンて。根本的な程度ではホンマなんもかわっとらんわこの人たち」

「お前等ちょっとそこに直れ」

 親しい人間たちの発言はボロクソに過ぎる。シガレットは地味に泣きたい気分になった。

 そんな彼に、エクレールは冷めた目で言う。

「格好つけるのを止めて我侭にやろうなどと考えていながら、結局最後に格好つけるなどと言う無駄な努力をするから、そうなる」

 因みに彼女の手には、レポート形式で纏められたこの件に関する詳細情報の紙束があった。

 説明が長くなりそうだと理解して、勝手に読み進めていたらしい。

「……大体お前、自分が思っているほどに謀略の類には向いて居ないと思うぞ。どっちかといえば、この勇者と同類の勢いで動く性質だろう」

「うわ、何か凄い酷いこと言われた!」

「え? 酷いの今の!?」

 エクレールの言葉に衝撃を受けるシガレットに、シンクが衝撃を受けていた。

 エクレールは馬鹿が二人居る、とでも言いたげに盛大なため息を吐く。

 それから、ガレットのメイド達が纏めた資料を手で叩きながら言う。

「レオ閣下を守りたいという自分の気分を優先しつつ、レオ閣下が守りたい姫様も可能な限り守りたい。閣下のお考えを知れば姫様も自らお立ちになられるだろう、というの考えは至極当然で―――そうだな、私も納得できる話だ。ゆえに、お二人ともに一まとめに、強制的に蚊帳の外(・・・・)に置く。あそこまで露悪的にやって見せる必要があったのかは、甚だ疑問だが」

「いや、その……。共通の敵が居れば、仲直りも早いかなぁ、とか……」

「阿呆が」 

 シガレットが視線を逸らしながらブツブツと応じると、エクレールは一言で以って切り捨てた。

「大体そんな煩わしい手順を取らずとも―――いや、正直な話どう言う訳なんだ。お前がレオ閣下のお気持ちを無視して暴走するという状況は、私としては理解に苦しむのだが」

「ああ、そういや俺も、その辺疑問だったわ。馬鹿アニキ、俺と話した時は姉上の好きにやらせるつもりだったよな?」

「一週間前までは確かに、そのような感じでござったな」

 エクレールの言葉が引き金となって、皆が疑問符を浮かべ始めた。

 

 確かにシガレットは、何時ぞやの会議の折にミルヒオーレとレオンミシェリの気持ちを優先するという話をしていた。

 それが自分のやるべきことだと―――しかし、蓋を開けてみればこの状況である。

 僅かその翌日には、シガレットは独自に動き始めており、その結果、二人の姫君の気持ちは置き去りにされてしまった。

 

 今ひとつ、整合性が足りない状況。

 

「その辺、作戦の説明とかが終わった後でのんびりやるつもりだったんだけどなぁ」

 余った時間で、とシガレットはやる気無さそうな声で言った。実際、取り繕っているのが面倒になってきているらしい。

「居ない者たちの砲撃、お前の打撃、我々の突入、ダルキアン卿達が後詰め、の四本立てだろう? ああ、足止めもあったか」

「そっれ、射軸変更した砲撃の連中と、俺とゴドウィンな」

 流し読みした資料からあっさりと正答を導き出したエクレールの言葉に、ガウルが付け足すように言い添えた。

 実際、作戦は大まかに言えばそれだけだったりするので、シガレットも何も言えなかったりする。

「因みに、経験則からくる感覚で言うと、禍物が現れるには今しばらくは掛かるでござろうよ」

「巨大すぎるだけのことは、ありますよね……」

 専門家二人の保障まで出来てしまえば、シガレットもため息を吐くしかない。

 

「早い話が、星読みのせいなんだけどね」

 

「星読みだと? それは……例の、レオ閣下が見たという?」

「ミルヒオーレ姫様が、その……」

「いや、違う」

 エクレールたちの疑問を、シガレットはあっさりと否定する。

 今度はシンクが手を上げた。

「姫様は、星読みで僕の事を見たって言ってましたけど」

「ああ、タツマキが地球へ行ってキミの存在を確認出来た辺りから、あの娘、そっちの光景が見えるようになったらしいね」

「姫様は、それはもう勇者殿のご活躍に胸をときめかせていたでありますよ」

「まぁ、その結果一方通行と知らずに、ね。―――いやま、兎も角。俺が気にしている星読みはレオ様のものともミル姫のものとも違う。と言うか、星読みなんて個人の主観が混ざりすぎていて、一人が見ただけの未来なんて何の信憑性も無いからね。『本人の把握できる知識の中から導き出される範囲』で、ある『かもしれない』と言うレベルの内容程度しか見えない……らしい。特に、遠くの未来になると、尚更。ミル姫はその辺、確か……」

「一秒も経たない先の未来……ほぼ『今』を見る事によって、齟齬をゼロに等しくしたでありますよ」

「流石リコたん、脅威の技術力」

 した『であります』という言葉の意味を取り違えず、シガレットは勝算の言葉を送った。

 そんな訳で、と続ける。

「遠くの未来を見る場合は、たった一つだけの未来だけを読み取っても信じるには足らない―――なら、どうするか」

 何かを含んだ物言いに、エクレールが気付いた。

「そうか、カメリアたちに……!」

「カメリア?」

 知らない名前にシンクが首を捻る。

 しかし、彼以外の者たちは事情が理解できたらしい。

「ああ、ガキンチョどもが居たっけな」

「そーだよねぇ、アニキが領主様の親戚なら、とーぜんガーネット達だって」

「うん、コルクやマリーも……」

「え、えっと……誰?」

 次々と出てくる違う名前に、シンクは戸惑う。

 シガレットは、笑って種をばらした。

 

「我が愛しの妹たち、さ。まだ喋れない下の二人を除いた七人全員に、星読みをやらせた」

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・甲種害獣駆除計画作戦会議議事録より抜粋』

 

「シガレット、妹居たんだ」

「居るんだよねぇコレが。現在九人。ほっとくと四半年も過ぎれば十人目が出来るらしいけど」

「うげ、また増えるのか……」

 シンクの疑問符に答えたシガレットの言葉に、皆が半笑いとなった。

「夫婦仲が宜しくて結構って事なんだろうけど、仕送りする俺の立場も少しは考えて欲しいよなぁ」

「完全に当てにされているよな」

「まぁ、お金なんて使い道が無いから良いんだけどさ、一番上の子供はひたすら放置って態度はどうなんだと……」

「お前はお前で、少しは自分から連絡を取ったらどうなんだ」

「それを言われるとねぇ―――まぁ、兎も角、だ」

 エクレールの尤もすぎる突っ込みに苦笑しつつ、シガレットは芝居がかった動作で手首を返して、話を切り替えることを示した。

 

「妹が居る訳だよ。質としてはどんなものってのは正直俺も良く解らんけど、そこはホラ、此処の女性達とは違う無邪気な若さで勝負……いや御免、ゴメン、マジでゴメン! なんでもない! 皆恐いから!」

 特に二十台に突入している人たちの視線が恐かった。

「幼い子供は曇りの無い瞳で未来を見ることが出来るでござろうからなぁ」

「ええ。それにアッシュ様の妹君―――と言うか、あの子達はマギー様のご息女であらせられますから、やはり優秀な御力を示していらっしゃると聞きますし」

「……何事も無かったかのように言われるのが一番恐いんだけどなぁ……まぁ、良いや、うん。良いってことにしておこう」

 薮蛇だし、と今更薮の中でブツブツと呟いた後で、シガレットは続ける。

「ええとだ。美人のお姉さま方の言ってることも尤もでね。星読みってのが女の子のおまじない的な扱いをされるのは、子供の頃の雑念が少ない頃じゃないと上手く像が結べないからってのがあるのさ。例外としては輝力が馬鹿高い偉い人たちで―――そういう人たちなら、大地の加護からのバックヤードも利用して、それなりの制度のものが年を食っても見えるらしい」

「つまり、姫様達が……」

「うん。泉君の事を知れた理由だったりするんだけど……まぁ、どうもコレも問題があるらしいというか」

「問題?」

 エクレールの疑問に、シガレットは一瞬外の景色へと視線を移す。

 

 曇天。

 大地からあふれ出た瘴気によって作られた、黒い空。

 大地からあふれ出した瘴気。

 大地を侵していた、負の感情。

 

「大地の加護の恩恵を利用して高い精度で星読みを行えるのが領主家の人間なら、当然、その星読みの結果は大地の加護力に強く影響を受けるのが道理だ。平時なら良いだろう。フロニャの加護はそこに住まう物たちを愛している。良き未来が見えるのが当然だ。―――けど」

「地の底に沈めた悪しき魔物の瘴気で、大地が汚されてしまわば……で、ござるな」

「……元々、ガレットの人間が見る未来って言うのは、『避けるべき未来』というものを映すのが常ですから。うちの姫様みたいに『たどり着きたい未来』なんてのを見るのは……向いてない、って言う言い方もどうなんだ?」

 ブリオッシュの言葉に返した自身の言葉に、首を捻る。

「まぁ、どうでも良いか。―――兎も角、良くない物が溢れかかっている時に良くない未来を見ようと思えば、見えるものが最悪な物になるのが当然で……きっかけは、半年前か」

 

 レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワは、愛すべきミルヒオーレの未来に厄があってはならぬと、星読みを行った。

 

「結果は相当良くないもの(・・・・・・)が見えたらしいね。慌てたあの人は、わざわざウチの騎士団長達を呼び出して忠告を与えた訳だ。曰く、『ミルヒオーレの身辺の安全を密にせよ』ってね」

「半年前……丁度、常設騎士団の増員計画が持ち上がった頃でありますよね?」

「だがその名目は確か、シガレット。キサマと言う管理職側の人間が居るのだから、と言う題目からだったと思ったが……」

 リコッタに続き、エクレールも思い出したように言った。

「『レオ閣下がキミを遊ばせたままにしておくなと仰っていた』―――なんて、ロランさんも会議の時に言ってたけど、実際は、ね?」

「……はい。私たちお傍着きの者達も、お聞きしたのはほんの十日前なのですが」

 視線を振られて、ルージュが頷く。

「十日前っつーと、丁度、一旦兵を引いた辺りだな」

「アレ悲惨やったよねー。ミオン砦に居たうち等、思いっきりハブられてたし」

「その、レオ様はアッシュ様とお顔を合わせるのは拙いと……」

「何で拙いんですか?」

「それは勇者殿、決まっているでありますよ。顔を会わせて『自分を優先されると』拙い~って」

「なるほどぉ」

「……無邪気な子供が一番性質が悪いなぁ、オイ」

 なんともいえない生暖かい視線が集中して、シガレットは泣きたい気分になった。

「まぁ良いや、進めるぞ。―――話は飛んで二ヶ月前。その間も定期的に星読みを繰り返していたレオンミシェリ閣下ですが、内容はさっぱり好転しません。むしろ、内容は悪化していく有様。……この辺の時期になると、俺もなんとな~くおかしいなぁとか思ってた頃だわなぁ」

「後日確認したところ、この時期を境に大地の加護の力が例年に無い減少傾向を見せています」

「土地神も減っていってたみたいだからな」

「私、ぜんぜん気付きませんでしたけど……」

 シガレットがさらりと吐いた言葉に、ユキカゼが記憶を掘り起こして首を捻る。

 それは、とシガレットは肩を竦めた。

「ユッキーたちは土地神が逃げていった方向に居た訳だからねぇ。減った気はしないんじゃない? むしろ、相対的に増えてるとか思うかも」

「二ヶ月前、というと長い侵略戦争の開始の時期だな。―――つまりなんだ、あのガレットの侵略戦争の意図は、そこにあったと?」

「らしいね」

 眉根を寄せたエクレールに、頷く。

「戦争―――人と人との激しいぶつかり合いを利用して、加護の力を高めようと思ったのか、それとも」

「?」

 視線を合わされたシンクは、目を丸くした。

 視線が集中していることにも気付く。他の者達も理解できていたようだ。

 

「勇者、か」

 

「お姫様のピンチには勇者。まぁ、お約束だよね。―――まんまとピンチな状況に陥っちゃった側の人間としては、少々胸が痛い話なんだけども」

「二ヶ月、負け続きでありましたからね……」

「ふむ。某等がもう少し早く戻れれば良かったでござるのだが」

「御館様、道中気ままに休息をとっていらっしゃいましたよね?」

 会議机の半分の列が、揃って大きなため息を吐いていた。

 シンクが何か不安を覚えたらしい。そろそろと手を上げる。

「あの、僕……何か、拙かったんでしょうか?」

「まさか。来てくれて助かったよ。―――むしろ、こっちの仕出かしたことの方が拙いだろ? 計画的に個人的な目的で人攫いを行ったって話になるんだし」

「ちょっと露悪的すぎねーか、ソレ」

「どーせアレやで。自分、頼りにされてへんわーってジェラシってるだけや」

「黙れ馬鹿とアホ」

「俺は間違ってねぇだろ!?」

 ぞんざいな言葉に、ガウルが吼える。

「ガウル様、ウチは……」

 その隣で、主人に切り捨てられたジョーヌがちょっと涙目になっていた。

 シガレットは大いに無視して先を続ける。

「まぁ、どちらの理由にせよレオ様は危機がさるまで当面は戦争を続行する予定だったらしいんだけど―――唐突にソレを撤回したのが、十日前。泉君をミル姫の傍に置くことにも成功したし、軍隊で王都を囲んで防備も安全。これだけの守りがあれば未来も変わっていることだろうと星読みを―――してみたら?」

 言葉を切って、ぴ、とエレベーター脇の階段へと続く勝手口の方を指し示す。

 

「レオ様は、ミルヒオーレ姫様の(・・・・・・・・・)確実な死の像を結びました」

 

「ビオレか」

 カツカツと、ウェーブの掛かった髪を揺らして、ビオレが会議机の傍まで歩み寄ってくる。 

「やぁビオレさん。いつ何時でも御美しい。―――ところで、姫様方のご様子はどう?」

「シガレット君もいつも素敵ですよ? ―――レオ様とミルヒオーレ姫様は、ご一緒のベッドでお休みくださっています」

「マジで? じゃあ結婚してください。―――それは何より。じゃ、後は予定通り。いざとなったら」

「その御言葉はレオ様に、是非。―――勿論、脱出用の騎車の用意は出来ています。渓谷を抜けて、一気にスリーズ砦まで後退が可能です」

「……毎度のことだけどよ、お前等。頭のやり取りやらないと話せない訳?」

「アニキも懲りないよねー」

 ビオレとシガレットのある意味平常どおりのやり取りに、ガウルとジョーヌは半ば白けていた。

 だが、半眼で見ているばかりで居られない人間もいる。

 

「いや待て、死……!?」

「姫様が!?」

 

 エクレールとシンク。

 彼等は今初めて、その事情を聞かされたのだ。

「と言うか、正確には『宝剣の主(・・・・)』が、らしいけど」

 ソレに対して、シガレットはあえて平然とした態度で応じる。

 気勢をそがれた形のエクレールは、何度も瞬きしながらも、言葉の意味をたちどころに理解した。

「宝剣の……姫様の持つ、エクセリードが……そうか、だから宝剣を!」

「そう、この戦争の国家懸賞として両国の宝剣が賭けられたのは、それが理由だ。『宝剣の主の明確な死』。これほど未来が明確に見えているなら、なぁに、答えは一つだ。―――宝剣そのものを、取り上げてしまえば良い」

 強引にでも、一時的に所有権を別の物へと移してしまえば、『宝剣の所有者』はミルヒオーレではなくなる。

 レオンミシェリの強引な行動の理由、その真実がこれだった。

「なるほど、な……」

「……姫様」

 噛み締めるように深い息を吐くエクレール。その傍で、シンクは表情を曇らせていた。

 シガレットは二人の様子を確認して、小さく安堵の息を漏らす。

 それを聞きとがめた者は数名存在したが、誰もそのことを追及するものは居なかった。

 

 明確な答えに秘められた曖昧な部分。

 『宝剣の主』と言う言葉。

 ミルヒオーレのレオンミシェリを想う心が明確すぎるがゆえに、シンクとエクレールのミルヒオーレを想う心が明確すぎるゆえに、見過ごされている一つの真実。

 『宝剣の主』、その言葉が指し示す人物とは、果たして。

 

 シガレットは、二人がそれに気付く前に、話を続ける。

 

「そこまでが、レオ様の御考えだ。あの人はミル姫から宝剣を取り上げることで、ミル姫を守りたい。それを大戦争の懸賞と言う形にしようって考えたのはここには居ないロンゲなんだけど―――アイツ、絶対後で丸刈りにしてやる」

「何をそんなにバナード将軍を目の仇にしているんだお前は……いや、何となく解るが。―――兎も角、レオ閣下の御考えは理解できた。宝剣の委譲も必要なことなのだろう。明確な像が結べたのなら明確な形でそれを排せば良いという考えも間違って居ないと私も思う」

「二百年前に封印された魔物は、自らを封印したエクセリードを憎んでいる可能性が高いでありますからね」

 エクレールの言葉を補間するように、リコッタが言い添えた。

「ああ。だが解せないのは……シガレット」

「何かな?」

「この魔物退治は、お前の仕切りなのだろう? ―――レオ閣下では無く」

「いい所に気付くね、やっぱり」

 やる気の無い拍手を、エクレールは鼻白む。

「レオ閣下はあれで深謀深慮の働くお方だ―――お前と違ってな。だが、明確な危機に対して、これまでの閣下のやり口は手当たり次第で強引に過ぎるようにお見受けする。これは、恐らく……」

「その通り。あの人は、結局何が(・・)ミル姫を殺すのか、それが見えていなかったんだ」

 だから、危機の排除まで至らない。

 

 何かが(・・・)何かをして(・・・・・)、ミルヒオーレを殺す。

 

 その存在、その規模、理由。

 それら全てが、判然とせぬまま、しかし明確に見えすぎてしまう星読みにだけ踊らされて。

 

「個人の限界って所だね。変なところで人に迷惑をかけられないとか考えて、周りへの相談を怠りすぎた結果だ。―――それだけ余裕が無かったって言えるのかもしれないけど」

 責めるような言葉はむしろ、レオンミシェリの余裕(・・)になりきれなかった自身へと向けているようにも見えた。

 それぞれが似たような顔で口を噤んでいる中で、エクレールが意を決したようにシガレットに尋ねた。

「だからお前が、と言うことか?」

 余裕を完全に無くしたレオンミシェリに変わって、魔物の討伐を行うつもりなのか。

 彼女に代わって、周囲の協力を取り付けて。

 エクレールに尋ねられて、シガレットは。

 

「いや、違うよ?」

 

 あっさりとした口調で、返した。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『十一日目・甲種害獣駆除計画作戦会議議事録より抜粋』

 

「やはりそう……え? 何?」

「いや、だから違うって。レオ様のやりたい事を引き継ぐとか、全然そんな話じゃないから」

「……は?」

 

 何が何やら、と言った心境だろう。

 エクレールは目を丸くして固まる他無かった。

 シガレットは笑う。気楽に。

 

「だってホラ。レオ様のやりたい事を引き継ぐって言うならさ、未だにエクセリードがミル姫の手元にあるのはおかしいじゃない」

 言いながら、シガレットはキザったらしい態度で指を鳴らす。

 まるで予め段取りをつけていたかのようなタイミングで、大広間の中央に設置してあった映像投影盤に像が映る。

「姫様!」

 驚くシンク。

 投影されているのは、豪華な部屋に設置されたクイーンサイズのベッドの上のもの。

 それは、手を繋ぎあったミルヒオーレとレオンミシェリが寝かせられている映像だった。

 握り合った二人の手の部分にカメラが寄る。

 多少ブレながらの接近は、恐らく、手持ち式のカメラでリアルタイムに撮影しているからに違いないだろう。

 部屋の中には、レオンミシェリの傍付きの侍従たちの姿も確認できたから、間違いない。

「……エクセリード! シガレット、お前は」

 エクレールが状況を認識し終えたと見て、シガレットは再び指を鳴らした。

 投影盤から映像が失せる。

「二人は今、この砦の中核防護区画―――つまり、一番頑丈で安全な場所でお休みいただいている。出来ることなら、魔物を退治し終わるまで仲良くお昼寝していてもらいたいところだね」

 シガレットの声は、如何にも無機質に過ぎるように聞こえて、エクレールは怒りを覚えるより先に、一種の異様さを感じてたじろいてしまった。

「魔物は宝剣に惹かれるように活動する―――というのは、別に宝剣に封印をされたことを恨んで、とか言う以前の問題で、どうも元々の習性のようなものらしい。リコたんに探してもらった二百年前の資料にはそう記されている。土地神を食い荒らしながら真っ直ぐに歩み続けて、ゴールで宝剣を破壊したら進路を変更して、次の宝剣へ。アレかね? 自分を破壊できる可能性があるものを、本能的に破壊しようとか思ってるのかね」

「魔物の核とも言うべき禍物を払うのであれば、正なる力を有する宝具を用いるのは正しい手段でござるからな」

「ま、その辺詳しく知りたければ後で専門家に聞いてくださいって事で」

 ブリオッシュの言葉に肩を竦めて応じながら、シガレットは言葉を続ける。

 時間も押しているし、とでも言いたげな態度だった。

「魔物は宝剣を狙う。と言うことはエクセリードを所有したままのミル姫は狙われている。放置しておけばレオ様が見た星読みの通りの結果が待ち受けていることは想像に難くない。それでは、レオ様のご意思に反する。そんなのアシガレ・ココットのやることではない―――と、疑問はそんなところか」

「ならば、今すぐ宝剣を……!」

「エクレ嬢なら、そう言うだろうね。此処まで状況が整理されていれば、もう容赦なんてしていられないだろうから。でも、一つ問題がある」

「問題?」

「そう、問題」

 シンクの疑問符を受けて、シガレットは鷹揚な態度で頷く。

 眉根を寄せるエクレールに笑いかけながら、蓋を開いて見せた。

 

「たった一つの答えを当てにし過ぎている、そう思わないか?」

 

「それで、ガキンチョどもって事かよ」

 なーるほど、と息を吐くガウル。

 漸く話が元の位置まで戻ってきたと、どうにも疲れた態度だった。

 シガレットもぞんざいに頷く。

「ああ。つーても、割りと偶然の要素も大きいんだけどな。俺も初めはレオ様の作った流れに沿うつもりだったし。つーか、占いを当てにしすぎるってのは本当に……リコたんに頼んでみた資料が本当に出てきちゃったのが拙かったよなぁ」

「本当に?」

「いやね、初めはこんな大げさにやるつもりは無かったんだよ。奥ゆかしく最後の場面だけ、姫様方の喧嘩シーン辺りに空気を読まずに参上しようとか思ってただけで」

「それ、奥ゆかしいとちゃうで」

「煩いよアホ虎。―――兎も角、本当はね、解ってはいるのさ、理性では。こんな大げさなまねする必要が本当にあるのかって事くらい。ただ、どうしてもね。……これだけ状況証拠が揃っていて、それでも消極的なやり方を貫けるほどに俺は信念を曲げられない人間だったらしくて」

「……まるで、何もしなくても万事が丸く収まる、とでも言いたげな態度だな。それに……信念?」

 その場の勢いでばかり生きる男が、口にするような言葉でも無いだろう。

 エクレールは不信感たっぷりにシガレットをねめつける。

 有体に言って、今のシガレットは信用できないこと以外信用できなかった。

 シガレットは苦笑気味に頷く。自分でも、似合わない事を言っている自覚はあるらしかった。

 ―――しかし、次の言葉だけは心底本気だ。

 

「前から何度も言ってると思うけどね。あの人かミル姫か、と言えば俺が優先するのは……」

 

 言うまでも無い。

 この場にいる全員が、シンクですら恐らく理解できていた。

 が、それゆえに理解できないことがある。

「あの、今の話って……姫様が死んじゃうかもって言う、話ですよね? それを、閣下がお守りしようとしているって」

 ミルヒオーレの気持ちを考慮せずに。

 つまり、レオンミシェリの気持ちを優先しようと考えれば、本来シガレットがとるべき行動は。

「一番乱暴なやり方だったら、何も言わずに問答無用でミル姫からエクセリードを奪い取ってしまえばそれでよかったって事なんだろうね。―――ただ、それをやろうと思えるほど、俺は空気が読めないわけじゃない。ミル姫の気持ちも理解できるしね」

 長い付き合いだし。

 遠くを見る目線で、シンクに語る、それと同時に背後に手を差し出していた。

 背後に立つビオレが、当然の仕草で紐で閉じられた書類を手渡す。

「だけど此処に、少し問題になる内容が書かれていた訳だよ」

「それは……」

「待て。その丸まった字は、ライムのものだな。―――と言うことは、それはひょっとして……」

「エクレ嬢正解。君の家に届いた妹たちからの手紙だよ。内容は……」

 

 星読み。その結果を記した物。

 

 そこに、シガレットに決断を促す内容が記されていた。

「七人分。二人はレオ様と同じ未来を見て、残りの五人は危機を払ったという未来を見た。その五人のうち四人が同じ内容を見たのだから、頑張れば無事危機は払えるに違いないだろうと安堵を覚えるには充分だと思う。危機があるのは、レオ様初め全員が見た未来に事実としてあるけれども―――曰く、『神剣パラディオンの所有者と、聖剣エクセリードの所有者が、大地を侵す魔を払う』だそうな」

 こう言うのは数が物を言うよね、と書類―――妹達の手紙をぱらぱらとめくりながら、シガレットは気の無い風に言った。

「パラディオンって……」

 自身の手の中に戻ってきている指輪に視線を落として、シンクが呟いた。

「そう、今のパラディオンの主は、キミだ。統計的なものを信じるとすれば、キミとミル姫さえ居れば、このヤバイ空模様もどうにかなるって話だね」

「では何故、姫様を……」

 あのように眠らせて拘束してしまったのか。

 エクレールの疑問も当然だろう。

 それは当然の疑問だと、シガレットも頷いた。

 

 しかし。でも、と続ける。

 

「危機を払うって言う未来を見た五人全員が、同時に同じ未来を見ている。―――『魔戦斧グランヴェールの所有者が血の海に沈む』と言う、その姿を」

 

 雷鳴が轟いた。

 

「三日前、ガレットの騎車に紛れて国境を越える途中に、実家に立ち寄った。妹たちにもう一度星読みをやらせたけど、一ヶ月前の時とは違い、今度は七人全員が同様の未来を見たよ。『大地を侵す魔は払われる』」

 

 でも(・・)

 

 言葉にするのも嫌だと、シガレットはそこで口を閉じる。

 誰もそれ以上彼に、言葉を求めることは無かった。

 なるほど、そうであれば彼は動くだろうと、誰もが納得していたのだ。

 

「俺はあの人を優先する。例え決意を固めたミル姫の気持ちを無視することになろうと、些か以上にミル姫を危険な目に合わせようと。勝つ見込みをふいにして、皆を無茶に巻き込もうと。俺は、あの人を優先する」

 

 誰もが暗い表情で口を閉じる中で、シガレットは独り言のように呟いていた。

 

「ほんっと、姉上と似た者なんだよな、コイツ……」

「まぁ、アニキだし」

 何でこんな場所でのろけ話を聞かされなければならないんだと吐き捨てるガウルと、その横で苦笑するジョーヌ。

「主義に一貫性があるのは、良い事なのでは?」

「レオ閣下の見た未来の内容を知ってしまえば、迂闊な真似とも言い切れないでありますからね」

 ユキカゼとリコッタが、消極的な雰囲気で同意を示す。

「僕、頑張ります。姫様の分も!」

 シンクの答えは明確だった。 

 何となくの流れで、全員の視線がそのままエクレールへと集まる。

「む……」

 彼女は一瞬言葉に詰まった後で、わざとらしい咳払いを一つして口を開いた。

「ま、魔物退治など、元より我等騎士の本分だ。姫様のお手を煩わせるのはいかないと言う貴様の意見も……その、理解できないわけではない」

 最後の方はごにょごにょと口の中で言葉になっていなかったが。

「ツンデレだねぇ、相変わらず」

「よりによって貴様が言うか……っ!」

 シガレットの言葉に、エクレールは顔を真っ赤にして肩を震わせる。

 必然、ほぐれた空気に各々表情を和らげたところで―――。

 

「―――時間で、ござるな」

 

 ブリオッシュが目を細めて、立ち上がった。

 その言葉が何を示しているのかは、今更問うまでも無い。

 皆、頷いて席を立った。

 

「第一段階として、リコたんの新型砲とヴェールの弓による砦直上に現れる魔物に対しての牽制の意味も込めた射撃。それで倒すのは不可能と予定して、第二段階に航空兵力による直接打撃を用いて落下してくる魔物の軌道変更を行う。要塞外縁に落下した魔物に対して突入部隊が()を目指して侵攻。魔物の核は資料によると魔物の首筋の位置にある、らしい。まぁその辺は臨機応変によろしくということで―――尚、その途上に魔物が使役する怨霊化した土地神達による妨害があると思われるので注意するように。足止め部隊は砲兵と連携して魔物の直接的な移動を阻止すること」

 

 屋上へ上がるためにエレベーターへ向かう者、砲兵部隊と合流するために階段の方へ向かうもの。

 決意の表情で進む彼等に、シガレットは手短に計画を伝えていく。

 そして最後、少し躊躇いつつも、一言。

 

「じゃあ―――うん。姫様たちのためにも、頑張りましょうか」

 

 応、と。皆が頷いた。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 やぁ、お帰り。随分早かったね。

 え? 蜘蛛の子散らすように逃げてった?

 ……逃がしちゃったのか……ああ、いや、なんでもない。

 世の中は諦めが肝心って言葉があるからね、うん。

 どーせ後で、記念ですとかにっこり笑顔で黙らされるだけだから。

 

 ―――うん? いやいや、そんな事ないよ。

 

 オレはどっちかと言えば、殆どの事を諦めてばっかりだと思うけど。

 いやまぁ、諦めって言葉が悪ければ、妥協、と言うかさ。

 一歩離れたところで見ている、とかの方が多分本当は性にあってると……いや。

 

 ―――そりゃ、そうさ。

 

 大抵の事には妥協できたって、絶対に妥協できない事の一つくらいは、オレにだってあるさ。

 ミル姫? 

 ああ、いやまぁ、そりゃ、勿論ミル姫のためなら頑張りますけど……そうじゃなくて。

 ひょっとして、言わせたいのかアンタは?

 いや、別にいいけどさぁ。

 

 ―――あのねぇ。

 

 貴女のためなら、オレはどんな事だってしますし、最後の最後まで徹底的に、無様に泥を啜る事になろうと悪あがきしますよ。

 またもう一度あんな化け物が出てくるようなことがあっても、です。

 

 ―――…………。

 

 ビオレさん、居る?

 ……ああ、うん。そのままベッドに放り投げておいて。

 それから、フラン兄の手元にあるレコーダー破棄しておいて。

 いや、ジャンさんでも同様に。

 じゃ、ヨロシク。

 オレもこのまま寝ますから……え?

 

 はぁ!?

 ……いや、そりゃまぁ、……でもほら、今日はもう、本人もう寝て……。

 ……はいはい、そうですね。

 うん、案外そういうところありますよね、その人。

 

 ―――あんた等、帰ったら、絶対酷いからな……!

 

 ………………ええぃ!

 

 ―――『愛しているよ。おやすみ、レオンミシェリ』。

 

 これで良いんだろ、畜生!

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 


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