ビスコッティ共和国興亡記・HA Edition 作:中西 矢塚
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戦は大いに盛り上がっている。
……らしいことは、素人目にも理解できた。
何しろ、見渡す限り笑顔しかない。誰も彼もが、楽しそうだ。楽しんでいる。
剣と盾を持ってチャンバラを繰り広げている兵隊さんたちも、何かのゲームで似たようなものを見た覚えのある、巨大なダチョウみたいな鳥も、毛玉のお化けみたいな奇妙な―――イキモノ? も。
そして、隣に座っているミルヒオーレと名乗ったお姫様も、勿論。
ド派手な衣装で登場した、幼馴染のシンクだってナナミだって、当然。
ここに至るまで、未だにさっぱり状況を理解し切れていないレベッカ自身にしたって、楽しくない筈がなかった。
『さぁ~両国勇者の登場で盛り上がる戦場ですが、ここで更にサプライズ!』
実況音声が響く。
空に浮かんでいる立方体のモニターにはスピーカーらしき装置は何処にも付いていないのだけど、果たして何処からこの音は響いてきているのか。
気にしても仕方の無い疑問も尽きないが、そんな疑問を考えている暇もないほどに、状況は二転、三転。
どうやら、まだ何かが起こるらしい。
コレまでの状況から察するに、きっと、楽しい事なんだろうなと、レベッカは思った。
『午後まで仮眠を取るから呼ぶな、絶対呼ぶなよ! と開始前に前フリをしていたあの人が、ここで急遽、参戦が決定しました!』
戦場からどよめきが伝わってくる。
悲鳴のような、或いは、歓声とも取れる。
「……あの人?」
「あら」
首を傾げるレベッカの隣で、ミルヒオーレ姫が困った風に、それでいて楽しそうに微笑んだ。
『しかもビスコッティ側です! ガレット軍の皆さん、頭上注意でお願いしま~す! 特に名前に、ガとウとルとつく方、要注意ですよ~!』
『俺様かよ!?』
なにやらとっても意味深ななアナウンスに、戦場のガウル王子が悲鳴を上げた。
『むしろ、アスレチックの被害が馬鹿にならなくなりそうなので、ガウル王子には是非、早急なバトルフィールドへの移動を……おっと』
『遅かったみたいですねぇ』
『ぅおっ! ちょっ! マジで狙ってきてんじゃねーか馬鹿兄貴……!!』
残念でしたー、とでも言いたげなアナウンス。
ぎょっ、と引きつった顔で叫ぶガウル王子。
一様に空を見上げていた戦場の兵隊達が、わらわらと、雲の子を散らすように王子の傍から離れていく。
王子と一合打ち合っていたシンクでさえ、例外ではなかった。
―――そして。一拍の間も置かず。
『
青い光が、雲を切り裂き縦に奔る。
稲光より疾く。紫電より鋭く。雷鳴より激しく。
地面にぶつかり閃光のドームを広げ、スパークと土砂と煙の波濤を撒き散らす。
戦場を揺るがす振動は丸太組みの、しかし頑丈な砦すらも揺らして、レベッカの足元まで届いた。
「な、何が……」
起きたのか―――今度は。
今日は驚いてばかりだなぁと、自分でも思うレベッカである。
だがどうやら、驚いているのは―――今回も矢張り―――レベッカだけ、らしい。
凄まじい衝撃と明らかに尋常ではない爆発は、確かに人々の悲鳴を巻き起こしたが、それはその現象が巻き起こした被害に対するもの。
現象の発生そのものには、誰一人、驚いていない。
それは、隣で姿勢正しく椅子に腰掛ける異世界の犬耳のお姫様も、例外ではなく。
彼女は、惨状と言う他無い眼下の光景を、ニコニコと楽しそうに見守っていた。
椅子の背もたれの陰で、ふかふかとしたさわり心地のよさそうな尻尾が、パタパタと揺れているし。
まるでそう、遊園地の絶叫系のアトラクションとか、或いは、全身ずぶ濡れになること間違いなしのショーとかを、間近で見ているかのような。
そんな楽しさを、皆味わっている。
姫様も兵隊さんも司会者も、シンクも、ナナミも、皆。
遠くから降ってきた、レベッカの足元でぴょんぴょん飛び跳ねている毛玉のお化けも、勿論。
―――ところで、結局この毛玉は一体何なんだろうか?
そんな、レベッカの現実逃避気味の疑問を脇にして。
しーがれっと! しーがれっと!
しーがれっと! しーがれっと!
しーがれっと! しーがれっと!
何処からともなく。シュプレヒコールが始まった。
人名なのだろう、きっと。
戦場全体が一体となって、コールが沸き起こっている。
「しーがれっと、しーがれっと!」
「お姫様まで!?」
見れば、ミルヒオーレまで戦場中の歓声にリズムを合わせて手を打ち合わせながら楽しそうに言葉を送っていた。
自分も参加するべきなのだろうか。
どうも、モニターに映るシンクまで一緒になってコールしているっぽいし。
悩み尽きぬまま、レベッカはモニターを注視し続けた。
カメラが覗き込むのは、煙の晴れつつある、深々としたクレーターの中心。
その人は、仰向けに倒れるガウル王子の腹に思いっきり足を乗せていた。
無骨な鎧姿。
迸る青いオーラ、靡く青い髪、落ち着いた深い青い軍服、太陽の光を弾く青い鎧。
なんていうかもう、兎に角、その人は全体的に青かった。
『来ました天空の聖騎士! 敵も味方も関係なし! 何時も通り空気もタイミングもガン無視で、アシガレ・ココット登場です!』
そして、アナウンサーの絶叫が鼓膜を揺らす。
呼びかけに応じるように、件の人物は、鉄の篭手に包まれた拳を、高々と掲げて自らをアピールした。
最早お約束の要領で、花火が連続して打ち上げられる。
うぉぉぉぉぉぉぉお!
ガウル王子とジェノワーズの登場、ビスコッティの勇者シンクの登場、そしてガレットの勇者ナナミの登場に続く―――何れにも劣らぬ、大歓声が巻き起こる。
アシガレ・ココット。
そういう名前らしい。シュプレヒコールは、つまり、渾名だろうか。
天空の聖騎士とはまた、大仰なと―――現代日本では絶対に呼ばれないような名前だろうなぁと、レベッカはここで改めて、この世界が異世界なのだと実感した。
どうでも良いけど彼の足元で白目を向いているガウル王子は、無事なのだろうか。
「……あ、毛玉になった」
ゴム鞠のような状態へ変化したガウル王子を無造作につかみ、裸のまま土砂に埋まりかけていたジェノワーズなる美少女三人組に投げ渡しながら、彼はゆっくりクレーター上っていく。
堂々とした、と言うか殺伐とした、と言うか傍若無人と言うか、それで居て何だか、苦労人を思わせる空気。
「さすがシガレット。早速大活躍ですね」
そんな彼を、ミルヒオーレ姫は楽しげに手を叩き賞賛していた。
活躍……というには何だか惨い光景が広がっている気もするのだが、その辺、文化の違いなのだろう。
「あの、姫様のお知り合いで……?」
「はい、シガレットです。ビスコッティの騎士隊長の一人なんですよ」
「騎士隊長……」
ビスコッティ、というのは此方―――今レベッカが座っている側の軍隊を率いている国だ。
あの青い人は、つまり味方なのだという。
全身青と言う寒色系の色使い的に、どうにも相手側に居てくれた方が雰囲気が合う気もするのだが。
「私にとってはお兄さんみたいな人、でしょうか。―――ああ、そうそう。シガレットは、レオ様のだんな様になる人なんですよ」
「だん……レオ様って、あっちの」
ナナミを勇者と紹介していた、対戦相手の国の銀髪のお姫様に違いない。
なるほど、彼女もまた青い格好をしているから、そのだんな様になるというのであれば、違和感が無い。
変わりに、どう見てレベッカと対して年齢が違わなくみえるのに、だんな様とかどういう話だと言う疑問がわいてくるが。
「シガレットはビスコッティの騎士の中でも特に上手に紋章術を使いこなせるんです。輝力で翼を作って、お空を自由に飛びまわるんです」
びゅーん、って。
「……空」
―――を、飛ぶ。
レベッカは思わず、上空を見上げた。
水面に落ちた波紋の如く、夏の雲が吹き飛んでいた。
天空から降り注いだ青い光はきっとつまり、そういうことなんだろう。
……まぁ、お城が建つような大きな島や、明らかに人工物と解る石造りの階段が、当たり前のように高い空に浮いている世界だし、ならば人間が自力で空を飛んでも、何の違和感も無いかもしれないのかなと、レベッカは強引に納得をつけた。
今彼は、駆け寄ってきたシンクと親しげに拳骨をぶつけあっていた。
何事か、笑顔で語り合っている。
「シンクも……知っている人なんだ」
今まで知らなかった、幼馴染の交友関係に、レベッカは我知らず呟いた。
ミルヒオーレが、疑問に応ずるように口を開く。
「はい。シンクとシガレットは仲良しさんなんですよ。二人だけで、私達には良くわからないことの相談までしていましたし。ええと……人数分のぴーえすぴーがどうとか、もんはん? がどうとか」
「ぴ、ぴーえすぴー!? PSPって、PSPのPSP!?」
意外な単語に目を見開く。
支離滅裂なレベッカの言葉に、ミルヒオーレは、私にもよく解らないんですけどと言いつつ頷く。
「なんでも、レベッカさんたちの暮らす地球にある……ええっと、てれびげーむ? だったでしょうか」
「テレ……っ! それ、シンクに聞いたんですか?」
「いえ、子供の頃、魔獣退治から帰って来たシガレットが教えてくれました」
りあるもんはんすげー。
その時に言われた言葉をそのまま再現するかのように、ミルヒオーレ姫は言った。
リアルモンハン。
軽くインドアなゲーマーなところがあるレベッカには、その言葉が何を意味しているか解った。
リアルでモンハンできるようなモンスターが居るのかこの世界―――という疑問は、とりあえず脇に置いて。
「なんであの人、そんな事を知ってるんですか?」
「シガレットは昔から物知りさんなんです」
「いやそれ、物知りってレベルを超えてるような……?」
「でも、シガレットですから」
何時もの事です、と。
にっこりと断言してしまえば、レベッカには最早何も言えなかった。
◆◆◇◇◆◆
イスカ兄さん出てきましたね。
国が三つで美設三倍。
国が三つでキャラも三倍……で、すまないんだよなぁ、コレ。
キャラデさんが十キャラくらい新しく書きましたとかどっかのインタビューに乗ってましたけど、別にその倍くらい書いてても何も驚きませんよね、このアニメの場合。
監督自ら『魅力は物量』とか言っちゃう作品だもんなぁ……。
ところで五話のツボは、突如出現した日光江戸村じゃなくて、さりげなくモブキャラの中に存在していた『羊耳(と言うか角)』の存在だと思います。