ビスコッティ共和国興亡記・HA Edition 作:中西 矢塚
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昼の休憩時間―――休憩時間である。
戦の形式が、地球における尋常ではないやり方をしているのならば、当然、暢気に休憩くらいもするだろう。
休憩中は、当然のように相手国の大将が本陣に乗り込んできて、一緒に食後のティータイムを楽しんだりも、する。
本日初めてフロニャルドを知ったレベッカも、ナナミも。
最早今更、その程度の突っ込みどころは突っ込むにも値しないと理解していた。
兎角、各国の―――無事な、会話可能な状態の―――主要人物が集ったティータイム。
ロンドンからフロニャルドへ召喚されたナナミは、漸く幼馴染二名と再会した。
ついでに、レオンミシェリから二人の人物を紹介される。
片方は、相手国のお姫様のミルヒオーレ。犬耳の可愛らしい美少女だ。
そしてもう一人は、実は一目見たときから気になっていた、空から降ってくるという実にファンタジーテイスト溢れる登場を演じてくれた、少年騎士。
その名も、アシガレ・ココット。
―――ワシの婚約者じゃ、と。
レオンミシェリは照れの一つも無く、堂々と、そんな言葉と共に、ナナミに紹介するのだった。
「それじゃあ、シンクの言ってた、結婚する予定の友達って……」
口をあんぐりと開けて、ナナミはシガレットを指差す。
「オレだね」
「そしてワシじゃ」
シガレットが頷き、レオンミシェリが胸を張る。
並び立つ鎧姿の二人の態度は実に堂々としたものだ。
仲睦まじく、態度には衒いの一つも見つからない。
憚る事などないのだから、堂々としていれば良いのだと―――つまり、婚約当初の慌しい時期ならばまだしも、その状態で三、四ヶ月も過ぎれば、いい加減、衆目を前にしてもそうした心構えが出来てくるらしい。
態度や立ち姿に、何処か似た雰囲気が二人にはあったが、どうやら遠い親戚関係にあるらしい。
「ほぁ~~~~……」
二人とも、ナナミと対して年齢が変わらなさそうなのに、当たり前のように、結婚する、と。
「キミ、私より年下だよね?」
ナナミは、思わずといった具合に、不躾な質問を送ってしまった。
シガレットも、言われそうだな、と思っていたのか。いやな顔一つせずナナミに応ずる。
「一個下かな。ま、こっちだと良くある事ってことで」
「そうなんだ! ひょっとして、ミルヒオーレ姫様も結婚とかするの!?」
「いえ、私にはまだ、そういう話は……」
疑問、即、質問。
シンプル極まりないやり方で疑問の解決を果たそうとするナナミに、話を振られたミルヒオーレは頬を紅潮させて首を横に振る。
隣でシンクが首を傾げた。
「僕が知ってるフロニャルドの人でも、結婚するのって閣下とシガレットだけだと思うよ」
その言葉に、シガレットは苦笑して頷いた。
「まぁ、良くあるってのは言いすぎだったかもね。でも実際、そう無い話でもないんだよ、こっちだと」
「ワシ等のような立場であれば、特にな」
婚約者の言葉に頷くレオンミシェリは、多くは語らず。
しかし、多少なりとも現代の学校教育で歴史の知識を得ていれば、その理由は容易に想像できた。
何しろ、このフロニャルドの世界観は、見たままの中世ファンタジー。
不思議な力で妙に洗練されている部分もあるが、基本的には地球の中世の文化レベルであるらしいのは、少し見ただけで解る。
中世で、偉い人たちが、若い間に、結婚。
「あれ? でもお二人は、恋愛結婚なんですよね?」
「っ!?」
シガレットをして、流石に、そのストレート極まりない質問には、咽ざるをえなかった。
「はっきり聞くなぁ」
「あはは、だって気になるじゃない。レオ閣下可愛いのに、望まないせーりゃく結婚とかだったら、私、怒っちゃうところだし!」
むん、と握りこぶしを作るナナミ。
シガレットは乾いた笑いしか浮かばなかった。
「大丈夫ですよナナミさん。レオ様とシガレットは、とってもとっても仲良しですから。あ、もし宜しければプロポーズの時の映像を……」
「ミルヒ、流石に待て!」
朗らかに笑うミルヒオーレを、レオンミシェリが慌ててとめる。
顔が少し赤くなっている。
譲れない一線というものが、流石にあるらしい。
「ああ、あれ凄かったもんね」
「シンク、見たの?」
「うん。コンサート会場の巨大スクリーンで実況中継だったし。こう、夜の泉の前で二人っきりで……」
事情を知らない、しかし乙女心的に気になる話題に反応するレベッカに、辛苦が説明をしようとする。
慌ててシガレットが口を挟んだ。
「ゴメン、イズミ君。それ以上は後生だから止めて。あの時は大怪我して熱も出てたし、テンションがヤバいことになってたんだ……」
プロポーズ自体に後悔している筈が無いのだが、そのやり方には後悔し切りなのである。
今も思い出すたびに身悶えすること仕切りだった。
「それにしても、レオ様が私の一個上で、シガレットは一個下。―――凄い、姉さん女房だね!」
「妙なところに感心するね、勇者殿」
ほへぇ、と感心するナナミに、シガレットは苦笑で応じる。
この新しい勇者の性格が大分つかめてきたな、と内心で思っている。
「そうだ、シガレット、結婚式やるんだよね!」
もう一人の勇者が身を乗り出してくる。
ようするに、このビスコッティの勇者と同類―――陽気で陽気で陽気で快活で快活―――ということ、なのだろうと内心で思いながら、シガレットは頷く。
「やるともさ。イズミ君にもミス・アンダーソンにも楽しんでいってもらえるように、準備にまい進してるところだよ。―――オレ自ら。と言うかオレだけ孤軍奮闘と言うか」
「……ワシは、算盤弾くのは苦手じゃ」
ふぅ、とため息を吐く婚約者の横で、レオンミシェリは明後日の方向へ視線をずらす。
「いや、外向きの仕事はオレには未だ無理だから助かってるんだけど……いや、本来なら内向きの仕事をやっているっていう事実も微妙におかしいんだけど、兎も角。―――聖堂の予約もして、式の座席配置も決まりそうなこの時期に……」
「え? 私?」
若干くたびれた顔を向けてくるシガレットに、ナナミが何事と目を瞬かせる。
「ひょっとして、ナナミをつれてきちゃ、拙かったとか……?」
「ああいや、イズミ君のお友達が二人来るってのは、解ってたから良いんだ。うん、良いんだ。良かったんだよ、イズミ君のお友達で居てくれたんなら」
「え? え? どういうこと?」
解らない、と首を捻る従姉弟二人に、ミルヒオーレが助け舟を出す。
「ナナミさんは、隣国の勇者のお友達、ではなく、ガレットの勇者様ですから」
「立場に比して扱いは変わるってね。席順決めなおしだ。歓迎式典もやらなきゃいけないし……と言うか、ガレットで勇者を呼んだのって何時以来だかってレベルだから、どのくらいの規模でやれば良いかも解らんしなぁ」
領主の結婚式と救国の勇者の歓迎式。
さて、どちらの式典をより派手に執り行うべきなのか。
お金が掛かるなぁ本当に、とシガレットは頭を抱えた。
「つーか、折角呼んだ勇者が当日にいきなり負ける可能性もあるんだよな、今日。判定は総得点方式だし」
午前と午後で二部、及びイベントマッチ全てで加算されたポイントの合計で勝敗を決めるのが、今回の戦の判定方法である。
一部と二部で勝敗を別々に決める、と言うやり方であれば、どちらの勇者も勝ちの目がある、と言うことに成ったのだが、いかんせん、今回の形式では勝者はどちらか一名で一国。
タイトルロールのお帰り勇者様のシンクであろうと、突然現れたニューフェイスの勇者ナナミであろうと、いきなり敗北の烙印を押される可能性があるのだ。
「だいじょぶです! 私頑張りますよ!」
勝ちますから! とナナミは自己アピールする。
シガレットは苦笑して頷いた。
「頑張ってくれるのは勿論疑ってませんよ、勇者殿。―――いや、本当に。フロニャルド来訪初日にビームで服を剥かれてるのに、まだノリノリのままで居てくれていることとか、正直頼もし過ぎるし。現代日本の女子中学生とか思えねぇわ」
「あ、わたしブリテン在住です」
「と言うか中学生とか知ってるんですか……?」
首を捻るナナミとレベッカ。
他の人間は、またわけの解らない事を言っているなと、スルーの構えである。
「なるほど、変態紳士の国の人だったか。ガレットの海産物には期待してくれて良いよ、うん。事前に教えておいてくれれば、歓待の準備は非常に捗ったんだけど」
何故黙っていたと、シガレットはレオンミシェリに視線を移す。
「その方が面白いと皆が……いやなんでもない。―――そう、そうじゃな。なんもかんも計画通りというのは、面白くあるまい? とか多分そんな感じじゃ、恐らく」
レオンミシェリはドヤ顔で応じた。ただし、微妙に頬に汗が垂れていたが。
「ヤベェ、久しぶりにガレットがアウェイってことを思い出した……。当たり前のように顎で使ってるけど、みんな別に俺の部下って訳じゃないんだよな、まだ」
「誰もお主の立ち居地を疑ってはおらぬよ。ただ、それ以上にヌシが困っているのを見るのが好きなだけじゃ」
「よってたかって、どんなイジメですか、それ」
「困った状況の方が、イキイキとしているからの、ヌシ」
ため息をついたり鼻を鳴らしたりしている後ろで、尻尾でつついたり払ったりとじゃれあってもいたり。
まぁ、つまり。
傍から見れば。
「……ぇえっと、ああ、ノロケ話なんだねようするに。そっかー。うん、結婚するんだもんね」
「うわー」
「レオ様とシガレットは、とっても仲良しさんですから」
こそこそと、しかし楽しそうに話す女子三名。
年齢的に、やはり恋愛話は良い肴になるらしい。
「ははは……って、うん?」
一人で肩身の狭い思いを味わっていたシンクは、横から流れるように落ちてきた影に、視線を上げる。
「……鳥?」
鳥だ。
鳥が―――それも大きな鳥が、空を、テラスの上を旋回している。
ひょっとしてアレは、人が乗っているのだろうか。
その答えは、直ぐに判明する。
「ミルヒ姉~! レオ姐~! あとシガレットのアホ~!」
「クーベルか」
「あれま、群れてらっしゃる。なるほど、これがサプライズねー」
納得顔で頷くレオンミシェリと、諦め気味に息を吐くシガレット。
数にして二百を超える、ブランシールの群集団。
それは、空の国パスティヤージュよりの、新たなる参戦者達の登場を意味していた。
◆◆◇◇◆◆
パスティヤージュは鳥に乗って空を飛ぶ空騎士達が特徴な訳ですが、まぁ、鞍に跨るには邪魔臭いデカい尻尾の国だことで。
アレ、何気に鞍の背に尻尾用の凹みがついてるんですよね。