ビスコッティ共和国興亡記・HA Edition   作:中西 矢塚

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 ◆◇◆

 

 

 ぐ、と右腕を突き出し、深く、静かに息を吐く。

 全身を流れる、そして体の外から流れ込む力に精神を研ぎ澄ませる。

 必要なのは、明確な、個の中のイメージ。

 理論体系化された道標は存在しない。

 唯一、自らの持つ想像力―――創造力のみが、頼みだ。

 個人の空想を明確な形に落とし込むことはきわめて難しい。

 複雑な形を得ようとすればするほど、矛盾が後から後からあふれ出してくるのだ。

 故に、可能な限りシンプルなイメージを心がけることこそが、重要だ。

 自らが尤も明瞭にイメージすることが出来る、単純で、現実的な―――。

 

「……んで、結局ソレかよ」

「アニキらしいっちゃ、らしいけどなー」

 

 外野のつまらなそうな声に、シガレットは瞼を開く。

 真っ先に視界に入った、突き出した自らの右腕から、青白い輝力の輝きが映った。

 輝力の光は肘から水平方向に大きく広がっており、その内側には、輝力の凝縮によって形作られた、彼の新たな輝力武装が顕現している。

 鈍い、鋼鉄の輝きを持つ薄い刃が、何枚も何枚も重ね合わさっているその形状は、まさしく。

 

「A-P PULSE……って言っても誰も解ってくれないよな、きっと」

「よーするに、何時もどおりの羽だろ、羽」

「遂に、足からだけじゃなくて腕からも生える様になったんやなー」

 およそ現代人にも理解しがたいであろう若干マニアックに過ぎる発言を無視して、見学していたガウルとジョーヌが感想を漏らす。

 そう、シガレットの肘から広がっているのは、輝力によって形作られた、彼お得意の翼だった。

 普段の足首から広げる翼に比べて、その大きさは半分程度に過ぎなかったが、しかしソレに比べて、どこか攻撃的な尖ったシルエットをしている。

 飛ぶための物には見えない、物騒な形状だ。

「案外、簡単にできるもんだよな」

 肘に新たな関節でも仕込んでいるかのように、鋼の翼はシガレットの意思に応じて前後左右自在に稼動している。

 満足そうな姿に、ジョーヌが空笑いを浮べる。

「いや、そんな簡単に輝力武装を作れるのもアニキくらいだと思うけど」

「そうか? 勇者連中とか、聞き伝の知識だけでなんでもやってくれるじゃないか」

 ビスコッティの勇者シンクのトルネイダー然り、ガレットの勇者ナナミのスケート靴の輝力武装然り。

「放って置けば、勇者レベッカも何か作りそうなものだぞ」 

「そら、あの人等は勇者やし」

 常識を外れている連中と一緒に扱うのはどうなんだ、とジョーヌは言う。

 言った後で、よく考えたらシガレットに常識を期待するだけ負けか、と思い直したりもするが。

 そも、普通の騎士であれば紋章砲を撃つことだけでも一苦労なのだ。

 輝力を実体化できるレベルまで圧縮し制御する技術は、並みの物ではない。

「ま、ビームは苦手だけど、コレ系はな。それに、春先に宝剣振り回す機会もあったし、アレでだいぶ感覚掴めたわ」

「そーいや、エクスマキナ持ち出してたんだっけか」

「持ち出した、とか人聞き悪いな。預かってたんだよ」

「レオ様との愛のあかしとしてやろ?」

「てい」

 余計な茶々を入れてきたジョーヌに向かって、羽の生えた右腕を振り下ろす。

「あ痛っ!?」

 ジョーヌは額を押さえて痛みに呻いた。

 その様子を見て、ガウルが納得の頷きをみせる。

「その羽、そーいう使い方するのか」

「まぁな。……ほぃっと」

 シガレットは頷き、今度はガウルに向けて腕を振り下ろす。

 

 野外訓練場の中心から、壁際で見物しているガウルへと。

 両者の距離は、およそ三十歩程度か。

 本来は届く筈のない距離を、しかし。

 

「よっと」

 ガウルは、額にぶつかりそうになった羽を、器用に二指で掴む。

 それは、シガレットの右腕の翼を構成していた、鋼の羽の一枚だった。

 シガレットが腕を振り下ろすのにしたがって、翼から分離し、ガウル目掛けてダーツの矢のように飛んできたのだ。

「なるほどな。コレが勇者との空中戦対策って訳か」

「ま、な。弾幕はパワーってヤツ?」

 得意げに笑いながら、シガレットは右腕を振り払う。

 今度は、羽毛のごとく、無数の羽が彼の周囲に舞い散った。

「お、綺麗じゃん」

 キラキラと青い輝力の燐光を散らしながらシガレットの周囲を滞空する無数の羽の姿を見て、ジョーヌが感嘆する。

 その隣でガウルは、嫌な予感に頬を引きつらせた。

「おい、まさか、この羽根……」

 握っていた羽の一枚を、そっと空へ手放すガウル。

 金属―――正確には輝力の塊なのだが―――製の羽だ。

 手で重さを感じ取れる程度には、重量がある。

 手放せば、直ぐに地面に落ちるだろう―――その筈だが。

 羽は、空に滞空し続けていた。

 更に、輝力の燐光を吹かしながら、まるで意思を持った生き物のような動きで、シガレットのほうへと、ひとりでに、浮遊していく。

「……それが、勇者対策、かよ」

 頬を引きつらせて、ガウルはもう一度義兄へ尋ねた。

 浮遊する無数の羽を周囲に侍らせる、義兄へと。

 

「名付けて『翔翼連弾(アクセルシューター)』……んじゃ、実験始めるぞー」

 

 楽団の指揮者のように腕を振り上げるシガレット。

 その動きに、当然のように追随して、浮遊する無数の羽がその向きを整える。

 ナイフのような先端を、壁際のガウル達に向けて。

「ちょ、おい……!?」

「あの、アニキ? ウチら、只の見学……!」

 次にシガレットが腕を振り下ろした後に起こるであろう現象を予感して慌てる二人。

「この前の戦で、無様に剥かれたり玉になったりした愚弟達に対する、兄心ってヤツだ」

 シガレットはいい笑顔で言い切った。

 そしてそのまま、腕を振り下ろす。

「剥かれたのウチだけとちゃうで!」

「つーか玉にしてくれやがったのオメーじゃねーか! って、うぉ! 誘導型かよ!?」

 向かってくる羽から逃れようと、慌てて駆け出すガウルとジョーヌ。

 しかし、羽は彼等が逃げる方向へと向けて進路を変えて、何時まで経っても止まらない。

「ああ、因みにぶつかったら爆発するからな、その羽。ぶつからなくても至近距離まで近づけば、やっぱり爆発するけど」

「物騒な機能つけるんじゃねーよ!」

「まぁ、ミス・アンダーソンとのドッグファイト用の武装だし。自動追尾と近接信管が無いと話しにならんだろ? ホレ、くっちゃべってる暇があったら走れ走れ走れ~」

「知るかボケー!」

「ひぃ! あたる! あたる! あたらなくても爆発するぅ~~!!」

 

「……アレ、何? ロケット花火と追いかけっこ?」

 

「緊急時における危機対処能力、及び判断能力の強化訓練、かな」

 訓練場を走り回るガウルたちを放置して壁際に座り込んでいたシガレットは、突然横から掛けられた声に、何てことも無い風に反応した。

 視線を動かす必要も無く、声だけで、勇者ナナミだと解る。

 彼女は、羽を引き連れて走り回るガウルたちを、不思議そうに眺めていた。

「脚力強化訓練にしか見えないけど」

「あいつ等、アホの子だからねぇ」

 頭を使わないと駄目なんだよと、シガレットは微苦笑を浮かべる。

 それでナナミは、あの空飛ぶ羽を動かしているのがシガレットだと気付いた。

「ん~~……、じゃあ、シガレット的にはどうすると正解なの?」

「立ち止まって普通に防御すれば良いんじゃないかな」

 

 ―――そんなに威力無いし。

 

 慄き逃げ惑っているガウルたちが聞けば激怒するであろう、残念な事実をぶっちゃけた。

「結構、派手に爆発してるように見えるんだけど」

「タカツキさん、さっき花火って言っただろ? まさしくそうだよ。音と爆発が派手なだけ」

「ええっと、見掛け倒しってヤツ?」

「あくまで牽制用の技だからねぇ。実を言えば、追尾性能もそんなに高くないし」

「あ~。そういえばさっきから、同じところをグルグルしてるよね」

 遠めに見れば直ぐにわかる事実だった。

 ガウルたちは大きく時計回りに周回運動を続けているだけなのだ。

「事前に逃げろって言われたからって、素直に逃げちゃうとか、ねぇ。そんなだから、毎度毎度直ぐに剥かれるのに」

「ああ、だから判断能力……でもさ、実際に立ち止まっちゃったら」

「そりゃ勿論、近づいて殴る」

 物理で。 

 全く持って身も蓋も無かった。

「キミならやりそうな気がしてたけど、なんと言う理不尽……」

 ここ数日でシガレットの性格―――傍若無人―――を理解し始めたナナミが、ジト目で突っ込むと、シガレットはそれこそ傍若無人な態度で応じた。

「足止めのための牽制用に使うものだからね。……って言うか勇者殿。何か用事でもあったんじゃないの?」

「え? ……ああ、そだそだ! 大変だよ、皆!」

 集合! と言わんばかりに、走り回る二人に聞こえる声で、ナナミは言った。

「お?」

「あん?」

「……あ」

 そして、走り回っていたガウルとジョーヌは立ち止まって反応し、シガレットはその様子を見て、深くため息を吐いた。

 

 二人が立ち止まる。羽が追いつく。爆発。

 ぎゃわ~、と言う間抜けな声が、閃光の中に響く。

 

「……ひょっとして、わたしのせい?」

「昔さ、打ち上げ花火を、打ち上げに失敗して地面で爆発させちゃったって動画とか見たことあったけど、丁度こんな感じだったよな」

 冷や汗を垂らすナナミに、シガレットは気にする必要は無いよと、適当な言葉を返す。

 花火のような閃光が晴れた場所には、煤けた姿のガウルとジョーヌが居た。

「結構、威力あるんじゃないの?」

「いやいや、見た目だけだって。その証拠に服は剥けてないし、けものだまにもなっていない」

「どー考えても、わざとギリギリそのラインを狙ってやってるとしか……」

「はっはっは、気のせい気のせい」

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

「……魔物。人里に?」

「はい、被害はアヤセの街に集中しているのですが、今週に入って、既に被害件数が十五件を超え……」

 王宮に救援要請が届きましたと、ビオレが困り顔で頷いた。

 港を一望できる展望テラスのテーブル席で、その美しい景観に似合わぬ、いきなり物騒染みた話題である。

「東方街か……あそこは貿易関係者も含め、諸外国の人間が大勢訪れる。―――フム。早急に対処せねばならぬな」

「つっても、被害は精々追いはぎかかっぱらい程度の物だろ? 地元の警備の連中動員すりゃ、なんとかなんじゃねーの?」

 思案気に呟くレオンミシェリの横で、ガウルが眉根を寄せる。

 更にその隣から、ナナミが手を上げて乗り出してきた。

「ねぇねぇ、魔物って、なに?」

 根本的な疑問だった。

 余りにも空気に馴染みすぎていて、皆忘れ気味だったが、このタカツキ・ナナミという少女は、まだこの世界に来て一週間かそこらしか経っていないのだ。

 フロニャルドの常識を理解していない方が、むしろ当然である。

「土地神とか野生動物とか、まぁその辺が悪い方向に変質しちゃった存在でね。不定期に現れては、人に不利益を齎せたりするんだよ」

「そんなのが、町に出たの? それって、結構ヤバい話なんじゃ」

「ん~……程度によるかな」

 少し表情に緊張感をはらみ始めたナナミに、シガレットは微苦笑を浮べて首を捻る。 

 

 魔物。

 一言で言っても、その脅威はピンからキリだ。

 そもそも発生原因すら一定せず、生態も勿論千差万別である。

 

「そこのアホの愚弟みたいに気を抜きすぎるのもどうかと思うけど、まぁ、実物を見る前から緊張しすぎるのも、なぁ」

「とは言え、最近大規模な魔物災害が発生したばかりですから。民心も不安を覚えていることですし」

 たかがかっぱらい程度の被害と言えど、大げさに反応するのは仕方が無いと、ビオレはため息を吐く。

 その言葉を受けて、レオンミシェリは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「最近の、な……」

「あ、何その顔。一人で突っ走ろうとしたのは貴女も同じですよね?」

「フン、解っておるわ」

「……えっと、何かあったの?」

 一人事情が理解できないナナミ。

 レオンミシェリとシガレットは不機嫌な顔をしており、同じテーブルに着くほかの人間達は、ニヤニヤと笑っている。

 何かあったらしいのは、確かであるが。

「何かと言うか、何と言うか」

「何も出来なかったと言うべきか、のう……」

 言葉を濁すシガレットとレオンミシェリ。

 彼等にとっては、余り思い出したくない類に事件なのだ。

 だが、脇で聞いていたビオレたちにとっては違うらしい。

 愉しげに、ナナミに笑いかける。

「よろしければ、後で記録映像をお見せしますが」

「え?ホント?」

「おお、そうだな。それがいいぜ! ナナミ、そうしとけ!」

 如何にも悪乗りの態度で頷いてくるガウル。

「黙れ」

「痛っ!?」

 シガレットは問答無用で鉄拳を叩き込んだ。

 事の顛末を記録した映像など、あまり人に見せられない類の内容なのである。

 なぜなら、どう考えても、封印されていた伝説の超魔獣、『キリサキゴボウ事件』の、発生から終端までを記しただけ映像で、その記録映像が収まる訳が無いからだ。

 必ず、事件終了後の、別の一件の映像まで添付されているに、違いなかった。

「ビオレ、解っておろうな?」

「勿論ですとも、レオ様♪」

「ならその笑みはなんじゃ!」

 ちっとも解って居ないだろうと、レオンミシェリはビオレの身体をがっくんがっくんと揺らす。

 

「それより、あのさ。こんなにのんびりしていていいの?」

 

 被害が出ていると言うのなら、早く助けに行かないとまずいのではないか。

 のんびりテラスでじゃれあっている場合ではないだろう。

 ナナミの主張は、ある意味尤もと言える。

 

「まぁ、それはそうではあるんだけどね……っと」

 

 羽音。或いは、鳴き声なのだろうか。

 レオンミシェリにガクガク揺さぶられているビオレを、呑気に眺めていたシガレットの肩の上に、小さな。

「何それ、鳥? トンボ?」

 なにやら形状の判別し辛い、白く、半透明で、ユニークな造詣の、おそらくは生き物が居た。

 シガレットが指を立てると、ぴょん、と肩からその先へ飛び移る。

 大きさは小鳥を一回り小さくした程度。

 目か、触覚かは解らない、頭部と思わしき部分から生えた二つの器官をぴょこぴょこと揺らして、シガレットと。

「ふん……ふん。なるほどねぇ」

「え? 言葉とか解るの?」

 明らかにコミュニケーションが成立している体のシガレットに、ナナミは驚き目を見開く。

「兄貴だからな」

 俺様には無理だけど、とガウルが肩を竦めた。

「まぁ、ガキの頃から長い付き合いだからね、こいつ等とは。何となく、言ってる事が解るんだよ」

「普通は、幾ら長く付き合っていても、それらの思考を理解するなど、人間には無理ですけどね」

「フロニャ力に対するコヤツの感応は、もし、女として生まれていれば歴史に名を記すような巫女となったであろう程の突出したものであるからな」

 意外な話しだと、ビオレとレオンミシェリは呆れとも感嘆ともつかぬ息を漏らす。

「へぇ~」

 どうやらシガレットは、レアな才能の持ち主らしい。

 素直に感心した後で、ナナミは、はて、と首を捻り尋ねる。

「それで、結局そのナマモノは何なの?」

 ナナミの疑問符付きの視線に気付いたのだろうか、それはシガレットの指先の上で、くるりと身を反転させた。

 テーブルに着いた周囲をきょろきょろと見渡す格好。

 得意げに、胸を張っているようにも見える。

 なんとなく、ナナミにはソレが言いたいことが伝わってきた。

 つまり。

 

「渡り神だよ」

 

 シガレットの紹介に、指先の上の小さな神様は、腰を折った。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 




 雑談と言うか前振りと言うか。
 例によって息を吸うように捏造設定を盛っていってます。今更ですね。


 で、クレイトスさんが凄かったですね、やっぱ。
 発進シーンとか、スケジュールの無いテレビシリーズでやって良いコンテじゃないわ。
 一体何人のアニメーターが犠牲になったのか……。
 動画として動いてるのが実質3カットくらいでしたが、んな、動かせないって解ってるなら予めデザインシンプルにしておけば良いというのに、何故、あの出るアニメ間違ってるっぽいメカメカしい形状にしてしたんだろうね、マジで。
 どうでも良いけど、あの羽とは独立してスラスターがくっついてるロボを、初見で竜と見破ったシンクとエクレは、相当なゲーム脳だと思います。 

 後は大人とかロリとかですか。
 多分あそこしか出番無いけど、ロリ関係は全員設定新規書き下ろしだったりするんだよなぁ……。
 設定集とかそのうち出すんですかね? 
 凄い分厚くなると思いますが。



 

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