ビスコッティ共和国興亡記・HA Edition 作:中西 矢塚
・○月▼日
バルス! バルス!!
―――……はっ!?
いや、すまない。実はもう、王都にいるんですよ。
風光明媚な、湖と浮き島に囲まれた、巨大な天空都市に。
そう、天空都市。
大型の浮き島を丸々一個王都として完成させてやがるの―――ついでに、結構な標高にあるその島から地上までデケェ階段を繋げてるとか。
なんていうか久しぶりにファンタジーです。
で、やはり元日本人としては、天空に浮かぶ城に辿りついた以上は叫ばなくちゃいけない気がしてたんだ。
滅びの呪文を。
後、微妙に式典つーかお祭りっぽい事もやって、人がたくさん集まってたから、思わずゴミのようだって呟いてしまって、しょんぼり姫をしょんぼりさせちゃったけど。
ああ、勿論その後緑の人に蹴り飛ばされて―――そう、そうだ。
私、いぬだまにねぇ、ならなくなっちゃったんですよ。
なんか、紋章術使えるようになると、即ちそれは『戦う人』になったと言う扱いになるらしくって、守護のフロニャ力のセーフティ機能が一つ減るんだって。
良いもの貰うたびにけものだまになっちゃってたら、お前ら戦ってられないだろーって事らしいです。
致死系のダメージか、心が折れるかってレベルのダメージじゃないと、紋章持ちはけものだまにならないんだとか。
―――因みに、その代わりに防具が壊れるらしいです。
防具って言うか、着てるもの。服が脱げるんだってさ。
服……ねぇ?
いやいやいや、見てない、何も考えてないから。
その振り上げた拳を下ろせ、緑の人!
・∝月Ж日
王立騎士学校に入学しました。
学校つーても、王城内に併設された礼儀作法を学ぶようなこじんまりとした教室で―――ああ、普通の義務教育的なものは王立学術研究院の初等部に混じって学ぶことになってます。
うーん、実にビスコッティクオリティって感じ。
次世代の騎士の養成が教室一つで収まる規模―――全学年、と言うか見習い合わせて―――で行われる程度のものでしかないんだから、そりゃ軍事大国と戦争やったら普通に負けるがな。
まぁ、歴史のある国なんで職業騎士の家系もそれなりに世代を重ねてるから、そういう家の出身者は実家で個別に学んでるみたいなんで、此処で本職の騎士さんに勉強教わってる僕らみたいなのは、割りと少数派だったりします。
それでも、そういう人たち足しても根本的に戦闘要員が少ないのは事実なんですけどね。
いざ大規模な戦争が起こったら学徒動員も確実かな~……ああ、確実ですか、ハンサム隊長。
そうよね、衛生兵の真似事してたちびっ子に敵国の大将格の相手させるようなお国柄ですもんね。
なんだかなぁ。
個人的には学術研究院に在籍して平和に学者人生でもやってみたかった気分にもなるしなぁ。
地球のメカとか再現して、フロニャルドに産業革命を起こして―――環境破壊して守護のフロニャ力に見放されたりしたら、嫌だよね。
ああ、はいはい。直ぐ行きます。
さて、座学は此処までという事で、ここからは何時もどおり、チャンバラのお時間です。
騎士学校だもんねーうん。必要なのは実技実技。
チョコボを追い掛け回して鍛えた脚力を生かして、今日も緑の人から逃げ回る仕事が始まるぞーっと。
・ы月■日
チョコボ牧場の牧童が騎士に取り立てられたとしたら、やっぱり騎兵になると誰でも思うだろう。
フロニャルド的な騎兵と言えば、アスレチックコースの真ん中辺りにあるバトルフィールドでチョコボに乗ってガチンコの決戦を担当する本当に花形の役割を言う。
因みに、チョコボさんたちは地球で言うウォプタルと変わらない扱いの騎乗から運搬用の動力まで勤めてくれる、人懐っこい生き物である。
オマケに割りと賢くて、こっちの言葉を結構高いレベルで理解してくれたりもする知性もあるんだけど、人間同士の争いにも文句一つ言わず参加してくれる付き合いの良い鳥さんだ。
でも悲しいかな、この子達ダメージ食らっても『とりだま』とかにはなれないんですよね。
一応守護のフロニャ力に守られてるから、紋章術のビーム直撃しても焦げて吹っ飛ぶギャグアニメの世界の住人レベルの『致命傷』で済むんだけど、やっぱり人の事情で非生産的な喧嘩につき合せてるのに、怪我をさせるのは可哀想だ。
そんな訳で、騎兵同士の戦いの時は、地球であれば常套手段であろう騎獣に対する攻撃は禁止。
もし酷い攻撃とかしちゃった場合は、戦争終了後に得点の減点とかのペナルティもあるってさー。
……閑話休題。
要するに私は、てっきり騎兵にでもなると思ってたんですよね。
良いよね、ごっついプレートアーマー着て、チョコボに鞍つけて、男心をくすぐるシチュエーションです。
―――ですけど、何でか気付けば軽装歩兵って状況に。
あれ、鎧は?
何で私と緑の人だけ制服でチャンバラなの?
ちょっと緑の人、解ってるの? ダメージ食らったら防具飛ぶのよ、私たち!
軽装でダメージ食らったら、速攻で脱げ……はぁ、つまり喰らわないための練習―――って、何故そこで剣を振り被る!
あと、何時から二刀流になったの貴女!
え? ああ、剣一本で攻撃が当らないなら、二本用意すれば良い、ですか―――しまった、調子に乗って避けすぎたか!?
・ゞ月Ё日
イケメン隊長に貴女の妹の暴行を何とかしてくださいって言ったら、笑顔で肩を叩かれました。
コレが恐れていた名家の子女からのイジメってヤツか……。
なんて、聞くところによると偉い人たち側の私への教育方針が、武将系ユニットにするつもりらしいです。
何それ、この私に一騎当千でバサラで無双なことをやれと?
やるんだ。とかイケメン真顔で答えてくれましたよチクショウ。
中核戦力である部隊の一員、ではなく中核戦力の部隊を率いる人になる予定らしいです。
うぉお、超期待されてるよねコレ。
周りで一緒に訓練してる人たちだって同じように紋章持ってるだろうに、そんなに凄かったのか、僕。
―――ああ、うん。そうですね。
王都に来てすら、チョコボに併走できる人は見かけませんよね。
あの白髪王子くらいだよ、瞬発力で負けそうになったのは。
だから、個性を生かして対武将用に育て上げる予定、と。
そーねー。ウチの国って基本的に専守防衛だから、チョコボに乗って突撃とかの戦術って殆ど使いませんもんね。
地に足をつけてチャンバラの訓練した方が、将来には有用ですか。
後は単純に人材不足っと。そうよねぇ、バトルジャンキー系の家系とかだと、初めから隣の国に居るもんね。
ウチの国って組織としての軍事力が、本当に……ああ、うん。
だから私みたいなぽっと出の高い輝力持ちが期待されると。
うへぇ、期待されてるなぁ、本当に。
……でもそれ、予算的に私に回すチョコボが勿体無いとか言う話じゃないよね?
どうせチョコボと同じ速度で走れるんだから、お前乗り物要らないだろとか言う話……ねぇ、イケメン隊長。
何で目を逸らすの? ねぇ、何で?
・т月∮日
足が速い。
これがどうやら、私の個性らしい。
と言うか、正確に言うと脚力が優れてるというか―――跳躍力とかも、結構なぁ。
紋章手に入れる前からそんなだったから、紋章―――つまり、体内の輝力の明確な放出口を見つけてからはなんつーかもう、50ccが300ccになったというか……うん、要らないねぇ、チョコボ。
これなら次に白髪王子に喧嘩を売られた時も、最後まで逃げ切れる……え? 何よ緑の人。
逃げずに戦え?
いやいやいや、田舎の牧童に、と言うか前世二十一世紀の日本人に何を期待してらっしゃる。
剣で人を切りつけるとか槍で人を刺すとか斧で人を割るとか鉄球で人を潰すとか、恐くて出来ないってば。
庭に道場があってそこで小太刀を二刀流で神速とかしてるのはゲームの中の話だから!
普通のニッポンジンにそんな変態的な戦闘能力を期待するのは間違ってるから!
ああ、でもそうかぁ。
ウチの国って基本的に防衛戦が主だから、守る側が逃げてちゃ話にならないかぁ。
う~~ん、でもねぇ、武器振り回すってのは、なぁ。
いや、緑の人みたいに短剣逆手持ちとかもカッコイイ(笑)と思うんだけど。
いや待て、今褒めた、褒めたから、剣を抜くな!
兎も角、武器を持つのが嫌だからってKOBUSHIで勝負とかじゃあ本末転倒だし。
親父殿にもぶたれたこと無いですよ。いや、幼馴染のガキどもは平気で殴りかかってきたけど。
全員蹴り倒したけどな!
……んん?
あ、そうか。
蹴れば良いのか。
・Γ月ψ日
脚部装甲を走るのに困らない程度に強化してみました。
ためし蹴りに、と輝力全開にして錬兵場の庭木を蹴りつけてみたら鉋屑が……っ!!
……やばいってばコレ。
だって緑の人まで目を点にしてるレベルだもの。
守護のフロニャ力の無い世界で人に向けてやったら、荒挽き肉団子が……いや、恐い考えは止そう。
分別つかない五歳の子供にこんな力持たせて良いんですかね、フロニャルドの神様。
―――って、どうしたしょんぼり姫。得意げなスマイルで。
どうせまたあの眼鏡の秘書さんから聞き伝の事をさも偉そうに……おおう、涙目になるな! しょんぼりするな!
聞く、私はちゃんと聞くから!
で、何? ああ、うん。
悪意を持った人間にはフロニャ力の加護は現れないから平気……いやぁ、悪意が無いからって善意がある訳でも無いと思うんだけど。
ああ、なるほど。
そういう風に自重できる人じゃないと紋章術は使えませんか。
ファジーに出来てますね、相変わらず。
そしてわかりやすい解説ありがとうございましたイケメン隊長。
それから、途中でつっかえたからって一々しょんぼりしない。いつものことなんだから!
しかし、恐い力を手に入れちゃったなぁ。
ダッシュで加速とか加えたら威力倍とかじゃすまないんじゃないかな、コレ。
キックはパンチの十倍強いとか、どんな漫画理論だか。
恐い恐い。
恐いから自重して、蹴り技系は最終手段にして素直に剣術とかの練習に励もう。
五歳の子供が振り回して良いものじゃないわ、どう考えても。
よし、封印決定!
……あ、でも。
どうせなら誤射ってことで一発くらい緑の人にぶっ放しておくべきだったかも。
戦闘中に『剥かれる』恐怖を味わえば、ミニスカで幼児ぱんつ丸出しで襲い掛かってくる緑の人も、もうちょっと大人しく……うわっ!
ちょ、冗談、冗談だから落ち着け緑の人!
・θ月ш日
今更な疑問なんだけど、何で私は毎日のようにしょんぼりさんと顔を併せてるんでしょうか。
ああ、いや。
別に嫌とかそういう訳でもないんだけど―――ないから、うん。ホラ、無いからそこでしょんぼりしない!
犬と言うか兎かなにかかね、キミは。
私も犬と言うかブリーダーやってる気分なんだけど。
で、そう。
座学が終わって昼食時はお城のテラスだし、おやつの時間は庭にテーブルだし、夕飯は食堂で……って、毎日ただ飯食わせてもらっておいて、今更な気もするんですけど。
フロニャルドクオリティで、基本的に偉い人たちでも飽食とかしないもんだから、出されてるメニューも結構一般家庭と変わらないレベルの……え? このお茶そんなに高いんですか?
と言うか、メイドさんに傅かれてお茶入れてもらうのが当然になってる六歳児ってどうなんだろうなぁ。
―――あ、そういえば六歳になりました。
ついでに、遂に妹が生まれたらしいと実家の方から連絡がありました。
長期のお休みとかに顔出さんとなぁ。
え? 何しょんぼりさん。
一緒に来る? 赤ん坊見たい?
いや、別に良いけど……そういえばしょんぼりさん、キミ何時もチャンバラの訓練とか見学してるけど、暇なの?
一応ロイヤルな家系なんだからご公務とかは……しないかー。
良いね、毎日暇そうで……って、いやいや、素直な感想なだけだから、そこで涙目にならんでも。
子供は毎日遊んでるくらいが丁度良いのよー。
いや、私と同い年だから、しょんぼりさんも初等教育受ける年齢なんだけどさ。
あ? ああ~、そうね。
教育カリキュラムがしっかりしてるから、学術院の初等課程って平日でも午前中で授業終わっちゃうのよね、うん、確かにそうだ。
だから、午後は暇、と。
いやだからって、日がな一日午後の時間を見学だけですりつぶすのは若い身空に時間の無駄じゃないかね。
なんか将来に備えてお稽古でもしたら?
何が良いかって?
いや、そりゃ自分の好きなものを……いや、テキトーに言ってるんだとか、そんなところでしょんぼりしない。
解った、考える! 考えるから!
え~っと、そう、そうねぇ。
しょんぼりさんに剣持たせるのもどうかと思うし……楽器……は、躓いてずっこけて壊しましたって姿が目に浮かぶしなぁ、理科の実験とかでお城吹き飛ばすのも問題だし、領主様のお手伝いして重要書類をゴミと間違えて捨てるってのも……いや、冗談だから剥れるな。メイドさんたちも悪乗りして頷くな。
緑の人が居たら蹴り飛ばされてる場面じゃないかー。
あ、ああ、うん、そうね。
いやいや、ちゃんと考えてますって。
え~っとぉ……。
そういえばキミ、人が昼寝してる時そばに寄ってきて勝手に歌いだすよね。
いやいや、中々上手いとは思うんだけど。
でも子守唄気分なら、流行のテンポの速いアイドルソングとか歌われるのもね~。
……って、ああ。
歌でも習えば?
・й月ъ日
しょんぼり姫が歌うしょんぼり姫にクラスチェンジしました。
いやいやびびった。この子マジで歌上手いわ。
先日の適当なフリを本気にしてしまったしょんぼりさんのしょんぼりな行動だったんですが、プロのうた歌いの人にレッスンを受け始めたらマジでプロっぽい歌い方になってやがるの。
これが天才ってヤツなのか……!
思わず素で褒めてしまったらしょんぼりさん超得意げ。
最近は所構わず暇なら歌ってる―――本人曰くぼいすれっすん―――ようになってたから、ごめん。
殺伐とした錬兵場の隅で癒し系のメロディとか口ずさまれると、皆訓練に集中できないから。
ちょっとあっち行っててくれる。
ほらほら、スイマセン眼鏡の秘書の人。ちょっとこの子向こうに連れてって~。
いやいや、そこでしょんぼりされても。
うん、上手かった。上手かったから、うん。ええ、お夕飯食べたらちゃんと聞きますからね。
キミご飯食べてお風呂入ったら直ぐ眠くなるタイプだけどもさ。
―――ふぅ。
それじゃあ気を取り直してチャンバラ再開~……って、顔が恐いぞ緑の人。
何?
お前姫様に向かって馴れ馴れしいぞ……って、そうね。
本当に割りと今更だけど、しょんぼりさんをしょんぼりさせるのが最近日常になってきてるしなぁ。
礼儀知らずの田舎者も極まってきた感じだよねー。
うん、王都での生活も、何故かマルティノッジ家の食客と言うか寝床借りて居候みたいな生活だし。
確かに緑の人の言うとおり、ちょっと自重した方が良いわなぁ……って、何でしょうかイケメン隊長。
え?
……次期領主の主要人員。
今のうちからコミュニケーションを円滑にしておいた方が良い。
あ、私ってば初めから、あのしょんぼりさんの下で働くために此処に呼ばれてたんですね。
やーでも、次期領主って言っても今の領主様も長生きしそうですし……あ、終身の割りに退位したければ自分で退位しても良いんだ。
そりゃアバウトな。
領主が代替わりするとその時の重鎮とかも皆、相談役の元老になっちゃうから、人材も一新されて―――はぁ、私と緑の人は代替わり後の重鎮候補ですか。
気付かないうちに出世したもんだなぁ、私も。どんどん職業選択の自由がなくなっていってるのが実に突っ込みどころではあるけど。
と言うことは、ただ飯を食わせてもらってるのも、給料前払いみたいな意味なんですねー。
緑の人とも長い付き合いになりそうだね、こりゃ。
今の食客状態だって随分アレだけど、このまま入り婿とかになってたら笑うよね。
HAHAHA……って、ちょっと待ってイケメン隊長。
なんで顎に手を当てて真剣な顔してんのアンタ!
緑の人がプルプル震えて恐いから、止めようよそういうマジ顔するの!!
大体私、おっぱいが大きい人のほうが好みで、緑の人はなんか今の段階から明らかに見込み―――ヤベ、逃げろ!!
◆◆◇◇◆◆
「……この場合、兄上を殴るべきか、それともお前を叩きのめすべきか……」
「いやいやいや、当時充分殴られたから、オレもロランさんも」
覗き見ていた日記のないように肩を震わせるエクレール。
シガレットは背後から溢れ出るプレッシャーに、背筋の震えが止まらなかった。
「ま、今となっては良い思い出ってことで」
「どこかだ! よりにも拠って貴様と、け、け、けっ……ぇぇい! 兄上も何を考えていたのだ!」
「それは、オレとキミを結婚させることじゃねーの?」
「はっきり言うなアホ!」
殴られた。
「今日明日にも他所の女と結婚しようと言う男が、みだりにそんな発言をするんじゃない!」
そして怒られた。
実際、エクレールの言っている事が正論だったりする。
そもそも今日の部屋の片付け―――引き払い―――とて、その準備の一環として行っているのだから。
シガレットはビスコッティ国内に幾つも―――実家以外に―――私室を持っていたが、その全てを、一度引き払うつもりで居る。
これからは、正式に別の国を住みかとして暮らすからだ。
それらの部屋の家主は皆、どうせビスコッティへもそれなりの頻度で来る事になるのだから、残したままで構わないと言っていたが、シガレットはしかし、ケジメとして、片づけを行うと決めた。
何しろ、それらの部屋の家主は全て女性なのだ。
「ま、確かにエクレ嬢の言うとおりだよね。嫁さんに申し訳が無いや……って、そういえば」
「どうした」
また、何か変な事を言うつもりじゃないだろうなという視線を向けてくる妹分に、シガレットは微苦笑交じりに日記のページを巻くって応じた。
「お嫁さんに初めて会ったのって、そういえばこの後直ぐあたりじゃなかったっけって、ね」
あと、ついでにリコッタとも。
懐かしい気持ちで、シガレットは再び日記に視線を戻す。
部屋の片付けは、遅々として進まない。
◆◆◇◇◆◆