ビスコッティ共和国興亡記・HA Edition 作:中西 矢塚
お見合い続き。
ある意味R-15くらいの話に当たるんだろうか……。
しかし、結構はしょった筈なのに長くなったなぁ。
「で、え~っと……姉さん、何で俺と結婚しようとか考えたわけ?」
「あ、やっぱり気になる?」
「そりゃね。そっちのご実家に確認したけどさ、アンタこの話に相当乗り気だったみたいじゃないか」
騎士、貴族階級の縁談である。個人同士の好いた惚れたで完結する問題ではないのだ。
見合い話の発端は、ベール自身ではなく、彼女の生家から持ち上がったもの。
その話に、ベールが飛びついた―――らしい。
「一応確認しておくけどさ、出会った頃から好きでした、とかそういう話とは違うんだろ」
「うん、違う」
即答だった。ならば。
「……見合いの話が無ければ、結婚するつもりは……」
無かったのか。
恐る恐るとシガレットが尋ねると、今度は、返答に少し間があった。
「どうかなぁ……どうなんだろ」
「そこで曖昧になられるなら、あの、出来ればこんな話持ってこないで欲しいんだけど……」
「あ、ひっどい、そーいうこと言っちゃうんだ。シガレットのせいなのに」
「は?」
俺は何かしたのかと、シガレットは目を瞬かせる。
「俺のせい?」
「うん、シガレットのせい。……あれだね、せきにんとって、ってヤツ」
膨らませていた頬を朱色に染めながら、ベールは言う。
混乱するシガレット。
いったい何時、どうやってベールとの間にフラグを立ててしまったのか。
少なくともシガレットにはその記憶は無かった。
「ゴメン、マジで記憶にないわ」
「だよねー。うん、記憶に無くって当たり前なんだけどさぁ……」
若干退廃的な空気を漂わせながら、ベールは息を吐く。
ツン、と顎を上に向けて、視線をシガレットからはずしながら。
「あのね、
さらりと、そんな事を口にした。
「勉強?」
「そ、勉強。したでしょ、シガレット」
ぞくりと背筋を震わせずには居られない、なんてことの無い響き。
勉強。
それが、何を指し示す言葉なのか、意味は明白だ。
領主の義務とは、国を治めること。
そして、次代に血をつなぐこと。つまりは、
子を成すためには―――その方法を知らねばなるまい。
万が一、最初の一回で失敗するようなことがあってはならないならば―――事前に、
そして、子供を作るための予習には、
「あの、それ、お見合いの場で話す必要のあることなんでしょうか」
奥歯をガタガタ言わせながら、シガレットは問う。
やましいことではないはずなのだが、あまり、大っぴらにしたい話でも無いのである。
特に、女性と一対一でなど、論外なシチュエーションだ。
だが。
ベールは震えるシガレットを見ようともせず。
「実は、私にも話がきてた」
なんてことを。
「……は? え、いや、マジで?」
言われればシガレットが戸惑うのは当然で、しかし、ベールは言ってしまえば、後はあっさりとしたもの。
「うん、まじで」
「初耳だぞ?」
「当たり前でしょ」
「そりゃ……そうかも、しれないけど」
口ごもるしかないシガレット。
『勉強』の相手に、ベールが、目の前の女性が、なる可能性が、あった。
誤解しようの無い事実。
場の空気が一気に生々しくなった。
ただ親しいだけの―――それだけのはずの相手を見る目が、一気に変わりそうな。
いやつまり、そういうことなのだろう。
見る目が変わったのだ。
そのとき、ベールは。シガレットを見る目が。
「……爺さんめ」
罵るように呻くシガレット。
ご隠居様から、アッシュ様に。夜の―――。
三つ指を揃えて謳う女性を、少し前の夜に、シガレットは見た。
爺さん、ご隠居と言うのはようするに、彼の妻の祖父、ガレット先々代領主にあたる老人のことだ。
「うん。ルージュと一緒に、実は私も、ご隠居様に呼び出されたんだ」
それで、話を振られた。
微苦笑交じりにルージュは語る。
「ま、ご隠居様のお話が終わる前に、ルージュが返事をしちゃったからそれで私は回れ右、だったんだけど」
「……あんまり聞きたくなかったなぁ、そういう話」
「嬉しくない?」
「困るわ」
次にルージュと会うときにどういう顔をすれば良いのか、確実に悩む話題である。
「それは兎も角、その時は私、なんだかなぁって感じで、終わったんだけど……あれ、終わってないのかな?」
「いや、俺に聞かれても」
赤裸々な話に、シガレットもそろそろいっぱいいっぱいである。
しかし、本番はこれからだった。
「その後しばらく、う~ん……そう、シガレットとレオ様の結婚式があって……その後、かな。次の日、ほら。レオ様、朝議にも出なかったでしょ?」
「……まぁ」
「シガレットも領主の席で眠たそうだったし」
「……」
答える気力もなくなって、シガレットは視線を逸らした。
クスリ、とベールが笑う音が聞こえた。
「それがどういう意味なのかなんて、お城のみーんな解ってた訳じゃない。とうぜん、わたしも……うん」
それで、さ。
気づいたんだと、ベールは言った。
そして、何にとシガレットが尋ねる前に、彼女は言った。
「わたしって、シガレットのことを、
凄く驚いたんだよと、見知った顔で笑う女性。
いや、今まさに凄く驚いているところだよと、言わずに頭を抱える男。
「それでね、うん。この前に実家に帰ったとき、お父様に聞かれたんだ」
「何を」
聞いて、という態度に、疲れた顔で返す。
よくぞ聞いてくれた、とベールは楽しげな顔で言う。
「ガウ様とシガレット。
どちらが。何が。
尋ねる必要もないほど明確だが―――シガレットはとにかく、確認はしておきたかった。
「縁談か。元々お前、ガウルのところへの押し込みだったろうに……」
「実家はそのつもりだったろうね。ガレット―――ご隠居様としては、元々あなたとガウ様と、どっちでも良かったみたいだけど」
「俺、姉さんと始めてあったとき、まだ田舎の牧童に過ぎなかったはずなんだけど」
「大陸協定締結以前の、古く濃いガレットの血だからね、シガレットは。内々の話だけど、私は初対面の頃から、予め貴方がガレットの王子様だって、聞いていたし」
多分それは、ビスコッティの少女達も同様だろうと、幼馴染は言う。
勇者アデライトの活躍の後、大陸を結ぶ街道は開かれ、国家間の交流は盛んとなった。
それ以前の時代、その多くは国内の有力者同士の間でのみ行われていた婚姻政策も、国と国の間で結ばれるようになった。
国家間の婚姻が盛んになるということは、それだけ、種族間の混血が進んだということでもある。
各種族としての血統の維持は、大陸協定会議でも議題に上がり始めるような、国際問題になりつつあった。
シガレットの母親は、大陸協定締結直後の、
その深く濃い血を領主家に戻し、そしてつなげて生きたいと考えるのは、為政者であれば当然だろう。
「まぁ、そんな俺の父親は、いきなりビスコッティ人だったりするんだけどな。大体、ガレットの血を残すことを期待されてるのに、宛がうのは特徴バリバリの縦耳の女とかどうなの……」
「どーせ建前ってことでしょ。ご隠居様も別に純血の維持とかあんまり考えてるわけじゃないし」
「あの爺さん、初恋の女性はウチの母親だからね」
本人が駄目なら子が欲しい。
欲しくて譲ってもらったからには可愛がりたい。
夜の世話役をせっせと用意するのは、まぁ、そういう訳だ。
「俺の血筋なんて増やしても、ねぇ。レオの子供は欲しいけど、俺の、なぁ……」
「欲しいやつなんて居るか、とか言いたそうな顔してる」
「一応言わないように自重はしてるぞ」
態度には出ていたが。
仕方ないな、とベールは笑う。
笑った後で、しかし、
「ガウ様とシガレット、ってお父様に尋ねられたときに、私は、シガレットだなって、思ったよ」
「……それは」
光栄な話、なのだろう。
義弟は、家族目線を抜きにしても、良い男になるだろう片鱗を見せていたのだから。
形容しがたい気分を持て余すシガレットに、ベールは尋ねる。
それで、と。
シガレットは、それでとは、と尋ね返す。
ベールは、そろそろ、答えが聞きたいと、言う。
言われて、なるほど答えかと、シガレットは腕を組んで、天井を見上げて、唸る。
答え。
答えは。
「……考えるよ」
これから。
「この期に及んで考えるだけ?」
呆れの隠せぬベールに、だがしかし。
「これは、既婚者としての意見なんだけどさ」
「?」
瞬きするベールに、シガレットは、世の真理を悟った隠者の如き重々しい口調で、告げる。
「男って、こういうことは考えた段階で負けだと思うんだ」
「……そっか」
「……そうなの」
「そっか」
それじゃあ。
二人の視線が漸く絡む。
―――なるべく早く考え終わってね。
―――期待して待ってろってんだ、チクショウ。
つまり、そういうことになった。
因みに、ゴドウィンとかバナードとかのお陰で、そもそも勉強する必要が無かったという説。
即答せずにキャットファイトが発生していた―――という没ネタもあったりなかったり。
まとまりが悪くなりそうだったのでナシになりましたが。
次回は軽く勇者王の……話にするか、嫁との反省会にするか。
まぁ、ぼちぼち進めます。