ビスコッティ共和国興亡記・HA Edition   作:中西 矢塚

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 一応ラストのオチは見えたんだけど、しかし、中々進まんなぁ。
 フロニャ祭までに終わると良いね……


4-11

 

 さて、その晩の夫婦の寝室での話である。

 

 土下座から入るべきか。或いは、五体投地でもかますべきか。

 さしあたって遺言をしたためた遺書だけは準備を終えて寝所へと入ったシガレットは、何故か。

 

「毎度思うことだけど、意外と柔らかい」

「殴るぞおのれ……」

 筋肉質なのになぁ、とに嘯くシガレットの頭をひざの上に乗せ、レオンミシェリの拳はぷるぷると怒りで震えていた。

 ようするに、膝枕、という状況である。

 有無を言わさぬ態度で、妻は夫をこの状況に持ち込んだ。

 

 ならば当然、少年少女の恋愛のような甘ったるい会話が続くのか―――と思わせて、実際のところ。 

 

「そこで保留にするとは、お前らしくも無い」

「お前らしくって何さ」

「じゃってほら、ワシの……ホレ」

「あのねぇ……」

 ため息を吐くシガレット。

 嫁に別の女との会話の内容を詳らかに語らせられ、挙句それに駄目だしまでされれば、そうもなろう。

 だが、彼にもこれには一言あった。

「はっきり言うけど、違うからな」

「違う?」

 何が、と首を捻るレオンミシェリを見上げながら、シガレットは投げやり気味に言った。

 

「好きな子にプロポーズするのと、仲の良い近所の姉ちゃんから捕食者の視線を向けられることが、だよ」

 

「―――」

「……んな引きつった声出さんでも」

「だっ……バカ、そんなはっきりと言えば……っ!」

 誰だってこうもなる、と顔を真っ赤にする妻。

 可愛いと思うのに加え、若干の呆れもシガレットにはあった。

「当たり前の話だろ、こんなの。……なんで解らないかなぁ」

 いや、日ごろの行いを考えたら、解ってくれというのは傲慢か、とシガレットは内心で自分を罵る。

 黙認を良いことにやることはやっているのだから、妻を責められる筈は無いのだ。

「解らん、という事も、無いのじゃがな」

「ん?」

 さて、この問題にどんなオチをつけるべきか、と黙考するシガレットに、レオンミシェリは自嘲気味の声で言った。

「人間、案外、自分が思っているよりも身勝手なものじゃな。紹介したのもワシ。進めたのもワシ。……だと言うのに」

「いや、その辺は……ホラ、配慮してもらってるのも解るし。どっかの名前しか知らないお姫様を押し込まれるのを、防いでくれたんだろ?」

 気心も知れていて、家柄も悪くない割りに、政治的影響力は低い。

 側室に選ぶにはベターな相手だろう。

 とりあえずの一人目(・・・・・・・・・)としておけば、しばらく押し込みを避けることも出来る。

「……かなぁ?」

「で、合って欲しいと思うよ、ワシは」

「うん?」

 意外な返しだと、シガレットは思った。

 

 多くの嫁を養ってこその良き王、良い男であろう。

 甲斐性をみせいよ、愛しき我が夫よ。

 

 初夜を済ませた直後の言葉じゃねーだろ、と頬を引きつらせたのは、良い思いで―――である筈も無かったが、それは兎も角。

「どこぞの馬の骨よりも見知った顔、と実際ワシも思っておったのじゃが……そなたがこう、本気になっているところを見ると」

「……本気になってるかな、俺」

「なっておろう」

「……なってるかぁ」

「うむ。率直に言って、ワシは腹立たしい」

 

 これほどに腹立たしいとは、思わなんだ。

 

「ミルヒや垂れ耳、ユキカゼやノワールにジョーヌ。ビオレ……は、洒落にならんな。うむ、そのあたりならきっとこうはならなかったのだろうが」

「え、ゴメン、その人選は何?」

「好きじゃろ?」

「……」

 言葉に詰まった。

「少なくともワシは、この仲の誰を嫁にしたいと言っても、仕方あるまいと頷いた自身があるぞ」

「そんなことは……」

 無い、と言い切れないあたり、大概である。

「サイッテーだな……」

 思わず天を仰ぐ。

 嫁の微苦笑が視界に入った。

「よい。その辺りの気持ちも含めてそなたを……ワシは愛しておる」

 

 ―――が。つまり。結局。

 そこに、肝心の名前が挙がらなかった、と言う意味は。

 

「全く意識していなかった相手に、意識を向けさせる―――ワシが仕向けておきながら、全く。嫉妬すると言うのはおろかな話じゃな」

「……いや。おろかってことは……いや?」

 愚か、なのだろうか。

 いや、そうではない。

「少なくとも、ホイホイ本気になってる俺のほうがアホだと思うけど」

「うむ、まぁ、それはそうなのじゃが……」

「そうなのか。いや、そうなんだけど」

 自分で認めてしまった手前、何も言える筈も無く。

「ワシの知らぬ場所でワシ以外の誰かに帰られているソナタを見るのは嫌なのじゃな、と」

 言いたかった。知っておいて欲しかった。

 知った上で、配慮もして欲しい。

 勿論のこと、優先順位を変えられては困る。

 

 滔々と語る妻の態度に。

 ああなるほど、『釘を刺される』ているのだと、シガレットは漸くこの状況を理解した。

 

「レオ」

「うん?」

「愛している」

 我ながら薄っぺらい言葉だな、と思いながらも、実際そうなのだからと我慢して、告げる。

 ワシもじゃよ、と言う返事。

 ありがとう、とそれに笑う。

 そして。

 その上で。

「一つ頼みがあるんだ」

「ふむ、言ってみよ」

 

 レオンミシェリを愛している。それは事実であり、しかし同時に。

 ありえたかもしれない可能性の恋愛を、少しは引きずっているのもまた、事実。

 それまで微塵も存在しなかった想いが、しかし今はあるのもまた、事実なので。

 

 だから、せめて正直であろうと、シガレットは思った。

 それが最低限の誠意だろう。最低な誠意でもあるな、と言う思いからは目を背けながら。

 

「嫁に迎えたい女性が居る」

「――-ワシというものがありながら?」

「そう。君と言うものがありながら、だ。その人と結婚したいんだ、俺が(・・)、ね」

 悪いが、とは言わない。受け入れてくれと、頼む。

 愛する妻に向かって言う言葉では、間違っても居ない。

 だが、言う。

 それはシガレットの役目だった。少なくとも、彼はそう思った。妻から仕向けられた話とは言え。

 決めたのは、シガレット自身なのだから。

 

「しようの無い夫じゃの」

 だが、まぁ良いと、妻は苦笑した。

 惚れた弱みじゃな、と唇だけを動かして。そして。

「誰を妻に迎えようと言うのじゃ?」

 そう、尋ねた。

 解りきったことを、尋ねた。

 そしてシガレットは、解り切っていた答えを、返した。

 

「うん、ルージュさん(・・・・・・)」 

 

「は?」

「だから、ルージュさん」

「……ほぅ」

 

 解っていながら(・・・・・・・)、名前を出すことを無意識のうちに阻んできた人物である。

 理由は―――明白。

 妻たる自分と、恐らく勝負(・・)になりうるから。

 それが解っていたから、無意識に除外していた。

 そこに、夫は踏み込んだ。

 ならば妻として返事をせねばなるまい。

 名を出せねば見て見ぬフリを続けられていたであろうと頃に踏み込んできた夫に、妻として全力で答えてやらねばなるまい。

 

 ―――さしあたって、拳で。

 

 

 

 

 

 

 





 因みに出した名前は初期ヒロイン候補。
 しかし、なぜその中で一番書きづらいヤツを嫁に設定してしまったんだろう……。
 そして全くフラグを立ててなかったヤツを嫁にする展開にしているんだろう……。
 
 まぁ、ライブ感って大事だよね。

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