ビスコッティ共和国興亡記・HA Edition   作:中西 矢塚

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六月になってしまった……。
と、言うわけで星鯨編開幕。


4-13

 

 視線が集まっているのが解る。

 望まれていることも解る。

 ついでに言えば、空気も読める。

 

 ―――で、あるならば当然。取るべき行動も、解っていた。

 

 だと言うのに、動けない。動きたくない―――訳ではない。

 むしろ直ぐにでも動きたい、とすら思っている。

「おい」

 囁くような、鋭い声。

 近頃とんと話す機会が確保できない妹分のものだ。

「そのくらいにしろ」

 目を向けて、視線が絡み、諦めた。

 気持ちは解る、とか、お前らしくも無い、とか、そういう意味がこめられた視線を向けられてしまえば、それはそう、諦める以外他無いだろう。

 

 だから、ため息を一つ。

 

「まぁ、未来の義妹のオトモダチのためだからな」

 

 冗談を一つ。

 冗談じゃないと、思いながらシガレットは言った。

 

 勇者達の顔に笑みが浮かぶ。

 暖かな輝きが洞窟を満たす。

 哀れな精霊がひとり、救われた。

 

 依然、星祭は続いている。

 厳かな祈りの歌は、今は賑やかしい祝いの歌に代わってしまって言っているが、それも祭りの妙と言うものだろう。

 湖面に浮かぶ星の民の里は、里を―――星鯨を救った勇者達一向を交えて、祭りを大いに盛り上げていた。

 

 ―――里の片隅。

 湖岸の一軒の家をシガレットは訪れている。

 普段は里の歌姫が暮らす小さな家は、今は負傷者の休憩場所となっていた。

 負傷者、で、ある。

 活性化したマガタチの影響下にあった星鯨の体内は、一時的にフロニャルドの守護の力が働かなくなっていた。

 守護の力が働かない状況で戦闘行為を行えば、当然、負傷者は発生する。

 星鯨内の対マガタチ攻防戦。

 先行した勇者たちを援護するために三国より選抜し派兵された精兵達であっても、実戦とあらば、負傷者ゼロと言うわけには行かない。

 負傷者は出た。当然のように。

 シガレットは、それに怒りを覚えた。

 むしろ負傷者だけで、死者が出なかった幸運に喜ぶべき場面であろうに、数名の怪我人―――それも、数日のうちに完治可能―――が出たと言う、只それだけの些細なことに、憤りを感じていた。

 下手人に相応の報いを与えてやらねば気がすまない、ありていに言ってしまえば、息の根を止めてやらねば気がすまない程度に、激怒した。

 それが、つまり。 

 

「なっさけない話だと思わないか?」

「ん~~~。あたしはそんなことはないと思うけど」

 自身の気持ちをもてあますシガレットの自嘲を聞いて。

 確かに、とでも頷かれるかと思えば、案外と考えた上での、そんな答えが返ってきた。

「別に、アニキの立場ならフツーだと思うけど」

 そう言って笑うのは、ジョーヌである。

 利き腕を包帯で吊っていた。今回の戦闘での、若干三名からなる、要安静状態の負傷者の一人だった。

 王子親衛隊ジェノワーズの三人娘のうちの一人である。

 

 で、あれば。

 負傷者の残りの二名を推察することは、容易いだろう。

 室内にはシガレットと、三人のけが人の少女達。

 何れも見知った顔である。

 けが人三人娘のうち、おきているのはジョーヌだけ。

 残りの二人は、鎮痛剤が効いているのか、ベッドの上で横になっていた。

 痛みにうなされていると言う様子は無い。さしてまもなく、健康に戻るだろう。

 だけど、怒りを覚えたのだ。

 妹に止められるまで、抑えきれないほどの怒りが、シガレットの中には確かに、あった。 

「人間てのはどこまでも浅ましくなれるんだなって、今回は本気で自分に呆れたよ」

「そこまで言うほどかなぁ?」

「いや、だってそうだろ? 自分から保留とか言っておいてさ、いざ怪我してるのとか見たら……」

「オレノオンナニナニスンダー……とか?」

「……それ、俺の真似のつもりか?」

「あってるっしょ?」

「……浅ましいよな、ホント」

 鼻で笑って返されて、シガレットはガクリとうな垂れた。

 うな垂れたまま、視線をベッドに向ける。

 ノワールと、ベール。

 ノワールは、マガタチの眷属の拳打により、腹部を。

 そしてベールは、病魔の触手に巻き疲れて、足を負傷したらしい。

 なんでも彼女ら三人は、マガタチの眷属が懸想する歌姫を抱きかかえて、鬼ごっこをしていたのだとか。

 敵の最大目標を目の前で浚って逃げるなんてまねをすれば、怪我の一つもしよう。

 彼女らは見目麗しい少女達であったが、戦闘職についている。

 戦興行しかり、対魔物戦しかり、何につけ前線に出たがる王子の親衛隊と言う役割を負っていれば、怪我の一つや二つ、稀によくある話だった。

 事実としてシガレットは、彼女らが負傷する場面など、幾度と無く見ている。

 そう、怪我をしているところなど、幾度と無く見ているのだ。

 その時は平気だった。心配はすれど、怒りを覚えるとかは、特に。

 しかし、今回に限って。

「度し難いわ……」

「そんなことないって。変に考えすぎだよアニキはさぁ。だーいじょーぶだって。アニキがめっちゃ怒ったーって知ったら、ベル、すっごい喜ぶよ」

「いや、流石にそれはねーだろ」

 逆に呆れるレベルだと思うと、頭を振るシガレット。

「あるって、絶対喜ぶよ」

 しかし、ジョーヌは断言する。

「いや、ねーだろ」

「あるって」

「ないない」

「あるね、絶対ある」

「……なんか、やたら言い切るな」

 変に持ち上げられているような気分になって眉根を寄せるシガレットに、ジョーヌは、ぬっと、顔を寄せて。

 

「だって、あたしだったら喜ぶし」

 

 と、言った。

 シガレットは。

「……そう(・・)なのか」

 と、唖とした口の開きで、言った。

 顔を離し胸をそらすジョーヌ。さも得意気に。

そう(・・)だよ」

 笑った。

 

 ああ、そう。それは初耳だね。

 

 それぐらいしか、シガレットに言えることは無かった。

「あ、ノワも嬉しいって言うと思うよ、………………多分」

「多分なんだ」

「だって、よくわかんないし」

「解らないことに頭を抱えるべきなのか、解らなくてよかったと言うべきか……」

 

 とりあえず一つ解ったことと言えば。

 

「まーほら、あたしは後で良いからさ。ほら、ネンコージョレツってヤツ?」

 

 迂闊に弱みなど、見せるべきではない、と言うことだ。

 

 

  




そして星鯨編閉幕である。
ベルデ君は星になったのだ……。アリアもか。

因みに外でこっそり緑色の髪の人がこっそり話しを聞いていたらしいと言う裏設定。

次回最終回。三度目?

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