ビスコッティ共和国興亡記・HA Edition   作:中西 矢塚

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第二部
召喚編・1


 

 

 

 ・㊦月㌣日

 

 決壊した堤のようなものだ。

 溢れ流れ出でてしまえば、せき止めることなど出来ない。

 終端まで、流れ着くのをただ眺めるだけか―――或いは、自らも濁流に身を任せるしか、無い。

 

 曇天。薄っすらと鳴り響く遠雷が耳に届く。

 周囲の空気は、何処か鬱屈に満ちていた。

 高い尖塔の、窓の向こうの曇る夜空の元を見下ろせば、そこには。

 夜の闇、雷の音―――閃光に僅かに視認を可能とする、それは、平原見渡す限りを埋め尽くす大軍団の姿だった。

 ガレット獅子団領国対ビスコッティ侵略軍。

 国境の要塞、平野、山々が作る天然の要害すら突破して、このミオン砦の向こうに連なる王都フィアンノンを攻め落とそうと各方面から結集した全兵力が、今、私の目の前に存在していた。

 

 ―――突然ですが、戦争のお時間です。

 

 いやね、こうもバトルバトルの日々が続けばシリアスな気分にもなりますよ。

 しかも此処一ヶ月近く、勝率で言えばほぼ負け越し状態。

 オマケに私は負けてる側の現場指揮のお仕事なんてしていれば、もう、気分もダウナー一直線。

 しかも挙句の果てには、攻め寄せてきてるのがほぼ全員顔見知りの連中ばかりなんだから、もう、連中の勝ち誇った顔がウゼーのなんのって。

 あの脳筋集団、ちょっとはこっちの都合を考えろって話だよ。

 こっちは大事な主要産業の一つ、特産果実の収穫期が重なっていて兵力集められないっつーのに、そんな事情お構い無しにもう、あっちでこっちで戦争戦争戦争。

 気付いたらもう、此処と王都と、後その間にある小砦以外戦域指定エリアが残っていないっつーの。

 私もすっかりこの一ヶ月で、敗戦処理請負人というポジションが板についてきてしまったような気がします。

 

 無理だね、うん。

 勝てない勝てない。局所で一時的に押せてみせても、面で押しつぶされちゃうからどの道結果は変わらないし。

 かといって、実らない努力だからと諦めてしまえるような立場でもないし、ああもう、本当にこの一ヶ月は無駄な努力を繰り返す毎日でした。

 こんなワンサイドゲームが続きすぎると、流石のほんわかビスコッティクオリティもしょんぼり気分が寄せてきちゃうと言うか、うん、しょんぼりさんの無理くりな笑顔が心に痛いです。

 責任とか、あんまり感じてくれないとありがたいんだけどなぁ。

 

 これ、根本的に無理ゲーだし。

 状況を踏まえれば、戦争開始前からウチが負けることは確定しているのは、多分向こうだって承知してるに違いないんだから。

 

 ―――まぁ、つまり。

 連中、勝ち誇るために攻めてきてるって事なのか―――そこまで厭味なことされるような間柄じゃなかったと思うんだけど。

 姐さん、その辺何を考えてるんだか。

 敗者と語らう暇なんて無いとか、宣戦布告は済んでるんだから後は弓と矢で、とかまんまお芝居の戦国大名風味の台詞しか返って来ないで面会謝絶状態だし。

 むしろ、しょんぼりさんはそっちの理由でしょんぼりしてるわ。

 

 ほんと、姐さん。

 

 ―――どうしてこうなった?

 

 

 ヾ月ヽ日

 

 軍師が派遣され、宣戦布告文章も既に受け取っている。

 砦攻めは夜明けと共に開始されると、つまりは、この曇天の中でまだしばし陰鬱とした時間を過ごさねばならない。

 防衛戦準備のためにそれなりに忙しなく動いている周囲の空気の中で、一人チェーンに繋いで首に下げておいた指輪を眺める作業を続けるのも非生産的な気がしたので、少し、此処にいたる状況を振り返ってみようと思う。

 

 何故、ビスコッティとガレット、否、しょんぼりさんと姐さんが戦争を行うこととなったか、その経緯を。

 

 歌うしょんぼりさんが歌うしょんぼり領主様にクラスチェンジしたのが丁度一年と二ヶ月程度前の話。

 国民からの信任投票も万事抜かりなく終わらせ、見事ビスコッティの領主様となりおおせたしょんぼりさんを、祝いの席に駆けつけた姐さんは我が事のように喜んでいた。

 私としてもその時が、ガレットを離れてからの一年ぶりの再会だったりしたわけで、まぁ、お互い大事無い事を程ほどに確認しあった程度の話だけど―――うぅむ、特に姐さんにおかしい部分は無かったんだよなぁ。

 

 ―――なのに、今から一ヶ月前に、唐突のガレットからのビスコッティに対する侵略計画の通達。

 

 漸く領主としての仕事にも慣れ始めた、程度の新人領主様にとっては青天の霹靂とも思える大事。

 おまけに侵略宣言をしたのは姉とすら思うような親しい、尊敬している女性だったのだから―――まぁ、酷な話だ。

 初めはそれを、ビスコッティは先輩領主からのありがたい教育の一環程度のものと―――つまりは、両者が相応に利を得られる結果で終わるものと楽観視していた。

 だが蓋を開けてみれば、国境線の平野を埋め尽くさんばかりの大軍団が存在していた。

 同時に、複数箇所で―――考えるまでも無く、ガレットは本気だと言うことを示していた。

 

 初動の遅さ、或いは見積もりの甘さと言うべきか、まぁ、こんな状況で始まってしまえば後は一方的なもの。

 何しろビスコッティはまともな軍事力は殆ど存在していないのだから。

 収穫期の中でなんとか徴発した民兵達と併せても、攻め寄せるガレットの大軍団をせき止められるわけも無く―――そう、あたかも決壊した堤からあふれ出た濁流の如く、侵略者達はこの王都手前の最後の大砦であるミオン砦まで押し寄せてきました、と言う訳で。

 

 まぁ、此処もそれなりに堅牢な砦であるとは思うけど、率直に言って下に見える大軍団に攻められたら勝てる訳が無いわ。

 だって、彼我戦力差十対一って勢いだもの。

 おまけに砦の守将は侵攻作戦以外では活躍の仕様が無い突貫馬鹿―――つまり、私な訳で。

 私は侵略するのは得意だけど侵略されたらどうしようもないんだよ!

 緑の人とかみたいに雑魚散らし用の紋章術とか使えねーし!

 必殺キックとか、アレ避けられたら速攻でフクロにされるに違いない自爆技だし!

 守りきらないと負け―――つまり、攻めて来る敵を全滅させるような戦いを強いられるのであれば、私はどう考えたって不向きだ。

 

 ―――でも、やるしかないんですよねぇ。

 騎士団長と親衛隊長を、まさか王都と領主から引き剥がす訳にはいかないし、リアル戦国無双の流浪人さんはこの二年近く音沙汰無しで何処にいるんだか解らないし……そもそも今、国内にいるのかあの人?

 あ、ついでに個人的にこの戦争にモチベーションが上がらないので、こう、輝力のノリが悪いっつーか。

 

 ―――そこ、女々しいって言うな。

 

 まぁ兎も角、そんな事情で穴埋めポジションとして投入されるのが私の役回り。

 負けそうなところに投入されて、しっかり負けて帰ってくるとか……ホント、敗戦処理要員になってるよなぁ。

 負けたからって命がとられる訳でもないし、別にウチの国が一方的に赤字を被ってたり模するわけじゃないから問題ないといえば問題ないんだけど、やっぱり負けが続くと国内から元気が無くなって行くというか、しょんぼりって感じで―――解決したいんだけど、どう頑張っても、数の力に押し込まれちゃえばどうしようもないわ。

 小粒の若手が敵の大物に押しつぶされちゃえば、後は兵力で地ならしのお時間ですってなもんで、何処の弱小球団だよと言う残念な有様。

 

 ―――とはいえ。

 此処で負けると次は王都って訳で、流石にそれは避けたい。

 何より、玉座に座るしょんぼりさんに剣を突きつけて勝ち誇る姐さんと言うシチュエーションは個人的に全く見たくない光景なのだから。

 ホント、マジで姐さんはしょんぼりさんをしょんぼりさせて何がしたいというのか。

 

 ……ん? どったのエミリオ君。

 あ、防衛の準備終わった? いつもながら早いねぇ。流石ポストイケメン。万事ソツが無いね。

 まだ夜明けまで時間あるんだから、のんびりで良かったのに。

 

 と、言うかさ。

 

 折角準備してもらって申し訳ないんだけど、撤収準備してくれる?

 うん、撤収。いやいや、冗談じゃなくて。

 夜の内にこの砦の中身を空にしちゃおう。

 で、皆はそのままレイクフィールドでイケメン騎士団長と合流して最終防衛線を再構築。

 ああ、その時ついでにポポロの砦の連中も拾っていっちゃってよ。

 ははは、いや、本気だから。この人数で篭城戦なんて時間稼ぎにもならない兵力の無駄遣いになりそうだし、さ。

 だから、ただでさえ少ない兵力は分散してすりつぶすのはやめて、最終防衛線での水際防御に全てを賭けよう。

 ……ああ、しょんぼりさんにばれない様に、こっそりと王都で臨時の徴兵とかしてくれると私としては嬉しいなーと思うんだけど……いやいや、エミリオ君が千人分の戦働きしてくれるって期待は勿論有るんだけどね。

 まぁその辺はイケメン騎士団長と相談して―――緑の他人には絶対ばれないようにな? うん、宜しく言っておいてくれれば良いわ。

 

 え?

 

 ああ、私はどうするんだって話?

 ははははは、そうねぇ。

 それじゃあ、伊達に中二な二つ名がついていないことをキミ達に証明してあげよう。

 

 ―――報道部呼んで来てくれる?

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月現在

 

 王都フィアンノン、フィアンノン城。

 代表領主を上座に頂いた御前会議の議場に、緊急の報が届けられた。

 

 ミオン砦陥落。

 

 それは即ち、実質的な王都防衛の最後の砦が陥落したことを意味していた。

 ミオン平野と王都の間には、最早防衛に適さぬ小砦を一つ残すのみ。

 王都直下、レイクフィールドに引かれた最終防衛線に於いて戦闘が行われるのは確定的な事実となった。

 

 御前会議に集った者たちにしてみれば、ある意味、予想されていた事態ではある。

 元より兵力差は絶対的な開きがあり、それを覆して守り抜けるほどに、ビスコッティの兵は精強とは言い難かったから。

 だが、砦の陥落が必然であったとしても、幾らか早すぎやしないか。

 ミオン砦の守将を任されていた騎士は、この国でも最高クラスの強力な騎士だった筈だ。

 戦好きが講じて武官としてガレットに長期滞在していた経歴を持つ、ビスコッティきっての戦上手―――その筈だというのに、余りにも、陥落の知らせが早すぎる。

 

 一体、砦ではどのような戦が―――判明したのは、驚愕の事実。

 

 砦と自身を身代とした、奇襲戦ルールによる敵陣への単騎特攻。

 敵軍将官数名を次回戦線への参戦不能へと追い込む戦果を上げることに成功。

 戦果を最大限生かすために、ポポロ小砦も引き払い、撤退した全軍をレイクフィールドに集結。

 以って、敵軍の撃退への一助となることを期待する。

 

 皆がその報告の意味を理解しようと言葉を失っている中で、代表領主たる少女が早駆けの伝令へと尋ねた。

 

 それで、彼は。

 

 答えは明確。

 奇襲戦ルールに基づく敵軍将官へのペナルティが『次回戦闘への参戦不可』であるのならば、敵陣中へと特攻を仕掛けた件の騎士に科せられるペナルティも、また。

 

 ―――現在は、占拠されたミオン砦の一角に拘禁されているらしいです。

 

 口惜しそうに語る伝令を、領主たる少女は労わりの言葉と共に下がらせた。

 じっと口を閉じて、眦を伏せて思考に沈む。

 議場に集った人々の沈痛な声音を耳に留めながら、彼女はいろいろなことを考えていた。

 

 今のこと。今までのこと。彼のこと。民のこと。国のこと。それから、一人の女性のこと。

 

 民には苦労を強いてきた。今までも、そしてきっと、間もなく訪れる王都直下で繰り広げられる大戦でも。

 苦労を。あの奔放な彼にすら、しんどい真似をさせてしまっている。

 彼女の愛すべき周囲の暖かい人々を、しかし彼女は弱く、自身のみでは笑顔を齎せてあげることが出来なかったから―――。

 

 決断は、雷鳴の轟きすらも遮って。

 

 ビスコッティ共和国代表領主ミルヒオーレ・F・ビスコッティは、最終手段の活用を宣言する。

 

 勇者召喚を、行うことを。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・シガレット』

 

 肩を揺すられた感触に、瞼を開ける。

 領主家の人間も滞在することがある、ビスコッティらしい様式美を備えた寝室の風景。

 それが、朝の日差しに飾られていることに気付いた。

 方をベッドに押し付け横になっていた状態から、天井を向くように姿勢を直し―――それで漸く、そっと肩を揺すって名を呼びかけていた人物の姿が視界に入った。

 

「お目覚めですか? アシガレ卿」

 

 丁度顔と水平の位置に、短いスカートの裾が覗く。

 大きくフリルのあしらわれたエプロンドレス。

 腰位置まで届くポニーテール、ついで、その先から踊る毛並みの良い尻尾が流線を形作って、おっとりとしたその表情とは対照的に、快活なイメージを与えていた。

 

 誰と考えるまでも無く、ガレット獅子団領国は領主閣下のお傍付きのルージュさんにじゅうえっくす歳である。

 相変わらず情け容赦の一つも無く、明らかに十代半ばの人間が着る事を想定されたデザインであろうミニスカフリルのメイド服を着こなしている様が、朝から刺激的とも言えた。

 彼女がお姉さまと慕う我が愛しのビオレさんはバリバリのキャリアOLぽいタイトミニな格好をしてるのに、何でこの人は未だに量産仕様のメイド服姿のままなのだろうか。

 一応、それなりに階級高い位置についている筈の人なんだけど……。

 

「アシガレ卿?」

「ああ、すいません」

 

 不思議そうな顔で小首を傾げられて、私はゆっくりと身を起こした。

 背筋を伸ばしながら、室内を見渡す。

 ガレットに占領される前から私用させてもらっていた、高官の寝所の広い室内。

 

 ―――捕虜だよなぁ、私って。

 なんで、普通に敵軍のメイドさんに優しく起こされてるんだろうね?

 いや、なんでも何も、だからこそ此処はフロニャルドって事なのかも知れんけど……まぁ、噂には聞いてたけど、戦時中に捕虜になったのは初めての経験だから、やっぱり何か、落ち着かないなぁ。

 ベッドから身を起こす私に、ルージュさんは洗面台を傍に運んできてくれる。

 なにコレ、洗顔のための洗面所ってのは、起きると向こうからやってくるものなんだ。

 

「あ、でも。どうせ起こしてくれるならビオレさんに起こして欲しかったなぁ」

「……相変わらず、アシガレ卿はビオレお姉さまの追っかけをやってるんですね」

 

 ははは、ヤダなぁルージュさん。なにを当然の事を。

 笑って返してやったら、タオルを差し出してくれたルージュさんは、苦笑を浮かべていた。

 

何か変なこと言ったかな、私?

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・ノワール』

 

「シガレット、もう起きた……?」

 

 扉を半開きにして、先ずは声を掛けてみる。

 

「―――その声、おちびさんか?」

 

 その呼び方は、どう考えてもアシガレ・ココット―――シガレットのものに違いなかった。

 躊躇い無く室内に踏み入れば、シガレットはルージュに手伝われて着替えている最中だった。

 手伝われてと言うか、実質そのまま、ルージュがシガレットを着替えさせている。

 シガレットはそれが当然のような顔をしているし、ルージュもそれが当然の役目とばかりに丁寧な手つきで着替えを施していく。

 それは実に自然な光景で、もう何年も連れ添った主従の関係に見えた。

 

 ―――いや待て、おかしいだろう。

 

 シガレットは確かに戦時条約下に則った捕虜で、だから所属国家の地位に見合った扱いを受けるのは当然……だけども、些かこの状況は、……おかしい、筈なんだけど……。

 

「男の着替えをじろじろ見つづめるってのは、ちょっと趣味が悪いぞおちびさん」

「……そう?」

「そこで疑問顔を浮かべられてもねぇ」 

 

 それは冗談で言っているのかと、咎める口調のシガレットに言い返してみると、しかし彼は苦笑を浮かべてため息を吐くのだった。

 

「まぁ、その辺の斟酌の無さがおちびさんらしいけどさ」

 

 もう大分昔からのことだが、シガレットは私のことを天然気味の女とでも思っている節がある。

 人と少し完成が違うかなって自覚は、うん、私自身も少し感じているけど、でもこの男にだけは言われたくない。

 着替えを見られるのを咎めているお前は、今まさに女に自分の身支度を整えさせているじゃないかと、ちょっとジョーヌに大声で突っ込んで欲しい気分だ。

 尤も、ジョーヌがシガレットの着替えの現場なんかに突入したら、顔を真っ赤にして飛び出していくだろうけど。

 ベールだったら……多分、両手で目を覆うフリをして、じろじろ観察するに違いない。

 

「で、おちびさんは朝からこの捕虜めに何の用かな?」

 

 少し考えに耽っている間に、シガレットは着替えを終えていた。

 ヴァンネットで暮らしていた頃と変わらない、何時もの鎧の下に着ていたビスコッティの騎士服。

 昨日戦闘中に破いたものを繕い直したものではない、明らかな新品だ。

 おそらくルージュ達レオ様傍付きメイド部隊が当然のように準備しておいたものなのだろう。

 何でレオ様のメイド達がコイツの服から何から準備しているのか、誰もが疑問に思うことであると同時に、しかし誰もが何故か、それを当然のように感じてしまう。

 シガレットには、そんな不思議な存在感があった。

 ―――と言うか、日常的にガウ様の頭を蹴り飛ばしているような、それで一回も咎められたことが無いようなヤツだったから、メイドに傅かれている姿程度を目撃したところで、今更と言うものなのだろうけど。

 

 シガレットなら仕方ない。

 シガレットならそう言う事もある。

 

 ―――概ね、ガレットではそんな評価が下されていた……あ、でもメイド達は何かちょっと違う感じの気持ちがあるらしいけど。

 

「おちびさん?」

 もう一度呼びかけてきたシガレットに、私は思考を振り払って返す。

 思考に没頭して会話のタイミングがズレてしまう、私の悪い癖だ。

「ご飯、一緒に食べようって」

「あ、呼びに来てくれたのか、悪いね。―――ガウも居るのかな?」

 ……シガレットは、そんな私との会話を、いやな顔一つせずに付き合ってくれる数少ない人でも、あった。

 ジョーヌやベール、そしてガウ様やリコ達と同じ、私にとって大切な友達、仲間の一人。

 彼は、私の少ない言葉の中身をちゃんと理解してくれていた。

 誰が一緒にと言っているかとか、一々尋ねなくても、理解していて、

「ううん、ジョーヌとベールだけ。ガウ様、ポポロ砦の方へ顔を出してる」

「あぁ~もう落ちたのか。まぁ、流石のエミリオ君でも空城の計とかトラップ祭りとかそういう方面に気が効いたりはしないよねぇ」

「そういうの、シガレットしかやらないと思う……」

「小細工の一つでもしなきゃ、やってられないでしょこんな無理ゲー」

 気の抜けたぞんざいな口調で、しかし、少しだけ表情は真面目なものにも見えた。

 余り見ることの無い―――むしろ、見かけたら良くないことが怒る予兆だとすらヴァンネットではささやかれている、シガレットの真面目な顔。

 

 ―――ガウ様も、そういえば最近はそういう顔をしていることが増えた。

 レオ様も……。

 

「一緒にメシ食うのとか、久しぶりだねぇ」

 会話を止めて顔だけを見つめ続ける私から、何を見たのだろう。

 シガレットは気分を切り替えるように明るめの声で言った。

 私も、それに便乗して頷く。

「ん。二年ぶり」

「だよねー。……って、そういえば昨日思いっきり蹴っちゃったけど、体の方は平気?」

「直ぐ、たまになっちゃったから」

「ははは、ちょっと忙しすぎてベールのうさだまを見逃したのが残念だったかな」

「私は、シガレットの青いいぬたまをちゃんと見たよ」

 

 ヴァンネットで一緒にいた頃と変わらない、何の変哲も無い友達同士の言葉のやり取りを重ねながら、私たちは二人の待つ食堂へと歩を進める。

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・シガレット』

 

「毎度のことだけど、もーちょっと静かにメシとか食えないわけ、お前ら」

「えー? だって皆でご飯食うんだから、楽しく食った方が良いじゃん!」

「あら、お兄様ったらつれないんだ。折角久しぶりに皆でご飯なのに」 

「そうそう、アニキってば変なところで硬いよねー。すーぐ暴力に訴えるくせに~」

「シガレットは、他人にばっかり厳しい……」

 

 こちらが一言を言えば、返ってくる言葉は最低三つ以上。

 姦しいと言うか賑やかしいと言うか、単純に煩い喧しいぞ三馬鹿と言うか、朝から相手にするには中々テンションが付いていかないのが、こいつらである。

 折角天気も良いんだからとテラスにテーブルを出して朝食会って感じなんですが、学校の給食の時間か何かかってレベルの姦しさである。

 いや、年齢的に考えれば丁度そのくらいだから何も間違ってないんだけど。

 

「……と言うか毎度言ってる気がするけど、年上のベールに『お兄様』って呼ばれるのは微妙な気分になるからやめて欲しいんだけどなぁ」

 このウサミミ『エロ』娘、レオ様と同い年だから私よりも二つ上のはずなんだが。

 ガウが私のことを『馬鹿兄貴』と呼ぶようになった頃とときを同じくして、その親衛隊であるこの三人も私のことをそんな感じで呼ぶようになっていた……って、おちびだけは違うか。

「ぇえ~? だってシガレット君は、いずれ、ねぇ?」

「そこで何故ルージュさんにアイコンタクトを送るね、キミは」

「言っていいの?」

「聞きたいけど聞きたくない事って、世の中にはあるよねー」

「……言った瞬間、ひっさつキックだね」

「げげアニキ、テーブル蹴っ飛ばすのは勘弁だよ!」

 しねーよ、お前じゃあるまいしと、誤魔化すようにジョーヌの口にサンドイッチを突っ込む。

 背後で苦笑気味のルージュさんに空になったティーカップを差し出し紅茶のお変わりを要求する。

 差し出すタイミングでティーポットが存在していた。毎度の事ながら、素晴らしい仕事振りである。

 

「こんなにのんびりしてて、良いのかねぇ……?」

 

 紅茶から立ち上る湯気に視界を燻らせながら、なんとは無しの気分で呟いてしまった。

 

「しゃーないじゃん、アニキが奇襲なんてかけるから、あたしら王都攻めに参加できないんだし」

「レイクフィールド、一回遊んでみたかったのに……」

「私は、フィアンノンの大通りのお店でお洋服を見たかったなぁ」

 

 戦争国の当事者同士のする会話じゃねーな、コレ。

 まぁ、ルール上王都の防衛戦には此処に居る人間は参加できないので仕方ないのだが。

 

 昨晩は頑張って、この三馬鹿とガウだけは潰した。

 三馬鹿の方は宣戦と同時の奇襲みたいな酷いやり方だった気がするけど、奇襲戦ルールだから仕方ないのである。

 で、何とかガウを潰して次はゴドウィン先生……と行こうと思ったら、横からバナードさんの槍がすっ飛んでくるし、レオ様のものらしき隕石は振ってくるわだしで、結局そこで積んだ。

 

「せめて後一人削っておきたかったなぁ……」

「アニキも結構欲張りだよな」

「そうそう、私たちの面目を思いっきり潰してくれちゃったのに、欲深すぎ~」

 ぼやく私に、ジョーヌとベールが口を尖らせる。

 まぁ、確かにこいつらからしてみれば夜中に陣地で休んでいるところを頭上からの一撃で潰された状況なのだから、色々言いたくもなるだろう。

 一応言わせて貰えば、そうでもしないと流石にこいつら三人とガウを一人で始末することなんて不可能だから、やむを得ないのだ。 

「一応、バナード将軍にも撃墜判定が出ましたよ」

 曖昧な顔で場を濁そうとすると、ルージュさんが横からそっと言葉を添えてくれた。

「あ、そうなん?」

「はい、その、卿と一緒にレオ様の……」

「ああ、隕石」

 レオ様必殺の、面制圧の紋章術。面に対する攻撃と言うことは、その面に居る敵味方含めて全員が対象ということで。

「つーか、あたしらの手下も殆ど巻き添えくらっちゃったし~」

「お兄様のキックに加えて、駄目押しでレオ様ですものねぇ」

「無差別攻撃コンビ。性質が悪い……」

 微妙に薮蛇だったらしい。

 どうりで砦の中庭に三桁を超える人数が集合していると思った。

 

「―――あれ、じゃあバナードさんも此処に居るの?」

「いえ、バナード将軍は……」

 

 私の問いに、ルージュさんは首を横に振った。

 そして、彼女の動作に応じるように、室内からメイドさん達が平面式のテレビモニターを運んでくる。

 私はそれで状況を理解した。

「ああ、解説か」

「はい」

 現在時刻的に、もう王都攻めは開始されている頃だろうから、実況中継の解説役としてお茶の間にお馴染みであるバナードさんが居ないのも納得できる話だった。

 モニターは幾度か画像をぶれさせた後で、丁度上空からのカメラから捉えたレイクフィールドの生中継の映像を映し出し始める。

「ぉお~派手にやってるじゃん」

「……楽しそう」

「ん~、落ちたら下着までびっしょりになっちゃいそう」

 王都を有する浮き島の直下にある巨大な湖一面を使って築かれた巨大アスレチック、そこで繰り広げられる『戦』に、三人は目を輝かせていた。

 私としては、その派手な光景を素直に楽しんでばかりも居られない。

 見た限り、既にフリーバトルフィールドの存在する第二エリア辺りまで押し寄られているらしいのだから。

 バトルフィールドの守勢は、当然騎士達を中心とした精鋭であるのだが―――精鋭であるが故に、如何せん数が少ない。

 それでも、やっとこそレイクフィールドの大アスレチックを超えてきた、疲れの見える雑兵程度なら何とかあしらえるだろう―――といいたいところだが、雑兵も、流石に数が数なのだ。

 ロラン隊長は最終防衛ラインの死守を任されているだろうから、あのバトルフィールドの守将はエクレ嬢に違いない。

 彼女の奮起に全力で期待したいところだが……。

 

「流石に、積んだかなぁ」

 

 雑魚を散らして疲れたところにゴドウィン先生辺りが突っ込んできたらそれで終わりな気がする。

 そしてエクレ嬢がやられてしまえば、ロラン隊長一人で先生とレオ様の相手となるから……ついでに、他の腕の立つ騎士や兵士たちも含めて。

 どう頑張っても無理ゲー過ぎる。

 人手の足りなさと言うのは、最早どうしようもない状況だった。

 

 せめて、後一人。

 誰か有能な騎士でも居てくれれば、もうちょっと……。

 

「あ、ちょ、今いい所なのに」

「なんでしょう、緊急ニュース?」

 

 黙考に耽ってると、いつの間にかモニターの映像が中継席のフラン兄さんたちに切り替わっていた。

 バナードさんのハンサムな顔と、勿論私の愛するビオレさんの可憐な姿も見える。

 まぁ、折角のビオレさんのお姿も、相変わらずひたすらハイテンションなフラン兄さんのせいで台無し―――と言うか、何か何時も以上にやかましくないか、兄さん。

 

『今! 大変なニュースが入りました!』

 

 それもう三回目だから、CM入る前に早いところ進めてくれんかな。

 一体全体、そんなに煽ってどんなニュースが着たんだ。

 

『なんとっ! ビスコッティの代表領主ミルヒオーレ姫様が、この決戦に『勇者召喚』を使用しましたっ!』

 

 ……。

 …………。

 ……………………。

 

『今まさに戦場に向かっているとのこと! さあ、ビスコッティの勇者は、どんな勇者だ―――ッ!』

 

 ……。

 …………。

 ……………………。

 

「…………………………………はい?」

 

 

 ・輝暦2911年・珊瑚の月『一日目・シガレット』

 

 勇者。

 

 先触れの聖獣の招きに従い、異世界から参上する救世主。

 かつてフロニャルドの人々が魔に怯えて闇の中で暮らしていた時代、聖剣を携えその闇を打ち払い、人々を安寧の地へと導いたと伝承される存在である。

 フロニャルドに災いがあれば勇者は光の橋を渡り光臨するのだと、それは、子供でも知っている御伽噺で―――尤も、現代フロニャ人的な感覚で勇者と言えば、もっと別の意味で受け取られるのが常だろう。

 

 そう、所謂あれだ、勝てないチームの助っ人外人。

 

 国際ルールに則って、各国一人ずつの召喚が認められているが―――まぁ、滅多に行われることは無い。

 子供でも知っている事実だが、かつてより現代まで、戦に破れかけていた数多の国々が招きよせた勇者達は、その全ての人物が地に根付き血を残してきたと伝えられている。

 勇者とは異世界で暮らす、高い輝力を発揮する素質を持ったもの達を指す言葉である。

 異世界、つまりは此処ではない何処かで生を営んでいた人々なのだ。

 異なる地で生まれ歳を重ね、生活の枠組みは確実に生まれた世界にあるのだろうに、しかし召喚された勇者は全てこのフロニャルド―――勇者達の視点で見ればフロニャルドこそが縁もゆかりも無い異世界に違いないと言うのに、勇者達は元の自分が生まれた世界に帰ることなく、『異世界』で生を終えることを選ぶ。

 

 ―――いやもう、はっきり言ってしまおう。

 異世界召喚モノのお約束として、地球から異世界に召喚されたら元の世界に帰れる訳無いんだってば。

 や、探せば変える方法が―――やっぱりお約束的な意味で―――有るのかもしれないけど、巷に伝わる話を総合すれば、召喚された勇者は地球へは帰れない。

 大抵の場合は、召喚してくれた領主家に囲われて―――或いは知り合った誰それと結ばれて、その血に溶け込んでいく道を選ぶが、中には自力で新国家を建設したりする人も居たりしたらしい。

 悲惨な話だと、望郷の念と悔恨が重なって魔に落ちてしまった勇者も居たらしいのだが―――それは本当に稀にも稀なケースだ。

 

 何しろ地球で暮らす勇者の前には、召喚の前に必ず先触れを告げる聖獣が現れて、『召喚に応じるや否や?』との選択の機会を設けると言うのだから。

 聖獣によって勇者の資格ありと認められた人物であれば、元々異なる世界へと溶け込めてしまう素養のある者なのが当然だし、帰還の不可を予め告げられたその上で召喚に応じたのなら、そうそう帰還を求めるような事があるはずも無い。

 

 ―――まぁ、問題があるとすれば。

 

 勇者の暮らす異世界と言うのは、早い話が地球である。

 私の前世が暮らしていた、違う事無き―――リコたん脅威の技術力の恩恵にあずかって確かめてみたが、間違いなく二十一世紀現代の地球だった。

 おまけにどうやら、ビスコッティの勇者は我が故郷日本に暮らしている人物らしい。

 

 ……現代日本で暮らす人間が、『勇者』。

 

 因みに、このフロニャルドと地球とに流れる時間の流れは一定であり同一だ。

 つまり、フロニャルドの百年前は、地球にとっても百年前と言う事で―――最後にフロニャルドに勇者が召喚されたと記録されているのは、数百年前。

 中世までは行かないけど、戦前ほど近くも無い―――そう、文明が今より発達していなかった頃である。

 

 その頃であれば、うん。そんな時代に生きる人間のメンタリティであれば。

 ―――恐らく、異世界への召喚なる事態へもおおらかな気持ちで受け入れられたりもするだろう。

 かえって立身出世の目があるとか、或いは、一国一城の主足らんと男の本懐を目指してみたりもする、気風のよさを備えていてもおかしくは無い。

 

 ……でも、現代の日本に暮らす常識的な人間に、それを期待するのはなぁ。

 と言うか、クーリングオフ不許可の契約に、そうそう同意するやつも居ないだろう。

 

『姫様からの及びに預かり―――勇者シンク、ただいま見参ッッ!』

 

 

 ……。

 …………。

 ……………………。

 

 …………………………………え~?

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 日が沈む、ほんの少し前。

 

「あの、シガレット」

 

 フィリアンノン城領主執務室。

 領主が執務に使う机を間に挟んで、ミルヒオーレとシガレットは向き合っていた。

 因みに何故か、ミルヒオーレが見下ろす側、シガレットが見上げる側である。

 領主補佐官のアメリタが、部屋の外で額を押さえている理由も解ろうと言うものである。

 

「何かな?」

 

 シガレットは、ミルヒオーレが書き綴った書類に赤ペンで添削を入れ終えた後で、漸く顔を上げる。

 ミルヒオーレは、まるで職員室に来た居場所の無い生徒のような態度で、はい、と頷き、続けた。

 

「最近、よく、来てくれますよね?」

 この仕事場へ、或いは、プライベートな時間も。

 ふと思い返してみれば、シガレットの顔を見かけるケースの、多い事。

「怖いお姉さんに面倒をみてやれって頼まれてるからね」

 誰とは直接言う必要は無いだろうけど。

 シガレットは苦笑してそう答えた。

「……それだけ、ですか?」

「まぁ、それ以上に、可愛い妹分だからね、キミ等は」

 兄貴分として、世話を焼きたくなるのは当然だと―――赤ペンで添削した書類の代わりを自ら作成しながら、シガレットは答える。

「それだけ、ですか?」

 もう一度、ミルヒオーレは同じ問いを繰り返した。

 シガレットは答えない。机に広げた羊皮紙に集中しているのか―――或いは。

 

「その……、気を、使わせてしまって居たんじゃないでしょうか」

 

 あれ以来。何時以来。何以来。

 言葉足らず、曖昧な表現で。しかし、意思疎通は確りと成立していた。

 故に。

 

「もう、必要ないかな」

 

 ―――いや、元々必要なかったんだろうけど。

 

 シガレットは微苦笑を浮かべて、そう言った。

 視線をミルヒオーレと合わせる。

 彼女は愛らしい、穏やかな笑みを浮かべていた。

 陰のある部分は、最早無い。

 

 あれから(・・・・)、三ヶ月。

 待つべき時間は、しかし、耐え切れぬほどは長くないから―――だからこそ、焦がれる気持ちは募るばかり。

 心配にもなろう。

 城中がそんな、落ち着きが無く、不意に破裂してしまいそうな水風船のような空気を孕んでいれば。

 

 シガレット。大好きなあに(・・)が。

 一人で暢気に、自分だけが幸せになろうなんて、そんな気分で居られるはずが無いだろう。

 だからこそ。

 

「はい。ミルヒは大丈夫です」

 

 謝罪は無い。

 感謝の気持ちは、たっぷりと込めた。

 だから心配、しないでも平気と。

 

「……うん」

 

 シガレットはじっくりと頷く。

 それは何よりと、先ずは一声。

 それから、茶目っ気たっぷりな態度で、そっと付け加えた。

 

「本人帰って来るまで顔曇らしたままだったりしたら、総すかんだっただろうしね」

 

 もうっ、と。

 ミルヒオーレは微苦笑を浮かべた。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 

 

 


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