漢を目指して   作:2Pカラー

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10.神のご加護がありますように

 

 ――瓦礫の中で――

 

「カハッ」

 

 声にならない声が絞り出される。

 かろうじて視界にとらえたのは背後から迫った一撃。

 なんとか間に合ったのはオーラでの攻防力移動のみ。背中にありったけの『凝』を行うことで命だけは取り留めたが、

 

(痛ぇ……)

 

 背中の防御に全力を傾けたおかげで踏ん張りが利かなかった。

 トラックに衝突されたかのような、いや、そんなレベルじゃ済まない衝撃に弾き飛ばされて俺は廃墟に突っ込むことに。

 パラパラと降り注ぐ石くれが頭にかかるが、そんなことに気を割いている余裕はない。

 

(『堅』が解けてる……)

 

 ドラゴンの咆哮は朦朧とする頭でも認識できた。俺をハジいてそれで満足するというわけでもないだろう。『念』でのガードを取り戻さないとあっという間にあの世行きだ。

 

 

『念』。それはコンディションによって容易くその性能を左右される能力である。

 急激な肉体コンディションの悪化。ドラゴンの攻撃によってダメージを受け、その上遺跡を瓦礫を化すほどの『砲弾』にさせられたのだ。

 脳は揺れ、肺は空気を搾り取られ、胃は今にも中身をぶちまけそう。こんな劣悪な状態では『纏』すらおぼつかない。

 絶体絶命。そんな陳腐なワードが脳をよぎる。

 しかし、しかしそれでも恐怖はなかった。

 あるのはただ、

 

(痛ぇ……)

 

 腹にのしかかる瓦礫へ手をかける。

 ふつふつと感情が湧く。オーラは意思に従わず、ただゆらゆらと揺れているのみだが、それでも死の匂いは感じられない。

 今まで感じていた恐怖が消えているのは、そんなことまで考えられる余裕がないせいか。

 胸中にあるのはただ、

 

「痛ぇぞこのトカゲ野郎が!!」

 

 心を埋め尽くしているのはただ、純然たる怒りのみ。

 

 手をかけた瓦礫は爆発的に膨れ上がったオーラに弾かれ、砂と化した。

 跳ね起きて、そして叫んだ。怒りに任せて。胸中を埋め尽くす赤黒いものを吐き出すように。

 

「あんのドランゴ風情が! 棺桶突っ込んでアークボルトに持ちかえってやろうかゴルァ!!」

 

 

『念』はコンディションに強く左右される。それは精神の面でも言えること。

 歓喜、狂気、悲哀、恐怖、憎悪、油断、忠義、激昂、疑心、愉悦、羞恥、覚悟、……あらゆる精神の揺れが『念』の力を加減する。

 そして今、俺はかつてないほどに激昂していた。

 意思は命を燃え上がらせる。生命エネルギーたるオーラは爆発したかのように身を包む。

 

 必殺の意思。受けた攻撃への憤怒。そして殺し合いを受け入れる覚悟。

 赤く染まった激情に身を任せ、俺は一つ上の『念使い』のステージへと足を踏み入れていた。

 

 

 

 ――ウェスペルタティア 旧オスティア廃都 沈みしコロッセオを背にして――

 

 爆炎の中から子供が現れたという事実に硬直したのは、ビョルン・ヘドマンも同様だった。

 炎に巻かれたその子供の姿が、妹に重なった気がして。

 

 

 ビョルンは戦災孤児だった。かつての大戦。ニャンドマ郊外の村に生を受けた彼は、連合の魔法使いに故郷を焼かれ祖父と両親、そして五歳になったばかりの妹を失った。

 それからの日々は過酷という言葉が生易しいと思えるほどのもの。戦火を逃れた難民にまぎれ帝国内を渡り歩き、亜人と見れば魔法を放ってくる連合の魔法使いから逃れ、ただただ歩き続けた。

 大戦が終結してからもビョルンには居場所などなかった。故郷はすでに灰となっていたし、頼れる人もいなかったのだから。

 平和を謳う人々の笑顔は全てを失った彼にとってはとても残酷なもので、そんな彼が帝国からも逃げ出すのにはそれほど時間はかからなかった。

 そして出会った。ジョアンナ・アクロイドという人に。

 彼女も大戦で何かを失った人間だという。ビョルンは温もりを求めるように、そして傷を舐めあう仲間を求めるように、ジョアンナについて行った。

 すでにジョアンナの後ろにはガスパーレがいて、他にも何かを失った亜人がいて、そして数年後、イゾーリナが加わった。

黒い猟犬(カニス・ニゲル)』には掟がある。仲間の過去を詮索するべからず、というものだ。

 脛に傷を持つ者、何かに追われる者、何かを失った者。大半の仲間は何かしらの事情を抱えていた。命をベットすることでしか明日を生き抜く保証も得られないという、矛盾に満ちた生を送る事情が。

 ゆえにビョルンは知らない。ジョアンナが過去に何を失ったかなんて。

 しかし、それでも、とビョルンは、ガスパーレは、イゾーリナは思う。

 その何かをジョアンナが取り戻せるというのなら、俺たちは必ず力を貸そう、と。

 

 

 そして今。ビョルンは初めてジョアンナの悲鳴を聞いた。

 

「ああああああああああああああ!!!」

 

 ジョアンナの体から気が立ち上る。

 虎の亜人。それは戦闘者として並外れた資質を持つ者たち。ヘラスの血が流れているとはいえ、人間より(・・・・)のビョルンには圧倒されるしかないスペック。

 悲鳴を上げたジョアンナは、拳にまとったガントレットをきつく握りしめ、強大な火竜へと駆け出していた。

 

「ママ!? くそっ、ガスパーレ、援護を! イゾーリナは魔法の射手で弾幕張れ! 奴の注意をひきつけるぞ!!」

 

 ビョルンの言葉に従いガスパーレが背の大剣を構えて突っ込む。イゾーリナは発動体たるマジックアイテムのナイフを構えて魔力を収束させ始めた。

 

 

 本当であれば止めるべきなのだろう。ビョルンもこの業界に長い。竜種の強大さも、それに敵対することの愚かしさも、そして『金にならない戦い』に命を懸けるバカバカしさも理解している。

 しかし、もう止められない。

 ジョアンナの悲鳴を聞いてしまったのだから。

 

 なんとなく、ビョルン達は気づいていた。ジョアンナが何を失ったかのかは。

 彼女は頭をなでることが好きだった。出会ってから十数年、今ではビョルンの方が背も高くなったというのに、それでも何かにつけては頭をなでようとしてくる。

 それはガスパーレも、そしてイゾーリナに対しても同じ。こんな稼業についているというのに、ジョアンナはそれに似つかわしくないほど柔らかい笑みを浮かべることがある。

 何を失ったかなんて、その笑顔を見れば予想もつくというものだ。

 ガスパーレがジョアンナをママと呼んだことに、最初こそジョアンナを傷つけるだけなのではと思った。が、今ではビョルンもそう呼んでいた。

 そのジョアンナが目の前で子供を殺されたんだ。あんな悲鳴を聞かせたのだ。それでも理屈を盾にジョアンナの暴走を止めるなんて、ビョルンには出来なかった。

 

 

(それに、俺だって子供を殺される姿を見せられてキレかけてんだ。絶対に許さねえ!)

 

「ジーク・ブ・レイグ・――」

 

 しかしビョルンが始動キーを唱えきる前に、異変が起こった。

 

 

「痛ぇぞこのトカゲ野郎が!!」

 

 その叫びとともに子供が突っ込んだ瓦礫が爆発するように砕け飛んだのだ。

 鈴を鳴らすような声で暴言を叫んだのは、フードをすっぽり被った子供。

 着ているローブこそところどころ破けてはいるが、あれだけ叫べるということは命に別状はないのだろう。

 

「あんのドランゴ風情が! 棺桶突っ込んでアークボルトに持ちかえってやろうかゴルァ!!」

 

 まぁ頭の方には別状があったのかもしれないが。

 しかしそんなことを考えている場合ではない。ビョルンは今も暴走を続けるジョアンナと、ジョアンナへ迫る竜の攻撃を必死で剣で弾くガスパーレをちらりと見る。

 

(くっ。ママは止まりそうにないな。イゾーリナは回復魔法が苦手だ。俺が離れて平気か?)

 

 逡巡したのは一瞬のみ。ビョルンは魔法の射手では効果が薄いとみて中級魔法をぶっ放しているイゾーリナに向かって叫ぶ。

 

「イゾーリナ! 俺はあのガキの治療に向かう! こっからはお前が指示を飛ばせ!」

 

「ええ!?」

 

「ママはあの通りだ! ガスパーレも手がふさがっている! お前が仕切るんだよ!」

 

 それともう一つ。このチームが遺跡探索部門である以上、『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』の経費で落ちることはなくなるのだが、

 

「自腹を切ることになるが命にはかえらんねぇ! アレの使用もお前の判断でやれ!」

 

「が、がってん! 兄貴!」

 

 信頼しているぞと目線だけで伝え、ビョルンは瓦礫の中に立つ子供へと駆け出す。

 

 

 子供、いや、少女は見るからにボロボロだった。

 フードから覗く頬は煤にまみれ、右肩から先のローブはなくなっている。その先にある腕には所々やけどの跡があり、小さな手のひらには血が滲んでいる。

 しかし、それでも力強く少女は立っていた。

 

 

「おい、平気か嬢ちゃん?」

 

「あ? なんだよオッサン?」

 

 オッサンという言葉にビョルンは一瞬詰まるが、そんな場合ではないと思い直す。

 

(というか迫力のある嬢ちゃんだな。『気』を使ってるわけでもなさそうだってのに。だが、これだけ元気なら平気か?)

 

「自己紹介は後だ。ここから離れるぞ。巻き込まれたくはねぇだろう?」

 

 それはビョルンにとっては苦渋の決断。仲間たちが戦っているというのに自分だけ安全圏に逃げるなどと。

 しかしそうも言ってられない。

 ジョアンナはこの少女がドラゴンにやられて激昂したのだ。彼女の思いを汲むのならば少女には安全圏に避難してもらうのが一番。

 後をイゾーリナに任せるのは心苦しいが、しかし何度もダンジョンをともに攻略してきた仲間である。隙を見て撤退を指示してくれるだろうという信頼は確かにあった。

 ゆえにビョルンは少女へと手を伸ばす。脇に抱えてでも少女の足よりは速く走ることが出来るだろう。

 

 しかし、ビョルンにとっては予想外なことに、その伸ばした手はパシンという音とともに払われることになる。

 

「ふざけんな! あの爬虫類をぶっ殺さねぇで今更引けるかよ!」

 

「おい! 頭を冷やせ! お前はアレから逃げてたんじゃねえのか!?」

 

 ビョルンは怒鳴る。あのドラゴンが現れるまで、地響きはまっすぐこちらに移動していた。それは少女が逃げ回っていたということの証左であり。

 それにこんな幼い子供が戦えるとも思えなかった。『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』にも孤児を中心とした年少の者もいるが、少女はそれよりさらに幼い。

 

「いいから逃げるぞ!お前がここにいちゃウチの仲間の退けねぇんだよ!」

 

「あ゛ぁ゛!? アレを俺の経験値にするこたぁ決定事項なんだよ! 横から人の喧嘩に首突っ込んできてんじゃねぇぞ!!」

 

「なっ!?」

 

 少女の声にビョルンは気圧されていた。

 フードに隠れた瞳はビョルンを睨んでいるのだろう。チリチリと殺気が当たる。

 

(なんなんだ、このガキは? 賞金稼ぎ部門の連中を相手にしている時でもこんな圧迫感はねぇぞ!?)

 

「退くんなら勝手に退け。迷惑かけたってんなら謝ってやるからよ」

 

 少女はそうとだけ言うとビョルンから視線を切る。

 少女の睨むのは未だジョアンナ達を相手に優勢を誇っている赤き火竜。

 

「トカゲ風情が俺に喧嘩売ったこと、必ず後悔させてやる」

 

 少女はそう言って前傾姿勢を取る。まるで肉食獣が獲物を前に飛び出そうとするかのように。

 

 

 その日、ビョルン・ヘドマンは『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』に参加して初めて腰を抜かすことになる。

 少女から放たれる圧迫感は刺すような威圧感へと変わり、

 

「見せてやるよ! 俺の『神のご加護がありますように(マバリア)』を!!」

 

 フードで見えないはずの少女の瞳が、紅く燃えた気がした。

 




マバリア:引用元はFFT
詳しくは次回

裏設定とか考えてると楽しいです
ビョルンとチコタンが酒飲み友達とか
ガスパーレは骨男の愚痴によく付き合ってるとか
イゾーリナはパイオ・ツゥにモミモミされてるとか

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