漢を目指して   作:2Pカラー

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25.食後会談

 

 ――超包子――

 

 箸をおいて腹をさする。そのまま一言思いを乗せて。

 

「ごちそうさま」

 

 満! 腹! デス!

 

 いやはや美味かった。超包子が麻帆良で大人気と言うのも頷ける。余は満足じゃ。なんというか……極まってたね。料理のことはよくわからんが。

 しかし一つ気になることが。腹が満ちたことで周囲に気を配る余裕が生まれたからか、これまで気にならなかったことまで感じるようになる。

 なので既に食事を終え、食後のティータイム――といっても傾けてるのはジャスミン茶。烏龍茶とかじゃないんだな――に入っていたフィオらに尋ねてみる。

 

「なぁ。なんか注目されてね?」

 

 気になることというのはまさにそれ。ひしひしと視線を感じるのである。それも遠方からの監視というわけではなく、周囲の一般生徒から。

 自意識過剰と言うわけではないだろう。これでもそういうもの(・・・・・・)に対しては経験を積んでいる。その俺が勘違いするはずもない。

 魔法世界ではすれ違うだけで振り返られることもしばしば。親が有名人(アレ)ということのせいだろう。おかげで普段からフード装備が癖になってしまったほどだ。

 しかし地球(コッチ)で注目される意味が分からない。魔法のことも秘匿されている世界で、両親(アレら)のことなど知られていないはずなのだし。

 だというのにフィオは俺の質問に呆れるような表情だ。『そんなこともわからないの?』とでもいいたげな。

 

「どう考えてもそれのせいでしょう」

 

 どれ? と尋ねるまでもなくフィオが示したのは食べ終わった食事の跡。というか積み上げられた皿だった。

 

「どれだけ食べるのよ。アナタみたいな子が五人前も六人前も食べてたら注目だってされるわ」

 

 フィオの言葉に千雨もうんうんと頷いている。乾いた笑みを張り付けながら。

 

 と言われてもな。それだけ美味かったということだし。鮭にレバニラ、チャーシューメンに八宝菜。餃子やエビチリもうまかった。春巻きや唐揚げも絶品でした。そりゃ箸も進むというもの。一人前でも満足できるっちゃあ出来るが、食べようと思えばいくらでも食べれるこの体のせいもあるだろう。まだまだ食べたりない気さえする。が、

 

「なるほど、食べ過ぎは注目の的と。オーケー。食後の麻婆は自重しよう」

 

「いや、まだ食べるつもりだったんですか。つか食後にデザートならともかく麻婆って」

 

「アイカと付き合うときは、常識を期待してはだめよ。千雨も早く慣れるといいわね」

 

 ひどい言いざまだ。まぁ気にはしないが。

 

 それに理由が分かった今、多数から向けられる視線も特に気にはしない。もの珍しさから注目されるなど、幼女時代にヘルマンと魔法世界を回った時に嫌と言うほど経験しているのだし。

 しかしそんな俺に奇異の視線以外の物を向けているのが数名。

 一つは超鈴音。観察されるような視線。

 一つは厨房に立つ少女。おそらく四葉五月。見守るような温かい視線。

 一つはウェイトレスの少女。おそらく古菲。強さを推し量られるような視線。

 そして一つは、ウェイトレスの一風変わった少女。

 あれがおそらく絡繰茶々丸。『闇の福音』の従者。中々に興味深い。

 生命力たる『念』のオーラは感じない。しかし『凝』をすればわかる。微々たるものだがオーラがあるのを。

 あれは無機物であるはずの茶々丸本人から出ているのか。主人であるエヴァンジェリンから流れてくるオーラか。それとも製作者が無意識に込めたオーラがこもっているのか。なんにせよ興味深かった。

 そして何より、

 

「人型のロボットとはね」

 

 それも挙動に違和感を感じさせないほどの。『原作』を知っているとはいえ、こうして目の当たりにすると正直ビビる。だってロボットは男のロマンじゃん? ロケットパンチとか見たくなるな。

 と、そんな俺の言葉に顕著に反応したのが一人。

 

「おい、今、絡繰のことを言ったのか?」

 

 眼鏡の向こう、見開いた瞳をこちらにむける、長谷川千雨だった。

 

 

 

 ――食事の後で――

 

 フィオレンティーナ・フランチェスカにとって、長谷川千雨は特に注目に値する存在ではなかった。

 魔法世界で生まれ、魔法世界を放浪してきたフィオにとって旧世界人という点では新鮮ではあったものの、しかし千雨はイギリス滞在時に集めた情報通りの『魔法を知らない一般人』のステレオタイプのような存在。平和な日本と言う国で戦うものの目をしている桜咲刹那や、濃密な魔力を隠し持つ龍宮真名と比較すれば、千雨に対する興味も薄い。むしろ超包子に来るまでに見た、一般人のはずなのに人間離れした身体能力を持つ者たちの方が印象に残っていた。

 しかし千雨の反応で、フィオの認識は一転する。それまで偶然ルームメイトになっただけという存在から、研究衝動を刺激されるほどの人物へと。

 

「うん? 名前までは知らないけど、あのロボットちゃんのこと?」

 

 アイカがチラリと視線を向けるのは給仕をしているライムグリーンの髪を持つ少女。のように見えるガイノイドだった。

 ガイノイド。女性型のヒューマノイド。フィオの得た旧世界の知識においては、空想上の存在とされる、未だ実現されていないもの。しかし麻帆良には存在し、そして誰もそのことに対して異常だと感じてはいないようだった。

 人間だと認識されている? それはない。観察するまでもなくあのガイノイドは人でないことが分かる。柔らかさの感じさせない皮膚。剥き出しの関節部。触れてみればすぐにわかるだろう。熱を持たない人形であることが。

 しかしそれを異常だと声高に叫ぶ者はいない。奇異の視線を向けるものもいない。この世界において、最先端を行く科学でも到底到達しえない領域に彼女はいるというのに。

 

「ロボット。……そうだよな。なら絡繰が中学生に通ってるって言ったら信じるか? 少し個性的な生徒ってだけしか思われてないと言ったら?」

 

「信じるかって言われりゃ信じるけどさ。千雨の言うことだし。だけど個性的なだけってのはあり得なくね? どう見てもロボットじゃん」

 

「……なら、百メートル走で十秒切る女子中学生がいるって言ったら?」

 

「オリンピックでも出ろって言うな。世界中が大騒ぎだ」

 

「…………自分の倍以上体のデカい男を、殴っただけで何メートルも吹っ飛ばす女子が居たら?」

 

「そいつもオリンピック行きだな。もしくは世界びっくり人間ショー。大儲け間違いなしだ」

 

「………………あのデカい樹を見てどう思う?」

 

「人工建造物か?って思う。世界遺産涙目ってほど馬鹿でかいし。つかあり得なくね? 何で出来てんの? ジャパニーズサクーラ? それともスギオブヤクシーマ?」

 

 と、そこで千雨の質問は終わり、塞ぎこむようにうつむいてしまった。

 何か変なことでも言ったか? とアイカが視線を向けてくるが、変なことといえば変なことを言ったのかもしれない。アイカは特に気にもしていなかったのだろうが、この街を覆う結界に関してのある程度の考察を終えたフィオはそう感じていた。

 

 顔を見合わせていたフィオとアイカに、やっと、絞り出すようにして千雨が言った。

 

「でも、……麻帆良ではそれが普通なんだ。誰もそれをおかしいと思わない」

 

 やっぱりね。そうフィオは内心頷き、アイカへの念話を開く。

 

『どう思う?』

 

『どうとは?』

 

『千雨の症状。何が原因かわかるかしら?』

 

 魔法というものを一つの手段、それこそ『歩く』や『走る』と同列に『魔法を使う』ことを認識しているアイカには答えられないかもしれないとは思ったが、一応尋ねる。魔法を至上の物と捉える魔法世界人とも、魔法は研究するものと捉えているフィオとも会ったく違う回答が来るのではないかと思って。

 しかしある意味アイカの回答はフィオの期待を裏切るものだった。

 

『麻帆良の結界ってやつのせいだろ?』

 

『へぇ。正解よ。なら結界の構成内容も答えられる?』

 

『異常を異常だと認識できなくさせるものか?』

 

『正確には異常を異常ではないと認識させるものってところでしょうね。認識させないではなく、認識させる内容を変更する認識阻害結界。かなり高度よ。それこそ洗脳と同義であるほどに』

 

 代わりに黙り込んだフィオとアイカを訝しんだのか、千雨が顔を上げるが、もう少し待っていて貰おう。

 

『では千雨が異常を異常だと認識できているのは何故?』

 

『……結界をレジストしてるんじゃね? フィオみたいに』

 

『それが一つの可能性。もしくは千雨が他所からの干渉に侵せないほど強固な意識を確立しているか、普通の定義を自身の内に強く確立しているか。確率は低いけど、麻帆良の結界の干渉しにくいエアポケットが千雨の部屋に存在しているというのもあり得るわね』

 

 いずれにせよ興味深いことだ。フィオでさえ常に精神に防壁を展開しているというのに、魔力をかけらも感じさせない千雨が無意識の内にレジストし切っているなど、俄然興味がわく。

 

『どうする? かなり面白い子だけど、引き込んでみるというのもいいんじゃないかしら? それがこの子のためにもなるでしょうし。多分周囲との認識の誤差で苦しんでいるはずよ。なんたってこの子にとっては自分の信じる常識と世界がかけ離れているのだから』

 

『あー。なるほど。さっき言い淀んでいたのは『また否定されるかも』ってことか?』

 

 常識的に考えられない身体能力を持つ者に言及しても、麻帆良では普通だと切り捨てられる。世界樹に対して異常を訴えても、それが普通なのだと跳ね除けられる。自己の認識の否定。それは間違いなく彼女に苦痛を強いるだろうし、事実彼女は苦しんできたのだろう。

 しかしこちら側(・・・・)へと来れば、理解できる。何故麻帆良では普通(・・・・・・・)なんて言葉が出てくるのか。自分の認識は間違いなどではないのだと理解できるはずだ。ならば助けの手を伸ばしてみるのもいいだろう。ちょうどこれから共に暮らす相手なのだし、興味もひかれる人物だ。

 

『うーん。でもなぁ』

 

『なに? 気に入らないことでもあるの? 助けてあげてもいいと思うのだけれど』

 

『気に入らないというか……うーん。助けてあげる(・・・)って上から目線っぷりが魔法使いっぽくてやだなぁと。ちょっとね』

 

 なるほど。たしかに『助けてあげる』なんて言い方は魔法使い、特に立派な魔法使い(マギステル・マギ)のようでフィオとしても気に食わない。ならば、

 

「本人に決めさせようぜ。踏み込むのか、それとも留まるのか」

 

「そうね。そうさせるべきね。さっきのは私の失言だったわ。訂正させて」

 

 フィオは言うと同時に結界を展開する。それほど高度なものではない。ただ周囲の人間に自分たちの言葉が聞こえなくなるようにするだけの物。そしてアイカへと促す。

 

「さて千雨。この街が異常であることを俺たちは正しく認識している。そしてそれが何故なのか。何故この街では異常なことが普通とされるのかと言う理由もわかる。それが知りたいというのなら教えることだってできるし、深入りしたいというのなら道案内だってしてやれる。一緒になってアレは異常だと指さして笑ってやることだってできるだろうさ。だが千雨、それを君は望むか?」

 

 さあ。イエスかノーか。この子はどちらを出すのかしらね?

 




次回は勧誘のお話になります
ちょっとアンチっぽくなるかもしれませぬ。ご注意をば

にしても最近気候が安定しませぬな
五月だというのにクソ暑い、かと思えば今日はアホかと思うほど寒く
おかげでぽんぽんが痛いこと痛いこと
皆様もお風邪などお召しになりませぬように

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