漢を目指して   作:2Pカラー

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26.勧誘

 ――笑みを浮かべて――

 

 期せずして千雨に選択を迫ることになっちまったね。まだ麻帆良に来て一日もたってないってのに。千雨の選択次第だが、もしこちら側に来るというのならば、俺はネギのことをどうこう言えなくなっちまう。『赴任早々魔法バレとかww』なんて口が裂けても言えなくなりますなぁ。

 ま、フィオの言葉じゃないけど千雨は面白そうな子ではあるし、勧誘を適当に済ませるつもりなんてないけどさ。

 

「麻帆良がおかしいのには理由があるっていうのか?」

 

「そう。麻帆良がおかしいのは何故か。それを誰も疑問に思わないのは何故か。しかし千雨には『おかしいのだ』と認識できるのは何故なのか。俺たちには心当たりがある。だから千雨が知りたいっていうのなら教えることも出来る」

 

 そういえば千雨の敬語が抜けてるな。軽度の混乱のせいかね? 俺としては敬語なんてない方が楽だからそのままが良いんだけど、落ち着いたら戻っちまうのかもしれないな。

 

「……サラッと教えるわけじゃなく私に知りたいかどうかを聞くってことは、それにも理由があるってことか?」

 

 おぉー。内心俺は喝采を上げる。鋭いなんてものじゃない。フィオも念話で俺に同意してきた。

 

「ま、正解だ。知らない方が良い、とまでは言わないけど、知らなくても生きていくことはできる。知るべきか知らないでいるべきかは一概には言えないけど、俺たちから見れば千雨は知った方が良いだろうと思った。だからこうやって選択肢を提示した」

 

「私とアイカのいる側と、千雨のいる側には壁があるのよ。今、千雨はその境界に立っているわ。何故麻帆良の人間と千雨とでは常識というものに齟齬があるのか、その答えを知る側が私たちの立つ側。貴女は選べる。真実を知り、こちら側に立つか。それとも何も知らないまま、そちらに留まるか」

 

「こちら側にもリスクはある。だがそちら側のままでも当然リスクはある。千雨が知らないだけでね。言ってみればこの選択は、千雨が自分の置かれている状況がどういうものなのかを知る機会でもあるわけだ」

 

「どうする、千雨? こちら側に来るというのなら歓迎するけど?」

 

 千雨は俺とフィオの言葉を黙って聞いていたが、話がやむと途端に目つきを鋭くして睨んできた。

 

「あのなぁ。そんな説明でどうするか決められるわけないだろ。聞いた限りじゃ後戻りなんて出来そうにないし、だったら余計に説明はして貰わねぇと」

 

 それはそうなんだけどさ。

 

「知るということはそのままこちら側に立つということになるのよ。だから取っ掛かりさえも教えるわけにはいかないの。私たちが話したという状況だけを見て、その情報量の多寡に関わらず、貴女がこちら側に来たのだと他の連中は勘違いすることでしょうしね」

 

「……他の連中、ね。つまりは私が感じてる違和感は、誰かが作ってるものだってことか。そしてそいつらはそっち側とやらのことを知られたがらない、と」

 

『ホント鋭いわねぇ。この子なら自力で真実まで辿り着いてしまいそう。特にこんな街に暮らすともなれば』

 

 まったくだ。実際『原作』では誰から教えられるでもなく魔法に辿り着いてたしな。第三者の立場から自身の考察のみでネギ=魔法使いという構図に到達した存在。ある意味3-A――今は2-Aか――の中でも突出している。学園祭を迎えれば否応もなく知ることになるだろう。武道大会をスルー出来たとしても、待ってるのはvs火星ロボとかいうイベントだ。CGスゲーなんて納得の仕方は出来ないだろうし。もっとも『この世界』の未来が『原作』と同じだという保証はないが。

 

「一つだけ聞かせてくれ。この状況は何のために作られてるんだ? 非常識なことが普通だと思わせられているってのは、なんのためだ?」

 

「詳細は俺たちも知らない。こっちに来たのは今日だしな」

 

「でも予想は出来るわ。この状況によってどんな『メリット』が生まれるのかを考えれば済むこと。千雨も一つくらいは思いつくんじゃないの?」

 

「……異常を普通だと思わせることでのメリット? ……いや、そもそも異常を異常だと思わせなくする方法なんてあり得るとも思えねぇけど、でもそんなもんがあるっていうなら……。それによって恩恵を受けるのは、元々異常だった奴、かつ目立ちたくない奴らか。身体能力がオリンピック級の奴がいたとして、目立ちたくないってんなら周りの奴も全員オリンピック級にしちまえばいい、か? でもって麻帆良の人間にそのことを異常だと思わせ無くすれば、それがダメ押し。そっち側とやらを知られたくないってんなら、探られることも嫌なはず。麻帆良では普通、なんて言葉があれば探られることも無くなるんだし、メリットと呼べるかもしんないけど、でも……」

 

 千雨の考察が独り言に代わる。ブツブツと聞き取れないほどの言葉が続くが、それにともなってフィオの目が輝きだす。

 

(あー、興味津々って顔だ。まぁ俺もヘルマンも考えるタイプじゃないし、俺なんてこういう話にはついて行けなくなるからなぁ。ヘルマンもヘルマンで話なんかよりも戦闘ってなバトルマニアなところがあるし。つかヘルマン今頃何やってんだろ? 高畑が『悪魔なんて許さん』とかいって戦闘になってたりして。だったら面白いんだけどなぁ。高畑……今の俺で勝てるかどうか。咸卦法のせいで良くわかんねぇんだよな。基礎スペックが上がるんじゃ、ぱっと見で強さも測れねぇし。結局魔法世界では咸卦法の使い手には出会えなかったせいで、俺にとっては未知の領域。一度やり合ってみたいけど、うーん、理由がねぇんだよなぁ。顔隠して闇討ちでもしてみるか?)

 

 と、俺の思考が横道にそれていたところ、千雨が顔を上げる。どうやら考えは纏まったようだ。

 どこか吹っ切れたような不敵な笑顔だった。うん。実に好感が持てる。

 

「いいぜ。教えてくれよ。そっち側って奴を覗かせてもらおうじゃねぇか。こんな非常識な街を作って私を巻き込んでる連中って奴に、文句の一つでも言ってやりたくなってきたしな」

 

 オーケーオーケー。なら好きなだけ覗いてもらいましょうか。

 ま、聞いた後でそっちに戻りたいってんなら、手は貸すさ。スプリングフィールドの名前があればそのくらい出来るだろうし、たまには偉大なクソ親父殿の名前も利用しないとな。

 

「いいぜ、千雨。ならまずこの街をこういうふうに作ってる奴らの正体からだな」

 

 そう言って俺も笑う。ネタばらしってのはそれなりに楽しい物だ。手品の種を明かす時の快感みたいなものがある。

 

「なぁ千雨、魔法使いって信じるか?」

 

 

 

 ――こちら側とそちら側――

 

 魔法使いを信じるか。その質問から始まった話は千雨には俄かに信じがたいものだった。

 世界には魔法が存在し、魔法使いが実在し、魔法世界が実現している。既存の物理学では説明できない魔力が世界には満ちており、人体には気と呼ばれるエネルギーが充ちている。麻帆良で非常識な身体能力を発揮している連中は、無意識にそれらの力を行使しているのだとか。

 

「まるでファンタジーだな。リアリティが感じられねぇ」

 

『だがそれが現実だ』

 

 突然千雨の脳裏に声が響く。見ればアイカがニヤニヤと笑っていた。

 

『こいつは念話。つまりはテレパシーだが、魔法の一つだな。納得いったか?』

 

「超能力って言われた方が納得してたかもな。どっちにしてもフィクションの中の物だと思ってたけど」

 

「俺たちからしてみれば、魔法が存在せず魔物が徘徊しない世界の方がフィクションじみてる。銃弾が飛び交う戦場では夜眠ることがイコール朝になれば目覚めるという結果につながるというものじゃない様に、眠っている間に銃弾喰らって死ぬかもしれないという恐怖の中で生きてる人間にとって、睡眠が休息だなんてのはファンタジーだ。『リアル』なんてものは所詮そいつが信じてるだけの『現在』でしかないんだよ」

 

「私にとってのリアルもよそから見たらリアリティーなんてないってか」

 

 それ以降もアイカとフィオの説明は続く。

 地球において魔法使いたちはある意味管理されている。世界各地に魔法協会とやらが存在し、魔法を秘匿しているとか。当然秘匿の決まりを破れば、つまり魔法を知らない千雨のような人間に魔法の存在をバラせば罰せられる。

 

「それってヤバいんじゃないのか?」

 

「平気平気。故意に魔法の存在をバラしまくらない限り罰則なんて適用されたりしないって。本来はあってないような決まりだからな。滅多に施行されない法っていうの?」

 

「……なんでだよ?」

 

「そもそも魔法使いがつるむのは魔法使いなんだよ。あいつら基本的に根暗な引きこもりどもだから。交友関係狭いの」

 

 ハァ? と千雨は眉をひそめる。目の前で笑うアイカは根暗などという評価とは程遠そうだが。

 

「俺の故郷もそうだけど、普通は魔法使いだけで構成されている隠れ里みたいな世間一般とは隔絶された環境に閉じこもっているもんだよ。つまり一般人がいない環境。そんなとこにいるのが普通な魔法使いに、いちいち一般人に魔法をバラしたか?なんて疑わないわけ。たまに表に出る奴は正義の味方ごっこをやるようなクソ真面目な奴らだしな。NGOとして犯罪者を追ったり紛争に介入したりして日々ヨノタメヒトノタメニガンバッテル奴らが、わざわざイケナイコトとされてる魔法バラしなんかしないし」

 

「ふぅん。そんなもんなのか。……っておい、ならなんで麻帆良なんだよ。ここの異常は魔法使いとやらが作ってんだろ?」

 

 アイカの説明と麻帆良はまるで共通点が無いように感じる。魔法をバラしたくないというのなら、知られたくない一般人との接点を持たないよう引きこもるというのは納得がいく話だ。

 だが麻帆良には一般人が溢れている。その上異常な能力を持つ人間を量産するなど、逆に魔法の存在を世界にバラしたいようにすら感じる。絡繰茶々丸のようなオーバーテクノロジーを感じさせるガイノイドなどが顕著な例だ。あんなものが表に出れば、麻帆良には何かがあるのでは?と疑われるのは必至のはず。情報流出を防ぐならば情報を持つ者は少なければ少ないほどいいだろうに。誰かが麻帆良の外でポロっと麻帆良のことを話したらどうするつもりなのか。

 

「その矛盾が麻帆良の奇妙なところなのよ。アイカはどう思う?」

 

「アレのせいじゃねぇかなって」

 

 そう言ってアイカが指したのは、千雨にとって麻帆良が非常識だと断じる理由の一つでもある世界樹。

 

「千雨にゃ分からないだろうけどアレ、とんでもねぇんだよ。つかヤバすぎ。なんつうか、……パネェ」

 

「ボキャブラリー少なすぎだろ」

 

「まぁ、そうね。アレも理由の一つでしょうね。千雨に分かりやすく説明するなら巨大な不発弾が地面に突き刺さってるようなものなのよ」

 

「……不発弾って」

 

「似たようなものよ。下手に手を出せば何が起こるか分からない爆弾。でも利用価値や研究価値のある存在。アレを管理するために、麻帆良は作られたのかもしれない。魔法使いたちが動きやすいような『異常を普通と捉える人々の街』を。この国の首都近くで隠れ里なんか作れないから、仕方なく一般人まで巻き込んでいるのかもね。それが楽観的(ポジティブ)な意見」

 

 何を起こすか分からないような物騒な物のそばに住むことにさせといてポジティブも何もないだろうと千雨は思うが。

 

悲観的(ネガティブ)に考えるなら、千雨たち一般人は盾にされているのかもしれない」

 

「は? 盾?」

 

「魔法使いは魔法をバラしてはならない、そう言ったわよね? つまり魔法使いたちは一般人の前では魔法を使えないのよ。まぁ例外はどこにでもいるけど」

 

 フィオがアイカをじっと見る。アイカは不思議そうな顔をしていたが、千雨はなんとなく理解していた。ああ、こいつは『例外』っぽい。というか、ルールは破るためにあるとか言いそうだ、と。

 

「日本には土着の魔法体系があるそうなのよ。陰陽道だったかしら? とにかくその協会が関西にあるのだけれど、彼らは日本全体の管理を主張しているの。で、麻帆良にある協会は外来の物。西洋魔法の使い手たちが作る協会ね」

 

「……おい、それってつまり」

 

「概ね想像の通りだと思うわよ。関西と麻帆良は喧嘩中。関西側は関東を取り戻したくて今にも殴りこんで来たいのだけれど、ここには魔法のマの字も知らない一般人で溢れてる。魔法使いが乗り込むには都合が悪すぎるわけね」

 

「それで盾かよ。無関係者が大勢いるんだから攻めてくるなってか?」

 

「麻帆良側としては殴りこんでくるのを今か今かと待っているかもね。一般人の前で魔法の秘匿を怠ったとなれば、相手側を悪とすることもできるし、関西が麻帆良の人間を傷つければ逆侵攻の大義名分が立つわ。まったく、メガロが好きそうな下品な手」

 

「メガロってのは知らないけど、やくざみたいな手だわな。私も盾の一つだったわけだ。それも守るための盾じゃなく、傷つけられることに意味がある盾。なるほど。知らないでいてもリスクがあるってのはこういうことか」

 

「ま、フィオの言うことは話半分に聞いとけって。基本腹黒なせいで相手のことも黒く予想しすぎるからな。でもまぁ千雨は遅かれ早かれ巻き込まれてたと思うぜ? なんたって英雄候補サマのクラスだからな」

 

「それってアイカのことか?」

 

「いや、俺の兄貴。来月くらいに2-Aの担任に赴任してくるはず。九歳だけど」

 

 ……は? 千雨は声にも出さず驚きを示す。九歳で担任? というか、

 

「兄が九歳って、……アイカは私と同い年なんじゃないのか?」

 

「いや、俺も九歳。まぁ肉体年齢はもうちょいあるけど、そこらへんは魔法のアレコレってことで」

 

「いや、え? だって九歳? は? てか九歳の担任? いくら麻帆良だからって……いやいや。……え? 私も巻き込まれるって? マジ?」

 

「マジ。だから千雨は自衛手段を持つためにも魔法に関わるべきだと思うんだけど」

 

 と、そこでアイカはグイッと茶を飲み干す。

 

「座学の次は実践だな。とりあえずこっち側に踏み込む前に魔法に対しての危機感を持っといた方が良いだろ。ファンタジーでもなければ手品でもないリアルとしての魔法を知って、踏み込むことの危険を知って、踏み込まずにいることで無防備のままさらされるかもしれない危険を知って、それで決めてもらおうか」

 

 タンッと器をテーブルに置く。それは食事が終わったことを告げる合図であり、

 

「ホントはもうちょい大人しくしておくつもりだったけど、善は急げともいうし、正義の味方ごっこでもしますか」

 

「さっき言ってたあれか? NGOとかの。ってか何するつもりなんだよ?」

 

「とびきりの吸血鬼が麻帆良には居るんだよ。だからちょいとぶっ殺しに行こうぜ」

 

 そう言ったアイカの表情は、同性の千雨が見惚れるほどの笑顔だった。

 




というわけで取りあえず千雨を引き込むための下地作り
彼女は『ファンタジーに巻き込むな』って言いそうなので引き込むのが難しいです。まぁなんだかんだで巻き込まれちゃうんですけど

それと久々に戦闘シーンに入れそうですな
次回からエヴァ編です。ヘルマン戦から十年近く(別荘使用込みで)経ってますが、エヴァにどれだけ通用するのやら

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