漢を目指して   作:2Pカラー

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28.殺し合い

 ――死地の只中で――

 

 おそらくログハウスの二階から飛び降りてきたのだろうチャチャゼロの奇襲を受け止め、俺は即座に『念』を発動。既に『堅』の状態だったオーラを能力によって別物へと作り変える。

 

神のご加護がありますように(マバリア)』 発動

 

『発』修得時点においては制約など付けるつもりすら無かったマバリアだ。発動へのタイムラグはない。

 瞬間的にプロテス・シェルが展開し、何よりも信頼できる鎧に包まれることを知る。

 同時にリジェネが発動。生命力が漲り、ダメージという名の『敵』に対する迎撃態勢をとる。

 ヘイストが体感速度を圧縮し、世界を置き去りにする快感に体が震えた。

 

「やって見ろや人形が! ぶっ殺すのは俺の方だってのを教えてやるよ!!」

 

 笑みを浮かべながら吠え、チャチャゼロへと拳を振るう。その五体をガラクタへと成り果てさせる、ただそのためだけに。

 正に砲弾。大気の層を貫く拳は、俺からしたら弾丸などと言う比喩など侮辱に思えるほどの一撃。

 ヘイストの加護を受け音速を超える拳打は歪な音を立ててチャチャゼロへと迫るが、

 

「キャハ!」

 

 心底楽しそうな声で笑う殺戮人形には体を捻られるだけで躱されてしまった。

 

(さすがはエヴァンジェリン最強の従者ってとこ、かッ!?)

 

 空中で姿勢を崩したまま、しかし人形だからこそできる挙動だろう、人には不可能な体勢からチャチャゼロは武器をひるがえす。

 精々が三頭身ほどの体躯だというのにチャチャゼロが振るうのは巨大な刃。彼女の身の丈ほどもある武骨な剣は、まさに人体の一刀両断も可能だろう。感じるプレッシャーは魔法世界で戦った竜種の爪にも劣らない。

 チャチャゼロの撃墜のために伸びきった俺の腕を切り落とすため、いささかの躊躇もなくチャチャゼロは剣を振り下ろしてきた。

 

「ハッハー!!」

 

 しかし俺も危機など感じない。チャチャゼロ同様笑いながら迎撃に移る。

 ヘイストによって加速した思考をもってすれば、神速の斬撃だろうと対処法を考えることも可能。ヘルマンとの戦闘に明け暮れた日々の経験が、近接戦闘におけるキャリアが、瞬時にカウンターを脳裏へ導く。

 

 伸びきった腕を曲げる。剣が掠り鮮血が舞う。

 拳先にあったオーラを即座に移動。狙うは不自然な体勢のまま滞空しているチャチャゼロの中心。

 体ごと押し込み、全力の肘鉄をチャチャゼロへと叩き込んだ。

 

 それは一歩間違えれば腕が飛ぶ行為。カウンターのために攻防力の八十以上を肘先に集めた以上、必然防御は下がるのだからなおさらだ。

 ともすれば捨て身とも呼ばれる攻撃は、防より攻に片腕をかける覚悟によりオーラを増加させ、チャチャゼロをしたたかに打ち抜く。

 しかしやはりは闇の福音の誇る殺戮人形か。鋼鉄すらをも爆砕可能な一撃をもってしてもまるで堪えた風はない。衝撃に弾き飛ばしはしたものの、狂笑を止めようともしない様子を見れば、着地と同時に反撃に来るだろう。

 

(やっぱ一撃じゃ壊れねぇよな。まぁだからこそ面白い。さぁ、十でも百でも叩き込んでやるよ!)

 

 俺は足へとオーラを移動させ、追撃の構えをとる。

 ヘイストによる加速と『流』による歩法を組み合わせれば、瞬動を置き去りにすることすら可能。体勢を整える前に叩く。

 足元のオーラを推進力に代えようとした刹那、

 

 ゾワリ そんな音が背筋を駆けあがった。

 

「喧嘩を売った相手は私だろう? 小娘」

 

 前傾姿勢をとっていたアイカの背後に浮かぶのは、魔法世界において魔王とまで呼ばれた大魔法使い。

 エヴァンジェリンの貫手が、心臓へと振り下ろされた。

 

 

 

 ――死線を目にして――

 

 エヴァンジェリンの貫手がアイカの心臓めがけて疾走する。

 エヴァンジェリンの言葉が無ければ気づくのが一瞬遅れただろう。だが、エヴァンジェリンからの言葉で奇襲に気づけたからと言っても、それは一瞬遅かった。

 ギリッと歯を噛み合わせる音を周囲に響かせながらアイカは躱そうと身をよじるが、黒い殺意を纏った真祖の爪は深々とアイカの左腕をえぐる。

 かろうじて狙いを外しはしたが、それでも致命傷にも等しいほどの血が噴き出していた。

 肉片が飛ぶ。骨が見える。今にも外れて、左腕が落ちてしまいそうだと、そんなことを千雨は思っていた。

 

 何が何だかわからなかった。

 千雨にすべてが見えたわけではない。あまりの速さで展開する戦闘は、魔法どころかごく一般的な武道にすら触れたことのない千雨には目で追うことも出来なかった。

 普段の冷静な思考はなりを潜め、ただ千雨は混乱するしかなかった。

 

 だが、しかしそれでも何が起こったかはわかる。

 どこか可愛らしささえ感じさせる人形が、人殺しの道具をアイカへと振った。クラスメートだと思っていたエヴァンジェリンが、易々と人の体を破壊した。

 千雨とエヴァンジェリンは別に親しかったわけではない。下らない話で笑いあった記憶もなければ、放課後を共に過ごした記憶もない。友人などとはとても呼べないただのクラスメートであり、もしかしたら今日会ったばかりのアイカやフィオの方が、多くの言葉を交わしているのかもしれない。

 しかしそれでもショックを受けざるを得なかった。あのおちゃらけた雰囲気のクラスの一人が、まるで悪魔のような笑みを浮かべて返り血を浴びている。口元に付いたアイカの血を舐めている。

 

 これが現実。千雨が知らなかっただけで、常に千雨のそばにあった現実。吸血鬼というリアル。

 

 アイカらの説明を聞き終わった時、千雨はやはり関わらない方が良いのではないかと思い始めていた。麻帆良のやり口には怒りを覚えるし、自分が『敵の良心』に頼ることで平穏に暮らせているだけだという事実には恐怖を覚える。

 しかしそれでもどこか自分とは関わりの薄いことだと思っていた。あえて首を突っ込まなければ被害など受けたりはしないだろうと。自衛の力など必要ないだろうと。

 だがそうではなかった。非常識なクラスにおいては影が薄いとすら感じるエヴァンジェリンが、しかし血を啜るバケモノだという事実を突きつけられたのだ。もはや関わりたくないなどと言えないだろう。

 既に深く関わってしまっているではないか。なるほど確かに自分は危うい綱渡りを強いられてきたのだろう。いつ牙をむくかもわからない猛獣の檻の中で、自分が何の傍にいるのかすらわからずにいたようなものだ。

 体が震える。血の気が失せる。それは現実を知ってしまったから。なんの覚悟もなく殺し合いを見せられたことも、R15のスプラッター映画が総じてB級に思えるほどの血の量を見せられたことも、今はもう思慮の外。ただただ現実が恐ろしかった。

 

 気が遠くなる。気絶してしまえば楽なのかもしれない。そう千雨が思い、意識を手放そうとしたその時だ。

 

 腕から鮮血を撒き散らせながらも、アイカが吠えた。

 

「片腕潰したくらいで……勝ち誇ってんじゃねぇぞ、ロリータァ!!」

 

 かろうじて繋がっているといった左手を気にも留めずに体を振るい、

 右の拳を勝利を確信しているエヴァンジェリンの顔へと突き立てた。

 

 

 

 

 アイカの拳を受け吹き飛んだエヴァンジェリンへとアイカが疾走する。

 それを邪魔するかのように横からチャチャゼロの剣がアイカへと襲い掛かる。

 戦闘が再開される。撒き散らす血液で緑溢れる森を赤く染めながら。

 

 その光景はなんと呼ぶべきだろうか。

 魔法使い同士の戦闘と聞いて千雨がまず思い浮かべたのは格闘ゲームのような闘いだったが、それとも違う。

 古菲の応援ということでクラス全員が応援に駆り出されたウルティマホラで見た試合とも違う。

 お互いに狙うのは『殺すこと』。ダメージを与えて相手の攻撃を鈍らせようとするのではなく、攻撃を止めさせるために腕を斬り落とそうとする戦い。体力を削って倒そうとするのではなく、足を止めるために足を斬り飛ばそうとする戦い。

 どこまでも原始的で、どこまでも合理的な、完全な殺し合いだった。

 

 

「さて、千雨。私たちも動くわよ」

 

 そんな時だ。目を背けたくても目で追ってしまう戦いを見つめていた千雨にフィオが声をかけたのは。

 

「そろそろ一分。このままだとタイムアップの前にアイカが死にそうだし、手を出すわ」

 

「は……はぁ!? 手を出すって、アレにか?」

 

 千雨の指差す先では今も三人が闘争を続けている。どうやっているのか、戦場を空中に移して。

 まるで吠える代わりに狂笑を上げる猛獣どもと、高笑いを続ける吸血鬼。撒き散らされる血が、今では雨のように降っている。

 とても介入する余地など見当たらないが。

 

「そう。アレによ」

 

「それは無茶だろ。近づいただけでミンチにされるぞ?」

 

 アイカとは正反対の、静かな印象を与えるフィオに殴り合いが出来るとは思えない。いや、もしかしたら出来るのかもしれないが。なんといっても見た目は幼女のエヴァンジェリンでさえあれほどの動きが出来るのだから。魔法使いとはそういう(・・・・)連中なのかもしれないが。

 

「近づかなければいいじゃない。言っておくけど、アレは魔法使いの戦闘ではないわよ。闇の福音(ダークエヴァンジェル)までアイカにつられているけどね。あの子は色々な意味で人に影響を与えるから」

 

 ふわりとフィオが浮かぶ。同時に千雨の足が地面を見失った。

 

「う、うわ!?」

 

 突如包まれた無重力感に驚きの声を上げフィオへと掴まるが、フィオは千雨を一瞥もせず戦闘中の三人へと目を向けるのみ。

 

「私たちは千雨に自衛の手段を持つべきだって言ったわよね? まさかアレのような殴り合いを覚えさせようとしているとでも思ったの? 本来魔法使いとは魔法を使うもの。前衛が敵を防いでいる間に詠唱を済ませ、一撃で敵を殲滅する砲台役。エヴァンジェリンとて本来はあの人形に敵の足止めをさせている間に呪文を完成させるスタイルをとるのだけれどね」

 

 めまぐるしく動く三人に伴うように、フィオも一定の距離を保ちつつ動く。

 距離にして約二十メートルほどだろうか。エヴァンジェリン達がこちらに向かってこないところを見るに、その距離が何があっても対応できる距離なのかもしれない。

 ふと、千雨は気づいた。フィオが常にアイカの背後に位置どっていることに。

 そしてフィオは言葉を紡ぎ始める。朗々と歌うように。心に響くような凛とした声で。

 

「ラク・リク・リクシル・エリクシル 契約に従い我に従え炎の覇王

 来たれ 浄化の炎 燃え盛る大剣

 ほとばしれよ ソドムを焼きし 火と硫黄

 罪ありし者を 死の塵に」

 

 一瞬、アイカの背中がブレた気がした。

 エヴァンジェリンへと肉薄し、まるで千雨たちの視界からエヴァンジェリンを隠すように位置どる。

 しかしそれはエヴァンジェリンも同じことだろう。完全に千雨たち、正確にはフィオを見失ったはず。

 その瞬間、フィオが指を向けた。

 その指の先にあるのは味方のはずのアイカの背中。いささかの躊躇も見せず、フィオは魔法を解き放った。

 

燃える天空(ウーラニア・フロゴーシス)

 

 ささやくようなフィオの声に伴って、千雨は初めて魔法を見た。

 

 目も眩まんばかりの閃光が、耳を劈く轟音が、肌を焼き焦がす爆炎が、

 

 戦場の中心にいる三人へと襲い掛かった。

 




味方ごと焼こうとするとか、汚いなさすが魔女きたない
そんな28話 いかがだったでしょうかね?

没シーン
「縊り殺すぞ小娘ェ!」
「やってみろロリータァ!」
「誰がロリだクソガキ!!」
「テメェだクソロリ!!」
「私は六百年生きてるんだぞ、ロリ言うな!!!」
「ならババァだな! 道理で加齢臭がすると思ったぜ!!!」
「こ……殺ォォォォォォォォォォォす!!!」
「ギャハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

千雨が恐怖とか感じずに生暖かい視線を向けそうな気がしたので削りますた

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